第088話 狼の好敵手
「――……どういうことだ」
アイリ達の大結界からの脱出と、
ヴェルゼミュートの救出を援護する為に、
追走してきた警備隊の一同と相対するガスタが、
困惑の色を顔に浮き彫りにし始めていた。
ガスタの周囲には倒れた警備隊の隊長達が倒れ、
その光景を見下ろすように見ながらも、
それがどういうことかを理解し損ねていた。
いや、理解し損ねていたというより、
理解できる状況を逸していたと言うべきだろう。
何故ならガスタが思考しようとした瞬間、
目の前に恐ろしい精度で射撃される弓術の、
その矢が同時に4本も迫ってくるのだ。
ガスタはヴラズとバズラを倒した後、
新たに警備隊長と思われる二組の二人一組と遭遇していた。
ガスタはそれさえも語るべき事は無いと思っているので、
強いてその時の事を説明するならば、
遭遇したのはヴェルズ村の警備隊長達ではなく、
近隣の村々で警備隊長を務める残りの四名が、
ガスタの進行を阻む動きで戦闘を行った。
それぞれが鳥獣族・象牙族・鼠獣族・袁獣族と、
高い戦闘力を有する獣族達だったが、
ガスタの前では赤子を捻るように倒されるだけだった。
それ等を難なくガスタは倒して除けたのだが、
ガスタは流石に疑問の思考を浮かべていた。
何故、全員で襲ってこない。
ガスタはその疑問とも思える自身の声を、
声に出す事さえせずに考えていた。
しかしそう考えようとした瞬間に、
追っているはずの弓手が狙いを定め、
殺気と風魔術を纏った矢で攻撃してくる。
警備隊長達の戦いには混じらず、
警備隊長達と連携を取るわけでもなく、
疑問を打ち払うかのように、
思考を削る為だけに行われる矢の襲来は、
ガスタの思考力を一時的に麻痺させていた。
この時の弓手の正体は、
先に語った通り、セヴィアリュシア自身だった。
つまり警備隊長達の総指揮を取る形で、
セヴィア自身が自ら囮となり、
ガスタを引き連れて各警備隊長が待つ地点まで、
誘導するように走っている。
その位置取りと距離は絶妙で、
ガスタが走る最高速度を算出した上で、
地形を利用した減速地点を見出し、
ガスタと一定の距離を維持しつつ、
警備隊長達が待ち伏せる場所まで誘導していた。
セヴィアの予言とも言うべき予測は、
ガスタの行動と警備隊長達の勝敗の結果を、
見事に言い当てたように実現している。
警備隊長達は二人一組で挑むも、
ガスタを本気にさせる事もできずに敗退し、
体を地面に預けるように倒れた者達が大半だった。
狩猟犬獣族の双子隊長、兄ビルと妹ベル。
ヴェルズ村の南北警備隊長、ヴラズとバズラ。
そして新たにガスタが倒した四名の警備隊長達を数えて、
ガスタは合計で八名の警備隊長達を倒した事になる。
ガスタやシルヴァリウスが察知した追跡者達の魔力は、
合計で十六名だったはず。
ガスタが補足している弓手を含めても、
あとは七名の警備隊の追跡者達が残っているはずなのだ。
ガスタは魔獣化した状態で、
警備隊が訪れる一本道の場所まで戻っていたことを、
覚えている者はいるだろうか。
その魔獣化状態の弱点の一つには、
魔力抑制で完璧に魔力を遮断できない点にある。
更に満月で漲る身体の魔力が活発化し、
ガスタの体は溢れる魔力で満たされている為に、
鋭敏な魔力感知の使い手がいるのならば、
魔獣化したガスタの魔力は遠距離感知できた。
だからこそガスタは敢えて魔獣化し、
自分の存在を殿と囮の役目として果たす為に、
警備隊へと気付かせた意図もあるのだろう。
だからこそ、ガスタは腑に落ちなかった。
何故、警備隊は全員で自分を襲わないのかと。
警備隊長達が不甲斐ないとはいえ、
一芸だけならば優秀な者達も幾人かは見えていたことに、
ガスタは気付きと評価を下しているつもりだった。
だからこそ上手く警備隊長同士で連携を合わせれば、
自分を倒せずとも手傷を負わせる程度には、
警備隊長達は強さを評価していた。
だからこそ、
警備隊長達が全員で、なぜ自分を襲わないのか。
それがガスタには理解できない。
ガスタは今もこうして、
退けた警備隊長達を置いたまま、
前方を走り退避している弓手を追っている。
それに不信感を抱きつつも、
ガスタはその弓手を追うしかない。
あの弓手は厄介だからだ。
放置すれば、気を削いだ瞬間に射抜かれる。
その危険性を持つ弓手だからこそ、
ガスタは今でも追っているのだ。
追う時間を利用してガスタは思考する。
この時間だけならば、
弓手が攻撃を仕掛けて来る事がない。
だからこそ走りながら匂いと気配で追走し、
僅かな可能性をガスタは考える。
「――……罠か」
ガスタが僅かに可能性として考えたのは、
あの弓手を囮にした罠という可能性。
意図的に警備隊長達をバラバラに配置し、
あの弓手を囮にして自分を罠となる地点へ誘い込む、
そういう罠の可能性。
しかし腑に落ちない点はある。
罠であるならば、
こんなバラバラに警備隊長達を配置せず、
それこそ罠である場所に全員を配置し、
その罠へと陥れる準備を確実に進めるのが常套。
このように戦力を分散した上で、
敢えて誘導している事を匂わせるやり方は、
愚の骨頂でしかないはず。
そして警備隊長同士の連携が取れていない事も、
ガスタには理解ができない。
なぜ、最善を尽くさないのか。
今の警備隊とは、
これほどお粗末なやり方でしか、
敵を相手取れないほどに衰えたのか。
そう思考させてしまうほど、
今のガスタには警備隊のやり方が理解できなかった。
これがガスタの受けた、
セヴィアリュシアの教練の結果だった。
ガスタは戦いという場において、
常に最善となる行動を教えられた。
それが愚かなやり方を行う者達を、
理解できない要因となっている。
常に最善・最短での行動目的を旨とし、
最善と最高の結果を導き出す事こそ、
兵士として、また戦士として優秀だと、
そうセヴィアリュシアにガスタは教えられた。
だからこそガスタには、
『搦め手』という手段が教えられなかった。
最善手を優先するあまりに、
最悪手から最善手へと繋がる目指し方を、
ガスタはセヴィアリュシアに教わらなかった。
いや、教わる前に去ってしまったのか。
本来ならばガスタに教える予定だった事を、
セヴィアリュシアは教える前にガスタが去った為に、
誰からも『最悪手』のやり方を教わらなかった。
『最悪手』から繋がる、
最高の結果の引き出し方を。
*
『――……ガスタは常に最善手を考え、選ぼうとする。それはとても良い事だったわ。けれど、それは私にとっては非常な程に読み易かった。だって、こちらが『最悪手』を指せば、彼は必ずその悪手に対して、狙い通りの『最善手』を指してくれるんだもの』
ガスタと各警備隊長達が遭遇する少し前。
そう微笑みながら話すセヴィアリュシアの表情に、
警備隊長達全員が悪寒を走らせた。
その微笑に悪寒を走らせた全員に、
セヴィアリュシアはこう述べていた。
『貴方達も少し長生きすれば、必ず分かることだわ。『正』となる最善の手段ばかり講じれば、必ず『負』となる歪みが生じる。その『正』が大きければ大きいほど、『負』の歪みも増大する。……ガスタが警備隊にとっての『正』だとすれば、『負』は誰が担い続けたのでしょうね』
その発言を最後に、
セヴィアリュシアは一同に何も告げなかった。
それが警備隊長達には恐ろしかった。
そして、そんな彼女だからこそ、
ガスタは彼女を憎み続けている事を、
警備隊長を含めた者達が理解できるのだった。
その理解者の一人である黄色と黒の縞柄の虎獣族の警備隊長頭と、
二人一組を組んでいる茶髪と茶毛の獅獣族の男隊長が、
弓手を追うガスタの前を立ち塞いだ。
奇襲はせずに、
ただ腕を組んでガスタを見据えながら、
虎獣族と獅獣族の警備隊長の二人が、
四足から二足へ姿勢を直したガスタを見ている。
この二人はガスタにとっては、
ジャッカスとヴラズ達のような関係だった。
「――……懐かしい顔だ」
「久しいな、ガスタ」
「フンッ、相変わらずスカした面だ。そのクソ生意気な顔、今すぐ引き裂きたいほどだ」
ガスタが懐かしいと漏らす声に対して、
虎獣族の警備隊長頭がガスタに対して気軽な口調で挨拶をし、
獅獣族の警備隊長は憎々しい表情で悪態を漏らす。
この三人のうち、
ガスタが警備隊時代からの同期が獅獣族の男であり、
縞柄の毛皮に大小の傷を多く持つ虎獣族の隊長頭が、
当時新人だったガスタと獅獣族と組んだ小隊長だった。
新人警備隊員のガスタは、当時15歳ほど。
セヴィアリュシアに本格的に鍛えられたのは、
彼が20歳の時からになるので、
実質五年間の間、ガスタは彼等と小隊を組んでいた。
かつての同期と、
かつての小隊長。
それがガスタの今回の相手だった。
「引き裂きたいなどと言わず、そうしたらどうだ?レオン。今の私は、お前達の敵だ」
「……30年経っても、その生意気は口は変わらんらしいな。クソ狼がッ」
「?相変わらず分からんな。俺はそうしろと言っているだけだ」
微妙に話が噛み合わない会話に、
疑問符を浮かべるガスタと、
苛立ちを強める獅獣族の警備隊長レオン。
ガスタは純粋に「そうすれば良い」と本気で言っているのだが、
含みの意味を持つ獅獣族のレオンの言葉を、
まるで煽るような物言いでガスタは返す為に、
同期であるレオンにとっては、
歯を剥き出しにするほど癇に障るらしい。
そんな二人の様子を見ながら、
虎獣族の警備隊長頭は目を伏せながらも、
口元を吊り上げて牙を見せながら笑っていた。
「この遣り取りも懐かしい。ガスタ、それにレオン。お前達はいつもそうやって、いがみ合っていたな」
「いがみ合った記憶は無いが」
「あぁ?てめぇ……そりゃあ、どういう意味だ。俺じゃ相手にもならねぇって言いてぇのか」
「いや、修練の相手にはなっていただろう」
「こ、このクソ狼野郎……ッ」
「フハハハッ!!」
ガスタとレオンの遣り取りを見ながら、
虎獣族の警備隊長頭は大きく笑う。
静かな森の中ではそれが響き、
レオンがバツの悪そうな表情をしながらも、
やはりガスタに対して睨むように見ている。
懐かしい顔ぶれ。
慣れ親しんだ同期と元上司。
この和むような空気に対して、
ガスタは冷静な表情のまま、
冷酷に目の前に立ち塞がる二名に告げた。
「それで、次はお前達が相手か」
「…………」
「……そういう事になるだろう」
「そうか」
ただそれだけの言葉で、
ガスタは会話を終えるつもりで構えた。
体内の魔力を活性化させ、
両手の鉤爪を強化し、
身体全体は魔力が浸透するように強化され、
身体能力を大幅に向上させる。
それに対して獅獣族のレオンも、
ガスタと同じ素手のまま構え、
右半身を突き出すように前に出して、
両手両足の爪を魔力で強化して伸ばす。
奇しくもガスタとレオンの二人は、
同じ構えで対峙し合った。
ただガスタが不審に思ったのは、
虎獣族の警備隊長頭が構えなかったことだ。
構えたままのガスタは、
立ち尽くすだけの虎獣族の隊長頭に対して、
問い質すように聞いた。
「――……お前は、やらないのか」
「先にやるのはレオンだ。俺はその後だ」
「警備隊の隊長ともあろう者達が、随分と難儀な決まりを作ったようだ。先程からの解せん所業も、その易い決まりか」
「ほぉ、易いか。お前らしい言い草だ」
「貴様等は全員、私が来る事は予期していたのだろう。ならば何故、全員で待ち伏せて仕掛けなかった」
易い決まり。
それはガスタが言うところの、
悪手とも言うべき手段。
つまりは二人一組という暴挙を行いながら、
個々に連携を組まずに各々が各々の実力で、
自分に挑むように戦う手段のことだ。
全員で仕掛ければ有利なはずなのに、
それをしようとしない、
最悪の悪手とも言うべき手段。
だからこそガスタには不快だった。
そして納得することも、
それを解せることもなかった。
そんなガスタを嘲笑うように、
虎獣族の警備隊長頭が口元を吊り上げ、
鋭く尖る牙を見せながら答えてみせた。
「なに、警備隊からも村からも去った貴様が、腑抜けになっていないかを試しているだけだ。憎しみのあまりに腑抜けているようであれば……その軟弱さ、警備隊を務める長である警備隊長自身が正そうと思うておるだけよ」
「腑抜けたのは警備隊のように思えたが?」
「それは貴様が立場も弁えず、勝手に警備隊から去ったせいだろうに」
虎獣族の警備隊長頭の言葉に、
ガスタはピクリと眉を顰めた。
そのガスタの様子に気付いているのか、
もしくは気付いていないのか、
虎獣族の警備隊長頭はそのまま言葉を繋げた。
「貴様の妻リュイの身に起こった悲劇は我々も同情しよう。だが、それで貴様が勝手に警備隊や村から去ったことへの言い訳にするのは、お門違いも甚だしい」
「……」
「まして、その妻との息子を置き去りに去るような貴様に、我々の行動を『易い』などと量られるとはな。随分と偉い物言いとなった。笑わせる」
「…………」
虎獣族の警備隊長頭が口元を吊り上げたまま、
ガスタに対して厳しく言い放った。
その表情は笑っていながらも、
声は決して笑っていない。
その声と同調するように、
構える獅獣族の警備隊長レオンが、
ガスタに言い放つように言葉を刺し込んだ。
「俺達がいつまでも、貴様に同情ばかりしていると思うなよ、クソ狼。自分の不幸を棚上げて、あの時に憎悪を喚く貴様の姿、今でも虫唾が走る。――……リュイの奴が死んだのも、アイツが弱かった結果だ。そしてガスタ……てめぇが、リュイを強く育てずに甘やかした結果だ。そのツケを、俺等のせいにするんじゃねぇよ」
「……黙れ」
「ハッ、言うに事欠いて『黙れ』か。狼獣族なんてのは、孤高気取った奴ばっかりだな。大方……リュイの奴も、てめぇが甘やかして付け上がらせたんで、魔獣が近付いてるのにも気付かずに他の奴の足を引っ張――……」
「黙れ、と言っている」
レオンがガスタに対してだけでなく、
死んだガスタの妻リュイに対しても苦言を述べると、
レオンの目の前に居るガスタの殺気が瞬間的に高まった。
その高まる殺気には魔力が込められ、
ドス黒い魔力の波と波動が周囲に満ちる。
レオンはガスタが告げた言葉と同時に口を閉じ、
冷静な視線と殺気に怯まない構えで、
ガスタと対峙し続けている。
しかし黙ったレオンとは別に、
今度はガスタが喋りだした。
怒気を含んだ声と殺気を含んだ魔力は、
不自然な波となって周囲の森全体を揺らし、
周囲に居た小動物達を一斉に遠ざけるに充分だった。
「――……何も知らない貴様等が、それ以上、リュイに対する物を言うことは許さん」
「…………」
「多少は手加減してやるつもりだったが、気が変わった。だが昔馴染みの好だ。……死に際の苦痛は、最小限に留めてやる」
「……ハッ、てめぇと本気で殺り合うなんざ、願ってもないことだってぇのッ!!」
レオンが獅子の喜々とした笑みを浮かべると、
内在する魔力を爆発させたように高めて、
地を蹴り上げるようにガスタへ駆け出した。
右手の強化した拳と爪、
左手の強化した拳と爪を交互に繰り出しながら、
空を切り裂くように両手を振り、
ガスタへ夥しいほどの連撃を加えていく。
手だけではなく足と足爪も強化した上で、
蹴り出しながら手は地面を噛むように掴み、
不安定な姿勢を見せながらも安定した攻撃を繰り出し続ける。
獅獣族の戦士の中でも、
現警備隊長を務めるレオンの実力は、
現時点で言えばヴラズ・バズラの比ではなく、
その手捌きと足捌きは警備隊長の中でも群を抜いている。
それは警備隊に入った時から、
ガスタという好敵手に拮抗する為に、
鍛え抜いた身体と、鍛え上げた技を持って、
その強さを更に高める為に現在まで鍛錬し続けていた、
レオンの成果とも言うべき鍛錬の証。
それをガスタが去った後でも、
レオンは続けていた
レオンの目指すべき目標は、打倒ガスタ。
幼き頃からガスタと張り合い続け、
ガスタに対して異様なほどの対抗心を燃やし続ける、
自らをガスタの好敵手だと自負しているレオンにとって、
この戦いは最後の証明だった。
狼獣族の麒麟児ガスタと、
獅獣族の天才児レオンとの、
最初で最後の決着の舞台でもあった。
アイリという少女の事や、
ヴェルズの孫と言われる少年、
そしてセヴィアリュシアの策など、
レオンには全く関係がないことだった。
セヴィアリュシアの恐るべき突きに対しても、
レオンは無関心であるが故に見てさえいない。
レオンの意識にあるのは、
あのガスタと相対する事ができるという、
歓喜にも似た狂気だった。
あのガスタと殺り合えるのならば、
そして今ここで因縁を決着できるのであれば、
レオンはこの場でガスタを殺しても悔いはなかった。
また、その逆も然り。
ガスタに負けて殺されるのであれば、
レオンにとっては本望だった。
レオンが今まで生きて来た目標の一つが、
まさにガスタという生ける好敵手だったのだから。
「どうしたガスタァッ!!避けてばかりかよッ!!」
「…………」
レオンの猛攻に対して、
冷静に一つ一つの攻撃を間合いを量り、
最小の動きで回避するガスタは、
既にレオンの攻撃に対して間合いを見つめ、
手爪と足爪を駆使したレオンの斬撃を紙一重で回避する。
それはつまり、
ガスタがレオンの連撃となっている攻撃を、
全て見切ったからに他ならない。
しかしそれさえ読んでいたレオンは、
笑みを浮かべてニヤリと口元を歪めると、
連撃を続けたまま手や足に身体術だけではなく、
別の魔力を込め始める。
その僅かな気配を察知したガスタは、
次に繰り出される爪での攻撃を、
今度は直線状に入らずに回避して見せた。
レオンが手爪を振り下ろした瞬間、
魔力を纏った爪の斬撃が飛び、
その先にある地面と草木を削りながら抉っていく。
「強くなってるのが、てめぇだけだと思うなよ!!」
レオンが先程行った魔力の斬撃。
それはフォウルが競合訓練で見せた、
『魔力圧撃』の斬撃形態と認識していい。
自身の爪に魔力を帯びた状態で、
振り下ろす爪の軌道上に存在する対象物に対して、
圧縮した魔力の斬撃を浴びせる魔技。
名付けるならば、
それを『魔力斬撃』と呼ぶべきだろう。
斬撃を浴びた草木は切断されて舞い、
大木でさえ直撃した部分が抉れるように切断され、
ミシミシと音を鳴らして倒れていく。
先程レオンが放った魔力斬撃の射程は、
距離で言えば二メートル弱。
少なくとも爪を振り下ろされた間合い、
二メートルという距離の内側にいれば、
否応無く斬撃が直撃する。
その魔力斬撃を織り交ぜつつ、
手と足の殴打と爪の斬撃を混ぜた攻撃を、
レオンは絶やすことなく続けていた。
時には足から繰り出される振りが、
爪の斬撃のように飛んで、
ガスタが避けた場所にある大木に直撃すると、
大木が衝撃で揺らされて木の葉と枝が落下する。
時には手と足の挙動を囮にし、
噛み付きの攻撃も加えてくる。
ガスタの喉元を狙うようにレオンは噛み付くが、
それもガスタは回避し続けた。
休む暇さえ与えないとばかりに、
レオンはガスタを攻め続けている。
しかしガスタは、
レオンに対して一度として反撃をしない。
ただレオンの攻撃を見切り、
回避し続けているだけだった。
レオンが両手を振りかざした状態で、
振り下ろした斬撃をガスタに見舞うと、
ガスタはそれを高く跳躍しながら回避し、
一度距離を置くようにレオンから離れた。
息を多少乱しながらも、
まだ疲弊を見せないレオンは、
更に追撃しようとガスタに体を向け直し、
脚に力を入れて駆け出そうとした。
しかしそれを停止させたのは、
ガスタが手を前に突き出し、
手の平をレオンに向けながら立てて、
まるで「止まれ」というような姿勢で、
ガスタがレオンを見据えたからだった。
「お前がやっている魔力斬撃は、こうやって使う」
「――……ッ!!」
そう言ったガスタが、
拡げた手のひらを握るように指を曲げた瞬間、
レオンの周囲の木々を切断するように、
ガスタの鉤爪から瞬時に魔力が放出された。
ただ指を曲げただけの動作で、
魔力斬撃が発せられた結果は、
広い範囲には及ばないまでも、
射程距離はレオンと比べても飛躍して伸び、
レオンの後方にある木々の枝まで切断した。
レオンは静かに後ろを振り返りながら、
ガスタの放った魔力斬撃を跡を見る。
その切り口はレオンの斬撃とは違い、
まるで斬れ味の良いナイフでバターを切れたような、
それほど鮮やかで綺麗な切り口をしていた。
つまりガスタの魔力斬撃の切れ味は、
レオンの魔力斬撃より遥かに優れた魔技の錬度で、
放たれているという証明でもあった。
後ろへ向けた顔と視線を前へ戻すと、
ガスタは不意打ちをするわけでもなく、
ただレオンに自分の魔力斬撃を見せただけで、
他に意図もないという表情をしていた。
それがレオンの癇に障る。
苛立ちを強めるレオンの顔は、
歯を剥き出しにして怒りの形相と言葉を向けた。
「……てめぇは、いつもそうだ。『俺はお前より先に進んでる』っつぅ、見下しながら澄まし顔で俺を見やがる……!!」
「……?」
「だから、てめぇは、俺がぶっ殺してやるッ!!」
何を言っているんだという視線を、
ガスタはレオンに一瞬向けたが、
再び駆け出したレオンの強襲を前に、
ガスタは身構えた。
先程と違う情景があるとすれば、
今度はガスタが攻勢に出たことだ。
強襲してきたレオンの振りかざす爪より先に、
ガスタがレオンの懐に潜り込むと、
高く上げた右膝がレオンの胴体に直撃した。
防具越しに響くガスタの膝蹴りの衝撃が、
レオンの体内と肉骨に響き渡るも、
それを食いしばりながら耐えたレオンは、
後ずさる脚をすぐに引き戻し、
ガスタに返すように左膝を腹部に飛ばす。
ガスタはそれを一歩跳躍して回避したが、
その膝は伸びるように間接が上がると、
レオンの足と魔力を込めた爪がガスタに向かい、
その足爪から魔力斬撃が放たれた。
跳躍し低空ながらも空中に浮かぶガスタには、
足が地に着く前に爪の魔力斬撃が直撃する。
確実に命中すると確信したレオンが、
一瞬だが口元を吊り上げながらニヤリと笑ったが、
すぐにそれは食いしばる歯茎を見せた。
ガスタは放出して向かう魔力斬撃を、
自らの足で蹴り上げた魔力斬撃で、
迎え撃つように飛ばしたのだ。
レオンの魔力斬撃と、
ガスタの魔力斬撃が激突する。
淡く青白さを纏った黒いガスタの魔力と、
激しく散り赤く燃え盛るレオンの魔力が、
一秒にも満たない時間で激しくぶつかり合った。
そしてガスタの黒い魔力斬撃が、
レオンの赤い魔力斬撃を打ち破った。
原型を留めないレオンの魔力斬撃を貫通し、
ガスタの魔力斬撃がレオンを襲う。
体を丸めるように体の前方を固めるレオンは、
その攻撃を阻む為に魔力を巡らせ、
魔力障壁と言えるモノを展開した。
獣族は魔術を得意とはしない。
単純に魔術よりも身体系の魔技に特化し易いのが、
獣族という種族の特徴でもあるからだ。
それでもレオンは獣族の隊長の中でも、
魔力を練り体を覆う魔力障壁や物理障壁を、
一通り実行できるだけの実力を備えていた。
ヴェルゼミュートやヴェルズェリアのように、
完璧とは程遠いながらも、
一定の効果を持つ魔力障壁をできたのだ。
だが、レオンの魔力障壁は打ち破られた。
打ち破られた魔力障壁が粉々に砕け、
四本の魔力斬撃がレオンの正面へ直撃すると、
顔と胴を防ぐレオンの腕と脚が、
直撃した衝撃より先に、
腕と脚の体毛と皮膚を切断した直後に、
レオンを後方へ吹き飛ばした。
茂みや大木に直撃しながら吹き飛び、
一定距離ほど飛んだレオンの身体は、
辛うじて地面を噛むように手の爪を着けて停止した。
レオンの腕と脚からは大量の赤い血液が流れ、
吹き飛んだ時に全身を打撲した身体を、
なんとか動かそうと足掻くレオンだったが、
その身体を起こそうとするより先に、
目の前に跳躍して向かってきたガスタが着地した。
「――……お前の負けだな、レオン」
「グッ……ま、まだ……俺はぁ……ッ!!」
レオンの敗北を宣言するガスタに対して、
それを認めまいとレオンは体を起こそうと、
腕と脚から溢れ漏れ出す血液を無視して、
手と足の爪を噛ませながら歯を食いしばらせて、
なんとか体を起こす事には成功した。
しかしダラリと下げた腕からは、
血液が流れ出るように溢れ続け、
地に足を着けて踏ん張る脚も、
伝うように血液を地面へ染み込ませている。
全身を打ちつけた打撲は何箇所か骨折を生み出し、
レオンの茶色の体毛は赤黒く変色し、
獅獣族特有の鬣は萎れていた。
レオンは明らかに満身創痍だった。
しかしレオンの闘志そのものは、
一ミリたりとも衰えていないように思える。
そんなレオンに対して、
ガスタは漏らすように言葉を掛けた。
「……お前も昔から変わらないようだ」
「アァ……?てめぇ、馬鹿にしてんのか……俺が弱いまんまだって言いてぇのか……ッ」
「いや、逆だ。お前は、私と初めて出会った時から強い」
「!!」
ガスタから漏らす言葉を聞き、
驚愕するように目を見開いたのはレオンだった。
その真意を話すように、
ガスタはそのまま言葉を続けた。
それは、レオンの知らない事実だった。
「昔も今も、今の俺とお前に素養の差は無いだろう。あるとすれば、鍛錬と修練方法の違いだけだ」
「……何を、言ってやがる……」
「俺は昔から、お前の見下して見た事など一度も無い、ということだ」
そのガスタの言葉は、
先程のレオンの言葉に対する答えでもあった。
レオンは昔から今現在まで、
ガスタが自分を見下していると思っていた。
それはガスタの表情の変化が乏しい事と、
『転生者』という特異な資質を持つガスタが、
当時から一歩引いた視線で物事を見ていた事も、
原因の一つだったのかもしれない。
『転生者』としてのガスタは、
以前の前世ではガリアの民だった。
しかも苛烈であるガリア戦争に参加した当事者であり、
ローマ兵達と戦った経験者でもある。
その戦闘の経験と知識は、
白紙状態で生まれたレオンとの間に大きな差を生じさせた。
肉体的な素養は互いに互角ながらも、
体の動かし方、知識の吸収力と重要性の理解力、
更に戦闘での経験は大きなモノとして、
レオンとガスタに明確な差を生み出していることは、
ガスタも幼い狼の頃から気付いていた。
「かつて、あの女……セヴィアリュシアに聞いた事がある。レオン、お前ではなく、何故私を選び鍛えたのかと」
「…………」
「あの女はこう言った。『彼は直情的過ぎる、私の修練には毛色が合わないだろう』とな。同時に、こうも言っていた。『この村で彼に合う戦い方を教え導けるのは、成長したお前だろう』と」
「……本当に、何を言ってやがる……」
「私がセヴィアリュシアの修練を終えた後に、本来ならば警備隊の獣族の鍛錬は全て私が任される予定だった。その中で優先度の高い物事の一つに、優秀な隊長を育て、総隊長職に就かせる事も含まれていた。……レオン、お前を強く鍛えた後は、お前を総隊長に就かせ、私を補佐に就けるつもりだったようだ」
「……それは、何の冗談だ……」
次々と飛び出すガスタの言葉に、
レオンは驚愕を超えて頭を白くさせるほど、
思考が覚束無い状態になっている。
腕と脚から流れる出血のせいでもあるが、
ガスタの言葉の意味を素直に飲み込むには、
あまりにもそれは突拍子もなかったのだ。
そんなレオンに対して、
ガスタは容赦無く言葉を続けた。
「私とセヴィアリュシアは、基本は『影』に向いた素質だった。仰々しく表を歩き称えられる存在には成り難い。同時にそうなろうとはしなかった。だからこそ、『影』は付く為の『光』が必要だった。セヴィアリュシアにとってのヴェルズェリアがそうであるように、私にとってはレオン、お前がそうなる予定だった」
「俺が光で……お前が影だと……?普通、逆だろうが。お前は昔から、俺より強かったんだからよ……」
「言っただろう。素養には私とお前とは大差はない。私とお前とでは、修練の度合いと結果に釣り合いがとれなかっただけだ」
「……俺の、鍛錬不足だって言いてぇのか……ッ」
「いいや。私の鍛錬方法が、あまりにも私に合い過ぎた。幼い頃から今も、私は私を鍛えた師に恵まれた。そしてお前は、その鍛錬方法に上手く適合しなかった。それだけだ」
そうガスタが告げた瞬間、
レオンは膝を落として地面へ着け、
座るように尻を地面へ着けて、
胡坐をかくように座り込んだ。
多量の出血で体に力が入らず、
とうとう膝を着いたようにも見える。
しかし視線を変えれば、
ガスタの言葉がレオンの心を折ることに、
繋がったようにも見えた。
それを知るのは、レオン本人だけだった。
「……俺は、てめぇが、昔から嫌いだった。才能に恵まれてるくせに、偉ぶる素振りもみせねぇ、良い子ちゃん気取りの狼野郎だと思った……」
「……そうか」
「てめぇの周りには、いつだってお前を慕う奴が居た。馴れ合ってるスカしたやろうだと思って、それも気に食わなかった……」
「……そうか」
「んで、気に食わねぇから挑んでみたら、あっさり俺を打ちのめしやがって……ますます、てめぇが嫌いになった」
「……そうか」
今までのガスタに対する心情を、
レオンは漏らすように話し始めた。
ガスタはそれに対して、
ただ冷静に目を細めながら頷いていた。
レオンは顔をうな垂れるように伏せて、
決してガスタとの視線を合わせようとはしない。
しかしそれでも、レオンは喋り続けた。
「てめぇが、先に警備隊長になった時も……何もかも気に食わなかった。……いや、悔しかった。てめぇが先に行って、置いてかれてる俺に、腹が立った……」
「……そうか」
「……てめぇは、俺をどう思ってたんだ……。生意気な猫野郎だとでも思ってたか……」
レオンの喋りに対する姿勢が変わり、
問いを投げるような言葉をガスタに投げ掛ける。
ガスタはその言葉に対して、
一拍の時間を置いてから話し始めた。
「……私は、お前が羨ましかった」
「なに……?」
「私は、感情というモノを表に出すのが苦手だった。そんな私に怒鳴り接するお前に対して、理解できない部分が多かった。だが、率直な感情をぶつけられる姿に、憧れを抱いたことは幾度かあった」
「……要は、直情馬鹿だって言いてぇんだろうが……」
「言葉を変えればそうなるのだろう。だが、だからこそお前の存在は、多少なりとも私の生活に和みを与えていた」
「……和み、かよ……」
「セヴィアリュシアが言うように、お前が『光』に向いていると思った。お前が警備隊の先頭に立ち、周囲を鼓舞し、私がそれを支えるのも良しと思った事もあった。……リュイが死ぬまでは、な」
「…………」
リュイの名前を出したと同時に、
ガスタとレオンを纏う空気が一瞬で変わった。
理解し合う為に互いに言葉を交え合う二人が、
その事だけは理解し合っているような、
そんな錯覚さえ取れる雰囲気を纏っている。
「――……てめぇを本気で怒らせるのには、リュイの名を出したほうが手っ取り早いと思った」
「……それは、先程の誹謗に対する言い訳か」
「言葉を訂正する気なんぞ無い。……だが狼野郎。やっぱり、てめぇは俺が思ってた以上に馬鹿だってのは、よく分かったぜ……」
「…………」
ガスタが無言の内に右手の鉤爪を伸ばし、
歩み寄ったレオンの眼前に鉤爪を向けた。
ガスタは前言通り、
レオンにトドメを刺す為に、
鉤爪を構えたのだろう。
それを視界の端で捉えているにも関わらず、
レオンは言葉を続けた。
ガスタが馬鹿だと思う、その理由を話す為に。
「ガスタ、リュイの奴は……なんであの日、あの時に、小隊で見回りをしていた?」
「……セヴィアリュシア。あの女が、リュイを小隊任務に就かせたからだ」
「だからお前は、リュイを殺したのがセヴィアリュシアの奴だって、そう言ってたのか」
「……あの日、あの魔獣災害の年。リュイを小隊から外すように私が強くセヴィアリュシアに念押ししていた。にも関わらず、あの女はリュイを小隊に就かせたまま、哨戒を行わせた。リュイが死んだ原因は魔獣ではない。あの女が発端だッ!!」
「本当に、そうか?」
憎々しい表情を浮かべたガスタが、
鉤爪を振り落とそうとしたその時に、
レオンがはっきりした口調で、そう聞いてきた。
その真の通る声で問う言葉に、
ガスタは眉を顰めて鉤爪を振るう腕を止めた。
「……どういうことだ」
「俺は、てめぇが去ってから、色々調べた……。俺もお前も、他の村の救援に向かってたあの年は、確かにヴェルズ村の警備は普段より手薄だった。だが、新参共を上位魔獣が居る外に見回りに出すほど、警備が薄かったとは思えないと、俺は思っていた。お前もそう思ってはいたんだろう?」
「……ああ」
「だからリュイの奴や、ヴラズ達が小隊を組んで村周辺を哨戒してたっつぅのは、ずっと疑問だった。……てめぇ、そうだったんじゃねぇのか?」
「……そうだ」
「……セヴィアリュシア、あの女は何か隠してるぜ。てめぇや、あのヴェルズェリアにさえも、リュイの小隊の死に関して何かを隠してる。それに、ヴラズとバズラ達、そして何名かの元警備隊員達も、リュイの事を何か隠してる。俺はあの村に居続けた限りじゃ、そう睨んでいた」
「……レオン、お前は……」
鉤爪を振るうのを止めたガスタは、
振り上げた手を降ろすように下げ、
ガスタに語り聞かせるようにレオンの言葉に、
静かに耳を傾けていた。
「ケッ、勘違いすんなよ。俺はてめぇと同じくらい、あの女が嫌いなだけだ。だから調べた、それだけだ」
「……なら、何故その情報を私に渡すんだ」
「他の事に気が散り、俺を見て戦おうとしねぇ、今のてめぇと殺り合っても満足できねぇだけだ。……勘違いすんな。俺はてめぇを、どんな手段でも使って屈服させたいんじゃねぇ。対等に戦って、てめぇを倒すのが俺の生き甲斐なんだ。そこを忘れるんじゃねぇぞ」
「……そうだったな」
何故レオンの口から、
ガスタが興味を持ちそうな情報が出てくるのか。
それはレオンがリュイに関する悪評を口にしても、
殺気立つガスタがレオンに対してではなく、
何か別の相手に対して強い憎しみを抱きながら戦っていたせいだ。
その殺気をレオンに全てぶつけてガスタが戦えば、
レオンは何の文句も無く満足して戦い続けただろう。
例え自分が死ぬことになったとしても。
他の相手に殺意と憎悪を向けて相手にされるなど、
極上の肉が不味いスープに投入され、
その味を台無しにされたような、
そんな胸糞の悪い最悪の気分で戦う事であり、
だからこそレオンは今のガスタと戦いを、
匙を投げて放棄したのだった。
あるいはそうなる可能性があるからこそ、
ガスタの後顧の憂いを無くす為に、
レオンは今までヴェルズ村に残り、
30年前のあの時の事を調べ続けたのかもしれない。
自分だけと向かい合い、
闘争本能を剥き出しにした獣族同士の戦いを臨む為に。
幼少時から共に競い高め合ってきた、
ガスタという好敵手と決着をつける為に。
「テイガーの奴も、リュイの死に関して何か知ってるぜ。……てめぇも、もう分かってるんだろ。さっさと奴等と決着つけて、俺と本気で殺り合える準備をしてきやがれ」
「……あぁ、そうだな」
レオンは自身の傷を癒すように、
体内の魔力を活性化させる様子を確認しながら、
ガスタはそのまま振り返って去っていく。
次の目標である虎獣族の警備隊長頭を狙う為に。
30年前の真実を知る情報の持ち主と相対する為に。
ただ自身の目的の為に、
そう生きて進み続けるガスタの背中を見ながら、
レオンは漏らすように口に出していた。
「――……フッ……。てめぇには、一生、勝てねぇかもな……」
そう呟く声が聞こえたのか、
レオンの方を再び振り向いたガスタが、
口を開いて伝えた。
レオンが彼に聞いた、
正しい問いの答えを伝えた。
「レオン」
「……なんだ、さっさと行けよ」
「俺はお前の事を、昔は親友だと思っていた。そして、今も親友だと思うことにした」
「!!――……俺は、お前の事が嫌いだ」
「私は、お前のその直情的な性格を、好ましく思っているよ」
ただそれだけを伝えたガスタは、
親友に背を向けて歩み出した。
その言葉を向けられたレオンは、
ガスタの背中を見る事を拒否し、
目を閉じて自身の治癒に集中する。
その口元には僅かに笑みが浮かんでいる事に、
自分にも、そして親友に気付かれない為に。
狼獣族のガスタと、
獅獣族のレオンとの、
それが最後に交わした言葉だった事を、
この時の二人は知ることはなかった。
好敵手として高め合い、
敵として戦い、
親友として思い合う。
彼等二人の関係は、ただそれだけだった。
*
「――……どうやら、レオンは負けたらしいな」
「……次はお前だ、テイガー」
レオンとの決着をつけたガスタが、
虎獣族の警備隊長頭、
テイガーの場所まで戻ってくる。
そのまま虎獣族の警備隊長頭を無視し、
弓手を追う事もガスタには可能だったが、
敢えてその場に残り、
虎獣族の警備隊長頭と相対する事を選んだのは、
ガスタの親友であるレオンの言葉を、
素直に聞き入れたからに他ならない。
『テイガーの奴も、リュイの死に関して何か知ってるぜ。……てめぇも、もう分かってるんだろ。さっさと奴等と決着つけて、俺と本気で殺り合える準備をしてきやがれ』
その親友の言葉に含まれる真意と意味を、
ガスタは正しく受け取れていた。
だからこそガスタは、
確認の意味も込めて立ち合った。
目の前の人物に、それを喋らせる為に。
「その前にテイガー、お前に問う。今回のお前達の裏には、セヴィアリュシアが関わっているな」
「……レオンの奴め、喋ったか」
「答えろ。セヴィアリュシアが、あの女がここに来ているんだな」
ガスタは自分が抱えた追走劇の気持ち悪さの答えに、
その答えを持ち合わせていた。
しかし頭の中に残る疑問には、
魔力減衰症を患い、
更に自分の魔力封殺を受けたはずのセヴィアリュシアが、
今回の事に関わっている可能性は、
ほとんど無いという確かな自信も持っていた。
しかしレオンが話した言葉を得て、
ガスタはその自信を疑問に変えることができた。
そしてそれが、
ガスタが抱える誤解を解く為の、
確かな一歩に繋がる言葉でもあった。
「…………」
「やはり、か。あの女が考えそうな事だ。大方、私を油断させ誘い出す為に貴様等を使い潰そうと画策したのだろう」
「……やはり、あの方を師事していただけの事はある。その策を一瞬で悟るとは、な」
「あの女の事を、もう師などとは思っていない」
そう憎々しい表情を浮かべるガスタが、
静かに右半身を前に運ぶように構えた。
戦闘態勢を見せたガスタに対して、
虎獣族の警備隊長頭であるティーガは、
レオンとガスタと同じ構えを奇しくも見せる。
その構えと型は、
紛れもなくガスタと同じだった。
「ならば、"元"師である俺が、貴様に引導を渡してやる。狼の小僧、ガスタ」
「ならば、恩を仇で返させてもらおう。そして喋ってもらう。貴様が隠している事を、あの女が隠している事を。リュイの死に関する本当の事を、地べたを這いながら答えてもらう」
「フッ、もう勝った気でいるのか。……たかだか隊長共を打ち倒した程度で、良い気になるなよ、狼小僧がッ!!」
互いに魔力を高め、
殺気立つ二つの獣が静寂の森に咆哮を放った。
テイガーの身体の筋肉量が膨らみ、
全長二メートル強の体格が三メートルに変化した。
身に付けた最小限の防具と衣服がはち切れんばかりに膨れ、
腕や脚の衣服が一部破れるように肉体が膨張した。
それがガスタとレオンの、
幼少時の師である虎獣族テイガーと、
元弟子ガスタの戦いを告げる始まりだった。
そして妻リュイの死の真実を知る為の、
孤高の狼ガスタの最初の戦いでもあった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




