第091話 決着と集結
狼獣族と虎獣族の戦いは、
互いに長く感じながらも、
その決着は驚くほど短い時間で終わった。
時間にすれば、
ほんの数十秒の出来事だった。
激突するように駆け出す両者で、
先に攻撃を加えたのは、
虎獣族のテイガーの方だった。
強く固めた右拳を、
テイガーはガスタの顔面目掛けて振り抜いた。
しかし白銀の毛皮とも言える、
魔力で編まれた装束を纏うガスタに直撃する寸前、
テイガーは右拳に激痛を伴う事になった。
拳がガスタに近付き、
ガスタが纏う熱量でテイガーの拳が電離を開始し、
始めに手に纏う大量の魔力が分離し蒸散、
そして毛と皮を直接焼いたと同時に、
右拳そのものが黒く変色するように焼け焦げた。
考える以上の激痛であろう、
この痛みに歯を食い縛りながら、
右拳の全てが消失する前に、
テイガーは右拳を振り切った。
焼け焦げるテイガーの右拳が、
ガスタの左顔面に直撃すると、
地面を削るように足を擦らせたガスタだったが、
殴り倒されるまでには至らず、
テイガーの数歩先で停止した。
テイガーの右拳の指は、
半分以上がプラズマで焼け焦げ消失し、
最早痛み以外の感覚を感じない。
幸いとも言うべきなのか、
細胞そのものを電離し黒焦げの状態なので、
出血は起こっていないことだろう。
しかし神経が焼ける痛みと、
感覚も無く開く指さえ消失した右手は、
テイガーにとっては重傷でしかなかった。
それでもテイガーは攻撃を続けた。
痛みに耐えながら、
殴り圧されたガスタに追撃を加えるように、
左脚を上げて伸ばした左足で、
ガスタの右胴を薙ぐように蹴り飛ばした。
この攻撃を行った左足も、
プラズマに因る影響で毛皮が焼け落ち、
撃ち込んだ左足の肉が消失しながら、
テイガーは吼えるように攻撃を撃ち込み続ける。
テイガーの攻撃速度と力は、
やはりガスタの全てを上回っていた。
白銀の毛皮を纏うガスタは、
それを纏っているにも関わらず、
怯まず攻撃を続けるテイガーの猛攻を受けながら、
感動さえ抱き始める。
この力を自分の幼少時より以前から、
弛まぬ鍛錬で維持し続けた努力と労力は、
想像が出来ぬほどの結晶にガスタは見えた。
受ける一撃一撃の殺意と破壊力は、
間違い無くガスタを殺す為に放たれる攻撃。
実際にガスタの防御は間に合わず、
白銀の装束を纏うことで、
なんとか致命傷を避けている状態だった。
テイガーの連撃に次ぐ連撃。
既に焼け焦げ消失した拳と腕で、
ギリギリ肉の芯と骨を残した足で、
テイガーは数十秒間の攻撃を続けた。
愚かに見えるこの攻撃は、
現在テイガーが行える攻撃の中で、
最もガスタに有効な攻撃だと、
気付ける者は幾人ほどいるだろうか。
魔力に拠る魔力斬撃や、
魔術や矢といった攻撃方法は、
プラズマを纏うガスタには効かない。
魔力はプラズマによる熱量で、
気体化・物質化した状態でも接触してしまうと、
電離・分離状態に陥り魔力が四散してしまう。
矢は勿論、接触する前に熱量で蒸散する。
今のガスタに遠距離からの攻撃で、
有効となる攻撃方法をテイガーは持ち合わせていない。
ならば有効打となるのは、
プラズマで電離・分離状態に陥る前に、
攻撃を加えられるほどの速度と連打力を持つ、
破壊力を有した直接攻撃しか手段がないのだ。
テイガーはそれを本能で察知し、
迷い無く攻撃手段を自らの肉体のみに絞った。
そんな無謀とも思える攻撃は、
正しくガスタにダメージを与え続けた。
……しかし、長くは続かない。
攻撃を続ければ続けるほど、
テイガーの血肉は削れ続け、
焼け焦げ消失した部位が増える。
あれほど太く逞しかった腕と脚が、
拳と腕、脚と足を打ち込み続けると共に消失し、
徐々に黒く焦げ痩せていく。
数十、百数十と打ち込んだ攻撃の末、
テイガーは最後の殴打を拳の無い左腕で行い、
ガスタの腹部に抉り込むように突き入れ、
渾身の力でガスタを吹き飛ばした。
それと同時に、
テイガーは震える両膝を地面へ落とし、
倒れるように地面へ体を預けた。
両腕は無事な部位で撃ち続けたせいで、
無事と呼べる部位は既に無く、
焼け焦げ消失した部分からは、
僅かに骨が見えるほど削れていた。
その腕の先に、
既に手と呼べるモノはない。
両足も膝と脛、足先などは既に焼け焦げ、
肉と呼べる部分はほとんど消失している。
そんな足で先ほどまで立って攻撃していたのかと、
見ている者は疑いたくなるほどの損傷だったが、
虎獣族特有のバランス感覚が、
最低限の筋肉と骨を維持することで、
攻撃を続けられる踏ん張りを可能にしていた。
両腕・両足には既に痛みの感覚しか、
テイガーは感じていない。
自分がガスタを殴る感触も、
辛うじて骨に伝わる振動だけで、
殴打していると判断する状態だった。
もはや踏み締める足も、
立ち上がる為に地面を噛める手も、
テイガーには残っていない。
そんな状態ながらも、
テイガーは生涯の中で、
最高の殴打を続けた自負を抱いていた。
ガスタの骨を砕き内臓を破壊し、
筋肉繊維は殴打で引き裂いた自信を、
テイガーは間違いなく確信していた。
「――……なのに何故、貴様は、立っている……」
痛みを我慢するように耐えるテイガーの視界は、
信じられないモノを見せられていた。
そして驚愕の表情を浮かべたテイガーが、
漏らすようにそう呟いてしまう。
テイガーの倒れた数歩先で、
全身に白銀を纏わせたままのガスタが、
二足で立っていたのだ。
ガスタの口と周囲には、
確かに吐血した跡が存在する。
あるいは内臓を痛めているのは、
その跡でなんとか理解できた。
しかし殴打を繰り出し続け、
直撃させてきた腕や足、
胴体の骨が無事でなければ、
こうも力強い姿で立ってはいないはずなのだ。
テイガーには理解できなかった。
何故ガスタが無事だったのかを。
「……今日が満月でなければ、私は死んでいた」
「満月、だと……?」
「月の光が、私の魔力を満たすと同時に、体の回復能力を向上させる。即死させるほどの攻撃でない限り、今の私は死なない」
「……だから、貴様自身は、攻撃を加えなかったのか……」
テイガーの考えたガスタの戦い方は、
白銀の毛皮でテイガーの自滅を誘い、
ガスタ自身はその鎧と回復能力で耐え続ければ、
間違いなく勝てるというモノだと、
そう考えて聞いたのだろう。
しかしガスタは一部それを認めながらも、
一部否定するように口を開けた。
「いいや、攻撃をしなかったのではない。……できなかった。お前の攻撃が速く力強く、こちらが反撃できなかった。それだけだ」
「……フッ、ハハ……そうか、それだけか」
「あぁ、それだけだ」
ガスタはテイガーの猛攻に反撃できず、
ただ殴られるだけの案山子と成り果てていた事を、
自らで告白したことに、
テイガーは口元をニヤつかせながら笑い、
対照的にガスタは口を悔しそうに曲げている。
今回のガスタが勝利できた由縁は、
今日が満月だったからというだけだ。
実力ではテイガーの方が勝っていた。
攻撃を繰り出す速度も、
一発、一撃の威力はガスタを凌駕していた。
「――……それだけの実力があれば、セヴィアリュシアの支配からも、実力で脱却できただろうに」
それは質問だったのか、
それとも不意に零れてしまった言葉なのか、
ガスタは倒れ伏す強敵を前に、
そんな疑問を抱き言葉に出していた。
それに答えた形になるのか、
それとも嘲笑ったのか。
テイガーは微笑むように言った。
「……衛士の一族は、確かに侮り難い。だが、あの御方達は……あの女と姉だった女は、一族の中でも別格だ」
「別格?」
「……いつだったか、彼女は我々に言った。『私が本気で戦える相手は、姉しかいなかった』と。……どの戦いでも、あの女は本気で戦っていないということだ。虎獣族が、打ち倒された時でさえ、な……」
「……」
「我々が思うより、あの女は強い……。同じ獣族の戦士として、師としての、最後の忠告だ……」
「……分かった」
師であるテイガーの最後の忠告を聞き、
白銀の装束を消したガスタが、
その場を去ろうとした。
それに対して痛みに耐えるテイガーが、
驚きを含む声を口から放った。
「トドメを、刺さんのか……?」
「戦士としての戦いは終わった。これ以上、お前と戦う意味が無い」
「……いつか、貴様にやられたこの痛みを、恨みに変えて、狼獣族共にぶつけるかもしれんぞ……」
「その時は、魔狼の戦士達が貴様等の前に立ち阻むだろう」
ただそれだけを告げると、
ガスタはその場から、
来た道を戻るように歩き始める。
それを聞いた倒れるテイガーは、
口元をニヤけながらも、
漏らすような小声で嘆息した。
「――……甘い、甘いな。貴様は、非情な戦士には決してなれんな……」
テイガーが声を漏らした、
その直後だった。
*
ガスタはこの場の上空に、
何か気配を感じた。
何の気配か分からないガスタは、
視界を空へ向け、
耳と嗅覚を最大限に研ぎ澄ませた。
満月と星々が映る夜空に、
一つの影が映っている事にガスタはすぐに気付く。
上空の数十メートル以上の高さから、
浮きながらも落ちるような浮遊感を持つ影の正体は、
口元を微笑ませながら武器を構える。
その影が持つ武器を見た瞬間、
ガスタは目を見開いた。
その影が纏っているのは、
深緑の外套と右腰に下げた矢筒。
そして左腰には白い細身の剣。
手に持つ武器は、
太く頑丈な組み立て式の長弓。
そして弓の弦を引く右手には、
四本の矢が指に挟まれながら持たれていた。
そう、あの上空に居る相手は――……。
その影の名前をガスタが口にする前に、
影が持つ長弓から四本の矢を放たれる。
その矢には今までとは常軌を逸した魔力が込められ、
赤・緑・青・黄の魔力が同時に込められつつ、
凄まじい速さと威力で放たれていた。
前世の世界で例えるなら、
それは空対地ミサイルのような破壊力を持つ、
攻城兵器並の威力を持つ矢の射出。
それが四本も同時に放たれた事に、
感覚的に危機感を察知したガスタは、
素早く防御と回避の構えをとった。
しかし、ほぼ同時に放たれたような矢は、
ガスタが居る場所へ撃ち込まれなかった。
では、どこに矢は撃ち込まれたのか。
自身の防御のみに気を使ったガスタが、
その矢の軌道上に居る標的に気付くのに、
数瞬ほど遅かった。
「ッ!!テイガアアアアァッ!!」
「……あの女は、お前のように甘くはないぞ……」
微笑むように教えるテイガーの声は、
叫ぶガスタには届かなかった。
撃ち込まれた矢が、
魔力に因る爆発を示唆する流れを起こすと、
凄まじい土煙と衝撃音を発生させながら、
テイガーが倒れた付近に着弾し、爆発する。
その爆発での衝撃音と土煙の勢いは、
流石のガスタでも手で顔を防御するほどに、
凄まじい威力と勢いを見せた。
魔力が込められた矢で爆発四散した光景の中、
その爆風が収まると同時に、
飛び散る地面の破片と芝が、
ガスタの毛に幾つか付着しながらも、
五体満足のままでガスタは立っていた。
ガスタは五体満足のまま、
テイガーが倒れ伏していた場所へ走り出した。
土煙を掻き分けるように進み、
すぐにテイガーが居た場所へ到着したが、
爆発で発生した土煙がその場に滞留し、
周囲の視界を塞いでしまっている。
ガスタはすぐに手を仰ぐように横へ薙ぎ、
土煙を払うように退けた。
テイガーが倒れていた場所には、
何も残っていなかった。
そこにはクレーター状に爆発し、
抉れる地面と土だけが存在していた。
芝の草さえ残らないその場所には、
テイガーの姿は無かった。
健全な状態のテイガーならば、
あるいは避ける事など造作もなかっただろう。
しかし現在のテイガーの腕と足は、
ガスタによって削られており、
満足に動く事さえできなかったはずだ。
そう、回避できなかった。
それがテイガーの状態だった。
僅かに鼻につく血の匂いが、
テイガーの匂いである事を察したガスタが、
両手を握り締めるように拳を握り、
歯を食い縛るようにしながら、
怒りの表情と目を現していた。
「――……何故だ……ッ」
食い縛る口から怒りの声を漏らしながら、
ガスタは抉られた地面の先を見つめて、
殺気をそちらに放つ。
周囲の土煙が徐々に晴れ、
満月の光が地上に降り注ぐ場所には、
ガスタの視界に映るだろう相手を映す。
土煙に僅かに影が映り、
ガスタより小柄な姿が見え始めていた。
「……虎獣族は、テイガーは……お前に忠誠を尽くしたのだろう……ッ」
「…………」
身体全体に魔力を漲らせ、
ガスタは両腕と両足を中心に身体強化を行う。
そして土煙が完全に晴れる前に、
ガスタは影が映る場所へ飛び掛かり、
怒りの表情で右手を鉤爪と共に影へ向け放った。
強化したガスタの右手と鉤爪、
そして金属音を鳴らした何かが、
激しく衝突する。
僅かに火花を見せる中で、
ぶつかり合う衝撃で一気に土煙が払われ、
ガスタはついに対峙することとなった。
衛士、セヴィアリュシア。
警備隊の創設者であり、
ヴェルズェリアを影から守り続けた一族の剣士。
ガスタより低身長ながらも、
肩ほどある滑らかな金髪を三つ編みに結い、
美しくも鋭さを宿す視線と表情と共に、
細い腕と脚に滾る力は、
テイガーに引けさえ感じさせない力強さを感じる。
その実力は他の者達には未知数でありながら、
あのドワルゴンとヴェルズェリア、
そしてミコラーシュですら一目を置く存在。
ついにセヴィアリュシアが、
ガスタと激突する瞬間が訪れた。
*
右手に握った白く輝く細身の剣が、
ガスタの右手と鉤爪に競り合うように押し合う。
右手の肉が剣の刃で僅かに食い込み出血しながらも、
ガスタは怒りの表情を変えないまま叫んだ。
「何故ッ!!何故テイガーを殺したッ!?セヴィアリュシアァッ!!」
「……その甘さは変わらないわね、ガスタ」
押し合う二人の中で先に動いたのは、
右手と鉤爪で迫るガスタの怒り任せの力押しに、
まるで飽きたような呆れ顔で、
手を払い退けたセヴィアリュシアが、
剣を持つ右手とは逆の左手で、
凄まじく練られた魔力で魔術を放つ。
その溜めの短さと予想できる威力は、
魔力減衰症を患っていたはずのセヴィアリュシアには、
不可能だったはずだという疑問が、
ガスタの中に瞬時に生まれながらも、
今の状態で放たれる魔術を受けるのは危険だと判断し、
すぐに退避する動きをした。
引いた動きを見せたガスタに対して、
セヴィアリュシアは左手に溜めた魔力を物質化させ、
風魔術と水魔術の複合魔術である、
『水の刃』を複数生み出し、
引いて飛び下がるガスタに対して、
追撃するように複数の水の刃を左手で放った。
タイミングを計られた中で、
ガスタが地面へ足を着く前に、
着弾するよう放たれた水の刃が複数ガスタを襲う。
怒りの表情を抑えないガスタは、
そのまま全身の魔力を漲らせた状態のまま、
水の刃を受けるように防御した。
防御した腕は水の刃で切り裂かれ、
腹部と脚部も切り裂くように通過した水の刃。
しかしガスタは着弾後に防御をすぐに解くと、
自然治癒力を高めた肉体で傷をすぐに治癒し、
まるで無傷だった時の姿に戻ってしまう。
防御を解いたガスタは、
尚も吼えるように問い質した。
「――……セヴィアリュシアッ!!」
「……昔は物静かな子だと思っていたのだけれど、随分と喧しい子になってしまったわね」
「答えろセヴィアリュシアッ!!テイガーを何故、殺したッ!!」
「……邪魔だったから、かしら」
吼えるように叫ぶガスタの様子に、
若干不機嫌な表情を見せたセヴィアリュシアは、
冷たい表情と視線で、ただその一言だけを告げた。
その一言しか告げられない言葉を、
ガスタは理解ができなかった。
「邪魔だった、だと……それだけの為に……ッ!!」
「ええ。テイガーが善戦したのは嬉しい誤算だったけれど、他の持ち駒を腐らせてしまったわ。予定なら此処には、あと少ししてから来て貰う予定だったけれど……そうよね、知っていたわよね。貴方もリュイから聞いていたでしょうから」
「!!」
セヴィアリュシアの言葉の真意を掴み取れず、
更にリュイの名を口に出された事で、
ガスタは強張るように身体を身構えさせる。
それと同時にセヴィアリュシアが準備をし、
既に左手に持っていたのは、
緑色の筒に包まれた信号弾だった。
緑の信号弾を左手で空中高く放り上げると同時に、
左手の魔力で放たれた火の粉のような火線が、
信号弾に命中し、中の火薬に引火する。
緑の花火と短い炸裂音が鳴り響いた瞬間、
微笑を浮かべるセヴィアリュシアの表情を見たガスタが、
寒気を超える悪寒を走らせ、
すぐにその場から離れようとした。
しかし、その気付きは既に遅かった。
この芝が生え拓けた広場が、
膨大な魔力を張り巡らされた結界に、
瞬時にガスタとセヴィアリュシアは囲まれると、
ガスタはその結界に気付き、
周囲を見渡すように魔力感知を行う。
張り巡らされた結界は徐々に狭まり、
ガスタとセヴィアリュシアの二人を中心に、
四方を半径五十メートルに収める結界へと変質していく。
まるでガスタ達を閉じ込める為に封じたような、
その結界の意図を読む事を遅れたガスタは、
驚愕しながらも耳と嗅覚だけはセヴィアリュシアから離さずに、
周囲を見渡しながら観察していた。
自分達を包囲する結界の外に、
僅かだが動きが見える。
微かに風の流れが変化し、
今まで隠れていたであろう気配が、
幾重にもガスタの耳と嗅覚に引っかかった。
他に潜んでいた警備隊長達、
そして今回参加している者達が、
同時に動き出したということだ。
同時に動きだした理由。
それは一つ目の目標を、
達成したことを知ったからだろう。
「――……第一目標は完了、ガスタの捕縛に成功しました。結界の展開、ありがとうございます。ヴェルズェリア様」
そう喋るセヴィアリュシアの言葉に、
ガスタは周囲を観察する視線を、
セヴィアリュシアに戻して睨むように見つめる。
そう告げたセヴィアリュシアの言葉で、
この拓けた芝の広場を囲む森から、
少しずつ気配の正体達が這い出るように姿を現した。
一人目は、警備隊員としては新米ながらも、
その実力を元鬼王に認められた巨神族の青年、
七メートル弱の体格を持つ、バグズ村のガブス。
二人目は、今回の作戦に助っ人として参加し、
かつて元鬼王の訪問で指導を受けたとされる、
ラミア部族の若頭、メージ。
そして三人目・四人目として同時に出てきたのは、
ミコラーシュの側近を務める、
一つ目巨人のキュプロス。
三つ目巨人のガルデ。
そして五人目に出てくるのは、
銀色の髪に赤い瞳を持つ青年、
かつて『勇者』と呼ばれる存在だった元人間。
そして六人目には、
赤肌と黒髪に二本の角を持つ、
逞しい四メートルほどの体格で、
その存在感は姿を見た時点で圧倒される、
元は鬼王と呼ばれていた、『鬼神』フォウル。
そして七人目に現れたのは、
勇者からかなり距離を置きながら、
優雅に歩きつつ現れるハイエルフの元女王、
現ヴェルズ村の村長、『大魔導師』ヴェルズェリア。
この時点でガスタは、
戦々恐々とした面持ちで周囲を見つめ、
そして自分の置かれた状況を正しく理解する。
なるほど、各地に警備隊長達を分散し、
戦力を割いた愚行とも思える行動をしたのは、
彼等という強力な戦力を既に得ていたからだと、
ガスタは瞬時に察し、納得をしてしまった。
文字通り、警備隊長達はガスタに対して、
有効となる囮の役割を果たしていた。
彼等、警備隊長達の働きに関して、
誰も咎めようとは思わない。
彼等はどんな形であれ、
ガスタをここまで誘導する為の役割を、
立派に果たしたのだから。
ガスタの与り知らぬ所では、
カルンツェルンという名のエルフ族の警備隊長と、
鳥獣族である女性警備隊長達二名が、
各地で倒された警備隊長達と合流し、
ガスタとの戦闘で受けた傷を治療している。
始めにガスタに蹴散らされ倒れた、
犬獣族の双子警備隊長、兄ビルと妹ベルは、
魔力封殺の後遺症でまだ寝ているが、
フォウルとジスタ達が共同で作った塗り薬で、
数時間後には目を覚ますだろう。
蜥蜴族のヴラズと牛頭族のバズラも、
互いに負傷しながらも警備隊長達の中では軽傷なので、
合流する為に既に向かってきている。
ただバズラは膝を負傷していた為に、
完全に傷を治癒するまで休んでから合流するだろう。
他の村出身者である警備隊長達も、
ガスタが重傷を負わせてはいない為、
それぞれが向かってきていた。
獅獣族の警備隊長レオンに関しては、
治療を拒否して自力で治癒を行っている。
そして虎獣族の警備隊長テイガーは、
セヴィアリュシアが矢を放ち、
倒れ伏した地面ごと吹き飛ばされた。
……ように、ガスタには見えた。
「!?テ、テイガー!!」
新たに登場した人物達の中で、
治療を担うエルフ族の警備隊長カルンツェルンと、
鳥獣族の女性警備隊長が、
ガスタの視界に姿を現すと同時に、
その傍で二人に抱えられたテイガーが、
優しく寝かされるように横に倒された。
腕と足は先ほど焦がされ損失したままだったが、
苦しく息を乱しながらも呼吸を繰り返している。
それはテイガーが無事である事の証明だった。
「……な、何故だ。テイガーは……セヴィアリュシア、貴様の矢で確かに……」
「テイガー。ちゃんと鍛錬していたようで嬉しいわ。あの程度の攻撃で吹き飛ばした程度、まさか死ぬような軟弱な猫にはなっていないと、信じていたわよ」
「……フ、フハハ……、あの程度、セヴィアリュシア殿の鍛錬に比べれば、まだ序の口ですな……」
ガスタの疑問の声など無視するように、
セヴィアリュシアがテイガーに声を掛けると、
苦痛の声を漏らしつつも、
テイガーは笑いながら顔を向け、
不敵な笑みをニヤリと浮かべた。
あの四本の矢が襲来した瞬間。
テイガーは降り注ぐ矢が自分にではなく、
地面に直撃したコンマ数秒の間に、
それが複数の属性魔力を帯びて、
今にも爆発しそうな状態を察知すると、
すぐに身体全体を魔技で強化し、
魔力障壁と物理障壁を同時に展開させて、
爆風で吹き飛ばされながらも、
なんとか土煙に紛れたカルンツェルン等、
治療を担う女性警備隊長の二人に回収されていた。
セヴィアリュシアはこの場に飛び込む前に、
事前に治療を担う女性警備隊長と合流し、
その手筈をすぐに組んだのだ。
ガスタがあの時に見たのは、
テイガーが既に吹き飛ばされながら移動した後であり、
セヴィアリュシアがテイガーを殺したという光景に、
ガスタの冷静な思考が喪失し、
その事実に対して動揺・衝撃・憤怒で上塗りされ、
冷静な思考判断を出来なくなった証拠でもあった。
セヴィアリュシアは信頼していた。
テイガーが自分の矢での攻撃では、
死ぬ事はないだろうと。
それは無慈悲な信頼であると、
誰もが思うところだろう。
それにテイガー本人としては、
聞いていないアドリフとも思える攻撃に対して、
咄嗟にセヴィアリュシアの気配に気付き、
その殺気にも似た鋭さが襲う事を野生の勘で気付き、
本当にギリギリのタイミングで防御に成功していた。
なんとか笑ってはいるが、
テイガーの内心は青褪めるような気持ちだろう。
本当にセヴィアリュシアが殺しに来たのかとさえ、
実は思っているのかもしれない。
あの矢の一本一本の攻撃には、
テイガーを殺せるほどの威力があり、
容赦無く放たれているのだと気付いていたのだから。
「貴方を封じる為の結界を張る位置にテイガーも転がっていたから、邪魔で退けただけ。それを貴方が勝手に『殺した』と勘違いして騒いでいるだけよ、ガスタ」
「……ッ!!」
「ただ、先ほどから駄弁るように語っていた虎獣族の悲願や、私の夫と同族達を噛み殺すだのなんだのと、ガスタを煽り炊きつける言葉に本心を混ぜて吐いていた事に関しては……調子に乗りすぎよ?テイガー」
「ゥ、ウッ……」
ガスタに対しては言葉の解釈の差異を教え、
テイガーに対しては微笑を浮かべながらも、
それは悪魔の笑みだと気付かせるセヴィアリュシアに、
あのテイガーでさえ目を逸らし黙ってしまった。
虎獣族は、テイガーは支配者からの脱却を望みながらも、
もはや一世代・二世代と蹂躙された当時から変化し、
その習性にはセヴィアリュシアを本能的に恐れるという、
そういう習性が植え付けられているのだろう。
虎獣族がセヴィアリュシアから脱却する日は、
程遠いと感じさせるに充分だった。
*
ガスタは完全に包囲された。
己自身は結界にセヴィアリュシアと共に幽閉され、
周囲には到達者であるフォウルとヴェルズェリア。
そして危ういと直感が感じさせる突然変異の青年と、
ヴェルズ村の精鋭戦力であるキュプロスとガルデ。
洞察力と動物的直感で見た限り、
ガスタにとって脅威となるのは、
今挙げた人物達だけ。
ガブスやメージといった他の者達も、
実力で言えばテイガーと同程度だと勘が告げている。
しかも治癒中のテイガーも復帰してしまえば、
状況的にも戦力的にも危うくなる。
だからこそガスタがすぐに行った行動は、
内在魔力を高め周囲の熱量を加速させ、
瞬時にプラズマを発生させ、
『雷狼』を纏うことだった。
魔力の高鳴りと共に、
突発してガスタから吹き荒れる突風に、
周囲の者達で警戒を強める者達と、
逆に関心しているフォウルと勇者の様子が見える。
そんな周囲の状況とは関係なく、
ガスタはセヴィアリュシアの位置とは逆側へ駆け出し、
そして結界と思える魔力と空間の歪みへ攻撃を開始した。
「ハアアァァッ!!」
殴打・斬撃・魔力斬撃・白銀の魔力、
それ等を全て合わせた攻撃を魔力の結界へ浴びせるが、
その空間は崩れる様子さえ見せない。
魔族が伝える結界とは端的に説明すると、
魔力障壁と物理障壁を展開し、
それを内部・外部に分厚く展開する事で、
その対象内・対象外にいる干渉を阻む効果を持つ。
普通は魔石内部に内在する魔力を燃料に、
紋印を刻んだ鉱物や建築物を中心に、
その結界を展開して対象を守り、
逆に捕縛する事も可能とするのだ。
ガスタはまさに、
それに捕えられている状態にある。
結界を破る方法は単純ながら、
結界を維持する障壁に魔力・物理攻撃を衝突させ、
維持する魔力供給源を消耗させ供給を途絶えさせるか、
覆う結界の一部より強力な攻撃で突破するという、
実に単純な方法で破ることはできる。
しかし、ガスタは結界を破壊できない。
魔力さえ分離・電離して蒸散させる『雷狼』と、
魔力を帯びた殴打で結界を攻撃し続けているにも関わらず、
結界が削れるような様子さえ見えず、
蒸散している魔力は再構成され結界に戻っていく。
ガスタは攻撃を一時中断させ、
その様子を分析するように見つめた。
どうにか突破口を探そうとするが、
その行為自体を無意味と断じるように、
結界を展開させた主自身が告げた。
「無駄よ、ガスタ。確かに強力な電撃を発生させる程の魔力だけれど、この結界を破る事はできないわ」
「……ヴェルズェリア=ライアット……」
「テイガーの働きは見事だったわ。その電撃を見ていなければ、補強する前の結界は破られていたでしょうね」
「……クッ」
ヴェルズの言葉を聞いたガスタは、
やはりテイガーとの戦いで『雷狼』を見せたのは、
明らかな失策だったと断定した。
ヴェルズ本人が言うように、
既に設置済みだった罠となる結界の強度は、
今のガスタであれば補強される前に突破できるモノだった。
しかしガスタの纏う白銀の装束の正体が、
雷と類似する現象である物質だと断定したヴェルズは、
すぐに周囲の森に設置していた紋印を書き換え、
分離し蒸散する魔力を即循環させる機能を追加し、
強度と共に魔力供給のシステムを円滑にしたのだ。
実質、この内部に居る限り、
魔力供給源となる何かからの魔力が途絶えない限り、
突破できない結界にガスタは捕えられたことになる。
ヴェルズは結界を歩くように回りつつ、
テイガーが寝かされた場所へ移動し、
負傷したテイガーの傷を見ていた。
若干、眉を顰める様子を見せたヴェルズだったが、
すぐに治癒する為の準備を整える為に、
傍に居た治療係だったカルンツェルン警備隊長に、
指示を送りながら対処法を話した。
「電撃で焼かれた部位の細胞が、完全に壊死しているわ。このまま治癒をしても、壊死した部位までは戻せない。……一度、壊死した傷口を切り取ってから改めて治癒術と回復術を施しましょう。口に噛ませる添え木を用意して」
「は、はい」
「ヴェ、ヴェルズ様……」
「テイガー、少し我慢しなさい。また自分の手足で地面を踏み締めたいのなら」
「……は、はい」
処置方法を聞いて不安の声を漏らすテイガーだったが、
ヴェルズの言葉で覚悟するように頷いた。
前世の世界ならば、
痛覚を麻痺させる麻酔薬を施した上で、
壊死部分を切り取るという治療を行うのだろう。
確かにこの世界にも麻酔薬はあるが、
魔大陸で採取できる麻痺薬の素材となる材料の効能が、
通常とは数倍以上の差異の効能である為に、
かなりの重傷でなければ使用を危ぶまれる薬だった。
下手をすれば身体の弱い魔族だと、
心臓そのものが停止してしまうほどの薬だ。
全身にではなく局部的に麻酔を効かせても、
下手をすれば手や足に一生の痺れを感じる事になる。
健康状態のテイガーであれば、
あるいは耐える事ができるかもしれないが、
今のように弱った姿を見せるテイガーには、
とても魔大陸の麻痺薬を使用できない。
そう判断したヴェルズは、
麻酔を使用しない方法で治療を行う事に決断した。
*
テイガーの低く響く絶叫の声の中、
ある二人はこんな話をしていた。
「……フォウルさん、気付いていますか」
「ん?」
その場の全員が捕えたガスタに目を向ける中、
少し離れた位置で立ち止まった勇者は、
フォウルを呼び止めるように声を掛けた。
その声に気付いたフォウルは振り返り、
勇者が向ける視線の先の人物に気付く。
それは結果内に捕えられた、
もう一人の人物だった。
「……彼女も、僕等と同じでしょうか」
「……お前さんみたいなストーカーと、一緒にされたくないんだが?」
「だ、だからストーカーじゃ……冗談は無しで、どう思いますか?」
「はぁ……」
茶化すように勇者の言葉を流すフォウルに、
少し慌てた様子を見せた勇者だったが、
真面目な表情と口調で聞き返すと、
フォウルは溜息を大きく吐き出し、
鋭い視線を勇者が見つめる先に見つめた。
「フォウルさんも、僕とジュリアと同じ事を、この魔大陸の南でやっていたんでしょう?」
「何の事か分からんな」
「誤魔化さないでください。……僕と貴方は、同じ存在なのでしょう?」
「知らん。お前等と一緒にするな」
「……そして彼女も……」
誤魔化す言葉を続けるフォウルに、
苦々しい表情を浮かべながらも、
勇者は敢えてそれを無視するように、
そうだという前提で話を進めた。
そして勇者とフォウルの視線が、
同じ人物に向く。
勇者とフォウルが見つめる視線の先。
結界内に捕えられたガスタと共に、
一緒に存在する人物。
「……セヴィアリュシア。あのエルフの女性も間違いなく、『転生者』です」
「…………」
勇者はそう断言し、
フォウルは何も言わずに目を伏せた。
『衛士』セヴィアリュシア。
500年以上の時間を生き、
ヴェルズェリアという大魔導師の下で活動し続けた、
エルフ族の裏に生き続ける部族の末裔。
そして前『衛士』当主サラディシュテアの妹にして、
『影』の中で更に『影』を演じ続けるように存在する事を好んだ、
『衛士』の中でも異質の才を見せた女性。
『王虎』の末裔である虎獣族を影で従え、
『雷神』の末裔である狼獣族を夫に選んだ彼女。
かつて勇者と呼ばれた『転生者』の青年は、
その彼女が同じ『転生者』であると、そう断定した。
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キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
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