第093話 発覚
子供の頃のセヴィアリュシアを知る人物達は、
全員が彼女をことについて、こう話す。
『聡明だが照れ屋で大人しい子供だった』
しかしその中で一人だけ、
彼女についてこう話したとされていた。
『敵に回せば一国を滅ぼしかねない妹だった』
その証言を述べた実姉サラディシュテアは、
妹セヴィアリュシアとは一度も喧嘩をしなかった。
30歳近く年の離れた妹という理由もあったが、
それ以上に喧嘩をしなかった理由は、
『喧嘩をしても勝てない』と思わせる何かを、
姉サラディシュテアが感じていたからだろう。
しかし姉サラディシュテアは一度たりとも、
妹セヴィアリュシアを恐れる事はなかった。
それは妹セヴィアリュシアが、
姉サラディシュテアの味方で在り続けたからだ。
彼女の後ろには、いつも妹が居た。
妹が姉の背中を守り、姉が妹の前に立ち続けた。
『衛士』の信念とも言うべき『影』を、
妹は有言実行し続けていた。
そうするよう望んだのは、妹である本人だ。
剣の腕は互いに互角だったが、
魔力以外を用い生み出した技法、
『魔力』と『気』を合わせた『複合戦技』を生み出した妹を、
姉は何度か『衛士』の当主に推そうとしたが、
妹はそれを秘匿し拒み続けた。
妹はその技法を広めようとしなかった。
継がせるのならば構わないが、
広めるのは駄目だと固持させていた。
『強い力を広めても、争いしか生まないよ』
それがまだ20歳にも満たない妹から口に出た時、
姉サラディシュテアの中には、
本当にコレが妹なのかと疑ったほどだった。
『悪魔公爵』が生んだ悪魔が妹に入り込み、
色んな事柄を行わせているのかと思い、
何度か悪魔公爵自身を問い詰めた姉サラディシュテアだったが、
悪魔公爵本人から、こんな事を言われた。
『ホホッ、『転生者』は放置しておくと、彼女と約束をしましてねぇ。私の目的に干渉しなければ、何もしませんよ?』
その悪魔公爵が話す意味を姉は理解できなかったが、
少なくとも妹が何かを悪魔公爵と約束させているではと、
姉は驚かずにいられなかった。
王都ジュリアで最も恐怖すべき存在の悪魔公爵に、
何かを約束させる程の話術まで備えている妹を、
むしろ姉は誇らしいとさえ思えた。
そんな妹セヴィアリュシアは現在、
姉サラディシュテアから離れ、
ヴェルズ村に滞在し続けている。
そして今現在の彼女は、
自分の弟子とも言えるガスタを、
『複合戦技』で打ちのめしたところだった。
姉サラディシュテアがそれを見ていれば、
その戦技名についてこう話すだろう。
魔力で己の力を発し、
気で相手の力を揺らす勁の技。
妹の最も好んだ技。
その技の名は『発勁』。
前世の世界では、
とある大陸国の武術として伝えられたとされる秘技。
しかしその技は、伝承上・空想上の技であり、
実在などしないとも伝えられていた。
その技術体系をこの世界で独自に完成させ、
身体系魔技全てに応用・発展させたのが、
『衛士』セヴィアリュシアだった。
*
「グ、グゥウ……ッ!!」
「無駄よ、ガスタ。今の貴方では動くことはできないわ」
『発勁』を受けたガスタは、
膝を曲げて地面に着けたまま動けず、
蹲るような姿で立ち上がれない。
ガスタが立ち上がれない理由は、
『発勁』が魔族の人体に及ぼす影響のせいだ。
セヴィアがガスタの胴に放った発勁は、
『魔力撹乱』『魔力封殺』を魔力で打ち込み、
尚且つ『気』を人体の水分に叩き込み、
ガスタの生命活動そのものを乱したのだ。
ガスタは魔力だけを乱されたと判断し、
魔力を高め『魔力錯乱』と『魔力封殺』に抗う。
それにガスタは成功している。
しかし『気』で乱された血液を中心とした水分が揺れ、
その乱れを戻す事ができずに、
まるで船酔いや脳震盪を起こす状態になったのだ。
セヴィアとガスタの戦い。
それは攻撃手段に対する知識の差と、
情報と対応力の差で出来た勝敗だった。
その結果を見下ろしながら、
セヴィアはガスタの敗北を告げた。
それを見ていた周囲の人物達は、
驚きを浮かべる者達と、
当然の結果だと予想できた者、
そして訝しげな視線で見る者の、
約三種類に分けられている。
その中で変化が起きたのは、
警備隊長の中で到着が遅れた警備隊長、
今の状態で現場に到着した蜥蜴族のヴラズだった。
幼馴染みで同じ警備隊長であるバズラの膝が負傷し、
回復と治癒の魔術で治った状態ながらも肩を貸して、
他の警備隊長達より合流が遅れたようだ。
ヴラズとバズラは、
この微妙な空気の間で今更ながら到着した。
「申し訳ない、遅れました!ガスタ殿の捕縛はどうなって――……おお、もう成功していたのですか!」
「…………」
「ど、どうしたのですか……?」
結界の外に居た者達が、
ヴラズの声で振り向き顔を向けながらも、
ほぼ全員の表情が唖然・呆然としているので、
ヴラズは驚くようにその理由を聞いてみた。
それに対して全員が返事をできず、
何人かは再び結界の中に目を向けた。
目を向けずにヴラズに気楽に話し掛けたのは、
元鬼王のフォウルだった。
「よぉ、トカゲの。お役目ご苦労さん」
「い、いや。私もガスタ殿にあっさりと負けましたので……。それより、何かあったのですか?」
「別に、気にすんな」
そんな他愛も無いような話をした二人だったが、
思い出したように表情をハッとさせたヴラズが、
周囲を見渡しながら何かを探していた。
そしてその対象を見つけると、
フォウルにも一度視線を向けて話し掛けた。
「今まさに、ガスタ殿の尋問中のようですが、ガスタ殿は何か喋りましたか?」
「いや、今のとこは何にも」
「ならば情報があります。ヴェルズ様の所までフォウル殿も一緒に」
「ん?なんだ」
フォウルに伝えた言葉は、
同時に傍に居た勇者にも届いてしまい、
そのまま二人はヴラズに促され、
ヴェルズがいる場所へと向かった。
ヴラズとフォウル達が近付く事に気付いたヴェルズは、
その傍に居る勇者から離れた位置取りで待ち、
ヴラズの到着と報告を聞いた。
その際にヴラズがセヴィアにも声を掛けた。
「セヴィア殿も聞いてください!先程、ガスタ殿との私達が戦闘を行う際に問い質したところ、ガスタ殿が妙な反応を示しました」
「妙な反応?」
「私がガスタ殿に『エルフの少女と少年を誘拐したのか』と問い質した際に、『少年?』と聞き返したのです。……その言葉の意味が私では量りかねますので、ヴェルズ様、セヴィア殿、そしてフォウル殿に聞いて判断を仰ごうかと」
「……油断は口も滑らかにするのよ、ガスタ」
「グ、グゥ……ッ!!」
ヴラズのこの言葉は、
ガスタと対峙した時に投げた質問に対し、
そのガスタが不意に漏らしてしまった言葉だった。
あの時の後半部分は感情的なヴラズだが、
前半は冷静にヴラズと話し合おうとしていた。
そして投降の交渉を試み失敗したが、
情報となるガスタからの動作と言葉を、
正確にヴラズは記憶していた。
ヴラズの言葉にヴェルズは対応しつつ、
その証言を聞いたセヴィアが、
地面に跪いて苦しむガスタに冷やかな言葉を投げると、
ガスタは苦痛で歪めた表情に怒りの歯を見せる。
その証言を聞いた三人の中で、
最初にガスタを見ながら口を開いたのは、
結界を維持していたヴェルズだった。
「……エルフの少年、つまりジークヴェルトの事を、ガスタは知らないということ?」
「だが、羊が言ってた『左目に三本傷のある狼獣族』にコイツが当てはまるぜ?」
「左目に三本傷、確かにガスタにあるわね。……けれど、この傷はガスタ特有の傷ではないわ」
ヴェルズの推論で辿り着く答えに対して、
ジークヴェルトの従者だったハイヒの証言をフォウルは言い、
その言葉に対してセヴィアが意見を述べた。
確かに左目に位置する場所に、
ガスタは三本の爪で傷付けられたような、
そんな傷を持っている。
しかしそれは例外では無いと、
そう意見を述べたセヴィアは、
続きを話すようにガスタを見ながら言った。
「ガスタの一族は、子が成人する時に左目に三本傷を与えられるの。それが一族の証でもあり、成人した証。ガスタの場合は成人する前だったけれど、あれは父親が死ぬ直前に付けた傷よ。狼獣族の戦士として認めた証だと、そう言っていたわね」
「つまり、コイツの同族がもう一匹いて、ジーク坊の方を襲ったっつぅことか?」
「そうね……。ヴェルズェリア様の推論を元にするならば、ガスタは少年……つまりジークが誘拐されている事を知らなかった。けれどアイリちゃんの誘拐には、間違いなくガスタは関わっている。極論ではあるけれど、誘拐した狼獣族はもう一匹いる……ということになるわね」
この推論は、現状ではあまりにも極論であり、
何も無い状況下と情報の中では、
あまりにも信憑性は無かった。
この時にそれを強く意識していたのか、
セヴィアは敢えて言わなかった事もあり、
それはガスタも知らない『他の侵入者』達の存在を、
頭の中で懸念していた。
しかしガスタから詳しい証言を取れない為に、
仮想した敵を増やし全員を困惑させる事を良しとは思わず、
あくまで『ガスタの仲間に他の狼獣族が存在する』という、
そう仮定した話で進めることにしたのだ。
しかし、その推論は当たっている。
アイリ、そしてシルヴァリウスが見て、
ミコラーシュとドワルゴンが遭遇した、
金色の髪と毛色を持つ半獣族の青年。
左目に三本傷が存在し、
彼の容姿は人間寄りであり、
まるで『人化』状態の狼獣族の姿だった。
そしてそれは、
ガスタが知らない存在だった。
*
もう一匹、狼獣族が関わっている。
その極論とも思えるセヴィアの推論は、
間違いなく当たっていた。
しかし、それを証明するための情報と証拠が、
あまりにもセヴィア達には足りなかった。
だからこそこの推理の結果としては、
少々斜めながらも平行線を見せる展開へとなってしまった。
「……ガスタが同族を引き入れ、今回の事に協力している可能性もあるわね。やはり、ガスタからの証言は必須でしょう」
「『催眠』を、行いますか?ヴェルズェリア様」
「ええ。今の状態のガスタなら簡単に行えるでしょう。少し離れなさい、セヴィアリュシア」
「はっ」
『催眠』の魔術。
それは文字通り、相手を催眠状態に陥らせ、
意のままに操る事ができるという魔術。
極めて危険性が高いように聞こえるが、
この『催眠』の魔術が対象に掛かる条件には、
相手が精神的な衰弱・虚弱状態に陥っている場合のみ。
魔力の大小に関わらず、
どちらかと言えば精神的な要素、
つまり術者と被術者の『魂』の強さで量られ合う、
精神魔術の一種と思っていい。
ガスタの精神的消耗は著しくも激しい。
警備隊長達との連戦に次ぐ連戦と、
妻の仇とも言えるセヴィアとの対峙、
そしてその敗北。
原理の分からない『発勁』を受けたガスタは、
何故自分が立ち上がれないのかを動揺し、
さらに敗北感を味わう現状の中では、
とても正常な精神状態とは言えないだろう。
これが少し前のガスタであれば、
問題無く『催眠』の魔術を跳ね除ける、
心強い精神力を抱けていたかもしれない。
しかし、今のガスタにはソレが少ない。
ならば掛かってしまうのが、
精神系統に作用する魔術だった。
ガスタから離れたセヴィアを確認し、
ヴェルズは倒れ跪くガスタを見ながら目を細め、
右手の銀色の腕輪『月』に魔力を込めると、
結界内に居るガスタの周囲の土が盛り上がり、
張り付け台のような形状に造られた。
大魔導師が持つ魔剣。
こういう装具の場合は『魔装』と呼ぶのだろうか。
一般的に伝説の鍛冶師バファルガスが制作した武具は、
総称して『魔剣』と呼ばれているので、
敢えて『腕輪形状の魔剣』と準えるべきなのだろう。
その魔剣であり右手に着けられた『月の腕輪』は、
物質の変質を促す役割を果たすそうだ。
例えばただの土を、
硬度の高い鉱物に全て変化させたり。
汚染された水質を健全な水質に全て変化せさるなど、
ある意味で物理法則さえ無視した性能を持つ。
これは『魔力』を物質に変質させる現象に、
非常に類似した法則だと言われていた。
その成り立ちをどうやって行っているのかは、
製作者であるバファルガス以外に知る由も無い。
その特別な性能故に、
月の腕輪を使用した物質の変質には、
見返りとなる魔力量も多大だったが、
『大魔導師』と呼ばれるヴェルズェリアには、
とても些細な代償でもあった。
ガスタが跪く芝生を、
ヴェルズの月の腕輪と魔力で変質させると、
芝の草が伸びるようにガスタに絡み、
その張り付け台とも言うべき場所へガスタを移動させる。
それに抗うことができないガスタは、
為す術も無く張り付け台に押し付けられ、
そのまま芝の草が張り付け台に食い込むように入り、
ガスタの手足や人体の要所に絡みながら、
まるで芝生の張り付け台となって完成する。
口や手足、首は勿論、
頭・腕・脚にも複数に絡まる芝生の草が、
埋めるように芝生の張り付け台にガスタを埋めた。
その拘束力は見た目以上に厄介だ。
ただの芝生の蔦が鋼鉄並の強度に変質し、
まるで頑丈な鋼鉄製のワイヤーに雁字搦めにされたような、
そんな状態でガスタは張り付けになっている。
身体が思い通りに動かないガスタにとって、
度が過ぎるほどの拘束性の高い魔術。
それはヴェルズが現状のガスタにさえ、
油断を持たずに情けも無い事を表すに充分な対応だった。
そしてヴェルズは次に、
金色の腕輪『太陽』を付けた左手で仰ぎ、
正面の結界内にポッカリと開いた出入り口を形成した。
『月の腕輪』が変質という効果なら、
『太陽の腕輪』は形成という効果を持つ。
世界の法則によって成り立つ形成物、
その性質を損なう事無く、
その物質の形状を変化させる。
それが『太陽の腕輪』という、
恐るべき魔剣としての性能を持っていた。
簡単に説明してしまえば、
『中身』はそのままで『外見』だけ変化させるのだ。
それがどれほど恐ろしい事に実行ができるのか、
理解できる人物達は多くはないだろう。
例えば、人の姿を保たずとも、
人の形状を変化させて、
尚且つ形状が変化したにも関わらず、
その機能はそのままという、
恐ろしい性能を持つ腕輪の魔剣だった。
結界自体を損なう事無く、
その結界に出入り口を形成し、
ヴェルズは結界の中に入り込むと、
出入り口に形成した部分を塞ぐように戻した。
そしてガスタの目の前まで歩み寄る。
ガスタは低く唸りながら、
睨むようにヴェルズを見ていた。
拘束された口や手足に絡む芝生の蔦を破る事もできず、
セヴィアから受けた『発勁』の効果を受けたまま、
ただガスタはそうするしかできない。
自らの命も絶つ事が出来ない状態で、
ガスタの目の前にヴェルズが到着すると、
その冷徹な視線と表情はガスタを見ながら、
冷酷な言葉と共に動作を開始した。
「……貴方はとても優秀だった。けど、私の敵となった以上、容赦はしない」
「……ッ!!」
ガスタに向けたヴェルズの左手から、
精神系魔術『催眠』が放たれる。
意識が揺れる感覚を味わっていたガスタが、
今度は異質で精神的な揺れを自分の身体で味わい、
拘束された口から叫ぶような絶叫を上げた。
これはヴェルズの精神系魔術に、
ガスタが抗っている証拠だった。
ヴェルズの魔力で意識自体を乱されぬよう、
必死に魔力を高めて精神感応を拒もうとしているのだ。
これは無駄な行動ではなかった。
しかし、無駄な抵抗ではあった。
ガスタの今の魔力量では、
どう足掻いてもヴェルズの魔術に抗えない。
それだけ今のヴェルズとガスタには、
魔力的差が大きすぎた。
これが他の者であれば、
精神と魔力での根比べに持ち込めただろう。
相手がヴェルズェリアという、
大魔導師でなければという前提の話だったが。
そうして十数秒間『催眠』に耐えたガスタだったが、
意思を持つ瞳が虚ろになり、
僅かに残り抗っていた身体の力みも失った。
ガスタはヴェルズの『催眠』に抗えず、
そのまま全身の力が抜け、
ヴェルズに精神状態を支配された。
ガスタは追跡者達である警備隊、
ヴェルズ村勢力の手に落ちた。
*
ガスタが催眠に墜ちた、
その瞬間だった。
「!?」
「!!」
「こ、これはッ!!」
「な、なんだ。皆、どうしたんだ……?」
勇者は周囲の魔族達が驚きの声を上げ、
ある方向を全員が見ていることに気付き、
疑問の声を浮かべるように漏らす。
そしてこの場に居る魔族達全員、
その中には結界内に居たセヴィアと、
ガスタに催眠を掛け終わったヴェルズも含まれる。
その方角を見ながら驚愕した表情を浮かべるほどに、
魔族達全員が感じたモノが何なのかを、
一人だけ察知し、小声で漏らした人物が居た。
元鬼王のフォウルだ。
「……チッ、嬢ちゃんの血かよ……」
舌打ちしつつ鬼が鬼たる厳しい顔を浮かべ、
その方角を睨みながらも、
フォウルは全員が驚きを浮かべて見る、
その方角に存在する正体を感じ取った。
そう、このタイミングだった。
アイリがヴェルゼミュートの復活の為に、
『マナの実』と同じ効能を持つ突然変異体の血を使ったのは、
まさにこの瞬間だった。
魔族全員が膨大で禍々しいほどの魔力を、
そちらの方から瞬時に発せられた事を察知し、
驚愕の顔を浮かべ、そちらの方角を見たのだ。
そして、この魔力の禍々しさと感じ方に、
既視感を抱くような気持ちになったのは、
この中でも数名。
特にこの短期間の間に、
二度も同じモノを感じた者達には、
その正体をすぐに察知する事ができた。
だからこそこの中で最も早く
彼女はすぐに全員に命令を出した。
それを何度も感じて、
更には見て知っている、
『大魔導師』ヴェルズェリアが。
「全員、あの方角に向かいなさい!!あの方角にアイリがいます!!」
「!!は、はいッ!」
「セヴィアリュシア、貴方にガスタを任せます!私は急いであちらに向かうわ!」
「了解しました、ヴェルズェリア様」
激を飛ばすような怒涛の命令をヴェルズは下し、
警備隊各員とセヴィアに告げたと同時に、
そのヴェルズ自身も再度結界に入り口を形成し、
結界の外に出た。
テイガーを治療している警備隊長二名を除き、
その場に戻ってきていた全員が、
禍々しくも膨大な魔力を感知した方角へ向かう為、
手荷物と武器をまとめてだした。
その中でフォウルだけが、
既に行動を起こしていた。
「フォ、フォウルさん。どちらへ?」
「決まってんだろ。嬢ちゃんのとこだよ」
「いや、他の皆と行動を……」
「知らん」
「いや、知らんって……ちょ、フォウルさん!」
「フォウル殿、どうしたのです!!」
フォウルがその場から早足で動き出した途端、
勇者が止めるように声を掛け、
その雰囲気が邪険なモノだと気付いたヴラズが、
二人に、というよりフォウルに急いで声を掛けた。
フォウルの背中は物語っていた。
あれは明らかに、怒りを背負う背中だ。
それをヴラズも勇者も気付いて、
敢えて止めていた。
その騒ぎに気付いたのは、
結界を出たばかりのヴェルズだった。
ヴェルズはフォウルの怒りの理由をすぐに理解し、
呼び止めても停止せず豪快に歩き続けるフォウルの前に、
わざわざ自己転移で移動して、
怒りのままに歩みを進めるフォウルの前を阻んだ。
それに勇者とヴラズは驚いたが、
フォウルは正面から怒りの形相でヴェルズを睨み、
その睨む顔をヴェルズは受け止めた。
「……大魔導師、退け」
「フォウル殿、落ち着いてちょうだい」
「俺の邪魔してみるか?大魔導師様よ」
憤怒の雰囲気を漂わせるフォウルは、
進行を阻むヴェルズにそう言うと、
周囲の風の流れを変えるほどの殺気を放った。
周囲に居た全員がそれに気付き、
警備隊長の中でもヴェルズを守ろうと動く者も居たが、
一歩近付こうとした瞬間に、
フォウルから放たれる殺気が警備隊長達を止めた。
全員が嫌な脂汗を流し、
まるで目の前に噴火直前の火山を見て感じるような、
そんな錯覚にさえ囚われてしまう。
それは生物としての本能的な危険察知を、
魔族達全員が感じた証拠だろう。
噴火寸前のフォウルという火山に対して、
それを受け止める海原の水を思わせるヴェルズが、
その殺気に臆することをせずに対話を続けた。
「貴方も、そしてドワルゴンも。突然変異体という存在に危惧を感じていたのは私も分かります」
「分かってねぇよ。テメェはジュリアにも、そしてあの嬢ちゃんにも首輪付けずに目を離してたんだからな」
「確かに今回も、そして以前の事も、全て私の落ち度が原因よ。それでも……その顔をしている貴方を、アイリやジュリア様の傍には近づけさせられないわ」
「俺がどんな顔してるってんだ、アァ?」
「幼い子供を、殺しかねない顔をしているわ」
憤怒の表情を浮かべるフォウルと、
冷静な表情を浮かべるヴェルズの二極対立は、
その場の全員が一触即発の雰囲気を感じていた。
何か受け応えを一歩でも誤れば、
あのフォウルがこの場で敵対しかねない。
間違いなくそうなってしまうという、
不明慮ながらも確固たる自信を、
その場の全員に抱かせるに充分な空気を、
今の二人は醸し出している。
あのセヴィアも結界の中から、
その様子を息を呑みながら見守っていた。
あの二人の戦いが開始されれば、
セヴィアですら止められないという、
そういう力量差を明確に感じていたのだ。
『鬼王』『大魔導師』と呼ばれる現在、
そして『戦鬼』『狂気の魔女』と呼ばれる過去の時代。
この二名は単体で万単位を超える人間を屠った実績を持つ、
魔族の歴史上で最も人間を殺し尽くした存在なのだから。
そしてヴェルズの受け応えは、
フォウルの怒りをある程度静めるのに、
充分な答えとなっていた。
鼻で大きく息を吸い胸を膨らませたフォウルが、
鼻で大きく息を吐き出しながら、
徐々に殺気を治めた。
そして向かい合うヴェルズに対して、
フォウルは吐き出すように言葉を向けた。
「……安心しろ。そこの蜥蜴と、あのゴブリンに頼まれたんでな。ちゃんと約束通り、嬢ちゃんを連れ戻すのには協力してやる。……だが、連れて戻るのはお前等だ。俺はそれ以上の事には何もせん」
「……えぇ、それでお願い」
互いに緊張の糸を緩めた状態に戻り、
周囲に起こっていた不自然な風が止み、
フォウルが殺気を治めたことで、
警備隊長達は初めて自分達が息継ぎを忘れたことを自覚し、
心臓の高鳴りと共に呼吸を開始した。
その安堵の息が漏れる中で、
フォウルは鼻で溜息を吐き出して話し始めた。
自分が怒りの表情を浮かべ、
殺気を纏いながら動き出した理由を。
「あと勘違いすんな、馬鹿が。俺が嬢ちゃんに殺気を向けてたんじゃねぇ。……あの嬢ちゃんの近くにドワルゴンの奴が居る。アイツは間違いなく、嬢ちゃんを殺すつもりだぞ」
「!!……本当だわ。でも何故……」
「ん?」
「……どういう事なの。大結界の一部が機能していない……?ドワルゴンとミコラーシュの魔力を直に感じる事はできるのに、大結界越しで感知する事ができない……」
ドワルゴンがアイリの傍に居る事実を、
フォウルの言葉で初めて察知したヴェルズが、
驚きの表情を浮かべながら事態を把握した。
大結界の一部が機能していない。
そのヴェルズの言葉の意味を解釈するならば、
大結界と呼ばれるヴェルズ村を中心とした半径100キロ圏内は、
ヴェルズと知覚共有をある程度だけ行っている。
大結界内であれば、ある程度の魔力量を持つ存在が、
戦闘ないし魔力を高めた状態になると、
大結界の機能である『魔力探査』と『魔力感知』が、
大結界の術者であるヴェルズに間接的に届き、
その結界内に居る者達の事を感知できるようにしているはずだ。
逆に『魔力抑制』などを行われると、
全く感知できないという欠点付きでもあるようだが、
それでも大結界内で行われる戦闘行為を、
ヴェルズは全て把握できるようになっているようだ。
なのにヴェルズは、
それを感知できていないことを驚いている。
ヴェルズは現在まで大結界の機能である、
『魔力感知』と『魔力探査』を頼りにしていた節もあるが、
それは非凡とは呼べない量の魔術を並列に稼動させ、
負担となる演算効率を下げる為に敢えてそうしている状態でもある。
ヴェルズ村を覆う結界。
ヴェルズ村を中心とした地域の大結界。
そしてガスタを囲む結界。
あのヴェルゼミュートですら、
並列で結界を幾つも発動させる事など無理であり、
最高でも一つの結界にしか思考演算を維持できない。
しかしそれを三つも同時に発動させ維持している状態に、
『大魔導師』ヴェルズェリアは在る。
その弊害とも言うべき事だったが、
結界の機能の一部が巧妙に書き換えられ、
その機能を損失している事に気付くのに、
ヴェルズ自身が結界の機能を損失している事に、
自分で気付く必要性があったのだ。
ヴェルズェリアという存在もまた、
ただ立っている今の状態でさえ、
常人では行えない事を平然と行っている、
まさに規格外と呼ぶべき存在だという事に気付いているのは、
本当に極少数だけだろう。
だからこそ、その規格外の張った大結界が、
その機能の複数を意味消失させていることを、
本人ですら予想できていなかったのだ。
いや、本人としては予想できてはいたが、
これほど大規模に行われている事に、
気付く事ができていなかった。
同時にヴェルズという規格外の能力を凌駕する存在が、
今回の事件に関わっている事に気付かせるには、
あまりにも周囲の事態把握の行動は遅すぎた。
この時点でそれに気付いているのは、
ヴェルズの周りでもただ一人だけ。
そのヴェルズの目の前に立つ、
フォウルという大鬼族だけだった。
「……大魔導師、展開してる結界全ての共有感覚は全て切れ」
「全て?」
「やっぱお前の結界は全部、穴だらけにされてるぞ。こっからは直に魔力を感知・探査しろ。でなきゃ、テメェでも死ぬぞ」
「!!……到達者と呼ばれる存在が、やはり関わっている……?」
フォウルはその時には何も言わず、
正面に立つヴェルズの身体を退けるように進み、
アイリの血から発生する禍々しい魔力の場所へ移動し始める。
このフォウルの忠告は、
ヴェルズには『到達者』の存在を示唆しているように、
間違いなく聞こえていた。
魔大陸の中央で信仰の対象として存在する、
『大魔導師』ヴェルズェリア。
彼女は現在で『到達者』と呼ばれる存在と成り、
もはや寿命での死は程遠い存在となっている。
同時に普通の魔族や人間、
あらゆる兵器を持ってしても、
『到達者』となったヴェルズの命を脅かす存在にはならない。
それが『到達者』達が話す、
『到達者は到達者にしか殺せない』という言葉にも繋がる。
しかし同じ『到達者』であるフォウルは、
ヴェルズに対して『死ぬぞ』と忠告した。
その意味は間違いなく、
今回の相手に『到達者』が居ると、
そう確信しているようでもあった。
そのフォウルの確信が、
どのような根拠で告げられたモノだったのか。
それとは関わり無く、
ヴェルズ達は次の事態に遭遇していた。
『もう一匹の狼獣族』。
ミコラーシュとドワルゴンが相対し、
アイリが見た金髪金毛の半獣族の青年。
拘束されたガスタを囲む結界の傍に、
その青年が現れた。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




