よーこさん、モフられる
波乱の幕開けとなった初日だが、どうにか下校時間を迎えた。疲労困憊して歩いていると同じくフラフラになっている瑞稀と遭遇した。
「刑部さん。偶然ですね、こんなところで」
帰り道が同じだから偶然もクソもないと思う。余程疲れているんだろうな。
「石動さん、どうだった学校は」
「ここまで皆さんに注目されるなんて予想外でした。陽湖荘が噂になっているとは知っていましたが、なんかもう上野動物園のパンダみたいな扱いでしたし」
「よーこさんめ、過去に一体何をやらかしたんだ」
もしかすると、美琴が本気で祓いに来てもおかしくないぐらいの悪事を犯しているのかもしれない。きちんと問い詰めなくては。
「でも、さっそく友達もできたんですよ。こんなの初めてです」
浮足立って眼鏡がずれ落ちそうになっている。元気溌剌で跳ね回る瑞稀って新鮮だな。部屋で読書していた姿しか思い浮かばないからかもしれないけど。
「あ、もちろん刑部さんも友達だと思ってます」
「改まって言わなくてもいいからな」
口に出して友達だと言われると悲しくなるのはなんでだろう。敵意をむき出しにしている美琴よりはマシか。
夕食時に美琴から「隣のクラスに珍獣が二人もいて大騒ぎになっていたわよ」とあまり聞きたくない情報を得たぐらいで変わりなく夜を迎えた。明日からさっそく授業が始まるからさっさと寝よう。と、思ったが違和感があった。部屋に戻ったらすでに布団が敷かれていたのだ。はて、風呂に向かった時には布団の「ふ」の字もなかったはずだぞ。一体誰の仕業だ。
「浬、布団を用意しておいたぞ。さっそく寝ようではないか」
悩む必要もなくよーこさんのせいですよね。
「どうして当たり前のように俺の部屋にいるんでしょうね」
やっぱりこいつ壁を通り抜けられるんじゃないか。監視カメラを設置してオカルト番組に送ったら賞金を稼げそうだ。
「細かいことは別にいいのじゃ。さあ、寝よう」
「いや、まだ寝ないし」
小学生じゃあるまいし、午後九時に眠れるか。せめて深夜アニメが終わる午前二時くらいまで待ってくれ。
「ならば暇になるのう。ちと話さぬか」
「まあ、少し会話するぐらいならいいか」
つっけんどんにすると、また変ないたずらを仕出かしそうだからな。もうパンツを干されるのは勘弁だぞ。
「今日が初登校日だったようじゃが、好みの女子はいたかの」
煽るように地面に寝転がる。例の約束のことだろう。
「まだ初日だし、そう簡単に見つかるかよ。でも、友達はできたぜ」
「それはいいことじゃ。友は大事にするのじゃぞ」
「半ば陽湖荘のおかげだから感謝してるぜ。ところで、この寮、やたらと話題になっていたけど、変な噂とかないよな」
あるのなら森野に教えてやりたい。まっすぐに飛んできそうだ。
「そうじゃな。誰も入居者がいなくて暇すぎて火の玉を飛ばしたことがあったの」
「やっぱ怪奇現象を起こしてたんじゃねえか」
「大げさじゃの。火の玉を飛ばすぐらい、うちの知り合いにもできる奴はわんさといるわい」
そりゃ、輪入道とか炎属性の妖怪は腐るほどいるわな。妖怪にポケモンみたいな属性があるかは不明だが。
「話を戻すと、どうやらまだ将来の伴侶とは出会えておらぬようじゃの。うちと結ばれたいというのならいつでも歓迎じゃぞ」
「一日、二日で見つかるかっての。おまけに、早山奈織以上の女なんか早々いるもんじゃないぜ」
「ぬしも強情じゃの。女子なら近くにも居るというのに」
よーこさんが言っているのは美琴と瑞稀だろう。あの二人は現時点ではまだ微妙だな。初日のハプニングのせいで美琴からは警戒されてしまっているし、瑞稀もよそよそしさが抜け切れていない。付き合うにしても、もっと二人のことを知る必要がありそうだ。あくまで第一目標はなおりん(早山奈織の愛称)だぞ。
俺が一向に眠ろうとしないせいか、よーこさんは大あくびをして布団の上で転がっている。妖怪だから夜行性じゃないのか。だらけきっているのか、狐の耳と尻尾まで出現してしまっている。じっくりと観察する機会がなかったけど、よーこさんの尻尾ってものすごくふんわりしているな。
なんて思ってしまったのがまずかった。ふんわりした毛玉を前にしてこんな感情が生じない方がおかしい。
「モフりてえ」
ちょっと触るぐらいなら大丈夫だよな。いきなり噛みつかれて唾液を流されたんだ。お返しをしても罰は当たるまい。
生唾を飲み込み、俺はゆっくりとよーこさんに近づく。狐のくせに狸寝入りしているなんてことはないよな。いや、きちんと寝息を立てている。ふて寝してから数分も経っていないぞ。のび太もびっくりの寝つきの良さだ。
無防備に晒されているモフモフ。俺は感触を確かめるようにゆっくりと握る。
「やわらけえ」
堪えきれずに声が出た。やばいぞ、梱包材のプチプチ並みに無限に触っていられる。尻尾をもみもみしているのに目を覚まさないなんて余程熟睡しているのか。
よーこさんになんら反応がないということで俺の欲は加速する。大きさからして、丁度あれにピッタリなのだ。
「こいつを枕にしたらどうなるかな」
花園華の抱き枕なら持っているけど、そいつ並みに寝心地が良さそうだ。一度邪念に取りつかれると振り払うのは困難である。さすがに抱き着かれたら起きるよな。いや、意外と尻尾は感覚が鈍いのかもしれない。なあに、散々妙ないたずらをされた仕返しだ。ままよ。
俺は敷布団に横たわると、恐る恐る尻尾に顔半分をうずめた。予想以上だ。滅茶苦茶気持ちいい。体が勝手に尻尾を抱き寄せる。通販でよく高級羽毛布団を売っているけどそれ以上じゃないか。
一度モフモフの呪いにかかってしまうと最後。俺の意識は悠久の彼方へと旅立っていく。感触に加えて体温で程よく暖かいというのも後押ししているだろう。むしろ、人肌のようなぬくもりは既成の抱き枕では絶対に再現できない。抱き枕の中にカイロを入れたら疑似的に再現できそうだが、やけどしそうなので絶対にやっちゃダメだぞ。
チェックしたい深夜アニメがあるというのに、のしかかる眠気を追い払うことができない。と、いうか、この尻尾の前では何もかもがどうでもよくなってくる。抵抗を諦めた俺は惰眠を貪るのであった。