第055話 証言
ハイヒ・セヴィア・リエラの三名が、
目覚めたというジスタ達からの言伝を受けて、
ヴェルズは警備隊でも有数のエルフの術師達を集い、
ジスタの診療所へと訪れていた。
警備隊の術師を連れてきたのは、
起きた三人が『魔力封殺』以外の呪術や魔術で、
洗脳・催眠などの類を受けていないかを注意した為だ。
だがそれは杞憂の事であり、
何よりその診療所の中には、
魔大陸の中で最強と呼ぶべき者が、
床に座って暇そうに待機していた。
その暇そうに待機していたフォウルが、
訪れたヴェルズ達を見ながら溜息を吐き出して、
起きたはずの一人である羊獣族のハイヒが、
ぐったりと診療台の上で寝かされている事を説明した。
「ジーク坊の従者な。起きて意識がはっきりし出した途端に『ジーク様は!?ジーク様を助けなければ!?』とか騒ぎ出してな。脳だけじゃなく神経系や内臓にも魔力封殺を食らって痛がるくせに出て行こうとしやがったから、また気絶させといた」
「……そ、そうなの。それでは、まだ彼からは事情は聞けそうにない?」
「いや、単純だが粗方の流れは起きて騒ぎながら自分で喋り出して分かった。要はジーク坊と従者の羊は、昨日の夜に宿屋に戻ってる最中に変な奴を見かけたそうだ。羊のは止めたんだが、ジーク坊が制止を聞かずに追跡して、反撃を食らってジーク坊だけ誘拐されたってワケだ。羊は護衛の役目を果たそうとして、その相手に食らいついて逆撃を被った。――…そっちの二人と違って、随分と容赦が無いダメージを受けてたのはそういう理由だな」
ヴェルズの疑問に答えるようにフォウルは話し、
ハイヒの事情を明かしていく。
ハイヒは宿屋近くの路地で発見された際、
さほど重傷を負ったような様子が見られない事から、
ジスタやメイファの診断からも体への異常が見当たらず、
ただ生命力が徐々に衰えを見せる様子に、
ジスタ達は『呪術か精神系魔術を受けている』と診断した。
フォウルがハイヒを診た際には、
眠りながらもハイヒの体力が消耗している事に気付き、
すぐに起こさなければ死ぬと判断した。
その理由は魔力封殺の効果にあり、
ハイヒは治癒魔術を受けて身体の治癒は行われながらも、
神経系や内臓に与えられた魔力封殺の魔力で、
昏睡しながらも激痛を味わっていたらしい。
脳が魔力封殺に因って、
正常な働きを示していないが為に、
昏睡しながらではハイヒ自身が、
『痛がる』という自覚症状の所作を第三者に見せられなかった。
あのままの状態で丸一日ハイヒが眠り続ければ、
昏睡しながらもハイヒは憔悴し、
何が原因か分からないまま呪術や闇魔術で死亡したと、
そうジスタ達は診断してしまっていただろう。
それを聞かされた時のジスタとメイファは、
自分達がまだまだ未熟者であると、
自覚をさせられたそうだ。
それが判明した時点で、
暴れるように出て行こうとするハイヒを、
フォウルは顎を叩く様に叩いて、
脳を揺らされたハイヒをまた気絶させた。
丁度良いからとハイヒの症状をフォウルは教え、
ジスタとメイファに治療をさせて、
なんとか危ないところは脱したそうだ。
「随分と主思いの良い従者だ。以前は軽く殺気を当てた時には萎縮してたくせに、今回は殺気を当てても怯むどころか噛み付いてきやがった。――…つぅよりも、俺の牽制程度の殺気に慣れるくらい、今回の相手が厄介だってことだろうな」
「彼がそう言っていたの?」
「気絶する前に言ってぜ。一人は『人間の男と思しき人影』と、もう一人は『左目に三本傷がある狼獣族』だったってよ」
「!?……ジークヴェルトが報せたのは人間の女だったと聞いたわ。まさか人間が二人も入り込んでいた、ということ?」
「そうだろうぜ。……それにしても、強い殺気か。昨日のあいつの事だろうな」
「!?あなた、まさか男の方も見つけていたの?なぜ教えなかったの!」
「知らん。ただ昨日の競合訓練中、確か昼飯を食った後だったか。やたら強い殺気を放ちながら俺を見てる気配を感じただけだ。その殺気がフッと一瞬で消えた。あんなだだ漏れの殺気を放ってる奴が気配断ちに慣れてるとは思えん」
「……それなら恐らく、幻術と幻惑を併用した空間魔術の使い手が相手に居るわね。その人間の男を空間魔術で覆って他の者から隠したと考えれば、辻褄は合うでしょう」
フォウルとヴェルズは互いに情報と知識を出し合い、
相互の情報を確認していく。
その中で幾つか判明した事をまとめると、
以下の情報が導き出された。
侵入者は少なくとも四名。
人間の男女が一名ずつ。
それに組していると思われるのが、
狼獣族と空間魔術の使い手の二名。
少なくとも人間の女は勇者並の戦力と考え、
人間の男に関しても未知数ながら、
強さは勇者並と考えるべきだとフォウルは言っている。
狼獣族の件に関しては情報不足だが、
獣族に類する者が空間魔術と幻術を併用し、
それ等を同時に扱えるほどの魔力を有するのは、
ヴェルズに言わせれば在りえないという事で、
術師となる魔族が関わっていると導き出された。
その四人目の術師に関しては、
少なくとも幻術を扱う闇魔術と空間魔術を扱える、
極めて高位の魔族が関わってだろうというのは、
フォウルもヴェルズも同意見だった。
*
ここまで無駄話も無く短時間で導き出した答えに、
フォウルとヴェルズは一定の納得を得たところで、
セヴィアとリエラの方に係っていたメイファが、
二人の状態が安定した事を伝えてた。
ヴェルズとフォウルは共に、
二人が寝かされていた診療台に訪れると、
セヴィアは既に起きていたが、
診療台で横になったまま目を開けて起きている、
リエラの側で寄り添うように椅子に座っていた。
まだ子供のリエラは魔力封殺の影響で、
回復魔術を掛けても身体に気だるさを感じるらしく、
親子で波長の合うセヴィアが代わりに治癒魔術を掛け、
リエラの身体の治癒をゆっくり行っていた。
訪れたヴェルズとフォウルの姿を見て、
セヴィアは驚きながらもすぐに冷静な表情へ戻り、
リエラの側で椅子に座りながら軽く礼をした。
「メイファから私達の前後の状態は確認しました。――…ヴェルズ様、私が居ながらこのような失態、申し訳ありません……」
「いいえ。前線を退き、まだ産後で魔力が満たない身体では仕方のないことでしょう。それよりも貴方と、貴方の子供が無事なことが幸いだわ」
「――…そう言って頂ける事は嬉しく思います。しかしアイリちゃん――…アイリュシティアが……」
「その事で私達が得ている情報と、貴方が遭遇したであろう情報の違いがあれば確認したいの。セヴィア、協力して頂戴」
そうお願いするヴェルズの言葉に、
セヴィアは素直に頷いて応えた。
まずはセヴィアが遭遇し得た情報を、
ヴェルズ達に説明することになった。
「――…そうして私達三人は、出店や露店を巡りながら東地区を徘徊していました。すると、路地の側にある表路に老婆と思わしき者が開いている香水屋の露店を見かけ、そこに立ち寄った後に……」
「襲われた、ということね。――…やはりジークヴェルトの時とは状況が違うわ。ジークヴェルトの場合は相手を追って反撃されたのでしょう。けれどアイリ達の場合は……」
「完全に狙われたな。しかも御丁寧に、俺が嬢ちゃんから離れて魔力探知が届かない位置で、だ。俺が近くに居ちゃあ、妨害されると思ってたんだろうぜ。嬢ちゃんの誘拐を」
セヴィアの証言を元に、
ヴェルズとフォウルは意見を挟みながら、
情報を整理していく。
ちなみにドワーフ族の族長メルシファスが行っていた、
ボールの無断配布の件を小耳に挟んだヴェルズは、
その件にだけは後日になるが対応を取った。
ボールの扱いは中々に難しく、
子供達が場所を選ばず無闇にボールを蹴り、
建物のガラスや器物が壊れてしまう事態に備え、
ヴェルズ村の子供達がボールで遊ぶ場合は、
広い広場がある場所か訓練場だけ、と決まりを作った。
ちなみに現状の祭りの状態で、
まさに子供達が無闇矢鱈にボールを蹴り、
あちこちで軽度ながら被害が既に出つつあるのだが、
これに関しては配慮が足りないフォウルのせいだろう。
今回の誘拐の件もまさに、
アイリに対するフォウルの配慮が足りなかった為に、
二人が側を離れるきっかけになってしまったのだから。
話を戻すようにヴェルズが口を開き、
セヴィアに情報の整理を兼ねた問いを投げた。
「セヴィア。今回貴方を襲ったのは、その女露店主と、人間の男。そして魔力封殺をした狼獣族で間違いはない?」
「はい。――……いえ、そういえば……」
「何か気になる事があるの?」
「この子が気になる事を。――…ヴァリュエィラ、少し御話はできる?」
「うん、お母さん」
「露店主の匂いを嗅いだ時に、もう一人見えない誰かが居るって言ってたわね。覚えてる?」
「――…うん。香水の匂いで分かりにくかったけど、あの白い布を被った女の人以外に、知らない匂いがもう一つあった。でも、見えないから気のせいなのかな?って思ったんだ。でも、アイリが匂いがする方をじっと見てたから、やっぱり誰かいたんだって思って――…」
「……そういえば、アイリちゃんも何も無い場所を見ながら『ずっと見られている』と言っていたわね。――…ヴェルズ様、少なくとももう一人、誰かが居たようです」
「四人居たのね。なら、人間の女というのがそこに隠れていたのかしら?」
「違うんじゃねぇか」
セヴィア・リエラの証言に結論を出そうとした、
ヴェルズの言葉をフォウルは否定した。
何故否定されたのか分からないヴェルズは、
そのままフォウルに聞き返した。
「どうしてそう思うの?」
「坊主の嗅いだ匂いだ。――…おい、狼坊主。お前は襲われる直前、見えない奴は『知らない匂い』がしたんだな?」
「うん。そうだよ、おじさん」
「――…昨日の昼、お前さんも確か一緒に居たな。その時にお前も人間の女の匂いは嗅いでいたか?」
「お昼に''みずあめ''をくれた女の人?うん、嗅いだよ。匂いも覚えてる」
「!!……そういうことね。もし人間の女が隠れていたのなら、ヴァリュエィラは知らない匂いではなく、知っている匂いだと言うはずなのね」
「そうだ。――…少なくとも侵入者は四名じゃなく五名っつぅことだな」
フォウルの否定した理由を理解して、
ヴェルズは納得してその言葉を受け入れた。
狼獣族の血を引き容姿も父親似のリエラは、
嗅覚も獣族のソレに習うように鋭敏だった。
そしてリエラは無自覚ながらに、
『魔力の匂い』まで嗅ぎ分けることが出来る。
その事実を知っているのはセヴィアだけであり、
セヴィア自身もそれを知ったのは、
初めて魔物と間違えられたアイリと出会った時だった。
リエラは相手の体臭を嗅ぎ分けるのと同じ感覚で、
それぞれ個人が内在する魔力の匂いというモノを、
無自覚ながらに嗅ぎ分けることができるようだ。
そしてそれは、
実は最大の''幻術破り''にも繋がっている。
幻術には弱点が存在する。
幻術は術者が抱くイメージのみならず、
幻術を視認する相手のイメージにも影響し、
その幻術は変容されていく。
例えば幻術が掛かっている相手が、
僅かな疑惑や疑問・疑念を抱いた瞬間に、
術者がイメージするモノを見せたいという願いと、
相手が疑惑を抱いたイメージが反作用し、
幻術そのものを相手が解除してしまう場合がある。
リエラが魔物と勘違いされたアイリに行ったのは、
まさにそれと類似する現象であり、
アイリに掛かっていた幻術のイメージを嗅いだ瞬間に解き、
実際のアイリの姿を確認していたのだ。
だからこそリエラは魔物と勘違いされたアイリを、
一瞬で『同じ子供』だと認識できたのだろう。
しかも母親と同じエルフの耳を特徴的だと捉え、
具体的に母親と同じ耳だという事も言い当てたのだ。
類稀なる才能であり、
天才的なセンスを持つ息子を、
セヴィアは素直に称賛し大切にしていた。
しかし今回は事が事だけに、
セヴィアはその情報をヴェルズとフォウルにも伝え、
必要な情報の参考にする為に提供したのだ。
リエラも初めて聞かされた自分の嗅覚の性能に、
喜びながら驚いていた。
少し悩みながら考えたヴェルズは、
疑問の言葉を口にした。
「セヴィアの子供が『魔力の匂い』で幻術破りをできる事は分かったわ。――…けれどジークヴェルトは何故、見破れたのかしら?あの子はまだ、それほどの技量を持つようには見えなかったけれど……」
「――…確かジーク坊は人間の女と会った時に、俺を除けば真っ先に相手が人間だと見破ったな。あの羊の従者にも与えていた影響を考えると、周囲にも多少は影響する随分立派な魔力耐性が高い魔玉を持ってたようだな」
「そういえば、私の睡眠魔術も防いでいたわね。その魔玉の影響で、ジークヴェルトには幻術の類が効かなかったのね」
「今回はそれが災いしちまったようだがな」
フォウルとヴェルズが各々に、
ジークが魔術への耐性の異常性を指摘し、
それに対する自己完結を終える。
実際にジークヴェルトが精神系魔術を防ぐ魔玉を持ち、
その事をハイヒやアイリだけが把握していたのだが、
当のハイヒはフォウルに気絶させられ、
アイリはジークと共に誘拐されている為、
ヴェルズとフォウルだけではこの程度の推論しか立てられず、
言及することも不可能だと見切りをつけたからだ。
そうしてフォウルとヴェルズは、
ある程度の情報を共有して得る事ができたのだった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
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是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
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キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
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