第082話 両雄激突
場面はアイリ達の視点に戻る。
ヴェルゼミュートに血を飲ませる為につけた、
傷口の出血を抑えるようにしていたアイリが、
奇妙なモノを確認してしまった。
それは周囲の環境のことでも、
ヴェルゼミュートの様子のことでもない。
アイリ自身の身に起こっていたことだった。
ズキズキと熱い感覚だった手首の傷口が、
瞬く間に治っていくのだ。
溢れ出て腕の肌を伝う血が傷口に戻り、
赤い血が赤い魔力を帯びた状態で輝くと、
まるで細胞が『戻る』ように治ったのだ。
その光景を目にしたアイリは、
驚きと共に不可思議な感覚を味わっていた。
自分の意思とは関わりなく、
勝手に身体の中を駆け巡るように魔力が漲る。
魔力制御や魔力放出をしていないのに、
このように魔力が溢れ出るような感覚を、
アイリは初めて感じていた。
それはアイリ自身の体内器官が活性化し、
脳にある魔力を司る器官が生み出す魔力が、
アイリの身体を満たすように巡っているのだ。
これはセヴィアなどが抱えていた『魔力減衰症』とは、
全く逆の現象だと言っても良い。
むしろその兆候は魔力の暴走にも例えられるが、
数分ほど経つと生み出される魔力は止まり、
傷口が完全に元通りに完治すると、
いつものアイリの状態へと戻った。
そう、いつもの状態へ。
魔石を通じてアイリの身体を纏っていた『悪戯』の魔術も、
完全に解けていた。
アイリの瞳が赤色に戻り、髪も銀色に戻っている。
この時にアイリは自覚していなかったが、
ヴェルゼミュートに血を与えた時に、
その血から流れ出た魔力は尋常な量ではなかった。
それはまさに、
『マナの実』の果汁を思い起こさせるほどの、
禍々しくも膨大な魔力を含んだ血だったのだ。
ヴェルゼミュートに与えた魔力を補充するように、
魔力を勝手に生み出したアイリの身体は、
勝手に魔力を満たす現象。
そのせいなのか分からないが、
『悪戯』も新たに流れ乱れる魔力に掻き消され、
解けてしまったのかもしれない。
これ等の現象は、
他の魔族達には見られない現象だった。
言うなればその現象は、
『突然変異体』特有の身体現象なのだろう。
それがアイリの意思で行われたのか、
それかアイリの中に居る魔王ジュリアが行ったのかは、
また別としても。
アイリは自分の傷を、
自分自身で治してしまったのだった。
その瞬間を直接目で見てしまったアイリは、
二つの誤解をここで生んだ。
一つ目は、治癒過程の認識を誤解している。
二つ目は、自分の血を治癒薬だと誤解している。
それ等の誤解が解ける段階にアイリが進むのは、
もう少し後のことだった。
自分の治癒を見届け誤解したアイリは、
急に聞こえ出す周りの轟音に意識を向けた。
木々が切断されるように薙がれ、
地面へ直撃するように倒される音が、
アイリとヴェルゼミュートに近付いているのだ。
そしてそれを証明するかのように、
アイリとヴェルゼミュートを囲んでいた木々の一部が、
幹を引き裂かれて倒れるように他の木々と衝突し、
その勢いに押された若い木が、
ミシミシと音を鳴らしながら悲鳴をあげる。
これはナニガシとドワルゴンの戦いの影響であり、
同時にシルヴァリウスとミコラーシュの戦いの結果でもある。
周囲の木が倒れそうだと察したアイリは、
この場から少しでも遠ざかる為に、
倒れているヴェルゼミュートをなんとか引き起こそうと、
ヴェルゼミュートの片腕を持ち上げて上体を起こし、
その胸を背中に付けて背負うような形で運ぼうとした。
「――……ッ、お、重い……」
ヴェルゼミュートが聞けば、
激怒しそうな言葉をアイリは漏らす。
人間で言えば5歳前後の体格のアイリと、
人間で言えば成人女性の体格のヴェルゼミュートでは、
明らかに運ぶ側と運ばれる側が逆に位置する差があった。
背負うことを諦めたアイリは、
引き起こした上体をそのままに、
ヴェルゼミュートの背中側に回って脇へ腕を通し、
肩を掴んでヴェルゼミュートの足を引き摺るように移動させた。
背負うよりも多少は楽ではあったが、
やはり少女の非力な力では成人女性の身体を移動させ難い。
しかしそれを解決する案を、
アイリはふとした拍子に思い出した。
「……自分の魔力を制御して……留めつつ放出する……」
呟くように復唱するその言葉は、
競合訓練の時にフォウルから教わった、
『魔力制御』と『魔力放出』を身体全体に行う複合魔技。
それは『身体強化』と呼ばれる技術。
意識的に肉体全体を『身体強化』し、
通常時では引き出せない力を魔力で補いながら、
無類の腕力や脚力、そして強靭な肉体を形成する魔技。
魔族であるならば、
筋肉に力を込めるだけで同様の効果が使える者もいるが、
無意識にそれを行うことと、
無意識に近い形で意図的に行うことでは、
熟練度が全く違うらしい。
無意識に行うソレは未熟の表れであり、
魔力を放出させたまま駄々漏れさせているだけだという。
逆に無意識的に『魔力制御』を行いつつ『魔力放出』すれば、
魔力は駄々漏れせずに身体に万遍なく、
魔力による高まりを十二分に発揮できるそうだ。
フォウル等の魔技熟練者は、
既にそれを無意識にでもやれるので、
あまり説得力が無いのだが。
意識的な『身体強化』で身体を強化し、
自分の倍以上はあるヴェルゼミュートの身体を、
アイリはなんとか引き摺りながら移動していた。
しかし迫ってくる轟音が遠ざかるわけでもなく、
むしろどんどんと近付いてきている。
まるでアイリ達を追ってくるように。
それをアイリが意識的に察したのは、
進もうとする後ろ側の木々が薙ぎ倒され、
凄まじい衝撃が地面を抉りながら、
その衝撃によって起きた風圧を浴びたアイリが、
横転するようにヴェルゼミュートの身体ごと倒れた時だった。
そして薙ぎ倒された木の幹を踏みつけ現れる、
二人の姿……正確には一人の姿に、
アイリは恐怖するように震え始めた。
アイリの視界に映ったその人物は、
『最強の戦士』ドワルゴン。
アイリが魂から恐怖し畏怖する存在だった。
同時にアイリ側を守るような立ち位置で、
下がるように飛んできたのは、
『侍』であり『聖人』であるナニガシだった。
アイリと回復したヴェルゼミュートを、
視界の端で捉えたナニガシは、
ドワルゴンを見据えながら安堵するように息を漏らし、
やや後方ながらも後ろで守るアイリ達に、
呼びかけるように怒鳴った。
「童よ!!"ヴぇるぜみゅうと"は!?」
「……あっ、は、はい!傷は治りました。息もちゃんとしてます!」
ナニガシの怒鳴るような呼びかけに、
アイリは震えながらも気付いて言葉を返した。
日本語で会話する二人だったが、
同時にナニガシに相対するドワルゴンにも、
情報を与える結果になっていたが。
倒したはずの侵入者が完治し、
さらに治癒したであろうアイリの存在に気付いたドワルゴンは、
睨むようにアイリを見据えた。
その睨みに気付いたアイリは、
萎縮するように怯えて身体全体を震わせ、
『身体強化』を解いてしまった。
アイリを睨むように意識を向けているドワルゴンに、
ナニガシは気付いて不快な感情を与えられた。
目の前で対峙している男が、
武器を持った自分ではなく、
非力な少女に全ての敵意と警戒を向けているのだ。
それはまるで、
対峙している自分が少女よりも弱く、
警戒にさえ値しないと言われている態度に等しい。
兵法者としての矜持を持つナニガシは、
猫の尾を踏まれたような怒りを感じ、
右手で掴んでいた複数の小石をドワルゴンに投げつけた。
投げつけたと言うには、
その投げた小石の速度は時速200キロを超えた速さであり、
豪腕の野球選手を遥かに凌駕する速度だ。
しかし顔面と胴体に直撃するはずの小石は、
苦も無く胴体に飛ぶ小石を掴み取られ、
頭部へ直撃する小石を僅かに動かして、
ドワルゴンは二つの小石を回避する。
回避した小石は、
ドワルゴンの後ろの生える木に直撃すると、
木の幹の内部に貫通しながら刺さった。
それでもまだ、
意識をアイリに割いているドワルゴンの様子に、
流石のナニガシもドワルゴンに静かに怒鳴った。
「――……貴様、拙者よりその童に気を散らすとは、どのような了見か」
「…………」
「妖の中にて『戦士』と呼ばれておる者がいると聞く。それがおぬしだと思っておうたが、どうやら乳飲み子に現を抜かす愚か者のようだ」
日本語で挑発するようにナニガシは言葉を飛ばすが、
それでもドワルゴンの意識はアイリから離れない。
それどころかドワルゴンは、
おもむろに上体を前屈させて周囲に倒れる大木の一本を掴み、
ミシミシと音をたてながら片手で木の幹を持ち上げた。
そのまま木を持ち上げて上体を起こし、
睨むようにドワルゴンは、アイリを見た。
「ま、まさか!!」
ドワルゴンの行動の途中までを見ていたナニガシは、
アイリとドワルゴンの合間に立ち塞がるように移動したが、
その時には既にドワルゴンが持つ大木は、
投擲される道具として利用されていた。
ナニガシが小石を時速200キロを超える速度で飛ばしたのに対し、
ドワルゴンの大木は時速150キロほどの速さだろうか。
それでも横幅長い大木がこれほどの速度で投げ飛ばされ、
しかもそれがアイリ達に飛ぶ光景は、
ナニガシに明らかな焦りを生まれさせた。
ナニガシだけならば回避は可能だろう。
しかしドワルゴンを見て萎縮するアイリと、
気絶しているヴェルゼミュートでは、
回避どころか、避ける動作さえ間に合わない。
かと言って投げ飛ばされた大木を切り裂いても、
あの速度で投げられる大木はそのまま直進し、
間違いなくアイリとヴェルゼミュートへ直撃する。
それを一瞬で察してしまったナニガシは、
手に持っていた小石を投げ捨て、
自分の身体を盾にするように立ち回った。
投げ飛ばされ微妙に回転が加わる大木の幹が、
ナニガシの身体の正面へ激突する。
自分の顔や胸などの身体を受け口にし、
片腕だけの右手で大木を押すように抑えて、
ナニガシは地面を削るように足を引き摺りながらも、
アイリ達から十メートルほどの距離で、
大木の速度と威力を完全に殺した。
止まった大木をナニガシは横へ落とす。
ナニガシの顔面と身体の正面は、
多少の傷を残しながらも、まだ無事だった。
右手だけで受け止めていれば、
あるいは右手の骨や筋肉を潰してしまい、
腰の刀をもう一度抜けなくなっていたかもしれない。
しかし予想外の出来事は、
ナニガシの許容を突破して起こっていた。
ドワルゴンの大木の第二撃が、
既に投擲済みだったのだ。
しかも今度は横回転しながら大木は投げられ、
先程より速度は遅いながらも、
ナニガシと後方のアイリ達を巻き込む為に、
その大木は投げられている。
ナニガシは目を見開き、
右手で腰の鞘から刀を抜き放った。
同時にナニガシは刀の峰となる部分で、
左から右に凪ぐように刀を大木に当てると、
右手の豪腕で大木を押し退けた。
回転しながらも僅かに軌道が逸れた大木は、
後方のアイリの僅か数メートル先を掠めながらも、
直撃を免れることに成功する。
しかしそれすら、
ドワルゴンにとっては囮だった。
「――……ッ!!」
二つ目に投げられた大木の後ろに、
ドワルゴンは張り付くように走って付いて来ていた。
大木を逸らした瞬間に気付いたナニガシは、
振り切った右手を戻すように肩と肘を動かしたが、
既にそれさえ手遅れな行動だった。
「グ、ハッ…………」
拳を握り締めたドワルゴンの右手が、
ナニガシの左側の胴体へ直撃した。
無い左腕では防ぐこともできず、
身体から歪で不快な『ボキッ、ゴキッ』という音を鳴らし、
ナニガシはアイリから見て左側に吹き飛ばされた。
木々に直撃するようにナニガシは吹き飛び、
アイリの前から姿が消えながらも、
木や地面に激突しながら飛ぶ音がその方角から聞こえる。
その音が鳴り止んだ瞬間に、
アイリとドワルゴンの周囲には静寂が訪れた。
ドワルゴンの圧倒的な威圧感は、
アイリの目を釘付けにさせていた。
それは恐怖から来る硬直でもあり、
ナニガシが吹き飛ばされたことへの驚きと、
その後のナニガシがどうなってしまったかという、
アイリが僅かに考えてしまう恐怖の思考だった。
アイリはナニガシが強い事は、
シルヴァリウスとの会話や話で察しはしていた。
しかしあれだけの攻撃を受けては、
人間のナニガシでは無事では済まない事を、
アイリは無意識に察してしまった。
それと同時に思い浮かべたのは、
傷だらけで死んでいたヴェルゼミュートの姿。
ナニガシもそうなっているのではという、
恐怖の中で僅かに察する思考力が、
アイリの今やるべき行動を考えさせられる。
自分の血をナニガシにも飲ませ、
ヴェルゼミュートのように回復しなければならない。
その思考にアイリは至ることはできたのだが、
対峙するドワルゴンはそれを察してか、
それを阻むように歩いて近づいてくる。
それに気付いたアイリは、
倒れているヴェルゼミュートを掴み、
再び『身体強化』を行って必死に離れようとした。
しかし一メートルほど動く事を許す間に、
ドワルゴンはアイリ達の目の前に立っていた。
「…………」
「あ、あ…………」
凄まじい殺気を纏わせながら、
目の前の少女を見下ろすドワルゴンの様相。
何か言葉を口にしようとしたアイリだったが、
その口からは漏らすような恐怖の声しか出ず、
怯えるように震える身体は力が抜け、
立ち上がる脚は、へたり込むように地面へ着いた。
そんな子供のアイリに対して、
ドワルゴンは容赦がなかった。
戦斧を持たない右手をピクリと一瞬動かしたが、
それを留まらせるように右手を握ると、
今度は左手に持ち替えていた石塊の戦斧を、
頭の上まで振り上げたのだ。
それは明らかに、
ドワルゴンがアイリを殺す為に武器を構えた瞬間だった。
それと同時にアイリは思い出していた。
自分の前世の事を。
そして自分が前世で死ぬ直前の出来事を。
フォウルと共に食堂で話した時、
アイリは僅かに消えていた前世の事を思い出していた。
今まさに目の前で起こっている出来事が、
前世でもアイリは体験していた出来事に、
非常に類似していることだった。
姉と心中する前に、
血塗れの中で自分と姉が座りながら、
泣く様に抱きしめられていた事を。
そして傍で倒れていた血塗れの男が、
姉の結婚相手であり、自分の義兄だった事を。
その映像とも言うべき記憶より、
僅かに戻った時間の記憶。
それは、義兄が愛理と姉へ何かを振り上げて、
頭から僅かに血を流して倒れる姉と自分に、
襲い掛かるように殴ろうとしている光景を。
そしてその後の事も、
アイリは思い出していた。
義兄の血が首から流れ出ている。
そして自分や周囲の床を血塗れにし、
自分に抱きつき泣く姉にも血を移した原因と結果が、
自分の持つ包丁だということを。
アイリは思い出していた。
*
「――……た……けて……」
今から起こるであろう恐怖の中で、
アイリは僅かに声を出した。
それは掠れそうな声だったが、
確かに言った。
「……誰か……助けて……」
その赤い瞳に溢れるような涙が浮かび、
身体はヴェルゼミュートを守るようにしながらも、
背中に担いでいた魔剣を抜いて震えるまま、
歯を食いしばった泣き顔で、
アイリはドワルゴンに対峙していた。
あの時の姉を守った時と同じ様に。
けれどその絶望感は、
明らかにあの時とは比べ物にならない。
だって今度は、勝てる見込みがないのだから。
だからこそ、アイリは声を出していた。
それしかアイリにはできなかった。
「……助けて……」
漏らすように助けを求める声は、
影が落とされたドワルゴンの表情には届かず、
無慈悲に戦斧を振り落とさせた。
まるでスローモーションで見るように、
自分に向けられる戦斧の動きを、
アイリは見ていた。
その時にアイリが思い浮かべたのは、
僅か数週間のヴェルズ村での思い出。
自分に優しく接してくれたジャッカスを始めとした、
ヴェルズ村の魔族達。
そしてもう一人。
アイリが初めて出会った、
『転生者』あるいは『前世持ち』と呼ばれる存在。
「フォウルさん……」
最後にアイリが呼んだ名前。
それは元は鬼王であり、
自分と同じ『前世持ち』であり、
機嫌が良いと「ガハハッ」と笑うフォウルだった。
振り下ろされる戦斧を見て、
強張るように目を伏せたアイリは、
自分の死を覚悟できぬまま、
その名前を縋るように呼んだ。
自分の死が迫りながらもアイリが考えたのは、
フォウルのことだった。
アイリの伏せた目の前で、
凄まじい金属音が鳴り響く。
それは異質な金属と金属がぶつかり合い、
周囲の静寂さを一瞬で掻き消した音。
それと同時にアイリが目を伏せたまま聞いたのは、
重量のある物が地面へ落下した音だった。
アイリは目は伏せていた赤い瞳を開け、
その正面を見た。
しかし正面の風景は、何も見えない。
何故ならアイリの目の前には、
黒と茶で混合された色合いの服と、
赤い皮膚で覆われた身体が立ち塞がっていたからだ。
目の前の人物の股下を覗くと、
戦斧を振り下ろしたはずのドワルゴンは、
その人物の正面へ吹き飛ばされ、
左手に持っていた戦斧は離れて、
地面へ突き刺さっている。
何が起こったのか分からないアイリは、
呆然と股下から見える光景を見ていた。
そして正面に居る身体の持ち主が、
アイリに対して声を掛けてきた。
「――……嬢ちゃん、無事か?」
「……フォウル、さん……?」
目の前の人物の名前をアイリは呼ぶ。
すると目の前の人物は、
背を向けていた身体をアイリの正面へ向き直した。
身体は四メートル弱ほどの体格。
額には二つの黒い角を持ち、
口の歯は尖った部分が目立つ。
全身は赤い肌に覆われながら、
魔力を滾らせる全身からは、
圧倒的なまでの存在感が感じられる。
そしてその顔は、
競合訓練や魔力収納の特訓中に、
茶化すような挑発するような、
そんなニヤりとした顔。
「どうした嬢ちゃん、そんな情けねぇ顔してよ。そんな顔して帰ったら、あのゴブリンの旦那が心配するだろうが」
「――……フォウル、さん……。フォウルさん……ッ」
手に持っていた魔剣をゆっくり地面に置き、
震える足でゆっくり立ち上がったアイリは、
震える身体をヨロヨロと動かしながら、
フォウルの足元へ辿り着いた。
その足の裾を両手で掴みながら、
我慢していた溢れ出る涙と、
恐怖に負けた怯える顔を必死に擦り付けて、
アイリは目の前のフォウルにしがみ付いた。
アイリはフォウルの前では我慢しない。
そういう約束をしていた。
ヴェルゼミュート達に連れていかれる不安感を我慢し、
次々と起こる魔獣達の襲撃される恐怖と不安を我慢し、
ドワルゴンを前にしても泣く事を我慢していた。
だからこそ生誕祭三日目の食堂で、
『俺の前じゃ我慢しなくていい』と言ったフォウルの前では、
アイリは子供のように泣き続けた。
そもそも、今のアイリは本当に子供なのだが。
「おいおい、鼻水ぐちゃぐちゃの顔で擦るなよ。ほれ、またコレでも使え」
そう言ってフォウルは屈みながら、
右手に持つ黒魔曜鉱石で出来た戦斧、
魔剣ヴァルディールを地面に置くと、
以前に食堂で渡した黒い手拭を魔力収納から取り出し、
それをアイリに渡す。
それをアイリは片手で受け取りながらも、
片手は必死にフォウルの足の裾を掴んでいる。
黒いタオルに以前のように顔を押し付け、
アイリは大声で泣いた。
この唐突な状況の連続で、
混乱し続けるアイリを感情を吸い込むように、
その黒い手拭はアイリの涙と声を吸い込み続けた。
その間にアイリの頭を、
フォウルは大きな手で優しく撫でた。
泣き続けるアイリだったが、
優しく撫でられるフォウルの手に、
とてつもない安心感を感じていた。
*
アイリが一頻り泣いた後、
フォウルの後方で動く気配があった。
倒れるように地面へ吹っ飛ばされていたドワルゴンが、
身体を起こして立ち上がったのだ。
その気配を感じ取ったフォウルは、
アイリを優しく撫でていた手を止め、
地面に置いていた自分の魔剣を持つと、
アイリを隠すように後方へ下げてから、
半身をドワルゴンに対して向けながら、
まさに『悪鬼』と呼べる形相で睨んだ。
対するドワルゴンも、
『羅刹』を思わせる形相で睨み返す。
二人の対立する殺気が混じり合う中で、
先に声を出したのはフォウルだった。
そもそもドワルゴンは喋れないので、
この沈黙を破るにはフォウルが喋るしかない。
「テメェは、どうしても嬢ちゃんを殺したいらしいな。ドワルゴン」
「…………」
「この状況、イマイチどういうことか理解できてねぇが……」
そう言って頭を掻いたフォウルは、
アイリの傍で倒れるミコラーシュに似た顔のダークエルフと、
別方向から感じる精神体と思しき魔力を感じながら、
頭を掻いていた手を止めて、
その手の人差し指を正面にいるドワルゴンへ突き出した。
「もし嬢ちゃんを殺したいってんなら、まず俺に勝ってからにしろや。黒豚野郎」
「…………」
敢えて日本語で告げるフォウル言葉に、
ドワルゴンはフォウルに初めて『敵意』を向けた。
何故日本語で話し掛けたのか。
それはフォウルがドワルゴンを既に『日本人』の転生者、
あるいは日本語を知る相手だと断定した上で、
挑発するように口上を述べていた。
あるいは、ドワルゴンの前世に関して、
何かを察しているのか。
そうして到達者である両雄が、
向かい合うように立ち合った。
赤鬼と黒鬼。
大鬼族と悪鬼族と呼ばれる魔族。
その二つの両雄が、今まさに激突しようとしていた。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




