雪の記憶
手が真っ赤になっていた。もう、冷たすぎて痛く感じる。
「まだ……帰って来ないのかなぁ」
一面、真っ白な雪が世界を覆い尽くしているみたい。
吐く息が濃いミルクみたいな色で、ふわふわと目の前に現れては消えていく。
店の中でみんなみたいに待ってればあったかいんだけど。さっきまでそうしていて、結局こうして外に出てきてしまった。
そっと雪をすくうと、粉みたに指の間から零れ落ちた。
そういえば、彼は雪ウサギを作るのが上手かったなぁ……。
掌に残った雪がとけるのを見て、ふとそんなことを思い出した。あれはいつのことだっただろうか?まだ小さいときだったような気がする。
なんとなく、あたしも彼が作っていたような雪ウサギを作りたくなった。
記憶の中の昔のあたしは、ウサギには見えない雪ウサギしか作れなかったんだ。形なんてあってないようなものだったし、彼のそれと並ぶといっそうその不恰好さ際立った。
あのときは、小さかったから。
今なら作れるような気がしたんだ。
せかせかと雪をかき集めて。四苦八苦しながら形を作る。
でも、なんでかなぁ?上手く作れない。昔よりは上手くできたと思う。だけど、やっぱり昔みたいに不恰好な雪ウサギだった。
雪ウサギを作り始めてどのくらい経ったのだろうか。何度作り直しても、結局上手くいかなくて、あたしが半泣きになりかけていたとき。
「梨美?」
低音の響くような、静かな声。空気を震わせる、聞き心地のいい音。
「何やってんだよ……風邪、ひくだろ?」
彼が、帰ってきた。
「ほら、中に入るよ。いつから…」
彼の声が言葉の途中で消えた。あたしの肩に触れた途端に。
「いつからここにいたんだよ」
ちょっと怒った彼の声が聞こえる。無理矢理あたしを引っ張って立たせ、正面からあたしの顔を覗き込んできた。
「わかん、ない」
ずっと雪の中にいたあたしの口は、上手く動いてくれなかった。
「店の中で待ってればよかったんだ」
ぐいぐい腕を引っ張られる。店の中に入った瞬間、独特の甘い食欲をそそる匂いと、あったかい空気があたしを包んだ。
「ここに座って。智季、毛布かなんか持ってきて!紗里亜はマスターにココア入れてもらってきてくれる?」
カウンター席にあたしを座らせながら、彼がそう言った。そして、その隣に彼も座り、あたしと向き合う。
「なんで外で待ってた?」
「じっと、してらんなかったンだもん」
まだ体は上手く動いてくれなかった。口もカチカチと震えていた。
「俺が心配するって考えなかったわけ?」
あったかくて大きい、少し骨張った彼の手が、あたしの頬を包んだ。
「考えて、なかっ…た。ウサギ…雪で、昔作ってた、から……だから…」
一瞬、彼は呆れたような顔になった。でも、あたしの発する単語を聞いて、あぁ、という表情に変わった。
「雪ウサギ作ろうと思ったんだ?昔、俺はお前によく作ってやったやつ」
こくんと頷く。
「今度一緒に作ってやるよ。あの様子じゃ、作れなかったみたいだし」
だからってこんなに冷たくなるまで外にいるな、とデコピンされた。
智季が持ってきてくれたふわふわの白い毛布で、彼があたしを包む。紗里亜の持ってきてくれた甘いココアを飲み終えると、彼に抱きかかえられて、あたしの部屋に行った。
「ねぇ、お、怒った……?」
彼に言われて入ったベッドの中は、ひんやりしていた。そのせいなのかわからないけれど、あたしがベッドに入ったことを確認して、部屋を出て行こうとした彼に不安になる。
「怒ってない。……頼むから、あんなに冷たくなるまで外にいるな。風邪ひいたらどうするんだよ?」
あたしの不安は声になって、そのまま彼に届いたらしい。彼は苦笑いしてベッドの端に腰掛けた。
「うん……でも、夢中になってたから。それに、どうしても雪ウサギ完成させたかったんだもん」
「なんで?」
「なんとなく……ちょっとだけ、ちっちゃい頃に戻りたいって思ったのかなぁ」
しあわせ、だった。断片的な記憶を思い出すだけで、そう思えたから。小さかったときは、こんな不安を感じる必要なんてなかった。ずっと一緒が当たり前だと思ってた。一人になって寂しいって思うことも、会えなくて辛いって思うことも、なかった。
「今が嫌?」
ふと、彼があたしの髪をいじりながら聞いてきた。
「嫌!……って言いたいんだけど、今は、嫌じゃないよ」
髪をいじっていた彼の手が止まった。
「……梨美らしいな。それでいいんじゃないの?俺も“今”は嫌じゃない。そういうもんだろう?昔は過去で、もう終わったものなんだ。俺たちにどうにかできることっつったら、“今”をどう生きてくかってことしかねぇんだよ」
久しぶりに見た、彼の柔らかな笑顔。
そうだろ?と言って、彼はあたしの頭をポンポンと叩くように撫でた。
「うん。今しかない」
「よし!じゃあ、明日一緒に雪ウサギ作ろうな」
まだ笑いながら彼は立ち上がった。
「あったかくしといてやるから。おとなしくしと……」
…………。
「わかった。今日はここにいてやるよ」
彼が立ち上がった瞬間、思わず掴んでしまった服。
慌てて離したけど、彼にはしっかり見られていたみたい。
ゴロンとあたしの隣に横になると、肩肘をついてニッと笑った。
「……ありがと…」
「ん?」
「な、なんでもない、よ!」
「そう?」
彼はクスクス笑って、おやすみと言った。
あたしも、おやすみと返した。
“今”あたし、すごく幸せ。あったかくて、安心できる。
明日、雪ウサギ作ろうね。
「わ、お前、へっただなぁ」
翼が声をあげて笑った。
「あたし一生懸命作ってるもん!」
「わかってるって。そう怒るなよ、梨美」
「もう……翼が作ってよ…」
「もうちょっと頑張れって」
「だって!翼のほうが雪ウサギ綺麗に作れるんだもん……」
「しょうがないなぁ」
頬を膨らませて俯く梨美の頭を撫でて、翼は少し大きな雪ウサギと、その雪ウサギより少し小さい雪ウサギを並べた。
「これでいいだろ?」
ニッと梨美に笑いかけた。
真っ白な雪の中で二人の少年と少女が肩を並べて笑っていた。
それをやさしく見守るのは、彼らを包む、白い雪だけ。
雪の記憶。
それは、流れて消えてゆくけれど。
少しの間だけ、陽だまりのような笑顔で、雪の上の幸せを彼らに。
いつかとけて消える幸せを
どうか、あと少しだけ
END
何度か小説は書いてきましたが、投稿するのは初めてです。自分の文章の未熟さや、表現の乏しさがありありとあらわれていると思われます。
学友や、小説を見ていただいていた学校の先生に、もっと多くの意見、アドバイスを聞いてみるのもいい、という助言のもと、投稿させていただきました。
よろしければ、アドバイス、意見をお願いします。