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『赤瞳の戦姫』~転生したらオークに拾われました~  作者: オオノギ
幼少期 第二章二節:復讐者(前編)

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第094話 勇ましき者との離別


それは唐突な出来事だった。


フォウルとヴェルズの事態が終息し、

全員が安堵の息を漏らしながら、

アイリの血から放たれる禍々しい魔力の波動に、

改めて全員が意識を向け直した瞬間。


それが芝生が敷き詰められた広場の中央、

ガスタが囚われた結界の目の前に降り立つように現れた。





それはミコラーシュとドワルゴンが遭遇し、

アイリ達も少しだけ目で見た存在。


金色の髪と体毛が流れるように揺れ、

狼獣族の戦闘着とは異なる色合いの服を纏った、

『人化』状態の姿を保つ半獣族の青年だった。


体を丸めながら回転させ、

左手と曲げた膝と足で着地した存在に、

誰もが気付く事に遅れた。


すぐに気付いたのは二名のみ。


『勇者』と呼ばれていた青年と、

『鬼神』フォウルだけだった。



「!!フォウルさんッ!」


「テメェは大魔導師ヴェルズを守ってろッ!」



飛び出そうとした勇者を止め、

フォウルが先行して叫ぶ。


その言葉と意味を一瞬で理解した勇者は、

ヴェルズと青年の通過線上を塞ぐように動き、

背負った大剣の柄を右手で掴んだ。


ヴェルズは勇者に守られる形になって、

初めて半獣族の青年の存在に気付く。


フォウルは勇者をストーカー扱いしていたが、

『ヴェルズを守る』という一点は信頼しているようで、

だからこそ無防備だった状態のヴェルズを守るよう叫んだのだろう。


気付いた二人が駆け出すように動き、

掛け合う声が響いた瞬間に、

やっと周囲の者達は異変に気付いた。

あのセヴィアでさえ、

二人が駆け出した瞬間に気付いた。


それほど半獣族の青年の気配は静かで、

そして目の前に居ながら存在感の無い様子に、

半獣族の青年の気配遮断を行う技量の高さが窺える。





結界の中で待機するセヴィアが、

結界の外に立つ半獣族の青年を見た。



「……え?」



鋭い視線だったセヴィアの表情が、

その青年の顔を見た瞬間に、

まるで呆気に取られたような声を漏らし、

驚きの表情と目を向けていた。


そのセヴィアを一瞬だけ、

金髪の半獣族の青年はチラリと見た。


容姿は人間の姿で重ねれば二十代前後で、

その左目の周囲には三本の傷がある。

髪は短髪で短く、身長は180センチ程度。

体格は細くも逞しい筋骨が目に見えて分かるほど、

鍛え抜かれた肉体だと強者なら見て理解できる。


間違いなく目の前の青年が、

セヴィア達が想定した『もう一人の狼獣族』だろう。


しかし青年の瞳から感じるそれは、

ガスタが見せる憎しみの瞳とは別のモノ。

悲しみを秘めている瞳だった事を、

セヴィアはすぐに察してしまえた。


セヴィアは知っていた。

その金色の髪と美しく蒼い瞳を。

その瞳の持ち主が生まれた時から、

セヴィアはその瞳を幾百回と見てきたのだから。





セヴィアが青年に声を掛けようとする、

ほんの僅かな時間さえ生まれなかった。

それが許される時間も無く、

青年とフォウルが激突するように戦いを開始したからだ。


四メートル強の体格のフォウルが、

二メートルにはやや及ばない半獣族の青年を、

右手を振り被って殴りつけるように振る。

恐らくこの時のフォウルが放てる、

利き腕で放たれた全力の右拳。


それを青年は正面から腕で防御し、

吹き飛ばされずに耐えてみせた。

フォウルはそれに驚きを見せながらも、

続けて左手の拳を突くように放つ。


それに気付いた少年は、

防御するフォウルの右拳を突き放し、

今度は青年の右足で拳を迎撃する。


跳ね上がるように伸びた青年の右足が、

フォウルの左拳に直撃し、

それさえも青年は受け止めた。


相殺された威力と威力が周囲に拡散し、

周囲に居た警備隊の面々を事態を把握する前に、

既に攻撃を開始し始めた二人の姿を、

呆気に取られながら見ている中、

それに喝を入れるように声を張り上げたのは、

治療されていた虎獣族の警備隊長頭、

両手両足に重傷を負ったテイガーだった。



「何をしている馬鹿者共ォ!そいつは"てき"だぁッ!!」


「!!」



大声で吼えるテイガーの怒声に、

警備隊長達は呆気に取られた驚きを引かせ、

各々の武器を構えて戦闘態勢になった。


負傷しながらもテイガーは周囲を警戒し、

気付きはフォウル達に遅れながらも、

冷静に警備隊長達が呆けた状態に喝を飛ばし、

警備隊全員を正気に戻したのだ。


手足を損傷させながらも、

虎獣族の歴戦の戦士テイガーだからこそ、

この冷静さと対応の早さを見せられた。

それは評価しても良いだろう。





しかし事態は既に、

各警備隊長達に及べない域に達している。


あのフォウルが魔力を抑える装飾品、

魔玉付きのリストバンド二つ付けた状態ながらも、

ガスタとの試合で見せた殴打力と速度で、

半獣族の青年に応酬を繰り返し続ける。


しかし半獣族の青年は、

それ等を全て体捌きで受け流し、

更には真正面からでも受け止めるように、

ほぼ拮抗したような状態になっていたのだ


全員がそれを正気の目で見せられ、

明らかに手出しが出来ないことを悟った。

そもそもフォウルが飛び出し戦うという事態が、

常軌を逸していると数名は理解する。


あの半獣族の青年は、

警備隊長じぶん達ではどう足掻こうと勝てない。

だからこそフォウルは、

真っ先に飛び出し警備隊長等より先に戦っているのだ。


自分達ではあの戦いの役に立たない。


そう感じた警備隊長達がすべき事は、

あの狼獣族が逃げ出した際の追跡の準備と、

いざという時の為の回復魔術・攻撃魔術での援護。

それしか心構えとして準備できなかった。


心構えがあると無しでも違うのだから、

彼等の行動自体に無駄は無いだろう。





そんな警備隊長かれらが一撃でも受ければ致命傷の、

そんな攻撃を繰り返し応酬するフォウルが、

嬉々とした顔を浮かべ始めた。


その顔は『人間』フォウルの姿ではなく、

その姿は『大鬼オーガ』フォウルとしての顔だった。



「その強さ、その体捌き、フェンリルのとこで鍛えられた狼獣族オオカミかぁ!!」


「『鬼神』フォウル。全力では無いにも関わらず、これほど……ッ」



この短いながらも猛攻と呼ぶべき攻撃を繰り返す中で、

苦しい表情と声を先に出したのは、

金髪金毛の半獣族の青年だった。


鬼気とした表情でフォウルは殴打を続け、

常人では目に追う事さえ難しい動作で、

半獣族の青年はフォウルの猛襲を抑え続ける。


フォウルが左膝を深く曲げた状態で、

右拳を下から突き上げるように半獣族の青年に浴びせると、

それを敢えて受けた青年は数メートルの真上に飛ばされ、

それでも腕に多少の痺れを残す程度で済ませた。


しかし真下に陣取るフォウルが、

新たに右拳に力を込めつつ待ち構える姿を、

空中で態勢を崩した半獣族の青年は目にし、

このままだとサッカーボールのリフティングと同じ様に、

下から突き上げる攻撃をされて空中に浮かぶまま、

為す術も無く攻撃され続けると悟る。


空中で自身の位置を大きく移動させ、

着地点を離す方法は確かにある。


しかしどの手段を持ってしても、

あの鬼気とした顔を浮かべるフォウルが、

逃がしてくれるはずがない。

そう確信させるだけの何かを、

半獣族の青年は判断するのに充分だった。


だからこそ、青年は突き上げられた力を利用し、

上半身を空中で後方に曲げつつ脚も曲げて一回転し、

頭を地上へ、脚を夜空へと向けた。


まるで背面の夜空に浮かぶ月に、

青年が足をつけて着地したような、

そんな姿を周囲で見上げる者達は想起させる姿に、

半獣族の青年は体勢を整えた。


そしてそのまま、

少年が曲げた脚から足を素早く伸ばした瞬間、

下から夜空を見上げる者達は、

半獣族の青年が夜空の月を踏み抜き、

飛び出すように地面に突撃したように見えた。


実際、青年は垂直落下で音速に近い速度で飛び出した。

その姿を要領的に言えば、

前世まえの世界で陸上選手が走る時に用いる、

『スターティングブロック』という発射台を蹴り出して、

空中で走り出したようにも見えた。


その地面へ突撃する仕組みは、

『魔技』にある『複合魔技』の一つ、

魔力歩行ウォーク』の技術を空中で用いたからだ。

フォウルがバラスタの息子である狼獣族の少年、

エルフとの半魔ハーフであるリエラという少年に、

競合訓練で教えた技術でもある。


魔力歩行ウォーク』を長く持続させ空中を歩くのではなく、

空中で『踏み台』として活用する為に、

半獣族の青年は『魔力歩行』を攻撃手段の足掛かりにする。


咄嗟にそれを思いついたとすれば、

この半獣族の青年は恐ろしいほどの戦闘センスを備えた、

かなりの鍛錬と修練を経た実力者だと、

その周囲で見ていた同じ実力者達は視認できた。


だからこそフォウルは、

鬼の笑みを絶やさない。


大鬼オーガとしてのさがに引っ張られ、

フォウルは急降下する半獣族の青年に鬼の笑顔を見せた。



「いいなぁ!久々に骨のある『敵』ってのはなぁッ!!」


「ハアアァッ!!」



フォウルが足で地面を全体重で噛み締め、

半獣族の青年は加速度と体重を乗せた前転後に踵を落とし、

『鬼』の右拳と『狼』の右足が激突する。


振り上げた右拳と、振り下ろされた右足。

その衝撃は恐ろしいほどの威力を秘めていると、

両者が同時に味わうことになる。


その衝撃でフォウルが噛み締める足の地面が、

揺れて僅かに地割れするように土を盛り返す。

同じように半獣族の青年も、

空中での姿勢が揺らぎを見せた瞬間を見られ、

衝突したフォウルの右拳が拳の姿を解き、

右の掌を広げて僅かに浮いた半獣族の青年の右足を、

右足の膝と右太腿の間隔を掴んでみせた。


掴まれたことで落下は免れながらも、

掴まれた状態になった事を半獣族の青年は驚き、

フォウルは鬼の笑顔を絶やさずに告げた。



「壊れんなよぉッ!!」


「!!」



フォウルは掴んだ青年の右足を掴んだ右手で振り回し、

青年の頭を地面へ直撃させるように叩き付ける。

頭を守るように腕と手で頭を抱える半獣族の青年は、

大きく息を吐き出しつつ苦痛の声を僅かに漏らした。


現状で抑えているとはいえ、

この状態のフォウルの腕力は十二分の通常の魔族を屠れる力を持つ。


その鍛え抜かれた肉体の膂力と腕力で振り回され、

芝生で敷き詰められた多少の柔らかさを持つ地面とはいえ、

それに叩きつけられた半獣族の青年の肉体的衝撃とダメージは、

想像できるほどの尋常さではない。


何人かの警備隊長達は、

その叩きつけられた姿を目で見た瞬間、

自分がその攻撃を受けた事を想像して、

嫌な汗を出し鳥肌を立たせ、毛を逆立たせる。


想像してしまったのだろう。

アレを自分で受けた時の想像を。

だからこそ全員が衝撃を浮かべたのは、

更に続くフォウルの叩きつけがあったからだ。



「まだまだ、足りねぇよなぁッ!!」


「……グゥッ!!」



右足を引き摺られるように引っ張られた青年は、

更に腕力と膂力にモノを言わせるフォウルの地面への叩きつけに、

必死に頭だけを守るように腕と手で固め続ける。


その一方的な叩きつけだけではなく、

跳ね上がった半獣族の青年の身体を右手で掴んだまま、

右手の腕を引いて引き寄せられた青年の身体が、

フォウルの左拳を見舞われた。


当てられた瞬間に力の進む道へ吹き飛ぶも、

右手で掴んだ膂力と腕力で留めて更に引き寄せ、

今度はフォウルの右足が青年の顔面へ叩きつけられる。


状況だけ見れば今のフォウルは、

半獣族の青年(サンドバッグ)を右手で掴み腕で振り回し、

それを地面へ、そして左拳と蹴りで叩き当てる、

実に単純で豪快な構図と様子となっていた。


何度も何度も続く叩き・蹴り・殴りつけ、

その光景を見て猛攻を浴びせられる被害者ではなく、

見ている傍観者達に嫌悪に近い悪寒を走らせた。


半獣族の青年の掴まれた右足の太腿と膝は、

不自然な方向に既に曲がっており、

半獣族の青年が身に付けた衣類も、

叩きつけられた衝撃と打撃で引き裂かれるように破かれ、

青年の身体中からは血が噴き出され、

口からも血が溢れ漏れ出ている。


絶え間ない鍛錬の結晶とも言うべき青年の身体は、

魔技を用いて肉体を強化していたとしても、

フォウルの攻撃に耐え切れなかったということだ。


明らかにフォウルの続ける攻撃は、

過剰とも言うべき叩きつけを行っている。

見る者が見れば吐き出しかねない惨状に、

耐え切れず目を背ける者が複数名いた。





そしてその複数の中で、

フォウルの行動を止めに入ったのは、

この場を仕切るヴェルズを守っていた、

突然変異体アルビノの勇者だった。


勇者はその光景に思わず飛び出し、

フォウルの右手を押さえるように左手で掴んだ。


腕の太さも手の大きさも、

人間の数倍以上ある大鬼の姿のフォウルに対して、

人間の姿の勇者とでは明らかな体格差はあるが、

それでもフォウルの右手を勇者は制止させた。


まだ振り続けようとしたフォウルの右手が、

更に腕力へ通わせる筋肉量と血液を増加させ、

勇者の手を振り払い叩きつけを再開しようとする。


しかし勇者の左手がそれを阻み、

僅かに肉と骨が軋む音を立てながら、

フォウルと勇者が睨み合った。





舌打ちをしたフォウルが、

そんな行動をする勇者に対して、

唾を吐き捨てるような物言いで告げた。



「離せ」


「もう決着ですよ……これ以上は、彼が死んでしまう!」


「決着じゃねぇ、さっさと手を離しやがれ」


「フォウルさん……貴方もやはり、『大鬼オーガ』の身体に『魂』を引き寄せられ過ぎている!貴方達のような魔族まぞくが存在するから、ミハエルは『皇帝エンド』になってしまったのを、まだ分からないんですかッ!!」



怒号にも近い声を勇者が叫ぶと、

周囲の大気が揺れると揺れる感覚を魔族達が察知する。


それは大気中の魔力が揺れ、

振動しているという現象が起きているということだ。


そしてこの状態を引き起こしたのが、

まさに目の前でフォウルと対峙寸前である、

勇者という突然変異体アルビノの青年だということを、

その場に居る全員が察知した。


勇者自身からは、

魔力と呼ばれるモノは感じない。

しかし突然変異体アルビノである彼もまた、

何かしら魔力に影響を与える術を持つようだ。





あるいは心情的に無残な半獣族の青年の姿を見て、

この時だけは勇者に味方したい気持ちを抱いた者は、

周囲の中でも複数は確実に居ただろう。


そして最後に叫ぶ『皇帝ミハエル』の内情を吐露するような、

そんな台詞を叫ぶ勇者の思いにも、

何かしらの共感性を与えるモノは確かにあったかもしれない。


何より目の前の半獣族の青年が、

恐らくは人型の種族と狼獣族の間で生まれた、

半獣族ハーフという微妙な出生であることも、

勇者にこんな行動をさせる要因になったのかもしれない。


結果から見れば勇者の行動は、

『己の正義』を貫いた『愚行』とも言うべき行動だった。





叩きつける攻撃を停止し、

僅かにフォウルの殺気が勇者に逸れた瞬間。


半獣族の青年が目を見開き、

上半身を屈伸させるように曲げ、

掴まれ折れた右足を無視するように、

僅かな隙で瞬時に高め溜めた右手の魔力斬撃で、

勇者の胴体へ攻撃を。

叩きつけられながらも幾分か無事の左脚で、

フォウルの顔面に向けて魔力斬撃を浴びせた。


その奇襲とも言うべき二つの魔力斬撃は、

手当たり次第に放たれた攻撃などではない。


始めから叩きつけるフォウルの隙を窺い、

それを放つ為の時間と隙を冷静に見つめ、

十二分の威力で放たれた魔力斬撃だ。


その魔技の精度と威力は、

テイガー・ガスタといった強者達が放つモノより、

明らかに数段ほど、威力も精度も上だった。


恐らくフォウルの頑強な肉体の肌でも、

勇者と呼ばれる突然変異体アルビノの肉体でも、

貫通し裂けるほどの威力を持つ攻撃。


それを直感で察知した二人は、

それぞれに回避行動をする。


勇者はフォウルの右手から自分の左手を離して飛び退き、

フォウルは顔面を掠める魔力斬撃を上体を逸らして回避する。

勇者に関しては態勢云々の話ではなかったが、

フォウルに関しては態勢を崩すとまでは行かない。


しかし魔力斬撃を放った半獣族の青年の左足。

その本当の目的は、

振り抜いた後にフォウルの右手の肘部分を全力で蹴り、

その腕を僅かに痺れさせることにあった。


上体を逸らし魔力斬撃を回避しながらも、

半獣族の青年の全力の左足の蹴りで、

意識を逸らされ完全な防御で腕を防げなかったフォウルが、

蹴り出された衝撃で一瞬だけ腕の感覚を麻痺された。


一種の魔力封殺ブレイクの応用でもあり、

雷狼ボルド』を相手の神経信号と筋肉の伝達に影響を及ぼす、

半獣族の青年の独自魔技オリジナルの攻撃に対して、

掴んでいたフォウルの右手の握力が低下し緩んだ瞬間、

掴まれた右足を引き抜いて素早く腕の二本で地面を噛み、

後退して飛ぶように左足のみで着地し、

そのまま膝を曲げて二本の腕でも支えるようにして、

半獣族の青年は地面へ屈み座った。





その動作は余りにも素早く緩やかで、

正確な攻めと脱出だった。


フォウルは蹴られた右手に多少の痺れを感じ、

後退した半獣族の青年を一瞥する。

彼からすれば驚き以上に、

あるいは称賛すべきことだったのだろう。


あの劣勢とも言うべき状況で、

反撃の隙を窺い掴まれた右足を脱出させる手段を模索し、

その隙を的確に射抜くように貫き成功させたのだ。


しかし、フォウルは称賛しなかった。


それがフォウル自身が生み出した隙ならば、

あるいはこの状況でも称賛の声を出し、

目の前の半獣族の青年の手際を褒めたのだろう。

フォウルとは、そういう『戦士』だった。


しかしこの隙はフォウル自身ではなく、

今まさに怒気を含んでフォウルが睨む、

勇者によって引き起こされた隙だったのだから。


怒声を勇者に浴びせこそすれ、

半獣族の青年を褒めることなど、

今のフォウルにできるはずもなかった。



「小僧ッ!!」


「!!……で、でも、あれだけ重傷を負わせたんです。あんな右足じゃ、僕等から逃げる事は不可能だ」




勇者の事を『小僧』と叫び怒鳴るフォウルに対して、

まるで言い訳するように怯みながらも、

半獣族の青年が陥っている状況を、

冷静に勇者は教え伝えたつもりだった。


勇者のそんな言葉すらも、

フォウルの怒りを増加させるだけだった。



狼獣族オオカミ共をバカにすんじゃねぇッ!!例え半魔ハーフだろうが、今日が満月っつぅ事すら忘れたカァッ!!」


「!!」



そう怒鳴るフォウルの言葉を聞き、

初めて勇者は自分の行った行動が過ちだと、

そう気付きかけた。


そう、あくまで気付きかけただけ。


自分の行いを完全に間違いだと、

勇者は完全な自己否定に出来ていなかった。


それこそがまさに、

ヴェルズを始めとして関わって来た魔族達、

全員に嫌悪させるに充分な理由になっていたのに。


ヴェルズは勇者と今回の件で対面した際の口論で、

こう勇者に対して言い放っていた。



しと思える事に乗せられ、しと思える事に抗おうとする。そしていざ、しと思えた事に揺らぎが生じると、貫き通すこともせずに、ただ自分が良しと思える行動へ移り変わる。――……お前のような者が『勇ましき者(ヴレイヴ)』などと呼ばれ、人間達から持てはやされていたのだと思うと、吐き気を通り越してあきれが来るわ』



このヴェルズの話を解釈すれば、

物事を進める中で勇者が『善』だと思える行動が、

例えば間違っていた場合に際して。

その『善』と思える部分を切り払わず、

次の『善』となる行動に無理矢理移り、

自分の思考も行動も改善できぬままに、

次の事態に取り掛かってしまう。


それ等の行動を勇者は続けてきた。

何年も、何十年も、何百年も、そして数千年前も。


そんな『愚行』ばかりするような勇者を、

ヴェルズは信用などできないと、

そう言い捨てたのだろう。


あるいは、勇者の『そういう行動』のおかげで、

救えた者達も居たのかもしれない。

しかし『そういう行動』のせいで、

多大な犠牲者を生み出した事実を、

ヴェルズという被害者は知っていた。


いや、知ってしまったと言うべきだろう。


あの勇者こそがまさに、

ヴェルズの憎しみの根源となった、

張本人でもあるのだから。





*





フォウルが告げた言葉を実証するように、

満月の光を浴びていた半獣族の青年に、

数秒で変化が見られていた。


半獣族の青年が浴びていた傷が、

満月の光を浴びて一瞬で傷を塞いでいき、

見るからに回復していっている。


歪に折れて立てずにいた右足も、

ゆっくりと上体を起こし、

フォウル達を見据えたままの青年が立ち上がり、

その部分の衣類は歪に破れながらも、

明らかに通常の右足に戻っていた。


それを確かめるように隙を見せずに、

右足と体を僅かに身動ぎさせて、

歪な治り方をしていないかを確認し、

半獣族の青年は構え直した。





青年が立ち上がった時間、僅か四秒。

青年が自分の状態を確かめた時間、僅か四秒。

そしてゆっくりと構える動作に、僅か二秒。


合計で十秒ほどに満たない時間の中で、

半獣族の青年は完全な復活を遂げた。


その光景を見ていた周囲は構えたまま唖然と驚き、

フォウルは苛立ちを強めながら、

周囲と同じく唖然して驚く勇者に怒鳴った。



狼獣族オオカミの戦士っつぅのは、満月の間は『不死の獣』なんて呼ばれてた連中だ!!そいつの回復力を甘く見やがって、この馬鹿野郎がッ!!」


「ぼ、僕は……もう決着だろうと……」


「チッ!……勇者。やっぱテメェは二千年経っても変わってねぇな。ジュリアの糞餓鬼と同類だッ!」



怒声を浴びせるフォウルに対し、

僅かに動揺しながら言い訳がましい事を言う勇者に、

フォウルは殊更ながらに激しい舌打ちを鳴らした。


そして悪態の言葉を吐き捨てたフォウルは、

僅かに痺れを残す右手を何度か握るように動かし、

先ほどまで漲らせた闘気と呼べる殺気を完全に失せさせ、

狼獣族の青年が居る場所とは別の方角へ歩き出した。


その様子に周囲は驚きながらも、

そのフォウルの行動を予期していた一人が、

フォウルの横をすれ違った。


そのすれ違い様にフォウルとヴェルズは停止し、

フォウルを先として僅かな言葉を交えた。



「……俺は嬢ちゃんの方に行く。せっかくの喧嘩が、クソ付けられて萎えちまった」


「そうでしょうね。……後は、私に任せてちょうだい」



その言葉だけを交えたフォウルとヴェルズは、

互いに互いの場所へと移動した。


フォウルは右手に残る僅かな痺れを感じつつも、

アイリの血から漏れ出し漂う禍々しいほどの魔力の場所へ、

その方角の森の中に突っ込むように駆け出した。


そしてフォウルが元居た場所へ代わるように、

ヴェルズがゆっくりと歩みながら進み辿り着くと、

その半獣族の青年と向かい合うような姿勢となった。





その様子に周囲は驚きつつも固まってしまい、

そして結界の中から見据えるセヴィアは、

金髪金毛で青い瞳の半獣族の青年を見ながらも、

こういう事態になってしまった事を悔やむように、

半獣族の青年と向かい合うヴェルズより先に、

言葉を出して謝罪の言葉を述べた。



「……ヴェルズェリア様、申し訳ありません。私の判断が誤りだったようです」


「いいえ、セヴィアリュシア。貴方の判断は間違っていなかった。間違っていたのは私の甘い考えと、そして二千年前から何も変わっていなかった、そこの勇者アホだけよ」


「!!……ヴェ、ヴェルズ」


「気安く話しかけないで」



セヴィアリュシアの謝意に対しては、

素直に暖かみのある声でヴェルズは受け取り、

その謝意の方向性と意味を正しく理解した上で、

その謝罪は必要ないことを言葉で返した。


そしてヴェルズの名を出す勇者に対しては、

セヴィアにかけたような暖かみある声ではなく、

もはや視線すら向けずに冷たく低い声で述べた。


その声の低さと冷たさに、

勇者は驚きを浮かべて一歩引いてしまった。


一度だけ溜息を吐き出したヴェルズは、

その言葉に続く意味を、

勇者に向けずに虚空に向けて喋った。



「……私は今日のお前を見て、多少は成長したのではと思った。だから同行を許した。……けれど成長どころか、やはり退行していたことを『当然』だと思いつつも、僅かにでも成長し前を向くお前の成長に『期待』して、成長していなかったことに『失望』してしまった……。私が甘かったわ」


「ヴェ、ヴェルズ……僕は……」


「お前が幾数万、数十万、幾百万という魔族達をあやめ、そして幾数億と関係する魔族達を絶望に追い落とし、その魔族達の犠牲を直死できない心の弱さを、私に向けて晴らそうとする態度に、私は苛立ちしか感じた事がないわ。……だってお前の行動は、自分が殺し絶望させた者達と向かい合おうともせず、逃げる事でしか心を保てない『愚か者』のようにしか思えなかったから。……『勇ましき者』などと呼ばれる皮肉の名を、人間大陸で未来永劫呼ばれ続けることにも、多少は同情したのよ」


「!!…………ッ!」


「……『完全空間サークルエフィスト』」


「!!」



低く冷たい声で勇者の失望を告げるヴェルズの声に、

勇者は何も返せずに視線を落とした瞬間、

僅かにヴェルズの口から漏れる魔術が、

その勇者の周囲だけを覆うように展開した。


完全空間サークルエフィスト』。


『大魔導師』ヴェルズェリアが考案した空間魔術であり、

その空間魔術は通常の魔力生成空間とは異なる法則で構成され、

一つの『魔法』にまで到達しているとされる魔術。


中から、そして外からも干渉を阻み、

更にヴェルズの魔力で形成した異空間へ封じ込める魔法。


その魔法とも言うべき魔術を、

使われた勇者は知っていた。

それを何度も受けた事があるからだ。


その『完全空間』の後に、

勇者は必ず『空間転移ポータル』で飛ばされた。

そういう経験を何度もしたのだ。


それに気付いた勇者は伏せた顔を上げ、

驚きの表情を浮かべながらも、

ヴェルズの行動と魔術の意図をすぐに察知し、

その空間を破ろうと背中の大剣の柄を握った。


その動作に勇者が移った瞬間に、

ヴェルズが叫ぶように怒鳴った。



「勇者ッ!!」


「!!」


「……これ以上、私の『幸福しあわせ』を、邪魔しないで」


「…………」



勇者を見ずに怒鳴るヴェルズの声の後に、

勇者は驚きで剣の柄を引き抜けないまま停止した。


その後に漏れるような声で告げられる言葉に、

勇者は唖然として血の気を引かせた表情を浮かべ、

剣の柄から手を離して、両手をダラリとさせて降ろした。


悲痛とも言えるその言葉を聞いた勇者は、

抵抗し『完全空間』を破るという手段を行うことさえ、

邪魔だという事を告げられたことで、

何も言えず顔を伏せたまま、

閉じ込められる事を許容した。


そしてその後に行われたのは、

『完全空間』内の対象を『空間転移』させ、

勇者を別の座標地点へ転移させた。





転移される瞬間の勇者は、

顔を僅かに上げてヴェルズを見た。

しかし見られるヴェルズは、

勇者を一度も一瞥さえしなかった。


僅かに残っていたヴェルズが持つ勇者への『信頼』は、

この時に全て失い無くなってしまった事を、

勇者はこの時に、初めて気付いた瞬間だった。





こうして『勇者』は、ヴェルズ達と離別した。





『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!


誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)


ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ


この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。


https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/

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