第046話 細工職人
そうしてガルミ夫婦と別れた三人は、
そのまま中央広場を周るようにして進んでいく。
鳴るほど腹が減っていたアイリとフォウルは、
通りかかる出店で食べ物を買い、
パクパクと食べ始めながら休み休み進んでいた。
フォウルは酒樽を幾つか買い込むと、
樽に手を付けた瞬間にスッと酒樽が消えて、
酒売りの店主が物凄く驚いたりもしていたが、
「ちょっとした芸だよ」とニヤっと笑い、
軽く手を振って酒屋から離れていく。
アイリは手元にある銀貨三枚のうちの一枚で、
ミルクシチューを売り配る店で一皿買い、
木の皿に盛られたシチューを木のスプーンで啜って食べる。
ジャッカスは手軽な店を見つけて、
アイリの飲み物になりそうな木苺のジュースを渡すと、
アイリはそれを飲んで一瞬甘いと感じたが、
飲んだ後に若干酸っぱさを感じて、
少し表情を歪ませながらシチューとジュースを交互に飲んでいた。
食事を終えたアイリとフォウルを連れて、
先導しながらジャッカスは祭りの中を進んでいくと、
先ほど伝えた種族以外にも、
珍しい種族達をチラホラと見かけた。
ヴェルズ村の魔族達に多少慣れたはずのアイリだったが、
またも見た事がない種族達を見て気後れを始めてしまう。
その種族達が近くを通り掛ると、
ジャッカスやフォウルの陰に隠れながら付いて行く。
通り掛かる外来の多種族達は、
先程のメージの様に、
銀の髪と赤い瞳のエルフの子供を見て驚き、
複数に人々から視線が重なっていく。
そんな視線に気付いたのはアイリではなく、
その場に居るヴェルズ村の人々と、フォウルだった。
アイリに注目し出す他の者達の視線を遮るように、
アイリが通った後や通る前に、
ヴェルズ村の人々が各々の身体で塞いでいく。
それは今日だけに限った話ではない。
今までも祭りの最中にアイリが道を通る度に、
ヴェルズ村の人々がアイリ達に向けて自然と挨拶する中で、
村の者以外の者達から視線を集めないように遮ってくれていた。
競合訓練の時もそうだった。
セヴィア達と共に居るアイリの両隣にセヴィア達が座り、
その周囲を自然と村の者達だけで壁を築き上げていた。
アイリはそれにずっと気付いていない。
各言う『アタシ』も違和感は持ちつつも、
ハッキリとそれに気付いたのは今日が初めてだ。
恐らく前日までは、
ある程度はアイリの通り道が決められており、
そこ付近に住んだり商いを行う者達に、
そうするように頼んでいたのだろう。
今回はアイリの行動が不規則だった為、
各々の動きに不自然さが出ていたのだ。
だからこそ、
『アタシ』とフォウルも気付けた。
ジャッカスやアイリ、
そして同行する自分にも挨拶する村人達は、
ずっとアイリを守るような行動をしているのだ、と。
しかしそれとは別に、
自分に向けられる笑顔が上っ面のモノだけではないことに、
フォウルは不気味さを感じる事をやめることはできなかった。
そんなアイリとフォウルを引き連れ、
ジャッカスがとある出店の場所まで訪れた。
そこの店は簡易的な木組みで店頭を造り、
そこに綺麗な指輪や首飾り、
耳輪や髪飾りなどの装飾品を置いている。
何人か従業員がいるようで、
店頭前に装飾品置き場を作り、
そこで店に訪れた客達を相手に接待をしていた。
派手に飾った出店ではないものの、
何処かアイリは見覚えがある木組みの店の形に、
一度首を傾げて、そして思い出すように言葉を零した。
「……なんだか、ジャッカスさんのお店に似てる…?」
「おっ、分かったのかいアイリ。そうそう、俺の屋台を造った人が、この店やってるんだ」
言い当てた事が嬉しい様子を見せ、
アイリの頭を優しく撫でたジャッカスは、
そのまま店頭の受付前まで進み、
従業員達に軽く挨拶するジャッカスは、
覗き込むように空の番頭の空間に顔を覗かせて、
呼び掛けるように声を発した。
「おーい!オヤジー!いるかーい!?」
「え、おやじ…お父さん?」
ジャッカスが呼び掛ける相手に驚いたアイリは、
何度か呼び掛けるジャッカスを待ちつつ、
少しソワソワとした様子を見せていた。
アイリはジャッカスの父親の話を、
ジスタやジャッカスから聞いた事があった。
名前は『ジマスタ』で細工職人をしている。
しかし妻であるジスタとは別居中で、
今は北地区の工房で働いているらしい。
別居と言っても、仲が悪いというわけではない。
ただジスタもジマスタも互いに職人染みた職業の為、
生活の時間帯が合わず、
自然と住む場所を互いに変えた結果らしい。
今のジャッカスが住んでいる家は、
実はジスタとジマスタと共に暮らしていた家で、
ジャッカスも警備隊に所属してからは、
西地区の警備隊詰め所に住むようになり、
しばらく空き屋になっていたそうだ。
旅から戻ったジャッカスは自分の元の家を使い、
そこで暮らし始めているという。
人間の夫婦の場合だと、
仲が悪いから別居するのだと思うが、
ゴブリン族にソレは当て嵌まらず、
定期的に逢えればそれで良いらしい。
それに、ジスタもジマスタも共に100歳近くなので、
若い頃の様な情熱的な関係ではなく、
ジャッカスの父親と母親として、
落ち着いた雰囲気に現在では留まったそうだ。
アイリは前世で姉夫婦の事を見ていたので、
初めて別居していると聞いた時には、
父親の事は聞かないほうがいいのかと、
ジャッカスとメイファにこっそり聞いたのだが、
なんで聞いちゃダメなのかと逆に聞き返されて、
ある程度の誤解は既に解けている。
アイリが緊張している理由は別に有り、
そういう夫婦間の事を、
現在でも問題視しているからではない。
ジマスタのことを伝え聞いた印象は、
どうやら気難しい性格かもしれないということ。
口数は他のゴブリン族と比べても少なく、
子供の頃から北地区の工房へと通い、
装飾品作りに興味を示して作っていたそうだ。
今では装飾品作りを主に行っているが、
たまに家や簡易家具を設計して造る仕事もするらしい。
細工・加工技術においては、
ヴェルズ村のドワーフ達でも右に出る者は少なく、
魔石の魔力や性質を損なうこと無く、
綺麗な魔玉へと加工する事が得意なのだという。
ドワーフの魔力では魔石を加工する際に、
その集中力の高さが仇となり、
集中力で手に集まった高まる魔力が、
魔力を宿した繊細な魔石の魔力を、
加工中に劣化させてしまうそうだ。
そういう意味でドワーフ達は、
魔石とは関係無い装飾品作りは得意なのだが、
魔石・魔玉を扱う加工装飾品は、
現在の細工職人筆頭のジマスタに任せているのだという。
アイリは勝手な想像ながら、
ジャッカスの父親は凄い人で、
何か怒らせるような事をしたら怖くなる人だと、
そんな人物を想像していた。
そんな想像とは裏腹に、
番頭から顔を覗かせたジャッカスの父親は、
そんな印象とは逆の人物だった。
「………よぉ、どった?ジャッカス」
「おせーよ、オヤジ!また寝てたのか?」
「おー……、ずーっと石削っててよぉ。眠いのなんのってよ……」
「もしかして、今年も祭りが始まってたのに気付かなかったのかよ?」
「あー…、昨日の夜に気付いたなぁー…。馬鹿デケェ気配がしてよぉ…」
そんな事を言う父親に、
呆れた表情を浮かべるジャッカスは、
大きな溜息を吐き出すと、
後ろに居るアイリとフォウルに視線を向けた。
「これ、俺のオヤジのジマスタな。オヤジ、この子が前に話したアイリと、さっき言ってた昨日の馬鹿デケェ気配の張本人の、元オーガの王様だったフォウルの旦那だ」
「あ、あの、初めまして。アイリです」
「よぉ」
「ふぁー……。おー…そうかー…、よろしくなぁー…」
明らかに眠そうな表情と欠伸をしつつ声を返すジマスタに、
アイリは予想していた人物像との違いに戸惑いつつ、
フォウルは軽く手を上げて挨拶した。
フォウルはこの時、
番頭から出しているジマスタの手を見て、
少し目を見開いて驚きを見せた。
ジマスタの手には細かい傷や汚れが多く、
お世辞にも綺麗な手とは言えなかったが、
フォウルはその手に纏う魔力の自然な流れと、
微細に残る魔石や魔玉の特徴的な波動を感じ、
一目でジマスタが、魔石や魔玉を扱う細工職人、
しかもかなりの腕前なのを見抜いた。
「ゴブリンの親父よ。お前、かなりの良い腕前の細工職人だな」
「んー…?おー…、そうかー…?」
「謙遜すんなよ、手で分かるっつぅの。お前ほど魔石を触ってる奴はそうそう居ないぞ」
フォウルが褒めている言葉に、
ジマスタはイマイチ意味を理解していないようで、
指でポリポリと頬を掻きながら眠そうに返事をしている。
そんなジマスタの前にフォウルは歩み寄ると、
鞄を下ろして『魔力収納』を使い、
荷物の中からあるものを取り出す素振りを見せる。
そして『魔力収納』で取り出したモノを、
フォウルはジマスタの前にドンッと置いた。
そこには麻袋に詰められた色鮮やかな小石が詰まっており、
ジマスタはそれを見て不思議に思いながらも、
その石を見てこう言った。
「―……ほぉー。魔石、しかも特殊な奴だなぁー…」
「よく分かったな。コイツは自然界の中でも希少の魔石。中には魔術や魔技の効果を高める魔石が大量にある。こんだけの数の魔石が表に出てくるのも、数百年振りだと思うぜ」
そう言うと、フォウルは希少な魔石を一つ摘み、
ジマスタに渡すようにポトリと手に落とした。
それを器用に掴んだジマスタは、
しばらくその石をじーっと見続けて、
それを番頭の台へと置いた。
それを見届けたフォウルはジマスタに、
こう尋ねたのだ。
「細工職人。お前だったらコイツをどのくらいで魔玉まで加工できる?」
「んー…全部かぁ…?」
「いや。この一つだけで、だな」
「んー……早くて半日だなぁ。良くてもうちょい早くかなぁ……」
「ほぉ……」
相変わらず眠そうなジマスタの言葉だったが、
確信を持つようにハッキリとそういう言葉に、
フォウルは口を吊り上げて笑った。
「俺も多少のモンなら弄れる自信はあるが、希少石を一日で加工できる自信ねぇよ。お前さん、本当にやれるのか?できるとしたら、加工だけならバファルガス並の腕前っつぅことだぞ」
「んー…?ばふぁるがす、って誰だぁ……?知らんけどー…、やれる自信はあるなぁー…」
今度は言葉でハッキリと、
ジマスタは「加工できる」という自信を表した。
その言葉を聞いたフォウルはニヤリとしながら、
更に『魔力収納』で二つの麻袋を取り出し、
同じような希少石を番頭の台へと置いた。
「細工職人、ちょいと今から依頼だ。魔玉を使った装飾品を一通り作ってみろ。依頼料は余った希少石だ。どうだ、やれるか?」
「依頼、なぁー…。お前さんのかぁー…?」
「いや、女物で出来るだけ頑丈なのが良い。装飾の造形は任せるがな」
「……んー……できるがなぁ、誰に渡すんだぁー…?一度ソイツを見ないと、加工できてもソイツに合う装飾ができねぇぞぉー…?」
フォウルの唐突な依頼にも動じずに、
ジマスタは淡々とそう聞き返した。
出来るという自信もそうだが、
仮にも細工職人として村一番を誇るジマスタのこだわりとして、
装飾品を個人依頼する場合は、
身に付ける相手を直接見てから行うらしい。
身に付ける相手に見合うような装飾にする為だと、
後にアイリはジマスタに聞く事になる。
それもそのはず。
フォウルが後ろに居るアイリに向けて指を向けて、
「この嬢ちゃんにだよ」と言ったのだから。
それを後に受け取った時に、アイリは聞いたのだ。
「え、あ、あの、フォウルさん…?」
フォウルが急にそんな事を言い出した事に、
アイリは慌てて声を掛けた。
振り返ったフォウルはそれに答えるように、
アイリに視線と言葉を送った。
「その魔剣だけで補助は十分なんだが、さっきみたいに『突然変異体』だっていちいち驚かれるのも嫌だろうからな。――…この希少石には、自然界の魔力が大量に含まれていて、あらゆる魔力元素が詰まっているっていう代物だ。『赤』だと火属性、『青』だと水属性って感じでな。この『黒』と『白』の石は、闇属性と光属性の魔力が詰まっている。ハッキリ言って、こんな純度の高い魔石は、今の魔大陸でさえ採れる事は無いだろうな」
「え、えっと……フォウルさんはそれを持ってて…でも、なんで私に…?」
「エルフは闇属性の魔術を扱うのが苦手だからな。闇の魔術には、姿を眩ましたり変化させたり、後は変質させる魔術がある。それを希少石で補えば、その系統の魔術が簡単に使える。基本的に使い捨てだが、よっぽど消費がやばいような魔術を使わなきゃ小さな石でも百年近くは持つはずだ。それで闇魔術を使えば、嬢ちゃんの髪や目の色を変えて、普通のエルフと変わらないように他の奴等に見せる事ができるぜ」
そうフォウルに言われたアイリは、
その希少石の効果に驚きつつも、
その言葉から導き出される答えに気付き、
ほぼ無意識に近い形で、問い掛けていた。
「……私の髪と目、やっぱり変なんですか…?」
「!!ち、違うぞアイリ!そんなこたぁ……」
そう不安そうに聞くアイリの姿に、
ジャッカスは否定の言葉を言おうとしたが、
それを中断させるように、フォウルが告げた。
「ゴブリンの、ちゃんと言ってやれ。――…嬢ちゃん、『突然変異体』っつぅのは珍しいだけじゃない。嬢ちゃんの内在する魔力が普通のエルフより馬鹿デカいのはもう理解してるんだろ?」
「は、はい」
「この村の連中はお人好しが多いんだろうな。――…普通の魔族ってのは、巨大な魔力を持つ相手をかなり恐れる。脅威として恐れる場合が大半だが、何よりそんな相手と『関わりたくない』っつぅのが本音だ。――…さっきも祭りの中、俺よりも嬢ちゃんを見て警戒してる奴等が多かったのには気付いたか?」
「!?…い、いいえ…」
「そんな顔するなよ。自分よりデカい魔力を持つ相手を恐れるのは、魔力を持つ魔族の本能で生理現象みたいなモンだ。魔技を上手く扱ってる相手だと怯んだりはしないんだが、昨日の惨状じゃあなぁ…。――…村の奴等とちゃんと接したいと思うなら、嬢ちゃんもある程度は妥協して、こういうモンを身に付けたほうが良い」
フォウルそう言うと、
自分の手首に取り付けているリストバンドを、
アイリに見せるように腕をヒラヒラさせた。
フォウルが着けているそのリストバンドの魔玉は、
着けた者の魔力量を半分以上『抑える』役目を担っている。
それを両手に二つ着けているフォウルは、
今の状態だと四分の一以上の魔力を抑えている状態なのだ。
ジャッカスが先ほど、
「フォウルが村人達を気遣っている」と言ったのは、
この魔玉を取り付けたリストバンドの話を聞いていたからだろう。
「まぁ、貰えるモンはなんでも貰っておけ。前にも言ったが、倉庫の肥やしみたいなモンだ。使える時に景気良く使っちまうのは俺の為だ。だから遠慮したり気にしたりするなよ」
「……は、はい…」
そうアイリを諭すように話すフォウルは、
動揺しながら頷いたアイリの様子を見て、
ジマスタに視線と身体の向きを戻した。
「そういうわけだ。嬢ちゃん用の装飾品を邪魔になり難く目立たない感じで作ってやってくれ。まぁ、もうちょい嬢ちゃんがデカくなってから着けれる耳輪や指輪は、嬢ちゃんが成人してからで良いだろうがな」
「分かっただぁー……。じゃあ、完成したら嬢ちゃんに渡すってことでいいかぁー…?」
「おう。使う希少石は、コレとコレ…あとコレだな」
麻袋に入れた希少石の幾つかをフォウルは摘み取ると、
複数の魔石をジマスタに渡した。
「その黄色の二つは、俺が腕に着けてる石と同じモンだ。『魔力抑制』がかなり強めに効いちまう魔石で、普通の魔族が付けると立つことも出来なくなるほど魔力を抑えちまうが、嬢ちゃんにはそれが必要だろう」
「ふーむ……」
「その白色のは加工して指輪にでも嵌め込んでくれ。自然に治癒魔術が掛かって身体を癒す魔石だ。魔玉にして効果を濃縮すりゃ、更に自然治癒能力が高まるだろう」
「ほーぉー……」
「他のは魔術の補助石だ。それぞれの色の石は、その属性の魔術を使う時に魔力消耗が激しい上位魔術を使っても消耗を十分の一以下に抑えられる。これを渡すのは10歳頃になってから、出来てもお前の息子に預からせとけ」
「んー…ほー…なーるほーどー…」
先ほどまで眠そうだったジマスタが、
やや目の色を変えてフォウルが話す事を真剣な感じで聞いている。
それでも眠そうな表情だったが、
幾らかは目を覚ませるほどの興味深い話に、
ジマスタの職人魂に火を灯せたのだろう。
今のジマスタとフォウルの、
『職人』と『依頼人』の立場として話す光景に、
後ろのジャッカスは驚きながら、
傍にいるアイリに小耳を挟ませた。
「俺、オヤジがあんな真剣に人の話聞いてるの、初めて見たぜ」
「そ、そうなの…?」
「おう。オヤジは石削ってる時は寡黙な腕の立つ職人って感じなんだけど、それ以外の時は基本的にぼんやりしてばっかだからなぁ。石削ってない時にオヤジがこんな真剣になってるの、初めて見たぜ」
自分の父親をそんな風に言うジャッカスの口振りに、
苦笑を浮かべながら聞いていたアイリだったが、
それでも仕事をしている時の父親の良さを話すジャッカスの言葉に、
ジャッカスも父親の事を尊敬している所はあるのだなと、
そこを理解して少しだけ嬉しさをアイリは感じた。
アイリはこの時、
自分の父親の事を思い出そうとした。
もちろん、前世の父親の事だ。
父親も母親も五歳の時に事故で亡くなり、
それから死ぬまでの三年間は姉と兄、
そして姉の夫だった義兄と一緒に住んでいた。
父親の事を自分自身ではよく覚えていないアイリは、
写真で見る父親達の姿と、
両親の葬式に来た時の参列者達の言葉でしか両親を覚えていない。
しかし『アタシ』は、
『私』が思い出せていない記憶を知っている。
『私』の父親は躾に厳しい、
『厳格』という言葉が実に似合う人物だった。
ただそんな父親にも優しい時があり、
父親が好んでやっていたゴルフをしている時は上機嫌で、
まだ三・四歳の愛理がゴルフに興味を示した事が分かると、
子供用のゴルフクラブを買い、
休みの日には一緒にゴルフをした記憶がある。
上手くクラブを振れない愛理に振り方を教え、
それができると頭を撫でて褒めてくれる。
母親と姉・兄は全然ゴルフに興味を持たなかったが、
まだ婚前の付き合いだった義兄がゴルフを嗜んでいる事を知ると、
それがきっかけとなって義兄にも好印象を抱くようになった。
そんな父親と義兄も一緒にゴルフ場に行き、
一緒に三人でコース場を回った記憶があった。
義兄のその行動はもしかしたら、
結婚相手の父親のご機嫌取りの為の、
そんなモノだったかもしれないが、
ゴルフに付き合ってくれる末娘と義理の息子に、
素直に喜ぶ父親の姿は確かにあったのだ。
それをアイリは思い出せていない。
けれど、優しい父親という印象は残っている。
それはある一面で、確かに事実だっただろう。
そして、もう一つの面をアイリが忘れている事も、
また悲しむべき事実だったのだ。
*
「――…嬢ちゃん、どうした?」
「え?」
アイリは父親の事を思い出そうとして、
どうしても思い出せない事に違和感を持った瞬間、
フォウルが店頭から離れてアイリに近くへ歩み寄っていた。
ジマスタはフォウルの魔石の説明を受けて、
ふんふんと頷きながら何かを考えているようだ。
ジャッカスも店番を全く出来ていない父親の姿にやや呆れ、
代わりに接客してくれている従業員の魔族達に御礼を言っている。
従業員と思っていた人々は、
どうやらジマスタの細工・加工技術の弟子達だったようだ。
そして、考え込んでいたアイリに声を掛けたフォウルは、
やや顔を伏せ気味にしているアイリの様子に気付き、
先ほどから数回も声を掛けていた。
「どうした、ボーッとして。腹いっぱいになったから眠いのか?」
「あ、い、いえ。その……」
言い淀むアイリの様子に、
フォウルはやや怪訝そうな表情をしたが、
鼻息を一つ吐き出すと膝を曲げて屈み、
アイリに視線をできる限り近付けて合わせた。
すると、フォウルは右手に何か摘んでおり、
両の手を器用にアイリの首周りに回し、
カチャッという音が鳴らすと、何かを取り付けた。
音が鳴ったのを確認したフォウルは、
回していた手を退けた。
アイリは首に何かを付けられた事を違和感で知り、
自分の手でそれを確認すると、
鎖状のチェーンアクセサリを取り付けられていた。
そして少し重さを感じる装飾部分には、
小さく黒い真珠のような魔玉が嵌め込まれていた。
アイリはそれを見てから、
フォウルに視線を移した。
「フォウルさん、これは…?」
「俺が人間大陸に行く時に使っていた闇属性魔術が付与されている魔玉だ。嬢ちゃん、少しそれに魔力を流してみな」
「え、でも…」
「安心しろ。いきなり爆発したり魔術がぶっ放されたりするもんじゃねぇから」
そんな冗談とも言えない事を、
ニヤりと笑みを浮かべながら言うフォウルに、
アイリは不安感は抱かなかったが、
少しドキドキとした気持ちで魔力を流してみる。
すると黒い魔玉は薄らと光りだすが、
特に何か変わったという様子は無く、
アイリは不思議な表情を浮かべて、
フォウルに視線を移した。
「フォウルさん、これって何か効果があるの?」
「あぁ、あるぜ。ただし、嬢ちゃん自身には実感が無いだろうがな」
「え?」
そんな事を言うフォウルの言葉に、
アイリは首を傾げて意味が分からない様子を見せるが、
戻って来たジャッカスの様子で、
自分に起こっている状態の事にやっと気付いた。
「んじゃ、そろそろ俺の屋台に行こ――…あれ?その子、誰だい?アイリは何処行ったんだ、オーガの」
「え?」
「―…ん?その声、それにその魔力、もしかしてアイリか!?」
驚いた様子を見せたジャッカスの言葉で、
アイリはやっと自分の髪の毛が、
銀色から黒色へと変色している事に気付く。
フォウルは二人の様子を見てニヤりと笑い、
『魔力収納』で手鏡を取り出すと、
それをアイリに手渡して確認させた。
「嬢ちゃん、これで自分の顔を見てみな」
「え、あ、はい。――…え、これって……」
手鏡の中に写る自分の姿に、
アイリはやや困惑をした。
そこには前世の顔と全く違う、
黒髪で瞳が黒の自分自身が写っている。
確かに現在の自分の髪は銀髪だった事や、
湯船に浸かった時に薄ら映る自分の赤い瞳の事を、
アイリはちゃんと把握している。
しかし鏡に写っている自分は、
前世の姿でも現在の姿でもない。
黒い瞳に黒い髪の、全くの別人のようだった。
「フォウルさん、これって…?」
「その魔玉に付与されている闇属性魔術の『悪戯』だ。流石に魔力の波長は変えられないが、見た目が変わるだけでも嬢ちゃんには助かるだろうぜ」
「『悪戯』、ですか…?」
「『悪戯』は闇属性魔術の中じゃ中級くらいの魔術だな。自分の姿を魔術で変えて、薄らと仮初の姿で身体を覆う。気弱な魔族共が相手を脅かす場合に使うが、使い方次第じゃ便利だ。嬢ちゃんの場合は、肌の色と髪、後は瞳をちょいと弄るだけで、『突然変異体』の印象はもうほとんど残らないだろ」
そう言うフォウルの言葉を肯定するように、
今の姿のアイリを見ているジャッカスは、
感心したように声を漏らしつつアイリを眺めている。
「確かにこりゃ、便利だなぁ。でも、エルフ族なんだから黒髪と黒い瞳は変だぜ。これだと淫魔族と間違われちまうよ、オーガの」
「あー、まぁそうだな。嬢ちゃん、ちょいとイメージしてもう一度魔力を込めなおしてみな。今度は髪を金色、瞳は青だ」
「へ?あ、はい」
そう促されたアイリは、
金髪と青い瞳をイメージしながら魔力を込める。
想像する対象としては、
最も接した回数が多いヴェルズの髪質と瞳だろう。
ヴェルズの髪質と瞳の色は、
ハイエルフ族としても流麗で秀麗な姿なので、
その理想へのイメージを最もしやすいようだ。
再び魔玉に魔力を込めたアイリは、
フォウルとジャッカスを交互に見て反応を伺う。
そして自分でも髪に触り、髪の色を確認してみた。
「……髪、金色だ…。瞳も、青になってる?」
「ああ、ちゃんとエルフ族だな」
「おぉー!すげぇぞアイリ!」
ちゃんと出来ていることを二人に確認したアイリは、
少しだけ嬉しさが増していた。
先ほどまで自分の髪と瞳が、
異端なものだと聞かされたアイリの気の沈み方は、
実はかなり深刻だった。
その根底を変えられたわけではないが、
少なくともその姿を改善できるモノがある事が、
アイリには救いになっていた。
フォウルの話で、魔力を込めれば暫く魔玉の効果は続き、
6時間に1回程度の魔力を込めれば、常時魔術が発動するらしい。
ただ使い捨てのモノなので、
魔玉内部の魔力が薄れていくと、
魔術が発動しなくなるらしい。
今渡された魔玉は、
フォウルが十年前に取り替えたばかりで、
まだ新品に近いそうなので、
100年近くは保てるそうだ。
念の為とアイリは同種の黒い魔玉を何個か渡され、
こっそり魔力収納に閉まうように言われた。
アイリはこれで、
自分の姿を改善する術を持つ事ができた。
そしてそれが、
今後のアイリの行動を、
助けていく事に繋がるのだった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




