瑞稀、ボロを出す
人には誰にも話せない秘密がある。この寮の住民とて例外ではなく、よーこさんは妖怪であるし、美琴は陰陽師である。ならば、残る瑞稀にも何らかの本性があるのではないか。何もないかもしれないけど、流れから疑ってしまうのが人間の性である。
でも、秘密にしている以上、そう簡単には露呈しない。だから、学校を卒業するまで知ることなく過ごしていたという展開もありうる。一方でひょんなことで秘密が暴かれることもあるものだ。
コンビニで定期的に買っている漫画雑誌のついでにおやつを買ったらキャンペーンの対象になったらしく、俺はくじを引くことになった。たまにコンビニでやってるよな。七百円以上購入でキャラクターグッズが当たるくじが引けるってやつ。
今回の商品はちょっと前にやっていた「異世界をパソコンを使って制覇します」というアニメのグッズらしい。「イセパソ」という愛称で話題になってたな。第六話で主人公が発した「まるで囲碁だな」というセリフが流行していて、今年のアニメ流行語大賞の候補ともされているらしい。俺も見たことがあるが、主人公の最強ぶりがもはやギャグの領域にまで達しており、ヒロインも軒並み可愛いので人気が出るのも納得できる。
どうせ引くなら一等のヒロインのフィギュアを狙いたい。花園華には到底及ばないけど、メインヒロインのロリ魔女っ娘はなかなかに萌えるし。
よし、やってやるか。俺の運の良さをなめるなよ。その昔、コロコロコミックの懸賞で、でんぢゃらすじーさんのゲームを当てたことがあるからな。クソゲーを自称しているだけあったぜ。
乾坤一擲。俺は勢いに任せてボックスに手を突っ込む。入り口付近にあった紙をつかみ、一思いに店員に渡した。
「おめでとうございます」
え、まさか。マクドナルドの店員に匹敵するスマイルを向けられ、俺はカウンターに身を乗り出す。こんなところで運の良さを発揮してしまうとは。浮足立っている俺を差し置き、店員はやたらとでかい商品を持ってくる。そいつと対面した途端、俺は絶句したのだった。
二等だから当たりといえば当たりである。しかし、こいつはどうしたものか。正直に言おう。「いらねえ」と。花園華等身大抱き枕の半分くらいの大きさがあるうえ、まったく可愛くないのである。幼稚園児ほどの体長の不細工なクッションなんて誰が欲しがるんだよ。とりあえずヘッドロックをかけながら俺は自宅へと拉致していくのであった。
寮に戻ってすぐに瑞稀と対面した。食堂は彼女のお気に入りスペースになっているのか、ここで読書していることが多い。適度に涼しいし、テレビをつけなければ静かだから集中したいときにはピッタリなのかな。たまに美琴がここで勉強していることもあるし。
「おかえりなさい。お出かけしていたんですか」
さすがに玄関を開けた音には反応したようだ。俺が食堂に到着すると顔を上げる。
「コンビニで買い物していたんだ。余計なものまで連れてきちゃったけどな」
自虐的に俺は抱えていたクッションを突き出す。いつもなら「そうですか」と淡白な反応ですぐに本の世界に戻るはずだった。ましてや、不細工で大きいだけのクッションなら興味すら示さないはず。
しかし、瑞稀はクッションを認識するや、読んでいた本を放り出して迫ってきた。
「それ、イセパソのゴブえもんのクッションじゃないですか。どこで手に入れたんですか」
「コンビニでくじを引いたら当たったんだ。っていうか、このキャラ知ってるのか」
「もちろんですよ。イセパソ三話で登場したマスコットキャラクターのゴブリンですよね。最初は敵だったんですけど、主人公のパソ太郎にやられて、弟子入りを求めて勝手についてくる奴です。弱いんですけど、憎めないんですよね」
不細工クッション、もといゴブえもんを改めて観察してみるが、到底女子に「キャー」と黄色い声援を浴びるようなキャラではなかった。ブサ可愛いというやつだろうか。あと、主人公のパソ太郎はネット上での愛称で正式名はトウマだからな。
お預けを受けている犬のごとく瑞稀は俺の前で待機している。ここまで興味を持たれると突っぱねるのは可哀そうだ。
「くじはおまけで引いたようなものだから欲しければやろうか」
「本当ですか。このクッション一目見た時から欲しかったんですけど、五等の缶バッジしか当たらなかったんですよ。よく当てましたね。あのくじ、五等か四等しか入ってないんじゃないかって噂になってたのに。もっとお金に余裕があれば大人買いするのにな」
くじって一回七百円で引けるんだろ。目当ての景品を狙うとなるとソシャゲのガチャよりも悲惨なことになりそうだぞ。
瑞稀は俺からクッションを受け取ると微笑みながらぎゅっと抱きしめていた。能面と表しては悪いが、変わらぬ顔つきでずっと読書している彼女がこうもあからさまにうれしそうにしているのが意外だった。床を踏み抜きそうなぐらいステップしているというのも逆に新鮮だ。
ここまでの反応をされると、瑞稀に対してある嫌疑が沸いてくる。イセパソは有名な部類のアニメではあるが、あくまで深夜アニメの中での話だ。サザエさんやドラえもんのように知っていないとむしろ日本人として恥ずかしいという作品ではない。たまたま知っていたとしても、不細工なゴブリン人形相手に狂喜乱舞するだろうか。
いたずら心を起こした俺は少しちょっかいを出してみることにした。
「なあ、まだ動けるよな。俺たちはこんなところで止まったりしねえよな」
「どうしたんですか、急に。俺がエンジンだ! ですか」
知ってるのかよ。二クール前にやっていたロボットアニメ「爆走神風レディエンガー」最終話で主人公の相棒が発したセリフなのに。ネット上ではしばらく「俺がエンジンだ」コメントが流行していたけど、一般的には「なんじゃそりゃ」扱いのはずだぞ。
「じゃあ、ラルカとシュリーだとどっち派?」
「さっきから何ですか。シュリー派です」
こいつも通じるのかよ。一年前の宇宙アイドルを題材にしたラブコメ「マクリオスFX」でメインヒロインのどっちが好きかを尋ねる定番の質問だがこいつも一般に通じるはずはない。ちなみに、ラルカはおっちょこちょいで元気いっぱいの新米アイドルで、シュリーは落ち着いた雰囲気の大人びたベテランアイドルという設定だ。あと、FXは外国為替証拠金取引ではなく、「ファイナクロス」という宇宙防衛用特殊艦隊の名前である。第八話で敵対する国の艦隊とファイナクロスで戦う展開があるのだが、それはいったん置いておこう。
確認しようとするならいくらでも質問はあるが、いつまでも追及していても仕方ないだろう。ゴブえもんの件といい大体把握できた。
「あの、妙なことばかり聞いていますけど、どうかしたんですか」
さすがに不審がったのか、瑞稀はゴブえもんを小脇に抱えて口を真一文字に結んでいる。俺は探偵アニメの主人公ばりの心持で瑞稀に指を突き立てた。
「石動さん。もしかしなくてもアニメ好きだろ」