森野、熱弁する
「えっと、刑部君だっけ」
「そうだが。君は、えっと」
「オレか。オレは森野茂。自己紹介一発で名前を覚えろなんて、余程のインパクトがないと無理だよな」
婉曲的に俺をおちょくっているのか。タハハと笑っているけど、まだ油断はできない。
「なあ、陽湖荘に住んでいるんだろ。どうよ」
「どうと言われても。騒がしい、かな」
一日過ごした率直な感想だ。主に俺の隣に住んでいる管理人のせいにしておく。
「騒がしい。ひょっとして、変な音がするみたいなことがあるのか」
「それは無いな」
妙に期待を込めて訊ねてくる。なので、俺の返答に肩を落としていた。
「なーんだ。ま、住んで一日、二日で怪奇現象なんて起きないよな」
「いや、起きたぞ」
自然発火とか人間の空中浮遊とか。すると、森野は急激に俺に接近してきた。
「おい、マジかよ。すげー、噂は本当だったんだ」
「噂?」
「まさか、知らないのか。陽湖荘には幽霊が居て、夜な夜な怪奇現象が起きるって噂。ネットの都市伝説にもなっているぐらいだぜ」
そうなのか。オカルトの類はあまり検索しないから知らなかった。
「オレ、出身は宇迦中なんだけど、宇迦高の陽湖荘に住むのはよほどの変人だって常識になってたぜ。あそこはガチで出るって言われてたからな。あ、噂を本当に知らなかったのなら悪かった」
「謝らなくても大丈夫だ。入居するときになんとなく曰くつきだろうと覚悟していたから」
そして、本当に未知との遭遇を果たしたわけです。よーこさんのことを暴露しようと思ったが、舞い上がっている状態で明かしてもまともに聞いてくれないだろうな。
「まったく。陽湖荘に阿部美琴が入居するというだけでもお腹一杯なのに、まさか入居人が追加で二人も現れるんだ。盆と正月がいっぺんに来たみたいだぜ」
「森野だっけか。阿部美琴のことを知っているのか」
「宇迦中で俺の同学年だった奴なら知らない人はいないだろうな。生徒会長を務めていて、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と漫画の世界でしかありえないような女子だったし」
あいつ、スペック高すぎだろ。でも、森野が話を盛っているわけでもなさそうだ。
これは入学式での出来事なのだが、高校の生徒会長の挨拶に続いて新入生代表の挨拶があった。その時に呼ばれたのが美琴だったのだ。代表選出されるからには入試での成績が優秀だったとか、中学の部活動で好成績を残したとかの理由があるはず。どちらの分野にせよ、彼女が軒並みならぬ能力を持っているとみて間違いない。妖怪と異能バトルできる時点で常人離れしていますけどね。
「いいよな。阿部美琴と一つ屋根の下で心霊現象付きなんて」
「心霊現象はうらやましがるものじゃないと思うぞ」
あと、美琴当人もな。あいつのパンツを目撃してしまったと明かしたらどんな反応するだろうか。今後のために今はまだやめておこう。
「いや、日常的にポルターガイストが起きるとか、朝起きたら金縛りに遭うとかワクワクしないか。十六年生きてきてちっともそんなのに出くわさないからうらやましいぜ」
あれ、雲行きがおかしくなってきたぞ。なんていうか、こいつ、俺と同じ臭いがする。不潔だというのではなく、どことなく似ているのだ。俺も早山奈織を語るときにこんなテンションになっていると指摘されたことがある。
「なあ、怪奇現象が起きたって言ったよな。もっと詳しく教えてくれないか」
「え、ええっと」
うわ、厄介なことになった。まさか、この話題に食いつかれるとは。妖怪がすぐそばにいると隠したうえで納得のいく説明をするとなると。ううむ、どうしたらいいんだ。小説家じゃないから、都合よくパッパと話が思い浮かばないぞ。
苦悩している俺をよそに森野は迫ってくる。くそ、どうしたら。すると、ひょんなところから助け船が出された。
「森野、そのくらいにしておけって。刑部が困っているぞ」
「悪い、小泉。調子に乗りすぎたわ」
森野を小突いたのは同じくスポーツマン風の男子生徒。小柄だが鍛えられているところは鍛えられているという印象だ。別に俺は筋肉マニアじゃないからな。そして、髪の毛をオールバックでまとめておりライオンみたいだった。
「こいつは小泉純也。俺と同じく宇迦中の出身だ。昔からの腐れ縁というやつか」
「出会ったのは中学からだろ。そこまで縁はない」
「あと、名前が似ているけど昔の内閣総理大臣とは関係ないからな」
「中学時代は散々それでいじられたから、わざわざ教えんでいい」
森野がうるさいボケ役だとすると、小泉は淡々としたツッコみだろうか。お笑いコンビを組んだらそこそこ売れそうだ。
「いきなり迫られてびっくりしただろ。森野のやつ、オカルト話になると歯止めがきかなくってな。中学のころなんか校内放送で稲川淳二の怪談を流そうとしていたぐらいなんだ」
「いいだろ、それくらい。オレ、毎日聞いてるぜ」
稲川淳二の話を聞きながら給食を食べたくはない。喉を通らなくなりそう。それよりも、俺と似た臭いを感じたのは間違いではなかったみたいだ。こいつ、もしかしなくてもオカルトマニアか。外見だけならスポーツバカっぽいのに。
「俺も似たようなことやった覚えあるな。夜中に学校に忍び込んで朝の清掃の時のBGMをガクドルズのOPのCDに変えたら先生に死ぬほど叱られた」
「お前、俺以上じゃねえか」
「類は友を呼ぶって本当なんだな」
逆に感心されたぞ。執拗に校内放送を狙っていたせいで放送委員会とは険悪の仲になっていたというのはここだけの話だ。
「あと、こいつの家すごいぞ。前に遊びに行ったことあったが、ゲゲゲの鬼太郎の原作が全巻揃ってたり、昭和時代のオカルト雑誌の付録が飾られたりしていたんだ」
「鬼太郎は俺のバイブルだからな。ちなみに猫娘派だ」
「俺はまな派かな」
「乗ると思った。早山奈織の話していたからもしやと思ったんだ」
くそ、図られたか。
「小泉はアニエス派か」
「いや、知らねえし」
鬼太郎六期のヒロインの話なんて普通は成立しないよな。俺もたまにしか見ていないけど、アニメサイトで話題になっていたからなんとか付いていくことができた。
「こんな変な奴だが、決して悪いやつじゃないんだ。刑部も地方から出てきて知り合いもいないってところだろ。知りたいこととかあったら俺たちでよければ相談に乗るぜ」
「そうそう。こんなおいしいやつ、友達にならない方が損だしな」
そう言って森野は俺の脇腹をツンツン突いてくる。おもちゃにする気満々だろ。でも、ジャンルが偏っているとはいえ、こいつとは対等に趣味の話ができそうだ。小泉も辛辣だが嫌な奴じゃなさそうだし。
どうやら、陽湖荘に住んでいること自体が恰好の話題となったようである。深く絡んできたのは森野と小泉の二人だけだが、他のクラスメイトも「陽湖荘ってどうなんだ」と話のタネにしてくる。どんだけ噂が広まっているんだ、あの寮は。
瑞稀も例外ではなく、主に地元出身の生徒たちから取り囲まれていた。特に熱心に話しかけている生徒がいたようだが、注視する前に森野から肩をトントンからのほっぺツンをくらわされた。小学生かよ。