美琴、己の常識を崩される
五月人形がある以外はシンプルに本棚とか勉強机とかが設置されているありふれた内装だった。イメージ通りといっては悪いだろうが布団派のようだ。逆にファンシーな人形が飾られたりして女の子っぽくなっていない分、少し落ち着く。飾り気が無さ過ぎて心配ではあるが。
「あまりじろじろ見るなよ。あなたは陰陽師としての仕事の依頼があるというから仕方なく上げただけだからね」
腕組をして座布団であぐらをかいている。頼むからスカートでそういう所作をやらないでくれ。数秒後に眉根を寄せられるから。
あまりに日本人形のインパクトが大きすぎたせいでスルーするところだったが、もう一つ不可思議なものがあった。
「タンスの上に載ってる女の子の人形ってまさか」
「日本人形の松ちゃんか。八歳の誕生日の時にもらったんだ。父上が仕事で引き取ってきたと言ってな」
美琴とおそろいのおかっぱ頭の着物の少女は微笑を浮かべながら睥睨している。かわいらしいといえばかわいらしいのか。まあ、女の子の人形を飾るくらい誰でもやるよな。俺の部屋にも花園華のフィギュアがあるし。
「こいつ、呪われてはいないよな」
「失礼な。変哲のない人形だぞ」
憤慨する美琴。そりゃそうだよな。呪いの人形なんて早々あるわけがない。
「たまに夜中に髪が伸びるだけでそんじょそこらで売っている人形と変わりないはずだ」
「さっさと除霊してもらえ!」
明らかに呪われているだろうが。
「そうなのか。父上はアメリカでしゃべるフクロウみたいな人形が流行していたから、髪が伸びる人形も珍しくはないと言っていたぞ」
「ファービーと呪いの市松人形を同一視するんじゃねえ!」
「まさか、私は父上に騙されていたというのか」
本気で驚いているあたり始末に負えない。信じられるか。こいつがうちの学年で成績トップなんだぜ。
「私の部屋の詮索はいいから、さっさと本題に入ってくれないか。お前のせいで風呂に入りそびれているんだ」
頬杖をついて文句を垂れ流している。ちなみに現在進行形で瑞稀が入浴中のはずだ。あまり待たせるとしばかれそうなので、さっさと本題に入ろう。
「実は見てほしいものがあるんだ」
断りを入れて俺は上着の裾に手をかける。おそらく美琴は呪いの人形でも持ってきたのかと心していたのだろう。最初は余裕ぶって頬杖を続けていたものの、俺の行動に対し次第に焦燥していく。
「な、お、お、お前は何をやっているのだ」
「仕方ないだろ。こうしないと見てもらえないからさ」
「馬鹿! 貴様は私に何を見せようというのだ」
竹刀を片手に膝を立てる。俺も自覚はあったよ。同級生の女子の部屋で上半身裸になったらどうなるか。ただ、美琴は熊をも殺しそうな剣幕で竹刀を構えている。これはさっさと白状したほうが身のためだ。
一思いに上着を脱ぎ捨てると、俺は肩に刻まれた例の傷を指さす。怪訝な表情をしていた美琴だったが、傷を認めた途端息をのんだ。そして、真剣に俺の傷とご対面している。これが視姦されているという感覚か。微妙に違うと思う。
「刑部。一体どこでこんな傷を」
「皆目見当もつかない。今日、風呂に入った時に見つけたんだ。いや、心当たりがないわけでもないな。っていうか、この傷の正体を知っているのか」
「父上から聞かされたことがある。こいつは妖怪による『契りの刻印』だ」
おいおい、仰々しいというか痛々しいものが出てきたな。なんだそのカードゲームの魔法カードにありそうな名前は。
座りなおした美琴は滔々と語りだす。
「昔から人間が妖怪と約束を交わす話は多く語り継がれているんだ。生贄をささげる代わりに災害を止めたなんて大がかりのものから、個人的な欲望を満たすために契りを結んで破滅した教訓めいたものまである。
最も多いのは娘を妖怪の婿として差し出す代わりに富や名声を得るパターンだから、男であるお前が刻印を受けるというのは珍しいといえる。だが、男であろうと女であろうと契りが結ばれてしまったら実に厄介なのは間違いない」
うすうす危惧していたが、やはり妖怪にまつわる案件だったか。美琴に相談して間違いではなかった。
「それで、陰陽師である阿部さんなら解除できるよな」
「やれるだけのことはやってみよう。だが、相当強力な呪い(まじない)が施されているというのはすぐに分かった。こいつは一筋縄ではいかないと思うぞ」
断りを入れながらも、美琴は札を取り出す。そいつってよーこさんを祓うときに使ったやつだろ。俺を消し去るつもりか。
俺が逃亡の姿勢を取ると、美琴はガチリと肩をつかんだ。
「安心しろ。お前が妖怪ではない限り消滅することはない。正体が淫魔だったというのなら運が悪かったな」
「れっきとした人間だから。とりあえず、実害はないと信じていいんだな」
人を勝手にサキュバスにしないでくれ。むしろ、陰陽師は西洋妖怪でも祓えるのか。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と印を結び、札を傷口へと押し当てる。指圧されているせいでちょっと痛い。奥歯を噛んでいると札が光を発し始めた。
「彼の者を蝕む呪いよ消えうせよ! 邪印調伏、急急如律令!」
札から熱気が伝わってくる。レーザー線で焼き切って治療しているみたいだ。どうなっているか分からんが効果がありそうだぞ。期待しながら経過を待つ。
だが、熱波に耐えられなかったのか札のほうが先に燃えカスになって消滅してしまった。すかさず美琴は指を離す。おまけに、肩の傷跡に変化はなく、依然として六芒星をきらめかせていたのだ。
「ダメじゃん。全然治ってないし」
「治療を試みたのに文句を言われる筋合いはない。やはり私では無理のようだ。それどころか、父上の力でも消し去れるかどうか分からんな」
「陰陽師だったら他にも知り合いがいるんだろ。その人たちに頼んだらどうだ」
「いや。少し触っただけでも思い知らされたが、この刻印には相当強力な妖力が込められている。無理やり取り除ける者がいるとしたら全盛期の安倍晴明ぐらいしか思い浮かばない」
「平安時代の人物だけとかどうしようもないじゃん」
交霊術で晴明の魂を呼び寄せるとか。シャーマンじゃあるまいしできるわけがない。