学院入学試験編1
少年は夢を見ていた。見慣れないない街並みに、すべての物がいつもより大きく
見える。目の前には見たことのない大人がいて俺はその大人に渋々ついて行って
いた。ある建物の前につき三人の人が出迎えてくれていた。一人は大人で俺を
連れまわした男と談笑を始めてしまった。俺は暇になり見上げるのをやめ自分の
目線に戻した。すると目の前には一人の少年がいてその後ろに隠れるようにして
一人の少女が恥ずかしそうにしていた。君の名前は、と聞かれたので俺は名前を
言おうと口を開いたが言葉が出ない。
「はぁ、はぁ…。」
焦りで呼吸を乱すがその様子を気にせず少年はただ見ているだけである。そして思う
(あれ、俺の名前なんだったけ)
そう思った瞬間にこの世界は崩れ暗闇の中に沈み込んでしまった。そしてどこから
ともなく声が聞こえる
「……さま、……ゃくさま、お客様!!!」
まだ寝ていたいと主張する体をたたき起こして無理に目を開く、最初に入って
きたのはこちらを心配そうに見つめる女性の姿だ。
「よかった、声をかけても全然起きないので心配しましたよ。」
まだ意識がはっきりしておらず状況が理解できない俺は
「すみませんここどこでしょうか?」
と女性に尋ねた。
すると女性は呆れたような表情になりこう答えた。
「まだ寝ぼけているのですか。ここは魔装列車ディルドラーレの中で終点
王都ヘルトテールですよ。」
意識が覚醒していき女性の説明と自分の記憶を合致させていきをようやく
状況を思い出し始める。俺は王都に入学試験を受けにここまできたこと。
ふぅ、と息を吐き両手で顔を叩く様子を見て
「ようやくお目覚めですか」
と聞いてきたのではいありがとうございました、と答え列車の外に出た。
息を吸い込み改めてその空気の違いを感じ取り思う。
とうとう来たのだなと。
俺は試験会場を目指して歩を進めた。
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「次、早くしなさい‼」
緊迫した雰囲気の中で試験官の声がこだまする。
「はい」
一人の青年が立ち上がる。宝石のように澄んだ蒼眼、金糸を思わせるサラサラな髪
をなびかせ見事な刺繡があしらわれた衣服に身を包んでいるその青年はいかにも
貴族という感じだ。青年は20mほど離れた泥人形との一直線に立ち、魔法発動の
ために左腕を前に出し詠唱を始めた。
「焼き払え”フレイムショット”」
この試験は先にある泥人形を全壊させるという極めてシンプルなものだが
かなりの威力が要求されるらしく、青年の放った魔法は泥人形に着弾し爆発するも
半壊にとどまりすぐさま元の形に戻ってしまった。
「その程度では、この学院ではついていないわ。失格よ。次、早くしなさい」
放った魔法に自信があったらしい。
だからこそ、その結果に納得できなかったのか
「待って下さい、中級魔法”フレイムショット”ですよ。何故不合格なんですか」
「はぁ…。合格条件は泥人形を壊すことよ。どんな魔法を使ったなど
関係ないわ。」
「――――――っ!!」
さらに、冷酷に淡々と言葉を放つ。
「ちなみ初級魔法”ファイアアロー”でも壊そうと思えば壊せるわ。故に壊せない
のはあなたが基礎を怠っている証拠よ。」
「私はヴァーリア家のじき当主だぞ。そんな態度取っていいと――――――」
「はぁ…。」
試験官は呆れた様子でため息を放ち変わらない口調で青年に言う。
「自分は選んばれし貴族だと思い込み上を見ずに下ばかりを見、向上心もなく
ただ家名にすがってしかないあなたにはこの泥人形壊すのは無理ね。」
試験官が興味を無くし次の人に移ろうとしたとき、青年は憎しみのこもった
声を発した。
「言わせておけば……」
そう小声で言うと、青年は魔法を展開し始める。不意を突かれたが、顔色も
変えず魔法の詠唱を始める試験官。
「焼き払え”フレイムショット”」
「焦がせ”ファイアアロー”」
魔法陣の大きさは比べるまでもなく、青年にのほうが大きい。青年はそれを
見て勝ちを確信したのだろう笑みをこぼしていた。
2つの炎弾は双方の中間のあたりで衝突。
試験官が放った炎弾は青年の炎弾を吞み込み青年の顔を掠めそのまま後ろの
泥人形を破壊。会場の床を焦がし、爆発とともに放たれた爆風により窓ガラス
がカタカタと音を立て熱が会場全体に走る。
「――――――――っ」
魔法の質が違いすぎたのだ。青年の魔法は見た目だけを重視したはりぼての魔法
なのに対して試験官の魔法はすべてが計算された魔法であり、それは芸術の域
にまで達していた。青年は身をもってそのことを思い知った。
そして初級魔法に負けたという現実が頬をかすめた痛みと共に全身を駆け巡る。
気が付くと地面が迫っていてそのまま地を舐めていた。薄れゆく意識の中で青年
が顔を見上げた。そこには腰ほどまで伸びている黒髪をなびかし、青年の前に立ち
緋色の目を青年に向ける女性がいる。その目にはもう青年は写っていない。
見ているのは青年ではなくその先にいる受験者である。青年はここでようやく
気づいたのだ。もともと眼中にすらなかったということに。青年はすべて
焼き払われた。彼が持っていた自信、名家としての威厳、ありとあらゆるものが
灰となった。
「僕ではこの学院でやっていくのは無理だ…。」
自分で確かめるように呟き、壊れかけの精神のためかフフフと不気味な笑いを
こぼしながら、おぼつかない足取り試験会場を後にした。