第056話 精神体
侵入者の情報を五名に訂正し、
一緒に連れて控えていたエルフの術師に、
整理した情報を訂正させて紙に書かせていく。
そんなヴェルズを他所に、
フォウルは顎に手をやって悩む様に唸った。
「だが、腑に落ちん。話を聞く限りじゃ、この坊主は間違いなく『幻術』自体を見破れる。だが坊主でさえ見破って尚、視認できない相手が居たということだ。――…おい、セヴィアっつったか。お前は本当に何も見えなかったのか?」
「……えぇ。私は見えなかったわ。けれど――…」
「そうだ。嬢ちゃんは見えてたような様子があった、とお前等は言ってる。――…精神体が居たのか?」
「――…アストラル?」
「それは何のことなの?」
フォウルがボソリと呟いた言葉に、
ヴェルズとセヴィアは食いつくように聞いた。
二人が詰め寄るように聞くので、
渋々ながらもフォウルは話した。
「一部の連中だけだがな。魂を持った連中が『精神の体』だけで現世で生きることがある。――…ヴェルズ、お前はそういう存在を知っているはずだがな?」
「――…まさか、妖精族?」
「それも、その一つだがな。他にもお前が知ってる悪魔族もそうだ。本来奴等は、精神体だけが行き交う世界に棲みついてるらしい。肉体を持ってる俺等じゃ、辿り着けない世界だ」
「――…悪魔族に関しては、私も異端な例しか知らないの。『悪魔公爵』は悪魔の中でも異端過ぎて、他の悪魔族と比べる対象とはならないもの」
「その『悪魔公爵』だがな。随分前に聞いた事が間違いじゃなければ、そいつも『到達者』だ」
「!?――…納得できたわ。昨日貴方に『到達者』の話をした時に『会ったことが無いと思っているのか?』と聞かれたことを。――…まぁ、あの変態なら、ある程度は納得してしまえるわね」
「確か、邪竜王が『闇神』に収まる前の先代っつぅ奴だ。――…『闇神』バフォメット。『光神』ティエリドと対を成す存在だったが、自分の邪竜に称号を譲って雲隠れした。……と聞いていた」
「……バフォメットは、ジュリア様の魂に惹かれて顕現したと言っていたわ。『純粋なる無垢の持ち主』とかなんとか、ワケが分からない事を言って、急にジュリア様に仕え出した……。――…丁度、人魔大戦が終わった少し後だったかしら」
そんな会話を続ける中で、
フォウルは途端に口を閉じてそれ以上何も言おうとせず、
ヴェルズもその態度になったフォウルに察して、
やや沈黙した空気を取り払うように喋り始めた。
「――…ごめんなさい、話が逸れたわね。――…フォウル殿、精神体と呼ばれる者がその場に居た可能性は分かったわ。――…けれど、なんでアイリがそれを見ることができたの?アイリがまさか、幻術破りを出来るはずがない――…貴方が教えたの?」
「教えてねぇよ。大体、精神体と幻術じゃ全く違う。――…もしかしたら、突然変異体の嬢ちゃん''だから''見破れるのかもな」
「……突然変異体だから…。――…そういえば、ジュリア様もミコラーシュを見つけた時……いえ、なんでもないわ」
セヴィアとリエラが近くに居る事を思い出し、
口を閉じたヴェルズは頭の中で思い返した。
ミコラーシュが妖精の世界から飛び出して来た際、
妖精だったミコラーシュの姿を視認できたのは、
確かにジュリアだけだった事を思い出したのだ。
始めは手に何か見えないモノを持った様子を見せるジュリアに、
ヴェルズやドワルゴンは困惑を示したが、
バフォメットがそれを見ると、
伝説の種族である妖精族だと言い出し、
初めてジュリアの手の中に妖精が居る事を、
ヴェルズ達は知る事ができたのだ。
ジュリアも連れて来たは良いものの、
これが何の種族なのか全く分からなかったので、
詳しそうな奴に聞きに戻ったということらしい。
それからバフォメットが何かしらの魔術を用いて、
妖精族であるミコラーシュの姿を、
ヴェルズ達にも見えるように工夫を凝らしたのだ。
今でこそ半精神体となっているミコラーシュだが、
彼女は妖精族とダークエルフの両面を持つ、
まさにこの世界では特異な存在とも呼ぶに相応しい。
今までそんな彼女が目の前に居た為に、
ヴェルズも過去の出会いの一部を省略して、
肝心な部分を忘れかけていたのだ。
数秒間、口を閉じたヴェルズは再び口を開け、
話題を無難な方向へと導いた。
ミコラーシュが半妖精族だというのは秘密であるし、
それを目の前のセヴィアとリエラに教えるわけには、
流石のヴェルズでも許すことができなかったからだ。
「ジュリア様やアイリのような突然変異体は、或いは精神体と呼ばれる者達を見る事ができる『魔眼』を持つのでしょう。今までそれらしい様子をアイリが見せなかったのも、ここに''そういう''者達が全く居なかったということね」
「精神体等は自分の世界で引き篭るからな。あの嬢ちゃんには多分、ミコラーシュの羽も俺達よりも鮮明に見えてただろうな」
「――…あなた、私の意図を敢えて無視するわね」
ヴェルズの意図を無視するように、
ミコラーシュの情報をセヴィアとリエラの目の前で出され、
諦めの微笑みをヴェルズは浮かべてそう言うと、
フォウルは呆れたように返した。
「いちいち、そっちの事情なんぞ気にしてられるか。――…それにお前も分かってるだろ?俺等や警備隊の目では見えない敵がいるんだ。しかも現状、それを見破れる手段が明確なのは、突然変異体の嬢ちゃんしかいない。そこらへんも考えて奴等を捉える手段を考えねぇと、撃ち漏らすか逆に足元を掬われるぞ」
「――…こちらもミコラーシュという妖精族が居るわ。その点で言えば、その相手はミコラーシュに任せても良いのでしょうけれど……」
「そういえばさっき、ミコラーシュの奴と連絡が取れないって言ってたな。――…まだ取れないのか?」
「………えぇ」
ヴェルズはフォウルとジスタ達に、
昏睡している三人を任せた後、
すぐに各警備隊達の行動状況と、
各部族・氏族の状況を確認して、
的確に長老達に指示を出して事を円滑に進めていた。
村から避難する者達はほぼ整え、
ヴェルズ村の大扉となっている門を開放し、
そこから村から出て行く者達を検査している。
南地区に集結させつつある露店や出店など、
村人達や残る外部の魔族達を護衛・監視する人員も、
警備隊達が選出した者達に付け加えて、
ヴェルズが推挙する者も選び、
村の守りは現状では最大限整えられる様に、
結界の状態も最大限に高めてある。
唯一、ヴェルズの思惑とは裏腹に、
上手くいっていない事があるとすれば、
それは二名の存在だろう。
まずは『最強の戦士』ドワルゴン。
彼はアイリが誘拐されたという情報を聞いた瞬間、
すぐに行動を起こして村から離れ、
山の中へと戻っていったらしい。
恐らくはドワルゴンもアイリを探す為に、
活動を開始したのだとはヴェルズも分かるのだが、
もう少し待って残ってもらっていれば、
現在ヴェルズ達が持っている情報を共有し、
警備隊と連携をして捜索を行えただろう。
ドワルゴンの行動次第では、
もしアイリとジークを誘拐した者達と、
ヴェルズ達だけで遭遇した場合、
戦力的な不安はあるだろう。
フォウルが加わる事である程度不安は解消されたが、
フォウルという外部の者が加わる事で、
やはり不測の事態が起こった場合に、
ヴェルズ達だけでは対処はできないのだ。
逆にドワルゴン単独で誘拐魔達と遭遇した場合、
勇者並の戦力を持つ人間が二名、狼獣族はともかく、
セヴィアの推測からヴェルズ並の空間魔術使いと、
目で捉える事ができない精神体の五名。
ドワルゴン単独だけでは勝利する事は難しく、
仮に一定の戦果を得たとしても、
ドワルゴンだけではアイリとジークを抱えられたまま、
誘拐魔達に逃げられてしまう可能性もある。
そう考慮すれば、
ヴェルズは一刻も早くドワルゴンと合流し、
共に誘拐魔達を捕らえるか討ち滅ぼすかが、
確実な手段だと考えている。
そして二人目となるのは、
『俊足姫』ミコラーシュの存在。
こちらも先程述べたドワルゴンのことと、
基本的には同じ。
しかし大きく異なる事と言えば、
ミコラーシュという戦力が、
今回必ず必要になることだろう。
ミコラーシュは半妖精族であり、
真の姿ならば敵にいる精神体との戦力になる。
しかし現状、ミコラーシュは感知できない場所にいる。
ジークヴェルトの捜索をミコラーシュに頼んだのは、
その祖母であるヴェルズ本人だったが、
この状況での頼みは軽率だったという事を、
ヴェルズは痛感させられていた。
あるいは冷静なヴェルズであれば、
ミコラーシュを動かすという手段は待っただろう。
それほどジークヴェルトが失踪・誘拐された事は、
ヴェルズにとって動揺するほどの事態だったのだ。
ヴェルズは内心での動揺は、
この事態が起こってから計り知れない。
しかしその動揺を他者に見せれば、
自分を信奉し信頼する者達にも、
動揺が広がる事をヴェルズは知っていた。
だから常に冷静な表情の裏で、
常に思考を最大限に働かせながら進もうとする。
今回はそれが裏目に出続けている状態だった。
ヴェルズの精神力の疲弊は、
誰もが思う以上に進みつつあった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
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ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
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