第057話 手を取り合えた未来
一旦、セヴィア達が居る病室から離れて、
ヴェルズとフォウルは診療所の外へと出ていた。
付き添っていたエルフの術師二人は、
ヴェルズ達が得た情報を各警備隊や族長達に伝える為に、
その場から離れさせた。
二人だけで残ったヴェルズとフォウルは、
互いに何かを考える表情を浮かべながらも、
先に口を開いたのはヴェルズの方だった。
「――…とにかく、私達だけでも動くしかないわ。――…フォウル殿、協力をお願いできるかしら?」
「……フンッ、蜥蜴のとゴブリンの頼みだ。そこは協力してやるから安心しろ」
「本当は、彼等に頼まれなくても協力してくれたのではないの?ジークヴェルトから聞いていたわ。『勇者のような化物相手では、大魔導師だけでは荷が重い。だか戦うようなら俺にも伝えろ』という伝言を」
「……そんな事も、言ったっけかな」
「――……ずっと、貴方に逢えたら聞いてみたいと思っていた事があるの。聞いても、良いかしら?」
「………」
ヴェルズの問いに対しては、
特に何も返事をフォウルは返さない。
その沈黙が了承の意でもある事を祈りながら、
ヴェルズはそのまま問いを続けた。
「――…もし、貴方とあんな出会い方でなければ――…ジュリア様と私は、貴方と手を取り合えたのかしら?」
「無理だな」
「――…そうよね…」
問い掛けに即答するフォウルの答えに、
ヴェルズは悲しみつつも微笑みながら、
残念そうにそう返した。
だが、その答えには続きがあった。
「――…だがな。俺とお前だけなら――…もしかしたら、手は組めたかもしれねぇな」
「!!――…私としては、貴方とジュリア様に、手を取り合って欲しかったと……今だからこそ思うわ」
「絶対に無理だな」
「――…ふふっ。そうね、そうよね。――…貴方とジュリア様は、そういう者達なのよね」
フォウルの返した答えに、
ヴェルズは一定の満足を得る事ができた。
先程とは少し違う微笑みを浮かべながら、
ヴェルズは今日初めて、気が楽になった気がする。
あるいはフォウルの答えは、
ずっと気を張り詰め続けたヴェルズに対する、
気を使った言葉なのかもしれないとも思えた。
しかしそうであっても、そうでなくても。
ヴェルズにとってその言葉は、
あるいは辿ることの無かった道が、
現在にも繋がる事なのではないか。
という可能性さえも示してくれたようで、
嬉しかったのだ。
人間と手を取り合う事はできなかった。
しかし、一番手を取り合う事を望んだ者と、
今この場で手を取り合える事を告げられた事は、
ヴェルズェリアという女性にとっては嬉しい事だった。
この場にあと二人が居れば、
その嬉しさは何百倍と膨れ上がっただろう。
自分が憧れ敬い、尊んだジュリアと。
始めは嫌悪しながらも、友情を育めたフォルスと。
その二人がこの場に居れば、
そのフォウルの言葉を聞いてどれだけ喜んだか。
ヴェルズは容易く想像できるほど、
その二人の光景が目に浮かんだ。
ジュリアはきっと、やや複雑な表情をしながらも、
なんだかんだであの時の事をフォウルに謝るだろう。
フォルスは久し振りに会った父親に向かって、
「ガッハッハッ!!」と父親に似た笑いを浮かべて、
ジュリアとヴェルズの背中を押して、
対面するジュリアとフォウルを見ながら、
腕を組んでニヤニヤと気持ちの悪い笑顔をしていただろう。
そんな二人の事をあっさりと想像できてしまう。
それほどヴェルズにとっては、
ジュリアとフォルスの存在は大事なものだった。
その一人であるフォルスは、もう戻らない。
それは同時にジュリアとフォウルの決別を意味した。
もう一人であるジュリアは、
アイリという器と共に目の前に居た。
しかし自分の不手際で連れ去られてしまった。
――…500年前のあの時のように。
その事実が最後に残っていたであろう、
ヴェルズの微かな憎しみを刺激して、
増大させていくのをヴェルズ自身も感じている。
その刺激は500年、1100年前にも感じていた。
1100年前にフォルスが殺された時。
しかしその憎しみは、
ジュリアの怒りと悲しみによって引き起こされた、
人間大陸への大厄災という形で晴らされた。
帝国の属国となった国々と人々を容赦無く吹き飛ばし、
人魔大戦において人間側の大敗という形で。
けれど、失ったフォルスという存在が居ることに、
二人は変わらない喪失感を抱いていた。
500年前は勇者と思われる聖剣の持ち主に因る、
王都ジュリアへの強襲。
ヴェルズの背後に襲い斬り、
ドワルゴン・バフォメットという強者を、
不意打ちとはいえ一撃で討ち取った。
反撃したジュリアと聖剣の持ち主が刃を交えた瞬間、
王都を抉り取る程の『空間転移』を起こした聖剣の持ち主。
そんな中で負傷した自分達と王都の者達を庇い、
『空間転移』の範囲を聖剣の持ち主の範囲だけに縮め、
それを維持する為に自分も範囲に入れたジュリアの咄嗟の行動で、
王都は崩壊しながらも難を逃れたが、
聖剣の持ち主に巻き込まれるようにジュリアは姿を消した。
その後、王都の崩壊は逃れながらも、
バフォメットは精神体を保つ為の核を破壊され、
その日から姿を見せることがない。
ヴェルズとドワルゴンの傷は完治が難しいと判断され、
王都に残って復興を行う者達と別れて、
地脈の流れが整い魔力が溢れ出ていた、
当時の元奴隷の村と呼ばれた場所へ、
ヴェルズとドワルゴンは搬送され長年懸けて傷を癒し続けた。
ドワルゴンは喉を潰されて二度と声を出す事ができず、
ヴェルズの背中には聖剣の傷で出来た一筋の剣の斬り跡が、
今でもヴェルズの背中には残っている。
ドワルゴンは屈強な肉体を持つが、
ヴェルズのような柔肌の肉体のままでは、
下手に動けば傷口が開く可能性さえある為に、
ヴェルズは今だに王都に戻るという判断が許されない。
ヴェルズが夜遅くまで仕事を行うのも、
その背中の傷によって快眠が許されず、
ジスタ等の薬師一族が扱う薬を飲んで痛みを一時的に引かせ、
その薬の効果内だけ寝易くできる様に疲れてから眠る為の、
ヴェルズなりの生活の工夫の一つとなっていた。
そんな生活をヴェルズ村という名に改めた村で、
ヴェルズとドワルゴンは過ごしながらも、
500年前のあの時の屈辱を背中の傷が疼く度に、
それが事実だった事を忘れる事もできない。
一度、勇者がこの村に来た事があった。
それが300年前、ヴェルズ村がまだ閉鎖的だった時。
その時はドワルゴンとヴェルズが戦闘態勢で向かい合い、
合流したミコラーシュもヴェルズを守るように立ち向かった。
敵意剥き出しのジュリアの部下達を目にした勇者は、
『人間大陸で再び魔大陸の侵攻を試みる国が出てきた』と言い残し、
ヴェルズ村からも魔大陸からも立ち去った。
その報せを知ったヴェルズの息子アルトマンは、
再び魔族連合軍を作り出さなければ、
人魔大戦のような戦いになるとヴェルズに反発し、
アルトマンと彼の恋人だったエルフ族の女性、
そして王都出身者である魔族とその子孫を連れて、
ヴェルズと息子アルトマンは王都へと別れた。
それからヴェルズは、
息子アルトマンとは一度も会っていない。
勇者の活躍と王都に向かったアルトマン達の活動で、
なんとか第二次人魔大戦へと発展する事もなく、
そこから300年を経た今でもヴェルズはこの村に残った。
傷も普通に動く程度であれば開くことも無くなり、
薬の量も痛みも以前よりは遥かに少ない。
しかし油断はできないという理由で、
今だにヴェルズは村に残ったまま住んでいる。
或いはヴェルズ自身が、
この村での生活を享受するまで続けたいと、
自分でさえ自覚しないまま、
日々を過ごしていたのかもしれない。
ヴェルズェリア=ライアットの生涯は、
まさに波乱と隣り合わせに過ぎていた。
幼少時に一族を棲み処である森ごと焼かれ、
大戦終結直前にフォルスという友と夢を目前で失い、
平和の中で支えようと願ったジュリアを失い、
戦渦へ向かう息子も自分から離れ自立した。
その生涯は目まぐるしく、
事が起こる度に変わる環境に、
ヴェルズが疲れてしまったのだろう。
疲れがヴェルズ自身をこの村に身を置かせ続け、
変化を好まない怠惰と享受を望んだのだろう。
――…アイリが目の前に現れた時、
ヴェルズは真っ先に、彼女がジュリアである事を考えた。
しかし疲れを見せるヴェルズには、
そんなはずがないという否定が浮かんだ。
それがアイリという少女に対しての保留を促し、
彼女に対する態度を消極的にさせていた。
ヴェルズがアイリに行ってきた行動は、
アイリの為を考えている部分もあるが、
根底にあるモノは、
これ以上の変化を嫌うヴェルズの臆病さにあった。
フォウルが先程、祭りの仮運営本部の中で、
ヴェルズを叱責するような一喝は、
ヴェルズがまるで怯えるように、
アイリへの対応を躊躇している事が分かったからだ。
そしてそれが村全体への悪い影響になっている事を、
フォウルは『足掻く姿を見せろ』という言葉で指摘した。
『足掻く』ことさえ忘れかけていたヴェルズを、
再び今でも足掻こうとさせたのは、
友フォルスの父親であり、目の前にいるフォウルだった。
――…もしジュリアではなく、
フォウルに自分達が救われていたのなら。
ヴェルズはジュリアの時と同じように、
後を付いていく事が出来ただろうか?
そんな事を不意に考えて、
ヴェルズは苦笑を浮かべてしまった。
そうなっていたら、
目の前のこのオーガを愛していたのか?
という極めて難しい問題に直面したからだ。
手と手を取り合う形としては、
温和な種族を率いる自分と、
戦闘種族を率いる彼がそうなる事も、
また形としては正しいモノなのだろう。
ただ、やはりヴェルズとしては、
そうなる事は絶対に無いと思えた。
フォウルはフォウルの道があり、
ヴェルズはヴェルズの道がある。
フォウルが先ほど『手を取り合える』と言ったのは、
その互いの道が交わる点があるという、
そういう意味での事なのだろう。
ジュリアに抱くような気持ちを、
フォウルに抱くことは絶対に無いと、
ヴェルズ自身が誰よりも理解していた。
だからこそ、考えてしまうのだ。
『もし、こんな未来があるのなら……』と。
そしてその未来を考える時、
誰よりも楽しそうにして語る友フォルスの顔と、
渋々ながらに聞いているジュリアと自分の姿に、
ヴェルズは思い出したように微笑んだ。
この事件が終わった後、
フォウルにもう一度尋ねてみよう。
『今の私と貴方は、手を取り合えるのだろうか』と。
その時の返事次第で、
自分も覚悟をしなければと考えた。
再び友フォルスとの約束を果たす為に、
最後まで『足掻く姿』を皆に見せることを。
そうヴェルズは隣に居るフォウルを見ながら、
静かに想いながら歩いていた。
準備を整えた捜索班と追跡班、
戦闘班に別れた警備隊が集結する西地区へ、
フォウルと共にヴェルズは歩く。
その歩幅はフォウルとアイリほど開かず、
隣り合うようにヴェルズは歩調を合わせて歩いた。
今まさに同じ道を歩むフォウルとヴェルズ。
これが彼等が共に歩む、
最後の同じ道だという事を、
この時は誰も知らなかったのだ――…。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




