美琴、同級生と連れ歩く
その日の英語の授業の後のことである。教科書を片づけていると隣の席の小野塚さんからわき腹を突かれた。不意打ちだったから「うひょん」という妙な声を出してしまったじゃないか。
「なんだ今のは。新種のポケモンの鳴き真似か」
「少なくとも電子音は出してないぞ」
うひょんと鳴くポケモンなんてあまり捕まえたくないな。
「それより、今朝変わったことでもあったのか。ズッキーがなんか不機嫌だったぞ」
「石動さんが。うーん、思い当たる節は無いな」
美琴だったらともかく、瑞稀に失礼になることなんてしたっけな。新聞を読んでいるときに話しかけたぐらいだけど、それで怒るほど器量が狭い人ではないはずだ。
「そうか。ズッキーはクールビューティーだから露骨に嫌そうな顔をしているのは珍しい」
「出会って日が浅いのによくクールビューティーなんて断言できるな」
あながち間違ってはいないと思う。文学少女がアグレッシブというのはあまり聞かないし。感心していると小野塚さんはクイとこめかみに指を押し当てた。
「ある程度観察していればどんな人かは大抵わかる。まして、最近は初対面の人とたくさん会っている。私の目も自然と鍛えられた」
「バトル漫画の強敵みたいだな」
いわば人間観察の賜物ということだろう。そういえば、授業中に妙な視線を感じることがあるが、隣の席の彼女の仕業だったか。
初対面の人とは寮生のことを指しているのだろうな。せっかくだからほかの寮についても聞いてみるか。
「ところで、天源荘はどんな感じなんだ。俺の住んでいる所よりもいっぱい下宿生がいるから賑やかそうだな」
「あながち間違ってない。常に修学旅行に来ているよう。正直、うるさすぎる」
「そっちもそっちで大変そうだ」
高校生だけで数十人同居させたら大騒ぎになるのは自明か。あまりにも騒がしいのは確かに問題だな。俺も主によーこさんのせいでなんだかんだ騒がしい日々を送っているし。
「寮のことについてはそのうち交流のレクリエーションとかやるみたいだから、自然と分かると思う。あるいは浬の寮に潜伏してもいい」
「忍者の真似はしないでいいから素直に遊びに来いよ」
彼女なら屋根裏に忍ぶぐらい平気でやってのけそうだ。アホ毛がせわしなく揺れているけど、本気でやるつもりじゃないだろうな。
「おっと。次の授業が始まる。こいつは餞別だ」
またノートの切れ端を渡された。今度は何を描いたのやら。
そして、開いた瞬間に俺は唾を噴出した。せっかくの作品を汚してしまって悪いが、こいつは笑うなというほうが無理だろう。
なぜなら、さっきの時間の英語教師がパンチパーマになってボールペンとリンゴを握りしめて踊っていたからだ。
「どうだ。そっくりだろう」
「似ているけど元ネタが古くないか」
「ならばこうしてやろう」
小野塚さんにより魔改造され、英語教師はさらにとんでもない姿へと進化した。頭に細長い耳が生え、丸いほっぺが追加され、尻には稲妻模様の尻尾が生えている。そんな怪生物を前にして俺は笑いを堪えることができなかった。
「ピカ太郎だ」
「やべえ、腹いてえ。こいつは傑作すぎるだろ」
こんなのと一緒にマサラタウンをさよならバイバイして旅に出たくねえぞ。
「カイカイが爆笑しているなら何よりだ。ズッキーにも見せてこよう」
有言実行とばかりに、小野塚さんは小説に夢中になっている瑞稀の前にいきなりピカ太郎を差し出した。そして瑞稀もまた口元を押さえて笑いを堪えるのに必死になっていた。もしかしてだけど、俺は実験台になったのではないだろうか。小野塚さんが企んでいた実験は成功したようだから不本意だけど不問にしておこう。
時は変わって午後の移動教室のことである。廊下を森野アンド小泉と連れ立って歩いていると、対向からよく知った顔が近づいてきた。しかも、他に二人の女生徒を連れている。
「浬、偶然だな」
「おう、美琴じゃないか」
ちょっとぎこちないながらも俺と美琴は手を振りあう。一瞥で作戦執行を打ち合わせたわけだが無理があっただろうか。
いや、杞憂のようだ。なんかすさまじい反応が返ってきた。周囲四名から。
「みこちー。その子、知り合い?」
「もしかして、前に話していた同居人ってやつ」
美琴の取り巻きの女生徒が俺を指さす。同時に品定めしているかのように視察している。関係ないけど美琴はみこちと呼ばれているようだな。ハクメイはいないと思うが。
「ああ、そうだな。紹介しよう。私と同じ陽湖荘に住んでいる刑部浬だ」
「どうも、よろしく」
俺は頭の後ろに手を置きながら一礼する。美琴とつるんでいるだけあって、両隣の女生徒二人はどちらもレベルが高い。俺が対面していて場違いなんじゃないかとひしひしと思い知らされる。
「っていうか、森野と小泉もいたんだ」
「失礼だな。オナチューなのに」
「オナチューて何よ。ピカチュウじゃあるまいし」
「同じ中学って意味だよ。言わないか、オナチュー」
「今どきそんな言葉使ってるやつはいないと思うぞ、森野。ほら、堂本さんと万城目さんも困ってるし」
不満たらたらの森野を小泉が慰める。そんで、背が高くて渋谷とかをメイクして闊歩してそうなのが堂本さんで、美琴に寄り添っているお団子頭でパッチリお目目の少女が万城目さんか。宇迦中学からストレートで入ってくる生徒が多いと聞いたけど本当だったんだな。
「ねえねえみこち。ひそかにあの子のこと狙ってるんでしょ」
「え、マジかよ」
「あんたじゃねえし」
森野、でしゃばらなくてよろしい。
「う、うん。まあな」
美琴は後ろ手になって口ごもる。堂本は慣れ慣れしく彼女の横腹を突いていた。いじらしく目くばせするもんだから不覚にもドキリとしてしまった。いや、これは作戦だからな。俺は控えめに手を振った。
「そんじゃ、あたしたちそろそろ行くから。みこち、イチゃつくのは後にしなよ」
「聖良、そんなんじゃないから」
はにかみながら長身の友人にエルボーを喰らわせている。たびたび振り返るもんだから、森野と小泉の視線が突き刺さって仕方ない。俺は堂本さんの下の名前は聖良というんだなと益体がないことを考えてやり過ごすのだった。