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浬、早山奈織について語る

「あれって早山奈織じゃないですか」

 ずっと読書中だったはずの瑞稀が唐突に声を上げた。俺はすかさず彼女が指さしたほうに視線を移す。


 瑞稀の指先にあったのはテレビだった。海外の人気アニメ映画が日本で公開されるのにあたって、話題の覆面声優早山奈織が主人公の声の吹き替えを担当するようだ。内容はすでにネットの専門掲示板で知っていたが、よもや全国区のニュースで取り上げられるとは。さすがは早山奈織だぜ。


 俺が夜光虫のようにテレビにかじりついていると、「目を悪くしますよ」と瑞稀から叱られた。アニメの冒頭でもテロップが出てるもんな。

「騒がしいのう。三億円でも強奪されたのかえ」

 いつの時代の事件だよ。料理がひと段落したのか、よーこさんが手を拭きながら参入してきた。テレビではちょうど早山奈織のニュースが終わろうとしている。

「騒がずにはいられるかって。早山奈織が海外アニメの吹き替えをするんだぜ」

「浬の思い人だったか。よくわからんが、そんなにすごいことか」

「もちろん。村上春樹がノーベル文学賞を取ったぐらいすごいことだぜ」

「いや、そこまで大袈裟じゃないから」

「言われてみれば受賞しそうで受賞しないですよね」

 美琴が冷静に突っ込み、瑞稀が違うところに食いついていた。


「ニュースとかでたびたび聞きますけど、早山奈織ってけっこう有名な声優さんですよね。代表作がガクドルズの花園華でしたっけ」

「よく知っているじゃないか、瑞稀。ひょっとして、瑞稀もなおりんのファンなのか」

「ええっと、たまたま耳にしただけです」

 取り繕うように両手を振る。でも、布教のし甲斐はありそうだ。


「この際だから聞いておきたいけど、ガクドルズってどんなアニメなの」

「美琴、お前もガクドルズに興味を持ったのか。ガクドルズはいいぞ」

「うるさいから。教養として知りたいだけよ」

 机の上に半身を乗り出したので、美琴からつままれた。せっかく興味を持ってくれたんだ。ここは布教活動に勤しむとしよう。


「ガクドルズ、正式名称『学園アイドルガクドルズ』は二年前に放送された深夜アニメだ。アイドル好きの主人公花園華は友人の大空空と海風海を誘って学園内でアイドルグループを立ち上げようとする。仲間たちとの衝突を経て学園祭でライブを成功させるまでが第一クールだな。

 第二クールからは偶然ライブを見に来ていた市役所の職員に頼まれて、宇迦市のご当地アイドルを目指すことになるんだ。だから、ここ宇迦市はガクドルズの聖地とされている」

「なんか最近オタクっぽい人が街を歩いていることが多いと思っていたらそんな理由があったのね」

 美琴が感心したように手を打った。まだ地元民には馴染みが薄いのかな。自治体によっては大々的にアニメで地域振興とかやっているみたいだぞ。


「そして、このアニメでひときわ注目を浴びたのが主人公花園華の声を担当した早山奈織だ。ガクドルズ以前も主役級のキャラを担当したことがあったのだが、起爆剤となったのはこの作品で間違いないな。

 明朗闊達でどんな逆境でも決してめげない。そんな主人公の性格を如実に表しているような張りのある声が特徴だ。ガクドルズを機に一気にアニメ出演が増え、今じゃどのクールのアニメにも必ず出番があるぐらいになっている。ちなみに、来期のプリキュア声優の有力候補ともされているぞ」

「へえ、そうなんだ」

 美琴とよーこさんの反応が薄いな。プリキュア声優を担当することは女性声優のステータスともされているのに。ちなみに、唯一瑞稀だけがうなずいていた。


「そして、ほかの声優と決定的に違うのは一切素顔を露出していないということだ。今じゃ声優が顔出しで歌を歌ったりトークしたりするのは当たり前。なのに、彼女は頑として素性を明かそうとしない。そのミステリアスさがまたしびれる、憧れるぅなんだよ」

 俺は机を叩いて力説する。泥水で口を洗われても構わないぐらいの気概だった。

「なるほどのう。早山奈織とやらがすごいのは分かった。じゃが、浬は顔も分からない相手を探そうとしているのじゃろ。宛はあるのか」

「正直、決定的な情報は無いな。でも、ヒントはいくつか転がっている。まず、早山奈織の容姿はガクドルズの花園華に似ているということ。一緒に仕事をしたアニメ関係者がそう証言しているみたいだ」

 花園華はツインテールで童顔の元気いっぱいな高校一年生。名前にちなむと、花畑で駆け回っているのが似合っている少女だ。プリキュアで例えると主人公のピンク色にふさわしいな。


「あと、これが重要なのだが、彼女はこの宇迦市周辺に住んでいる可能性が高い。俺がこの高校を受験しようと思ったのもガクドルズの聖地だというほかにその理由もある」

「ちょっと待って。どうして居住地が特定されているのよ。素顔すら分かってないんでしょ」

「彼女のSNSの裏アカウントが解析されていてな。宇迦市周辺から発信された内容がやたらと多いと判明しているんだ。さすがに個人名とか詳細な住所は不明だけど、宇迦市周辺に住む花園華似の少女。これが早山奈織の正体の通説なんだ」

「そこまでわかるなんてネットの力って怖いわね」

 美琴は身震いしていた。大事件の犯人が判明すれば、すぐにその個人情報が晒される時代だ。いくら素性を隠してもネットで発信していればある程度は正体を特定できる。


「それで、浬はその早山奈織とやらを探しておるわけじゃの。素性も分からぬ相手に熱心になるとは、因縁でもあるのかえ」

「まあな。救われた、というか」

 俺は回想するように天井を仰ぐ。もしかしたら、彼女と出会わなければ俺はここにいなかったかもしれない。ある意味恩人とでも言うのかな。俺は早山奈織のニュースが終わった後もしばらくテレビから目を離せなかった。

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