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『赤瞳の戦姫』~転生したらオークに拾われました~  作者: オオノギ
幼少期 第二章二節:復讐者(前編)

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第090話 虎狼の師弟


大虎へと魔獣化ビストしたテイガーと、

大狼へと魔獣化ビストしたガスタ。


二匹の魔獣の戦況は、

獣化ひとがたの状況と何等変わらずに推移していた。





七メートル強の筋骨巨大な大虎のテイガーは、

前足から繰り出される鉤爪の攻撃と同時に、

魔力斬撃もガスタに飛ばして攻撃し続けている。


テイガーの振るう腕にも、

そして振るう腕から伸びる鉤爪にも、

飛ばされる魔力斬撃にも触れてしまえば、

周囲の大木と大地の如く、

その身体を引き裂かれるのは自明の理である為、

ガスタは回避をし続けていた。


更には大口から見える大虎の牙と顎が、

ガスタの身体を噛み砕き千切ろうとするのだ。

迂闊にガスタから前足を出して攻撃しようと見せると、

その前足ごとテイガーは噛み砕こうと動く。


ガスタの魔力で編まれた魔力斬撃の切れ味は、

確かにレオンの斬撃モノより優れていた。

しかしテイガーに対しては薄皮一枚しか切り刻めないと、

先ほどの戦いで証明してしまっている。


だからテイガーは恐れない。


もしガスタが鉤爪や魔力斬撃を用いる為に、

その前足がテイガーに向けられた瞬間、

必ず食い千切るという狙いが目に見えて分かる。

五メートル強の体格を有しながらも、

それを遥かに凌ぐ巨体のテイガーという猛獣の猛攻。

ガスタは一方的に攻め続けられ、

攻撃の隙さえ与えられない。


それは現在のガスタよりも、

現在のテイガーの方が優れているという証明だった。





しかしガスタを恐れないテイガーは、

内心で別の事に焦っていた。

圧倒的優劣関係を見せるガスタとの戦いに、

何故テイガーの方が焦りを見せているのか。


それは自身の内在魔力の残量と、

感知しているガスタの内在魔力との差を、

明確に感じ取っていたからだ。


ガスタの魔力は溢れ漏れるように沸き続けるのに対し、

テイガーの魔力は目減りする一方。

満月という日がガスタの魔力を溢れ供給させ続け、

高い魔技の錬度に比例した魔力の消耗を、

テイガーはこの戦いで受け続ける。


この二匹の戦いは、

必ずしも対等の勝負ではないのだ。

そしてそれ等の理由こそが、

一方的に回避し続けているガスタの理由でもある。


レオン戦でもガスタが攻撃を回避し続けた理由は、

レオンの猛攻が高い技量の魔技と比例する魔力の消耗で、

維持され続けていた事を知るガスタが、

レオンに攻撃させ続けた後に、

消耗した魔力の揺らぎを利用して、

隙とも油断とも言えぬ一瞬の間を掴んで攻撃する為。


レオンと戦った時と同様に、

ガスタはテイガーが魔力を消耗し、

その魔技に衰えを見せた瞬間に、

反撃する為に隙を窺い続けている。


同時に時間が経てた経つほど、

この状況はガスタの目論見通りになってしまう。

それを理解しているからこそ、

テイガーは猛攻を続けていた。





ガスタが何故、

追っ手である警備隊に対して、

目立つように囮を担うのか。


それはアイリ達を誘拐した他の者達を、

逃がす為に他ならない。

こうしてガスタという囮を相手し続けるのは、

好ましくないとテイガーは理解していた。


だからこその短期決戦。

その為の全力全開の猛攻をテイガーは続けていた。





*





確かに魔力的消耗はテイガーの方が上回っていた。

しかし、肉体的・精神的疲労度で言えば、

遥かにガスタの方が上回っている。


アイリを連れての逃走劇と、

追っ手である警備隊長達との攻防。

そして弓手であるセヴィアリュシアの追跡。


それ等を短時間ながらも行い続けた事で、

確実にガスタの精神的疲労を高め、

肉体にも鈍く疲労を蓄えつつあった。


魔力を用いた魔術の治癒術や回復術は、

身体の怪我や傷を癒す事はできる。

しかし体力的消耗を回復できるわけではない。

損失する肉体や血液も同様に、

失えば失う程に新たな肉と血液を補充する為に、

魔力消耗と身体の負荷を大きくさせる。


減り続ける体力はガスタを疲弊させ、

短時間ながらも断続的・長期的な戦いは、

ガスタの精神を確かに疲弊させていた。





その消耗させたモノの差が、

テイガーには好機を生み、

ガスタには僅かな隙を生んだ。


テイガーの前進する猛攻の中を、

敢えて向かうように前へ、

そして横や後方へ避け続けた大狼ガスタが、

テイガーの猛攻の速度に慣れ始めた頃。


その一定の攻撃方法の間隔を、

敢えてテイガーは外した。

つまり攻撃のパターンそのものを変化させた。


物理的攻撃しか行わなかったテイガーが、

魔術を使ったのだ。



『ガアアアァァアアアッ!!』


『!!しまっ――……ッ』



今までと同じく、

大虎テイガーの太い左の前足が振り下ろされ、

その大腕からなる鉤爪の攻撃と、

魔力斬撃での直線上の軌道から避けたガスタは、

僅かなテイガーの魔力の練り方に気付いてはいた。


だが、体が反射に近い形で避けた後で、

それは既に遅い思考だった。


テイガーの振り下ろされた前足は、

地面に叩き付けるように接触すると、

テイガーの魔力が地面の土に影響を及ぼし、

土を媒介にした土の魔術を発動させた。


その魔術に名を付けるならば、

大地の裂け目(アーススプリット)』と呼ぶのだろう。


地面が揺れるより先に、

地割れするように割れた地面が、

着地し地面へ着いたガスタの後足部分に発生し、

その後足を裂け目へ落とすと、

瞬時に地面が狭まり後足を挟んだ。


勿論、ガスタはすぐに後足を引き抜いた。


大地の裂け目(アーススプリット)』自体は難易度の低い魔術であり、

込める魔力量次第では大規模な地割れも起こせるが、

テイガーが溜め込めた魔力量は些細なもので、

挟まれた足を引き抜くという行為に過剰な力は要らない。


そう、過剰な力は要らなかった。

しかし動作は必要だった。


後足を引き抜くという僅かな時間を要する動作が、

ガスタを追い詰めるのに充分な時間を、

大虎テイガーに与えたのだ。


テイガーは引き抜く動作を行う瞬間には、

既に次の攻撃を繰り出していた。

右の前足に全力を込めた攻撃が、

引き抜く動作で硬直したガスタの身体に直撃した。


コンマ数秒の時間さえ、

テイガーにとっては大きな隙でしかない。

それが意図して生み出されたものであれば、

それをテイガーが見逃すはずもない。


これがテイガーの生んだ好機であり、

ガスタが生んだ僅かな隙だった。


テイガーが繰り出し続ける猛攻は、

この機会を得る為の戦術だった。


そして一方的ワンパターン姿勢のテイガーに対し、

何の疑問も抱けなかったガスタが、

魔術に拠る行動阻害を受けたのも、

精神的疲労を蓄えた思考の低下を現していた。





セヴィアリュシアの予想に反し、

ガスタは今まさに、

窮地に陥った瞬間だった。





*





『――……グッ、ギ……ッ!!』



テイガーの豪腕であり前足である右手が、

薙ぐように横へ振られながら、

大狼姿のガスタの左横腹へ、

鉤爪を突き立てるように直撃した。


振られた前足の腕力の威力もそうだが、

鉤爪がガスタの体毛と皮膚を突き破り、

ガスタの肉を貫通して内部に喰い付く。


更に喰い付いた鉤爪には魔力が込められ、

大虎の伸びた魔力斬撃ツメがガスタの内臓を突き破った。

内部の臓を突き破り、

突き破った先の肉と皮膚、

そして体毛を突き破って、

テイガーの魔力斬撃ツメが外側に剥き出しになる。


ガスタの左脇腹から漏れ出す流血と、

口から漏れる苦痛の声。

それは紛れも無くガスタに対して致命傷だと、

そう確信できるほどのダメージとなっていた。





テイガーは迷い無く攻撃を実行し、

そして攻撃方法である右の前足を、

ガスタに突き立てながら振り切った。


前足が齎すテイガーの腕力と全体重を乗せた攻撃は、

そのままガスタを横へ吹き飛ばすに充分だった。


突き刺さる魔力斬撃ツメが腕の振りと同時に、

更に内部と外部を切り裂き拡がる。

その魔力斬撃が振りの勢いで引き抜かれると、

更に流血をしながら大狼姿のガスタが、

地面を削るように吹き飛ばされた。


それでも空中で体勢を整え、

地面を噛むように前足の鉤爪と魔力斬撃ツメで、

横倒しになりながらもすぐに停止し、

飛びそうな意識を保ちながら、

ガスタは体を起こそうとした。


テイガーの豪腕での前足攻撃で骨が、

鉤爪と魔力斬撃の攻撃で内臓が、

その傷が流血と痛みを引き起こしながらも、

すぐに立ち上がろうとした。


それを許してくれるテイガーではないのは、

ガスタも重々に承知していた。



『――……死ねぇッ!!』


『クッ!!』



吹き飛んだガスタに対し、

既に行動を起こしていたテイガーは、

ガスタの眼前へ右の前足を再度振り下ろした。


今度はガスタの脳天、頭蓋に狙いを定めて、

魔力を込めた鉤爪を振り被り、振り下ろす。


四足を踏み締めたガスタが、

流血する身体を無理に動かし、

更に流血を促しながらも飛び避ける。


大虎となったテイガーの腕力は、

体重と掛け合わせても獣化ひとがたの状態の数倍以上。

それはガスタも同じだったが、

大虎のテイガーと大狼のガスタでは、

魔獣化ビストした際の特化内容が違っていた。


大虎の魔獣化ビストが有する最大の利点は、

四足猫獣特有の敏捷性とバランス感覚、

そして牙と爪を利用した破壊性能の向上。


大狼の魔獣化ビストでの最大の利点は、

その嗅覚・聴覚・全感覚の鋭敏性の向上と、

素早く高速での動きを可能とする、

肉体構造の変質と筋肉性能の向上。


だからこそ、

本気で避け逃げる大狼のガスタに、

大虎のテイガーは追いつけない。

そして流血させながらも、

テイガーとの距離を開ける為に、

ガスタが初めて『逃げる』姿勢を見せた。


今まで立ち向かう為の構えから、

逃げる為の構えに変更したガスタを、

テイガーは決して笑わない。

むしろ冷静な状況判断の早さに、

歯軋りを生み出す程に牙と顎を食い縛らせた。





大虎であるテイガーの嗅覚性能は、

大狼であるガスタの嗅覚より遥かに劣る。

それでも人間よりは優秀な嗅覚だったが、

犬獣族や狼獣族の嗅覚と違い、

正確に嗅ぎ取った相手の匂いを追えず、

周囲との匂いの嗅ぎ分けが非常に難しい。


どちらかと言えば魔力感知での動向、

そして髭による微細な空間振動の察知、

そして視覚情報を頼った狩りの仕方を、

虎獣族であるテイガー達は行ってきた。


そんな彼等の視界から、

標的が遠ざかれば遠ざかるほど、

目標である相手の発見が困難になる。


ガスタは今、完全に逃げている。

だからこそテイガーは、

逃げという手を打ったガスタを全力で追っていた。


そして幸いとも言うべきなのは、

テイガーが自ら負わせたガスタの傷こそ、

テイガーの追跡を可能にしていた。


僅かに残る地面や草木に残る流血痕。


つまりガスタが流す血の匂いで、

そして視覚としての追跡を可能にし、

犬や狼に劣った嗅覚でもガスタの追跡を容易くした。


テイガーは確信しつつあった。


この大虎テイガー大狼ガスタの勝負、

必ず勝てる、と。


奥の手を隠し続けてきた虎獣族じぶん達と、

奥の手すら隠さず強さを明かし続けた狼獣族ガスタ

その実力差が明らかになった以上、

もうガスタはテイガーに勝てる手段を持たない。


その考えに至れたのは、

今まさに逃走している、

ガスタの姿のおかげだった。


対抗手段があるのならば、

こうなる以前に決着をつけようと動いていたはず。

それも無く相対し続けてきたのは、

テイガーの隙を突いた不意の攻撃で、

劣勢的状況を看破するしかなかったからだ。


それが不可能な傷を負った為に、

ガスタは勝てる見込みが無いと判断し、

早々に逃げ出した。





だからこそテイガーは、

この戦いの勝利を確信した。


同時にテイガーが歯軋りを起こす理由は、

『ガスタが逃亡する』という結果で、

自分や虎獣族に起こる不利益だった。


セヴィアリュシアは警備隊長達に、

こう言っていた。



『……それと、そうね。もし私が見誤っているとしたら。もし今の警備隊長あなた達の中でガスタを討ち取れる者が居たのだとしたら、こうしましょう。その者の部下として私は寿命を迎えるまで付き従い、忠誠を誓うと同時に、その者は次期警備隊総隊長に就くということでいかがでしょうか。ヴェルズェリア様』



そう。セヴィアリュシアは報酬条件として、

『ガスタを討ち取れる者』という条件を付けている。


つまりガスタの逃亡を許してしまえば、

討ち取れたとは言えずに

セヴィアリュシアの忠誠を得られない。

それはつまり、

虎獣族という種族に縛られた鎖を、

解ける機会を逸してしまうということだ。


だからこそテイガーは必死に、

逃走するガスタを追っていた。

虎獣族を衛士の一族(あの女)から、

自分達一族を呪縛から解放する為に。





必ずテイガーは追ってくる。


高く生える大木の頂上付近で、

遠目から観察するセヴィアリュシアと、

そして追われている大狼ガスタが、

同じ発想に至っていた事を、

テイガーはこの時に知る由も無かった。


セヴィアリュシアは気付いていた。

ガスタが逃亡する先を。


ガスタは知っていた。

逃亡先に何があるのかを。


離反し離別したはずの師弟が、

同じ思考を伴った状態で、

同じ思考の元に策を用いるというのは、

皮肉めいたものでもあった。


この二人に思考的差異があるとすれば、

力量を測る為のセヴィアリュシアと、

打開策の手段を実行する為のガスタ、

その僅かな差異だけだった。





*





大虎状態のテイガーは追跡しながらも、

やはり大狼状態のガスタとは速度に差が出てきていた。


全長が七メートルほどの大きさで、

筋骨が太く強化された大虎のテイガーでは、

移動速度も然る事ながら、

障害物となる木々をすり抜ける時に、

その巨体が移動を阻害させていた。


大狼状態のガスタも全長は五メートルだが、

その体は太いという言葉で表せず、

どちらかと言えば『しなやか』という言葉で表せた。

美しい毛並が柔らかな筋骨に覆われ、

逞しさより柔らかさを見た者には抱かせる。


故に五メートルという体格ながらも、

大狼ガスタは大虎テイガーより遥かに速く移動できた。





テイガーは視界の端に捉えている、

負傷したガスタが流している血を見て、

僅かに視界を細めた。


ガスタの流血が少なくなっている。


それはガスタが自然治癒を行いながら、

逃亡しているということを表していた。


魔獣化ビスト状態の者達は自然治癒力が高い。

敢えて魔術を行使せずとも、

しばらく魔獣化ビストしたままの方が、

身体を巡る魔力が身体を自然に治癒してくれる。

それが魔獣化ビストの恩恵でもある。


ガスタの流血が少なくなるというのは、

同時に逃亡速度も上げているという事に気付き、

テイガーは最早、形振りを構わずに突進した。


木々に身体を衝突させながら、

高い茂みを突っ切るように突破し、

出来る限り直線上にガスタを追う。


そうやって追うテイガーは、

流血する跡が消滅した事を確認し、

傷を完全に癒したガスタに歯痒い気持ちを感じつつも、

僅かに香る血の匂いを頼りに、

ガスタの追走劇を続けた。





その追走劇の果てにある風景に、

テイガーは目を見開いた。



『――……此処ここは……』



森を突き抜けた先に広がる風景と景色に、

テイガーは驚くように視界を広げた。


生い茂る森がひらけたように無くなり、

ヴェルズ村の警備隊本部に備えられた、

訓練場並の大きさで芝が広がる場所がそこはあった。


その場所は、テイガーが知らない場所だった。


樹木人トレントの森を完全に抜けた先にあり、

進行上、獣道からも正道となる細道からも逸れている為に、

特定の人物達しか知らない場所を、

テイガーが初めて知った瞬間だった。


この場所を知っている者は、

この場に居る人物ならば二名だけ。


一人目が『衛士』セヴィアリュシア。

今まさにその場所を、

遠目から観察している彼女だった。


そして二人目が、

テイガーの進行先に佇むように二足で立つ、

狼獣族のガスタだった。


二人は知っていた。

この場所に拓けた広場がある事を。



「――……やはり大虎その姿だと遅いな、テイガー」


『……ガスタ、貴様……』



魔獣化ビストした姿から獣化ひとがたに変化し、

二足で芝の上に立つガスタは、

まるでテイガーを迎えるように、

体の正面をテイガーに向けていた。


その姿にテイガーは疑問を浮かべた。


ガスタは逃亡していたはずなのだ。

それなのに何故この場で、

待つような事をしているのか。

その答えをテイガーは持ち合わせていなかった。


しかし持ち合わせない答えより、

この機会をテイガーは優先した。


逃亡を止めた今のガスタであれば、

容易く討つ事ができる。

そして虎獣族どうほうに絡む衛士の呪縛を、

打ち破る事ができる。

この絶好の機会を、

テイガーは見逃す事はできなかった。

いや、見逃せなかったと言い替えるべきだろう。


そう行動するように縛る事こそ、

セヴィアリュシアが置いた言葉の布石であり、

同時にガスタが劣勢状況を打開する為に与えられた、

最後の機会でもあったのだから。





魔獣化ビストを解除しないテイガーは、

数十メートル以上先にいるガスタに対して、

四足を芝に噛み締めて力を込める。


ガスタに再び魔獣化ビストさせず、

獣化したまま仕留めるタイミングを計る為に、

テイガーは隙と呼べるものを窺っていた。


しかし、ガスタに隙が生まれない。


逆に目の前のガスタからは、

徐々に魔力が膨れるように膨大化し、

存在感を強くさせているように感じた。


それは魔獣化ビストした大狼の姿の時より、

遥かに強い気配をガスタが宿し、

野生的な勘を得ていたテイガーが、

野生の警笛を鳴らした瞬間だった。



「――……テイガー、お前は言ったな。我々が『魔獣化ビストという奥の手を隠さない愚かな狼獣族しゅぞく』だと」


『…………ッ!!』


「一つ、誤解だと訂正しておこう。――……狼獣族は、そもそも魔獣化ビストの姿こそが原初となる姿であり、本来はあの姿こそが自然体だ。あの姿は強くなる為の変身でもなければ、『奥の手』などと呼べる姿ではない」


『……なん、だと……』


「『人化』『獣化』『魔獣化』、この三つの姿を狼獣族は持つ。『人化』は人と、人の姿に似る者達との交わりを生む為。『獣化』は人との交わりで獣の姿を保つ為。『魔獣化』は人との交わりから野生へ"戻る"為。それが我々が行っている、擬態の正体だ」



そう話し続けるガスタの気配が、

更に増大していく事を、

野生の勘を警笛させるテイガーは驚愕して見ていた。


一瞬、テイガーは逃亡を考えた。


言い知れぬ不安を抱えたテイガーが、

逃亡を考慮しなければならないほど、

目の前で立つガスタの姿からは、

危険だと感じさせる何かを訴えかけられる。


しかしテイガーは逃げられなかった。


ガスタを討つ事こそが、

虎獣族という種族の悲願に繋がるのだという、

その理性的な部分が、野生的部分を拒否させていた。


野生的な部分を受け入れていれば、

テイガーはこの後の光景を、

目にせずに済んだのか。

それは当事者達にさえ分からなかった。


ガスタは驚愕し表情を強張らせるテイガーを他所に、

そのまま喋り続けた。


これから行う事を、

あらかじめに説明しておく為に。

そうする事こそが、

テイガーという立派な獣族の戦士であり、

自分の幼少時の師でもあるテイガーに対し、

敬意を示す為でもあるかのように。



「私は十数年という年月をかけ、魔獣王フェンリル様のもとで修練を積んだ。私はの王の下で、自分の未熟さを思い知らされた。私など、まだ狼獣族どうほうの中では赤子のような存在だったのだと、な」


『……貴様が、赤子も同然だと……?』


「そうだ。それほど魔獣王フェンリル様の下に居た狼獣族どうほうは強かった。……私は世界の広さを知れた。そして、狼獣族われわれが本来戦うべき"姿"を、彼等に教えられた」


『……馬鹿な……お前は、貴様は……狼獣族きさまらは……なんだと言うのだッ!!』


「――……私は、魔獣王フェンリル様の眷属である、魔狼オオカミだ」



そうガスタが言い放った瞬間、

ガスタの周囲に一つの閃光が拡がった。

同時に幾つもの閃光がガスタの周囲に拡がり、

バチッ、バチッという音を鳴らし続ける。


その音と共に吹き荒れる風が周囲の空気を荒らし、

周囲の森全体が騒ぐように木の葉を揺らす。


何が起こっているのか、

テイガーには理解できなかった。


目の前のガスタが取り巻く魔力が、

その閃光と奇怪な音を鳴らしている事は、

テイガーにも理解できた。


しかし奇怪な音の正体が何なのか。

ガスタの周囲に一瞬だけ光り、

その一瞬で消える魔力の閃光の正体が何なのか。

それがテイガーには理解できなかった。





ガスタの周囲を纏う魔力の光。


その正体は、

ガスタが発する高密度の魔力で、

空気中の個体や気体が熱量を帯び、

それ等の物質が分離し、

更には電離した状態の物質。


前世まえの世界では、

『第四物質』とも言われていたそうだ。


前世の俗物的な言葉で伝えれば、

これは『プラズマ』と呼ばれた物質でもあり、

この世界の知識としては、

『雷』と呼ばれる現象でもあった。


そう、ガスタが纏っているのは『プラズマ』。

同時に『雷』という現象として、

この世界では置き換えられている。


『魔獣王』と呼ばれる到達者エンドであり、

八つの属性エレメントに準えられる中で、

魔獣王は『雷神らいじん』フェンリルとも呼ばれている。





『雷神』の末裔、その子孫である狼獣族。


彼等は得意系統とする魔術属性は、

一般的には『風』だと言われている。


しかし、実際は違った。


彼等は風という『現象』を魔力で生み出し、

魔術で扱っているのではない。


周囲の空気中に漂う『物質』を、

自身の魔力で生み出す熱量を用いて、

それで生み出した物質を操る事を得意とし、

同時に特異の能力としても活用する種族だったのだ。


その事実を知るのは、

極一部の種族や人物達、

そして魔獣王フェンリルに直接仕える狼獣族しか、

知られていない事実だった。





*





そんな事を知ることもできず、

また理解する機会を得る前に、

驚愕するテイガーに対して、

ガスタから言葉が告げられた。



「――……これが、狼獣族われらが戦いに纏う姿、『雷狼ボルド』だ」


『……ボ、ルド……だと……?』



ガスタの姿は、狼獣族のままだった。

しかしガスタが身に纏うソレは、

テイガーが答えを得られない謎の光だった。


服のように纏う謎の光(プラズマ)は、

ガスタの皮膚どころか体毛さえ焦がす事も無く、

まるで白銀の毛皮を纏うような装束となっている。


しかし不自然に揺らめく白銀プラズマの装束は、

バチッという音を鳴らしながら、

なびくように衣の布が地面へ触れると、

芝となっていた部分が瞬時に光を放ち、

その場所だけ焼け焦げたように芝が消失し、

土の姿が露になっている。


ガスタの全身に覆われた白銀プラズマの装束は、

一見すればガスタの黒の毛並が、

白銀に変化したようにも見えてしまう。


まさにそれは伝説で語られる、

『魔獣王』フェンリルの銀色の体毛を再現するような、

神秘的で流麗な姿でもあった。


しかしソレと対峙させられるテイガーには、

心臓の鼓動を早め体内の血液が沸騰するような熱さを感じさせるのに、

充分な相手の姿だった。





アレに触れてはいけない。


テイガーの野生とも言うべき直感が、

あの魔力で編まれた装束の危険性を訴えた。


アレに触れた地面の芝が、

一瞬で焼けて消失した光景は、

魔術以上の何かであるという認識を、

正しくテイガーに伝えたのだ。


アレは『魔術』ではない。

アレは『魔法』と呼ばれる領域の代物だと、

直感的にテイガーは悟り、判断した。


その認識と判断に関わり無く、

その危険性の高い装束を纏ったガスタが、

テイガーに向けて歩みを開始する。

一歩、一歩とガスタが歩く度に、

その踏まれた芝の大地は一瞬で消失し、

地面の土を露にさせる光景を見ながら、

テイガーは一歩足を引かせた。


自ら一歩引いた事を自覚した瞬間、

テイガーは歯軋りを起こすほど顎の力を強め、

ガスタに対して吼えるように唱えた。



『――……何故だ。何故その魔法ちからを持ちながら、初めから使わなかったッ!!』



それは虎獣族こじゅうぞくの武衆として、

また獣族の戦士として、

ガスタに対してテイガーが訴えた言葉だった。


それほどの力を持ちながら、

何故初めから使わなかったのか。

わざわざ逃げる素振りを見せてまで、

どうして力を隠したのか。

テイガーはそれを問いたかったのだろう。


しかしガスタから返って来た答えは、

またズレながらも皮肉めいた答えだった。



「お前も言っていただろうに。『奥の手』は隠すものだと。だから隠していた、それだけだ」


『……あの劣勢で、隠し通すつもりだったとでも言うのか……ッ!!』


「ああ」


『ならば何故、わざわざ逃走までしたッ!!そうなる前に、魔法それを使えば――……ッ!!』


「あの女が見ていると知った時、この姿を見せるのは得策ではないと思ったからだ」



ガスタが言う、あの女。

つまりはセヴィアリュシアが、

テイガーとの戦いを観察している事に、

ガスタは勿論気付いていた。

だからこそガスタは、

奥の手である『雷狼ボルド』を使いたくはなかった。


この魔法に近い現象は、

セヴィアリュシアでも初見での回避は不可能。

しかし二度ならば。

二度目にそれを見れば、

セヴィアリュシアは何らかの策を講じて、

雷狼ボルド』に対抗してみせるかもしれない。


それがガスタが抱く危惧であり、

セヴィアリュシアへの嫌悪と憎悪を含んだ、

必ずやるという信頼でもあった。


では何故ガスタは、

今この場で奥の手を見せたのか。



「だがテイガー。お前は強かった。だからこそ出すしかなかった」


『……何故、ここに誘い出すように逃げた』


「この雷狼すがたは多大な魔力マナを使う。今の未熟な俺では、満月の光が満ち落ちる今日、そして光が満ちる場所でしか使えない。あの森の中では月の光が届かない場所が多い。だからこの場所まで誘導した。この姿で決着をつける為に」



満月の光が満ち落ちる日、

つまり満月の日。

そして満月の光が地上に満ちる場所。

それは拓かれ芝が敷き詰められたこの場所。


今その条件に当て嵌まるのは、

確かに二人が立つ場所だった。


森の中では木々の葉が月の光を遮り、

降り注ぐ満月の光が直接当たらない。

夜空には僅かな雲が存在しながらも、

それは月の光を遮るほどの厚みはなく、

今の夜空は星の輝きと共に光を強めているようだ。


今、この状態の満月を背負うように、

ガスタの魔力と身体能力が確実に向上し、

そして『雷狼ボルド』を可能にしていた。


ガスタの説明と状況は、

確かに『雷狼ボルド』を使う条件に当て嵌まる。


しかし当て嵌まるが故に、

嘘を吐くような態度ではないガスタに、

テイガーは不可解で憎々しい表情を浮かべ、

最後の問いを投げた。



『――……何故、俺にそれを話す。それを聞かせなければ、お前の優位は保たれ続けていただろうに……ッ』


「それが貴方の教えだからだ。最初の師よ」


『!!』


「『獣族の戦士としての誇り。それは互いの実力を見せ合った時こそ、初めて対等な戦士となり、戦いとなる。戦士の戦いを邪魔することは戦士にあらず。故に、戦士の戦いを汚してはならない』……だったか」


『……そんな古い事を、覚えていたのか』


「これが貴方に教わった、獣族同士の戦いに対する心構えだ」



ガスタの戦い方を見て、

気付く者は居ただろうか。

ガスタは常に戦う時、

正面から堂々と受けて立っていた事を。


犬獣族の兄妹であるビル・ベルの時も。

蜥蜴族のガスタと、

牛頭族のバズラとの戦いも。

話す事は無かったが、

他に倒された警備隊長達とも。

そして、好敵手である獅獣族のレオンとも。


ガスタは常に、正々堂々と受けて立った。


本来ならば不意打ちを警戒した時点で、

待ち伏せを行う警備隊長達を、

逆に強襲する事も可能だったにも関わらず。


ガスタは常に正々堂々と、

立ち向かう警備隊長達と戦っていた。


それが自分に『戦い』の心構えを教えた、

最初の師である虎獣族である、

目の前のテイガーだったのだから。



「貴方は、虎獣族こじゅうぞくの戦士だ。ならば私も、貴方に合わせた戦い方で立ち向かう事が、『奥の手』を見せる貴方に対する礼儀だろう」


『……その為に、貴様はわざわざ、自分の奥の手を見せたというのか』


「そうだ」


『……フ、フハ……ッ、フハハハッ!!』



そんな理由で自らの奥の手を出した事を、

テイガーは大虎の姿のままで笑い飛ばした。


ガスタはテイガーに勝てないから、

奥の手である『雷狼ボルド』を公に見せたのではない。

例え劣勢と思える状態でも、

セヴィアリュシアに見られる状況の中では、

不利だからという理由だけで、

見せてはいけない奥の手だったに違いない。


しかしそんな事を全て放り、

テイガーに対するガスタの恩義と礼儀が、

その奥の手を見せるに値する理由となっていたのだ。


テイガーも、これには笑うしかなかった。

笑いながら、この男はなんと馬鹿なのだろうと、

使命と焦りで思考されたテイガーの頭を、

一瞬だが吹き払ってしまうほどに。


そして笑いを出し尽くすと、

息を整えながら一度呼吸をし、

身体全体を一瞬だけ強張らせ、

そして空気が抜けるように大虎の姿が萎んでいく。


その光景を見ていたガスタは、

表情はそのままに目だけで驚いている。


そのまま四足の姿から二足に変化し、

ボロボロながらも巻き付くような服を纏いつつも、

全身は黄金色と黒色の縞模様の毛皮を生やし、

三メートル強の体格に戻った、

虎獣族のテイガーになった。


それに対してもガスタは疑問を浮かべたが、

同時にその姿になる意味を納得した瞬間に、

獣化状態に戻ったテイガーが勝手に喋り出した。



「――……その雷狼ボルドとやらの姿、魔獣化ビストしたままでは敵うまい。ただ当たる的がデカくなるだけ、違うか?」


「……やはり、最初の師として貴方の教えを受けたのは正しかった。そう思うよ、テイガー」


「ガスタ、俺も貴様を買い被っていた。冷静に物事を見つめ対応できる者だと今まで勝手に思っていたが、存外に馬鹿だったようだ」


「……レオンにも言われた、俺は馬鹿だとな」


「フッ、その方が良い。馬鹿であるほうが、救われることもある」



そう微笑むようにガスタを見るテイガーの目が、

昔に見た師の視線だということに、

ガスタはすぐに気付いた。


今までのように血気を宿す雰囲気が薄れ、

何か憑き物が落ちたような表情と雰囲気を、

テイガーは戻していたのだ。


だからこそガスタは最後に聞いた。

これがテイガーに向けた、

ガスタの最後の問いだった。



「――……教えてくれ、テイガー。あの年、あの日、リュイが死んだ時に何があった。リュイはどうして死んだ。何故リュイを含む新兵達が村の周囲へ哨戒に出た。必要なかったはずだ。……教えてくれ」


「……知ったところで、死んだ者は、リュイは戻らん」


「俺はそれを知る為に、今、このいまわしき場所へと戻った。教えてくれ、最初の師よ」



幼き頃の師に対して、

幼き頃の弟子が問うように答えを求める。


必死の目を向ける幼き頃の弟子に対して、

幼き頃の師は目を伏せて、

溜息を吐き出しながらも話してくれた。



「俺は知らん。残念ながらな」


「……そうか」


「だが、貴様が去った日からか。セヴィアリュシア殿は何かを探すように村の中と、そして周囲の村々へ動く事が多かった。しかも部下や我等を使わず、自分の足を使ってな」


「……何かを、探す?」


「我等もそれに気付き、手を貸すべきかを聞いた。だが拒絶された。それに関連するように、当時ヴェルズ村に在留していた警備隊員達、特にヴラズとバズラ、脱退していたピーグにも、何かを口止めさせていたことを知った」


「警備隊や、リュイの馴染み達に、口止めを……?」


「それから少しして、リュイの父親が老いて死に、独り身となってしまったバラスタを、すぐにセヴィアリュシア殿が引き取り、育てることを自ら買って出た。我等が反対の言葉を述べても意に介さずに、な」


「……バラスタを、あの女が引き取った、だと……?」


「始めこそ、貴様の息子はセヴィアリュシア殿に敵意を剥き出しにしておったよ。何度も何度も、腕や足へ噛みついてな。……だが、バラスタが二十の歳に警備隊に入って少し経つ頃。急にバラスタが、彼女に好意的な感情を向けていると分かった。その時からバラスタ自身の性格も丸くなり、果ては夫婦めおとになっていた。我等全員、どういう事なのかと驚愕し疑問に思ったものだ」


「……どういうこと、なのだ」


「どうもこうも、それが貴様がいない間に起きた事だ」


「……そう、か」



テイガーの話す事柄はガスタに対して、

精神的衝撃を与えるには充分だった。


そしてガスタが見た光景は、

正しくそうだったのだと、

再認識をさせられた。


自分の息子に似た匂いを持つ金髪の半獣族の少年、

そしてその子供の手を引くセヴィアリュシア。


あれは自分の勘違いなどではなく、

あの少年こそがバラスタの息子であり、

そしてセヴィアリュシアの息子でもあるのだと、

ガスタは認めるしかなかった。


そして思考した考えを伏せた目と共に開け、

ガスタは正面に居るテイガーに意識を向け直した。

この先の事はセヴィアリュシアに直接問い質すしかない。

そう割り切った判断をガスタはすぐに行えたのだ。


そして問い質すより先に、

ガスタにはやるべき事があった。


それは目の前の恩師と、

この戦いの決着をつけるという、

獣族の戦士としての責務だった。


互いが互いの為に戦おうと動き、

奥の手を晒し合い、

手の内を晒し合った。



「……ありがとう。我が最初の師、テイガーよ」


「……さらばだ。我が元弟子、ガスタよ」



狼獣族ガスタ虎獣族テイガー


最後にそう呼び合った二人は、

互いの視線が獣族の戦士の目へ豹変させ、

同時に構え、

同時に飛び出して襲い掛かった。


獣族の戦士としての戦いを、

互いの生死を賭けた戦士の戦いを、

終わらせる為に。





語るべき言葉を交わ終えた二人には、

戦士の決着だけが残っていた。





『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!


誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)


ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ


この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。


https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/

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