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『赤瞳の戦姫』~転生したらオークに拾われました~  作者: オオノギ
幼少期 第二章二節:復讐者(前編)

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第086話 あの日の爪痕


警備隊長である双子の犬獣族、

ビルとベルを返り討ちにしたガスタは、

矢の射線を正確に捉え、

前方に居るだろう弓手へ迫りつつあった。





弓手を追跡する最中、

ガスタは森を駆け抜ける中で空を見ると、

夜空に紛れつつも異質な風景が見えた。


空に赤い煙が高速で昇ると同時に、

弾けるように短い炸裂音が鳴り響いたのだ。


それが警備隊で使用している、

信号弾だと知っていたガスタは、

やはり自分が行く先に弓手が居ると断定する。


赤い信号弾は『敵発見』の知らせ。

双子の警備隊長と弓手の奇襲が失敗した以上、

他の警備隊長達に知らせ合流する為に、

後方に居た弓手が判断し打ち上げたのだ。


そう察したガスタは、

走る速度を速めて森の中を駆け抜けた。





一分ほど走るガスタの耳から、

前方で草を踏む僅かな足音と、

衣擦れを起こす僅かな音が聞こえた。


恐らくは弓手が移動している。

狙いを付けられた事を察した弓手が、

隠れる事を諦めて、

他の仲間と合流しようと走り出したのだろう。


だが、明らかに足が遅い。


先程の矢の射程は、

恐らくは長弓を使用したのだろう。

それと同時に弓の情報を思い出す。


長弓は複合弓コンポジットボウと比べて重い。

力ある獣族ならば軽々と持ち運べるが、

獣族が好む弓は、長弓よりも複合弓。

長弓を持つ獣族はなかなかに居ない。


更に風の魔術を纏わせた矢を放つのは、

魔術系統が得意な種族ということになる。

ここまで予測してしまえば弓手の正体は読める。


恐らく弓手の正体はエルフ族。

しかし優秀な弓手ながらも、

戦いに対する理解は限りなく低い。


それは一度目と二度目の射線が同じであり、

同じ場所から狙った事を察していたガスタには、

『訓練』では優秀な弓手なのだと理解できた。


同時に四本の矢を飛ばすほどの弓術は、

流石は警備隊長だと褒められるモノだったが、

連携の取れない戦い方をしていては本末転倒。


だがあれほどの腕の弓手を残しておけば、

自分に致命傷を与えられる相手を逃す事になる。

だからこそガスタは、

あの弓手を先に仕留めた方が良いと、

そう察して行動していた。


そのガスタの経験と知識、

そして向かう先を走る弓手が厄介だと察する勘は、

実に正しい。


ただ、その判断が正しいが故に、

ガスタが『兵士』として、

『戦士』として優秀であるが故に、

同じ優秀な相手に読まれている事を、

まだ察する事ができていなかった。





左右の景色が過ぎるように走る光景よりも、

目の前に居るだろう弓手の存在を追うガスタは、

耳と嗅覚のみで周囲の警戒をしていた。


そして目の前の夕闇の道が月明かりに照らされると同時に、

追っていた弓手の姿が見えた。


緑の外套マントを羽織り、

外套が頭から足元まで隠しながら走り続ける弓手。

外套を羽織り走る姿勢の為に正確な体格は不明だが、

ガスタは目の前の相手が女性エルフだと気付く。

僅かに見える足の細さが、

男性のエルフ族よりも僅かに小柄だからだ。


背中にはガスタの推論通り、

長弓と矢筒を背負って走り続けている。

女性のエルフ族であれば、

重い長弓を背負いながら走るのは、

例え身体術フィジカルを使いながらでも、

軽快な動きとまではかないだろう。


ガスタは視界で捉えた弓手を追走する為に、

獣化したまま二足で走るのを止め、

鉤爪を強化した両手も地面に着け、

獣化状態のまま四足で走り出す。


魔獣化しなくとも肉体構造だけを変化させ、

足の二本だけで走る姿勢を、

手を使った四足に変える事は出来る。


魔獣化ビスト状態ほどの速度は出せないが、

少なくとも二足のまま走るより遥かに速い。


本来、魔獣化ビストができる獣族は、

魔大陸において文明を築く以前は、

四足歩行で各地を走り回っていたらしい。

二足歩行になったのは、

極最近の出来事だと言われている。

ただし極最近という言葉が、

いにしえ到達者エンド達の話す事なので、

あるいは数万年以上前の可能性が高いが。


加速するガスタの速力が増すと、

後ろを確認する素振りを見せた弓手が、

僅かだが走る速度を上げた。


しかしこのまま進めば、

数秒後にはガスタは弓手に追いつき、

その背中に鉤爪を刺し貫く事も可能だろう。

今のガスタにその気は無いかもしれないが。





弓手とガスタの距離が、

残り数十メートルまで縮まった瞬間。

ガスタの僅か数歩先にある左右の茂みから、

何かが飛び出して来た。


気配を完全に消して飛び出してきたソレの姿に、

ガスタは驚きながらも冷静に目を細め、

押し潰そうとする右の相手が振り下ろす武器を、

掻い潜るように前方へ走り抜け、

薙ぐように迫る正面から来る左側の武器を、

軽く跳躍し空中で身体を捻りながら回転し、

尻尾を掠めるように武器が通過すると、

弾けるように土煙と小石が舞い、

武器による風圧で周囲に流れ飛ぶ。


武器を回避したガスタは、

最速の体勢から爪で地面を噛んで急停止し、

速度の威力を殺した上で下半身を逆立たせ、

そのまま進行方向とは真逆を振り返るように、

頭を後方へ、尻尾を弓手が居る前方へ向け直した。


そのまま冷静な目と嗅覚、

そして耳と魔力感知での感覚を研ぎ澄ませ、

左右から飛び出し武器を振り下ろした二人を見つめる。


ガスタの目の前に居るのは、

ガスタには懐かしい顔ぶれだった。



「……ヴラズとバズラ、だったか」


「やっぱり、ガスタの兄貴かよ……」


「ガスタ殿……」



牛頭族のバズラと、蜥蜴族のヴラズ。

ヴェルズ村の警備隊長を任される二人であり、

ジャッカスの幼馴染み。

そしてガスタが警備隊に所属し、

隊長を務めていた時には、

新米警備隊員として教練した部下だった。


そしてガスタにとっては最愛である、

この世界での妻リュイの幼馴染みでもある。



「気配の絶ち方が上手くなった。強くなったか」


「ガスタの兄貴……」


「……ガスタ殿、どうか、我々と共に来て欲しい」


「断る」



気配断ちの技術を素直に称賛すると共に、

あと少しで武器の直撃が可能だった事を、

素直にガスタは称賛する。


バズラは多少の動揺を残していたが、

冷静に交渉を行おうとヴラズは試みるも、

ガスタはそれを言葉で一蹴した。



「お前達の相手などしている暇はないのでな」


「ガスタの兄貴!待ってくれ!!」


「アイリを、エルフの少女と少年を連れ去ったのは、ガスタ殿なのか」


「……少年?」



バズラが引き止めようと声を荒げる傍らで、

断られながらも話に引き込もうとするヴラズの言葉に、

ガスタは疑問の声を漏らした。


エルフの少女。

恐らくそれはアイリだろう。

彼等がアイリを追うと同時に、

侵入者である自分達を追うのは理解できた。


だが、エルフの少年とは誰なのか。

ガスタに心当たりがない。


だが些細な事だと割り切ったガスタは、

四足から二足立ちへと姿勢を変化させ、

二メートル近い身長で向かい合う。



「言っただろう、お前達に構っている暇はない。……いや、一応だが聞いておこう。誇りある警備隊長ガーディアンならば答えないだろうがな」


「何を聞くと……?」


「バラスタは、何処どこだ」



息子の名前をガスタが口に出した途端、

身体強化で高めた身体が僅かに膨れ上がり、

体内の魔力が活性化されて高まっていく。


それが戦闘を示唆する行動であり、

答えが返る・返らないに関わらず、

目の前のガスタが襲って来る事を、

バズラとヴラズは悟った。


悟った瞬間にバズラはヴラズの前に出て、

左手に持つ大盾を構え、

右手に持つ大槌ハンマーを握る手の力を強めた。


ヴラズも手に持つ斧槍を構え、

緊張の表情を浮かべている。



「…………ッ」


「……やはり、御子息バラスタが狙いか」


「答えるなら答えろ。喋っていられる内に」


「…………」



ガスタの返答に対して、

ヴラズ達は答えない。


それを了承したガスタは、

両の手に魔力を通して手と爪を強化し、

武器となる鉤爪を作り出した。



「安心しろ、リュイの馴染みだ。手加減はしてやる」


「……ガスタ殿」


「ガスタの兄貴……」


「だが、弱すぎれば死ぬがな」



その言葉が告げられた瞬間、

バズラとヴラズの視界からガスタが消えた。

僅かに残るガスタが居た場所の土煙が舞い、

ヴラズとバズラは姿ではなく土煙の向きでガスタを追う。


その進行方向を振り向いた瞬間、

防御の要であるバズラの大盾を、何かが掴んだ。


バズラはそれに驚き、

左手に持つ大盾を見ると、

その盾を掴む黒い鉤爪に驚かされた。



「視界の情報だけに囚われるから、そうなる」



そう。ガスタは目の前から居なくなり、

土煙のある左側へ移動したのではない。

それはガスタのフェイクだった。

大盾と土煙の方向による視界の狭さを利用し、

ガスタはバズラの盾の前に移動していたのだ。


掴んだ大盾を腕力のみで引き剥がし、

鉤爪の手で大盾を地面へ投げ捨てた。



「……どうした。大事な盾だろう?拾わないのか」


「――――……ッ!!」



バズラは牛頭族という種族であり、

獣族系統の中でも最も力強い黒牛バッファ族。


不意を突かれたとはいえ、

力自慢の種族の腕力から盾を引き剥がすなど、

その事実はバズラの思考を一瞬だが困惑させた。

その困惑が動揺となり、

右手に持つ大槌を大振りしながら、

ガスタの頭上に振り下ろす為に大槌を振り上げる。


しかしそれは、

ガスタにとっては大きな隙だった。



「ブオオオォォオオッ!!」


「隙だらけだな」


「――……ブ、ハ……ッ」



右手を振り上げた体勢のまま、

バズラは胸への強烈な衝撃を感じた。

息を吐き出すバズラは、

それと一緒に胃液と少量混じる血液を吐き出す。


バズラが纏っていた腹部の鉄の鎧はへこむ。

その場所をガスタが軽く跳躍し、

右膝での攻撃を直撃させていた。


右手に持った大槌を痛みで放したバズラは、

そのまま腹を抑えるように地面に膝を着くと、

ガスタは冷静に右手の鉤爪を振り上げた。


このままではバズラに鉤爪が振り下ろされる。

ヴラズはそれを許さなかった。



「バズラアァッ!!」



ヴラズの掛け声に気付いたバズラが、

意識的に頭と上半身を更に下げた瞬間に、

その頭上をヴラズの斧槍が通過する。


この時、斧槍の突き込む速度は音速を超えていた。

しかもその突き込みは、

素早い撃ち込みを二回行っている。


ヴラズも伊達に警備隊長を務めていない。

そして彼は蜥蜴族リザードマン族長の息子でもある。

『族長の息子』だからという理由ではなく、

彼は実力を持って警備隊長を任されている証拠が、

まさに槍を使った音速での攻撃だった。


ヴラズなりに鍛錬の成果として、

音速による斧槍の二連突きを成している。

それは並程度の魔族であれば、

撃ち込まれた事にさえ気付けずに、

身体に二つの穴を空ける事となるだろう。


並の魔族であれば、だが。


残念ながら目の前に居るガスタは、

並の魔族ではなかった。





*





「――……良い突きだった」


「ば、馬鹿な……私の二連突き(ダブルスラスト)を……」



ヴラズが突き込む斧槍の矛先を、

流血しながらもガスタは左手で掴み止めていた。


その光景を瞠目するヴラズと、

腹部を抑えて苦しみながらも見るバズラは、

最早驚くことしかできなかった。



「音を超える速度で一度目の突きをフェイントにし、二度目の突きで胴を狙う。良い突きだった」



その言葉を聞いたヴラズは、

自分の攻撃を全て見切られていた事を知った。


勘を頼った防御ではない。

全て見切られた上での防御という事実に、

ヴラズは今までの自分の修練が、

本当に正しかったのかさえ疑問に思った。





あの日、30年前に大熊の魔獣に襲われた日。

小隊長だった若きヴラズは、

その油断から大熊の奇襲を受けた。


それを庇ったジャッカスの傷に、

動揺したヴラズは我を失い、

無我夢中で大熊に立ち向かった。


その結果、異変に気付き合流したバズラとピーグは、

ヴラズとの連携が取れずに負担を被り、

小隊は全滅の一歩手前だった。

ドワルゴンが助け出さなければ、

ヴラズを含めた小隊は全員死んでいただろう。


その後、他小隊に所属していた幼馴染みである、

狼獣族だったリュイと小隊仲間の死亡の知らせ。

そして続く、ガスタとジャッカスの失踪。


ヴラズは心の何処かに抱いていた、

蜥蜴族リザードマンとしての誇りを砕かれた。


自分はなんと情けないのか。

私はどうしてこんなに弱いのか。

もっとあの時、私が強ければ。

そんな気持ちを、

ヴラズはこの30年間、抱き続けていた。


それがヴラズには良い面の成長を促した。


子供の頃から見える傲慢さが薄れ、

多種族に対する意識の壁を薄れさせた。

自分の不甲斐なさを埋めるように、

住人達に対して真摯しんしに接するようになった。


そして勿論、修練も続けていた。


今度あの大熊のような上位魔獣が来ても、

倒せるほどのわざを編み出す為に。


その結果、妻を娶ろうとする暇さえ考えなかった。

その行動にはピーグが述べたように、

ジャッカスに対する負い目もあったのかもしれない。





そして習得したのが、

斧槍を使った二連突き(ダブルスラスト)


ヴラズが編み出した、

必殺技とも言うべき武技アーツ


一度目の突きは二択の選択肢がある。

音速で突き込んでから回避されても、

返す斧槍の斧頭を引いて相手の身体に直撃させる。

それが一択目。


今回行ったのは、二択目の攻撃。

高い技量を持つ相手に対して、

音速を超える突き込みのフェイントを行い、

相手が一度目の突き込みを防御しようと、

腕を上げて顔を防ごうとした瞬間に、

がら空きとなった胴へ槍を返し、

二度目の突き込みを同じく音速で行う。


絶え間ない意思と修練で成し得る技を、

ヴラズはこの30年間で習得した。


しかし、その技が初見であるはずのガスタに、

防がれただけでなく、見破られたのだ。

ガスタの防御と言葉は、

ヴラズの自信を喪失させるに充分だった。



「――……そんな……私は……」


「……戦意喪失か」



ヴラズの目に宿る意思が薄れた事を、

ガスタは悟りながら左手の槍先を突き放した。


その勢いでヴラズはよろめきながら、

足と身体を後ろへ傾かせて、

尻餅を着くように地面へ倒れる。

手に持つ槍は零れ落ちるように地面へ落とし、

顔を伏せるように地面へ向けた。


ヴラズの失望するような視線と表情から、

零れるように言葉が漏れていく。



「……この技は……あの日、私の不甲斐なさを埋める為の支えだった……」


「…………」


「……リュイという親友ともを失い、貴方の信頼を失い、ジャッカスの生き甲斐を奪ってしまった事に対する、支えだった……。それが、こうも無意味なわざだったとは……滑稽ですな」


「ヴラズ……」



ヴラズが漏らす声をガスタは黙って見下ろし、

親友が漏らす嘆きの声を、

バズラは驚きつつも聞いていた。


顔をゆっくり上げたヴラズの瞳からは、

涙が溢れるように出ていた。

その涙を漏らすのと同様に、

ヴラズの口から更に嘆きの声が漏れていた。



「……貴方がみなに投げた暴言の数々は、確かに許容できるモノではなかった。しかし、貴方の言葉の裏にある悲しみがあるからこそ、私は同時に思うのです……」


「…………」


「リュイではなく、私が死んでいれば良かったと。私が死んでも他の蜥蜴族どうぞくがその後を継ぐだけ。リュイやジャッカス、そしてバズラやピーグのように、愛する者を持たぬ私が死ねば、誰も悲しむ事など無かったのでは、と……」



その言葉がヴラズの今まで抱いていた、

内情を表す本音だった。


自分が死ねば良かった。

不甲斐ない自分があの時に死に、

リュイやジャッカスが無事であるのなら、

その後に訪れる周囲の不幸はどれだけ無かったかことか。


そう心の何処かで思い続け、

自分を追い込み続けたヴラズの修練けっかが、

あの二連突きを生み出す境地まで至った。


その技こそヴラズの自信そのものであり、

あの技があるからこそ、

ヴラズは村の警備隊長として、

ジャッカス達の親友として居続けられた。


しかしその自信は打ち砕かれた。

いや、否定されたと言い換えるべきだろうか。


この技こそヴラズが自信を持ち、

ガスタと相対しても通じると思える技だった。


この技を持って愚行を行うガスタを止める。

それがあの時の負債を払う事にも繋がると信じて。

今までの自分の行いが、間違っていないのだと信じて。

今でも親友だと言ってくれるジャッカス達に対して、

今の自分が親友たる根拠だと信じて。


だが通じなかった。

それが現実だ。


フォウルという強者が現れた時、

自信に揺らぎが生じるのをヴラズは感じていた。

同時に心の高鳴りを感じた。


ヴラズは満足していたのかもしれない。

二連突きの習得で充分だと満足していたかもしれない。

更なる高みへ昇る事を、

無意識に否定していたのかもしれない。


高鳴る鼓動とは別に、

ヴラズの心に小さな陰りを生み出していた事を、

ヴラズ自身は今、気付いたのだった。



「……ガスタ殿、頼める身ではない事を承知でお願いします」


「…………」


「私の命ではリュイの代わりにはならない。しかし、どうか……私の命をもって、アイリを村へ……ジャッカスへかえして頂きたい」


「ヴ、ヴラズッ!!」



膝を着いたままのヴラズが、

両の手の平を地面へと着け、

頭を下げるようにガスタに頼んだ。


その言葉を聞いたバズラが怒鳴るが、

ヴラズはそのまま言葉を続けている。



「アイリはジャッカスにとって、掛け替えの無い存在なのです。……ジャッカスはあの日の怪我が元で、子を成せなくなりました。ガスタ殿にとって、我々がリュイを死なせた事への罪を問うのであれば、ジャッカスは充分な罪と苦しみを受けています。これ以上、ジャッカスの大事なものを……アイリという『子』を、奪わないでください……」


「言いたいことは、それだけか」


「……はい」



頭を下げて願うヴラズの言葉を、

ガスタは冷たく問い返した。

その言葉で最後だと聞くと、

ヴラズの方へガスタが歩み寄る。


しかし二人の間を阻むように、

地面に落ちた盾を掴んだバズラが、

歯を食い縛り大槌を握り直して、

再びガスタの前へ立ち塞がった。


口と鼻から荒い呼吸を吐き出し、

それと共に少量の血液が流れ出ている。


骨ではなく内臓への痛みを受けたバズラは、

まだ辛うじて立ち上がる余裕と、

戦う余裕を残していた。



「――……ハァ、ハッ……ヴラズ、お前、いい加減にしろよ……」


「……バズラ」


「お前はガキの頃から偉そうで、勝手に何でもかんでも決めてよぉ。正直、そういうところが俺は、苦手だったんだぜ」


「…………」


「でもよぉ……、そりゃあ俺等が頼りないんで、引っ張ってやんなきゃって意気込んでるんだってのは、ちゃんと知ってたんだ」



大盾を左手で構えたバズラが、

それを突き出すようにガスタに向け、

大槌を握る右手の力を強めると、

深呼吸を吐き出しながら魔力を制御し、

身体の内側を癒す自己治癒力を高め、

全身に魔力を巡らせ、身体強化を行う。


ガスタはそれを何もせずに、

ただ傍観している様子だった。


その中でバズラは静かに怒鳴りながら、

地面に顔を伏したままのヴラズに声を掛けた。



「あの日から、お前がウジウジして色々悩んでるのも知ってたけどよぉ……。全部自分で背負ってるみてぇなツラして、んなツラで情けねぇこと言うんじゃねぇよ……」


「……私は……」


「俺は臆病者おくびょうもんだ。こえぇもんはこえぇし、ビビるもんはビビるんだ。それでも、俺だってなぁ……もうダチを死なせねぇ為に、鍛えてんだよッ!!」



そう唸るように声を上げたバズラが、

盾を前方へ押し出すように動き、

ガスタの眼前まで迫った。


そのバズラの行動を軽く流すように、

ガスタは後方へ飛ぶように跳躍する。


しかしそれを追うようにバズラは走り、

左手に持つ大盾を一歩引かせて、

右手に持つ大槌をガスタに振るった。


それさえ難なく回避したガスタだったが、

大槌が直撃した地面は地割れするように隆起し、

その衝撃で地面が弾けるように砕け土煙が舞う。


そして土煙そのものを扇ぐように大盾を振り、

その土煙をバズラはガスタへと流すと、

ガスタの周囲に土煙が散乱しつつ、

舞った小石が大盾にぶつかり、

それがガスタの全身に浴びせられた。


ガスタはそれを回避する事もできたが、

何を思ったか回避せず防御だけで留め、

腕で直撃する小石を防ぐ。


それと同時にガスタの周囲を舞う土煙が、

ガスタの視界を塞いだ。



「ヌウウゥッ!!」



唸り声が短く響くと、

土煙を切り裂くように大槌が現れ、

薙ぐようにガスタの胴体を捉えた。


しかしガスタはそれを回避せず、

片手で抑えるように大槌の先端を掴むと、

腕力だけで振るわれた大槌を止めた。


バズラの奇襲は失敗に終わった。

第三者が見ればそう思うだろう。

そう思わなかったのは、

大槌を掴んだガスタだけだった。





大槌ハンマーがあまりにも軽すぎた。


まるで掴んでいる持ち主が居らず、

ただ投げられただけのような、

そんな攻撃の軽さ。


それが陽動だと悟ったガスタは、

すぐに大槌を手放す。

しかし同時に第二の奇襲が迫っていた。


ガスタの右側から迫る大盾が、

土煙を払いながら近づいてくる。

それがバズラ自身の全体重を掛けた、

大盾を用いた突進だと悟ったガスタは、

腕だけでの力では押し留めるのが不可能だと感じた。


バズラは三メートルの体格であり、

その体重は余裕で五百キロを超える。

それが加速を付けた突進を行えば、

ガスタでも押し合うのは不利かもしれない。


そう感じたガスタは攻撃方法を切り替え、

腕を振り上げるように肩まで上げ、

右膝を上げながら右足を伸ばし、

筋力の高まった右脚で上段蹴り(ハイキック)を行う。


全体重と魔力で強化した身体能力を、

蹴り足に乗せたガスタの攻撃が大盾に直撃すると、

円盾形状の大盾が衝撃で抉れるように凹み、

蹴り足の力で吹き飛ばされる。


ガスタは驚いた。


何故ならその大盾すら、

フェイクだったのだから。


全体重を乗せたバズラの突進攻撃だと思えば、

ただ盾を投げるように押しただけの、単なる囮。


ならばバズラ本人は何処に行ったのか。

ガスタはそれを探す為に、

ハイキックの姿勢を戻そうとするが、

その前にバズラは姿を現していた。


ガスタの背後に。



「!!――……ッ」


「フンヌウウウウゥゥッ!!」



ガスタの背後に現れたバズラの気配に気付き、

ハイキックの姿勢からそのまま蹴り足を回し、

回し蹴りをガスタは行った。


回し蹴りがバズラの顔面へ直撃しながらも、

鼻息を荒げたバズラは踏み止まり、

両腕を広げて、目の前のガスタの身体を締め上げるように、

腕を狭めてガスタを浮かせて抱き、

拘束することに成功した。


黒毛の大腕がガスタを抱き掴み、

バズラの全身全霊をかけた豪腕が締め上げる。

両腕と共に胴を締め上げられるガスタは、

背後で抱き掴むバズラを見つつ、

締め上げる力に拮抗して腕の力で反発している。





魔力で強化した肉体と力を奮い、

奇計ながらも奇襲に成功した形で、

バズラはガスタの拘束ができた。


本来であれば牛頭族の豪腕から成る力で、

締め上げている相手の身体は万力に潰されたように、

痛みと苦痛を伴うはずなのだが、

ガスタを拘束は出来ても、

痛みを伴う攻撃方法としては成功していない。


ガスタが有する腕力と膂力りょりょくがバズラの予想以上であり、

少しでも気を緩めれば、

締め上げる腕を引き剥がされかねない。


一瞬の油断も緩みもできない中で、

バズラは大声を上げて叫んだ。



「――……ヴラズッ、今だぁ!!やれぇッ!!」


「バズラ……」


「いつまでもウジウジしてんじゃねぇよッ!!お前もジャッカスと約束したんだろ、『アイリを連れて帰る』ってよぉッ!!」


「わ、私は……」


「『連れて帰る』なら、お前も一緒に帰らねぇといけないんだろがぁッ!!ここで死んじまったら、約束も守れねぇクズ野郎になるんだぞッ!!」


「…………」



バズラが怒鳴るようにヴラズに声を掛ける。


その言葉の端々には、

今までヴラズに対して溜め込んでいた、

バズラ自身の心情も吐き出されているようだ。



「たかだが槍を避けられたくれぇで落ち込むなよッ、俺達は仲間だろうがッ!!お前の槍が当たらねぇなら、俺が当てれるようにしてんだからよッ!!」


「……ッ」


「早くやれぇッ!!」



バズラの言葉を聞いていたヴラズが、

地面に落とした槍に目を向け、

それを右手で掴んで上半身を起こす。


膝を着いた足を伸ばすように立ち上がらせ、

両手で槍の柄を持ったヴラズが、

なんとか槍を構えた。

失意に満ちていたヴラズの目に、

僅かだが戦意の込めた光が戻っている。


槍を構えたまま数歩進み、

ヴラズは最後の間合いを踏み込むと同時に、

全身に魔力を巡らせ瞬時に筋力を高め、

独特の間接の動かし方を行い、

槍を持つ手を放つように槍と共に撃ち込んだ。



「――……ウォオオオッ!!」


「いっけぇッ!!」


「――……」



唸る掛け声を上げながら突き込むヴラズと、

その攻撃を援護するように、

拘束する腕の力を更に上げたバズラ。

二人の連携攻撃が成功しようとしていた。





しかしあのガスタが、

ただ刺される事を良しとするはずがなかった。



「グ、ガッ!!」


「なにッ!?」



ヴラズの槍先が音速を超え、

ガスタの胴体の腹部へ直撃しようとする直前。


ガスタの浮いた左足が、

膝を上げるように持ち上げると、

そのまま振り下ろした左足が、

バズラの左膝に直撃した。


体重を支えていた左膝が崩れ、

バズラは体勢を崩れ下がりながらも、

ガスタを掴んだままだったが、

下がった体勢が左側の腹部を狙うヴラズの矛先の対象を、

ガスタを拘束するバズラの豪腕に変化させた。


音速を超える槍がバズラの腕へ突き刺さり、

バズラは苦痛の声を上げ、

その惨状にヴラズは驚きの声を漏らした。


幸か不幸か、バズラの鍛え抜かれた腕は、

身体強化で更に強度も硬度も強化されていたので、

腕を貫くほどの傷には成りえなかった。

それがガスタに対する盾として活用されたのが、

ヴラズ達にとっては不幸にあたる部分だろう。


いや、ガスタは信頼していたのだろうか。


バズラが『鍛えていた』という言葉を信じ、

その信頼を持って鍛え抜いた腕を利用する方法を、

皮肉ながらも上手く活用してみせたのかもしれない。


更にヴラズの音速で放たれる槍捌きであれば、

その矛先がバズラの腕を貫通する前に止まると、

信頼していたのかもしれない。


敵への信頼。

ガスタにとってそれは、

戦う相手に対する最大の賛辞だった。





ガスタを拘束していた腕の力が緩み、

ガスタがバズラの腕を引き剥がすと、

地面へ着地したガスタが、

前に居るヴラズの懐へ入りながら、

握り締めた右拳をヴラズの胴体へ叩き込んだ。



「――……グハッ!!」


「その技の弱点は、突き込んだ後の硬直だろう」



高速で動くのではなく、

ゆったりとした緩やかな動きのガスタの攻撃を、

ヴラズは回避する事ができず、

右拳の直撃を受けてしまった。


それはヴラズの技による、

身体の硬直が原因だった。


音速で突き込むほどの攻撃を行う際、

全身の細胞と筋肉の力みは尋常ではない。


それは攻撃前の脱力と比例するように、

異常な力みが全身を伝ってしまう為に、

数秒の硬直が起こってしまう現象だった。


今回はそれと同時に、

バズラに槍が刺さってしまった事に対する驚愕も、

身体と思考の同時硬直に繋がったのだろう。

ヴラズはガスタに殴られるまで、

刺してしまったバズラの方に気を取られていた。





バズラは左膝を砕かれ、

刺し貫かれた左腕から流れる大量の血を右手で抑えて、

その場に倒れるように地面へ横倒しに。


拳の殴打を腹部に撃ち込まれたヴラズは、

槍を手放して身体全体を前へ倒し、

地面へ倒れ伏した。



「言っただろう。手加減はしてやる、と」


「ッ――……」


「――……グッ、ゾォ……ッ」



ヴェルズ村南地区、警備隊長のヴラズ。

ヴェルズ村北地区、警備隊長のバズラ。


この幼馴染みの前衛コンビでもってしても、

ガスタを退けるまでにも至れず、

本気にさせることもできずに、

その場を去り往くガスタの背中を見るしかなかった。





ガスタはその場から離れると同時に、

弓手が逃げた進路を確認する。


地面に鼻を着けるように近づけ、

僅かに残る弓手の匂いを嗅ぎ取り、

その匂いを追跡するように身体を変質させ、

四足で走り始めた。


厄介な相手は必ず潰さなければ、

自分だけでなく仲間の後顧の憂いとなる。

現状でヴラズを含む警備隊長達を倒したガスタだが、

一番厄介だと感じた相手は、

やはりあの弓手だけだった。


ガスタは再び、弓手の追跡を開始した。


弓手が合流しようと逃げる先に、

息子バラスタが居る本陣があることを信じて。





*





地面へ倒れたままのヴラズとバズラは、

感じる痛みの中で恐ろしさをいだいていた。


ガスタの強さに、ではない。


確かにガスタは強かった。

その強さは30年前とは比べることもできない。

下手をすればフォウルにさえ届える力を得ていると、

ヴラズとバズラは感じていた。


しかし、ガスタの性格に関する変化が著しく乏しい。


それはガスタが転生者であることに関係し、

前世からの記憶と人生経験が多いほど、

転生者達の性格的成長性を妨げていることなど、

バズラやヴラズが知るはずもない。


しかし、一人だけそれを予想していた。


変わらぬ性格を熟知した上で、

ガスタの行動を明確に言い当て、

自分達をこの場所に配置するよう意見を述べた、

既に前線を退いて20年以上経つはずの彼女の事を。





自分達の指揮を執る彼女、

セヴィアリュシアという女性の予想を超えた先読みを、

ヴラズとバズラは恐ろしく感じていた。





『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!


誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)


ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ


この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。


https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/

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