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『赤瞳の戦姫』~転生したらオークに拾われました~  作者: オオノギ
幼少期 第二章一節:破綻者(後編)

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第079話 生死の始まり


ドワルゴンに空中で撃墜され、

叩きつけられる地面や木の硬さを味わうように、

地面を抉りながら吹き飛ばされたヴェルゼミュートは、

走馬灯に近いモノを見ていた。


意識が朦朧とする中で思い出していたのは、

今から数百年ほど前の思い出。


転生してから団長と呼ばれる人物に救い出され、

あの(ナニガシ)と出会った時までの話。





ヴェルゼミュートは人体実験をされている場所から、

団長ちゃんの手で救い出され、

ある辺境で暮らしながら紋印しるしの研究をしていた。


私自身に刻まれた紋印しるしが私を縛る限り、

私は元の状態には決して戻れない。


だから私は、失われた技術である紋印しるしを学び、

紋印しるしに因る呪縛を打ち破る為の技術を、

私自身が身に付ける為に、

この世界で戦う術と、知識を求めていた。


私自身は戦闘に関する才能が無いことを、

その辺境の里に案内した団長ちゃんに指摘された。

けど、戦闘経験を積む事自体は無駄ではないと思い、

実戦経験を積み重ねてきた。


団長ちゃんの仕事を請け負っていたのも、

その一環だったと言ってもいい。


そんな日々が数百年続く中で、

団長ちゃんが人間の男の子を連れてきた。


10歳前後に見えるその男の子は、

この世界では珍しい黒髪と黒眼の人間種族。

日本人特有の顔立ちをしているのだと、

転生者である私は気付く事ができた。


ただしその男の子は、

左手を肘の先まで失っていて、

ガリガリに痩せた姿をしていた。


団長ちゃんは偶然発見したその子を、

この隠れ里に連れてきたらしい。


まだ用事があると言って、

団長ちゃんは無責任に私にその子を預けて旅立ってしまった。


子供の世話なんて出来ないと言ったのに、

本当に団長ちゃんは強引だと、

その時は呆れ混じりの溜息を吐き出しながら、

意識を失って左腕の傷も生々しいままの男の子を見て、

しょうがないという気持ちで看病した。





意識を取り戻した男の子に、

左手の傷口を綺麗に塞ぐ治療をした。

ついでに手軽な料理を用意した。


人間の体には魔力が通っていないので、

治癒魔術や回復魔術が通じないし効かない。

攻撃魔術みたいに魔力マナを物質に変換して、

相手にぶち当てるのとではワケが違う。


クソマッドサイエンティストのせいで、

自分の身体でやられた実験の事を覚えていた私は、

ソレを多少真似ながら傷口の治療を魔術無しでやった。


治療を終えた後で、

私が男の子に差し出した食事の内容は、

日本人なら懐かしい『おにぎり』。


この隠れ里では様々な様相ながらも、

何百という転生者達が暮らしていて、

日本人転生者で農業系に詳しい人々が頑張ったおかげで、

米・醤油・味噌などの日本では一般的な調味料が、

ほとんど再現できているようだ。


まぁ、味覚が無くなっていた私には、

ほとんど関係の無い話だったけど。

だから私自身では料理の味見はできない。

簡単で不恰好な握り飯しか作れなかった。


でも、その男の子にとっては御馳走だった。


それを見た男の子は無我夢中でおにぎりを掴んで、

必死に口の中で詰め込んで案の定むせたので、

私は用意していた水も渡して飲むように言った。


その男の子は、やっと私の方を見て日本語で言った。



『……かたじけない……かたじけない……』



随分と古めかしい日本語だったけれど、

それが「ありがとう」という意味だと知っていたから、

『別にいいわよ』と返しておいた。


泣きながら右手だけで男の子が握り飯を食べる光景は、

私の中に残っていた多少の良心を刺激した。


私も監禁されて実験されていた始めの頃は、

涙を流しながら耐えていた。


いつかアイツに復讐してやるんだという、

私の気持ちを消さない為に、

嫌な事でもワザと残していた記憶。


それが私に残っていた唯一の感情を刺激して、

人間としての唯一の心を忘れないようにしてた。

それが復讐心の起点となる記憶なのは、

我ながら皮肉だけどね。


そして同時に考えたのが、

前世の親友の事でもある。


あの子がこの世界に転生しているのだとしたら、

目の前の男の子のような姿になっているかもしれない。

あるいは、持ち前の才能に振り回されて、

誰かに酷く利用されているか、

その才能のせいで孤立しているかもしれない。


そう思うと今すぐ飛び出して、

あの子を探したい衝動が起きるけど、

転生していると確定しているワケではないから、

今探しても見つからない可能性が遥かに高い。


団長ちゃんにお願いして、

それらしい子が見つかったら、

すぐに知らせてくれるようにお願いはしてる。

それでもやはり、望み薄だとは言われてるけど。


まぁ、このクソッタレな世界に転生してないのが、

一番ではあるんだけどね。





話を男の子に戻すけれど、

その子は治療とリハビリを繰り返しなから、

一ヶ月ほどで体調を戻した。

左腕は元には戻らなかったけど。


これが魔族だったら、

再生能力を持つ種族だと新しい腕が生えたり、

上位の治癒・回復魔術の使い手なら魔族の腕なら戻せる。

時間が経ちすぎていたりすると駄目だけど。


でも人間は魔力を受け付けない身体だから、

失った身体の部位は二度と戻らない。





この隠れ里には色んな転生者が居るから、

戻すことは不可能でも、

代用となる義手を作れたりする転生者も居る。


私より早い年代の転生者達は想像し難いかもだけど、

木製とかでは無い義手よ。

高度な人工繊維の筋肉付きの義手なのよ。


この世界の文明技術では、

こんな凄い義手は作れるはずがない。

私の前世まえの世界でも、

こんな義手は構想されながらも実現化できなかった。


そう。転生者には色んな奴が居る。


紀元前の時代に生きてた人間から、

西暦の暦が続いていれば約3000年から5000年の未来人まで。


だから私みたいに中途半端な時代生まれだと、

技術的な知識や専門技術では、

彼等の足下にも及ばない。

そういう技術や知識に興味がある転生者達は、

超未来技術陣ハイテクノロジーズに弟子入りしてる。


そんな万能そうに思える超未来技術陣ハイテクノロジーズだけど、

生活能力は全く無い。

下手をすると食事一つまともに作れず、

農作物や家畜の育てる事も満足にできない。


前世の未来は技術が発展する中で、

完全に人との交流を必要としなくなったり、

生物ナマモノの食材は勿論、

加工されている食品も食べなくなったらしい。

そういう食材は危険だからって、

栄養素が詰まった科学化合物のゲル状のゼリーを、

未来の人間は皆して飲んでたらしいわ。


顎とか退化しそうな未来だと思ったら、

ガチで人類全体が退化したらしく、

考えるだけで相手に伝わる技術が有ったとか。


自分の仕事ことをやってれば、

何の問題も起こらず生きていける未来社会。


一つの理想ではあると思うけど、

人間が歯車の代用品であり、

燃料でしかない未来技術の世界なんかに、

私は生まれずに済んで良かったと心底思うわ。


そんな未来人の転生者達も、

異世界で生まれ変わって対応していってる。

生の食材に抵抗を示してたり、

人との交流が極端に苦手な人達もいるけど、

この世界は前世とは全く常識が違うのだから、

彼等も、そして私達も慣れるしかない。


耐えきれずに自ら命を絶つ転生者もいる。

でも命を絶ったからといって、

苦しみから解放されるワケじゃない。


それは私達のまとめ役となっている、

団長ちゃんが前例でもある。





団長ちゃんはこの世界に、

人間として生まれた『転生者』の一人。


そしてこの世界で自ら命を絶った。

にも関わらず、またこの世界に転生してしまったそうだ。


そして自分の命で色々と試した結果と、

他の転生者達の前世まえの死に方を聞いて統計すると、

ある法則性を団長ちゃんは見つけたらしい。


例えば、自殺や事故で自分が死んだり、

誰かに故意的に殺されたり、

あるいは人間を殺すような行為に直接的・間接的にも関わると、

この世界に高確率に転生し直されるそうた。


このシステムめいた転生の法則性を、

団長ちゃんは『輪廻転生システム』だと仮呼称した。


それを聞いた自殺願望を持つ転生者達は、

絶望の表情を浮かび上がらせたのを覚えている。

私も、その中で絶望していた一人だったから。


でも団長ちゃんの話では、

先程の項目に該当する行為をせず、

更に自らの寿命を全うできた転生者は、

輪廻の輪から外れて魂の傷は浄化されて、

今のような『転生者』と呼ばれる存在としては、

もう呼ばれない存在となるらしい。


少なくとも今のように前世の記憶を持たず、

全ての記憶を失った状態で一からやり直せるってことね。


今みたいに記憶を持った状態で、

生き地獄を何度も味合わされるよりは、

その方が良いわよね。





たから、この隠れ里に住む転生者達は、

自分の寿命を全うする為に今も生きている。


幸いだったのは、

同じ命であるだろう動物や魔物などの生物を殺しても、

輪廻転生システムには影響が無いということ。

基本的に食料の肉に関しては、

自分達で自給しても問題は無いということ。


ただし、その他は全て適用される。


人間が人間を、魔族が魔族を。

そして人間が魔族を、魔族が人間を殺した場合は、

必ず死後には転生してしまうという事実は判明した。


それは人魔大戦を経験している転生者が死んで、

再びこの里に同じ転生者なかみで戻って来たので分かった事だ。





私達は協力した生活を余儀なくされた。


けれど嫌というワケではなく、

この隠れ里は団長ちゃんのおかげでかなり快適だから、

転生者わたし達は争わずに暮らしていけた。


誰も殺さず殺されず、

皆が協力し合いながら、

自分達の寿命を全うする為に。


だから外敵に対しては基本的には生かして帰してるし、

同じ転生者なら歓迎して里に加えている。


想定している範囲の事だったけれど、

転生者の中には凶悪な奴も勿論いる。

転生前の前世で殺人をやらかす奴だったり、

気が触れて逆に転生者狩りなんて起こした奴も居た。


そういう奴等は徹底的に、

転生者の中でも無類の強さを持つ魔族の戦闘種族や、

超未来技術で作ったモノで散々苦しめながら拷問して、

肉体的にも精神的にも殺すようなやり方で痛めつけた。

もう一度転生しても、

復讐心より恐怖心を植え付けるようにしてからね。


そんな役目を積極的にしたい奴なんていない。

だってそれ等の行為は、

また転生するという意味に繋がる事にも成るのだから。


じゃあ、そんな役目を誰がしてるのかって?

さっき説明で話したじゃない。

『無類の強さを持つ魔族の戦闘種族』だって。





……そう、私がその役目を一手に引き受けてる。


身体はダークエルフの姿をしているけど、

中身は改造されて全くの別物。

オマケに改造されて身体や魂にも紋印しるしを刻まれたせいで、

寿命というモノが適応されていないし、

普通のやり方では滅多に死ねなくなった。


寿命で死ぬば輪廻転生システムから解放される。


そんな転生者にとって唯一の希望さえも、

私は抱く事さえできなかった。

たから私がその役目を引き継いだ。


でもこんな役目、嬉々としてやるはずがない。

慣れないと何度も吐いたり、

精神的に病んだりしたけど、

もう何百年も生きていく中で慣れてしまった。





唐突だけど、

人間って百年未満の寿命で丁度良いのよね。


反論したい人もいるだろうけど、

それを言う前にまず私から言える事は、

『アンタ達も私達みたいに、200年以上・1000年未満の間を生きてから言え』

という、とっても素敵で実践的な言葉を送ってあげるわ。


それまで生きて言える奴が居たとしたら、

相当頭がイカれるんでしょうけど。





100年以上の記憶を転生者は溜め込み始めると、

精神的な消耗が激しくなってくる。

人次第だけど、発狂したり衰弱しだす感じだ。


魔族という生物達がソレに耐えられるのは、

そもそもの魂の構造と身体的な構造が、

私達のような『転生者』とは異なるからだと聞いている。


ならば魔族になった転生者はどうなのかと言われたら、

それも魂の構造次第で受け入れたり受け入れられない人達がいる。


例えば、この里にはエルフ族の転生者が一人居たんだけど、

その人は二百年目以降、物事を考えることや、

身体を動く事さえ面倒になってしまって、

今では家で寝たきりになって一歩も出ない。


これは長い年月による精神的な消耗で、

身体や魂よりも、精神的な状態がイカれてしまったからだ。


ただのニートだと言えば簡単だけれど、

700年も生きるエルフ族に転生してしまったその人は、

長い年月の果てに寿命で死ねば開放されると聞かされて、

私の次くらいに絶望度が深い様子だった。


始めの100年前後までは精力的だったけど、

その100年という年月を超えるにつれて、

若い姿のままなのに見るからに精神的な衰弱が見えて、

気付けば寝たきりの老人の様子になっていた。


団長ちゃんの話では、

それは『魂』と『身体』の不一致による、

『魂』の劣化現象だという話。


本来人間だったはずの彼等が、

人間以外の身体である魔族の肉体に転生すると、

『魔族の身体』と『人間の魂』が溶け込めず、

人間の身体で起こる年月の現象が、

魔族の肉体のままでも起こるらしい。


エルフにとっての200年は、まだ青年の段階。

人間の年齢で例えてしまえば、まだ20代くらい。

そしてその人には、まだ500年の年月が待っている。

これからその人が状況を改善させる為には、

自身の精神的な向上と、それに等しい『魂の進化』が必要だそうだ。


『魂の進化』とは何か。


魔族は進化すると身体が変化し、

上位種族へ進化をするけれど、

それは『肉体』と『魂』が共に成長しているからだ。


どちらかが成長していなければ、

魔族でも進化は果たせないらしい。


だからこそ魔族に生まれた転生者達は、

ある特定条件を満たして『魂』を進化させ、

不一致を起こしている『身体』に『魂』を合わせる。

そうすれば、転生者でも魔族の身体と整合して、

魂が肉体に適合するという話だ。


実際、団長ちゃんは人間だ。

なのに寿命は既に、

何千という年月を超えているらしい。


それは団長ちゃんの『魂』が進化し続け、

同時に『魂』と『肉体』が引かれ合うように進化して、

肉体的にも魂としても構造が普通の人間とは違うのだ。


それが『聖人せいじん』と呼ばれる存在。


魔族のような大きな変化は見た目に無いものの、

身体の構造や魂の在り方そのものは『人間』とは別種の存在。


それが『聖人』と呼ばれる、

一部の人間達だけが辿り着ける人間の『進化体アドベンド』だ。





ここまでの話を、

私は団長ちゃんの代わりに男の子に話した。


実際に里の中を案内して、

実際に住み着く人々に挨拶を交えながら、

その話が本当だという事を証明していくと、

男の子のくせに「ほぉほぉ」言いながら、

物珍しそうに見て聞いていた。


もうその時点では気付いていたけど、

その男の子の中身が相当な歳で死んだ人間であり、

しかも古めかしい言葉が日本の戦国時代を思わせる喋り方で、

まだ自己紹介をしていない男の子の中身には、

ある程度の察しがついた。


左手の義手の話を聞いてみたけれど、

男の子は高度な技術で作られた実物の義手を見ても、

首を横に振って素直に義手を着けようとはしなかった。


本人曰く、前世まえから左腕が無かったので、

逆に違和感が無くて良いらしい。

そういうモンなのかと思って、私もそれ以上は勧めなかったわ。





団長ちゃんが旅に出かけてから数ヵ月後。


私達の隠れ里に、

とある危険種の魔獣が近付いている事を察知した。


恐らくはこの世界の人間達が、

何も考えず王級魔獣キングだけを倒し、

上級魔獣や中級魔獣達を生き残らせ放置したせいだろう。


里に張られた超絶技術オーバーテクノロジーは凄い物だけれど、

それでも上級魔獣まで及ぶと、

陸上なら戦車、空なら戦闘機並の戦力を有している魔獣もいるから、

こういう事態には私自身が出て相手をしている。


新しい紋印しるし魔法の実験にもなるからと、

私は里の住民達を地下に避難するように伝えてから、

里の外に出て魔獣の迎撃へと向かった。


魔獣を魔法の実験がてらに倒しながら、

私はある光景を目にしてしまった。


それは、あの男の子が一本の刀を持った姿で、

上級魔獣の目の前に立ちはだかっていたのだ。


あの刀はドワーフに転生していた鍛冶職人と、

あの男の子が生まれた時代と世代が近かったからなのか、

意気投合して作って貰っていた武器だった。


扱い慣れているようだったし、

暴れるような感じで持っていたワケでもないようなので、

私は放置していたのに。



『何やってんのよ、あの馬鹿ッ!!』



そう悪態を吐いて守ろうと近付く私の行動より早く、

私はソレを目にした。


男の子が右手だけで手に持つ細身の刀を、

素早く抜いて鞘を魔獣に抜き放って顔面に直撃させ、

怯んだ上級魔獣の隙を突いた男の子が、

その魔獣の首を顎下からすり抜けるように、

右手の膂力りょりょくだけで斬り飛ばしたのだ。


その男の子は、

明らかに人間の身体能力を超えていた。


魔獣から吹き出る血が当たり、

それを拭うように頬に付着した魔獣の緑の液体を拭き取ると、

その男の子は私にこう言ったわ。



女子おなご一人に戦わせるのも忍びなし。恩義の上、拙者も戦わせてもらおう』



そんな事を言い出したアイツは、

里に近付く魔獣を私と一緒に倒していった。


数にして言えば凡そ100匹以上の魔獣を、

一時間もしない内に倒せてしまった。


狡猾な種類の魔獣だったので、

長期戦になる事を覚悟していたにも関わらず、

魔獣達は私の攻撃で爆発四散し、アイツの剣戟で切り刻まれた。


そこで丁度、団長ちゃんが旅から戻って来た。


団長ちゃんは男の子の戦い振りを見て、

面白可笑しく笑いながら、こう言った。



『凄いね君は。拾った時も人間同士の戦場跡を徘徊してたから、もしやと思っていたんだけど。その年で既に戦っていたのかい?』


『拙者は前世まえ現在いまも、生まれてよりいくさしか知らぬ身。以前は身体がいて来ずに不覚をとった』


『なるほど、なるほど。つまり今の君は、その魂と、その身体が完全に一致しているワケだ。既に『聖人』に至ってるなんて、凄く珍しいケースだよ』



私は突然現れた団長ちゃんと、

その男の子の話を聞いて、ある程度の察しがついた。


この魔獣騒動、恐らくは団長ちゃんが仕向けた事だ。


そしてその理由は、

里に連れて来た男の子が何者なのかという事と、

そして今は何者になっているのかという、

それを知る為に魔獣達を仕向けたのだと、

私は団長ちゃんという人物を把握していたおかげで知れた。



『……団長ちゃん、これはどういう……』


『あぁ、ヴェルゼミュートさん。実はこの子、私がスカウトしてきた子なんだ。10歳前後で戦場に駆り出されて戦ってた子供なのに、バッタバッタと人間を斬り倒してるから、転生者なんだろうなぁと思って。ここに来れば面白いモノが見れるよって誘ってみたんだ』


『……餓死しそうなトコを、助けたとかじゃないワケ……?』


『いいや?彼は元々身体はガリガリでお腹空いてたし、左手の治療も低い技術モノでしか施されてなかったから、そう見えただけだよ?』


『…………』



正直、馬鹿じゃないのって叫びたくなったわ。

しかも自分に対して。


勝手に思い込んで、

勝手に勘違いしただけなのは私だけど。

懸命に治療したり、ご飯食べさせたり。

色々と懇切丁寧にしてたのが、

なんだか急に馬鹿馬鹿しくなってきたわ。


そんな呆気顔を晒してる私を追い詰めるように、

あの男の子が私にも話し掛けてきた。


そりゃあもう、誇らしげな顔が憎たらしくて、

あれほど打ん殴りたいと思う子供の顔も初めてだったわよ。



『"べるぜみうと"とやら。おぬしの戦いぶりも見事なものよ。先程、あの化物けもの等に行っていたじゅつは、妖術ようじゅつたぐいか?』


『……いや、魔術と魔法を合わせた戦い方よ……』


『まじゅつ、まほう。この世の妖術はそのような名なのか』


『……アンタ、私と初めて逢った時に、おにぎりを涙流しながら食べてたわよね……?』


『む?うむ。前世まえよの拙者も年老い歯が抜け、かゆしか食べられずに死んでしまい、この世にはこめというものが無いと知って気落ちしておったのよ。誠の握り飯を馳走になったことは、ありがたいものだった』


『……アンタの絶望度、凄く軽いわね』



こめが無い程度で絶望できる目の前の男の子に、

私は呆れていいのか怒鳴ればいいのか、

分からなくて微妙な顔になっていたわ。


そんな私達の会話に入ってきた団長ちゃんが、

改めて私達に挨拶をさせた。



『ヴェルゼミュートさん。彼は生前の名前から一部取って『ナニガシ』という名前にしているそうだ。ナニガシ君、彼女の名前は知ったよね。彼女がこの里の実質の城主みたいなモノだから、彼女の言う事を聞いてくれたまえ』


相分あいわかった。"べるぜみうと"よ。拙者の名は『ナニガシ』。生前は慶長にて日ノ本の兵法者をしていた『無二助なにすけ』という名であった。これからは団長殿の従者という間柄故に、仲良くやってゆこうぞ』


『……どうも。私は"ヴェルゼミュート"よ。よろしく、ナニガシ』



改めて挨拶をされた私は、

微妙な表情を多少は引っ込めながら、

ちゃんとその挨拶には答えた。


そしてその後に言ったナニガシの余計な一言で、

この男に『クソ』を付ける決意を抱いたのだった。



『ところで"べるぜみうと"よ』


『何よ?』


『こうして若い身体に戻ったのでな。夜伽よとぎを久し振りにしてみたいのだが、おぬしに頼んでも良かろうか?』


『もう一度死んできなさいよッ、このクソ侍ッ!!』



こうして、私とクソ侍(ナニガシ)の関係は始まった。


勿論、私の好みとは全然違うから、

そういう意味の関係なんて一度たりともヤってないわよ。

それに私、不感症だからヤっても楽しくもないし。





何故だろうか。


こんな事を思い出す私は、

今の自分の状態を一時的に忘れて、

思い出すように走馬灯を見ていた。


けれど近付く足音に気付いてしまい、

その走馬灯から冷めるように私は意識を取り戻した。


意識を取り戻さなければ、

きっと楽に逝けたとは思うんだけど、ね。





*





意識を取り戻したヴェルゼミュートは、

僅かに目を開けた。


その光景は非常にぼやけており、

目を開けた本人には周りの状況は分からない。

しかし、自分の身体の状態だけは理解できた。


ドワルゴンが与えたヴェルゼミュートのダメージは、

非常に単純で高い成果を挙げていた。


食い込んだ石塊の戦斧が肉を抉り、

背骨は真っ二つに粉砕され、

背中を斜めに薙ぐように切り裂かれた肉体は、

服ごと肉を抉るように裂かれ、

その傷口から大量の血液が流れている。


その流れる血は、赤い血液ではなかった。


魔物や魔獣が流す血液は、

時に魔力の濃度で赤い血が緑や青に変化する。

魔族にもソレが見られる例はあるが、

エルフやダークエルフという種族には、

決してそのような症状は現れない。

人間と同じ赤い血が流れているはずなのだ。


しかしヴェルゼミュートは魔物や魔獣と同じ様に、

自身の魔力で変質して青い血へと変化していた。


流れ出る血液が血溜まりとなり、

その血液がヴェルゼミュートの身体の前面へ、

滲むように拡がっている。


その血を見ながらヴェルゼミュートが考えたのは、

微かに残る憎しみの炎だった。


ヴェルゼミュートの血が青い原因は、

身体の肉体構造をダークエルフのモノではなく、

魔獣に似た性質に変化させられていたからだ。


そのせいで身体そのものの制御が崩れており、

日常生活で常に魔力制御を行わなければ、

自分自身では肉体の運動能力さえ満足に動かせない。


簡単に言えば、

手を動かそうと思えば足を動かしてしまい、

首を動かそうとすれば手首が動く。

そんな支離滅裂とも言える施術を、

脳神経と筋肉神経に受けており、

通常のダークエルフの何倍とも言える筋力を持ちながらも、

ヴェルゼミュートは自分の身体を動かすだけでも、

かなりの思考演算と神経を使っていた。


いっそ魔力による浮遊フロートで移動したほうが、

ヴェルゼミュートには実は楽だったりするのだが、

何百年という訓練でヴェルゼミュートは滅茶苦茶な身体を、

普通程度に動かせるようになっている。





こんな身体にした相手の事を、

ヴェルゼミュートは今でも憎んでいる。


満足に人間としてもダークエルフとしても、

生きる事ができなくなってしまった事を、

ヴェルゼミュートは憎しみ続けている。


この苦労を話したことがある人物は、

ヴェルゼミュートは一人しかいない。

『団長』と呼ぶ人物にしか話していない。


それは彼女が救い出された直後に、

自分自身の身体の状態を教えなければ、

満足に生きていく事さえ難しかった為だ。


そして同時に、他の人物達にはこの事を話していない。


当時の超未来技術陣ハイテクノロジーズの面々でさえ、

医療技術が発達した未来の技術を知る転生者でさえも、

神経だけでも施術し直すには不可能な身体だと、

匙を投げられてしまったのだから。


だからヴェルゼミュートは、

今の里の転生者達にも、そしてナニガシにも伝えていない。


伝えてもどうしようも無い事を、

ヴェルゼミュートは知っていたからだ。


冷静な表情、憤怒の表情。

それが垣間見えるヴェルゼミュートの姿の裏には、

転生者達でさえ想像を絶する拷問実験の経験と、

その被害によるリハビリの結果が見えていた。


そして彼女の根本に存在するのは、

実験台にした相手への復讐心。

そしてもう一つの、

残されたヴェルゼミュートの希望だった。





そしてその希望あいてが、

目の前まで迫っている事にヴェルゼミュートも気付いた。


動かない身体ながらも、

ぼやけた視界を眼球ごと動かすと、

自分に歩み寄ってくる足音の正体を、

ヴェルゼミュートは理解した。


歩み寄ってくるのは、ドワルゴン。


自分を再起不能にした相手を見ながらも、

ヴェルゼミュートは不思議と怯えを感じなかった。


自然治癒を超える身体の損傷と、

先程の蒼い魔力の光球で使い果たした魔力で、

最早逃亡さえままならない事を、

頭の中で覚悟していたからかもしれない。



「…………」


「――……や……と……し……る……」



血溜まりの中でうつ伏せに倒れるヴェルゼミュートの横に、

ドワルゴンが石塊いしくれ戦斧せんぶを持って立った。


その姿を、ぼやけた光景で目にしていたヴェルゼミュートは、

掠れた声で何かを呟いている。



『やっと、死ねる』



ヴェルゼミュートは、そう呟いていた。


ヴェルゼミュートの身体に、

その自然治癒力を超えたダメージを与える事ができる、

唯一この世界での例外の中の例外となる存在。


それはこの世界で『到達者エンド』と呼ばれる存在だった。





いくら魔獣に切り裂かれようとも、

いくら魔獣に食い千切られようとも、

いくら銃火器で急所を撃ち抜かれても。


改造されたヴェルゼミュートには、

誰もが与えられるはずの『死』を迎える事ができなかった。


正確には死ぬことまではできる。

しかし『身体』の死と『魂』の死が乖離しているヴェルゼミュートに、

『身体』と『魂』が連なる本当の死は訪れなかったのだ。


団長と呼ばれている人物は、

実験となっていた内容を推測する限りでは、

人工的に『到達者エンド』を生み出す為の実験を、

ヴェルゼミュートは受けていたのだと推測した。


擬似にせ到達者エンドだというべき存在に、

ヴェルゼミュートは改造されていた。


普通の兵器や武器、普通の魔族の魔術で、

頭が首から離れても、

心臓を握り潰されても、

血をいくら流したとしても、

ヴェルゼミュートは死ぬ事ができなかった。


瞬く間に傷が回復してしまい、

新たな血も魔力で勝手に生み出されてしまうので、

致命傷にすらならなかったのだ。


しかし、信者達からの信仰心で特別な魔力を溜め込み、

その力を内在させる『到達者エンド』と呼ばれる存在であれば。

特殊な身体でも治癒不可能な攻撃を与えられると、

ヴェルゼミュートは団長に聞かされていた。


団長も『到達者エンド』だった。


だからこそ彼女は数度に渡り、

自分を殺すように頼んだことがあった。


どうせならこんな身体ではなく、

新たな肉体に転生した方がマシだと、

そうヴェルゼミュートは考えたからだ。


しかし、団長はソレを承諾しなかった。


団長自身が自分の事を、

この世界の『調停者ピース』であり『平均者バランサー』だと呼んでり、

この世界の生物は誰一人として殺さないと明言していた。


ならば他の到達者エンドに頼もうと考えはしたが、

他の到達者エンド達が何処に棲んでいるのか不明であり、

また他の到達者エンド達も、

わざわざ「殺してください」と言って親切に殺すほど、

お人好しであるはずがないらしい。


だからこそヴェルゼミュートは、

このチャンスを待っていた。


いつか自分を殺せる到達者エンドに出会う為に。

そして自然な形で到達者エンドに殺される為に。

そして今回、そのチャンスが巡って来た。


あるいは、アイリの誘拐に前後する行動も、

ヴェルゼミュートは最もな理由付けをしていたが、

本当は到達者エンドと噂される、

大魔導師ヴェルズェリア最強の戦士(ドワルゴン)と相対する為の行動だったのかもしれない。


そしてその責任を自分自身で果たす為に、

自らが囮役に志願したのかもしれない。





しかし本心で殺されたいと思うほど、

ヴェルゼミュートも安い矜持プライドは持っていない。

同時に自分が殺されることで、

誰かに迷惑を掛ける事に繋げたくはなかった。


だからこそ、アイリ達を逃がす為に囮役に徹した。


同時に自分より強い相手に倒されてこそ、

今までの自分の努力が初めて報われるのだと、

ヴェルゼミュートはそう考え努力をし続けた。


弱い相手などには決して見下されたくない。

今の自分を見下されたくない。


だからこそヴェルゼミュートは、

本気でドワルゴンに挑んだ。


配下の魔獣しんじゃ達を倒し、

神様へと奉られる『到達者ドワルゴン』に挑んで、

尚且つナニガシ達を逃がす為に勝つ。

その意気込みで戦っていた。


そして結果は、この惨状だった。





ヴェルゼミュートを見下ろすドワルゴンは、

ヴェルゼミュートが生きている事を察知すると、

険しい顔を更に険しい表情へ変化させ、

纏わせた荒々しい魔力を石塊の戦斧に込めて、

右腕を大きく振り上げて、戦斧を振り落とす体勢になった。


ぼやけた視界ながらも、

その構えと殺意を感じたヴェルゼミュートは、

アレが到達者エンドだけが扱う魔力元素なのだと確認し、

ソレが自分を死へと誘ってくれるモノだと感じて、

ゆっくり目を閉じた。



「……し……た……な……い……」


「…………」


「……死に……たく……な……い……」



微かに呟いた日本語の声を聞いて、

ドワルゴンが振り下ろそうとした戦斧を止めた。


それはヴェルゼミュートが漏らす、

本心からの声だったのかもしれない。


彼女は前世まえの世界で、

これからという人生の半ばで命を奪われた。

自分のミスでは無く、他人のミスによって。


家族に対する悔いは、確かに無かったかもしれない。

しかし、それ以外の悔いはあったはずなのだ。


たった一人の親友のこと。

自分好みの叔父様教授のこと。

……そして、自分の命のこと。


自分の命を惜しくないなどと思う人間は、

それこそ狂人に類する人間だろう。

その点で言えば、彼女は至極真っ当な人間だった。


自分の命を惜しむ感性を彼女は持っていた。

にも関わらず、その命を奪われた。

転生してからは、自分の命をもてあそばれた。





彼女は自分の命を誰かに左右されながら、

生き死にを繰り返してきた人間だった。


前世まえでも、そして現在いまでも。

最後に彼女が口にしたのは、

『死にたくない』という言葉だった。


自分の本意ではない生き方を強要され、

自分の本意ではない死を迫られた彼女にとって、

この世界も、そして前世まえの世界も、

まさに『クソ』と名付けるに相応しい世界なのだろう。


それに対して同情してくれなどとは、

彼女は一言だって漏らそうとはしなかった。

自分が弱音を吐ける相手など、

この世には居ないのだと思っていた。


だからヴェルゼミュートは、

何度か最後の言葉を口にした後、

自ら口を閉じて死を待った。


次はできるなら、

早く寿命が訪れる人間へ転生できたらと、

そう思いながら自分の死を待っていた。


呟きを止めた侵入者の姿を見ながら

振り上げた戦斧を一度は止めたドワルゴンが、

再び険しい顔をして戦斧を振り上げた。


そして、マッハの速度を超えそうな勢いで風を斬りながら、

ドワルゴンは振り上げた戦斧を侵入者の身体へ振り下ろす。


ヴェルゼミュートの身体が粉々になる。


そんな事を思わせるほどの衝撃と轟音が、

ヴェルゼミュートの居た場所へ向けられた。





*





「――……!!」



戦斧を振り下ろしたドワルゴンは、

立ち込める土煙の中で、驚きの表情を浮かべた。


そこに居たはずの侵入者ヴェルゼミュートが、

残骸どころか肉片の一つとして残っていなかったのだ。

残っているのは、青い血溜まりだけ。


振り下ろした戦斧を持ち上げるように浮かせ、

ドワルゴンは周囲を確認する。


そして右側へ視線と身体を向けると、

そこに一人の人影が見えた。

正確にはその人影は、もう一人を抱える姿を見せていた。


雲の一部が晴れて差し込まれる月の光で、

その人影の正体が明るみになる。





そこには、ドワルゴンの知らない人物が居た。


顔は月明かりの影となり見えないが、

金色の髪と毛並の尻尾を持つ青年で、

恐らくは狼獣族と人型の種族とのハーフの魔族だとは、

ドワルゴンは察知することはできた。


同時に察知した事は、

その相手が明らかに強者という感覚だった。


今まで幾多の強者と戦ってきたドワルゴンが、

そう感じさせられるほどの強者が、

侵入者ヴェルゼミュートを抱えた状態でその場に居た。


すぐに追撃を加えようとドワルゴンが動こうとすると、

ゆっくりとヴェルゼミュートを降ろす動作をする青年は、

その動作の途中で口を動かしながら喋りだした。


その声はハッキリとした意思と、

力強さを感じさせる青年男子の声だった。



「貴方の相手は、俺じゃない」


「…………」


「俺の相手も、貴方じゃない。――……来たか」



そう呟く金色の毛並を持つ青年が、

ドワルゴンの背中側の空を仰ぐように見上げると、

その方角から青い光が落下するように落ちてきた。


落下した蒼い光が地面へ着地すると、

軽く起こった風圧がその場で吹き荒れる。

その落下してきた人物をドワルゴンは見て、

少し目を見開きながら驚いた。



「――……くっそ、コイツ。アタシより素早い奴が次々と出てきやがって……って、師匠?」


「!!…………」


「……ドワルゴン。そしてミコラーシュ。この二人がやっと揃った」



合流したドワルゴンと、

通常形態ひとがたのミコラーシュは互いの顔を見終わり、

そう言う青年を見据え始める。


ミコラーシュもドワルゴンも、

目の前に居る青年が強者である事を把握しているので、

油断の気配も無く冷静さと鋭さを宿した目線で見ていた。


しかし金色の毛並である半獣族の青年の方はというと、

敵意を示すような気配を感じさせていない。

むしろ向かい合う二人を見ながら、

どこか懐かしさを感じさせるように見ていたのだ。



「――……俺は貴方達と、戦うつもりはありません」


「どの口が言うんだよッ!!アタシ等の村に侵入した上で、年寄り(ヴェルズ)の孫であるジークヴェルトまで誘拐しておいてッ!!」


「……!!」


「……今の貴方達に説明しても、納得はしてもらえないでしょう」


「話す気も無いなら、戦うしかないってのは分かりそうなモンだけどね……ッ!!」



青年が戦うつもりがないと主張する中で、

ミコラーシュが発した言葉を聞いて、

ドワルゴンがやや驚く様子を見せた。


年寄りの孫。


つまりヴェルズェリアの孫である、

ジークヴェルトを誘拐したのが、

目の前の青年だとミコラーシュは言っているのだ。


ジークヴェルトが誘拐されていた事は、

ドワルゴンも聞いていた。

だからこそ目の前の青年が、

ジークヴェルトを誘拐したという情報を初めて聞き、

初めて目の前の青年を明確な敵と判断した。


ドワルゴンとミコラーシュという強者に、

明らかな敵意と殺意を向けられる青年は、

溜息を吐き出しながら一歩下がると、

それを追おうとミコラーシュとドワルゴンが動いた瞬間、

その背後に別の気配を感じた二人は、

気配が叩く自分の首筋を下げるように上半身を前へ倒して、

その瞬間に首があった部分の風を斬る鍔鳴りが響いた。



「!!」


「な、なんだッ!?」



それは明らかに剣戟での攻撃だった。


鳴り響く空気ごと切断される音を聞き、

ドワルゴンとミコラーシュは転がるように前転しながら、

後ろに現れた気配へ視線を向けた。


そこにはドワルゴンが姿だけ確認していた男と、

ミコラーシュが初めて見る男が居た。



「――……おぬし等が、拙者の同胞である"ヴぇるぜみゅうと"を傷つけた者達で、いいな」



そこには表情を劇的に変化させた、

鬼の形相を浮かべるナニガシが姿を現していた。

右手には青白く光る刀を持ち、

その刀が先程の鍔鳴り音の正体でもあることは、

ドワルゴンとミコラーシュは見て悟った。


爆撃ように鳴り響く音を頼りに進んできたナニガシが、

ヴェルゼミュートに合流すべく向かってきていた。


今までナニガシが気付かれなかったのは、

ヴェルゼミュートが刺繍を施した手拭のおかげでもあった。


空間を屈折させて視界や気配で捉え難くする、

空間魔術を施した紋印しるし魔法が効いていたので、

ドワルゴンもミコラーシュもギリギリまで気配を察知できなかった。


察知した原因の一つは、

ヴェルゼミュートの意識が完全に途切れて紋印しるしの効果を失った事と、

捉え難くしていた気配遮断を超える殺気を持って、

ナニガシがドワルゴン達に攻撃を加えていたせいだろう。





しかしその殺気は、

ミコラーシュを見たナニガシの驚愕の表情で、

一気に引っ込んだ。



「――……ッ!?……"ヴぇるぜみゅうと"と、同じ顔……?」


「……な、なんだ。コイツ……人間か……?」



日本語で喋りながら驚く顔を見せるナニガシに、

ミコラーシュは知らない言語の言葉と、

突然の視線と表情を浮かべる人間の男に対して、

怪訝そうな表情を浮かべた。


ミコラーシュ本人より先に、

日本語を知っていたドワルゴンが、

その言語の意味と内容を把握すると、

驚きを浮かべつつも後ろを見て、

地面へ置かれた侵入者ヴェルゼミュートの顔を見た。


戦っている最中や、先程の血溜まりに浮かぶ姿の時には、

頭に白いフードを被っていた為に、

ドワルゴン自身でさえ気付かなかった。


夜でなければ、あるいはもっと月明かりが明るければ。

ドワルゴンもすぐにヴェルゼミュートの顔を確認できただろう。

あるいはその時点で、

殺す気での攻撃は加えようとはしなかったかもしれない。





しかし、時は既に遅かった。


背中の傷と口から大量の青い血を吐き出す、

侵入者であるヴェルゼミュートの顔を見て、

ドワルゴンは初めて戦っていた相手の顔と、

自分の弟子とも言うべきミコラーシュの顔を見比べた。


その顔と体付きが、

あまりにも似ている事をドワルゴンは驚く。


その驚きに気付いたのはミコラーシュで、

ドワルゴンが見ていた視線の先の相手に、

ミコラーシュは自分でも目を向けた。


その目を向けた相手の顔を見て、

ミコラーシュは混乱と同時に驚きを迎えた。



「――……師匠。アレって、なんだよ……。アタシ、か……?」


「…………」


「……ッ!?師匠、アイツが居なくなって……」



ミコラーシュがヴェルゼミュートの姿を見つつ、

その傍に居たはずの青年の姿が消えている事を、

ドワルゴンとミコラーシュは初めて気付く。





それと同時にヴェルゼミュートの惨状に気付いたのは、

その後方に居たナニガシも同様だった。


視界の先に居るヴェルゼミュートは、

目を伏せて仰向けになりながら、

身に付けていた服や身体がボロボロになり、

澄んだ長い黒髪もあちこちが乱れながら、

傷口からは大量の血液と思しき青い血を流している事を、

ナニガシは見て把握した。


その姿は、まるで死んでいるような姿だった。


そう思った瞬間に、

鬼の形相を更に怒らせたナニガシが、

恐ろしいほどの殺気を放ちながら、

黙って刀を持つ右手に力を込めて、

静かに歩み出した。


その恐ろしい殺気に気付いたドワルゴンとミコラーシュは、

ヴェルゼミュートから視線を外して、

刀を持ったナニガシに対して視線を向けると、

ナニガシはそのままヴェルゼミュートに歩み寄る。


二人の間を通過するように歩くナニガシに、

ドワルゴンもミコラーシュも何もしなかった。

いや、できなかったと言う方が正しいのかもしれない。


何故なら目の前を通過した人間の男の顔は、

恐ろしいほどに殺気に満ちた怒りの表情をしながらも、

涙を流していたのだから。


ヴェルゼミュートの前まで辿り着いたナニガシが、

一度抜き放ったはずの刀を鞘に納めて、

屈んでヴェルゼミュートの顔を見た。


右手を伸ばして首筋に手を当て、

すでに脈動が無いことを確認する。


それが終わると血と土で汚れたヴェルゼミュートの顔を、

ナニガシは刺繍が施された手拭を懐から出して、

それで顔の汚れを右手で拭った。


完全に綺麗に、とまではいかなかったが、

ある程度まで綺麗な顔に戻ったヴェルゼミュートの顔を見て、

ナニガシは涙を流しながら呟いた。



「……"しるヴぁりうす"よ。治せるか?」


『……無理だよ。彼女は……もう死んでいるから……』


「……そうか」



人間の男しか見えないドワルゴンとミコラーシュは、

急に頭の中に直接響く声に驚いた。


そして初めてミコラーシュは目に自身の魔力を溜め、

魔力感知の応用で視界の中を見つめると、

そこには半精神体の眼を使って初めて見える相手が、

その場に居る事を理解させられた。


白い布を纏うように着た銀髪の子供が、

人間の男の傍に立ちながら、

地面に置かれた死体を見ていた。


その銀髪の子供は涙を流してはいなかったが、

とても悔しそうに、

とても悲しそうな表情を浮かべている。


その光景を見ていたミコラーシュは、

まるで自分達が戦ってはいけない相手と戦い、

殺してはいけない相手を殺してしまった後なのではと、

胸騒ぎを感じてしまっていた。





*





ドワルゴンの攻撃で癒せない傷口から溢れる血が、

体内のヴェルゼミュートの血液を二分の一以上失う、

失血死が原因でヴェルゼミュートはすでに息絶えていた。

わざわざドワルゴンがトドメを刺す必要も無かったのだ。


呼吸も脈拍も停止しているヴェルゼミュートの姿を、

涙して見ていたナニガシが立ち上がった。


その傍に居るシルヴァリウスも、

立ち上がったナニガシを見てから、

改めてドワルゴンとヴェルゼミュートに視線を向けた。


ナニガシも涙を抑えるように袖口で顔を拭き取ると、

その殺気を抑えないままに身体を振り向かせ、

ドワルゴンとミコラーシュの二人に視線を向けた。



「――……止めぬよな、"しるヴぁりうす"よ。拙者は、あの大男の相手をしよう」


『……じゃあボクは、あっちの彼女の相手をしよう。どうやら、ボクが見えているみたいだからね』



ナニガシが右手で腰に下げた刀を抜き放ち、

シルヴァリウスは身体に纏っていた光を強めると、

背中に二枚の紋印しるしの羽を展開させた。


ドワルゴンとミコラーシュは立ち上がり、

その二人と相対するように視線がぶつかり合う。





次の瞬間には、

ナニガシがドワルゴンに対して。

シルヴァリウスがミコラーシュに対して、

飛び掛るように互いの武器でぶつかり合った。


ナニガシとドワルゴンは刀と戦斧が。

シルヴァリウスとミコラーシュは、

魔力で具現させた白い短剣と『猟犬コーサー』の名を持つ黒い短剣が。


互いに互いに武器と魔力の火花が生じると同時に、

新たな戦いの火蓋が切って落とされた。


到達者ドワルゴン』と『聖人ナニガシ』。

半妖精族ミコラーシュ』と『天使族シルヴァリウス』。


その戦いの結果を、

この時点では誰も予測などできなかった。





そして、その戦いを傍から影で隠れるように見守っていたのは、

銀色の髪と赤い瞳を持つ、子供のアイリだった。


彼女は四人が戦う姿を見ながら、

森の中を隠れるように動き、

ヴェルゼミュートが倒れている傍まで近寄った。


剣戟と轟音を交えて戦う四人の光景を横目に、

アイリはヴェルゼミュートの傍まで駆け寄ると、

その悲惨なヴェルゼミュートの姿を見て泣きそうになりながらも、

背中に担いでいた自分の魔剣を慣れない動きで鞘から抜いた。



「……ヴェルゼミュートさん、ごめんなさい……ごめんなさい……」



アイリが何を謝っているのか、

この時点では誰も分からない。


しかしその謝罪の意味を現すように、

自分の魔剣の剣先を自分の左腕の手首に近付け、

何かを覚悟するように表情を強張らせて、

アイリは自分の魔剣で、自分の手首の切った。


手首を切った事で静かに浮かぶ赤い血液が、

アイリの柔肌に浮かぶように拡がると、

痛みと血液が流れ出る光景に我慢しながら、

アイリは自分の手首から流れ出る血を、

ヴェルゼミュートの小さく開く口へ流し落とした。


ゆっくり流れ落ちるアイリの血液が、

そのままヴェルゼミュートの口内へ流れ込む。


そのまま十数秒経った中で、

不思議な変化がヴェルゼミュートに現れた。


身体中に赤い光が纏い始め、

ヴェルゼミュートの内部で止まっていた血液の流れが、

再び血液を増殖するように再生されて動き出す。


それと同時に止まっていた心臓と脳が活動を再開し、

使い果たした魔力が新たなに体内で生み出され、

それが全身を駆け巡っていく。


更にヴェルゼミュートの身体から流れ出ていた、

青い血液が赤い血液に変化すると、

たちまち傷口が塞がっていく光景を目にしながら、

その現象の発端となる行動を自分で起こしているアイリにも、

何がどうなっているのか理解できなかった。





一分ほど経った頃。

ヴェルゼミュートの肉体は完全に元に戻った。


止まっていたはずの動脈や心臓、

脳などが再び動き出し、

止まっていた魔力も溢れそうなほど、

ヴェルゼミュートの身体を満たしている。


そして肺を動かし始めて息を吸い、

吐き出す動作を行い始めたヴェルゼミュートの状態を見て、

アイリは安心するように涙目を浮かべながら安堵した。





アイリの血を飲んだことで、

死んだはずのヴェルゼミュートが生き返ったのだ。


そしてそれが『マナの種子たね』と呼ばれる、

突然変異体アルビノと呼ばれる存在が特別である由縁ゆえんでもあった。





『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!


誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)


ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ


この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。


https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/

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