第003話 優しいジャッカス
とある辺境の町に住む、子供に優しいゴブリンからの視点。(001話の対比視点)
『串焼き屋ジャッカス』と言えば、
ヴェルズ村では知らない者は居ないほど有名だ。
食材となる肉の絶妙な焼き加減。
そして各食材に合わせた調味料のスパイスと旨味。
魔大陸中央の首都で出す肉料理より、
遥かに美味いと伝えられるほどの高評価だ。
『ジャッカスの肉串を1本は買いに行け』というのは、
このヴェルズ村に来る旅人や商人達に、
警備隊や住む人々が必ず言う言葉だろう。
そしてそれと同じ様に、
彼を知る人々はジャッカスについてこう話す。
『優しいジャッカス』と。
彼はゴブリンという種族ながら、
母親が町医者・父親が細工職人の間で生まれたジャッカスは、
手先が器用ながら頭を使う物事に不器用で、
生来の性格からお堅い職人染みた仕事に向かないようだった。
そんなジャッカスも、
昔から串焼き屋で生計を立てていたわけではない。
一時期はヴェルズ村の警備隊に所属していた。
お世辞にも綺麗とは言えないが、
同じく気の優しい同族の娘と結婚を約束し、
警備隊員として村を守っていた。
しかし警備隊は決して安全な職業では無い。
それが起こったのは、
ジャッカスの歳が20を超えた頃だった。
五メートルを超える大熊の魔物が、
村の付近で出没したと情報があり、
警戒巡視していたジャッカスの警備小隊が、
不運にもその内の一頭と遭遇したのだ。
幸いに死者は出なかったが、
ジャッカスを含めた警備小隊は全員大怪我を負った。
駆けつけたドワルゴンが大熊を狩って助けたのだが、
ジャッカスにはある後遺症が残った。
他は大熊の突進や叩きつけで大怪我を負ったのだが、
ジャッカスは大熊の爪で切り裂かれて背中に酷い傷を負った。
その爪には細菌・雑菌が大量に含まれており、
傷だけではなく高温の熱で、
一時は危篤状態になったほどだった。
何ヶ月か経過して、ジャッカスは傷も熱も完治させた。
しかし、熱と細菌に苦しめられた結果、
ジャッカスは睾丸の精巣を侵され、種無しになった。
それが判明したのは、
ジャッカスが幼馴染みの女を番した後だった。
自分では子供ができないと知ったジャッカスは、
妻に別れようと言った。
妻は子供ができなくても構わないと言ったが、
それでもジャッカスの意思は変わらなかった。
「お袋さん達は孫が見たいって楽しみにしてたろ?親孝行はするもんさ」
そう言ってジャッカスは妻と別れた。
そしてその次の日、
誰にも告げずにジャッカスは村を出たのだった。
12年後、ジャッカスは村へ戻ってきた。
何も言わずに出て行った事を、
母親や父親に怒鳴られながら、
元妻が再婚し、
2歳になる子供が居る事をジャッカスは知った。
ジャッカスは元妻の夫婦の家に訪れて軽く挨拶をすると、
台所を貸してほしいと頼んだ。
自分の手荷物から食料の肉と薄黒い液体が入った瓶、
調味料が入った小瓶と節目状の金網を取り出し、
木の枝を削った串を取り出して肉に刺し、
薄黒い液体と調味料を塗しながら焼いていくと、
それを元妻の夫婦と子供に渡した。
食べてみてくれと言うジャッカスの言葉に、
元妻は頷いて食べた。
それが非常に美味しく、
元妻は夫と子供にも食べるように勧めた。
美味しそうに食べるその家族を見ながら、
ジャッカスは微笑んでこう言った。
「俺はもう子供は作れねぇけどさ。こうやって子供を笑顔にできるモンだったら、作れるんだ」
その言葉を聞いた時、元妻は涙を流した。
誰よりも子供を欲しがっていたのは、
ジャッカスだったのだ。
昔から幼馴染だった二人は、
結婚したら子供は何人欲しいと話したり、
子供の名前も考えていた。
女の子だったら、男の子だったら、と。
涙を流す妻と、
キョトンとするその子供を見て、
彼女の現在の夫にジャッカスは遅い祝辞を述べた。
そして彼女や子供を幸せにしてやってくれと頼んだ。
それからジャッカスは、
村で屋台を出して串焼き屋をするようになった。
突然居なくなったジャッカスを見に、
昔馴染みの顔が店に来て、
串焼きを1本買って食べる。
それが非常に美味いもので、
あっという間に村中に評判が広まった。
その評判を聞きつけて食べたそうにする子供達を見ると、
笑顔でその子供達に串焼きを渡していく。
お金が無いという子供に、
ジャッカスは首を横に振りながら笑顔で言った。
「子供は美味いモン食って育つのが一番だ」
子供が美味しいと笑顔になって食べてくれることが、
ジャッカスには一番嬉しかった。
この為に、串焼き料理を覚えたのだから。
ただ、その影響で子供達が横に大きく育った為に、
ほどほどにしろと子供の親達に怒られたが。
その次の年、
ドワルゴンが生誕祭前に山から降りてきた。
燻製肉や新鮮な魔物の肉を土産として持ってきたドワルゴンは、
ジャッカスの店の評判を聞くと、
その屋台の前へ現れた。
ジャッカスは肝が冷えるほど驚いた。
自分が瀕死に追い込まれた大熊を一瞬で狩った人物が、
魔王ジュリアの時代で生ける伝説とされている戦士ドワルゴンが、
自分の店の前に来て串焼きを5本注文したのだから。
串焼きを食べたドワルゴンは、しばし硬直した。
ま、まさか口に合わなかったのか。
そんな不安と焦りにジャッカスは恐怖したが、
ドワルゴンはそのまま何も言わず、
串焼きを黙々と食べて帰っていった。
そしてその年の祭り当日。
ドワルゴンが再びジャッカスの前に現れた。
しかも、三メートルは超えるだろう大猪を抱えて。
いったい何事かとジャッカスがドワルゴンに聞くと、
ドワルゴンと一緒についてきた、
村長のヴェルズが答えてくれた。
先日食べた串焼きが美味かったから、
今度はこの猪の肉で作ってくれと言うのだ。
なんと魔王ジュリアの認めた戦士ドワルゴンに、
美味さのお墨付きを頂いてしまったのだった。
それから時々、ドワルゴンは山から降りて、
村に魔物の肉や素材を届けると同時に、
ジャッカスに魔物の肉を渡して串焼きを要求して来るのだ。
ある時には三~五メートルの大型の魔物の肉を、
10体分も持ってきた事がある。
そんなに一気に作れるかよとジャッカスは言ったが、
ヴェルズが皆で調理して、皆で食べようと言った。
何故か祭りのようになってしまい、
どんちゃん騒ぎする村人達や、
黙々と串焼きを食べるドワルゴンを見ながら、
それでも自分が作ったものが皆を幸せにできてるんだと、
ジャッカスは嬉しくなった。
もう自分に子供は作れない。
しかしそんな寂しさを吹き飛ばすほどの、
嬉しさや驚きがある事をジャッカスは感謝していた。
それが彼、『優しいジャッカス』。
ゴブリンの串焼き屋ジャッカスだ。
*
ピーグに魔物の噂を聞いた次の日。
ジャッカスはいつも通りに自宅で仕込みを終えて、
南地区の広場前の大通りで屋台を出す準備をする。
昼間に食休みをしに来る警備隊や、
昼食として買いに来る家庭を営む人々に、
自分が焼いて調味した串焼きを売り配っていた。
「あらぁ、ジャッカスぅ。今日はなんだか屋台が多いわねぇ?」
「あぁ、祭りが近いってんでどこも屋台の準備だけしてんだよ。多分明日から本格的に準備し始めるんじゃねぇかな?」
「そぉなのぉ?ふふ、今度のお祭りも新作の串焼きお披露目なんでしょうぉ?楽しみにしてるわねぇ」
「へへっ、味に肥えたオーク様が常客だからね、その辺はバッチリさ!」
今日も牛頭のぷっくりした体格の女性が、
出店に買いに来て世間話をする。
祭り前でヴェルズ村全体で物や人の出入りが多くなり、
皆はてんてこ舞いで働いてるが、
ジャッカスの屋台もその例外では無い。
何せ、あのドワルゴンが美味いと云う串焼きがあると聞いて、
魔大陸から結構な数の客や旅人が、
このヴェルズ村の誕生祭を契機に旅をして訪れてくるのだ。
そのせいというよりおかげなのだが、
飽きない味というモノを作ることをジャッカスは覚え、
試行錯誤しながら新しい串焼きを作っている。
例えば新しいタレや調味料を開発したり、
串焼きに肉だけじゃなく魚肉や野菜、
タレをベースにした煮物など、
ドワルゴンに食材を提供して貰い試しているのだ。
もちろん試食はドワルゴンだ。
よっぽど燻製肉に飽きてたのか、
こういう時だけやたら協力的だ。
「ジャッカス、こんにちは」
「おー、バラスタんとこの奥さんかい。おっ、坊やも一緒か!」
「ほら、ジャッカスおじさんにご挨拶して」
「こんにちは!」
「こんにちは!元気がいいなぁ」
バラスタの奥さんはエルフ族だ。
夫は獣族で、その子供は顔立ちは綺麗に整い、
本来エルフの耳がある部分には耳が無く、
頭頂部に犬のような耳がついている。
奥さんは物好きにそういう獣族の特徴が大好きで、
夫も子供も溺愛してる。
ちなみに、俺をおじさん付けするこのエルフの奥さん。
随分若いように見えるが、俺より年上だ。
そう、俺より年上だ。50歳より確実に上。
エルフ族ってのは元来長寿の種族で、
しかも若い時期が長く、
老いる時期が晩年の為に滅多に老いたエルフを見かけない。
ヴェルズ村の村長もハイエルフで、
結構エルフ族が多かったりするのだ。
元々エルフやゴブリン、オークやオーガと言った種族は、
元を辿れば同種の知性生物だと言われていて、
妖精だとか精霊だとかが、
土地の地脈に影響されて別進化を辿ったらしい。
俺等ゴブリンも最長の寿命は200歳近くだし、
種族として更なる進化を遂げると一気に寿命が延びる。
純粋なエルフ族は確か700年近く生きて、
それ以上生きてるのをハイエルフ族っていうんだっけな。
まぁ、何が言いたいかと言えば、だ。
エルフの、特に女性のエルフに年齢聞いちゃいけないぞ。
ジャッカスおじさんとの約束だ。
「今日は何にしますかい?」
「そうね、今日は何がオススメかしら?」
「じゃあコレなんてどうだい?シラニスの魚肉を塩で漬けて炙ったのとか。奥さんも魚なら平気だろ?」
「そうね、じゃあそれを1つ頂戴。あと、この子の昼食に何か適当に1本くださいな」
「じゃあその1本はオマケしとくさ、ちょいと待っててな」
「ありがとう、ジャッカスおじさん!」
「へへ、良いってことよ!」
いつも通り、子供分はオマケするってのは俺の店では当たり前だ。
そもそも赤字になるような仕入れ方してるわけじゃなし、
むしろ食材となる材料がドワルゴン様から提供されるので、
実は黒字だったりするのだ。
ドワルゴン様もドワルゴン様で、
山で暴れまわってる魔物を狩って、
それを食材にしたり素材を物々交換しているので、
金銭というものをあまり必要としていない。
食材の提供を条件に獲って来た食材で、
ドワルゴン様にタダメシを食われてる。
といえば聞こえは悪いが、
そもそもドワルゴン様が肉を仕入れてくれなきゃ、
何も作れないのだし文句も無い。
むしろ、滅多に市場に出回らない食材や肉が提供されるのだ。
普通なら金貨十数枚叩いても買えないような、
魔物の素材や肉も渡されるので、
そういう時はこっそりヴェルズ様にお願いして、
調理できない肉は他に回して貰ってる。
『ドワルゴン様は貴方の料理を食べたくて獲って来たんだから、これは貴方のモノよ』
そう言ってヴェルズ様は市場で売れた肉の利益を、
ジャッカスにも渡してくれている。
村の利益にもなり、俺の生活の助けにもなる。
とてもありがたいというものだ。
「ありがとう、じゃあこれ」
奥さんが銅貨を1枚ジャッカスに渡し、
細い樹皮の袋に入った魚肉串を受け取る。
そして子供に渡す肉串は、
母親から子供に渡るように渡された。
「どうだ坊や、美味しいか?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべて食べる子供に、
ジャッカスは笑顔で返す。
ジャッカスにとって、どんな高価な物よりも、
その笑顔が何より嬉しかった。
「あ……」
二口目を咥えようとした瞬間、
子供の手から滑るように肉串が落ちてしまった。
肉串は子供の足元に落ち、
ベチャっという小さな音をたてて地面に付着する。
「あー、落としちまったかい?」
「ご、ごめんなさい……」
肉串を落とした子供が、
ジャッカスを見ながら謝っている。
エルフ族の礼節を教わってるようで、
頭と背筋を前に下げて謝罪を表している。
落としてしまった肉串を見て、
悲しそうに見つめる視線は、
ジャッカスに対して自然と心を動かすものになった。
「いいよいいよ、それより新しい串焼き渡すから、ちょい待ってな?」
「え、でも……」
その言葉に反応したのは、母親の方だった。
「いいんだよ、せっかく美味いもんを食べれなくなるってのは、悲しいもんな」
「じゃあ、せめてお金を……」
「いいってば、本当に。今日にもドワルゴン様がまた肉持って作れって言ってくるだろうから、問題ないさ」
「……ありがとう、ジャッカス。ほら、ヴァリュエィラもお礼を言いなさい」
「あ、ありがとう、ジャッカスおじさん!」
「ははっ、いいってことよ!」
そう言うと、手早くジャッカスは串を手に肉を刺して、
調味料とタレを着けつつ肉串を焼いていく。
単純な料理だが、繊細な精度と肉の焦げ目と、
火の加減を調整しながら作る作業は実際やってみるとかなり難しい。
しかし十数年し続けた動きに淀みも迷いも無く、
ジャッカスは丁寧に仕上げていく。
もうすぐで出来上がる。
その瞬間だった。
*
「えっ!キャアッ!」
仕上げに集中していたジャッカスの耳に飛び込んだのは、
目の前に居たエルフの母親の悲鳴に近い叫びだった。
何事かとジャッカスは仕上げを放って、
エルフの母親が見ている視線の先を見ると、
子供の足元に大きく汚い布切れが1つ現れていた。
ジャッカスが串焼きを調理する間に現れたソレは、
子供の足元でゴソゴソと大きく動き、
大きく息を荒げている。
「ヴァリュエィラ!!」
子供の名前を叫ぶエルフの奥さんが、
急いで駆け寄って子供を守るように動く。
その叫び声に反応し、
周りがジャッカスの屋台の前に現れたそれに注視し始めた。
その時、周囲やエルフの奥さんは大布の隙間から見えた、
赤く光る眼光が見えてしまった。
「赤い目……ま、まさか魔物!?」
「魔物だ!入り込んだっていう魔物がいるぞ!!」
周囲の騒ぎが混乱を拡大させ、
不安を招き始めていた。
魔物と聞いたエルフの奥さんは、
子供を守るように魔物と子供の間に割り込む。
周りも武器を持っていない為、
魔物を仕留めきれない状況で迂闊に刺激できない。
「は、早く!!早く警備隊に!!」
「あんた達!早く離れて!!」
周囲が警備隊を呼ぶ為に幾人か走り出し、
エルフの母子に叫び逃げるように促す。
しかし、魔物を刺激させる可能性がある為、
迂闊に動けない奥さんは、
せめて子供だけでも守ろうと子供を抱えて背中を晒した。
その瞬間。
ジャッカスは一本の木の串を手に屋台の正面に回り、
エルフの母子の前に飛び出ていた。
そして大布に隠れた魔物を、
力の限り全力で右足で蹴り上げた。
その身のこなしはゴブリン特有で身軽く、素早かった。
大布ごと纏う様に蹴り飛ばされた魔物は、
一メートルほど先の地面へ落下した。
鈍い音を立てて落下した魔物を見るより早くジャッカスは叫んだ。
「誰か!この二人連れてってくれ!!」
「あ、ああ!!」
馬頭族の青年が急いでエルフの母子の元へ駆け寄り、
二人を抱え込む。
そして種族特有の馬脚で力強く走り出し、
二人を魔物から遠ざけた。
これであの二人は安全だ。
だが、次は俺が危ない番だな。
二人が無事に逃げられた事を確認し、
安心したジャッカスだが、気を引き締め直した。
魔物というのは気性が荒く、
縄張りに踏み込んだ相手や、
攻撃してきた相手を集中して狙う傾向がある。
つまり魔物を攻撃したジャッカスが、
次に攻撃される危険があるのだ。
ジャッカスは確かに気が小さい。
しかし、勇気が無いわけではない。
目の前の母子を見捨てて逃げようと思えるほど、
腰抜けではなかった。
何より、子供と子供を守ろうとする母親を守りたかった。
それがジャッカスの勇気を奮い立たせ、
行動力に変えていたのだ。
「こ、来いよ!!俺が相手をしてやるよ!!」
ジャッカスは大声を上げて、
魔物の注意を引こうとする。
手には串焼きで使う木の串一本だけ。
こんなものを武器とはとても言えないが、
無いよりはマシだ。
うまく使って魔物の喉元に刺し込めば、
もしかしたら倒せるかもしれない。
何より、大布に覆われて見えないが、
魔物はそこまで大きくないように見える。
いや、蹴った瞬間に確信したが、
中型や大型の魔物より遥かに小さな小型の魔物だ。
だったらゴブリンの俺でも勝機は絶対にあるはずだ、と。
そうジャッカスは考えていた。
*
魔物は動かなかった。
しばらく様子を見ていたが、
攻撃した俺に向かってこない。
大布で隠れてよく見えないが、
少し痙攣するように震えている。
もしかして、俺の蹴りが効いたのか?
それほど大きい魔物のようには見えないから、
蹴りでダメージを与えられたかもしれない。
でもゴブリンの、
俺の攻撃で動けないほどの致命傷を、
魔物に与えられるのか?
そんな思考がジャッカスの中で巡り、
頭がぐるぐると回り、混乱する。
ふと、自分の足元に何かが落ちているのに気付いた。
さっき子供が落とした肉の串焼きだった。
タレが地面に付着し肉に砂利が付き、汚れてしまっていた。
だが、少しおかしかった。
先ほど一口食べただけで二口目を食べられず、
地面に落としてしまった串焼き。
なのに、地面に落ちてる串焼きには、
ほとんど肉が残ってないのだ。
先ほどの騒動で他の肉片は散乱してしまったのかと思ったが、
周辺にはそれらしいものは落ちていない。
じゃあどこに……と、そう思った瞬間だった。
魔物がいる方から、
咳き込むような声が聞こえた。
ジャッカスはそちらを再び向くと、
先ほどの疑問の答えがあったのだ。
大布に覆われていない部分から、
肉片が転げるように飛び出したのだ。
それと同時に、
何か液体のようなものも咳き込む魔物から出ていた。
もしかして、
アレは俺の串焼きを食べてたのか?
子供のそばに落ちてた串焼きを食べてる時に俺に蹴られて。
咳き込むように今苦しんでるのは、
食べてた俺の串焼きをもどしちまったのか?
でも、なんで魔物が俺の串焼きを……腹が減ってたのか?
そういえば蹴った時、
やたら魔物を軽く感じた。
話じゃ二ヶ月前に町に魔物が入ったなら、
食事にありつけなくて空腹だったってことか?
それなら俺の料理なんかより、
そこらに食えそうな奴等がいっぱい居たじゃないか。
なのに、なんで……。
いや、食えなかったのか……?
魔物が俺らを、食えない……?
でも、串焼きは食えると……。
「……え?」
ジャッカスにある結論が脳裏に過ぎった。
それはこの状況で、
自分が最も考えたくないことだった。
それを考えたくなくて、
それでも実際に確認したくて、
魔物のような何かに近づいていく。
その時、周囲の騒ぎで呼ばれた、
警備隊が駆けつけて来た。
「今来たぞ!!みんな下が―――……ジャ、ジャッカス!お前がやってくれたのか!?」
蜥蜴頭のリザードマンの警備小隊が駆け寄り、
ジャッカスの側まで駆け寄る。
周囲に呼びかけて避難させようとする警備隊だったが、
木の串を持って大布を被った魔物と対峙しているジャッカスに、
警備隊員は驚きを見せたが、
魔物が咳き込み小刻みに動いているのを確認し、
警備隊のリザードマンの目つきが変わった。
「よくやったなジャッカス。後は私達でやる。弱ってるとはいえ、魔物は油断できないからな。この槍で一突きに――……」
「ま、待てっ!!待つんだ!!待ってくれっ!!」
トドメを刺そうと槍を振り上げる警備隊に、
ジャッカスは間髪入れずに止めに入る。
「な、なんだ?どうしたんだ?」
「ま、待ってくれ。もしかして……もしかしたら……」
緑色の肌にも関わらず、
更に顔を青褪めるジャッカスの必死の形相に、
蜥蜴頭の警備隊は驚きと謎を深めた。
ジャッカスが確信に近いモノを感じる中で、
周囲や警備隊との温度差を感じさせるその表情に、
周囲にいた人々も不安を募らせていく。
「か、確認させてくれ。頼む、お願いだ」
「お、おいジャッカス!おい!!」
警備隊の静止する声を無視し、
ジャッカスは大布を被った魔物のようなモノに近づく。
至近距離まで近づいたジャッカスは、
大布を取っ払おうと足の指を使って大布を掴んだ。
万が一、魔物だったら顔を近づけるのは生死に関わる。
そんな危険意識も持った行動だったが、
どちらにしてもこれだけ近づいて反撃されたら意味が無い。
……いや、いっそ魔物だった方が俺にとっては救いなんだ。
だから頼む。お願いだ。
緊張し息を荒げながらも、
その大きく薄く汚れた穴空きだらけの黒い布切れを、
ジャッカスは取り払った。
*
子供だった。
年頃は分からない。
けれど、多分5歳にもなってねぇのかもしれない。
髪は長さはまばらで、汚れていた。
たぶん元は白か銀髪だろう。
耳は少し尖っていて、エルフの耳にも似ている。
体付きも所々骨張っていて、
肉をそぎ落としたような肉付きだった。
肌の色は血の気が薄く、
生気を感じられないほど弱っているように見える。
右足には、何か鎖の付いた鉄輪が着けられていた。
足も肉が削げ落ちたように細く、
こんな足でそんな鉄輪を着けられてたんじゃ歩き難いはずだ。
その鉄輪以外は何も身に着けていない。
身に着けていたという表現で言えば、
先ほど取り払った黒布も含まれるのだろう。
何の種族なのかは分からない。
けれど、エルフ族に容姿は少し似ていた。
魔物じゃなかったんだ。
魔族の子供だったんだ。
ジャッカス・警備隊・周囲の人々は、――……絶句した。
ジャッカスが手に持っていた木の串を、
地面に落とした音がその場に響く。
そして1人の女性がそれを見て、悲鳴を上げた。
その悲鳴は周囲の動揺に変わり、混乱を広めていた。
ジャッカスは膝を石畳の地面へ着け、
その子を介抱しようと手を伸ばした。
伸ばした手をどうしていいか分からず、
手が震えて動けない。
目から涙が溢れるだけで、
体がその現実を拒否するように動けなかった。
辛うじてジャッカスが出したのは、
誰かに助けを求めるような声だった。
「だ、誰か……。い、医者……お、お袋、呼んで……呼んできてくれ」
「……」
「お願いだ。……誰か……お願いだから!!」
そのジャッカスの叫びを聞いて、
警備隊の一人が走った。
それに応じるように周囲の人々が動き始めた。
ある者は厚手の布を持ってきて、
その子に巻いて暖めようとした。
ある者は水を持って急いでその子の側まで駆け寄った。
けれど、明らかに手遅れだった。
口から吐血し、
生気の無い瞳は薄く開けられるだけで、
呼び掛けても、ほぼ無反応の状態。
しかも咳き込み続けてまた少量の吐血が続く。
下手に動したり水を飲ませると、
それが致命的になりえてしまう。
今にも死んでしまいそうな小さな子供に、
周囲はただ何も出来ず医者を待つしかなかった。
「お、俺の……俺のせいだ」
その子の周囲に集まる人々が、
そう喋るジャッカスに目を向けた。
「お、俺が全力で蹴って、……その子を……まだ、ちいせぇのに、その子を……」
涙を流し鼻水を垂らしながら嗚咽するジャッカスの言葉に、
周囲は彼の気持ちが痛いほど分かった。
ジャッカスは子供が大好きだ。
その子供をジャッカスが蹴り上げたことで、
既に致命的な状態を更に致命的にさせてしまった事を、
ジャッカスが自分を責める事を、
彼の周りの人々は理解していた。
「ジャッカス、お前のせいじゃない。私達警備隊は、魔物が入ったんだとばかり思ってた。多分この子は私達に怯えて表に出れずに裏道を転々と移動してたんだ。お前のせいじゃない、だから自分を責めるな」
「そうよジャッカス、だから、自分を責めちゃダメ」
蜥蜴頭の警備隊員や周囲の人々が、
ジャッカスを慰めるように宥める。
ジャッカスのせいだけでは無い。
それは自分達も同様だった。
こんな小さな子供が、
たった一人で隠れるように町に居たことを誰も知らなかった。
いや、知らなかったんじゃない。
魔物だと思って近づかなかったのだ。
それがこんな結果を招いてしまった。
警備隊は自分達の不甲斐なさを悔やみ、
周囲の人々は自分達の認識の甘さを噛み締めた。
「……………ぃ…」
微かな声に皆が気付き、その声の主を全員が見た。
その声は、小さな女の子からだった。
唇を震わせて聞き取れないほど小さな声で喋っていた。
そして、生気が無い瞳からは、涙を流していた。
何を言っているのか分からない。
いったい何故、涙を流しているのか分からない。
けれどもうすぐ、
この小さな命が亡くなってしまう。
それに全員が気付いてしまった。
命の灯火が消える感覚を感じ、
全員が既に手の施し様が無い事を理解していた。
そして全員がそんな子供に、
何も出来ない悔しさと悲しみを、涙していた。
「……お、お願いだ…何でもいい。魔神様でも……人間ってやつの神様でもいい。……だから、お願いだ。この子を助けてくれ……お願いだよ。……まだこんな、こんなちっちぇえんだ。こんなちっちぇえのに、美味いもんも食べてねぇのに、なんもしてねぇのに……。死なせないでくれ……お願いだぁ……頼むよぉ……お願いだからぁ……」
小さな手を握りながら、
ジャッカスは悲痛に願った。
それが例え虚しい願いだったとしても、
願わずにはいられなかった。
俺はもう十分生きてきた。
友人だっているし、
恋だってしたし、
結婚だってした。
子供はもうできないが、
子供達に喜んでもらえる術を見つけられた。
なのに、そんな俺が……俺のせいで、
こんなちっちゃな子供が……。
俺みたいな奴でもしてきた事をできないまま、
死んじまうなんて……。
そんなの、俺が嫌だ。嫌なんだ。
だから、お願いだ……。
お願いだ……!!
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




