第038話 狼獣族
フォウルの唐突な話は続き、
その口から驚愕すべき言葉が出たのは、次だった。
「死んだ『地神』と『火神』、『風神ワーム』と『闇神ニーズ』以外だと、俺が知ってる『到達者』で今も生きてるのは、さっき言った『水神』と『氷神』、『光神ティエリド』、『雷神フェンリル』くらいか」
「ブッフゥ!!!!!!!」
ぼそっと出た言葉に吹き出したのは、
リエラの傍に居たバラスタだった。
盛大に口に含んでいた酒を噴出したが、
子供達に掛からないように必死に顔を背けた結果、
ヴラズの顔に盛大に吹き込んだのは、不幸としか言い様がない。
無言のヴラズが怒気の表情と魔力を放っていたが、
それに平謝りしたバラスタは、すぐにフォウルの傍まで寄って、
掴みかからんばかりの勢いで問い質した。
「フォ、フォウル殿!!フェ、フェンリル!!フェンリルと言ったか!?」
「お、おう。なんだ、どうした?」
「ど、どうしたではないですぞ!!あ、あの『魔獣王フェンリル』様が、まさかフォウル殿の言う、『雷神フェンリル』なのですか!?」
「え、なんだ。やっぱり知らなかったのかよ」
訝しげな表情でそう言うフォウルの表情は、
まるで「何で当たり前の事も知らないんだ」という、
なんとも受けた側は屈辱を感じそうな顔だったが、
そんな事よりバラスタには、まだまだ聞きたいことがあった。
「ま、魔獣王フェンリル様は、今でも御健在なのですか!?と、というか、御伽噺ではないのですか!?」
「いや、生きてるだろ。あんな化物が死んだらすぐで分かるっての。俺も一回戦わされて、当時は勝てる気はしなかったがな」
「た、戦った!?魔獣王様と!?」
「『雷神』と言うだけあって、凄まじい電撃を放ってたぜ。ちょいと魔力を開放しただけで、当たり一面が黒焦げだ。素手は流石にきつかったんで、俺も『戦鬼人』で毛をちょいと切り飛ばせたぐらいだ」
そう言うと、フォウルが荷物から取り出すフリをしながら、
『魔力収納』で何かを取り出すと、それをバラスタに見せた。
フォウルが見せた物は周囲を動揺させ、
見せられたバラスタは、無言で涙を流すほど感動をしたモノだった。
「コレが、その時のフェンリルの毛だ。『儂の毛を斬れるほどの猛者なら認めてやる』とか言って、若い時に戦わされた。あん時は俺も弱かったからな。苦労したぜ」
「………………る……」
「ん?」
紐で纏められた銀色に靡く魔獣王の毛を見て、
無言で震えながら涙を流していたバラスタが、
何か言葉を漏らしている声を聞いたのは、
傍に居た者達だった。
「……感じる、祖父や…父に流れていた魔力と、同じモノを…。息子にも、私にも流れている魔力を、この毛に感じるのです……。眷属だからこそ、分かる……この毛の持ち主が、我等が祖であると…感じるのですよ………」
「…………」
「代々、私の血筋は、魔獣王フェンリルの血を引くと言われていた……。だが、同族であるはずの狼獣族達の多くはそれを信じず、『魔獣化』ができる私の先祖を、迫害し続けたと……。祖父も、父も、私には魔獣王様の血が流れていると言った……。けれど、周りにそれを話しても、誰も信じず、御伽噺の話だと言われ続け……」
「………」
「本当は……息子には、もうそれを伝えるべきではないと…普通の狼獣族として、このまま……。……妻が、伝えるべきだと言ってくれて…信じ続ければ、いつか真実が分かると……例えどんな結果であっても、と……」
いつの間にかバラスタの傍に寄り添うように、
妻のセヴィアが傍らでバラスタの背中を擦るように宥めていた。
そしてその傍に、父親を心配そうに見つめる息子も居た。
震えて涙を流すバラスタは、
零れるように言葉を漏らし続けた。
「フォウル殿……これは、これは間違いなく……魔獣王フェンリル様の、毛なのですね……?」
「…あぁ、間違いねぇよ」
「……っ……よかった……本当に……信じ続けて……良かった……。……フォウル殿、ありがとう……これを見せて頂き……魔獣王フェンリル様の存在を、証明していただき……本当に、ありがとう……っ!!」
涙を流しながら頭を垂れ、
手と足を地に伏して着け、
フォウルに感謝する言葉を続けた。
そこには、バラスタしか知らない…いや、
バラスタ達『魔獣化』ができる狼獣族という一族の、
迫害され続けた悲しみの歴史が報われた瞬間だったのだろう。
このヴェルズ村で、
そう言った迫害はなかったかもしれない。
しかしこのヴェルズ村ですら、
バラスタの一族が魔獣王の血筋だと信じる者達は一人もいなかった。
妻のセヴィアでさえ、
信じることを止めてはいけないと伝えてくれたが、
バラスタの一族が抱える『魔獣王』への渇望を、
本当に理解はしていなかった。
今のバラスタの泣き崩れ謝意を述べる姿が、
バラスタの一族が伝えてきた想いをそのまま現していた。
そんな父親に続くように、
幼い息子のリエラも、父親と同じように頭を垂れ、
手と足を地に伏して着けた。
「おじさん!父さんの……父さんの夢を、見せてくれて、ありがとう!!」
「……父親の夢が、毛か?」
「父さん、ずっと言ってたんだ!フェンリル様はどこかに必ずいるって!その子孫であることを誇りにしろって!でも、父さんのお父さんやお母さんが、フェンリル様を探しにいって、戻ってこなかったって……。…だから、ありがとう…!ありがとう、おじさん…!」
一生懸命にそう話すリエラの言葉に、
周囲の空気がピタリと止まったことを、全員が感じた。
*
バラスタは子供時代に、両親が居なくなった。
バラスタの両親はある日、
子供であるバラスタを残して旅に出た。
その理由は誰にも話さず、村人の中でも、
子供を捨てて何処かに移住したのではと、
そういう話にもなったほどだ。
しかし、当時の子供だったバラスタはソレを否定した。
両親は魔獣王様を探しに行ったのだと、
そう主張して言い続けたのだ。
捨てられたと揶揄して貶めようとする当時の子供達と喧嘩になり、
それを宥めて止めようとする大人達にさえ、バラスタは反抗的だった。
いつしか、同世代の子供達からも疎まれ遠ざけられ、
大人達からも問題児だからという憐れみと諦めの表情で見られていた。
そんなバラスタが精神的に丸くなったのは、
セヴィアと出会ってからだった。
周りに反抗的だったバラスタと出逢ったセヴィアは、
声高に魔獣王が居ることを叫び続けるバラスタを、
他の大人達と同様に宥めたが、やはりバラスタの反感を買った。
セヴィアの手を噛んだ後、
まだ完全ではない魔力制御で『魔獣化』し、
子供ながら、二メートル弱の黒い大狼へと変身して威嚇した。
一歩間違えれば自身を制御できず、
怒りの感情に任せて大狼の姿のままで、
目の前に居たセヴィアを噛み砕いたかもしれない。
しかし、セヴィアは退かなかった。
真っ直ぐ大狼のバラスタを見つめ続け、
周りの大人達と違う視線に困惑するバラスタを、
大狼のまま抱き寄せて、優しく抱擁した。
『大丈夫。もう怖くないわ』
そう優しく言い続けるセヴィアに、
バラスタの気持ちが落ち着くと同時に、
大狼のまま、低く唸って涙を流した。
そのまま泣き疲れて元の狼少年に戻るまで、
セヴィアはバラスタの傍で寄り添い続けたのだった。
バラスタはそうして落ち着きを取り戻し、
十数年の時を掛けて、
長年の想いセヴィアに伝えるまで、
様々な思いを胸に秘めたまま、今日まで我慢し続けた。
そう、我慢し続けた。
アイリと同じように、バラスタもまた、
孤独の恐怖と秘めた想いに耐え続けた者だった。
アイリが警備隊詰め所で泣いた時、
リエラに伝えたバラスタの言葉は、
そのまま自分の事だったのだ。
胸の内に秘めた辛い過去と苦しみを。
そして、セヴィアという愛する者に守られた、自分という存在。
そして、自分を支えてくれた愛する者を、
今度は自分が守るという、狼獣族の雄の努めと想いを。
自分のように不安と恐怖を抱えるアイリという少女を、
誰よりも強く支えて欲しいと息子に願ったのは、
同じく内に苦しみを抱えたバラスタだったからなのだ……。
+
「――…ほれ、狼牙の親子。コレやるからさっさと顔上げろ」
「――…は?」
地面にうつ伏す様な体勢だったバラスタとリエラの二人は、
フォウルの声で顔を上げ、
何を言われたのかを理解できなかった。
フォウルが握っていた魔獣王の毛を、
アイリに渡した物と同じ、蛇王の皮の紐で結んでまとめると、
それを摘んでバラスタ達の顔の前に持ってきていた。
「狼牙ってのは、確かフェンリルが人との間で生ませた時に子に与えた氏族名だ。フェンリルの元に居た狼獣族全員が『魔獣化』できるもんだから、狼獣族ってのは全員できると思ってたぜ」
「い、いえ…。確か祖父や、父や母の話では、狼獣族は『魔獣化」を出来るのは極少数だったと……」
「だったらできないそいつら等はただの犬共で、狼獣族じゃないだろ。たまに居るんだよなぁ、ちょいと身体がデカいだけで自分を虎獣族だと思い込んでる猫獣族とかよ。獣族にはそういうの結構多いぜ?」
「で、では…私の一族は…?」
「違う群れに紛れて、そのまま狼牙とハグれたんだろ。犬獣族と混ざったら、立場が逆転しちまったんだろうな。さっきの訓練場にいた犬っころ共の中に、お前等以外の狼獣族はいたか?」
「は、はい。十数名ほど…」
先程の競合訓練で、狼獣族の警備隊員達や観客、
参加者達も十数人以上混じっていた。
彼等とバラスタは同じ狼獣族ながらも、
過去の体験から、同族ながらも疎遠となってしまった者達だった。
しかし――…。
「だったらソイツ等は狼獣族じゃねぇ。先祖の血が濃いだけの、ただの犬獣族だ。お前の息子の鬼才っぷりは見ただろ?アレが狼獣族、アレが狼牙だ。お前の息子は、そして息子に血を継がせたお前は間違いなく―――…狼獣族の狼牙だ。バラスタ=フェルガー」
そう告げると、フォウルは地に伏していたバラスタの手を摘み、
手の平を広げさせて、魔獣王の毛を渡した。
直に伝わる魔獣王の毛の感触と、
毛のみにも関わらず、力強く感じる直に感じる魔力の波動に、
バラスタは感動以上の感情が押し寄せ、
またしても涙を溢れさせた。
魔獣王の毛を両手で優しく包み、
それを息子にも感じさせようと、息子にも触れさせた。
リエラは恐る恐る毛を触り、
触った瞬間に尻尾をピンと立てた。
「父さん!これ、凄いよ!触っただけなのに、フェンリル様も力を凄く感じる!!」
「――…あぁ、ああ!!これが、私達、誇り高い狼獣族の……私達の、フェンリル様の血を引く、立派な証拠だ……ッ!!」
涙を流しながら、誇り高く伏せた身体を蹴り上げるように跳ね起き、
息子の傍で身体中の魔力を漲らせたバラスタが、誇り高くそう叫んだ。
その瞬間、『魔力制御』と『魔力操作』で肉体の肉質を変化させ、
徐々にバラスタの肉体が大きく変化し始める。
全身の体毛が漆黒に長く伸び、
身体の大きさは元の二メートル近い体格から、
一気に五メートル以上に膨らみ始める。
装備していた防具は紐の部分から千切れ落ち、
着ていたズボンは破けて、上着はズリ落ちて地面へと転がった。
リエラも、父親に導かれるように肉質を変化させ、
金髪の体毛が徐々に全身に広がり、
顔や手足の構造が変化し、
父親と同じ獣化形態へと変化していく。
そのまま続けて獣化から魔獣化へ進み、
身体が膨れるように大きくなり、
一メートルほどのリエラの体格が、
二メートル、三メートルと増していく。
父親と同じように、着ていた麻布の上下の服が破れて千切れ落ち、
そのまま地面に落下した。
二人の狼親子の姿は、
とても巨大な大狼へと化していた。
漆黒の毛並みを纏う全身五メートル強の大狼と、
金色の毛並みを纏う全身三メートル強の大狼。
漲る魔力は、人化状態の二人から感じた魔力とは程遠く、
それは巨神族に進化したガブスと変わらぬほどの魔力圧を放っている。
殺意を抱いているわけでも、
怒気を含んだ雰囲気を持つわけではない。
それは純粋な、二人の歓喜と感嘆によって導き出された、
純粋な魔力そのものだった。
『我は、魔獣王フェンリル様の血を引く一族!狼獣族のバラスタ=フェルガー!!』
『僕は、ヴァリュエィラ=フェルガー!!』
『今宵の月に吼えて誓おう!!我等は狼牙の名に誓い!!その盟約の約定を、必ず守ると!!』
『僕等は、愛に縁って交わり生まれた一族!!だから、愛する者の為に生きる誓いを!!』
『誓いを!!』
『ウォオオオオオオオオオオオン!!!!』
『ワォオオオオオオオオオンン!!』
二人の親子の遠吠えがヴェルズ村を覆い、
周囲の山々へと響き渡った。
その言葉は、魔獣王フェンリルが愛した人間と、
その子に送ったとされる、誓いの約定だった。
真の狼獣族は、その言葉を親から子へと受け継ぎ、
一族に伝えていくのが習慣。
今までの彼等は、それを叫べば同胞である狼獣族(本当は犬獣族)に迫害され、
魔獣化した姿を異端視され、仲間達からノケモノにされ続けた。
しかし、狼親子が今叫んだのは、
魔獣王の毛に触れて感じた魔力の波動で、
自分達が真の狼獣族だと確信したからだった。
それは二人の大狼にとっては歓喜であり、
知り得たかった事への最高の感嘆だった。
「良かったわね、あなた。ヴァリュエィラ」
『おお!我が愛する妻よ!!』
『お母さん!』
雄叫びを続けている二人の大狼に、
セヴィアは嬉しそうに笑いながら、二人の傍に寄り添った。
バラスタとリエラは大きな顔をセヴィアに擦り寄らせ。
やや湿った鼻をクンクンと嗅ぎながら、
セヴィアにスリスリと懐くように触れていた。
セヴィアも満更ではない様子だったが、
笑顔のまま、二人にこう述べた。
「あなた、ヴァリュエィラ」
『なんだ、我が愛する妻よ!』
「私、とっても嬉しいのよ。あなたが今まで気に掛けていた事が解消できて。誇れるモノを取り戻して――…でもね?」
セヴィアの口調が一段階下がった。
その瞬間に空気が冷えたような感覚を、
周囲だけではなく、アイリ・フォウル、そして狼親子も感じた。
そのまま声の調子を下げたまま、セヴィアは言葉を続けた。
「あなた。リエラ。前にも言ったわよね?」
『………あっ』
『あっ』
「その姿になる前に、ちゃんと服を脱いでねって。前に言ったわよね?」
歓喜の表情から、
一気に狼親子の表情が青褪め始めた。
狼親子の周りに散らばった服だったモノの跡と、
まだ辛うじて巻きついている千切れた服が、
狼親子の敷き詰められた毛並から覗かせていた。
笑顔のまま足を進めて近付くセヴィアの姿を、
アイリとフォウルはそれを見て、
ミコラーシュに詰め寄ったヴェルズを思い出した。
アレと全く同じ空気が、今まさに流れているのだ。
「あなた?」
『は、はぃ!』
「私、言ったわよね?それとも、言うのを忘れていたかしら」
『い、いえ!!言いましたぁ!!』
「ヴァリュエィラ?」
『ワ、ワン!』
「今頃そんな声出してもダメよ。お母さん、言いましたよね?」
『ク、クゥ~ン………』
五メートルと三メートルの二匹の大狼が、
先程まで漲らせていた魔力がすっかり消え失せ、
ただの大きな犬に変化したような面持ちだった。
この服は誰が縫うのかという話から、
せっかく後夜祭に参加したのに、
誰が今から着替えを取りに行くのという、
セヴィアの説教は狼親子に長く続き、
違う意味で狼親子が涙目になっていた。
それに苦笑して見つめるフォウル達大人一同と、
大きな犬になった事の方に興味を寄せているアイリの対照的な風景が、
その場に滾っていた雰囲気を一気に和ませたのだった。
それから二匹の大きな狼が、
広場の片隅でエルフの女性に説教されている姿が、
その日に数多くの人々に目撃された。
心なしか、その近くに居た集団の空気は暖かく、
その狼二人とエルフの女性の光景を優しい眼差しで見守っていたそうだ。
余談だが、魔獣化ができない狼獣族が、
後の世で名を改められ、『犬狼族』と名乗るようになったのは、
また別の話。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




