よーこさん、化けの皮がはがれる
「人の家で何やってんですか!!」
「いつからおぬしの家になったのじゃ。ここの家主とやらはうちのはず。じゃから、ここはうちの家じゃ」
「管理人さんだったらそうでしょうけど。って、今はそんなのどうでもいいんです。なんでいきなり裸になってるんですか」
見てはいけないところが完全にモロ出しだった。っていうか、ガン見している俺も悪いんじゃ。いや、不可抗力ではあるし。夜中に夢に出てきそう。やめてくれ、ハッスルしちまう。
俺は目をそらそうとしたが、ふとあり得ないものが飛び込んできた。よーこさんのつややかな臀部。まるで成熟した桃のような……と尻について描写している場合ではない。そこには人間に生えていてはいけないものが生えていたのだ。
仮に女に生えていてはいけない「ち」で始まるあいつが生えていたならまだよかっただろう。いや、金髪ストレートの美女であるはずのよーこさんが実は男だったなんて葛飾区亀有公園前派出所に出てくる紫の制服の婦警さんが男だった以上に無理がある。それに、よーこさんがれっきとした女だというのは視認済みだ。男である俺とあそこが明らかに違ったから間違いない。断言できてしまう時点で俺はいけないことをしていますよね。
って、そうじゃない。よーこさんの臀部からはふっさふさの毛で覆われた金色のしっぽが伸びていたのだ。コスプレではないよな。さっきから自由自在にブンブン振り回されているし。
尻尾だけでも勘弁してほしいのに、追い打ちをかけるように決定的な異変が生じていた。おっぱい……について小一時間ほど語りたいけど話が進まないからやめておこう。更に上、それこそ彼女の頭の天辺にこれまた人間にはあってはならない部位が備わっていたのだ。
皆さんは耳がどこについているかと質問されたらどこを触るだろうか。人類だったら顔の側面を選ぶはず。でも、よーこさんの場合頭を示すかもしれない。おまけに、人間とは明らかに形状が異なっている。あれは例えるなら犬、いや、狐だ。耳が合計四つあるという野暮な事態は差し置き、人間の狐の耳が生えているという怪奇現象に俺は腰を抜かしていた。
一体なんなんだよ。全裸で人間にはありえないものを生やしている美女なんて。俺、とんでもない存在とこんにちはをしているのではなかろうか。完全にビビっている俺に向かい、よーこさんは口を開く。
「この姿を見られてしまったからには仕方ないのお」
「俺をどうするつもりだ。食ってもおいしくないぞ」
「食う、か。それもよいの」
おいおいおいおい。俺の人生は訳のわからない美女に直接的な意味で食われて終わるのか。それなら、最近人気の小説みたいに異世界に転生して美少女ハーレムを築かないと割に合わないぞ。
抵抗しようにも体が強張ってしまっている。ゆっくりと近づくよーこさん。やばい、やられる。よーこさんの手がゆっくりとある一点を指さす。
「ならば、まずぬしのおいなりさんをくりゃれ」
「思いっきり下ネタじゃねえかあああ!」
股間を指さしてとんでもないことをぶちまけやがった。
それで、ちゃぶ台を挟んで俺とよーこさんは正座をしている。断っておくが、現在よーこさんはきちんと服を着ている。最初は裸で座りやがったもんだから「頼むから服を着てくれ」と懇願した結果だ。当人はなぜかすごく不満そうにしていたが。
「どうして全裸でコーヒーを用意していたんですか」
真っ先に核心に迫る質問をぶつける。コーヒーを入れるのに全裸である必要性は皆無だ。そもそも、料理をするのに全裸になる必要性もない。
「いや、人間の世界には裸エプロンというものがあるじゃろ。男は女の裸エプロンを見ると喜ぶと聞いたもんでな。せっかく茶を用意するのだから、浬を喜ばせてやろうと思ったのじゃ」
ラブコメだと定番のシチュエーションだけど、現実にやる馬鹿はいないよな。そもそもエプロンを着用していないからただの裸だし。あと、さっきから気になっていたのだが、
「最初に会った時と明らかに口調が変わってません。わざとやってるんですか」
「前にうちのようなしゃべり方をする人間はいないと聞いてな。うちなりに練習してみたのじゃ。今のしゃべり方のほうが楽なのじゃが」
「狐のくせに猫かぶってたわけか」
男のことを「おのこ」と言うし、こいつ本当は何歳なんだ。外面だけなら二十歳代前半だろうけど。
すでにどこからツッコめばいいのか分からないから単刀直入に聞いてみることにした。
「ずばり、あなたは何者ですか」
「乱暴な質問じゃの。取り繕ったところで仕方ないか。よかろう、答えてやるとする。うちは妖狐。この世にて三百年の生を授かっておる妖怪の一族じゃ」
「なんていう頭のおかしい設定のコスプレイヤーですか」
「コスプレ? なんじゃそれはおいしいのか。うちはれっきとした妖怪じゃ」
むしろ、頭がおかしいほうが助かった。格安だから曰くつきだろうなと覚悟はしていたが、本当に妖怪と遭遇すると誰が想像するだろうか。頭のおかしい変態女が住んでいるから格安というのも嫌だけどな。
「自分のことを妖怪だと思い込んでいる精神異常の一般よーこさんに聞きますけど」
「うぬ、ぬしはまだうちが妖怪だと信じておらんようじゃの」
「信じるわけないでしょ。ゲゲゲの鬼太郎とか妖怪ウォッチの世界観じゃないんだから、この世に妖怪なんていてたまるか」
「フフフ。ならば、うちが妖怪であることを証明してやるとするかの」
不敵に笑うとよーこさんは一冊の本を手に取った。「ガクドルズ!」という俺が一番好きな学園アイドルが活躍する漫画だ。よーこさんめ、あれに目をつけるとはなかなかやりおる。
達観していたのだが、次の瞬間にとんでもないことをしでかしやがった。
「発火」
なんてことをしてくれたのでしょう。火の気もないはずなのに、漫画本が一瞬で火の玉へと変化した。って、
「何してくれとんじゃ!」
おいおいおいおい! まじかよ、あれは俺の一番のお気に入り漫画なのに。
「トチ狂ったのか。離れんと危ないぞ」
「早く、早く消火しろ」
火の玉に手を突っ込もうとする俺をよーこさんが必至で制御する。たまらずよーこさんが指を鳴らすと火の玉は消え失せ、後には燃えカスが転がった。
ああ、なんてことだ。観賞用、保存用、読書用で三冊そろえていたガクドルズ!第一巻が消し炭になるなんて。俺がうなだれているとさすがに悪いと思ったのか、よーこさんがおずおずと頭を下げる。
「すまなかった。同じものが三つあるからいらないかなと思ったのじゃ」
「それにしたって、いきなり燃やす馬鹿がいるかよ。手品にしては悪質だぞ」
「まやかしではない。うちは自在に炎を出せるのじゃ。ほれ、見てみよ」
嘘ではないとばかりに、よーこさんの指先には小さな炎が揺らめいている。素人目ではあるが、手品の種を仕込んでいるのではなさそうだ。ならば、本当に魔法かなにかで炎を出しているのか。疑うとまた俺の戦利品を燃やされそうだからやめておこう。
第三、第四の耳を生やし尻尾付きで自由自在に炎を出せる。これだけの材料がそろっていて妖怪ではないと断言するほうが難しい。でも、まさか本物の妖怪が管理する寮に住むことになるなんて。
「で、よーこさんとやらの妖怪がなんか用かい」
「馬鹿にされた気分じゃがよかろう。刑部浬といったの。うちはぬしに頼みがあるのじゃ」
妖怪の頼み事なんてろくなものではないだろう。魂をよこせだの言われそうだ。斜に構えていたところ、予想のはるか斜め上をいく難問をぶつけてきやがった。
「うちの婿になってくれんかの」