第036話 魔物使い
日が落ち始めた夕刻、
訓練場に集まった警備隊員達と子供達は、
ほぼ全員がヘトヘトに疲れながら、
地べたに這ったり、座って息を整えていた。
その間にも元気に訓練を続けているのは、
アイリとリエラの二人だけだった。
リエラの方は、フォウルから直々に魔技を習い、
その全てをほぼ完璧にこなしている。
それどころか、複合魔技も簡単に覚えたのだ。
フォウルが見せて出来るか試したのは、
自分の魔力を足裏に放出して、
それを足場にして歩く高等魔技、『魔力歩行』だった。
足裏に魔力を集中させ、更に循環する魔力も整えて、
普通は水の上や、歩き難い砂漠や沼地を歩行する為の技術。
その気になれば空中を歩けるので、
凄く便利な魔技に思えるが、
精神的に一瞬の怯みを見せて魔力が乱れれば失敗するこの魔技は、
要求される心身の負荷が割に合わない為、
やる意義は少ないようだ。
結果だけ言えば、リエラは『魔力歩行』を出来た。
若干始めは困惑していたようだが、
数分後には空中に片足を上げて、
何かを踏み付けるように踏ん張り、
今度はもう片方の足を上げて、歩く様に足を進めてた。
ニ十センチほど浮いた状態で五歩ほど足を進めて、
そこで集中力が切れたようで、フッと足場を無くして、
地面にややバランスを崩しながらも着地した。
全員がソレを見て目を丸くして驚き、
フォウルはニヤッと口を吊り上げて笑い、
リエラの父母であるバラスタとセヴィアは驚きつつも、
自慢すべき息子の成果に、満足そうな笑みを浮かべていた。
それから、魔力を纏わせた拳や足を突き出し、
纏わせた魔力も合わせて放つように『魔力放出』して、
発生した魔力と空気の壁を混ぜて飛ばす『魔力圧撃』。
フォウルの場合は、指をパチンと鳴らすだけで
50メートル以上の的にピシッと『魔力圧撃』を当てて、
的となっている鉄製の胸当てに小さな凹みができていた。
流石にリエラにそんな芸当はできなかったが、
何度も拳を突き出すと、数メートル先の的が僅かに揺れて、
形だけでも『魔力圧撃』が成功した。
あまり使うことがない芸当だけれど、
『使えない』と『使わない』では全く違うので、
覚えておいたほうが良いようだ。
それ等の小技をリエラに教えていくフォウルのおかげで、
リエラは一時間ほどで多彩なまでの複合魔技を覚えた。
アイリは全て覚えられなかったが、
後日、傍で見ていたミコラーシュと、
実際に教えられたリエラに教えてもらう事ができた。
フォウル曰く、リエラは500年に一人の才覚を持つ。
感覚で覚えるリエラと、
理屈で覚えるアイリとでは、
教えられる時に若干苦労する事になったのだが、
それはまた別の話。
そんなアイリは苦労しつつも、
先を進んでいくリエラに追いつく為に、
『魔力制御』を始め、『魔力操作』と『魔力抑制』、
『魔力放出』の順にこなしつつ、なんとかフォウルに及第点を貰った。
及第点という言い方には理由があり、
フォウル曰く、「まだまだ甘いな」とのこと。
これから身体の成長に合わせつつ、
魔力の制御も操作も馴染ませないといけないので、
今のままで満足せず、精進しろということだ。
少なくとも、成人するまでは、
魔技の訓練は毎日欠かさずしなければと、
アイリは考えるのだった。
ヴェルズ村を覆う空は夕暮れを迎え、
日が沈みかける夕日が赤く山々と湖を照らし、
それは訓練場の人々にも照らされた。
訓練の監督をしていたミコラーシュは、
空の色と周囲の状況を確認し、
全員が見える位置に移動すると、
全員に聞こえるように声を張り上げて、競合訓練の終わりを告げた。
「これで競合訓練を終了する!各村々の警備隊は隊員が全員いるか確認!ヘバってる奴は引き摺っててもでも宿泊場か後夜祭がある場所に移動させな!各隊長は子供のお守り!キュプロス!ガルデ!お前等は観客まとめて後夜祭の場所へ誘導!」
「了解!姐御!」
「了解!総隊長!」
「おい、元オーガキング。アンタはどうするんだ?後夜祭、参加するならアタシが直々に案内するよ」
一通りの指示を済ませた後、
訓練に参加していた隊員達は、
ヘトヘトになりながらも立ち上がって移動し、
訓練に参加していた隊長達は、
子供達を観客にいる親御の元へ、子供達を送り届けた。
ミコラーシュの側近であるキュプロスとガルデは、
訓練場の周りを囲んでいた観客達の誘導して、
後夜祭となるヴェルズ村の中央広場へと導いていた。
そんな中、まだ元気に魔技の訓練をしている、
子供のリエラとアイリの傍にいたフォウルに、
ミコラーシュは歩み寄ってそう聞いた。
「それより俺は、ドワルゴンの居場所を教えてほしいワケなんだが?」
「約束だからちゃんと教えるさ。でも今から教えても着くのは夜更けになるし、師匠は山の中に幾つも拠点を作ってる。今はその拠点の何処にいるのかも分からないよ?」
「……どっちにしても分からないっつぅことかよ。お前等、どうやってそのドワルゴンっつぅのと連絡取ってるんだよ」
「魔物を飼い慣らしてるのさ。師匠は数匹の魔物を飼ってて、呼び子を鳴らせば魔物等の一匹がすぐ来るから、その魔物に書簡持たせてこっちから連絡してるね」
「……魔物を飼い慣らしてる、だと…?」
ミコラーシュから出た言葉に、
フォウルは訝しげな表情を浮かべた。
その言葉が信じられないように聞き返すと、
ミコラーシュも頷くように驚いた事を同意しつつ、それに答えた。
「師匠は魔物と通じ合えるらしい。アタシも年寄りから聞いたんだけど、大昔は魔獣とも通じ合えたらしいんだ。実際のところは分からないけど、魔物を飼い慣らしてるのは事実だね」
「………確かに、魔物と通じ合う獣族ってのはいる。だが、ドワルゴンはオークだろ?魔物と通じ合えるオークなんて、聞いたこともねぇ」
「その辺の事情知ってるのは、ジュリア様と年寄りぐらいだよ。アタシは全然だ」
首を振ってドワルゴンの事情を知らない事を伝えるミコラーシュを見て、
フォウルは神妙な表情を浮かべつつも、伏せていた目を開いて、
「分かった、んじゃ後で拠点だけ教えてくれ」とだけ伝えた。
フォウルはフォウルなりに、
ドワルゴンの事で何か思うことがあるようだ。
魔物を飼い慣らす事に訝しげな顔を浮かべた、
フォウルの面持ちには理由がある。
ヴェルズ村で蓄農している動物達は、
魔物という種とは別の種類。
つまり、人間大陸から輸入された動物達なのだ。
故に、正しく育てれば魔物の様に巨大にはならず、
大人しい動物はずっと大人しいままなのだ。
だが、魔物は違う。
魔物は動物と違い、極めて凶暴性が高く、
従属関係を非常に結び難い。
獣族や亜獣種と同系統の魔物であれば、
稀に従属関係を結ぶ部族もいるのだが、
それは本当に稀な事態で、魔大陸でも目撃例が非常に少ない。
なのに、ドワルゴンというオークは、
魔物を使役し飼い慣らしているという。
その事実は、フォウルには信じ難いものだったのだろう。
かく云う『アタシ』も、当時見た時には驚いた。
ドワルゴンを初めて遭遇した時、
『アタシ』はその光景の異様さを感じざるをえなかった。
魔物だけでなく、魔獣を従えたドワルゴンが、
『アタシ』の目の前に現れた、その時までは。
余計な『アタシ』の話で逸れたが、
ミコラーシュ達も話が逸れていた軌道を修正するように、
改めてフォウルにミコラーシュは聞き返した。
「で、どうする?後夜祭に行くかい?」
「……メシと酒は出るのか?」
「出るねぇ。そりゃあいっぱい」
「んじゃ行くか。どっちにしろ、明日にはドワルゴンが来るって話だからな。それまで祭りを楽しませてもらうぜ」
そう言うと、フォウルはミコラーシュから視線を外して、
目の前に居るアイリとリエラに目線を戻した。
二人には既に、バラスタとセヴィアが傍に寄り添い、
持ってきていた手拭で汚れた手や顔を拭いて、
木筒の水筒から水を補給している最中だった。
リエラには細かい複合魔技を教え終わり、
アイリには基礎となる魔技の扱い方を教え、
フォウルとしても、またアイリとしても、
今日の目的は達成できたのだった。
アイリは基礎を覚えられた事で満足しつつも、
複合魔技まで出来なかった事と、
隣に居るリエラが複合魔技まで覚えられた事に、
悔しさを感じつつも、対抗心と向上心を燃やしていた。
一方のリエラは、そんな熱い視線を送るアイリに気付き、
若干照れた表情で、尻尾を振りながら笑っていた。
そんな二人の様子を微笑んで見ているセヴィアと、
こうなる結果を予想していたのかと、
改めて妻を畏怖して耳を垂れて怯える夫のバラスタの、
親子の風景がそこにはあった。
そんな親子とアイリの様子を、
一瞬表情を和らげながらも、
やや目を細めながら悲しげな瞳で見つめる大鬼の姿に、
誰も気付かない。
「おう、お前等は後夜祭ってのには参加しないのか?」
いつもの表情に戻ったフォウルの声に、
アイリ達は全員が視線をフォウルに向けた。
その問い掛けをイマイチ理解していないのは、
子供達二人だった。
後夜祭という言葉の意味が分からない二人は、
互いに顔を見合わせながら、
代表して聞いたのは、アイリだった。
「こうやさい、って何ですか?」
「ん?あー、なんか催し物をやった後に開かれる、パーッと飲み食いして騒ぐ祭の事だな。催し物の後だから夜になるから、後夜祭って事だ。どうする?嬢ちゃん達も、まだ元気なら来るか」
そう聞くフォウルの言葉に、
頷く前にアイリとリエラが見たのは、
保護者であるセヴィアとバラスタの顔だった。
「行ってもいい?」と問い掛ける表情で、
保護者を見る二人の子供の視線と表情に、
セヴィアとバラスタは苦笑しながら、頷いて了承した。
パッと明るい表情を見せた二人は、
フォウルに頷いて返事をすると、
頭をポリポリと掻いたフォウルは、
「んじゃ、案内頼むわ」とミコラーシュに言って、
置いていた空の荷物を取って背負い直し、
ミコラーシュの案内でその場にいた全員が中央広場へと向かった。
既に審査席にいたヴェルズ達、各村長達も移動しており、
ヴェルズに同伴していたジスタやメイファも、
一緒に中央広場へ向かっていた。
競合訓練中だったので、ジスタとメイファの二人は、
自重してフォウルに接しようとは思わなかったが、
この二人は特にフォウルに問い詰めたい思いがあった。
フォウルの持っていた、小瓶に入れられた液体。
緑と赤の液体の事に関して、二人は聞きたがった。
その効果を実際に見せられたからだ。
明らかに二度と戦えないまでの重傷だったガブスが、
一瞬にして傷を治し、さらに進化させる薬。
フォウルは『回復薬』だと言っていたが、
あの薬の素材と製法を、二人は聞きたかった。
ヴェルズにも、勿論聞いていた。
ヴェルズであれば、あるいはあの薬の正体を知っていると、
二人は根拠も無くそう思って聞いたのだ。
だが、その問い掛けに関係する答えは、
ヴェルズは返さなかった。
一つに関してだけは、ヴェルズは答えを持っていた。
それは、赤い液体が入った小瓶。
マナの実の果汁が入った小瓶ならば、ヴェルズにも理解できた。
だがモノはともかく、ソレがある場所を知らないヴェルズには、
答えを返す事ができなかった。
もう一つの緑の液体が入った小瓶の薬に関しては、
ヴェルズにさえ答えが分からなかった。
効果だけで言えば、
ヴェルズの上級回復魔術に匹敵する効果だった。
しかし、その素材となる薬草の知識を、ヴェルズは持たなかった。
分からなかったのではない。
知識を持たなかったのだ。
ヴェルズも、その素材となるモノを見て考え薬を作れば、
フォウルのように『回復薬』を作れたのだろう。
ヴェルズから答えを貰えなかった二人は、
フォウルに異様なほど興味を引いていた。
それは、フォウルの圧倒的な強さより、
はるかに興味を惹かれるものだった。
ジスタとメイファは、ヴェルズの弟子として、
そして、薬学と医療魔術を探究する者として、
二人はフォウルという興味を狙っていた。
その興味を窺える瞬間を、
後夜祭で静かに目を光らせて見ていた二人の女ゴブリンの様子を、
おっかなく見せられるハメになったのは、
その息子と叔父とも呼べる立場のジャッカスだったのは、
悲しい事実だった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




