第053話 集いし願い
所変わって、場所はヴェルズ村に戻る。
アイリが転生者達に誘拐同然で連れ去られた同時間帯、
フォウルとドワルゴンは二人並んで急ぐように歩き、
その後をジャッカスが急いで付いて行く姿があった。
フォウルの推論を聞いたドワルゴンが、
先程まで食事をしていた手を止めて立ち上がり、
急に中央広場に向けて歩き始めたのだ。
フォウルも続くようにその後を追い、
ジャッカスは作っていた料理の手を止め、
屋台を置いたまま二人の後を追ったのだ。
あんな話を聞いてしまっては、
流石のジャッカスも屋台など続けられない。
しかもアイリが関わっているとなれば、
屋台よりアイリを大事にするのは当たり前だった。
三メートルのオークと、
四メートルのオーガの巨体が並んで歩き、
進行方向に居る人々はその光景を見て道の脇へと避難する。
威風堂々と道を歩くフォウルとドワルゴンと、
人々が脇に避けた道の跡をジャッカスが追う光景は、
祭りの参加者達を呆然とさせるには充分なモノだった。
ドワルゴンの後をやや遅れながらも、
フォウルはとある場所に到着した。
中央広場の中央に位置する場所で、
立派に設営された木組みと布張りの運営本部に、
ドワルゴン・フォウル・ジャッカスは到着したのだ。
ドワルゴンは運営本部の受付口へズカズカと乗り込み、
その後をフォウルとジャッカスも追う。
仮設ながらも内部は広々としたスペースが保たれ、
何名かの受付嬢として兎獣族の女性が受付となり、
人々から手の平サイズの四角い木の板を受け取っている。
恐らくアレがジャッカスの話していた、
料理自慢大会の投票用紙代わりのモノなのだろう。
そしてあそこがその受け取り口という事らしい。
フォウルは一瞬チラ見をしてそう判断すると、
ドワルゴンがズカズカと歩く先へと視線を向けた。
そこは受付口とは別の入り口があり、
警備隊の何名かで守るように固めて守っている。
そこに突如現れたドワルゴンに、
警備隊の面々はギョッと表情を強張らせながら、
武器を慌てて離して胸に己が手を叩き付けるような敬礼をした。
アレが本来は警備隊で行う敬礼の仕方であり、
しかもたった二人にしかしない敬礼の仕方だ。
一人目はもちろん、
警備隊総隊長を務める『俊足姫』。
そしてもう一人が、
目の前を通過した『最強の戦士』だ。
敵意が無い事を示す為に武器を離し、
己が心の臓を示す事で「そこは自分の弱点です」と晒すのだ。
それは目の前に現れたドワルゴンへの敬意ではなく、
『恐ろしさ』によって行わせる行為だった。
素通りしてその入り口の先を目指すドワルゴンに続き、
フォウルとジャッカスが後を追うように入り込む。
流石にフォウルを見た瞬間に、
警備隊は武器を握りなおそうと屈むが、
フォウルの放った殺気で硬直させられ、
今度はフォウルに対して平伏すような体勢で、
入り口の通過を許してしまう。
そしてその後を通るジャッカスは、
目の前の巨漢二人の滅茶苦茶な孤軍振りに、
溜息を吐き出しながらも付いて行った。
*
布張りの扉を潜っていくと、
奥の部屋となっている場所に居たのは、
各村々の村長達と、客人として訪れていた氏族長・部族長達。
そして各警備隊長を含める者達が集まった場所へ、
ドワルゴンが幕張を押し退けて入り、
その後をフォウルとジャッカスも潜って入った。
ドワルゴンはともかく、
フォウルが現れたことで警備隊の各隊長と、
各氏族・部族達が慌てるように身構えた。
「各々、落ち着きなさい」
その一声を発したのは、
氏族長と部族長、そして各村の村長達の座る中心位置となる、
広い丸机と背もたれがある丸椅子に座っていた、
ヴェルズ村の村長、ヴェルズだった。
「ドワルゴン、それにフォウル殿も。――…ジャッカスまで?どうしたの、三人とも」
場を治めたヴェルズは立ち上がり、
ドワルゴンとフォウル、ジャッカスに近付きながら、
何故この三人がいきなり訪れたのかを不思議に思った。
しかしドワルゴンの目的が自分にあり、
この場に来た理由だというのは、
長いドワルゴンとの付き合いから表情で読み取った。
しかし予想に反して話し始めたのが、
フォウルだった。
「大魔導師、お前が張ってるこの村の結界の事で聞きたい」
「――…突然何を?」
「祭りが始まる二ヶ月前、この町の結界と壁に大猪が突っ込んで壁まで突き破ったらしいな。事実か?」
「!……えぇ」
「何故だ?この規模の紋印と併用している結界を張ってるんなら、よほどの魔獣でも無い限りこの町の壁を突き破るなんて芸当は不可能なはずだ。その大猪は魔獣だったのか?」
「……いいえ。魔物の大猪だったと聞いています」
「じゃあ、何故結界まで壊れた?――…違うな。そん時には結界を張ってなかったのか?」
突然フォウルが話し始めた内容に、
周囲の者達は何のことだかを理解できず、
呆然とした表情をしている。
しかしただ一人、
ヴェルズだけは真剣な表情でその話を聞き、
正しく返答をしていた。
「――…張っていなかった、ではないわ。……結界がいつの間にか『消されていた』が正しいわね」
「消された、だぁ?」
ヴェルズの返答を聞いたフォウルは、
眉と眉間の皺を寄せながら聞き返した。
「なんで消された?もちろん、お前も調べたんだろうが」
「えぇ。けれど原因が分からなかった。そのままにはできないから、壁を修復した後に更に紋印を付け直して、私の魔力で結界を張り直したわ」
「――…嬢ちゃんが入り込んだのは、壁が壊される前か、後か。お前はどっちだと思っている?」
「!!――…そう、ジャッカスが話してしまったのね」
「も、申し訳ない……」
ジャッカスがアイリの事についてフォウルの話した事を、
ヴェルズは首を振って責めようとはしなかった。
元々ジャッカスという人物は嘘を苦手としているので、
不意に聞かれればポロッと喋ってしまうというのを、
ジスタにヴェルズは警告もされてはいたのだ。
しかし敢えてヴェルズがジャッカスに、
黙っているように念押ししなかったのは、
ジャッカスが無下にアイリを傷付けるような行動は、
絶対にしないだろうという、信頼があったからだ。
「構わないわ。どのみち、今回の祭りでアイリを表に出してから、様々な所から事情を聞きたがる者達は多かったの。ここにいる各村々の者達も、そして氏族や部族達も。――…いずれは私から皆に事情を話すことになっていたのだから、気にしなくていいわ」
「へ、へい……」
「んな事はどうでもいいんだよ。大魔導師――…どっちだ?」
フォウルが聞く内容が先程の事だということは、
ヴェルズも理解はしていた。
だからこそヴェルズは、
その質問に素直に自分の考えを返した。
「――…私も確信はできずにいた。けれど――…。……アイリは恐らく、大猪が壁を破壊するより以前から、この村に入っていたのでしょうね」
「やっぱりテメェもそう思うかよ、大魔導師」
「!?ど、どういうことだよ、オーガの!ヴェルズ様!?」
ヴェルズとフォウルが意見を一致させた言葉を、
ジャッカスは驚きながら問い掛けた。
アイリが村に入り込んだのは、
大猪が突撃して破壊した壁からだというのが、
一つの結論としてまとまっていたはずだった。
しかし村の長であるヴェルズと、
問い掛けるフォウルの意見は一致させて、
大猪など関係無くアイリはそれ以前から村の中に居たと、
そんな事を言い出したのだ。
流石のジャッカスもこの言葉に驚き、
問い掛けるのはしょうがないだろう。
「さっき大魔導師が言ったろ。――…結界は元々壊されていたから、猪の突撃程度で壁が壊れたんだってな。だったら、いつ壊れていたのか。しかもヴェルズに気付かれずに結界をどうやって壊したのか。そこが問題に上がるワケだが――…そんな芸当をやれるのは、野郎の側近だったお前等なら分かるんじゃねぇか?大魔導師、そしてドワルゴンよぉ」
「――…それがさっき言ってた、ジュリア様ってことか…?」
そうジャッカスが口に出した名を聞いた瞬間、
周囲の者達が慌てるように取り乱した。
『始祖の魔王』ジュリア。
この名は魔族であれば当たり前のように知る人物であり、
この魔大陸においてどれほど重要な人物なのかを、
ここにいる者達は把握していたのだ。
「結界系の魔術だけならまだしも、他の奴が張った紋印と魔力を弄るなんて芸当、そんじょそこ等の奴にできるかよ。しかも弄られたことにさえ張った本人に気付かせないなんて芸当は、な」
「そ、そんなに難しいのか?それって」
ジャッカスの素朴な疑問に、
フォウルは頭を掻きながら呆れたように答えた。
「難しいなんてモンじゃねぇ。不自然さを与えずに他人の魔力を弄くるなんて芸当はな、あの糞ジュリアしかやれねぇんだよ。だから大魔導師、テメェも薄々はジュリアが結界を壊したかもしれねぇって思ってたんだろ?」
「……その通りよ。けれど、ジュリア様の魔力はいくら感知しても感じられなかった」
「その前提が既に間違ってんだよ、お前は」
そう告げるフォウルの言葉に、
ヴェルズは驚く様に目を見開いた。
「他人の魔力を弄くれるんなら、自分の魔力を弄くれて当然だろうが。――…つまり、ジュリアの野郎は自分の魔力を弄くって波長を変えてるんだ。そして''紛れ込んで''やがったんだ」
「……――!!」
「薄々はお前はそう考えていたんだろ。だから嬢ちゃんを四六時中、町の奴等に見張らせていた。――…俺はちょいと、嬢ちゃんの魔力を何度か感じて不自然に思った。魔剣に魔力を通す時も、いちいち嬢ちゃんは魔力を流す中で一定間隔で淀みがあった。ありゃあ、嬢ちゃんの魔力の中に不純物が混じってたせいだろう。――…嬢ちゃんの魔力に入った時もそうだ。嬢ちゃんの中には、何か別の魔力があるのを一瞬感じた。今更思えば、魔力は波長を変えて嬢ちゃんの魔力に染まり混んでいたんだろ」
フォウルの怒気を含んだように漏らす声に、
周囲の者達は驚きながらも、
より一層動揺すべき事を述べられているのだと、
理解している者達も確かにいた。
「ここからは俺の勝手な推論だがな。ジュリアの奴は結界を弄って、自分と嬢ちゃんの魔力の感知と探知をできないようにしていた。魔物が町に入り込んでたって噂が流れても、嬢ちゃんの反応は弱い魔物と大差無いモノだとお前に錯覚させていたんだろ」
「――…その通りよ。それに気付いたのは、アイリを見つけた後だったわ……。――…けれど、そんな事をジュリア様がする理由が思い浮かばなかった。だから私も、その可能性は本当に薄いモノだと思っていたわ…。――…ドワルゴン、貴方も直感で彼女がジュリア様だと勘付いていたのは、初めから承知していたわ」
「………」
焦燥の表情を浮かべるヴェルズの言葉に、
ドワルゴンは無言ながらに険しい顔で頷いた。
ドワルゴンもヴェルズも、
あの時に横たわる瀕死のアイリを見た瞬間、
彼女がジュリアではないかという考えに、
違う道を辿りながらも至っていた。
しかしその確証は、
アイリが目が覚めてからの行動や言動、
そしてアイリから感じる魔力の波長によって、
自分達の考え違いではないかと、
アイリがジュリアである可能性を隅へと追い遣っていたのだ。
「……昔、悪魔公爵から聞いた事があるわ。魂のみを他の体に乗り移る術があると。――…ジュリア様は、同じ突然変異体のアイリの体に乗り移った事も、無論考えなかったはずがない。――…けれど奴隷紋の鎖まで付けて、あの子を『奴隷』だったと思わせようとしたのは…?」
「――…そこのゴブリンもそうだが、ここの町の奴等は優しすぎる。嬢ちゃんが奴隷だったなんて聞かされりゃ、お前等は大事に扱うだろ。実際、大事に扱ってたみたいだからな。少なくともジュリアは、嬢ちゃんをこの村で大事に保護させる為に、そんな回りくどいことをした。――…ってのが、俺の推論だ」
「………」
フォウルの推論を聞いたことで、
ヴェルズはその場で静かに立ち尽くし、
気を張っていた体を抜いて溜息を漏らした。
村の氏族・部族長達は、
流れから二人の会話を汲み取り、
あのアイリという少女が、
実は魔王ジュリア様だったのではという、
恐ろしくも嬉しい事実に気付かされたのだ。
「――…あの人はいつもそう。突然、突拍子もない事をするところだけは、変わらないわね……」
そう呟くヴェルズの言葉は、
誰かに聞かせる為の言葉ではなく、
自分に言い聞かせるように告げた言葉だった。
長らくジュリアという人物に触れられず、
その人物像を理想化させてしまっていた自分への、
自嘲を含んだ苦い言葉でもあった。
そう、ジュリアはそういう人物だった。
いつも身勝手に行動し、自分の為に行動する人物だ。
少なくとも本人はそう言っている。
ヴェルズを救った時も、人魔大戦に関わった時も。
ドワルゴンを救った時も、バフォメットを懐柔した時も。
勇者との和解を受諾した時も。
――…そしてフォウルの息子であり、
ジュリアとヴェルズにとって大事な友となった、
フォルス=ザ=ダカンと約束した時も。
ジュリアという身勝手な人物は、
自分の為にしかならないことをし続けた。
その結果として、
救われた者達は確かに居たかもしれない。
しかしそれ以上に被害を被った者達も、
救われた者達以上に居たはずなのだ。
それをジュリア自身から言われた時に、
ヴェルズはジュリアへの憧れと想いに偏りすぎて、
単なる謙遜か、あるいは照れ隠しだと思ったのだ。
けれどそれは間違いだったと、
ヴェルズは今では思っている。
そのきっかけはとても遅く、
約1100年前の人魔大戦終結直前の時、
つまりフォルスが死んだ時に気付かされた。
ジュリアとヴェルズの友となったたった一人のオーガが、
友の命を救う為に命をもって約束を果たす姿を見た。
そして自分の愚かさと身勝手さに苦しみ、
二人の心に刻み付けられたモノが、
今の魔大陸と人間大陸の情勢を作り出したとも言える。
――…人魔大戦終了後、彼女達は変わった。
変わらざるをえなかった。
自分達の役割と、自分達が行う今後の行動を考え、
それぞれに大戦後にも魔族達に称えられる功績を残した。
フォルスという友との約束を、
本当の意味で果たす為に。
*
「あ、あのよ。オーガの。なんかさっきから話聞いてると、その…ジュリア様がアイリの中に入り込んでるのか?それとも、アイリが実はジュリア様だったのか?ど、どっちなんだ?」
そう尋ねるように聞いたのは、
ヴェルズとフォウルの間に静かに立ったジャッカスだった。
ジャッカスは話を理解する為に、
普段は料理以外では回さないような思考までも導入し、
そう尋ねて聞いたのだ。
その言葉に返事を返したのは、
フォウルとヴェルズの両方だった。
「アイリの中に糞野郎が入ってるんだ」
「アイリの中にジュリア様が居るのでしょうね」
「そ、その。そう断言する理由とかは…?」
即断してそう言う二人に対して、
ジャッカスは苦笑しながら尋ね返すと、
またもフォウルとヴェルズは同じ様な事を言った。
「ジュリアがあんな糞真面目な良い子ちゃんなんぞ演じるわけねぇだろうが」
「ジュリア様があんな真面目な子を演じられるはずがないもの」
「……ジュリア様って、いったいどんな人だったんだよ…」
フォウルとヴェルズが一貫して告げるジュリア像に、
ジャッカスだけでなく周囲の者達さえ呆れるように苦笑している。
今までヴェルズが村々の者達に説いて来たジュリアという偶像が、
充分崩れてしまいかねない言葉だったが、
この氏族達の中にも500年以上生きる種族がいるので、
ジュリアという人物を知る者達は逆に頷いたりもしている。
『始祖の魔王』の破天荒ぶりも然ることながら、
争いを嫌う傾向を除けば、実に怠け者で物臭で、
かと思えば突拍子も無いことをいきなり行ったと思えば、
すぐに飽きてふらりと国を放置して旅をしてしまう。
そんな事を続けつつも魔王になったジュリアの至言は、
『君臨しても統治はしない』という物臭さ。
それはあくまで、自分は『魔王』だから、
国の王は他の奴がやれという意思表示でもあった。
その王の役割となる矛先がヴェルズに向いてしまうも、
『私は魔王様に付き従う者ですから』という理由で、
ハイエルフの女王ではなく国の大公という座まで下がりつつ、
王都ジュリアと周辺部族・氏族と、
中立都市の管理と魔大陸の修復と復興を行ったのだ。
要はヴェルズも、
ジュリアという人物の物臭さで余計な気苦労を背負った、
一人の犠牲者と言っても良いのだろう。
しかしヴェルズがそんなジュリアを見限らなかったのは、
ジュリアという人物の根にある『善』となる部分を、
何度も垣間見たことがあるからかもしれない。
「ジュリア様は、自分が面倒となる事は決して背負い込もうとはしなかった。でも、巻き込まれれば対応もするし、目の前の事を無視できるような無責任な方というわけでもないわ。――…アイリを村の者達に大切に保護させようとしたのも、ジュリア様なりの責任感で行ったことでしょう。それがジュリア様の良き面でもあり――…少々厄介な面でもあるのでしょうね」
その言葉をヴェルズは静かに述べると、
周囲の苦笑していた微妙な空気も変わり、
ジュリアという人物が何故ヴェルズに尊敬され、
そして愛される人物なのかという理由を聞かされ、
「ヴェルズ様が言うならば」と、
皆がジュリアという人物に対しての評価を変えようとはしなかった。
そんな空気を一度締め直すように、
フォウルは一歩踏み出してからこう告げた。
「そんな事よりも、だ。さっさとあの嬢ちゃんはお前直々に保護したほうがいい。嬢ちゃんの魂とジュリアの魂が同じ入れ物に入ってる状態が続けば、魂同士が完全に混じり合うか、対消滅するぞ。例えジュリアでもそう長続きはできん状態だろう。――…俺は魂の分離施術はできん。ヴェルズ、お前はできるか?」
「魂の施術自体は、全くやった事は無いわ。悪魔公爵が居れば楽にできるのでしょうけれど、肉体の核を破壊された状態で地上に再生するのに数百年掛かると、本人が言った事があるわ。――…それに今は、少し厄介な事になっているの」
「なに?」
ヴェルズが表情を曇らせながら述べる言葉に、
フォウルは怪訝な表情を浮かべ、
後ろに居るドワルゴンとジャッカスも不思議そうに、
そして周囲の部族・氏族達と、
警備隊長等の表情がやや暗めになった事を悟った。
「そ、そういえば。なんでここにこんなお偉いさん方が集まってるんで?なんか、重要な話をしてたんですかい?」
そう聞いたジャッカスの言葉は、
実に無遠慮な言葉ではあったが、
何か大事が起こっているのではという自体を、
勘で的確に言い当てた瞬間でもあった。
ジャッカスにそう言われた周囲の者達も、
そしてヴェルズも表情は暗く、
それを代表するように警備隊長として控えていた、
南地区警備隊長のヴラズが口を開いた。
ちなみにヴラズが口を開くまで、
ジャッカスはその存在感の薄さに気付けなかった。
「――…昨日、客人であるジークヴェルト殿が、この村で人間と遭遇したと仰っていた。その場にフォウル殿も居たと聞いたが、間違いないか?」
「うぉ!ヴ、ヴラズ…居たのかよ…」
「ジーク坊が伝えたか。間違いないが、ありゃ確かに人間だ。だがただの人間じゃねぇな。――…恐らく実力で言えば、勇者並の強さだ」
そのフォウルの一言で全員に動揺が広がる。
魔王ジュリアの話をしてから間もなく、
勇者の話まで続いてしまっては、
流石に氏族長や部族長達でも困惑するだろう。
ヴラズはそこまで続けて言った言葉を、
更に繋げるようにフォウル達に伝えた。
「実はジークヴェルト殿が昨晩、後夜祭の後に宿屋に戻った後、消息を絶っておられる」
「なんだと?」
「そして従者をしていた羊獣族のハイヒ殿だが、宿屋の近くの路地で昏倒しているのが昨晩発見された。今はジスタ殿の診療所で看病を受けているが、まるで起きる気配がないのだ。――…外傷を受けた傷跡も無く、何か精神系魔術か、呪術を受けた可能性が高い」
「――…それでここに集まっているワケか」
ヴラズの説明に納得したフォウルは、
この場にヴェルズ村に帰属する氏族長や部族長が、
何故集まっているのかを理解した。
そして恐らくこれ等を集めたのも、
ヴェルズの案だということも。
「ジーク坊が襲われた原因が、お前の孫だからという可能性は?」
「――…分からないわ。仮にそうだとしたら、ジークヴェルトを私の血族だと知る者は僅かでしょう。この場に集まった皆の者は、ジークが私の前で自分の素性を名乗った者達よ」
そう説明されたフォウルだったが、
詳しい事情が分からないのであまり追求はしなかった。
この場に集った者達は二日目の祭りの際に、
ジークヴェルトが声高にアルトマンの第二子だと名乗った場面を、
目撃していた者達だ。
だからヴェルズは彼等をここに招き入れ、
その情報を他者に漏らしていないかの確認と、
呪術を使われて操られていないかの確認をしていた。
警備隊の隊長等で周囲を囲み、
言ってみれば審問会のような場面に、
ここに集められた者達は冷や汗を隠せないことだろう。
しかし、この場に集まった者達は、
誰かに操られてもいなければ、
ジークヴェルトの情報は、
付き人や祭りに参加する従者達にしか教えていないそうだ。
ならば今度は付き人達にと、
審問を行おうとしていたヴェルズの所へ、
丁度フォウル達が合流したのである。
「そもそもお前が張ってる結界内で、なに好き勝手やられてるんだ?。ジーク坊が見つからないっつぅことは、街の外に逃げられてるってことだろ。お前の結界、ちょいと穴だらけ過ぎやしないか?」
「――…気が緩んでいた、というのも言い訳でしょうね。少なくとも300年近くは、この結界は今まで維持していて問題はなかったもの。――…けれど、少なくとも私以上の魔力を持つか、あるいは私以上の『魔法』の使い手が関わってるとしたら、結界はほぼ無意味なモノでしょうね」
「『魔法使い』か。――…あの人間が『魔法使い』だとしたら、確かに結界なんぞ役にも立たんな。――…話す必要も無いことだと思ったが……大魔導師、人間大陸で仕入れた情報をお前にも伝えておくか」
「……?」
フォウルが若干悩む表情をしながらも、
腕を組んで重々しく口を開いた言葉に、
ヴェルズは訝しげに顔を向けた。
そしてその内容は、
ヴェルズにとっては充分驚愕すべき事だった。
「――…『始祖の魔王』ジュリアを狙っている奴等がいた。そんなくだらんと思っていた事を、人間大陸で聞いた」
「!?――…どういうこと?」
「人間大陸を旅して回った時に、くだらん組織とイザコザがあった。その時にフッと耳に入ったんだが、そいつ等の頭目はジュリアを狙ってたらしい。組織力としちゃ弱すぎて話にならんかったが――…そいつ等の出自が気になってな。頭の隅で覚えていた」
「出自…?」
「――…約1100年前。ジュリアが人間共と奴隷にされてた魔族共を、国ごと滅ぼした時に生き残った連中の、末裔だそうだ」
「!?――…フォウル、貴方は…」
フォウルが述べた言葉に驚きながらも、
ヴェルズはやや遅れて苦悶と悲しみの表情を浮かべて、
その視線をフォウルへと向けた。
「――…貴方は、フォルスの事を――…」
「今、そんなくだらん事をここで言う気はない」
ヴェルズが言い掛けた言葉は、
フォウルの鋭い目と言葉で防がれた。
何かを言い掛けたヴェルズは口を閉じ、
そのまま次のフォウルの言葉を待っていた。
「――…話の続きだ。その連中の話だと、どうやらお前等が殺したはずの皇帝の残党共も居たらしい。そいつが組織を人間大陸で幾つも組み立てて、ジュリアがいない魔大陸を狙ってたっつぅ話だ。――…俺はそれを聞いた時に、くだらんと一蹴したが、一つだけそいつ等がやってのけた功績とやらの逸話が残っていた」
「――…逸話、ですって?」
「勇者は人魔大戦後、強力過ぎる聖剣をとある場所に封印した。普通の人間じゃ見る事さえ拝めない場所だ。――…だが、その組織を組み立てたっつぅ『帝国』の残党の一人が、その聖剣を持って姿を現したらしい。だからこそ奴等は滅ぼされた者達の末裔として、そいつに協力をし続けたと言っていた。――…それが何年前の話か、分かるか?」
「!?――…まさか…」
「そうだ。ジュリアと側近のお前等が勇者に襲われたっつぅ、500年前だ」
それを聞いた瞬間に地響きを鳴らしたのは、
フォウルの後ろに居たドワルゴンだった。
ドワルゴンは目を見開いて驚きを隠そうともしない。
そして最も驚愕する表情を浮かべるのは、
フォウルの目の前にいるヴェルズだった。
「『始祖の魔王』ジュリアが死んだっつぅ噂が、人間大陸に流れ始めたのも、その頃かららしい。ジュリアの脅威を知ってる魔族連中や人間共の国々は信じなかったが、その組織が中心となって人間大陸の奴等をまとめ上げて再侵攻を企てる国さえ作り上げようとしたようだ。――…ただ、勇者の奴がそんな国と人間達を抑えまくって、その国の上層部そのものをぶっ潰したとか、そんな話も聞いた。俺が丁度勇者に人間大陸で会ったのは、その活動中ってワケだ。――…俺が言えた義理じゃないがな。勇者が俺に頼んだお前への言伝は、真剣だと思って良いと思うぞ」
「!!――………ッ」
言葉にならない声と複雑な表情で、
ヴェルズはフォウルの言葉を受け取りながらも、
それを拒みたい思いでいっぱいだった。
仮に500年前、自分達を襲い斬った人物が、
自分達の知る勇者とは別人だとしても、
聖剣の管理を行っていた勇者が、
その組織と共謀しているという考えを拭いきれないからだ。
しかしそんなヴェルズの苦悩とは裏腹に、
フォウルはここで本題を切り出した。
「大魔導師、奴等はジュリアを完全に殺ったと思っていた。だが、もし嬢ちゃんの体の中にジュリアの魂が残っているとしたら――…どうする?」
「――…あ……っ」
「………!!」
「そ、それって!?」
苦悩の表情を浮かべたヴェルズが、
そのフォウルの言葉を聞いた瞬間に、
ハッとするように呆然とした表情を浮かべ、
顔色を青くさせた。
ドワルゴンはその言葉で、
今の状況と過去の状況の真意に近いモノに辿り付き、
一緒に聞いていたジャッカスも流石に今の話で、
ヴェルズ村で起こっている状況を理解した。
「――…俺は別に、ジュリアがどうなろうと構わん。むしろ死ねば良いとさえ思っている。だが、そのジュリアの魂が入った嬢ちゃんは放っておけん。――…もし仮に俺が見た人間がその組織の人間だとしたら、――…嬢ちゃんは昨日、その人間に見られている」
「!?――…何故それを早く言わないの!!」
フォウルの言葉と新たな情報に、
ヴェルズは怒鳴りつけながらも、
素早くやるべき行動を考えて警備隊に指示を出した。
「警備隊はアイリの周囲に最大限の警戒態勢を!!今、アイリの周囲を見張っているのは誰!?」
「い、今は誰も!村に入った時から少しして、途中で見失ってしまい……。ただ、あの子の周囲は村人達も居りますし、現状は通りを利用する者達も多く、こんな時間帯から何かあるとは……」
「いいえ、相手は私の結界さえ諸ともしない使い手よ。強行手段に出られれば逆に被害が広がるわ。誰か幻術破りができる《可視》を得意とする者と、こちらもアイリを避難して保護させる為の場所と結界術師達を集めて――…」
そうヴェルズが警備隊に指示を出している最中、
フォウル達が乗り込んできた扉の垂れ幕が大きく開け放たれ、
一人の警備隊員が駆け込んできた。
肩で上下させながら到着した警備隊員は、
息を整えてヴェルズを確認して報告する言葉を述べた。
その言葉が、周囲の状況を一変させてしまった。
「た、大変です!!ひ、東地区の路地で、セヴィア殿と御子息が、今朝の者と同じ状態で――…!!」
「!!」
「せ、セヴィア殿と御子息も、ジスタ殿の診療所に搬送しました。しかし、やはり外傷も無く治癒術を施しても起きる様子が見られないと――…」
「――…おい、アイリの嬢ちゃんはどうした?そのセヴィアっつぅ女と一緒に居たはずだ」
駆け込んだ警備隊員の報告で一同は驚愕の表情を浮かべ、
セヴィア達の現状を知らせた警備隊員に、
そう尋ねたのはフォウルだった。
ヴェルズはそのフォウルの質問の内容で、
自分が最も考えたくないことが、
今まさに起こってしまったことを知ったのだった。
「ア、アイリ――…?あっ、例のあの子ですか?いえ、それらしい子は、周辺では――…」
「――…やられたな」
「――…クッ!!」
「……ア、アイリが…?」
「………」
目を伏せながら首を振って言うフォウルの言葉に、
ヴェルズは悲痛に歪む表情を浮かべ、
ジャッカスは呆然として膝を落として地べたに付けた。
そしてドワルゴンは険しい表情を強め、
出入り口となる垂れ幕から歩み出て何処かに向かった。
フォウルはそれを見たが特に何も言わず、
ヴェルズとジャッカス、周囲を一瞥すると、
腕を組んで一喝するように声を上げた。
「――…で?」
「…………」
「そのまま起こった事を悔やむのも良いだろうがな。――…ヴェルズ、そんなんだからテメェは、ジュリアが居なくなってこんな辺鄙な村に引き篭もって、結局また大事なモンとやらを失うハメになってるんだろうが」
「――…ッ!!」
「取り戻したいなら足掻け。失ってから後悔しまくるようなら、そもそも手に入れようなんて思うな。――…少なくとも、テメェは自分を信じ慕って付いてきた奴等に、足掻く姿を見せ続けろ」
一喝するように話すフォウルの言葉に、
ヴェルズは強めた悲痛の表情を治め、
いつもの冷静なヴェルズの表情へ元に戻した。
あくまで冷静を装う姿であり、
手は微かに震える姿が、
ジャッカス達にさえ分かるほどに。
そんな自分達の指導者の姿に動揺しながらも、
周囲の者達はヴェルズの''足掻く姿勢''を見て、
互いに覚悟するような表情を浮かべた。
――…最早、祭りどころの騒ぎではない。
これは人間に因って引き起こされた、
明確な敵対行為だということを。
*
ヴェルズは冷静な表情に戻った後、
すぐに各村々の村長達と警備隊長等、
そして今集まっている部族・氏族に呼び掛け、
祭りに訪れている非戦闘系種族を南地区の広場へ集め、
屋台等の出店もその場所に集合させるようにと伝えた。
南地区は最も強固な作りと防壁に囲まれており、
警備隊が守護するに最も適した地形をしている。
更にもしもの事があった場合には、
西地区と東地区へすぐに誘導できる大通りも存在する為、
非戦闘系種族達を守る為には、
南地区が一番適した場所だったのだ。
更に戦闘系種族の氏族長・部族長に呼び掛け、
誘導した非戦闘系種族達への対応と、
その中に隠れている可能性がある不穏分子の、
監視と捕縛を頼んだ。
各戦闘系種族の部族長・氏族長はそれを承諾し、
警備隊等も主に南地区へ誘導した者達を守る役を担う。
必要であれば北地区・東地区への往来も許すが、
あくまで団体行動を旨とさせ、
祭りの参加者には不便な思いをさせる事になっても、
そうしなければ現状で想定できない事態が起きた場合、
ヴェルズ達だけでは対処できない可能性があるのだから、
そうせざるをえないのは確かだった。
「ジャッカス、貴方も南地区で出店を移動させて、誘導した者達の相手をお願いしたいわ。貴方の出店には優先して調味料と素材を届けるように手配するから、誘導した者達を満足させてほしいの」
「!?で、でも、アイリが捕まっちまったかもしれないんでしょう!?お、俺、そんなの放って置けねぇですよ!!」
「ジャッカス、お願い。貴方も気持ちも分かるつもりだけれど――…」
「足手まといだとさ、ゴブリンの」
ヴェルズがジャッカスを説得するも、
中々引こうとしないジャッカスに、
困った表情を浮かべたヴェルズだったが、
フォウルが二人の間に割って入るように、
現実的な言葉を挟んだ。
「勇者並の強さの奴が居る状態で、お前みたいなゴブリンが居ても足手まといだ。――…って言われてるのが、分からねぇか?」
「!!――……ッ、で…でもよ!!」
「――…ジャッカス、お願い。この際、貴方の串焼き屋の知名度はとても有用なの。貴方が居れば誘導された彼等の不満も幾らか抑え込める。ほかの者達も、5日目の祭りに相応しい催し物を行うつもりよ。その手助けをしてほしいの。――…お願い、ジャッカス」
「――…ッ、クゥ……。わ、わかりました…」
悔しそうに自分の非力さを苦悩するジャッカスは、
顔を伏せて拳を握り締めながら頭を頷かせた。
ジャッカスのアイリへの親心を思えば、
今すぐにでも飛び出てアイリを探して連れ戻したい一心だろう。
しかし今のジャッカスは警備隊員でもなければ、
フォウルのような強者でもない。
ヴェルズ村で串焼き屋を営むだけの、
ただのゴブリンに過ぎないのだ。
――…けれどジャッカスは、諦めきれない。
「――…ッ、オーガの!!」
「?なんだ、ゴブリンの」
そう呼びかけたジャッカスは、
フォウルに体を向け直し、
身を一歩引かせつつ上半身を屈め、
膝と手を地べたに張り付かせるように降ろし、
頭を地面にこすり付けるように着地させた。
その土下座するような姿勢に、
フォウルは驚くように目を見開いた。
「――…頼むッ!!アイリを、アイリを助けてやってくれ!!」
「――…何故俺がそんな事をしなきゃいかん?また俺が『優しいから』なんて都合の良い事でも言うつもりか?」
「違う!――…アンタが、強いからだ!!」
土下座しながらそう言うジャッカスは、
顔だけを上げてフォウルを見た。
ジャッカスの瞳から感じる決心の強さは、
フォウルを感心させる何かを感じさせた。
「俺は――…確かによわっちぃゴブリンだ。お袋みてぇに上手く治癒術も扱えねぇし、武器を持ったって子猪にさえ勝てねぇ!――…でも、アイリを救うにはアンタの力が必要だってくらいは分かる!!だから、頼む!!」
「――…お前は、なんであの嬢ちゃんにそんなに拘る?別にあの嬢ちゃんは、お前等が考えてたような奴隷扱いされた子供じゃねぇかもしれねぇんだぞ。――…むしろお前等は、騙されてあの子供を保護させられた可能性の方が高いんだ。なんであの嬢ちゃんにお前がそこまで肩入れする?」
フォウルの言葉を改めて聞いた周囲の者達は、
確かにフォウルの言にも一理あると思わせられた。
各氏族長や部族長達は、
アイリという少女が不名誉に奴隷にさせられ、
このヴェルズ村まで逃げ延びてきたのだと思っていた。
故に彼女には同情の意味も込めて、
今まで大切に接してきた部分がある。
しかしソレが嘘であり、
あの少女が同情すべき境遇でないのだとしたら、
全員がそこまでアイリに固執すべき理由は浮かばない。
例えあの少女に固執する理由があるとしても、
少女の中にジュリアという魂が存在するという、
それ一点に置いてのみ、
納得できるところがあるだろう。
――…そんな周囲の想いとは裏腹に、
ジャッカスは力強くこう言ってのけた。
「決まってるじゃねぇか!アイリは!――…アイリは、アイリはさ。……アイリが起きてからすぐさ、文字を書いたんだ。一生懸命、本読みながらさ。今でこそすげぇ綺麗な字書くけど、そん時はまだ拙ねぇ字で、こう書いたんだ。――…『わたしを、たすけてくれて、ありがとう』って……ッ」
「………」
「アイリは確かに、奴隷でもねぇし、もしかしたら俺達が考えてるより不幸な目に遭ってねぇのかもしれねぇ。――…でも、アイリは『助けてくれてありがとう』って言ったんだ。――…だからアイリはずっと、誰かが助けてくれるのを待ってたんじゃねぇのかって、ずっと考えちまってたんだよ!!」
「――…!」
「『助けてくれてありがとう』なんて言う子がよ、今にも誘拐されて何されてるか分からねぇのに……子供が『助け』をずっと待ってたのに、それを放っておけるようなこと、できるわけねぇじゃねぇかよ!!――…でも、俺にはオーガのにも、ましてヴェルズ様や、ここに居る人等にも足元が及ばねぇんだ…。だから、俺は強い者に頼むしかねぇ――…ッ!!頼む、アイリを、アイリを助けてやってくれよ…ッ!!」
瞳から涙を溢れさせたジャッカスが、
再び頭を地の擦り付けて頼み込んだ。
ジャッカスの弁を聞いた周囲の者達と、
ヴェルズとフォウルは、
それぞれが思い思いの表情を浮かべ、
ある者は隣に居る者と顔を見合わせ、
とある者は考えるように腕を組んだ。
そのジャッカスの言葉に、
誰よりも早く反応したのは、
彼の幼馴染みであり、
南地区警備隊長のリザードマンのヴラズだった。
「――…ジャッカスの言う通りだろう。助けを待つ『村』の子供が居るのならば、大人である我々が駆けつけねばなるまい」
「!!……ヴラズ…ッ!」
「――…私は先程まで、とてもついていけない話を聞きながら、我々の手には負えない事態だと考えてしまった。本当にアイリの中に魔王様がいるのであれば、それを相手取る者達など、我々では足手まといだろうと――…。しかし、そうではなかったのだな。――…アイリは強大な魔力を持つ子ではあるが、まだ戦う術を持たない子供だ。そして私達は力無き者達を守る為に武器を持った大人だ。ならば助けを求める幼子を助ける事もまた、我々警備隊の務めというものだ。――…違うか、諸君?」
ヴラズが引き締めた声と表情でそう言うと、
隣り合うように並ぶ警備隊長等と警備隊員達が、
互いに顔を見合わせながら、笑いながら頷いた。
「その通り。村の子を救うのもまた、我等の役目よ」
「元オーガキング殿に頼まずとも、我々だけでもあの子は助け出すさ」
「我が村に不埒を働く者達に、これ以上好き勝手はさせまいて!!」
「然り。警備隊に限らず、各氏族や部族から出来得る限り腕が立つ者達を揃えよう。それ以外の者は南地区へ導いた参加者達の護衛と監視ということで」
「ならば各地区から選抜しよう。術者や隊員にも探査を得意とする者も複数名集めなければ。子供とはいえ、二人も連れ出し匿いながら逃げる場所は付近でも限られる」
「既に逃げる為に村から離れようとしているのであれば、足の速い馬頭族の者達と空を飛べる鳥獣族に街道に探査と追跡を。人間もいるらしいことを考慮すれば、荷車など目立つモノで移動していればすぐ発見できよう」
「それを考えても、早くてもこの村までの街道を抜けて平原地域までは三日は掛かるだろう。急いで隊を編成し、捜索班と追跡班で別れ、戦闘が必要な場合に備えて戦闘隊を編成しなければ――…」
各警備隊長等がヴラズの言葉に賛同し、
話し合うように次々とやるべき事を話し合って決めていく。
先程まで消極的だった警備隊長等が、
率先して物事に当たる姿を見て、
各氏族長や部族長達もそれに参加して意見を交じわせていく。
ここにいる警備隊長等は、
各氏族と部族から選抜された選りすぐりの戦士達であり、
氏族達と部族達の中でも重要なポジションを担う。
各氏族の力の衰えを無くし、
ミコラーシュ等の下で一族の力を保つ為の、
族長に次ぐ権限と意見を持つ者達なのだ。
そんな彼等がジャッカスの言葉と、
そしてヴラズの『警備隊』の意義を問い直され、
再び自分達のやるべき事を見出したのだ。
彼等は彼等なりの理由を見つけ出し、
この事態へ積極的に対応するべきと動き出した。
その中でヴラズは更に一歩前に踏み出し、
ジャッカスとフォウルを見ながらこう告げた。
「ジャッカス、お前のおかげで我等の存在意義を思い出した。ありがとう。――…私はアイリに一度、殺す気で槍を向けた。あの時の事がやはり私の中で引っかかる。――…だから私は、今回をあの子に返すべき義理だと考え、あの子を救い出そう」
「……ヴラズ…」
「――…そしてフォウル殿、決して無理強いはしませぬ。しかし我が友、ジャッカスの頼みは私も思うところ。――…貴方ほどの武人が協力して下されば、アイリを救い出せる確率が大きくなる。――…可能であれば我々が失敗した時、攫った者達の手からアイリとジークヴェルト殿を逃がすことだけでも、どうか一案して頂きたい」
「――…死ぬ気で何かやろうなんて連中の手伝いなんぞ、する気はない」
ヴラズも地に膝を着けて敬服するようなポーズを取り、
フォウルにそう頼み込んだのだが、
そう返して怒りに近い表情を向けるフォウルに、
ヴラズは微笑みながらこう返した。
「貴方は勘違いをしている。――…我々は確かに、武器を手に持つ事を選んだ者達。その目的は守護であり、生き残り大切な者達を守ることが務め。――…しかし我々は同時に、その武器で『奪う』ことも覚悟してきた者達です」
「………」
「『奪う』のであれば、我々も『奪われる』ことがある事も道理だと知っている。それが自然の摂理――…しかし、アイリとジークヴェルト殿は、まだ何も''奪って''はいない。そんな子供等がただ奪われる事を――…そして奪おうとする者達を、我々は許せないだけなのですよ」
警備隊は武器を持つ事で、
何かを守れるようになった。
しかし、それは何かを守る代償として、
何かを奪ってきたことに他ならない。
それはそれぞれに、
様々なモノがあるだろう。
例えば――…命を守る為に、相手の命を奪う。
そんな行いを続ける事を選んだ彼等は、
いつか自分がそれとは逆の立場になった時、
命を奪われる側へと変わることを承知していた。
――…彼等が言っているそれは、
命を奪ってきた者達の『覚悟』の問題。
そしてソレに準じない者達、
幼いアイリや子供のジークヴェルトが、
ただ奪われるだけだという事が、
彼等にはどうしても許せないのだ。
――…奪われるなら、自分達の命だけでいい。
まだ''奪えもしない''子供達を奪おうなどと、
そいつ等のしでかした事は業が深すぎる。
だからこそ警備隊長等は、
全員が静かに怒っていた。
「我等の覚悟は、貴方には稚拙な事でしょう。――…しかし我等は『奪われ続けた』者達で出来た村の住人。例え自らの命を奪われる結果となっても、奪われて良いはずのない子供達を放っておけるほど、間抜けではない。――…そこを履き違えないようにして頂きたい」
「――………」
フォウルは黙ってヴラズの言葉を聞いていた。
その表情は険しく、
怒気さえ含んでいるように見える。
そして静かにヴラズへと歩み出したフォウルを見て、
ジャッカスはヴラズの態度に怒ったフォウルが、
怒りに任せて暴力を振るうのではないかと、
そんな事を考えてしまい、
ヴラズを庇う為に飛び出そうとした。
しかしヴラズの前に来たフォウルは片膝を地面に落とし、
四メートルある屈強な体から手を伸ばして、
二メートル弱の体格であるヴラズの肩へと、
そっと手を置いた。
「――…俺はお前等を誤解していたようだ。よわっちぃくせに、一丁前の面構えだけの能面野郎共だと思っていた。――…認めてやる。お前は立派なこの村の『戦士』っつぅわけだな」
「――…一つ、訂正とお願いをしたい。ジャッカスは確かに弱い。強さだけで言えば誰よりも弱く、私もジャッカスを侮っていた事もあった。――…しかしジャッカスは、私よりも遥かにこの村の『戦士』です。そして、それは村一番だと私自身が自負しております。――…どうか、村一番の『戦士』の願い、叶えて頂きたい」
「ヴ、ヴラズ…!?」
「――…私はかつて、お前に救われた。あの大熊の魔獣に襲われた時、お前が私を庇ってくれなければ、隊は全滅をしていた。お前の咄嗟の判断と勘が、私達を救った。――…しかし、お前は子を作ることが出来なくなって村から居なくなったと聞いた時、私があの爪を受けていればと、後悔したのだ。……そして今でもそう思う自分が居る……。――…私はあの時と悔いが拭えぬまま、またアイリという少女への悔いを拭えぬままでいる。だから私は、せめてお前の願いを叶える手助けをしたい」
「……ッ、ヴラズ……」
「……オーガの武人よ。我が友であり、この場で最も『戦士』と呼ぶに相応しいジャッカスの願いを、どうか――…」
「………」
そう跪いて願い出るヴラズは、
肩に手を置かれながらも、今度は頭を下げて願おうとした。
しかしそれを止めたのはフォウルの手であり、
溜息を一つ吐き出したフォウルは、
立ち上がって頭をポリポリと掻きながら言った。
「――…あー、クッソ!お前等二人共、さっさと立て!『戦士』が頭を下げるんじゃねぇよ。――…そこの蜥蜴のには使い走りを頼んだ縁もある。そこのゴブリンには、上手い飯をしこたま食わせて貰った縁がある。――…俺が手伝うのは、あくまでお前等じゃ及ばない事態になった時だけだ。嬢ちゃんはともかく、ジュリアの奴を助けるなんざ鼻から考えてねぇ。――…それでもいいなら、手伝ってやるよ」
「!!――…お、オーガの旦那!!」
「!!――…恩に着る、オーガの武人よ……」
伏せていた顔を上げて喜ぶ二人に、
フォウルは呆れた様子で、
ワザとらしいほどの溜息を吐き出した。
しかし同時にフォウルが考えていたのは、
目の前の友の為に、
自らの命を差し出そうとしてまで説得を試みる、
リザードマンの若僧と、ゴブリンの若僧の姿だった。
彼等の種族であるリザードマンとゴブリンは、
大昔は生息地域で互いに揉め合い、
リザードマンはゴブリンを最弱種として嫌悪し、
ゴブリンは自分達の棲み処を奪う敵だと認識していたはずだ。
そんなリザードマンとゴブリンの二種族が、
今この場で手を取り合い喜びながら、
互いに称えあって友と呼び合っている。
それを信じられないと思う反面、
こんな光景を見る事が出来る日が来ることを、
フォウルは想像もしていなかった事を考えていた。
そんな二人を見ているフォウルの後ろへ、
ヴェルズは静かに近付いて、こう言った。
「――…どうか、怒らないで聞いて。――…私とジュリア様の友であるオーガは、彼等のように種族の隔たりが無く、互いが互いを認め合い、友となれる。そんな未来を考え続けてくれた。――…私もジュリア様も、始めはそんなものは不可能だと考えていた。……だって彼は、それは人間とも手を取り合う事だと言ったのだから……」
「……」
「……人間と手を取り合う事はできなかった。けれど、こうして魔族達が手を取り合う事は、夢ではないと証明してくれた。――…フォルスはそんな夢物語を、現実にしようとしていたの。――…その夢を諦めた一人の家族に、その光景を見せたい。フォルスはそう言っていた――……」
「………俺はそんな事、アイツに頼んじゃいねぇよ」
フォウルに告げるヴェルズは、
静かにそう返すフォウルの言葉に、
悲しみの表情を浮かべそうになった。
フォウルの顔は、ヴェルズからは見えない。
しかし背中から感じられるフォウルの哀愁を、
ヴェルズは感じることができるほど、
今のフォウルにはその気配が漂っていた…――。
フォルス=ザ=ダカンの夢。
それはたった一人の家族である父親が夢に抱き、
長い生の中で諦めた夢を、
息子である自分の手で叶えることだった事を知るのは、
彼の友だった『魔王』と呼ばれる者と、
『大魔導師』と呼ばれる者。
――…そして、彼の父親であるフォウルだけだった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




