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夜明けが怖い  作者: 誘唄
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夜明けが怖い 02

1話目、2話目と連続して投稿しています。

ホラーを書けと言われたマイナー恋愛小説家が、投稿されている作品を読み漁っています。

今回(2話目)は、その中からピックアップした作品になります。

夜明けが怖い 02




【形見のシワ】


喜助の妻君が逝去したのは月の初めのことだった。

結納の際に仲人を頼まれた身としては嫁を失ったように感じ、仲睦まじい夫婦だった喜助が後を追ってしまうのではないかと気を揉んでいた。

夜半だというのに尋ねて来た喜助に茶を淹れ、座らせて話を聞く気になったのも、その憔悴した様子に鬼気迫るものをうっすらと感じ、これは余程思いつめてのことだろうと思ってのことだ。

さりとて喜助の口は重く、「申し訳ねえ」と最初に頭を下げて以降は、への字に結んだ口はまるで貝のように押し黙り、虚ろに濁った眼は置かれた茶に向けられたままピクリとも動かない。

かと思えば座した足の上で握られた拳は余程の力が込められているのか、まるでその足を担ぎ上げんばかりに硬く、時折耐えかねたかのように荒く溢れる鼻息に吹きっ晒される。

この僅か半月ほどの間にいったいどれだけ思いつめたのか、行灯に照らされた姿にまるで既に妻君の元へと行ったものの、詫びを入れるために化けて出たのかと思うほどのやつれよう。

「おめぇさん、ちゃんと眠ってんのかい?」

まるで結核にでも罹ったようなその様が人足姿とは似ても似つかぬ。狸が化けているのなら、ははぁ、なるほどと納得いくほどの変わりよう。

「お願いしたいことがありやす」

「あぁ、聞こう」

ぽつりぽつり。

喜助の口は重く、言葉少なに語るのを辛抱堪えて耳を貸す。

「実は、こいつを引き取って欲しいんで」

脇に置かれた風呂敷を広げられ、そこに包まれていたものを目にして行灯の明かりでありもしないものが見えたのかと目を見張る。

見間違いか、化かされていないかと矯めつ眇めつ確かめ、こいつぁいったい何を考えているのかと喜助の下げられた頭に目を向ける。

「おめぇさん、こいつぁ、お妙が嫁にきた時の晴れ着じゃあねぇか」

思わず溢れかけた溜息を茶で飲み込んで、代わりに口から溢れた言葉に茶よりも冷めたものを感じ、そりゃあそうだと納得する。まだ半月だと言うのに、妻の形見を売ろうなんて旦那がどこにいるものか。

「申し訳ねえ」

「そりゃあお妙に言うべきだろう。おめぇさん、なんだって女房の形見を売ろうなんて馬鹿げたことを頼みに来た」

驚いたように喜助が顔を上げ、見開かれた眼が全く考えていなかったことを言われたかのように、右に左にふらふらと揺れる。

「違えやす。引き取っていただきてえんで」

やがて晴れ着を見つけて止まった眼。絞り出すような声は喜助らしくもない震えたもので、あぁ、と思い至る。

前にこいつの長屋に行った時に、この晴れ着を飾るようにしてあったのを思い出した。

仕舞っては思い出し、広げて飾ってはすすり泣く。お妙がそこに立っているように見えて、辛いのかもしれねえ。よく見れば晴れ着の裾のほうにシミやシワが出来ているのを見れば、死んだ女房を思って泣き続けているなんぞと、男の口が語るわけもない。

「引き取ることはしねぇ。だが、息子みてえに面倒見てきたおめぇの頼みだ。ちゃんと理由を話せるようになるまで、一時預からせてもらう。それで文句はねぇな?」

深々と下げられた頭を叩き、「とっとと帰って寝ちまいな」と追い払う。

自分の姿を情けねえと思い、お天道様にゃ見せられねえと思ってこんな夜半に来たのだろう。

何度も頭を下げる喜助をもういいからと帰らせて、死んでしまったお妙を思う。

あれほど思われていたのなら、女房冥利につきるんじゃあないか。良い旦那を貰ったな、と息子自慢をする気分になる。

夜は更けたが、まだ日も遠い。一献晴れ着を相手に酒でも飲んで、息子談議でもするとしようか。



酒が抜けた頃には昼近くなり、ちょいと茶屋にでも行って団子でも食おうと思い、ふと隣の席でかしましく咲いた茶飲話に耳が食いついた。

「聞いたかい? 喜助の話」

「なんだい、ついに後を追っちまったのかい?」

「それさ! 死んだんだよ、喜助」

なんだと!

飲み込んだ団子が詰まりそうになり、目を回しつつ茶で流し込む。

「今朝方、同心が出張っててね、そりゃあ大騒ぎさ。結局、後追い自殺だってことだったけどね」

「あぁ、死に別れるにも早過ぎたからねえ」

「なんでもお妙の晴れ着に顔を埋めて死んでいたらしいよ」

「そうそう、二人寄り添うように顔の跡が残ってたって言うじゃないか。少しでも近くに行きたかったんだねえ」

「死んでも一緒に居たいだなんて、うちの旦那にも見習って貰いたいねえ」

「あんた、旦那が死んだら近くにいて欲しいのかい?」

「まさか。生きてても近くにいて欲しくないよ。だいたいあの宿六ときたら」



旦那の文句へと変わった茶飲話は耳に届かず、震える手で湯呑みを掴む。

飲み干された茶は茶柱だけを後に残し、頭の中では喜助の姿が浮かんでくる。

憔悴して口を濁し頭を下げてきた理由が、全く勘違いだったと告げる直感を追い払おうと団子を頬張る。

喜助が後を追ったのではなく、お妙が連れて行ったのではないか。

そんな考えを消し去りたくて、

「茶をくれ」

だがそれしか言葉が出なかった。


怪談でよくある感じの話。

夏のホラー2018のレギュレーションで「和風」とあったので、申し訳程度の和風要素になります。

次回はマイナー恋愛小説家の一人語りに戻ります。


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