第062話 急変
ピーグとジャッカスのやり取りから、
一時間ほど経ったヴェルズ村は、
生誕祭五日目の最後の催し物が行われようとしていた。
五日目には各料理店の美味しさを競う、
料理自慢大会が行われていた。
祭りの参加者達は中央広場の受付で、
少し平たい木の棒に各料理店か調理者の名前を描き、
それを生誕祭の運営陣へと渡す。
大半の者達が村から退避しているとはいえ、
退避の勧告が伝わったのはおよそ夕方手前の頃。
その頃には投票する者は投票し終わり、
かなりの票数が集まっていた。
その仕分けを行う運営陣達も、
本部自体を南地区へ移動させたり、
警備隊等の動きも大きくあった為に、
夕方頃に終わる予定だった投票分けも、
夜更けとなりつつある今、やっと終わったのだ。
その発表の場として設けられたのは、
南地区の大広場に設置された仮組みされた大台の壇上。
その大台の前に広がる芝生の上や左右には、
腰掛けることが可能な椅子や、
座る為に必要な敷き布が敷かれ、
祭りの客人達や参加者達、
そして村人達がそこに集まって待機している。
その大人数が集まりつつある中には、
ピーグやジャッカスなどの姿も見えた。
「もうすぐ発表だなぁ、ジャッカス」
「あぁ、そうだなぁ」
なんとか落ち着きを取り戻したジャッカスは、
泣いた事で多少は吹っ切れたのか、
普通に笑えるほどには回復をしていた。
ただアイリ達の安否を思う気持ちは、
決して薄れてはいなかったが。
そんな人々が満ちた中で、
壇上の上へ昇る一人の姿が見えた。
警備隊本部の受付を務めていた、
兎獣族のペルだった。
壇上の中央に立ったペルに周囲が注目すると、
にこやかな笑顔を見せながら、
手に魔玉が嵌めこまれた短い木の杖を持ち、
魔玉の部分を口に近付けて喋り始めた。
「みなさ~ん!お待たせしました~!これより~、料理自慢大会の結果発表をおこないま~す!料理自慢大会の参加者の方は~、集まってますか~?」
まるで前世の世界で言うところの、
拡声器の様にペルの声が反響し、
南地区の広場全体に響き渡る。
ペルの短杖に嵌め込まれた魔玉は『増幅』の効果を持ち、
一般的な魔術師と呼ばれる者達が使う、
魔術使いの杖と同じ役割を持つ。
この『増幅』の魔石自体は、
現在の魔大陸では鉱石の類として珍しくはなく、
むしろ各属性魔石の方が遥かに希少性が高い。
フォウルがジマスタに提供した属性魔石は、
実は極めて希少価値が高い物ばかりだったのだ。
面白いのはその魔玉の使い方の幅に有り、
『増幅』は魔術や身体術などの、
魔技の効果を高めるのが本来の使い方だが、
魔玉に魔力を込めた状態で喋ると、
声の音量さえ『増幅』できるのだ。
一種の簡易魔道具ではあるが、
ヴェルズなどはソレを魔玉の補助無しで行える為、
こういう魔道具を使うのは、
魔力を持ちながらも魔術や魔技が得意ではない、
ペルのような非戦闘種族が好んで使う物だ。
ペルの呼び掛けに応えるように、
観客達の中から手や声を挙げる姿が見える。
それを確認したペルは、
そのまま司会としての役割を進行しようとしたが、
その前に補足を加えるように述べた。
「あっ、それとお知らせで~す!今回なんですが~、本当はヴェルズ様も壇上に上がって受賞者の方への祝辞を頂く予定だったのですが~、小用で少しばかり席を外しています~!残念ですけど~、その代わり一番になった方はい~っぱい褒賞がありますから、期待しててください~!」
そのペルの言葉で多少ざわめきがあったが、
それでも動揺や混乱などと呼べるものではなく、
全員が「そうなのか」「残念だな」という感じに、
顔を見合わせながら言うだけで済んでいる。
ヴェルズェリアという人物が如何に多忙かは、
全員が納得し理解しているつもりではあるからだ。
その理解の範疇を超える事態が、
ヴェルズの周辺で起こっている事を知るのは、
警備隊の面々と長老や氏族・部族長達、
そして一部の者達だけだった。
その一部の者であるジャッカスが、
それを聞いて少し表情を暗くさせる。
ジャッカスが聞いた限りでは、
既に警備隊が西地区から発って数時間は経過している。
計画では街道中腹で拠点を張り、
その場所から範囲を広げてアイリ達の捜索を行うらしい。
既に捜索が開始されていてもおかしくない時間だが、
まだ進展らしいものは無いのか、
警備隊の方には動きの変化は無いようだ。
それが示すところは、
アイリ達がまだ見つかっていないという事実に他ならない。
ジャッカスは例えようの無い不安を抱きながら、
何かが胸をざわつかせる感覚を、
さっきからずっと感じていた。
何か、良くない事が起こっている。
そんな不安を感じつつも、
フォウルとヴェルズ、ヴラズやバズラ達が、
必ずアイリ達を連れ戻してくれると、
託した者達を思い出しながら、
ざわつく感覚を抑え込み、
壇上のペルに視線を向けていた。
ペルはヴェルズの事を述べた後に、
司会として催し物の進行を行っていた。
「それじゃあ、今から発表をしていきたいと思います~!今から、票が多かった10名の方々に、お声をお掛けしま~す!呼ばれる方の順番ですが~、10番目に人気がある方から、9番・8番・7番としてお呼びしますので~、呼ばれた方は壇上へ上がってくださいね~!あっ、この大台は即興で組んだモノなので~、身体がすごく大きい種族の方が来たら崩れちゃうかも~。体の大きい方は大台の前に並ぶということで~!」
軽い笑いが起きながらも、
ペルは笑顔を絶やさずに司会を務めていく。
そうして順位で呼ばれていく者達が、
ペルに呼ばれて壇上へ、
そして身体の大きい者は大台の下へと歩いていく。
呼ばれていく者達は悔しがる者や、
ベスト10位以内に入れた事を喜ぶ者など、
多種多様に様々な顔を観客達に見せていく。
観客達は観客達で、
前に出る調理者達の料理を食べた者達は、
あの店はとても美味しかったなど隣り合う者と話し、
食べていない者は食べれば良かったと、
若干残念そうな会話や表情をしている。
ペルは壇上へ呼ぶ者達に軽く補助杖を近付け、
自己紹介を兼ねた挨拶をしてもらっていた。
名前や住んでいる地域・村の名前など、
簡単な自己紹介と一言を貰いながら、
司会のペルは順調に進行させている。
そしてベスト二位に呼ばれたのは、
暖めた柔らかいチーズと共に、
焼いた肉や蒸かした芋などの野菜を出した、
店の調理者が呼ばれた。
アイリがジャッカスの店を手伝う前に食べた、
チーズ料理の店の調理者だ。
その調理者である牛頭族の男性の店は、
自分の奥さんが出した牛乳を使用したチーズを使い、
この成績を残せた事に非常に満足していた。
そしてその牛頭族の男性は、
バフォーという名前だった。
どこかで聞いた事のある人もいるだろうが、
その牛頭族のバフォーの奥さんが、
ジャッカスの店の常連である、
タンという牛頭族の女性だったのだ。
バフォーとタンは9人の子供を持ち、
村では大きな畑で農作物を作っている。
その畑で取れた野菜と、
タンから搾り取れる牛乳を使った料理を、
シチュー以外で何か作れないかと、
少し昔にジャッカスに相談したのだそうだ。
そこでジャッカスは昔会った水神の料理を参考に、
農作物とチーズの両方を活かして味わう料理として、
前世では『チーズフォンデュ』と呼ばれた料理を、
バフォーに勧めていたのだ。
一度ジャッカスはチーズを使った単純な料理を、
水神に食べさせてもらい、
こんな食べ方もあるのかと感心させられたのだ。
『水神』本人としては、
お手軽に食べられる料理を出したつもりだったが、
ジャッカス等の魔族にとっては、
充分に新鮮な料理だったのだろう。
そうしてジャッカスは水神の料理を説明し、
バフォーと共に再現してみせたのだ。
その縁からか、
バフォーの奥さんであるタンは、
ジャッカスの串焼きの店で常連となっていた。
バフォーはペルに向けられる補助杖に口を近付け、
この料理の共同開発者であるジャッカスの名を口にすると、
観客や壇上に居る調理者達が、
何か納得したように頷いて見せた。
*
ベスト二位まで発表されている段階で、
この時点で呼ばれていない料理自慢の参加者達が、
まだ観客達の中にはかなり居た。
しかしある人物だけが、
壇上で姿を見せていなかったので、
ある程度は観客達も、そして受賞者達も察したのだ。
やはりベスト一位は、あの者だと。
そう全員が察した瞬間に、
ペルが壇上中央へ戻りながら、
補助杖を使って高らかに名前を呼んだ。
この料理自慢大会最後の一人であり、
ベスト一位の人物を。
「それでは、最後の一名~!そしてこの大会で1番の料理自慢の調理者は~――…ヴェルズ村出身の~、小鬼族のジャッカスさんで~す!」
「――…えっ、俺!?」
ペルに呼ばれてやっと気付いたのか、
ジャッカスは自分が一位に選ばれた事を今知った。
ジャッカスを知る観客達や参加者達であれば、
この時点で壇上に上がっていないジャッカスを見て、
一位に選ばれるということは想定していたのだが、
ジャッカスは予想外だったようだ。
ジャッカスも料理大会自体に参加はしていたが、
その参加経緯がヴェルズの推薦であり、
自分自身では特に参加表明を行わずに、
あの場所で料理を振舞っていたので、
二位までに呼ばれなかった時点で、
ジャッカス自身は「やっぱり呼ばれなかったか」と、
諦めるという意味で納得していたのだ。
ベスト一位で呼ばれるなど考えてもいなかったことを、
観客達や参加者達が知れば、
全員が総ツッコミをしていただろう。
呼ばれたジャッカスは慌てつつ、
隣のピーグに「ちょ、ちょっと行ってくる」と告げ、
人垣を掻き分けながら横道に出て、
大台へと足早に駆け出した。
向かう最中に観客達からは、
祝う言葉が投げ掛けられている。
「ジャッカスー!優勝おめでとうー!」
「一番美味しかったぞー!」
「くそー!今度はぜってぇ受賞できるぐらいには美味くなってやるー!」
「あのスープ美味しかったから、今度また食べさせてー!」
「やっぱりジャッカスの串焼きは最高だぜ!」
そんな言葉を口々に投げ掛けられ、
ジャッカスは若干照れながらも、
大台の壇上へと駆け上り、
ペルが居る壇上中央まで辿り着いた。
そこで迎えるように歓迎するペルは、
まずはジャッカスに祝辞を述べた。
「おめでとうございます~!ジャッカスさ~ん!」
「えっ、い、いや~。なんか驚いちまって、あ、ありがとう?」
「驚くほどでもないじゃないですか~!今回500回目の村祭りで~、料理自慢大会が行われるきっかけになったのは~、ジャッカスさんの影響でもあるんですよ~?」
「えっ、俺の影響?」
そんな初耳となる事をジャッカスは聞き、
驚きながらそう返事をすると、
ペルはにこやかに笑いながら、
この『料理自慢大会』が催される経緯を、
簡単にこの場で説明してくれた。
この料理自慢大会の発案自体は、
実は五年以上前から提案されていたらしい。
ジャッカスが串焼き屋を出している約18年間、
その影響で各々の調理者達も、
ジャッカスに影響されて料理の腕を上げたそうだ。
それというのも、
ジャッカスの料理が美味しすぎて、
村人達や立ち寄る行商人・旅人達が、
他の料理店のモノでは物足りなさを感じるという、
そんな不満を含んだ声のせいでもある。
今までの塩・胡椒を塗す程度の調理法では、
客達を満足できないと察してしまった調理者達は、
各個人が調味料の使い方や工夫した調理法を開発し、
食材を上手く利用した料理の発想を思いつき、
更にジャッカスに直接調理法を聞きに行くなど、
様々な事が行われていた裏で、
その原点とも元凶とも言えるジャッカスに対して、
料理勝負を競ってみたいという声が幾つも挙がったそうだ。
ヴェルズ村の各長老達や、
村長であるヴェルズはこの声に悩みながら、
ならば500回目の祭りで丁度節目でもあるし、
料理自慢大会という形で、
この声と調理者達の熱を消化させてようとした。
つまりこの料理自慢大会は、
いわばジャッカスという『原点にして頂点』に対して、
各調理者達が挑むという構図が、
今回の催し物の影にあったのだ。
これを聞いたジャッカスは、
物凄く複雑な表情をしながら、
大手を振って喜べばいいのか、
迷惑を掛けてしまった事を謝罪すればいいのか、
迷ってしまうほどだった。
そんな説明を終えたペルは、
にこやかに笑って進行を再開した。
「――…というわけで~す!ジャッカスさんが今回1番になったことで、第一回料理自慢大会の優勝者となりました~!みなさ~ん!ジャッカスさんを称えましょう~!」
そんなペルの声を皮切りに、
その場で咆哮や歓声が大きく響き渡る。
しばらくそれが続いて、
ペルが身振り手振りでそれを治めると、
改めてペルはジャッカスへ補助杖を差し出した。
「それじゃ~、ジャッカスさんに感想を頂きましょう~!ジャッカスさ~ん、優勝した感想を改めてどうぞ~!」
「お、おう。えっと、えーっと――……」
唐突に渡された補助杖に、
ジャッカスは何を言おうか悩みながら小さく唸った。
ジャッカス自体は今回の祭りで、
料理自慢の大会で優勝したいという、
渇望や欲を持ってはいなかった。
単純に色んな店の料理を見て、
こういう料理もあるんだなという参考と、
こんなのを作ったら子供等が喜ぶなという、
そんな無邪気な料理人気質で参加していた。
あるいはそのジャッカスのその一面も、
母親であるジスタの薬師一族の習性と、
父親であるジマスタの職人の気質を、
両方受け継いだ証明なのかもしれない。
ただ予想外の優勝という事態には、
流石にジャッカスも予期しておらず、
眼下に広がる大勢の者達の前で、
何を言うべきか頭が困惑していた。
期待の眼差しで見つめる観客達に、
このまま沈黙するわけにもいかず、
ジャッカスはとりあえず何か言おうと、
口を開いた次の瞬間だった。
魔族達全員の感覚器官が何かを察知し、
その異様であり異質な波長を、
外壁より遥か先から感じた。
そうして全員が西の外壁の方を振り向いた瞬間、
村を覆う様に展開していた結界が砕けるように破壊され、
破壊された結界の異音がヴェルズ村全体に響き渡る。
硝子がひび割れて砕けるような異音と共に、
流れ込むような魔力の波動を全員が察知すると、
今度は全員が守られた結界越しではなく、
直にその魔力を感じることになった。
「な、なんだよ。この魔力圧……!」
「西の山の向こう…?いや、頂上の方…?」
「すげぇ、デケェ魔力が……こんなの、感じたこともねぇ……」
「間近であんなの感じたら、気が狂っちまうよ……」
観客達・警備隊の者達が、
村を覆う壁の遥か向こうから感じる魔力に、
恐怖と畏怖を込めながら、
後ずさるように身を引かせた。
そして呆然としている警備隊員もいれば、
慌てるように動く警備隊の隊員達も居た。
ヴェルズ村を覆う結界が破壊された事態に驚きつつも、
その原因の特定と同時に、
急いで結界の修復が必要だという声が、
術師と呼ばれる者達から聞こえてくる。
この魔力圧を長時間受け続ければ、
魔力が弱く魔技を不得手とする者達が、
気絶し倒れる事態へとなってしまうからだ。
どうやら魔力圧を発する者は、
ヴェルズ村からかなり離れた位置に居るようで、
そのおかげでまだ影響はさほど受けていないが、
長時間その影響を受けるのは危険と判断した術師達は、
急いで呆然とする隊員達を掻き集め、
結界を支えていた紋印がある守護石へ、
術師と隊員達を向かわせた。
守護石は各地区の内外に設置されており、
足の速い魔族が全力で調べに行けば、
情報自体はすぐに集まるだろう。
そしてその場に残っていた長老達も、
この事態に混乱する者達を抑えるようにと、
警備隊に命じてそれぞれに対応に追わせている。
その中で壇上に居たジャッカスは、
その魔力圧を感じる中で別の魔力を感じていた。
大きな魔力によって感じ難いが、
その中に複数の魔力も確かに感じるのだ。
ただその魔力は、
大きな魔力よりも遥かに小さいように感じる。
そしてその小さな魔力の持ち主達を、ジャッカスは知っていた。
「――…この、魔力は……ヴェルズ様と、ドワルゴン様だよな……?それに、この感じは…ミコラーシュ様のも……?」
他の者達が圧倒する魔力に集中する中で、
ジャッカスは僅かに自分に届く彼等の魔力を、
肌で感じて判別をした。
頭ではなく''勘''を超えた''予知''を働かせ、
ジャッカスはこの事態を正確に把握した。
まるで対峙するように大きな魔力の近くに居る、
ミコラーシュ・ヴェルズ・ドワルゴンの魔力。
しかしジャッカスの勘は、
その三人の魔力があまりにも弱々しいと感じた。
普段からあの三名に感じる強大な魔力が、
この魔力圧のせいで弱く感じてしまうのか、
それとも三名が全力に''できない''状態なのか。
少なくともヴェルズ達が何かしらの要因で、
圧倒的な魔力を持つ者の前に居る事を、
ジャッカスの勘以上の予知が告げていた。
そしてそれ以上にジャッカスを不安にさせたのが、
ある魔力を全く感じなかったからだ。
「――…フォウルの旦那の魔力が、無い…?」
あの三人が魔力を放出し強大な魔力に抗うような中で、
全く感じられないフォウルの魔力。
自分が助力を頼み願ったフォウルの魔力が、
一切感じられないのだ。
まるでヴェルズ達が居る場所には、
フォウルが居ないかのように。
あの押し寄せるような膨大な魔力の波動が、
フォウルの魔力かともジャッカスは疑ったが、
その魔力の波長を感じる限りでは、
明らかにフォウルとは異質であり別の魔力だ。
ジャッカスはこの事態に困惑しつつも、
どこか冷静な''勘''が告げていた。
フォウルに何かあったのだ。
少なくとも、あの膨大な魔力の前に、
ヴェルズ・ドワルゴン・ミコラーシュの三名以外、
目立つような魔力を持つ者は対峙していない。
ならばフォウルに何があったと考えるのは、
冷静になれば自然なことだった。
あるいはフォウルの気難しい性格であれば、
願いを反故にして帰ってしまったのかとも思える。
しかしそんな事をフォウルがするはずないとも、
ジャッカスは感じていた。
フォウルは既に……殺されたのではないのか?
そんな嫌な予感をジャッカスは勘じたのだ。
*
勘によって導き出された結論に、
ジャッカスは顔色を一層悪くさせた。
アイリ達を取り戻す為に動いていた皆は、
一体どうなってしまったのか?
あの膨大な魔力の持ち主は、
なぜアレほどの『敵意』を剥き出しているのか。
その相手となっているヴェルズ達は、
なぜあれほど弱々しい状態にあるのか。
――…なぜ、フォウルの魔力を感じないのか。
その疑問や不安が押し寄せながらも、
ジャッカスはハッとしたように意識を取り戻す。
壇上から見るジャッカスの視界に入った光景に、
祭りの参加者達や村人達が、
酷く混乱した状態にあったからだ。
その場に集まった魔族達が、
謎の強大な魔力の正体に不安を募らせ、
重く圧し掛かり始める魔力の重圧に、
苦しみさえ感じ始める者も出てきている。
全員が徐々に混乱を強めながら、
まるで逃げるように広場から離れ始め、
西地区の方角へは決して向かわず、
バラバラに流れるように動き始めた。
南地区に集まった大人数の魔族達が、
混乱した状態で大移動をしてしまえば、
収拾がつかない状態で更に混乱を強めて、
酷ければ暴動、悪ければ移動時に死亡者が出かねない。
南地区の守護と監視を行っていた各警備隊員達が、
混乱したまま移動しようとするヴェルズ村の住民や、
祭りの観客達・参加者を抑え込み、
なんとか落ち着かせようと努力していた。
だが、圧倒的なまでの魔力の波動に、
全員が恐怖を感じて効果が薄い。
こんな状態が眼下に広がる光景を見て、
ジャッカスは驚きながらも冷静な''勘''が、
それではダメだと言っていた。
ジャッカスは側でヘタり込むペルに一度目を向け、
自分の手に持っている補助杖を見た。
そしてこの場で自分がしなければならない事を、
ジャッカスは正しく勘じていた。
「――…みんなぁ!!!聞いてくれぇ!!!俺の、話を、聞いてくれぇ――――!!!」
補助杖に魔力を込めたジャッカスは、
自分が出せる出来得る限りの大声で、
壇上から叫ぶように全員に呼びかけた。
その声は南地区中に響き渡り、
家の窓が若干震えるほどの大音量に、
耳の良い獣族達は耳を手で押さえ込み、
騒ぎ出していた周囲の空気が、
一瞬で静寂という空気へと変わり、
周囲の人々の視線がジャッカスに集まった。
観客達・住人達・警備隊のその場に居る全員が、
ジャッカスへと顔を向けた。
ジャッカス本人は慣れない大声を上げて、
やや喉に痛みを感じながらも、
ジャッカスは補助杖を掴み、
それを口の前に運んで話し始めた。
「――…みんな、聞いてくれ。今デケェ魔力を感じるだろ?そしてその方角が西のほうだ。みんなワケが分からなくて怖いとは思うが、俺もよくは分からねぇ。でも、よーく感じて欲しいんだ。あのでっけぇ魔力の傍で、他の魔力も感じないか?――…多分、ヴェルズ様とミコラーシュ様、そしてドワルゴン様だ」
そう話し始めたジャッカスの内容に、
周囲の全員が驚きを感じながら、
改めて西から感じる魔力を掻き分けるように、
ジャッカスの言う他の魔力を感じ分けていく。
そして次第にほぼ全員が、
膨大な魔力の他にも微かに感じる、
ヴェルズとミコラーシュ・ドワルゴンの魔力を感じ、
ジャッカスの話が事実である事を認識した。
周囲がヴェルズ達の魔力を感じ始めた事を、
ジャッカスも理解すると、
改めて口を開いて喋り始めた。
「――…皆に黙ってたことがある。皆が祭りを楽しむ為にヴェルズ様が配慮して、警備隊の連中や長老様達が黙っててくれた事だ。落ち着いて聞いてくれ、とは言わねぇ。でも、今から話す事を疑ったりしねぇでくれ。――…頼む!!」
『…………』
ジャッカスの言葉に周囲は上手く反応できず、
ただ黙って次の言葉をそれぞれが待っていた。
落ち着きとは別の、
緊張という静寂が周囲に撒かれ、
全員が緊張の面持ちでジャッカスに注目した。
「――…実は昨日と今日の祭りで、子供が二人も誘拐された。一人は昨日の夜遅くに、ヴェルズ様の孫のジークヴェルトっていう子供が、だ」
『!!!!』
その事を聞いた周囲の人々は、
困惑以上の動揺を表情に見せた。
自分達の村長であり、
魔大陸に住む平和を望む魔族達の象徴である、
ヴェルズェリアの孫……つまり、
王都で各氏族と部族を率いる王アルトマンの息子が、
この街に訪れていただけではなく、
誘拐もされてしまったというのだ。
この衝撃的な事実に、
全員が驚愕以上の絶句で、
声にもならない思いになっていた。
しかし、ジャッカスが言う次の言葉も、
ヴェルズ村の住人達にとっては、
あまりにもショックが大きい言葉だった。
「もう一人、今日の昼過ぎに誘拐されたらしいんだ。村の奴等は知ってるけど、客人達は知らない奴も居るかもな。――…アイリっていう、エルフの女の子だ」
『!!??』
その言葉に酷い驚きを見せたのは、
ヴェルズ村の者達だっただろう。
アイリが突然変異体という部分を省いたが、
これはジャッカスにとって突然変異体という要素など、
全く問題視などしていないからに他ならない。
ジャッカスにとってアイリは子供である事に、
何も変わりはなかったのだ。
その事実を聞かされた者達の中で、
驚きよりも憤りを見せたのは、
ヴェルズ村の住民達だった。
アイリという少女の事は、
ヴェルズ村の全員が知っていた。
奴隷紋の鎖を付けられて、
酷い状態で発見されたという、
10にも満たないエルフ族の女の子。
そんな境遇で苦しめられてきたであろう、
小さな女の子が誘拐されたと知らされ、
ヴェルズ村の住人達が憤りを覚えないはずがない。
そしてアイリが誘拐されたと聞かされた者達の中で、
思慮深い……或いは深読みしすぎる者は、
子供を誘拐したのはアイリを奴隷にしていた者達で、
アイリを連れ戻すために誘拐して、
ヴェルズの孫であるジークヴェルトも、
奴隷にする為に誘拐したのではないかと、
この連想の仕方をした者達は、
動揺よりも怒りが勝るようになり、
凄まじい形相をさせる者も見える。
そんな住民達の様子に気付いてか気付かずか、
ジャッカスは続けるように話し始めた。
「ヴェルズ様は二人を取り戻す為に、警備隊の連中を引き連れて捜索に向かったんだ。だからこの場に居ないんだ。ドワルゴン様もミコラーシュ様も、ヴェルズ様と一緒にアイリ達を探してくれてたらしい。そして多分、ヴェルズ様達はアイリ達を誘拐した奴等とかち合ったんだと思う。このヴェルズ様達の魔力は、多分誘拐した奴等の親玉……この馬鹿デケェ魔力の奴と戦ってる最中なんだ。――…でも、足りないんだ。ヴェルズ様やミコラーシュ様、ドワルゴン様以外にも、この馬鹿デケェ魔力の中だったら絶対感じるはずの魔力が、足りないんだ」
『……?』
ジャッカスの説明で、
ヴェルズの現在の状況を把握した人々だったが、
ジャッカスが最後に付け加えた言葉は、
何のことを言っているのか分からなかった。
ざわめく周囲の様子で、
ジャッカスは言葉が足りない事を自覚して、
改めて説明するように話した。
「――…アイリ達が誘拐されたってのを俺が聞いた時、俺はすげぇ頼りになる男に頼み込んで、ヴェルズ様と一緒に同行してもらった。――…みんなも知ってるはずだぜ?ドワルゴン様や、ヴェルズ様や、ミコラーシュ様並に頼りになる男が、祭りに来てただろ?」
『――…!?』
「そう、俺はフォウルの旦那に頼んだ。ヴェルズ様達がアイリ達を助ける為の助力をして欲しいって。フォウルの旦那はそれを承諾してくれた。だから、あの場にフォウルの旦那も居る――…と、思ってたんだ。でも、フォウルの旦那の魔力だけは、どう感じ分けても見当たらねぇ……。――…もしかしたら、フォウルの旦那でも手に負えない相手と今、ヴェルズ様達は戦ってるのかもしれねぇ……」
その情報と言葉を聞いた周囲の者達は、
驚くように顔を青褪めさせた。
フォウルを知る者であれば、
彼の強さは明らかに異常だということを、
知っていたからだ。
警備隊の隊長達相手に煽りつつ魔技を教え、
あのガブスを赤子を扱うが如く軽く捻る、
大鬼の中でも最強と名高い『''元''鬼王』。
『戦鬼』フォウル=ザ=ダカン。
そのフォウルでさえ歯が立たないような相手が、
あの場所でヴェルズ達と対峙しているという話に、
その場に居た全員が青褪めてしまった。
暫しの静寂が南地区に行き渡り、
全員が怯えや恐怖を忘れ、
絶望の表情を浮かべ始めていた。
あの膨大な魔力を感じれば、
微細に感じるヴェルズ達の魔力など、
大波に飲み込まれる小船のようなモノだろう。
そんな者と対峙しているヴェルズ達が、
無事に戻ってこれるはずがない。
それどころかヴェルズ達の敗北は、
ヴェルズ村の崩壊だけに留まらず、
魔大陸の全土に影響を及ぼすだろう。
何よりそんな膨大な魔力の相手が、
これほどの敵意を振り撒きながら魔力を高める様子に、
ヴェルズ村の住人達や客人達は、
対峙しているヴェルズ達が敗北した後、
次は自分達がその脅威に襲われるのではないかと、
そんな事を想像してしまったのだ。
不安・恐怖を超えた『死』という絶望が、
次第に周囲へ浸透し始めようとした、その時だった。
「――…でも、俺は信じてる。ヴェルズ様やミコラーシュ様を。……そして、ドワルゴン様やフォウルの旦那を。アイリ達を連れ戻すと約束してくれた、俺の親友を!!」
『――…!!』
「誘拐した奴等の親玉が、あんな馬鹿デケェ魔力持ってたって、使いきれなきゃ意味がない!そんなことを確か、フォウルの旦那が競合訓練で言ってただろ!あんな魔力を無駄に放出させて駄々漏れさせてるような未熟者に、ヴェルズ様達が負けるワケがあるもんかよ!――…フォウルの旦那もあの場に居ないだけで、別の場所で戦ってるのかもしれねぇ!あの場をヴェルズ様達に任せて、誘拐された子供達を助けてくれようとしてるのかもしれねぇ!俺は、そう信じてる!」
『…………』
「だからみんな!不安なのも怖ぇのも分かる。俺だって、実際ビビって足なんてガクガクだ……。でもヴェルズ様達が無事戻ってくる事を信じて、俺達もできる事をやろうぜ!村から避難するなら避難場所を決めたり、避難しねぇならどうするかをちゃんと決めるんだ。それから動かねぇと大変な事になっちまう。そうしたら、子供達を連れ戻してきた皆が、驚いちまうだろ!」
補助杖で拡げた声が、
南地区の広場を中心とした場所へ響く。
その言葉は周囲が抱いていた絶望とは別であり、
なぜそのような思考になれるのかを、
多くの者が理解できるわけではなかった。
しかし、ジャッカスを知る者達は知っていた。
彼は常に前向きに生きてきた事を。
前向きに生きて来た彼だからこそ、
この最悪の状況で最善の選択を出来ることを。
ジャッカスを知る者達は、
最善を知っていた。
「――…みんなぁ!ジャッカスの言う通りだ!俺達が落ち着かねぇと、警備隊の奴等が困るだろ!だから慌てず、警備隊の指示に従うんだ!!」
「!?ピ、ピーグ!」
「その通りだ!――…体の大きな我等は、倒れそうな者を運んで出来るだけあの暴力的な魔力から遠ざけて運ぼう!誰か、彼等を運ぶ場所を指定してくれ!!」
「バ、バフォーの旦那!?」
混ざるように観客の中に混じっていた、
ジャッカスの幼馴染みである豚顔族のピーグが。
そして壇上の下で待機していた、
牛頭族のバフォーが大声でそう言い始めると、
先程まで膨大な魔力で混乱していた者達は、
落ち着きを取り戻したように動き始める。
気分を悪くする様子がある者達に、
手を寄せて起こし肩を貸したり、
大柄な種族は彼等を抱えて運んでいく。
そしてジャッカスの隣でへたり込んでいたはずの、
兎獣族のペルも怯えを含んだ表情を取り払い、
補助杖の予備をズボンの後ろポケットから取り出すと、
司会から連絡の中継役へと変わって、
各警備隊員達や警備隊を指揮する役割の者へ、
必要な情報を見聞きして、
その情報を元に非戦闘種族や客人達を、
避難するように誘導している。
「みなさ~ん!落ち着いて、子供や女性を優先して先に東地区の外壁前広場まで移動させてくださ~い!家に居る方や建物に残っている方も確認してあげてくださ~い!お年寄りで足の悪い方は、身体の大きい種族に運ぶよう頼んでくださいね~!術師の方々は~、結界の守護石の方はどうなったか分かりましたか~!?」
「守護石はダメだ!全部ヒビが入っていて、紋印での補助が効かない!普通の魔力障壁でしか結界を覆えない!恐らく膨大な魔力の波をモロに受けて守護石の限界がきたんだ!!」
「だったら、も~っと遠くにみんなを避難させないとダメですよね~!?」
「あぁ!もう一度あの魔力の波を私達にぶつけられれば、私達も無事ではすまない!!できれば村を盾にして次の波を防げる場所、東地区の門の先へ向かったほうがいい!!」
「分かりました~!みなさ~ん!そのまま東地区の門前まで移動してください~!外に出て、第三農業地区まで避難しましょう~!術師の方は、皆さんと一緒に移動して万が一の為に魔力障壁で守れるようにしてください~!」
「分かった!」
「東地区の工房の方々~!第三農業地区で暫く野営をしますから、あそこで仮組みできる簡易テントの資材や道具を移動させて組んでくださ~い!力持ちの方は~、荷車を使って出来得る限りの食糧と道具を持って工房の方々を手伝って~!あと、食料なども出来得る限り運んでくださ~い!」
ペルは各々の情報を集めて中継指示は的確にこなし、
警備隊や役割を担う者達に必要な情報と指示を教えると、
各々が必要とする行動を開始する。
一時は混乱した場はジャッカスに治められ、
こうしてヴェルズ村に残った人々も、
避難を開始することとなった。
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ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
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キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
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