第039話 禁書
バラスタとリエラの大狼二匹がセヴィアに説教されている側で、
ヴェルズ村中央広場の後夜祭も、まだまだ続けられている。
魔獣王フェンリルの話からやや逸れてしまったが、
フォウルの口にする驚愕の話は、
存外にヴェルズ村では知られていない話ばかりだった。
いや、ヴェルズ村だけではない。
近くで聞いていた他の村の者達や、
外来客や商人達、周囲で聞いていた者達から聞いても、
全く知らない情報だったのだ。
それに関して空気が読めないのか、
それとも単なる興味本位であるのかは分からないが、
口々に周りの者達が興味本位でフォウルに色々聞く中で、
当の本人であるフォウルは、
やや訝しげな顔をしながら急に席を立ち上がり、
ヴェルズがいる宴席へと歩き出した。
各種族の氏族達や部族長、
そして各村の村長達が居る宴席の場に近付くフォウルに気付き、
宴席を護衛していた者達が警戒を強め、武器を構えようとしたが、
それを制止したのは、ヴェルズ本人だった。
近付くフォウルに気付いたヴェルズは席を立ち、
同じ様にフォウルに歩み寄り、
互いに一定の距離を保った状態で静止した。
先に口を開いたのは、
やや強めの口調で問い質したフォウルだった。
「おい、大魔導師。どういうことだ?」
「何かしら、鬼王様?」
「茶化すんじゃねぇ。お前は知ってるはずだよな?『到達者』達の事を。なのに、なんでこのコイツ等は何も知らない?――…いや、どうも違和感は在ったんだ。魔大陸を旅してると、どうも人魔大戦の概要に疎い奴等が多すぎる。どういう事だ?」
「……『到達者』に関しては、村の長や氏族・部族長達、最低限の者達にしか伝えていないわ」
「何故だ?」
「ジュリア様の意思よ。『無用となる情報より、必要な知識を優先して教えろ』という、ね。それに、私自身さえも『到達者』と呼ばれる者達はジュリア様に聞いただけで、直接会った事が無いの。会った事もない者達の事を無闇矢鱈に伝える事を、私はしません」
「ん?ちょっと待て。お前も会ったことが無いと思ってるのか?」
ヴェルズの言葉で、訝しげな表情だったフォウルの顔が、
不意に驚きを含むようになった。
その言い方にヴェルズも疑問を持ったのか、
ヴェルズ側から問うような言葉が飛び出した。
「会った事が無いと''思ってる''とは、どういう事?まるで私が……いえ、私達が『到達者』と会っているとでも……」
「……いや、思い違いだ。さっきの言葉は忘れろ。それより、ペラペラと喋っちまったが、別に『到達者』に関しての情報を禁止してるわけじゃ、ないんだな?」
やや間を置いて返事を返したフォウルの言葉に、
ヴェルズは逆に眉を顰めたが、
前日の様に二人だけで会っている状態ではないので、
平静さを保ちつつ、冷静にその問いの答えを返した。
「禁止にはしていません。ただ、人魔大戦に関係する書物や情報が足らずに、人魔大戦の話は御伽噺めいたモノとして語り継がれているだけよ。あの大戦を戦い抜いた張本人の戦鬼殿から、直接に話を伺えるのなら、皆も是非聞きたいのではないかしら?」
「……ちょっと待て。ややこしい話にするんじゃねぇよ」
「あら、話を持ち出した張本人がそんな言い草なんて、意外だわ」
笑顔のまま会話を続けるヴェルズだったが、
少々…いや、明らかに笑顔のまま怒っている様子を見る限り、
ヴェルズとしては、この場でその話はしてほしくなかったようだ。
それもそのはず。
ヴェルズの部屋にある本棚には、
500年前に王都から持ち出したジュリアの記述した書物や、
人魔大戦の経緯と結果を綴った書物があるのだ。
そこには、ジュリアしか読めない暗号の文章が羅列された複数の本と、
人間大陸経由で齎された、
現在の人間大陸では使われていない文字で書かれた本が、
十数冊ほど保存されていた。
ヴェルズがこれ等を持ち出した理由は、
そこに書かれている記述が、
ジュリア曰く【禁書】と呼ばれる物であること。
だからこそ、他の者達が触れる可能性がある王都に、
離れて保管する事を躊躇われた為。
そして、秘かにヴェルズが行っている目的として、
禁書等の中に書かれている内容の解読だった。
現在行方不明であるジュリアの行き先の手掛かりが、
その中に書かれているのではと、そう思ったのだ。
しかし500年間、その解読を進めているが、
人間大陸の古代言語を纏めた辞書を見比べても、
それに近い言語は見当たらず、
ほとんど解読は進まなかった。
しかし、現在のヴェルズには、
禁書の解読に或る光明が見えていた。
それが、アイリという少女の存在。
診療所で目を覚ましたアイリが、
メイファに導かれるように書いた文字が、
その禁書に描かれている文字と一部が合致したのだ。
何故、アイリが書いた文字が…、
即ち『日本語』が、その禁書に書かれた文字なのか。
ヴェルズは初めてアイリが書いた文字を見た時、
過去に何気無いジュリアとの会話で話した事と思い出した。
『アタシの生まれは何処かって?……もう無いよ。この世界の何処にもね。魔族の文字も、書けるようになったのはつい最近だ』
そう呟いたジュリアの言葉をヴェルズは思い出し、
既に無い、或いは滅んだというジュリアの故郷の言葉を、
同じ突然変異体であるアイリが使う事に、
ヴェルズは関連性を感じずにはいられなかった。
ヴェルズはアイリと初めて対談した時、
『ニホン』という国がアイリの故郷である事を聞いて、
秘かにアイリが来るまでに家にある人間大陸の書物で調べ上げたが、
『ニホン』という国の情報は、やはり何処にも無かった。
同時にアイリから『海に囲まれた島国』という情報も有った為、
そこも含めて調べると、確かにそれに関連する国の情報は在った。
ただ500年以上前の情報の為、
現在の国との関連性に信憑性は薄いものの、
アイリに魔族言語をある程度教えて仕上げていく中で、
比較としてアイリが今まで書いていた言語の情報も得て、
ヴェルズは祭りが終わってから、
本格的に禁書の解読を行うつもりでいた。
そう思っていたにも関わらず、
フォウルがこの場で敢えて話さずにいた情報を話し始め、
その話で辺りは賑わいを強め、
このままでは関係無く話が広まっていき、
最終的に有耶無耶な情報だけが右往左往する結果となる。
そうなれば、噂の発祥元となったこの村に、
それを確認しようとバラバラに各種族達が、
身勝手に往来を始めるかもしれない。
そうなれば解読もままならずに、
時間だけが過ぎていく事になるのだ。
ヴェルズはそうなる可能性を考慮した上で、
迂闊に話を広げたフォウル自身に敢えて顛末まで喋らせる事で、
少しでも信憑性と信頼性を持つ話として、
ヴェルズ村ではなくフォウル自身に注目を集めさせたかった。
そしてその結果、
中央広場高台におけるフォウルの人魔大戦の語りを、
皆の前で披露するという提案と行動を、
笑顔で怒りながら押し進めたのだった。
*
「………で、結局こうなるのかよ」
中央広場で宴席を設けていた各々が、
ヴェルズの呼び掛けで広場の中央付近に集まり、
ヴェルズが祭りの開催を宣言した高台にフォウルを上げて、
その周囲に人々を集めていた。
競合訓練で武勇を魅せたフォウルが、
また何かするらしいという話を聞きつけた者達は、
宴席から食事や飲み物を引き連れて、
高台の周りに集まったのだ。
フォウルの目の前に居座って眺めているのは、
ヴェルズ村の面々であり、最前列にはアイリやジャッカス、
説教が終わったセヴィアと、説教が終わって青褪めたバラスタとリエラ、
その他の面々が、興味を惹かれる目で見つめている。
ちなみにバラスタもリエラも、
暫く大狼のまま、バラスタはセヴィアの背凭れ代わりに、
リエラはアイリの背凭れ代わりとなっている。
リエラの場合は、アイリに毛並をモフモフと触られて、
くすぐったそうにしながらも、嬉しそうにしていた。
バラスタはセヴィアの御機嫌を取りなおす為に、
顔を寄せてセヴィアに擦り寄っていた。
セヴィアの御機嫌も少々戻っていたが、
服が破れてしまっているので、
今日は家に戻るまで、二人は大狼のままのようだ。
後夜祭に集まった全員が高台を取り囲む様に宴席の場を取り直し、
全員がフォウルの話を聞く姿勢になった。
それに面倒臭そうな顔をしているフォウルは、
後ろに控えている椅子に座っている、
ヴェルズとミコラーシュに顔を一度向け、
ニッコリと笑うヴェルズと、
気の毒そうな顔のミコラーシュと顔を合わせて、
溜息を吐いて諦めの表情で顔を正面に戻した。
ヴェルズは椅子から立ち上がり、
美しい声を響かせて、今から行われる事を全員に告げた。
「後夜祭に参加の皆の者には、改めて紹介しましょう。この者は『フォウル=ザ=ダカン』。人魔大戦で『戦鬼』と伝えられる、魔大陸の南を統べる鬼王です。既に鬼王の座は退いていますが、此度はこの祭りに客人として迎えています」
そう告げると、ニッコリ笑ったままのヴェルズが顔を傾け、
無言の笑みのまま何かをフォウルに催促していた。
フォウルは凄く嫌そうな表情のまま、
右手を軽く上げて、その場の全員に無言で挨拶をした。
そんな不遜なフォウルの態度とは別に、
ヴェルズは笑顔のまま、皆に事を伝えていく。
「今日はこの場で、フォウル殿が興味深い話を聞かせて頂けるそうです。――…その内容、皆様も伝え聞く『人魔大戦』の事です」
そこまで伝えたヴェルズの言葉に、
周囲に居た村人達や来客達、商人達までもが、
全員顔を上げて驚いた表情を見せた。
2000年前に行われた『人魔大戦』。
人間大陸の人間と、魔大陸の魔族達が争った、
この世界では初の、史上大規模な戦い。
そこまでが各々の認識であり、
そこまでが各々の知る出来事だった。
人魔大戦の詳細を知る者の大半は既に寿命で死に、
伝え聞く話も、既に伝承や御伽噺程度にまで風化している。
にも関わらず、人魔大戦で名を馳せた当事者である、
『戦鬼』であり『鬼王』と呼ばれるフォウル自身から、
その話を聞かされる。
それに興味を惹かれない者は、
この場にはほとんど居なかった。
何より、競合訓練で実力を示したフォウルを偽者だと疑う者は、
それを見ていなかった者達だったが、
そういう者達も周りが口々に話す競合訓練の出来事を聞いて、
本物の戦鬼フォウルなのだと信じざるをえなかった。
「ここにいる者で人魔大戦を経験したのは、恐らくはフォウル殿、そして私以外には居ないでしょう。しかし私は、まだ当時は若輩で名も通らぬ身の、当時の大戦に巻き込まれたエルフ族の娘に過ぎませんでした。私自身の興味もありますが、人間との大戦を経験しない者に、そして争いというものを知らない者に、人魔大戦の話を聞き、考えて欲しいのです。――…私達魔族が、戦いの先に何を得る事ができたのか。そして、何を失ったかを……」
そう言いつつ、視線や顔を周囲に向けて語り掛けながら話すヴェルズは、
一度言葉を区切り、静かに目を伏せた。
周囲の反応は興味ある表情から、
やや真剣な面持ちで顔を引き締め直した。
酒が入りながらも、全員が伝承として、
また御伽噺として聞かされていた人魔大戦は、
全く無関係な話ではないのだ。
その人魔大戦で、人間と魔族を含め、
数え切れないほどの死者を出したことは伝えられている。
万単位の話ではない。
億単位の数と、数百年単位での戦いを繰り広げた。
その先頭で戦い続けたとされているのが、
目の前に居る『戦鬼』と呼ばれた、フォウルなのだ。
そしてヴェルズ村の者達は、
人魔大戦は自分達の先祖が奴隷とされ、
人間達に酷い仕打ちを受けた者達の子孫。
人魔大戦は彼等に無関係なモノではない。
だからこその表情の変化だった。
周囲の空気が変わった事を確認したヴェルズは、
最後の言葉を告げてフォウルへ場を譲った。
「それではフォウル殿、ここに居る皆に、御話をお願いしますね」
そうニッコリとフォウルに向けて笑い、
後ろに下がって椅子に座り直したヴェルズだったが、
それを恨めしそうに睨むフォウルは、
「なんだこの空気、やり難いっつぅの」という視線を向けているが、
ニッコリ笑ってそれを受け流すヴェルズの様子を見る限りでは、
やはりこの事態に、相当怒っているのだろう。
しかし、中途半端に口に出したフォウルの情報は、
魔大陸どころか、全大陸を巻き込みかねないほどの情報なので、
それを単なる噂としてではなく、
元『鬼王』のフォウルが正式の場で伝えることで、
混乱を招かないようにしたようだ。
これにはフォウルも納得しているのだが、
周囲の空気が真剣なモノになってしまったので、
横に置いてある酒樽を飲みつつ話そうとする事が出来難くなり、
物凄く不遜な表情をしていた。
フォウルは頭を掻きながら大きな溜息を吐き出すと、
高台に胡坐をかいて座ったまま、
目を伏せて語り出した。
「――…俺が今から言う事は、俺が人魔大戦の事を、俺の視点から見た語り草だ。人間側にも言い分はあるだろう。そして、あの戦いに割り込んできた、お前等が崇拝している『魔王ジュリア』の事も含んでいる。知っていると思うが、俺からして見ればジュリアは今でも敵だ。そこを踏まえて、いちいち憤って反応すんなよ」
『魔王ジュリアは敵』
その言葉が出た時に周囲に動揺は走ったが、
憤りや怒気というモノは流れなかった。
伝え聞く話で、全員が知っていたのだ。
『魔王ジュリアとオーガの王は相容れず、オーガの王は南へ国を構えた』と。
だからこそ、フォウルという存在から聞かされる事で、
それが真実であり事実だという事を、
全員が改めて納得する様に理解したのだ。
「――…んじゃ、手っ取り早く、人魔大戦の始まりから話すか」
そこから語られる話は、
フォウルが体験した、人魔大戦の事実だった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




