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浬、謎の管理人さんと出会う

 皆さんは「鶴の恩返し」という童話を知っているだろうか。ほら、助けた鶴が爺さんの家に美女の姿でやってきて、「機を織るから決して覗かないでください」と言付けをする。で、気になった爺さんが言いつけを破って襖を開けるとそこには鶴の本性を現した美女がいたってやつだ。

 俺もついこの間までは寓話だとばかり思っていた。まさか、現実で己の身に童話と同じような出来事が降りかかるなんて誰が予想しようか。


 けれども、降りかかっちまったもんはしょうがない。いや、しょうがないで済まされる状況じゃないよな。断言してもいいが、昔話の爺さんよりも衝撃的な事態に陥っているんじゃなかろうか。


 なにせ、俺の身に起こった災難はあの扉を開けたことで始まったと言っても過言ではないのだから。


 話を色々と飛ばしすぎたから、どうしてこんなトンチキな状況に至ったのか順を追って辿ることにしよう。さて、どこから遡ればいいか。まあ、順当に俺が宇迦市までやってくることになった所からだな。


 この春から俺は宇迦学園高校の新入生となる。高偏差値なのは言わずもがな。部活動においても多くの種目で全国大会出場を果たしているという化け物みたいな高校だ。全国的な知名度もあり、入学するだけでも一苦労。俺もまた血のにじむような努力をしたのだが、その辺りの話は別の機会にしよう。

 そして、生徒の自主性を育むという名目で高校でありながら専用の寮があるというのが決め手だろう。全国各地から受験生が集まるから当然の処置ではあるが。まさか、十五歳にして一人暮らしを始めることになるとは予想だにしなかったが、俺の目標のためにはこのぐらいどうということはない。


 私立の寮付き学校で察せられると思うがべらぼうに学費が高い。なので、受験させてもらえるだけでもありがたいものだった。当然のことながら、住まう寮も限られることになる。なので、寮を選ぶ際は安さを主張した。その時のやり取りはこんな調子だ。

刑部浬おさかべかいりさんですか。珍しい名前ですね」

「よく言われます」

「一番安い寮ですとこの陽湖荘になります。でも珍しいですね。あの寮に今年は一気に三人も入寮することになるなんて」

 最安値ならもっと集まりそうなものだけどな。光熱費込み、トイレ、風呂は共用だがそれでも月一万円とか中学を卒業したての俺でも破格だと分かる。しかも、管理人さんによる手料理までついてくるというのだ。普通は希望者が殺到していないとおかしい。


 だから、俺は一つの可能性に至ったね。

「もしかして、いわくつきですか」

 訊ねた時に職員さんは目をそらした。ですよね。


 でも、この寮以外では金銭的理由で入寮できないのも確か。俺の成績だと奨学金も借りられないというし、仕方なくこの寮に決めたのだ。

 問題の寮というのが学校から徒歩で二十分ほど離れたところに位置する陽湖荘。明るい湖の荘という名だが、辺りに湖があるわけじゃない。それどころか、町はずれにポツンと佇む洋館といった印象だった。世界各地を旅するアニメで主人公たちが突然雨に降られ、雨宿りのためにいかにも怪しそうな館に駆け込む。それで、入った瞬間にいきなりドアが閉まる。そんなシチュエーションに出てきそうな代物だったのだ。あ、出るな、これ。


 内装はところどころボロがあるものの、今にも倒壊寸前という危険極まりない状態ではない。ごく普通に日常生活を送るのであればなんら支障はなさそうだ。俺が入寮する101号室のほかに部屋は六つ。そのうちの一つは管理人の部屋なので、入寮可能な生徒数は五人。学生寮にしては小さすぎるが、一般向けに設計された古いアパートを寮として利用していると考えれば納得がいく。大学と違って数百人も寮生活希望者がいるわけじゃないし。


 引っ越しの荷解きをしているとインターフォンが鳴らされる。六畳一間にどう戦利品を配置するのか忙しいんだぞと憤慨しながらしぶしぶ入り口のドアを開ける。

 そこに立っていたのは金髪のさらさらした長髪をなびかせた美女だった。顔立ちはむしろ大和なでしこと評するべきなのに、恐ろしいほどにマッチングしている。ツリ目でありながらも柔和な笑みを浮かべており、うっかり見入るところだった。

 白シャツにジーンズというシンプルな服装をしている。そのせいか強調されてしまう。シャツを突き破らんとしている豊満な胸が。なんだあれ、何カップだよ。十五年生きてきた中で目撃した最大サイズになるんじゃないか。

 俺の背丈がクラスでも中くらいというせいもあるのか、彼女の高身長は際立っていた。すらりとしたスレンダーな体躯はモデル雑誌から抜け出してきたよう。陳腐な言葉を借りるなら滅茶苦茶すごい美女が訪問してきたのだ。


「刑部浬さんですね」

「は、はい」

 俺は返答をするのに精いっぱいだった。やべえ、こんな美女と何を話していいか分からん。最近まともに会話した異性は母親ぐらいだぞ。

「初めまして。私は陽湖荘の管理人の稲荷よーこです。入寮者の皆さんに挨拶をしに来ました」

 そうか、管理人さんか。すごい大人びているし、これで俺と同い年だったら布団にくるまって泣き続ける自信がある。え、いや、待てよ。こんな美人さんが管理人さんとか破格すぎねえか。だって、管理人さんの手料理付きといううたい文句があるんだぜ。格安寮だから妖怪ババアみたいなのが出てくると覚悟していたのに、まさかすぎるだろ。


「どうですか、引っ越しの片づけは進んでいますか」

「ああ、いや、なかなか」

「へえ、けっこう荷物が多いんですね」

 生活必需品に限ればすぐに終わる。これでも選別したのだが、狭い部屋の半分以上を俺の戦利品が独占していた。

「よかったら、手伝いましょうか」

「いえ、間に合ってます」

 せっかくのご厚意とはいえ、見ず知らずの女性に俺の魂を仕分けされるのは気が引ける。別の意味で引かれるかもしれないし。すんなりお暇してくれると思ったが、よーこさんは困ったように首を傾げていた。


「そうですか。お力になれると思ったのですが」

 悩ましく揺れる双丘。別にいけないことはしていないはずなのに、すごくいけないことをした気分になる。どうしよう、無碍に返すのは悪いけどやってほしいことなんて。俺が頭を抱えていると、よーこさんはポンと柏手を打った。

「そうだ。疲れてるでしょうからお茶でも入れましょう。疲労回復にはコーヒーがいいと聞いたことがありますし」

 コーヒーに体力を回復する効果なんてあるだろうか。気分転換できるから間違いではないけど。「まあ、それくらいなら」という俺の返答を是と受け取ったのか、よーこさんはスキップ交じりで台所へと駆けていく。お湯を沸かすぐらいしかできなさそうな狭いところで申し訳ない。文句は設計者に言ってくれ。


 俺がいる部屋と台所には仕切戸があるのだが、よーこさんは扉に手をかけて蠱惑的にこう言った。

「私がいいと言うまで決して扉を開けないでくださいね」

 俺が口を開く前によーこさんは密室へと姿をくらます。さて、どうしたものか。ここで俺がとるべき選択肢は二つだ。


 まず、おとなしく片づけを進める。模範解答はこれだな。覗くなと言われているし、早いところ転がっている本やらCDやらを収納しないと足の踏み場がない。もともと俺は片づけをしていたんだし。


 もう一つが覗いてみる。覗くなと言われるとつい覗きたくなるのが人間の性だ。時たま漏れる物音や、戸に映るシルエットは俺に開錠を催促しているかのようだった。「押すなよ、絶対に押すなよ」は「押せ」という芸能界の格言もあるし。


 さて、どうしようか。とりあえずは素直に本を本棚に戻していくけど、どうも扉の向こうが気になって仕方がない。開けるべきか開けざるべきか。

「ちょっとだけならいいんじゃね」

 俺の中に悪魔がいるとするならこう囁いたはずだ。そうだよな、少しぐらいならいいよな。ほんのちょっと扉を開けるぐらいならバレないはずだし。


 いいや、だめだ。お茶を用意してもらっているのだから、きちんと約束は守らないと。でも、ほんのちょっとだけ。そう、数ミリぐらいなら分からないよな。俺は生唾を飲み込み、恐る恐るドアへと近づく。わずか数秒でたどり着けるはずなのに、一分近く要したのではなかろうか。下手したらもっとかかったかもしれない。そして、到着したら到着したで俺の葛藤は続く。

 仕切り戸に右手が触れる。一思いにスライドさせてしまおうか。いいや、だめだと良心の呵責が枷をかける。くそ、沈まれ俺の右手。別に中二病じゃないけど、似たような状況にいた。鬼の手を封印した小学校の先生もこんな気分だったろうか。絶対違うと思うけど。


 ここでまごついていると、よーこさんがお茶の準備を済ませて先に開けてしまう。それで、戸の至近距離にいる俺と鉢合わせなんてことになったら余計に面倒だ。言い訳なんて微塵も思いつかん。ならば、いっそ一思いにやってしまおう。なあに、ほんの少し開けるだけさ。バレるわけがない。


 俺は物音を立てないように慎重に扉を開ける。だが、次の瞬間にがばりと開帳することとなった。いや、そうせざるを得なかった。


 そこにいたのは全裸のよーこさんだからだ。

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