第006話 ファーストコンタクト
今回は、第005話の少女視点となります。
ジャッカス達の視点からご覧になりたい方は、第005話へ。
これは、少女が目を覚ました時の御話。
そして少女から見た、
一匹の魔族の出会いの御話。
私が起きた時、
どこか分からない部屋だった。
今までに感じた事が無い暖かい感触に包まれながら、
とてもぐっすりと眠れていたように感じる。
いや、以前にもこういう感触に、
包まれて寝ていた事はあった。
けれど、この身体で感じた事は無かったのだ。
目が覚めて、
誰かが喋っているのが聞こえる。
そちらを向くと、
二人の人影が何かを喋っている。
何を喋っているか聞き取れない。
いや、何を喋ってるのか分からない。
それから、また辺りを見ていく。
少し薬品の匂いがする。
お婆ちゃんや、お兄ちゃんのいた病院の匂いに少し似ている。
けど、少し良い匂いがする。
この匂いはなんだろう?
そうして再び匂いのある方を私は向いた。
そこには二人の人影がやっぱりいた。
次第に目が慣れていき、
その二人の輪郭がはっきり見えてくる。
肌が緑色で、耳が尖っている。
片方は黒い髪の毛で、
もう一人は頭に何も生えてない。
大きめの手が目立っていて、
身長はそんなに高くないように見えた。
それは私がここ何ヶ月と見てきた、
この世界の人々だった。
外に居る時は視界が既に、
掠れるようにしか見えなかったので、
こんなにはっきりと、
この世界の人達の姿を見るのは初めてかもしれない。
けれど、それと同時に少し怖くなってしまった。
自分の知る人間とは別の姿の人達。
それは意識的な恐怖より、
生理的な恐怖に近いものを感じた。
私は萎縮し、
彼等を見る視線に怯えを含んでしまった。
後から思えば、とても失礼だったと思う。
けど、まだ前世の私と今の私の記憶が、
混同してしまっている今の自分にとって、
恐怖心が勝ってしまったのだ。
一人が、何か言いながら私の方へ近寄ってくる。
頭が剥げている方の緑色の人で、
どこか見覚えがあった。
……そうだ、あの屋台のおじさんだ。
私は、ここまでの前後の記憶を蘇らせた。
この屋台のおじさんに蹴飛ばされて、
気絶した事を思い出したのだ。
あの時の痛みを思い出し、
恐怖が一層増してしまった。
身を引こうと動く。
しかし、ベッドから落下してしまいそうになった。
なんとか体を捻って足から着地するが、
足に力が入らず床に手を着いてしまう。
そのまま這うように部屋の隅に移動し、
いつも裏道にいる時のように隠れるように縮こまる。
シーツを持ってきた方が良かったかと思ったが、
勝手に持って行くと怒られてしまうのではないかと思い止まり、
このままの状態になってしまった。
しかしよく自分の体を見ると、
何も着けていないはずの体だったのに、
ちゃんとした服が着せられている。
それに、右足に着けられていた鉄輪が外されている。
それよりもっと驚いた事があった。
今まで自分が見ていた体が、変化していた。
前世の体と見比べて、ではない。
気絶する前は、確かに指は更に細く、
体もあちこち骨のように細くて、
こんなに肉付きは良くなかったはずなのだ。
何がどうなっているのか自分自身でも理解できない。
頭が混乱し、グルグルと思考を回しながら、
ゆっくりと自分の体を確認していく。
やっぱり、気絶する前の体じゃないのだろうか?
それとも、誰かが治してくれたのだろうか?
そんな風に考えていると、
いつの間にか緑色の人が私に向かって、
床に頭を着けて何かを喋っていた。
体を震わせて、声も震えていた。
けれど、何を言っているのか聞き取れない。
もしかして、何か謝っている?
そう私は直感的に察した。
何故とか、なんでという疑問はもちろんあった。
けれど彼の姿を見ていると、
誰かを思い出すのだ。
そうだ、この人の雰囲気は誰かに似ている。
自然と隅に居た私の体は、
彼の方に引き寄せられるように動いていた。
緑色の彼に近づいて、
そっと床に手を着いた手に私の手を重ねた。
それに気付いたのか、
彼は顔を上げて私を見た。
彼の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、
彼は泣いていたのだとその時になって初めて気付いた。
その表情は以前にもどこかで見たことがあった。
彼の表情で、ということではない。
前世で最後に見た、
お姉ちゃんの表情に似ていた。
あの時のお姉ちゃんもこんな表情で泣きながら、
私の手首を切ったんだ。
ずっと私に謝るように呟きながら、
痛いよね。ごめんね。そう謝りながら。
前世の私は、
ずっとお姉ちゃん達に迷惑をかけてるんだと理解していた。
だから邪魔にならないように部屋の隅にいて、
お姉ちゃん達の邪魔をしないようにしていた。
お姉ちゃんの夫になった人と怒鳴りあってる時も、
お兄ちゃんとお姉ちゃんが口論している時も。
お姉ちゃんは不機嫌な時に私が悪い事をしたら、
お姉ちゃんは私に怒鳴って叩いたりした。
でも少し時間が経ったら、
私を抱きしめながらいつも泣いて謝っていた。
お父さんとお母さんが亡くなる前は、
お姉ちゃんは私に凄く優しくしてくれてた。
亡くなった後のお姉ちゃんの事を、
私は嫌いになれなかった。
お姉ちゃんは一人になると、
ずっと泣いていたから。
夫の人にも怒鳴られて、
お兄ちゃんとも喧嘩して。
お姉ちゃんはずっと苦しんでいた。
だから私はお姉ちゃんの前で泣かないようにしていた。
誰の前でも泣かないようにしていた。
そんな私を気持ち悪いと言う人も周りにはいたけれど、
自分ができる事はこんな事しかなかった。
改めて私は、緑色のおじさんを見た。
いつも苦しそうにしてるお姉ちゃんの表情に、
とっても似ていた。
私を怒鳴って叩いた後のお姉ちゃんの後悔した顔に、
とても似ていたんだ。
この人も、
もしかして謝っていたのだろうか。
私の事を蹴った事を、
後悔しているんだろうか?
もしそうなんだとしたら、
私は大丈夫だよと伝えなきゃいけない。
お姉ちゃんにそうしていたように、
この人にも伝えなきゃいけない。
「……?、???……??????……」
何か喋る彼の言葉は私は分からない。
でも、なんとなく分かる気がした。
私はお姉ちゃんが抱きしめて謝る時みたいに、
その人の手を握った。
握った手を私の右頬に触れるように、そっと導いた。
その手には微かに、美味しそうな匂いがした。
「……私は平気だよ。だから、泣かないで……」
そう、前世の言葉が口から自然と言葉が零れる。
私の行動が彼に伝わっているのか、
それは分からない。
でも、彼はそんな私の行動を見て、
泣き腫らした顔から涙が引いているようだった。
そして、少し口を吊り上げて笑顔の表情を見せてくれた。
よかった。ちゃんと伝わったんだ。
そう思って私も、
笑顔を作って答えようと思った。
お姉ちゃんの時と同じように。
でも、そこで私は思い出した。
裏道のような所に居た時、
私の顔を見た人達が怯えるように逃げていったのを。
今の私の顔は凄く醜いんだという事を思い出した。
そう思った瞬間、緑色の彼の手を離して、
私は自分の顔を隠すように手で覆った。
人間じゃないこの人達が怯えるほど私の顔は醜いんだと。
隠さなくては、と思ってしまったのだ。
そんな私の行動を見て、
二人が何か喋っているのが聞こえる。
相変わらず言葉は分からないけれど、
何かガサガサという音が聞こえてきた。
すると、顔を覆った手の隙間から、
とても美味しそうな匂いがする。
その匂いは、さっきの緑色のおじさんの手からも、
微かに匂ったものと同じだった。
顔を覆う手の指に隙間を作り、
その匂いが何なのかを確認する。
すると自分の目の前に、
美味しそうな串焼きが一本、現れていた。
串焼きを握っている緑色の手で、
さっきの彼がそれを握っているのだと理解できた。
覆っている手を離して彼の顔を見る。
彼は微笑みながら何か喋っていた。
その動作で串焼きを食べるように、
そう言われているんだと分かった。
けど良いのだろうか?
屋台で見たが、
これはお金を払って買うものなんだろう。
けれど、私の手を優しく触って串焼きを握る部分に導くように、
彼は串焼きを握らせてくれた。
彼の顔をもう一度見て、
食べていいのかを手振りで確認してみる。
彼は頷いてくれて、
私は美味しそうな串焼きに恐る恐る、
小さな口で小さく齧った。
とても美味しい。
それはこの世界で目覚めてから、
初めてまともに口にする食事だった。
生ゴミのようなモノや、
汚泥に比べるのも失礼なほど美味しい。
あの時、彼に蹴飛ばされる直前に食べた、
落ちた串焼きは砂利や小石がついていて、
味より食感への不協和音で美味しいとは感じなかった。
これには砂利も小石もついていない。
ちゃんと噛んで食べると、
肉汁が口の中で広がって凄く美味しい。
肉に味付けされてるタレと、
少しピリっと口内を刺激する調味料。
前世でお父さんとお母さんが生きている時に食べた串焼きより、
ずっと美味しく感じていた。
夢中で三口目を口にした瞬間、
目から涙が出ている事に私自身が気付いた。
何故か分からない。
けど、目からたくさんの涙が零れた。
泣きながら、お父さんとお母さんと、
家族みんなでお祭りの時に食べた、
屋台の串焼きを食べた時の事を思い出した。
あの年のお祭りが、
家族全員で過ごした最後の年だった。
私は初めて前世とこの世界では考えなかった、
寂しいという気持ちを感じていたのかもしれない。
それでも私は、
手の中にある美味しい串焼き手放せなかった。
小さな口をいっぱいにして、
モグモグと噛み締めながら肉串を頬張っていく。
まだ肉の形が残ったまま飲み込んでしまい、
喉に詰まらせかけて咳き込んでしまった。
吐き出さないように必死に我慢していると、
屋台のおじさんとは別の人が、
お椀の中に水が入ったものを差し出してた。
土の上に溜まっていた汚泥や汚水じゃなく、
透き通るような水をこの世界で初めて口にする。
水の味なんて前世は違いが分からなかった。
でも、普通の水はこんなに瑞々しく、
そして美味しいんだと初めて知った。
食べながら空腹感が少し増して行き、
一本の串焼きを食べ終わって、
お腹の中が締め付けられる感覚を感じる。
自分がどれほど空腹だったのかを初めて自覚したが、
物足りなさを感じても既に串焼きは食べ終わっていて、
少し残念な気持ちになった。
けれど、もう一本の串焼きが目の前に差し出されて、
また彼の顔を見て恐る恐る串焼きに手を伸ばして、
また私は食べ始める。
串焼きを手渡すと、
彼は私の頭を撫でてくれた。
大きな手が撫でる感触は、
私の中で何かを思い出していた。
前世のお父さんやお母さん、
お婆ちゃんにお兄ちゃんと、
お姉ちゃんの事を。
きっとこの人も、そしてもう一人の人も、
私の家族のように優しい人なんだと理解できた。
前世の記憶を曖昧に残したままの『私』は、
今の状態で自分に何が起こっているのか、
どんな状況なのかは理解できていなかった。
そんな私の周りにいる彼等の事も、
何も分からなかった。
だけど、前世の世界にいた人間と彼等は姿・形が違うけど、
いくつか分かった事があった。
この人達には文化と呼べるものがあること。
この人達も感情を持っている人々だということ。
そしてこの人達は、
私の事を助けてくれているということ。
今の時点でそれだけでも理解できたのは、
私には幸福だったと思う。
あのまま薄暗い町の裏道にいたまま、
こんなに美味しい料理も食べられないまま、
こんなに優しい人の温もりを感じないまま、
死んでいただろうから。
私は、誰かに誓ったわけでもない事を、
自分の心の中に刻んでいた。
前世で何もできなかった私は、
私の家族に何もできないまま死んだ。
それを悲しいとは思わない。
けれど、心のどこかで自分の力の無さに悔しさを感じていた。
もう前世で起きた事を繰り返さないように。
目の前の人達が、家族のようにならないように。
――……私を助けてくれた彼等に、恩返しをしたい。
そう勝手に、少女は心に誓った。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




