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『赤瞳の戦姫』~転生したらオークに拾われました~  作者: オオノギ
幼少期 第二章二節:復讐者(前編)

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第089話 虎に絡む鎖


前世まえの世界には『トラ』という生物が居た。


食肉目ネコ科ヒョウ属と人間に分類された彼等は、

地球の陸上生物の中で数えられる肉食動物の中でも、

『最強の食肉類』の一つにも数えられていた。

地球上では20世紀において、

人類の生存権を脅かす害獣として処理され、

絶滅が危ぶまれた生物でもある。


彼等は基本的に単独での行動を旨とし、

群れを成す場合は繁殖期でしか見られない。


太古には『神』として崇拝された経緯もあり、

『百獣の王』と聞けば獅子ライオンを連想する者達は多いが、

原初の時代には『百獣の王』と呼ばれた食肉類の動物は、

本来はトラであったとも伝えられている。





今世いまの世界で虎と類似する生物は、

魔獣と魔族にも存在していた。

そして太古の魔獣種の虎には、

王虎おうこ』と呼ばれる到達者エンドが存在した。


二つの尾の中に棘を隠し、

王級魔獣キングを喰らい続けて100万の命を得た『王虎』は、

黄金の毛皮に黒い紋印しるしを刻んだ様相を持ち、

魔獣種の中でも異質な存在だった。


その様相の為に、虎に似た外見とされているが、

様々な文献や残された資料には、

獅子にも似たたてがみと尾を有していたともされている。


後に魔獣王と評し語られる到達者エンド

『魔獣王フェンリル』と対を成す存在と云われ、

その猛威を全大陸の生物達に対してえた。


『王虎』は古の時代の人間達と魔族達、

そして精神体と云われる種族達と敵対し、

最後には対となるフェンリルに狩られ喰われたと、

伝説上の逸話では残っている。


全大陸から『王虎』の名は消え、

代わりに『魔獣王フェンリル』の名が歴史上に刻まれたのは、

必然とも言うべき状態だった。


そののち魔獣王フェンリルは、

人間・エルフ・銀狼と関係を持ち、

その子孫を産み落とした。


銀狼から産み落とされた子孫は、

魔獣であり希少性の高い銀狼フェンリル種という魔獣に。

そして人間とエルフとの子孫が、

現代では『狼獣族ろうじゅうぞく』と呼ばれる、

魔狼で在りながら人の形を成せる魔族となった。





そうして『魔獣王フェンリル』の影に消えた『王虎おうこ』だったが、

主に大虎タイガ種の魔獣種達の中には、

あらゆる生物との交配を試みた者達が残し、

現在存命している王虎の子孫と言われる種族は、

魔獣種に複数種類と、

魔族で二種類に数えられる。


特に存命している二種類の魔族。

それが狼獣族ろうじゅうぞく対等ついとう種族と呼ばれる、

獅獣族しじゅうぞく虎獣族こじゅうぞくという食肉獣族であり、

その『王虎』の子孫である種族だとわれている。


ただ、その子孫のほとんどには、

王虎の存在さえ残し伝えている者達は、

極めて少数の部族や氏族だけだろう。





狼獣族オオカミ獅獣族ライオン虎獣族トラ


この三竦みはそれぞれ距離を保ちながらも、

遺伝子と血に残された何かが訴えるように、

互いの打倒を宿願としながら、

同時に宿敵として好ましく見る者達も多く、

長年に渡って争いを続けた歴史も今世では見られる。


それが魔族であり獣族に類されている、

戦闘種族の獣族で最も強いと伝えられる者達。

そんな彼等を太古の人間や魔族は、こう呼んだ。


魔獣族まじゅうぞく』と。





今夜、レオンという獅獣族ライオンが、

ガスタという狼獣族オオカミに破れ、

勝ち残った狼獣族は虎獣族トラと対峙する。


狼獣族ガスタ虎獣族テイガー


魔獣種族の争いにおいて、

その一つの決着が今まさに、

この夜に行われようとしていた。





*





風が吹き荒れる森の中で、

異質な音が響き渡る。


その音の正体が何であるかを知るのは、

その戦闘をやや高く伸びる大木に登って観察している、

ガスタが追っていた正体の弓手、セヴィアリュシア。

そしてその付近で傷を癒していた、

獅獣族のレオンだけだった。


二人は確信していた。


現警備隊の中でも群を抜いた戦闘力を有する、

虎獣族の現族長であるテイガーと、

旧警備隊の中で最も才能に長けていた、

狼獣族の族若頭だったガスタが、

ついに戦いを開始したのだと。


セヴィアリュシアはその戦いを弓兵の視線から観察し、

今のガスタの実力を測っていた。


セヴィアリュシアが警備隊長達の目の前で、

ああも高らかにガスタの実力を喧伝したのは、

ガスタの今の実力を知る為でもあった。

彼等には本気でガスタと戦ってもらわなければ、

今のガスタの実力は量れないと思ったからだ。


その予想は悪い意味で当たっており、

ほとんどの警備隊長達が、

30年前のガスタにさえ劣る動きを見せ、

ほとんどが本気のガスタを引き出す前に倒れた。


それ等の現警備隊長達に対して、

セヴィアリュシアは失望などしていない。

こうなるのが当たり前の結果だという、

そう確固たる自信があったからだ。


何せセヴィア自身も、

今のガスタには一度だけ倒された。

アイリ達を守ろうと阻んだ時、

魔力減衰症を患い魔力を振り絞って魔術を放つ瞬間、

気配に気付きながらも視線さえ向けられず、

セヴィアはガスタに魔力封殺ブレイクで昏倒させられた。


あの時のセヴィアは、

目の前に居たナニガシとヴェルゼミュートに対して、

最大限の警戒をしていた為に、

油断してそういう事態になったと思う者もいるだろう。


しかし警戒していたからこそ、

セヴィアはアレが自分の油断ではなく、

ガスタの実力を持って成された奇襲だったと、

自信を持って言えたのだった。



「――……さぁ、テイガー。貴方の実力をもってしても、ガスタの実力の全てを引き出せるかしら」



セヴィアは視線を細めながら、

呟くようにそう言った。


それはセヴィアリュシアの言葉にしてみれば、

テイガーの実力を評価しているからこそ、

期待を込められた言葉でもあった。


ヴェルズ村、警備隊隊長頭。

虎獣族の現族長のテイガー。


それは紛れもなく、

現在のヴェルズ村の獣族の中で、

最強の獣族の名前だった。





今から200年より前。

つまり王都が聖剣の持ち主による強襲で崩壊し、

魔王ジュリアが誘拐され、

配下である幹部達が悉く敗れた時代。


現在のヴェルズ村、

過去の元奴隷達の村に、

療養の為に身を寄せたヴェルズ達を狙い、

魔大陸の各地でくすぶっていた魔族達が、

魔王勢の生き残りを討ち倒そうと

それぞれに一斉の反旗を立てた。


それは魔王ジュリアという桁違いの存在により、

抑えられていた戦闘種族達。

魔大陸では屈強に数えられる者達が起こした、

魔大陸の内乱とも言うべき事態だった。


その中でも特に手強いと思われたのは、

青鬼ブルーオーガと呼ばれた大鬼オーガ種と、

獅獣族の戦士部族達。

そして虎獣族の武衆部族達だった。


青鬼族は一度目の攻勢をドワルゴン配下の魔獣達に阻まれ、

それ以後に関しては静観を決め込んだ。

どうやら青鬼族の一部の者達が勝手に起こした事で、

青鬼族全体としては、

ドワルゴンやヴェルズに対して敵対する気はないらしい。

それは彼等を束ねていた、

鬼王の意向を汲んでの事だったのだろう。


獅獣族の戦士部族達は、

魔王ジュリアに勝手に結ばされた盟約により、

魔族同士の争いを禁じられた故に、

その鬱憤晴らしに近い形で、

各地域に喧嘩同然の縄張り拡張を目論んだようだ。

その余波をヴェルズ村も受けた形になる。





その中でも虎獣族は明確に、

そして確実にドワルゴンとヴェルズの命を狙う為に、

一丸となって同族の中でも実力者である武衆を集結させ、

元奴隷達の村へ侵攻を開始した。


虎獣族は『獣族』としての誇りが高く、

エルフやドワーフ、オークやオーガ、

そしてゴブリンなどの種族などよりも、

魔獣を祖とする者達が強く優秀だという、

『獣族至上主義』を持った種族だった。


獣族こそが生物社会においての頂点であり、

その他の生物達は劣化種族だという、

そういう認識を持つ者達が非常に多い。


だからこそ、ハイエルフやエルフ族が中心となり、

魔大陸の中央を統べる体制となった状態を、

虎獣族は最も嫌悪していたのだが、

彼等も流石に吼えるばかりの野獣ではなく、

魔王ジュリアという存在を最大に警戒していた。


更に配下に治まっていた悪魔公爵バフォメット

そして多くの魔物と魔獣を従える最強の戦士(ドワルゴン)

そして王都を率い支持者の多い大魔導師ヴェルズェリアを、

誰よりも厄介だと感じ、機を逸していた。


だからこそ、魔王ジュリアが消息を途絶えさせ、

その配下で最も厄介だった悪魔公爵が消え、

ドワルゴンとヴェルズェリアが負傷した状況は、

虎獣族達には好機だと捉える事ができた。





当時の虎獣族達のその読みは、

確かに当たっていた。

あの時、あの状況こそが、

魔大陸の情勢を崩す上で最も好機だったと言える。


しかし彼等は知らなかった。


侮っていたエルフ達の中にも、

武に長けた者達が居る事を知らなかった。

いや、そのエルフ達が『知られない』ように、

努めていたからこその油断だった。


ライアット氏族というエルフ部族の裏で、

常に『影』として存在し続けたエルフ部族。

衛士ガーディアン』の一族の存在を。





当時の虎獣族の武衆達は、

獅獣族と青鬼族などの一部の者達を中心として誘い、

魔大陸南部を除く魔族達に声を掛け、

元奴隷達の村へ侵攻を企てた。


そしてそれ等の他勢力を囮にしながら、

虎獣族はヴェルズ達が匿われる、

村の目前まで辿り着く事に成功した。


しかし、その目前で相対する事になったのは、

数十名のエルフの剣士と魔術師達。

軟弱そうなエルフの腕と足の細さに、

嘲笑いながら相手をしようと虎獣族の武衆が迫ると、

その目の前を静かに立ち塞いだ、

たった二人のエルフの女性剣士に、

僅かな時間で虎獣族の武衆は全て敗れ去った。


たった二人の女剣士を前に、

百以上の虎獣族の武衆が倒れた。


その事実は当時の虎獣族達には、

理解できる間さえ与えなかっただろう。

屈強な身体と腕力を有し、

剣以上に鋭い爪と牙を持つ虎獣族じぶんたちが、

どうされて敗れたのか理解できる間が無かった。


二人のエルフの女剣士であるうちの、

セヴィアリュシアの姉サラディシュテアが、

敗れて地に伏せた虎獣族の武衆に、

トドメを刺す為に剣を向けた。


虎獣族の武衆達全員が、

何も理解できないままながらも、

死を迎える事だけは悟れた。


しかしそれを止めたのは、

エルフの女剣士の妹セヴィアリュシアだった。

妹は姉に何かを告げると、

姉は大人しく剣を引いた。


そして倒れ伏した虎獣族達に、

妹セヴィアリュシアが歩いて迫る。

そして虎獣族達に対して、

微笑みながらセヴィアリュシアは言った。



『――……貴方達は、戦って死にたいのよね。このように、戦いにもなっていない不様な状態で、滅ぼされたい……というわけでは、ないのよね』



それを聞いた虎獣族達は、

この時にハッキリと悟った。


剣士である彼女達二人にとって、

あれは『戦闘』ですらなかったのだと。


精鋭を揃えたはずの虎獣族の武衆が、

戦う事すらできずに敗れたのだと。

虎獣族としての誇りを持った全員が、

その誇りと共に自身の驕りを全て打ち砕かれた。


自信と誇りを砕かれ絶望する虎獣族達に対して、

セヴィアリュシアは微笑みながら言葉を続けた。



『もし戦って死にたいのならば、私達が『戦い方』を教えましょう。死に方も貴方達で選べるわ。でも、教えなど要らないというのであれば……。少し勿体無いけれど、私達が、貴方達のように可愛らしい種族ネコを、全て滅ぼしてあげるわ』



微笑みながら告げられる言葉は、

事実上の降伏勧告だった。


受け入れなければ、自分達が死ぬと同時に、

この悪魔のような笑みを浮かべる女剣士達が、

虎獣族という種族を根絶やしにする為に動く。


当時の虎獣族を率いていた部族長達は、

全て首を跳ねられていた。

女剣士の姉サラディシュテアに、

一瞬で首を跳ねられたのだ。


その部族長達の血縁者を含めた者達は、

部族の頭と呼べる者達を一瞬で失ってしまった。

倒れ残っている自分達でさえも、

女剣士の妹セヴィアリュシアの剣筋で、

足と腕の腱を全て丁寧に幾重にも切られた上で、

首しか自由に動かせない状態になっていた。





獣族至上主義を持つ虎獣族。


そんな彼等に今すぐ選べたのは、

目の前で微笑む規格外バケモノ達に、

付き従う事だけだった。


その恐ろしい出来事は、

ヴェルズ村に住む虎獣族達に、

深く語り継がれている。


『あの剣士の姉妹の一族には何があろうと逆らうな、滅ぼされたくなければ……』


それが虎獣族に堅く結ばれ、

語り継がれていった制約だった。





エルフの歴史において、

『影』として存在し続けた『衛士』の一族。


その末裔の一人であり、

旧当主である姉サラディシュテアの、

更に『影』として存在し続けた妹。


『影』の『影』を徹してきたセヴィアリュシアが、

口元を微笑ませるようにしながら、

虎獣族トラ狼獣族オオカミの戦いを見守っていた。





*





「どうした、ガスタァッ!!」


「――……ッ」



静寂の森の中で轟音の元凶となっているのは、

虎獣族テイガーと狼獣族ガスタの戦いだった。


その戦いはまさかの、

虎獣族テイガーの優勢で進んでいる。


今までの警備隊長戦では、

苦戦すら見せなかったガスタが、

まさかの苦戦を強いられていた。


それもそのはずだった。


ガスタの現在の速さと力に対して、

圧倒するようにテイガーが勝っていたのだ。



「フゥウウヌッ!!」


「グ……ッ」



繰り出される攻撃全てが、

先程のレオンよりも明らかに上。


レオンの攻撃を紙一重で避けていたガスタが、

何度も防御姿勢となって攻撃を受けていた。


横から迫るラリアット姿勢の腕力の攻撃、

その受けた殴打の破壊力を受け流し、

ガスタは衝撃を逃がすように、

殴打自体を腕で防御しながら、

衝撃となる向きへ飛んで衝撃の威力を回避する。


まともに地面に足を噛ませたまま受ければ、

防御したガスタの腕の方が折れていた。

踏み込んで受けたとしても、

受けた瞬間にテイガーの別の腕と脚から、

次の攻撃が繰り出されている為に、

下手に受けると連続で防御させられ、

自分が攻撃の構えをできない。


そう、テイガーの攻撃は速い。


蹴り出される右足の攻撃を受けた瞬間には、

左足の攻撃が飛ぶように迫って直撃している。

更に脚力・腕力も尋常ではなく、

あのガスタでさえパワー負けしているのだ。


今の時点でのガスタでは、

完全に身体能力の差でテイガーに負けていた。

先程の警備隊長達との戦いとは、

真逆の事がガスタに起きていたのだ。



「――……テイガー。お前はいつ、それほど強く……」


「ほぉ、まだ喋る元気があるか」



受けた衝撃で吹き飛んだガスタは、

地面を爪で噛みながら停止し、

驚くように呟いた。


テイガーの正面で腕と拳を固めたガスタが、

吹き飛んだガスタの呟きを聞いて、

口元を吊り上げながら答えた。



「『前のおまえは、そこまで強くなかっただろう』とでも言いたいんだろうな。――……馬鹿な狼小僧だ」


「なに……?」


「レオンの獅子小憎も、お前も。あの村で……警備隊で見せた俺が、その全てが俺の実力だとでも思ったのか?」


「……実力を、隠していたのか」



テイガーの物言いを理解したガスタは、

その事実を初めて聞かされたのだ。


幼少時に村の子供達に訓練を施した、

目の前のテイガーなる虎獣族の男は、

当時のガスタから見れば確かに強かったが、

子供達が成長すると共に印象は薄くなり、

『手が届かないほどの強者ではない』、

という総合的な評価へ変化していた。


しかし強さよりも人格的な部分が良好で、

幼少時の師としても、

警備隊の小隊長・隊長としても、

年若い者達の成長へ導ける良き師ではあったと、

ガスタは今までテイガーの事を評価していた。


だからこそ今のテイガーの強さが、

ガスタには腑が落ちない。



「……何故、実力を隠していた。それほどの強さなら、すぐにでも警備隊長頭に……あのミコラーシュよりも、良き総隊長に成れただろうに」


「それをお前が知って、どうする?」


「別に、ただの好奇心での質問だ」


「好奇心か……フッ、ハハハッ!!」



ガスタの質問に対して笑うテイガーは、

笑う口を閉じてから目を一度伏せた。


それから何かを喋るのだろうと、

そのテイガーの隙となる瞬間を狙ったように、

目を伏せたテイガーにガスタは瞬間に迫る。


ガスタの飛び掛る速度は、

瞬間速度で音速を超えたにも関わらず、

目を伏せたままのテイガーは飛び掛るガスタを、

右手で跳ね除けるように打ち払った。


打ち払われたガスタは、

その打撃を腕で防御しつつも、

自分で加速した速度を殺しきれず、

打ち払われた少し先の横側で、

地面を噛むように手の爪を着け、

そのまま戦闘姿勢を維持して停止した。



「――……ッ!!」


「手が古いぞ。その程度の不意打ちで、まだ俺に勝てると思っているのか?」



呆れたように言葉を漏らすテイガーと、

不意打ちを読まれた事にも驚くガスタの光景は、

先程のガスタが続けていた戦いとは、

本当に真逆の光景だった。



「で、質問の答えか。決まっているだろう、そう命じられていたのだ」


「……命じられていた?」


「『衛士』の一族。そして我等、虎獣族の忠誠を誓う御方おかた、セヴィアリュシア殿の命令だ」


「!!」



セヴィアリュシアの名前がテイガーの口から出た瞬間、

ガスタの表情は驚きに染まると同時に、

歯を食いしばるように顎に力を込める。


その名前こそ今のガスタにとって、

憎しみの対象とできる相手だったからだ。


そんな様子のガスタなど気にせずに、

テイガーは話を続けた。



「セヴィアリュシア殿は、200年を超える年月を使い虎獣族われらを鍛え上げた。特に俺達のような部族長の血筋を集中的に。かつて貴様が、あの御方を師事し鍛えられた期間など、虎獣族われらの時間にすれば些細なモノだということだ」


「…………」


「しかし、他の種族ものたちの前で本気を出す事は許されなかった。だが彼女は、ある条件を虎獣族われらに伝えた。『鍛え上げた力は"全力で戦え"と命じた時だけ、使っても良い』とな。……そしてガスタ、お前とは『全力で戦え』と命じられた。だから今は、全力を出している」


「……そうか、噂は本当だったのか。かつてセヴィアリュシアに虎獣族が屈服したというのは……」


「事実だ。そして今日、この日に私が貴様に勝てば、虎獣族われらは彼女の支配から解放される」


「……どういうことだ?」



唐突なテイガーの言葉と意味を理解できず、

ガスタは再び問うように聞いた。


口元をニヤリとさせて牙を見せたテイガーが、

喜々としてそれを伝えた。



「彼女は我等に言ったぞ。『貴様ガスタを討てる者がいれば、その者に忠誠を尽くす』と。つまり虎獣族われらの忠誠を……あの女からの支配を脱する好機が、今まさに、目の前にこうして転がっているわけだ」


「……セヴィアリュシア、あの女め……」


「彼女の考えなど私には分からぬが、よもや遊びでは無いだろう。だがこうして、我等が彼女の支配を脱し、逆に彼女に尽くされる忠誠を得るのならば、これ以上の報酬など無かろうよ」


「…………」



テイガーの話を通じて、

セヴィアリュシアがそんな条件を出して、

先程から襲撃して来る警備隊長達を従えていた事を、

今のガスタは知ることになった。

同時に歯痒い気持ちが膨れ上がり、

ガスタは全てを察した。


今までの警備隊長達は、

今現在の自分ガスタの実力を測る為の、

使い捨ての駒にされていたのだと。


そしてその最後の駒として、

セヴィアリュシアが用意していたのが、

長年鍛え上げてきた目の前の虎獣族テイガーだと、

今のガスタは察した。


そんな条件を出した事自体、

あのセヴィアリュシアにとっては、

遊びでもなんでもない。

ただの駒の一つだという事に対して、

ガスタは憎々しい感情を高めた。


虎獣族が抱いている感情さえも利用し、

対峙させて本気の実力を出させるのが、

セヴィアリュシアの本当の狙いなのだ。


つまりセヴィアリュシアは、

自分がどれだけ強くなったかを、

ある水準までは予想している。


その水準を超えるか超えないか。

それを確認したいが為に、

警備隊長達に二人一組ツーマンセルを組ませ、

多くの戦闘をこなす姿を確認し、

自分ガスタの戦闘を見ていた人物が、

セヴィアリュシアの目と情報になっているということだ。


一人だけ、そんな存在が確かに居たのだ。


警備隊長達が戦いながらも、

それを不自然に援護しようせず、

戦闘を静観しているだけの人物が。



「――……あの弓手がセヴィアリュシアか。警備隊長やつらなど無視し、あの弓手だけを狙うのが正しかったというわけだ」


「今更それを知ったところで、何も変わらぬだろうに。愚かな狼小僧だ。……さて、ガスタよ」



弓手の正体をガスタが言い当てた事に関して、

呆れるように声を漏らしたテイガーが、

纏っている空気を変化させ、

肉体に滾る魔力を更に高めた。


そして今までのような、

『優しい虎獣族の隊長』ではなく、

『虎獣族の武衆』の表情を見せた。


その視線は、非情に冷たかった。



「我等、虎獣族こじゅうぞくの為に……死ねッ!!」


「ッ!!」



右手を握り潰す程に固めたテイガーの拳が、

ガスタの眼前に迫っていた。

その拳に触れてしまえば、

一瞬で砕かれることにガスタが気付き、

回避だけに集中した。


拳に気付いた瞬間に飛び上がり、

跳躍で回避したガスタだが、

その跳躍にさえ追いついたテイガーが、

右手を固めたままガスタの眼前へ迫った。


それに対してガスタは、

右手と左手に瞬間的に魔力を高め、

素早く全力で腕を振るって魔力斬撃をテイガーに飛ばした。


確かに直撃したはずの魔力斬撃は、

テイガーの毛と皮膚を切り刻んだが、

皮膚を切れただけで、筋肉にくにまでは届かない。


ガスタの魔力斬撃ツメなど無視し、

逆に魔力斬撃そんなものを飛ばして隙を見せたガスタに、

呆れると同時に喜々とした表情を浮かべたテイガーが、

拳の射程距離に収まったガスタに、

容赦無く右拳を突き出し、直撃させた。



「あの世でリュイに会って来いッ、ガスタァ!!」


「――……ガ……アァッ!!」



腕でも足でもガスタは防御せず、

腹に撃ち下されたテイガーの右拳を、

まともにガスタは直撃された。


直撃した拳がガスタの体を外部的に破壊し、

内部にも深刻なダメージを及ぼすテイガーの攻撃は、

その衝撃の強さからガスタ自体が吹き飛び、

轟音を鳴らしながら森を削っていく。


しかし、轟音と森を削るガスタが急停止した。


拳を撃ち付けたテイガーは、

確かな手応えを感じたにも関わらず、

ガスタ自らが勢いを殺して停止した事に驚く。


直撃を受けたガスタだったが、

口から吐血し直撃した腹部をへこませながらも、

両足と両手で飛ばない魔力斬撃ツメを生み出し、

地面に深く刺さるように爪で停止したのだ。


停止してからは片方の手は凹んだ腹部に手を当て、

自らの魔力を活性化させて負傷部分を癒している。


ガスタが何の防御動作をしなかったのは、

下手に腕や脚でテイガーの右拳を受けると、

腕や脚を折られた挙句に、

その衝撃で殴り飛ばされた先で停止もできず、

森を更に削る形でダメージを受けた可能性は高い。


だからこそ撃ち込まれる箇所に対して、

敢えて魔力で固めるだけのノーガードで受け、

両手両足の爪を使って停止し、

すぐに傷を癒す姿勢へ移る。


ガスタが瞬時に思考し判断し決断したそれは、

まさに最善の選択だった。





それを遠目で確認したテイガーは、

一撃で仕留められなかった事を悔やみ、

回復を計っているガスタに追撃する為に、

着地した瞬間にガスタが吹き飛んだ場所へ駆けつけた。


まだ回復の姿勢を留めていたガスタに、

テイガーは今度こそトドメを刺す為に、

右手で拳を握り、左手は拡げて指に力を込める。


右手は腕力と速度で加速させ、

そして握力と魔力を込めた砲撃とも言える拳を。

左手は魔力斬撃ツメを作り出し、

更に曲げた指を伸ばして手刀の形になると、

魔力を集約させた魔力の剣を生み出した。


手刀によって形成された魔力斬撃ブレードは、

その切れ味を爪の状態よりも更に鋭くさせ、

左手を振り上げながら横を薙ぎ、

ガスタの身体を切断しようと迫る。


回復を計っていたガスタだったが、

テイガーの左手が成す斬撃の恐ろしさを瞬時に悟り、

回復し終わらないまま立ち上がり、

逃げるのではなく、逆にテイガーに向かって走り出した。


その行動にテイガーは驚きながらも、

左手の手刀をテイガーは振った瞬間には、

ガスタはその手刀自体の攻撃を、

そして手刀の軌道上も避けるように、

地面を這う姿勢で回避した。


ガスタの予想した通り、

避けた軌道をなぞられたテイガーの正面は、

草木の茂みと大木を数十メートル先まで切断され、

大きな音を立てて森に鳴り響き、

その周囲に居た小動物達は逃げるように遠退く。


そして伏せたガスタの姿勢を隙だと判断し、

今度は右拳を打ち下ろすように、

振り上げる動作を省略して、

右手をガスタに向け振り下ろした。


ガスタは地面を這う姿勢ながらも、

手と足はしっかり地面を噛み締めており、

そのまま振り下ろされる拳より先に、

テイガーの体を避けるように加速して退避した。


テイガーの右拳は空振りながら、

振り下ろされた右拳は地面へ直撃し、

凄まじい轟音を鳴らしながら地面をへこませた。

圧縮した握力と腕力、

そして速さと魔力が込められた右拳の攻撃は、

ガブス戦で見せたフォウル並の殴打での威力を再現している。


振り返りガスタを追おうとしたテイガーは、

視線の先にいたガスタを捉えた。

しかしガスタの様子が若干変化した事を、

その初動動作である僅かな動きだけで把握した。


ガスタが『獣化ひとがた』状態から、

魔獣化ビスト』状態に変化した。


ガスタの体格が二メートル弱から、

瞬時に五メートル強へ変化しながら膨張し、

全身の黒い体毛が伸び、

黒の戦闘用装束が魔獣化ビスト用に変化し、

人狼の姿から大狼の姿へ変身した。


変身した大狼ガスタは、

満月の影響で漲る魔力を抑えることはせず、

身体中に漲らせた魔力で全身を身体強化した。


大狼になったガスタを見ながら、

攻勢を続けようとしたテイガーだったが、

固めた手の指を開くように緩め、

軽く数度動かして手の力を脱力させる。


脱力の体勢となったテイガーに対して、

ガスタは睨むように鋭い視線を向けながら、

顔と体の正面をテイガーに向け、

四足の戦闘態勢へと移行した。





大狼の姿で戦おうとするガスタ。

それを見たテイガーは、

鼻で溜めた息を吐き出すと同時に、

小声を漏らした。



「――……狼共は、昔からその手を使う。いい加減、見飽きたというものだ」


『……何が言いたい、テイガー』


「貴様のように、真っ向勝負で敵わないと分かる狼獣族オオカミ共は、そうやって魔獣化ビストし劣勢を覆そうとする。それに見飽きたと、呆れているのだ」



テイガーの『見飽きた』という言葉に、

何か引っ掛かりをガスタは覚えた。

その引っ掛かりが何なのか。

それはガスタ自身で気付く前に、

テイガーがあっさりと教えた。


それは狼獣族オオカミ虎獣族トラの、

接点であり相違点でもあった。



「本来、魔獣化ビストとは『奥の手』として隠すモノだ。俺のように実力を隠す事も、また『奥の手』だろう。だからこそ、ガスタ……そして狼獣族オオカミ共。お前達はそうやって簡単に、そして他の者達の前で魔獣化ビストし、戦いに必要な情報を明るみにさせた。それは、とても愚かしい事なのだぞ」


『……まさか……』



呆れながら述べるテイガーの言葉を聞き、

ガスタに過ぎった一瞬の思考は、

恐るべき事実を伝えていた。


それは狼獣族であるガスタや、

他の種族達でさえ知りえない情報。

虎獣族という種族が同族だけに隠し続けてきた、

秘匿された特殊魔技マジックカリス



「良い機会だ、見せてやろう。貴様等のように愚かな狼獣族オオカミ共と、俺達のように武を極める虎獣族トラの武衆との、圧倒的な違いをッ!!」


『……ッ!!』



テイガーの魔力が高鳴りを強め、

黄金に輝く魔力が波動となって周囲に満ちる。


その波動の中心となっているテイガーは、

本来の体格より膨れ上がった筋肉量の体格を、

更に変化させていく。


防具や服の留め金となっている金具が外れ、

胴の胸当てや手・足に巻いた篭手などの保護具が、

膨れ上がり変化した肉体に纏えず、

そのまま地面へ落下する。


テイガーの金と黒の縞模様しまもようの毛が伸び、

肥大した手と足からは鋭い爪が伸び、

二足だった姿勢が徐々に前屈姿勢となり、

両手が前足となり、足が後足へと変化した。


顔も同時に骨格と肉質が巨大化を見せると、

その口からは何倍にも膨れた牙が見え、

噛み締める口からは強靭な食肉動物の顎へ特化する。


体格は三メートルほどの状態から、

全長七メートル近くまで変化し、

頭から尻尾の毛先までもが、

全て巨大化し、魔獣の姿へと変化していく。





虎獣族のテイガーが変身した後、

そこには一匹の『大虎』が現れていた。


全身は金と黒の縞模様の毛並であり、

手足は獣同様の四足へと完全に変化している。

顔面も食肉獣類特有の鼻と顎の形状に変化し、

顎を動かし見せる口の牙は、

噛まれれば矮小な種族であれば絶命し、

例え大型の種族でも一噛みで首の骨を折られ、

その巨大な身体と顎で振り回された後に絶命する。


それが本能的に察知できてしまうほど、

魔獣化ビストした大虎のテイガーは、

鋭気溢れる姿をしていた。


そう、虎獣族トラが『魔獣化ビスト』したのだ。


狼獣族特有の特殊魔技マジックカリスだと思われた変身を、

虎獣族も成した瞬間、

大狼へと変身したガスタの優位性は、

無くなったに等しいモノだった。



『――……これが、我等が虎獣族トラ魔獣化ビストだ』


『……なるほど。貴様達も魔獣化ビストができる種族だったというわけか』


『そうだ。我が虎獣族は、それを秘匿し続けてきた。誰にも見せず、誰にも悟られず。……セヴィアリュシア殿に負けた後にも、それは秘匿し続けた我等は、彼女の教えを受けて強くなりつつ、魔獣化での訓練も怠らずに来た。彼女の喉に、いつか喰らい突く為にな』


『……その執念、そしてその徹底振りは、称賛すべきものだろうな』


『お前を殺した後、あの女を地にくだし、虎獣族われらの悲願である自由から始まる復讐を成し遂げる。あの女の喉に牙を突きたて、貴様の息子バラスタにもこの牙で貪り、衛士の一族……そして狼獣族、貴様等を全員根絶やしにしてやるわッ!!』



そう大虎の魔獣姿へ変化したテイガーが、

声を荒げて篭り低く唸る声でそう叫んだ。


そして突進するように四足走りで、

大虎テイガー大狼オオカミに迫っていった。





一族の怒りを担う虎獣族、その族長テイガー。


彼と、そして彼の一族である虎獣族の望みは、

セヴィアリュシアという人物からの脱却。

恐怖により支配されてきた事に対する、

怒りと憎しみを背負い継ぎ続けた、

虎獣族というヴェルズ村では異端となる存在と望み。


今まさに、その夢を叶える為に、

復讐と願いを持った大虎テイガーが、

悲願成就を果たせるガスタの喉元へ、

復讐の牙を突きたてようとしていた。





その復讐を果たそうと願う姿さえ、

支配者セヴィアリュシアに絡められた鎖である事も知らずに。





『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!


誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)


ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ


この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。


https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/

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