第083話 鳴動
相対するドワルゴンとフォウル。
今にも激突しそうな両者。
その睨み合う両者の殺気が混じり合う中で、
それを阻むように、
もう一人の雄も立ち上がっていた。
それはドワルゴンに吹き飛ばされ、
死んだ可能性さえ見せていた侍だった。
「――……待たれよ。そこが鬼の武士よ」
「ん?テメェは……」
「…………」
「ナ、ナニガシさんッ!!無事……なん、ですか……?」
ドワルゴンに胴体を撃たれて吹き飛ばされたナニガシが、
束ねていた髪が振り解かれるように乱れ、
上半身の着物部分がほぼ破れた状態で身体を露出させて、
右手に刀が納められた鞘を握り締めながら、
吹き飛ばされた方向から薙ぎ折られた大木の上を踏み締めて、
ドワルゴンとフォウル、そしてアイリの前に再び現れた。
ドワルゴンに殴られた左の胴体は、
骨が折られ砕かれたような音を思い出されるように、
青く痣が残された状態になっていたが、
その時点でアイリは驚きと共に不自然さを感じている。
何故、痣だけで済んでいるのか。
本当なら骨も砕かれたナニガシの身体は、
歪に凹んだり曲がったりしているはずなのだ。
あのフォウルの凄まじい攻撃に対して、
競合訓練でのガブスがそうなってしまったように。
アイリの驚きと疑問を呈した声に、
ナニガシは答えにならない言葉を口にしながら、
しっかりとした足取りでドワルゴンに向かって歩き出した。
「やはり童の守りをしながらでは、拙者は上手く立ち回れぬ。――……鬼の武士殿よ。先程の言を聞くに、おぬしもどうやら拙者等と同じ存在の様子。童に助太刀した事には感謝しよう。だが、そちらの無礼者は拙者の相手。――……この場は、拙者に譲ってもらう」
「……なるほどな。お前が勇者の野郎が言ってた『聖人』だったのかよ」
凄まじい闘気と殺気を放ちながら歩み寄るナニガシに、
ドワルゴンはフォウルから意識を削ぎ、
ナニガシにも視線を向ける。
そんなナニガシの姿と言葉を見て聞いていたフォウルが、
少々驚くように目を大きく見開きながら、
『聖人』ナニガシを見て何かを納得していた。
勇者が魔大陸に訪れる上で、
人間大陸から出たという情報を知り、
それを追っていたという『聖人』の正体。
それがナニガシだった。
そんなナニガシに口を開いたフォウルが、
疑問を呈すように訝しげに声を掛けた。
「……別に構わんがな。たかだが『聖人』程度じゃ、そこの到達者にはどうしたって勝てねぇぞ」
「勝ち負けではござらぬ。――……そやつは敵でありながら、始めから拙者を見ずに、童へ向かうように戦っておった。それが気に食わぬ。そして――……」
「そして?」
「そやつは、拙者の好いた女子を一度は殺した者。絶対に許さぬ」
最後のナニガシの言葉を聞いたフォウルが、
予想外の言葉と、そしてナニガシの凄まじい殺気の理由に、
アイリの後ろで倒れているミコラーシュ似のダークエルフを見た。
そこである程度の事情を察したのか、
フォウルはアイリの前にドカッと音を立てながら、
尻を地面に着け、胡坐をかいて座った。
アイリはそれに驚いていたが、
フォウルは腕を組んでナニガシとドワルゴンに言い放った。
「――……どうも事情がイマイチだがな、そういう理由なら俺は手を出さん。嬢ちゃんを守るだけに専念してやる。さっさと決着つけてきやがれ」
「かたじけのうござる、鬼の武士殿よ。――……"どわるごん"とやら、今度こそ拙者と戦ってもらおう」
「…………」
フォウルが引いた事に満足したナニガシは礼を言うと、
改めてドワルゴンに対して、戦場の意を唱えた。
ドワルゴンはナニガシと対峙してから、
まともにナニガシに対して相手をしていない。
あれだけの攻防を繰り広げながらも、
ナニガシはそう感じていた。
何故ならドワルゴンは、
アイリがヴェルゼミュートに血を与えた際に発した、
禍々しいまでの魔力の高まりに気付いており、
明らかにアイリが居る事を確信しながら、
ナニガシと相対しつつ移動していたのだ。
アイリとヴェルゼミュートにドワルゴン達が近づいていたのも、
ドワルゴンが意図とした行動だった。
だからこそナニガシは言っているのだ。
今度こそ、自分と戦えと。
「――…………」
「ようやく、拙者を見たな」
ドワルゴンはフォウルとアイリから完全に視線を外し、
拾い上げた石塊の戦斧を持つと、
身体と武器、そして意識をナニガシに完全に移した。
それに満足した声を漏らしたナニガシは、
右手で鞘に入った刀の柄を持ち、
それを腰の巻物に差し入れながら刀を一気に引き抜いた。
*
「フォ、フォウルさん……」
「ん?どうした、嬢ちゃん」
木々が倒され視界が開けた場所で、
ナニガシとドワルゴンが怒号を上げながら、
青白い刀と石塊の戦斧を交えつつも、
己の肉体の全てを駆使して戦っている最中。
そんな状況になっている事に、
不安と怯えを感じているアイリは、
本当にこれで良いのだろうかという気持ちで、
フォウルに問い掛けるように声を掛けた。
それを察したのか、
フォウルは一言漏らすように聞いた後に、
察して続きの言葉を口に出した。
「……あぁ。別に俺はな、嬢ちゃんを助けることだけ頼まれてるだけから、他の面倒事を引き受けるのが嫌なだけだ。だから、あいつ等が勝手に戦おうが何しようが、俺は知らん」
「で、でも……あの人も……」
「『前世持ち』なんだろ?知ってるよ。あの『聖人崩れ』とは人間大陸で会った事がある」
「え……」
フォウルがナニガシと面識があるという言葉に、
アイリは驚きに似た呆気を声から漏らした。
「俺が人間大陸に行ってた時には、嬢ちゃんにやった魔石を使って人間に化けてたからな。向こうが知らんだけで、俺はあいつを知ってるし、話したこともある」
「そ、そう……だったんですか……」
「人間大陸じゃ、凄腕の傭兵だとか言われてたがな。明らかに『前世持ち』だと言わんばかりの見た目と風貌、喋りで察しはついたんで、関わりたくなかったんだがな」
呆れたように言葉を漏らすフォウルに、
アイリは予想以上の驚きを感じていた。
フォウルとナニガシが面識があったこと。
そして『前世持ち』……つまり『転生者』であることを、
フォウル側は既に知っていたこと。
それは何もかも、アイリには想定していない事だった。
「嬢ちゃん。それより俺は、こうなってる事情を聞きたいんだがな。村じゃあ、ジーク坊と嬢ちゃんが誘拐されたってんで、大魔導師達が大慌てでお前さんを探し回ってたんだぞ」
「あ、あの……それは、えっと……。……え?」
「ん?どうした」
「ジーク坊って……ジークヴェルトさんも誘拐された……?」
「そうだ。ジーク坊も昨日の深夜に誘拐されたって話だ。――……ん、一緒じゃなかったのか」
フォウルの口から告げられる出来事に、
アイリは事情が上手く飲み込めずに聞き返した。
その聞き返した言葉を聞いて、
フォウルはアイリが知る情報と、
自分達が把握している情報に誤差があることを、
フォウルは一瞬で悟った。
その悟りを明らかにする為に、
フォウルはぶつかり合うドワルゴンとナニガシに対して、
一度だけ息を吸ってから、
ハッキリとした日本語で声を張り上げて問い質した。
「おいテメェ等ァ!!ちょい戦うの待てッ!!」
「ぬ、なんじゃ」
「!!――……」
怒鳴るように声を掛けてきたナニガシ達が、
戦う構えのまま視線だけフォウルに向けた。
「そっちの侍。お前、この嬢ちゃん以外に、10歳ぐれぇの見た目した男エルフのガキも連れ出してねぇか」
「……?いや、拙者等が連れ出したのは、その童だけぞ」
「狼の男が一緒に居たはずだ。そいつと一緒に、昨日の深夜から朝方に人間の男が誘拐したっつぅ証言がこっちにはあるんだよ」
「狼の男とは……"がすた"殿のことか。拙者等があの妖の町に行き着いたのは、今日の太陽が空を昇る頃合ぞ」
「……えーっと、要するに昼頃に着いたっつぅことか」
その証言を聞くフォウルが、
ナニガシの言葉を聞いて始めて事情を把握した。
今日の昼頃にナニガシとガスタは到着していた。
つまり今日の深夜から朝方までは、
ナニガシとガスタは村には来ていなかった。
それはジークヴェルトを誘拐した、
二人組で行動している人間と左目に三つの傷がある狼獣族という、
ジークヴェルトの従者であるハイヒの証言とは合致しない。
ハイヒとジークヴェルトは、
四日目の祭りである後夜祭が終わった深夜に、
怪しい人物を見かけて追跡した挙句、
逆撃を被ってジークヴェルトだけが誘拐されたのだ。
ナニガシ達がジークヴェルトと遭遇したならば、
昨日の深夜にはヴェルズ村に着き、
その頃から活動していなければならない。
この時点でナニガシ達の証言と、
ハイヒの証言がナニガシの証言とは、
絶望的なほどの差異を表していた。
*
『――……どうやら、ボク達以外にも動いている者達がいるらしいね……』
フォウルの質問を聞いて停止したその場に、
新たな声が現れた。
それはナニガシとアイリには誰か分かる声であり、
ドワルゴンも都度二回ほど聞いた声。
しかしフォウルには聞いた事がない声であり、
なにより頭に響くような声を聞いて、
周囲を見渡して訝しげな顔を向けた。
ナニガシとは真逆の場所から出てきたのは、
フォウルには一人しか見えない。
しかも姿と声が合致しない人物だった。
「ミコラーシュじゃねぇか。お前、こんなとこに居たのか。……どうした、ひでぇ面してんな」
「……元鬼王、来てたのか……」
『ナニガシ、こっちの話し合いは終わったよ。――……ボク達はとりあえず、一時休戦だ』
「なに……どういうことじゃ、"しるヴぁりうす"よ」
「……この頭に響く声、こいつ等の仲間の精神体が話してるようだな」
現れたミコラーシュの顔色が悪い事をフォウルは見分け、
フォウルに一度視線と言葉を向けたミコラーシュだったが、
アイリの後ろで倒れているヴェルゼミュートに視線を向けた。
それに気付いたフォウルは、
まだ事情を把握していない為に、
ミコラーシュの視線の意味を理解していなかったが、
これ以上ミコラーシュと話そうとは考えなかった。
ナニガシもシルヴァリウスに呼びかけられたが、
目の前のドワルゴンに対しては視線を外さず、
持つ刀も緩めずに握り続けている。
ドワルゴンも同様に、
現れたミコラーシュと姿が見えない声を様子見しつつ、
目の前のナニガシに対して決して隙を見せない。
それどころかフォウルの隙を窺うように、
その後ろにいるアイリの様子見さえしていた。
これには流石のナニガシも、
またかという思いを抱いて苛立ちを強めている。
フォウルは頭に響く声が聞こえると、
ナニガシの名を呼んで制止するその声の正体に、
フォウルは察しをつけた。
察しをつけたフォウルの顔を、
その正体であるシルヴァリウスは一度見る。
そしてアイリとフォウルを交互に見ながら、
守るようにドワルゴンとアイリの間で座るフォウルに、
少し優しい表情を見せた。
『初めまして、フォウル=ザ=ダカン。ボクはシルヴァリウス。天使と呼ばれる存在であり、アイリと契約した存在だ。……アイリを守ってくれて、ありがとう』
「嬢ちゃんと契約……?天使が?……おい、嬢ちゃん。どういうことだ、何がどうなってこんな珍妙な事になってんだ?」
「わ、私も……全然、分からないです……」
何がどうなっているのかと聞かれても、
この状況に巻き込まれた形のアイリには全く分からない。
それはアイリの素直な言葉だった。
どうしてヴェルゼミュートやナニガシが、
自分を連れ出すという行動に至ったまでの経緯。
シルヴァリウスと契約する事になった経緯。
そしてドワルゴン率いる魔獣達と、
ドワルゴン本人と直接相対する事になった経緯も、
アイリには理解するよりも先に状況が動いているのだ。
アイリには事情が説明できなかった。
その代わりをするように代表して話し始めたのは、
アイリと契約した存在、シルヴァリウスだ。
『――……ボク達は『破綻者』。そう組織名を名乗れば、ある程度は君にも分かるんじゃないかな。フォウル=ザ=ダカン』
「……なるほど、あいつ等の仲間か。そこの聖人崩れの侍も仲間だったのは初耳だったがな」
『そこで倒れてる彼女はヴェルゼミュート。そしてフォウル=ザ=ダカン、ヴェルゼミュートは君の正体に気付いていたけれど、君はヴェルゼミュートの事を知らないまま、一度だけ戦ったことがあるよね』
「……この女、あの時の呪文使いかよ。風体が結構違うから分からんかったな。……んで、嬢ちゃんを連れていこうとしたのは、お前等の里に連れて行く為か」
『いいや。ボク達はあの人に『この世界の事情を話したいから連れてきて』と頼まれただけさ。里に来るか来ないかは、アイリが決めることだと思うよ』
アイリにはシルヴァリウスが見えている。
そのシルヴァリウスが話す言葉を聞きながら、
その表情と言葉、フォウルが相槌する言葉が、
シルヴァリウスが何の嘘もつかずに、
事実だけ述べている事がアイリにも分かった。
つまり、フォウルは彼等全員と面識があった。
この時までアイリは知らなかったが、
ヴェルゼミュートやナニガシ、そしてシルヴァリウスが、
『破綻者』と呼ばれる組織である事を知る。
当人は組織名だと言っているが、
それはナニガシやヴェルゼミュートさえ知らない名であり、
シルヴァリウスが意味付けとして呼んでいる、
いわゆる『所属』を明らかにする名前だと言ってもいい。
「……『聖人崩れ』に『到達者』の成り損ない。絶滅したはずの『天使族』……なるほど。『破綻者』なんぞと、俺等『到達者』とは真逆の意味を付けるワケだ。皮肉が効いてて良い名前だなぁ、ドワルゴンよ」
「…………」
何かを納得するフォウルはそう言うと、
ドワルゴンにそう語りかけるように声を掛けた。
それはアイリを見ていたドワルゴンに対する、
牽制の意味も込めた呼び掛けだったのだろう。
ドワルゴンに顔を向けたフォウルの目は、
『いい加減に諦めろ』とでも言うように怒気を含んだ視線だ。
そう言い含めたフォウルの視線を回避するように、
ドワルゴンは一度だけ目を伏せると、
そのまま石塊の戦斧を持ち替えた右手に掴んだまま、
ナニガシに背を向けてその場所から離れようとした。
その行動を見たナニガシが、
怒気を含んだ声でドワルゴンを制止しようとした。
「待て、何処に行こうと――……」
『待つんだ、ナニガシ。――……ドワルゴン。君の支配域を犯した事を謝りたい。でも、一つだけ聞いておきたいんだ。聞いても良いかな……?』
「…………」
ナニガシを制止するシルヴァリウスの声は、
同時にドワルゴンへの問い掛けの言葉となった。
その声を聞いたドワルゴンが後ろを振り返り、
ミコラーシュの近くに視線を移した。
それが了承の意だった事は分からない。
何故ならば、ドワルゴンは喋れないからだ。
それを知らないシルヴァリウスに伝えるように、
ミコラーシュが口を開いて、
横に居るシルヴァリウスに話し掛けた。
「――……師匠は、喋れないよ。何を聞いても答えちゃくれないだろう」
『何を言っているんだい。彼はずっと喋っているじゃないか』
「!?」
「は?」
「え……?」
シルヴァリウスの返した言葉を聞いて、
ミコラーシュ、フォウル、そしてアイリが驚いた。
その様子に気付いたシルヴァリウスは、
何かを考えるように少し考えて、
その驚きの正体に気付く事ができた。
『――……そうか。君達は『思念通話』ができないのか。さっきから彼は、ずっとボクと話しているよ』
「……思念通話か。なるほど、魔物や魔獣を使役してるとは聞いてたが……」
「な、なんだよ。テレパスって……お前がやってる精神感応とは違うのか?」
シルヴァリウスが伝えた『思念通話』という言葉に、
フォウルは納得するようにドワルゴンを一瞥した。
その言葉の意味を理解していないアイリの気持ちを代弁するように、
ミコラーシュが『思念通話』について聞き返した。
それに優しく答えたのは、
やはりシルヴァリウスだった。
『『思念通話』。特定の魔族なら使える技術だけど、本来は言葉を介さない魔物や魔獣が使える、一種の超能力と言ってもいい。魔力の波長を合わせた相手に、自分の思考や心象を通わせて話す技術だよ』
「それって、精神感応とは何が違うんだよ」
『ボクがこうやって話している『精神感応』と、彼がやっている『思念通話』は種類が違うんだ。『精神感応』は一方的に思考や心象を相手に与える技術だ。でも『思念通話』は、波長が合う魔力の持ち主同士でしかできない。彼、ドワルゴンはずっと皆に『思念通話』で言葉を飛ばしているけれど、受け取れているのはボクだけみたいだね』
「な……」
シルヴァリウスの話す事柄を聞いて、
初めてドワルゴンがそのような事を行っていると、
ミコラーシュを始めとしたフォウル・アイリも聞いた。
彼は昔から寡黙だったと、
ミコラーシュは話していたことがある。
それは喉元を聖剣で傷付けられてから、
輪をかけて拍車が掛かったようにも言っていた。
しかし、それはミコラーシュや周囲の勘違いだった。
ドワルゴンはずっと喋っていたのだ。
『思念通話』という、通常とは異なる手段で。
「動物に限らず魔物や魔獣ってのも、大体は鳴き声なんかでやってるのは簡単な合図だけで、奴等特有の言語を通してるワケじゃねぇ。だがコイツが配下にしてるっつぅ魔物や魔獣共と『思念通話』で会話してたっつぅなら、魔物や魔獣の統率が取れてるって話も納得だ」
フォウルがシルヴァリウスの話について、
付け加えるようにそう述べた。
それはドワルゴンと魔獣達に関係する事実を、
的確に言い当てていたと言っていい。
魔獣達と『思念通話』で会話が出来ていたとしたら、
ドワルゴンが今までの事を魔獣と通じ合い、
その視点からアイリ達の同行を見て聞いていたなら、
アイリ達に先回りするように魔獣達を動かしていたのも、
納得できる事でもあった。
ヴェルゼミュートがもし起きていたら、
その話を聞いて今までの魔獣達の行動を、
納得せざるをえなかっただろう。
今まで黙っていたドワルゴンが、
ミコラーシュの隣を凝視するように見つめている。
そこにシルヴァリウスが居ると、
ミコラーシュの素振りで理解できたのだろう。
そうしてシルヴァリウスとドワルゴンの二人は、
他の者達とは交えられない会話を行った。
「…………」
『どうしてボクが君の声を聞けるのか、か。前世のボクが動物だったからじゃないかな。君は人間や魔族とは『思念通話』ができないみたいだけど、ボクは動物だったからこそ、君の声を受け取れるのかもしれないね』
「…………」
『そうか、やっぱりそうなんだね。君のその力は、前世から持っていた能力だったんだね』
「…………」
『前世の知識や記憶が引き継がれるのと同様に、転生者達は前世から持っていた微かな能力でも、この世界では魔力という力を通じて自覚できるほど強力になるんだ。君の『思念通話』自体も前世では軽いものでも、君の魔力でとても強力な力になっているんだね』
ドワルゴンが何を喋っているかは、
周囲の人々には理解できなかったが、
シルヴァリウスの口から転生者に関する情報が出てきた。
前世を持つ転生者の中には、
前世から超能力を持つ人間もいるらしい。
それはとても微細であり些細なもので、
ある者は一般的に『超能力』と言われる力を持っていたが、
前世の世界では勘が良い程度の者であったり、
目と目を交わしただけで相手の思考を軽く読んだり、
そういった能力を持つ者達が前世の世界にも居る。
それ等の能力は肉体的な要因から引き継がれるのではなく、
どちらかと言えばそれは、
『魂』の中に刻まれている能力と経験が、
そのまま次の肉体を持つ者達に受け継がれている。
時には転生者では無い者達で、
勘が異常に優れていたり、
知識の応用幅が通常とは異なる思考をする者達は、
言わば前世の記憶だけを引き継がず、
前世の能力だけ引き継いだ者達も存在する。
ここまで読んだ者なら、
予想できるのではないだろうか。
そういった人物達は、既にこの物語に登場している。
ジャッカスという、
勘が異常に発達したゴブリン族の青年。
ヴェルズェリアという、
知識を用いた応用力を持つハイエルフの元女王。
ヴァリュエィラという、
子供ながらに戦闘技術の発達力が高い半狼獣族の少年。
彼等は転生者ではないにも関わらず、
転生者に引けを見せない能力を見せる者達。
それが彼等のような存在だった。
彼等に『転生者』や『前世持ち』と呼ぶような、
そういう特別に呼称すべき呼び名は無い。
強いて付けるのであれば、
『継承者』とでも名付けるべきだろうか。
一説に継承者達は、
『前世持ち』や『転生者』が無事に寿命を全うし、
その魂が記憶を失いながらも、
魂の能力だけを次の肉体に継承したという説も、
後のアイリは、とある人物と話し合う事で考えた。
それを実証することはできない。
少なくとも過去と現在、
そして未来のアイリには。
*
シルヴァリウスとドワルゴンの話し合いは、
周囲には届かない声と共に続いていた。
シルヴァリウス自体も始めは口で言葉を告げていたのだが、
どうやら『聞く』という行為自体がドワルゴンに難しいと、
そう察したシルヴァリウスは口を閉じ、
互いに『思念通話』で話し合われた。
互いに無言で向かい合う光景だったが、
ドワルゴンだけではなく、
フォウルやナニガシにもシルヴァリウスが見えていない為に、
ドワルゴンが木と睨み合いながら、
ただ黙って立っているだけの光景に見えてしまう。
そんな様子が一分ほど続き、
ドワルゴンが目を伏せたかと思うと、
そのまま踵を返して後ろを振り向き、
その場を立ち去ろうとする動きになった。
それをナニガシは止めようとしたが、
やはりシルヴァリウスがそのナニガシを諌めた。
『ナニガシ、彼を行かせてやってほしい』
「……どういうことなのだ、"しるヴぁりうす"よ」
『彼は僕達に対して、もう敵意は向けていないよ。話し合えば、ちゃんと分かってもらえた』
「……とても信じられぬな」
ナニガシが訝しげに言うこの言葉の根拠は、
ドワルゴンの行動全てを怪しんでのことだった。
率いている魔獣達に襲わせた行動や、
ヴェルゼミュートとの対峙、
そしてドワルゴンの目の端に映るアイリを、
いまだに警戒するような気配に対して、
『もう敵意を向けない』などという甘い言葉を、
ナニガシは信じられるはずもなかった。
それは、端から聞いていたフォウルも同様だった。
だから今もフォウルは、
ドワルゴンを目の端で凝視して注意をしている。
隙を見てドワルゴンがアイリを襲うような行動を、
フォウルが防いでくれているようだ。
そのままドワルゴンはその場を立ち去り、
ナニガシとフォウルは目の端でそれを見送ると、
ドワルゴンの警戒から周囲の警戒に移った。
シルヴァリウスはこの事を知ってか知らずか、
その場の状況を進める為に言葉を続けた。
『どうやらヴェルゼミュートは、彼が率いる魔獣達に待ち伏せされていたと思っていた。そしてボク達に警告のメッセージを発してくれた。でも、ボクは少し疑問に思っていたんだ』
「疑問じゃと……」
『僕達の潜入は完璧だった。なのに、あのタイミングであれほど大規模な魔獣の包囲を、アイリを連れ出してからあれほど素早くに実行できるとは思えない。逆に言えば、あれほど包囲しながらボク達が抜け出せる余裕を生んでいたのもおかしい。――……それもそのはずだ。彼は、始めから違う侵入者達を追っていたんだ』
「別の侵入者……先程言うておった者達のことか」
『それは同時に、彼女……ミコラーシュが追っていた相手でもある』
シルヴァリウスとナニガシの会話中、
その彼女と呼ばれたミコラーシュに視線が注がれる。
ナニガシにして見れば、
ミコラーシュは自分の思い人であるヴェルゼミュートに、
非常に類似した外見をしている為か、
少しだが動揺も見られている。
当人であるミコラーシュは、
話半分しか聞いていない様子で、
やはりアイリの後ろに倒れている、
ヴェルゼミュートへと視線を注がれていた。
ヴェルゼミュートとミコラーシュの関連性は、
魂と魂を掛け合わせた親子に近い関係だったが、
その実は『複製』に近い形であり、
精神体と肉体の関係とも言うべきもの。
その事実を知ったミコラーシュは、
目の前に倒れている女性を母親として心配すべきなのか、
それとも侵入者として相対すべきなのか。
それを悩んでいたのかもしれない。
そんな半放心状態のミコラーシュに対して、
フォウルが横から口を出すように声を掛けた。
「――……そういや、ミコラーシュ。お前ずっと何処に居やがったんだ。大魔導師の奴が随分と心配してたぞ」
「……あっ、あぁ。アタシは……」
ヴェルズの名前をフォウルから聞かされて、
その時になって半放心状態からミコラーシュは脱した。
目の前に倒れる実母と、
自分を心配していたという義母。
この二つを天秤にかけた状態であれば、
今のヴェルゼミュートには義母の存在の方が大きい。
衝撃の度合いで言えば、
遥かに実母であるヴェルゼミュートが大きくはあるが。
「アタシは……年寄りに頼まれて、ジークヴェルトの奴を探してたんだ。街中は完全に年寄り達に任せて、アタシは外を探してた。大事にもできないから、単独で。そしたら、奇妙な二人組を見つけたんだ。子供のエルフくらいの荷物を担いでて、ここらへんの森の中でコソコソ動いてたから、取っ捕まえようと思ったんだけど……」
そこまで口にしたミコラーシュは、
少々悔しそうな表情で顔を歪めた。
「魔力を感じなかった奴は、多分人間だと思う。そいつは荷物を担いだまま、結界の外まで逃げられて何かを使って転移された。あの半獣人の小僧は、アタシを挑発しながら逃げ続けられて……」
「今まで鬼ごっこ遊びをしてたっつぅことか」
大鬼であるフォウルが言う鬼ごっこという言葉は、
ミコラーシュは知らない言い回しではあったが、
追い掛け回して捕まえられずに現在まで至るこの状況は、
フォウルが『遊び』と皮肉る言い方をしてもしょうがない。
「んで、結局ジークヴェルトは結界の外に連れ去られたってことか。……おい、お前等は本当にジークヴェルトの誘拐には関わってねぇのか?」
呆れた表情を見せていたフォウルが、
ナニガシと見えないシルヴァリウスに聞くように、
そう訝しげに聞いてくる。
先程はナニガシが答えていたが、
今度はシルヴァリウスが答えた。
『ボク等はアイリを連れ出しただけだよ。あの町はアイリを異様なほど監視していたから、少々手荒い手段になってしまったのは、申し訳なかったけど』
「……なるほど。村の奴等の嬢ちゃんに対する好意が、返ってコイツ等にも要らん誤解を招いたのがみえるな」
『誤解?』
フォウルの言う『誤解』という言葉に、
シルヴァリウスは不思議そうな声を向ける。
フォウルは魔族語で話している為に、
それが理解できないナニガシには、
シルヴァリウスが同時に通訳しているようで、
フォウルの言葉を聞いてナニガシも不思議そうな顔をした。
「この嬢ちゃんはな、ちょいと前にあの町で見つかって、そん時にはボロボロだったらしい。だから村の奴等は、そんな嬢ちゃんを見守ってたっつぅのが本当のトコだ」
『……つまり、あれは監視であるけれど、アイリを警戒していた意味合いではないのかい?』
「らしいぞ。俺が聞いた限りじゃな」
その事実を初めて聞かされたシルヴァリウスは、
それもナニガシに通訳して同時に伝えた。
それに納得したように頷いたナニガシは、
投げ捨てていた鞘を拾い上げながら、
腰巻きに差し、刀を鞘に納めた。
「――……やはり、そういう事であったか。ならば童は『てんせいしゃ』だとは、あの者達には気付かれておらなんだか」
「さぁな。だが俺が見た限りじゃあ、あの町には『転生者』や『前世持ち』なんぞと知ってるような様子を見せたのは、誰もいねぇな。大魔導師もそういう知識を持ってるかは、良いとこ半々だろうぜ」
そう言ったフォウルの意図は、
今にして思えば魔王ジュリアのせいだろう。
魔王ジュリアが転生者であり前世持ちだと、
そう疑っているフォウルにして見れば、
そのジュリアと長く過ごして来たヴェルズが、
転生者などの情報に関して何も知らないはずがないと、
そう思っていたのかもしれない。
同時にヴェルズは、
転生者である勇者とも面識があった。
浅くとも長く付き合って来た者達であれば、
何も聞かされない場合でさえ、
非転生者であるヴェルズには何かしら疑問を抱いていただろう。
ならば独自で転生者という存在に関して、
ヴェルズが何かを調べていた可能性は高い。
しかし知り過ぎてもいないようで、
転生者に関係する外面的な部分さえ、
ヴェルズが理解しているのは半分以下だと、
フォウルは意識的に計算していたのかもしれない。
そのフォウルの計算は、
概ね当たっていたと言うべきだった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
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