第072話 人質と誤解 ●
今回は●付き。
最後の●日記は特に意味が無いと思ってください。
『ボクはね、君の母親が小学生くらいの頃からの飼い犬だったんだ。アイリ、君が生まれた年には、ボクは15歳のおばあちゃんでね。その次の年には老衰して死んでしまったんだ』
「……全然、覚えてないです……」
『君はまだ小さすぎたからね。でも君の事は良く覚えているんだ。ボクの御主人である君の母親が、凄く嬉しそうな声で赤ちゃんだった君を見せてくれてね。もう老いて目も見えにくかったけど、君の母親の事と、その子供である君の事だけは、この世界でも魂の記憶に強く刻まれていた』
「魂の、記憶……?」
『そうだよ。そうあの人が言っていた。ボク等は生前に、魂に強い記憶を刻まれた。だからボク達は『転生』をしても全ての記憶を無くせなかった存在。そして刻まれた傷は決して消えない。ボク等は魂そのものが、この世界に溢れる他の魂とは異質であり、傷を持つ存在。それがボク達『転生者』だと、あの人は言っていた』
緩やかな斜面を登りつつ、
周囲には一定距離に木々が存在する中を、
アイリ達は歩いていた。
ガスタとナニガシが前後を挟む形で進行しつつ、
ヴェルゼミュートがアイリの隣に立ち、
それを挟むように隣にシルヴァリウスが歩きながら、
アイリにだけ聞こえるように話をしている。
それはシルヴァリウスから語られる、
彼女の前世と、愛理とその母親の話。
前世のシルヴァリウスは雑種犬だった。
しかも愛理の飼い犬だったという発言は、
アイリ自身に困惑を招いていた。
それはアイリ自身に飼い犬が居た記憶が無く、
誰かと勘違いしているのではと思ったからだ。
しかしシルヴァリウスは頑なに、
愛理だった頃のアイリを覚えていると言い、
前世での自分の記憶を話してくれていたのだ。
だが話されてみても、
やはりアイリには記憶は無かった。
生後一年前後の赤ん坊の頃の記憶など、
人間は簡単には覚えていられないだろう。
そんな困惑した状況の中で、
しかも現在の状況と周囲の状況に、
困惑しっぱなしのアイリは、
シルヴァリウスが話す証言の矛盾に気付けない。
愛理としての記憶に残る母親と、
シルヴァリウスの話す母親の違いを。
愛理の知る母親は、
愛理の前に子供を二人産み、
その二人は愛理の三歳前後で既に成人しているほど、
年を経ていた母親である事を。
そしてシルヴァリウスの知る愛理の母親は、
小学生の頃から15年経った時に愛理を産むほど、
若い女性だったということを。
この時のアイリは気付けなかった。
そしてそれが、
愛理という子供の出生に大きく関わっている事を、
この時点で結び付けられたのは、
彼女の中に居て彼女の記憶を強く見せられる、
『魔王』だけだった。
ジュリアはシルヴァリウスの話す事が、
真実だと知っていた。
そしてその真実と事実は、
アイリが知ってはいけない事も知っていた。
だから『アタシ』は何も語らない。
アイリがそれを知る時まで語るべきではない事を、
アイリの中から見ているジュリアは知っていた。
*
洞穴を出て山頂を沿うように、
ガスタを先行に歩かせつつ、
一行は次の山を目指そうとしていた。
彼等が目指す先にあるのは、
『団長』と呼ばれる人物との合流地点らしい。
そこで団長と落ち合い、
アイリは『転生者』と『異世界』に関して、
詳しい事を聞けるという話だった。
ガスタはこの周辺の地理に詳しいらしく、
先ほどの洞穴の場所や、
目的地に安全に行ける為の順路を、
率先して同行者達に教えてくれた。
ガスタが恩人と呼ばれる人に頼まれた事は、
言わば道案内の役目。
ヴェルゼミュートの証言曰く、
この周辺を覆う大結界が存在するようで、
そのせいで魔術による空間転移を行えず、
徒歩での移動を余儀なくされるだろうと、
事前に話されていたナニガシとヴェルゼミュートは、
その地を故郷としているガスタに、
団長が道案内役を頼んだそうなのだ。
先行して商人に紛れ込み、
ヴェルズ村に潜伏していたヴェルゼミュートは、
祭りの間は祭りの客人として、
そして今日この日には香水屋を営む商人を装い、
アイリ達に近付いたらしい。
ナニガシは人間大陸から向かった為に、
ヴェルゼミュートより大幅に到着が遅れ、
土地勘の無いナニガシの案内役として、
ガスタがヴェルズ村までナニガシを案内した。
その後にアイリを脱出させてからは、
ガスタの土地勘を利用した順路で、
団長との合流地点へ目指して歩み、
この周辺を覆う大結界の外へ目指して、
ナニガシ達一行は山道を歩いている。
痕跡となりそうな足跡や魔力の跡は、
シルヴァリウスが魔術と魔法を使い、
完璧に痕跡を無くしているそうだ。
ナニガシ達の足跡が残る土は、
踏んで離れて数秒経つと盛り返すように戻り、
枝分けしながら入り込み散乱した枝や木の葉は、
シルヴァリウスが僅かに光を発すると、
それ等が元に戻るように浮かび上がり、
折れたり取れたはずの枝や葉が元に戻ってしまう。
アイリはシルヴァリウスの前世の話より、
そちらの魔術や魔法に興味を持ってしまったのも、
シルヴァリウスの話す矛盾に気付けない事への、
助けとなっただろう。
そうして山中を歩く一行だったが、
先導していたガスタが歩みを止め、
耳を傾けるように動かしながら、
後ろを振り返った。
その様子に同行者達は気付き、
ナニガシとヴェルゼミュートが周囲を警戒する。
十数秒ほど固まっていたガスタは、
耳を傾けることを止めて、
魔族語で一行に話し掛けてきた。
「……どうやら向こうも、警備隊から追跡者を出しているようだ」
「あの町の奴等の追っ手ね。……チッ、気付くのが早いわね。予定なら日の出までは時間を稼げるはずだったのに」
ガスタの話す言葉を聞いて、
舌打ちしてヴェルゼミュートがそう言った。
ガスタ達は知る由も無かったが、
フォウルという存在が予想外な事に、
セヴィア達を思ったより早く目覚めさせる手助けを行い、
追跡者の割り出しを早めに行ってしまった事で、
ヴェルゼミュートが想定していた以上に、
警備隊を率いて動くヴェルズ達の動きが早かったのだ。
本来のヴェルゼミュートの予定ならば、
ヴェルズ達はまだ町の中で侵入者となった者達の目的を探り、
セヴィア達が受けた魔力封殺の回復を待って、
その証言を聞き取った上でまず町の中を捜索し、
本格的に外へ捜索隊を出すのはかなり後だと考えていた。
それまでに費やすだろう時間は、
ヴェルゼミュートの計算では日の出の時刻。
つまり明日の朝頃だったらしい。
現在は月が真上に昇る前。
前世の時刻に直せば、21時前後だろう。
既に追跡者達が出ているということは、
こちらの目的が『アイリ』であり、
尚且つ侵入者達の中に、
『人間』が居る事を察したということだ。
人間があの町の中に居れば、
目を引くという状態どころの話にはならない。
ならば何かしらの魔術で人間を隠しつつ、
町に潜伏していたと、誰もが考える。
人間が潜伏しているだろう痕跡を探し、
既に自分達が町から離れている事を察知され、
追跡者となる捜索隊を放っているのだと、
ヴェルゼミュートは舌打ちをしながら察したのだ。
「……すまない。どうやら私の身内が、追跡者達の中に居る。私の魔力封殺の痕跡で、恐らくは気取られたのかもしれない」
「身内?どうして分かるのよ」
「遠吠えが聞こえる。……息子の声だ。私に向けて『話をしたいから出てきてくれ』と言っている」
「息子って……。……まぁ、そりゃあこの世界に居たら、子供の一人や二人はいてもおかしくないわね。……会いに行きたいの?」
「……確実に罠だろう。息子だけがこの近くまで来ているとは思えない。既に私が、君達の同行者として傍に居る事がバレているようだ。……先を急ごう。時期にこの順路も暴かれるかもしれない」
そう言って歩くことを再開するガスタは、
何処か寂しげな背中を見せながら、
山道を掻き分けるように進んでいく。
ヴェルゼミュートはガスタの話す事を、
ナニガシに通訳しながら伝えると、
顎鬚を右手で触りながら、
ナニガシが渋い顔を見せていた。
「がすた殿の息子を囮にするとは、妖共もなかなかにえげつない。……親である者が、主を謀る行為に加担したとなれば、その息子も親である者を捕らえねば無事では済むまい。……拙者達が逃げ果せれば、がすた殿の息子は死罪にて、打ち首になるのではないか?」
「!?」
「ちょっと、冗談でも止めなさいよ。子供の前よ」
ナニガシが告げる言葉を聞いて、
アイリが驚く様に振り返る。
ヴェルゼミュートはその言葉を聞いて、
そうナニガシに忠告したのだが、
ナニガシはその言葉を訂正するつもりはなかった。
「世は違えど、どの世もそのように回っておる。子の責は親が、親の責は子が負うように。……例え妖の姿とはいえ、このまま"がすた"殿の息子が晒し首となるのも忍びない。そう思わんか?"ヴぇるぜみゅうと"よ」
「ん~……そうよねぇ。ありえそうよねぇ……ホント。この世界は悪い意味でファンタジーしてるから、本当にやりそうなのがねぇ……」
そう悩むように歩くヴェルゼミュートの言葉は、
同行しているアイリに不安を招き入れた。
そしてアイリはこの時になって、
目の前に居るガスタの背中を見ながら、
誰かに似ている事を察していた。
そう、アイリはその背中を知っていた。
あの村で過ごす中で、
アイリはその背中を何度か見ながら、
その親子と一緒に歩いた事があるのだから。
アイリはガスタに呼びかけるように、
魔族語で話し掛けた。
「ガ、ガスタさん!」
「どうした、アイリ?」
「あの、ガスタさんの息子さんの名前、なんって言うんですか……?」
そう聞いたアイリの言葉に、
振り返ったガスタは目を見開いて驚きを見せたが、
一瞬でその表情を冷静な顔に戻して、
歩む先へと視線を戻した。
「……バラスタ。私の息子の名は、バラスタという」
「!?や、やっぱり……」
「……どうやら君は、息子の……私にとっては孫の、友をしてくれていたようだ」
「……あ、あの。ガスタさんが、バラスタさんの所に行かないと、バラスタさんが酷い目に遭うかもって、ナニガシさんが……」
先ほどのナニガシの話を、
ガスタに要約して話すアイリだったが、
それに動じる様子も無いガスタを見て、
あるいはナニガシの杞憂ではないかという、
そんな思いをアイリは考えた。
しかしガスタから出た次の言葉は、
アイリの杞憂を更に深めてしまった。
「……そうだな。あるいはあの村の者達であれば、私が今回の件で助力していると知れば、息子や孫に、酷い仕打ちもするだろう」
「!?そ、そんな……」
「……これは私の失敗だ。自らの正体を、あの村の者達に暴かれる落ち度を残してしまった。……君達が気に病む必要はない」
そう言って振り返らず喋るガスタの言葉は、
何かを抑え込みながら、
自分自身を責め立てるような様子だった。
ガスタの正体がバレてしまった原因が、
孫であるリエラの『魔力の匂い』を嗅ぎ分ける嗅覚と、
本来ならば気付くはずの無いほどの僅かな匂いを、
バラスタがリエラの証言を聞いて徹底的に残る匂いを嗅ぎ、
なんとか微かに嗅ぎ分ける事に成功できたことを知るのは、
追跡者達であるセヴィアとバラスタ達だけだった。
それをガスタが知る由も無かったが、
そうして正体が暴かれているというだけで、
既に自分の落ち度であるという事を、
生真面目に受け取っていたのだ。
そしてガスタが村を出た理由を考えれば、
彼が村の者達を信用しておらず、
今回の件に自分が関わっていると分かれば、
容赦なく息子を使って自分を誘い出そうとする事も、
ガスタは理解していた。
そうして応じなかった場合には、
息子や孫がどうなるかさえ、
ガスタには予測できずにいた。
「……この先を行けば、開けた野原が見える。そこを降って川に沿うように歩けば、周辺を覆う結界の外だ。外に出ればヴェルゼミュート殿の転移魔術で恩人との合流地点に到着するのだろう。――……すまない。君達とは、その野原までだ」
「え……?」
「私は追跡者達の居る場所まで戻る。……あるいは私の命で、息子や孫は助かるかもしれない」
「!?」
「ちょ、ちょっと!!何を言ってるのよ!」
「……私はあの村と、あの村の者達を拒絶した。あの村の者達も、そんな私に対して良い感情は持っていないだろう。……私個人がアイリを誘拐した事にすれば、私が尋問と拷問を受けている間に、君達やアイリを逃がす時間稼ぎになるかもしれない」
「だから、何勝手に決めてるのよ!!」
淡々と話し続けるガスタの言葉に、
ヴェルゼミュートは驚きながら前へ詰め寄り、
ガスタの腕を掴んで歩みを止めさせた。
腕を強めに引いたヴェルゼミュートは、
ガスタの身体をアイリ達の正面に向けると、
そのガスタの表情にそれぞれが驚かされた。
右目と左目に残る三本傷から流れ落ちる涙が、
ガスタの顔を濡らしていたからだ。
「……私は、前世でも今世でも、愛する妻を亡くした。私自身の失敗によって。前世の私の息子は、奴隷となって捕えられ、ローマの兵に嬲り殺された。……私はもう、愛する者を、見捨てたくはない」
「……ッ」
涙を流しながら毛を伝い、
顔を濡らしているガスタの表情を見て、
その言葉が本気である事を、
ヴェルゼミュートは理解せざるをえなかった。
それがガスタの命を懸けてでも行わなければ、
困難な状況でもあるということを。
*
顔を歪めながら悩む姿のヴェルゼミュートと、
ガスタの言葉と表情に不安を募らせるアイリ。
そんなアイリの様子を伺いながらも、
ガスタの様子を見てただ黙っているシルヴァリウス。
黙っていた三人の代わりに喋り出したのは、
ガスタが喋る言葉を理解していないはずの、
人間のナニガシだった。
「――……がすた殿よ。察するにお主は、囚われておるであろう息子の元へ、馳せ参じたいと申しておるようだな」
「…………」
「団長殿や"ヴぇるぜみゅうと"の話では、あの村の妖共は手練揃い。お主も中々の手練と見えるが、数で負けよう。――……そこで一つ、傭兵を雇ってみぬか?」
「ちょ、ちょっとナニガシ!!」
「ヴぇるぜみゅうと、あるいは童よ。妖の言の葉で伝えよ。――……拙者も"がすた"殿に加勢しよう」
ナニガシが喋っている言葉が分からないガスタと、
そのナニガシの突然の提案に驚きながらも、
それを制止するヴェルゼミュートとの間で、
僅かばかりの動揺が生まれた。
口論しながらもナニガシの言葉を、
ヴェルゼミュートはガスタに伝えると、
ガスタは涙を腕で拭いながら、
それを拒絶するように首を横に振った。
「――……その気持ちだけ受け取ろう。私事で君達に迷惑を掛けるワケにはいかない」
「『旅は道連れ、世は情け』という言が、拙者の時世の流行よ。旅に道すがら、連れの世情を汲む事もまた、風流と云うものよ」
「旅の連れと言うが、君達と出会ってまだ日も浅い。そんな私の事情に、君を巻き込む事はできない」
「同じ釜の飯を幾度と食い、水とはいえ杯も共に同じ竹筒で飲んだ。言葉は分からずとも、がすた殿が気の届く者である事は浅くとも分かろう。拙者はな、徳川公のように利で動くよりも、義で動いてこそ、世の人情と思うておるのよ」
「……しかし……」
「拙者等は『てんせいしゃ』という同志であろうぞ。ならば共に、苦難の一度や二度は、共に乗り越えて見せねばな」
ナニガシとガスタの言葉は、
互いに日本語と魔族語で語られながらも、
通訳するヴェルゼとアイリが伝えて、
今後に話す形になっていた。
ここまでナニガシが述べると、
ガスタはしばらく黙ってから、
その場で膝を折って地面に着け、
腕を垂らすように拳を地面へ突くと、
頭を下げてる形でナニガシに向けて言った。
「――……狼獣族として、また一人の武人として、貴殿に願おう。ナニガシ殿、その力を貸して頂きたい」
「心得た。ならば一人の兵法者として、御主に雇われようぞ」
「……はぁ、結局こうなるのよ。この侍、こんな感じで毎回仕事を増やすんだからさ……」
ナニガシとガスタの話が纏まってしまったことで、
呆れて呟くヴェルゼミュートが、
わざとらしく大きな溜息を吐き出した。
それに気付いたナニガシが、
「カッカッカッ」と笑いながら、
ヴェルゼミュートに今後の事を伝えた。
「と、云う事ぞ。拙者は"がすた"殿と共に戻る。"ヴぇるぜみゅうと"よ。おぬしは童を連れて団長殿の元へ赴け」
「あのねぇ……じゃあ、あんた達は、何をして、どうやって戻ってくるのよ」
「なに、がすた殿の息子と孫も攫えば良いのだろう。ならば、正面突破あるのみよ。その後はひたすら走れば良かろう」
「それが無理だっつってんの!!相手にはハイエルフの女王に、最強の戦士だとか、他にも厄介なのがゴロゴロいるのよ!特に今回の祭りには、一番厄介な鬼王まで来ているのよ!!無理に決まってるでしょうが!」
「むむ、やってみねば分かるまいに」
「――……あぁ、このクソ侍!!ぶん殴りたい……でも絶対避けるから時間の無駄よね……」
そんな会話を続けるナニガシ達だったが、
アイリは端から聞いている限りでは、
とても無理な事をナニガシ達がしようとしていると、
言葉を整理して理解した。
無策に二人が戻ったところで、
恐らくは追跡者であるヴェルズ村の警備隊の者達に、
捕まるか殺されてしまうとアイリは考えた。
特にナニガシという人間が警備隊と相対した場合、
以前アイリがジャッカスと話していた、
人間嫌いの魔族達も多くいるという情報で、
ナニガシは容赦無く殺されてしまうのでは、
と考えてしまうのだ。
何より恐ろしかったのは、
アイリの脳裏に一抹の不安として残る、
ある人物の姿だった。
『最強の戦士』ドワルゴン。
アイリはドワルゴンと邂逅してから、
心が騒ぐ感覚を止められずにいる。
何がきっかけでソレが起こっているのか、
本人さえも分からなかったが、
アイリはドワルゴンに対して、
明らかに恐怖という感情を抱いていた。
あのドワルゴンと対峙して、
目の前にいるガスタやナニガシが、
もし殺されてしまったら。
そこで思い浮かべられる光景に、
アイリの心は怯えを含む恐怖を抱いた。
それが現実として起こりえることを、
一度しか会った事がないドワルゴンに対して、
容易に想像できてしまったのだ。
*
その恐怖と想像力から、
アイリはとんでもない意見を口に出した。
「――……あの、皆さん」
『アイリ?』
「ぬ?」
「えっ、何?」
「どうした、アイリ」
それぞれが口を開いたアイリに対して気付き、
そちらを向くように視線を集めた。
それを確認したアイリは、
若干だが身体を震わせて、
自分が思う事を日本語と魔族語で口にした。
「二人が戻るなら、私も戻ります。……私が戻って事情を話せば、もしかしたら追跡している警備隊の人達も、村長様も、事情を汲んでくれるかも……」
「――……駄目、それは絶対に駄目よ。『~してくれるかもしれない』なんていう希望的観測はね、こういう状態では一番やっちゃいけないの」
「"ヴぇるぜみゅうと"の言う通りぞ。今に戻りて危険であるのは、童かもしれぬのだぞ」
『――……アイリ。君がそうしたいなら、ボクは手伝うけど』
「……気持ちはありがたいが、君もわざわざ、危険な場所へ戻ることはない。最悪でも、私の命一つで済むかもしれぬのだからな」
その場の四分の三がアイリの意見に反対し、
残るシルヴァリウスだけは、
アイリがそうしたいならと承諾をしている。
「シルヴァリウスさん。私が話している事の通訳を、ガスタさんとナニガシさんにお願いします」
『うん。分かったよ』
そうシルヴァリウスにお願いをすると、
アイリは残る三人を説得する為に、
自分の意見を淡々と述べていった。
今から行われる説得が、
前世ではたったの八歳だった者であることを、
この時はシルヴァリウス以外、
周囲の誰も知らなかった。
「ガスタさん。私はリエラ君や、そのお母さんのセヴィアさん。そしてお父さんのバラスタさんには、凄く御世話になったんです。……バラスタさんは、ガスタさんが村を出て行った後も、ガスタさんの事を心配していました。そして、狼獣族という一族が信じていた魔獣王様が実在する事を知って、ガスタさん達の思いが無意味じゃないって喜んでました」
「!!」
「……私は、ガスタさんの事を全然知りません。でも、バラスタさんが知っているガスタさん達、狼獣族の人達の事は、短い間でも知ることができました。そんな人達の為に何かできる事があるなら、私が受けた恩だけは、ちゃんと返したいんです」
「……」
ガスタの説得から始めたアイリが、
そうガスタに対して述べ続けていくと、
口を固く閉じて顎に力を入れて、
何かに耐える姿をガスタは見せた。
「ナニガシさん。ガスタさんに言ったように、私にもガスタさんに恩義があります。だから、私もガスタさんの力になれるように同行させてください」
「……しかし童よ。その姿では、とても戦では役に立つまい。背負う小刀も、扱いは不慣れであるようだしな」
「はい。私は全然、戦ったことがないです。でも、私には一つだけ使える魔術があります。それで役立てるかもしれないです」
「……ふむ。そこまで言うのならば、手並みを拝見せねばなるまいて」
「ちょ、ちょっと!!」
ナニガシの説得を開始したアイリは、
表情を緩めずに真剣な面持ちでナニガシと向かい合い、
そう話してナニガシを説得しようとした。
まだ説得の言葉が必要だと思っていたアイリだったが、
二つ返事でナニガシがアイリの言い分を飲んだ事に、
ガスタもヴェルゼミュートも驚愕の顔を浮かべた。
ナニガシの信じられない答えに、
ヴェルゼミュートが止めに入ろうとすると、
今度は予想外にもナニガシが、
ヴェルゼミュートの説得を始めてしまったのだ。
「別に良かろう。童も義を果たすと申しておるのだ。その心意気、汲んで果たさせようぞ」
「勝手に決めないでよ!!第一、手並みがどうとか、こんな子供が戻ったところで戦いの役に立つはずないでしょ!!しかも追跡者次第じゃ、下手するとヤバイのと戦うのよ!!……あんた等、とにかく一回落ち着きなさいよ。狼さんも、団長ちゃんの所に行ってから、団長ちゃんと相談して行動してからでも、絶対に遅くはないはずよ!」
ヴェルゼミュートの話す内容は、
アイリが聞く限りでは至極真っ当な意見だった。
アイリは膨大な魔力を持ちながらも、
まだ容姿は5歳程度の幼児でしかない。
そんな子供が役立てるはずがないという、
ヴェルゼミュートの意見は尤もな事だった。
更に団長と合流してから事に対処すべきだという意見も、
彼女が今まで行ってきた発言の慎重さを考えれば、
この状況を打開する為の一つの正しい策でもあった。
そのヴェルゼミュートの意見を押し退けたのは、
やはりナニガシだった。
「確かに童の様相を呈しておる。だがその童、ただの童では無かろう?」
「!!た、確かに魔力は膨大だけど、使える魔術は1つだけらしいじゃない。それに今回の優先順位は、このアイリちゃんを団長ちゃんの所へ連れて行くのが優先!それに、私達が今ここで明確に『ハイエルフの女王』や『最強の戦士』と敵対したら、『あの二名を引き入れる』って私達本来の仕事が果たせなくなるでしょ!!」
「それよ。ソコが今宵、拙者は腑に落ちぬのだ。交渉事を必要とするのであれば、先にその童を連れ出す事を良しとはせぬ。あの都に棲まう妖共が、このような事態を経ては、拙者達との交渉も覚束まい」
「そ、それは……そうだけど……」
「だが団長殿は『童を団長殿の元へ届けよ』という仕事も拙者達に申した。それを優先せよ、とも。……あるいは拙者達は、何かを勘繰り、違えておるのではないか?」
「な、何が言いたいのよ」
その言葉の真意を計れずに、
目を伏せながら話すナニガシの言葉に、
ヴェルゼミュートが困惑した表情で聞き返した。
目を閉じて話していたナニガシは、
目を見開いてその問いを返した。
「拙者達は、あるいは物事の順路を見誤ったかもしれぬ。『童を団長殿の元へ届けよ』と『二名のこちらに引き入れろ』という仕事。本来ならば、あの都の頭目である二名を引き入れて後に、童の身を拙者等が引き入れるのが妥当の案であろうよ」
「……確かに、そっちの方が普通っぽいけど……」
「団長殿は拙者達に託した仕事。達成せぬわけには行かぬが、既にこの状況よ。あの都の頭目二名との交渉事など、もはや達することは成らぬだろう」
「……私達が、団長ちゃんが依頼した仕事で、本当にやって欲しかった事を、間違えたって言いたいの……?」
「うむ。あるいはあの都の者達の中に、和の通ずる者も居たやもしれぬ。そう思うようになったのも、『てんせいしゃ』である"がすた"殿の影響もあるがの。……拙者達は成すべき功を焦り、達成しうる二つの物事の順路を違えたかもしれぬ。……というのが、拙者の抱いていた違和感よ」
そこまでナニガシの言葉を聞いたヴェルゼミュートが、
親指を口に運んで爪を噛む動作をしつつ、
ナニガシの考えていた違和感に対して、
改めて考えさせられ、納得させられた。
ヴェルゼミュート達が『団長』と名乗る人物に、
任されていた仕事というのは二つ。
一つは、アイリを団長の元へ連れて行くこと。
二つは『大魔導師』と『最強の戦士』への勧誘。
そして第一優先すべき事だったのが、
先程の二つの中で最初に挙げた、
アイリを団長の元へ連れて行くことだった。
「……確かに、そういう順番での方法もあったでしょうよ。でもね、この子は明らかにあそこの住人達に監視されてたし、祭り中に連れ出さないと隙が無いじゃない。それに、あの時は私も知らなかったから結果論になっちゃうけど、『転生者』だってバレてるんなら、すぐに連れ出さないと……どうなるか分からないじゃないのよ」
「然り。がすた殿に渡された言伝の文を読み、"ヴぇるぜみゅうと"のすぐに連れ出す考言が正しいと思うたからこそ、拙者もあの場ですぐに童を攫う事を良しと思うていた。……だが、どうもこの童。拙者達が見ていた限りでは、厚く遇される事はあれど、酷に扱われてはおらんように見えた。……拙者達はどうも、童を攫うに当たり、何か過ちを犯したとしか思えん」
ヴェルズ村で行われていた祭りの中、
アイリの後を追跡していたナニガシとガスタは、
その行動の始終を観察していた。
明らかに村人達や警備隊が、
アイリの監視し動いていた事は、
追跡していたナニガシとガスタも気付いていた。
しかし、何の為に監視していたのか。
その理由が全く分からなかったことで、
あの娘がヴェルズ村の者達にとって、
重要な人物である事だけは、
ナニガシ達も察する事ができたのだ。
しかしアイリが『転生者』である事が分かると、
仕事の依頼者である団長が、
『アイリを自分の元へ連れてこい』と言った理由に、
初めて『転生者』だからという理由付けが出来てしまった。
『転生者狩り』という行為を知るナニガシ達は、
目の前の娘が狩られる前に、
自分達で保護しろという仕事を任されたのだと、
その時には思っていたに違いない。
*
この状況でナニガシは、
それが過ちだったかもしれないと、
兵法者としての勘で気付きつつあった。
そして、それが正しい気付きだという事を、
後に彼等は思い知る事になるのだが、
それは今回の事態が終息してからだった。
この事態が終息するまで、
彼等とヴェルズ率いる捜索隊は、
互いが互いの真意を理解できなかった。
「故に、拙者はこの童を連れて一度戻るのもまた、懸命であろうと腹では思う。童に事情を話させ、拙者達が請け負う仕事を同時に達成するには、最早この策しかなかろう。……"ヴぇるぜみゅうと"よ。どうする?」
「……んー……ッ」
「……ヴェルゼミュートさん。私、この状況でいっぱいいっぱいで。でも、ヴェルズ村の人達と、皆さんの中に誤解があるなら、ちゃんと聞いて、ちゃんと誤解を解きたいです。その後に、団長という人と逢っても、遅くないんじゃないかって……私は思ってます」
ナニガシの思惑助力に困惑しながらも、
アイリは自分がしたい事をヴェルゼミュートに伝えた。
内心では困惑を強めて、
不安を拭いきれなくても、
アイリはヴェルズ村の人々に対して、
全てそういった思いを抱いているわけではない。
ジャッカスを始めとした、
触れ合って話をした魔族の人々が、
全てがそんな悪人ではないという事を、
アイリは知る機会が出来ていた。
何年という時間を掛けた信頼ではない。
しかしアイリにとっては、
何も分からないこの世界で、
初めて優しく接してくれた者達が、
魔族であり、ヴェルズ村の人々だったのだ。
拭いきれない不安を残したまま、
けれど拭い去ってはいけない者達の顔と表情を、
アイリは脳裏に思い出しながら、
微かな希望の展開を望むように、
ヴェルゼミュートに提案をした。
その提案に対して、
ヴェルゼミュートは溜息を吐き出しつつ、
何度か頭を振って考えながら、
やっと口を開いて伝えた。
「――……あぁ、もう!分かったわよ。つまり、追跡者に話し掛けて『私達は悪者じゃないでーす』って言いながら武器を収めてもらって、こっちの事情をぜーんぶ話して、ついでにハイエルフの女王と最強の戦士に声も掛けた上で、気持ち良くアイリちゃんを連れて、団長のとこに戻る。そういう一歩間違えば全員お陀仏になりかねない、甘っちょろい事をやりたいって、あんた達は言いたいのね」
「うむ。訳するとそうなるな」
「……は、はい」
『アイリがそうしたいなら、ボクは賛成だよ』
「……私は恩人に、案内役の仕事だけを任された。私が任された領分ではない以上、ヴェルゼミュート殿、そしてナニガシ殿に、その行動の決断は委ねよう」
ナニガシやアイリからだけではなく、
シルヴァリウスとガスタからも、
この意見に対する答えが出てきたので、
ヴェルゼミュートは眉間に皺を寄せながら、
渋い顔を締めるように大きく深呼吸をして、
改めて今後の方針を話した。
「――……はぁ。全員、一度戻るわよ。シルヴァリウスはそのままサポート役。狼さんは、そのまま戻るついでに追跡者達が拠点張ってる場所まで道案内をお願い。ナニガシ、あんたは後方で見張り。……アイリちゃんは、私達と向こうの追跡者達が出会ったら、仲介役になって話し合いができるようにして頂戴。はぁ……これで良いわね?」
「良かろう」
『アイリ、それで良いかい?』
「は、はい」
「……恩に着よう。私のような『転生者』とはほぼ会う事はなかったが、こうも情に厚い者達に出会えた事は、幸運を思う」
「か、勘違いしないでよね!私はいつだって、合理的に動いてるの!今回だって、このままじゃ勧誘できそうにないから、修正できる方法を取ってるだけ!この作戦だって、下手したら狼のアンタは捕まって親子共々処刑されて、私達も捕まって一緒に処刑。アイリちゃんも捕まって、転生者の情報まで魔族に与えて、結局転生者全員が魔族の狩りの対象とされる。なんて未来もあるんだから、話し合いが出来ないと分かったら、速攻でアイリちゃんだけでも連れて逃げるわ。良いわね?」
「ああ。……その時は私が命を掛けて、君達の逃亡を助けよう」
その場を指揮するように、
ヴェルゼミュートはそう言ってこの話を終わらせ、
自分達が歩いてきた道を戻るように進んだ。
そんな中でボソッと、
ヴェルゼミュートはこんな小声を漏らした。
「……なによ。やっぱり、腕も口もどっちも達者じゃないの……」
そんな事を視線の端でナニガシで捉えながら、
ヴェルゼミュートは周囲の警戒に戻った。
追跡するヴェルズ達から、
『誘拐魔』と言われていたナニガシ達は、
一度来た経路を戻っていく。
それぞれが別の思いを抱きながら。
ガスタは息子の安否を思いながら。
ナニガシは陽気ながらも警戒を宿しながら。
ヴェルゼミュートは魔力探査と魔力感知をしつつ、
周囲への警戒を行いながら。
シルヴァリウスはアイリの隣を歩き、
呑気そうな表情で自分達の痕跡を消しながら。
そしてアイリは、
自分の不安と信頼したい思いを胸に、
今まで歩いてきた道を戻った。
彼等が抱いていた希望もまた、
争わないことだったのかもしれない。
種族が違えど、言葉が違えど。
しかし全てが違う者達を警戒はしても、
それを理由に争いたいかと問われれば、
それは違うのだと言えるのが、
彼等の人の良さだった。
そんな彼等の思いを裏切るように、
その瞬間は訪れてしまったが。
●:追加ページの日記。
この時に『過去』の私が戻る選択を選ばなければ、
あるいはこの先の悲劇を回避できたかもしれない。
けれど、そうなっていたら?
そう何度も仮定してみても、
きっとこれ以上の悲劇となっていた事も、
『現在』の私だからこそ理解できた。
だからこそ、この悲劇は必要だった。
そう自分を正当化しないと、
『現在』の私は押し潰されてしまう。
『過去』の貴方。
『未来』の貴方。
そんな私の行動を、
貴方達はどう思うだろう。
きっと貴方達は起きた悲劇を悔い続け、
それを引き起こした私を責め続ける。
そうしなれけば、
『過去』の貴方も、
『未来』の貴方も、
『現在』の私を直視できないから。
人には『憎しみ』が必要だった。
悲劇が起きた時に、
その理不尽が起きてしまった後には、
『憎しみ』が誰よりも必要だから。
『過去』の貴方は、
『現在』の私を憎く思うでしょう。
何故そんな事をしたのか。
何故そんな事をやるのか。
何故そんな事ができるのか。
これを読む『過去』の貴方は、
そう思うでしょう。
そして『未来』の貴方が、
この先を見続けた先に、
『過去』の貴方と同じ印象を持ち続けられるのか。
それは『未来』の貴方にしか、
絶対に分かりません。
けれど今だけは、
『過去』の貴方は憎んでください。
この悲劇を起こした私を、
憎んでください。
そして『現在』の私を、
消してください。
From : アイリュシティア=ザ=ドワルゴン
To : 愛理
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
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ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




