第030話 道化師
訓練場の側にあるヴェルズ村西地区の広場前には、
屋台や露店が立ち並んでいた。
そこを歩むアイリ・リエラ・フォウル・ジーク・ハイヒは、
並ぶ店や敷き布を引いた露店に置かれる品を眺めながら、
フォウルの言う子供が集まっている場所へと歩みを進めていた。
「……賑わっていますね。王都の祭りでも賑わいはありますが、行商以外の者が露店を開くという風習はないです」
「確かになぁ。俺も色んなとこを回ったが、こと祭りに関して村人がやる気出してやってるとこは、此処以外だと俺の国以外じゃ見た事ねぇな」
ジークヴェルトとフォウルが露店や屋台を見ながら、
そんな世間話をしている。
王都にも『王都建国の日』という祭りの日があり、
魔王ジュリアがその王都……元々は、
ジュリアに付いて来た魔族達で出来た、
寄り合いの村が出来た頃を、
そう呼ぶようになったらしい。
ヴェルズ村の生誕祭が秋頃にやるものだとすると、
王都の祭りは、冬を越して暖かくなり始めた春時にするそうだ。
王都の祭りは基本的に住民達は参加者側になり、
王都に行商取引を行っている商人達や、
人間大陸と魔大陸の間にある、
『中立都市』に所属する『自由商人』と呼ばれる者達が、
主に行っているらしい。
『自由商人』というのは、
人間大陸と魔大陸の往来を許されている、
人魔共同の商業組織に所属する者達。
人間・魔族区別無く行商を行い、
それぞれの大陸の国や村に貿易を行うらしい。
ヴェルズ村は、自由商人との貿易を行っていないが、
魔大陸の中央に位置する王都は、
貿易を行って祭り事も自由商人達に関わらせてやらせているそうだ。
「そういえば、フォウル殿。貴方は各地を旅していたと言っていましたよね?」
「あぁ、そうだが?」
「……これは内密にお聞きしたいのですが、実は昨日、お婆様に『奴隷』を商う自由商人が王都に出入りしていないかと聞かれました」
「奴隷だぁ?」
ジークが小さな声ながら伝えた『奴隷』という言葉に、
フォウルは目付きを険しくさせて眉を吊り上げさせる。
「詳しくは聞けませんでしたが、お婆様の方で気になる事があったようです。……僕は王都の政事に深くは関われてはいませんから、商人達の商い事を詳しく知りません。ただ、奴隷を扱っている商人がいるとなれば、話は別です。もしかしたらフォウルさんなら、何か奴隷を商いにする商人の事を知っているかと……」
「奴隷か。人間大陸の方じゃあ、確かに奴隷は居るな。犯罪を犯した奴や、食うに困って借金して身売りしてる奴等が奴隷に墜ちてな」
「そう、ですか。聞いてはいましたが……人間大陸では、まだ奴隷というものは存在するんですね」
露店を眺めているアイリとリエラに聞こえない程度に、
声量を落としたフォウルの言葉に、
ジークは苦虫を噛むような面持ちをしている。
約1000年前に人魔大戦が終結し、
完全に人間大陸から魔族の奴隷を無くした魔族達と、
魔大陸から人間の奴隷を無くした人間達の違いは、
その後に『奴隷』という制度と風習を残したか否かだった。
魔族達は奴隷という悪習を無くしたが、
人間はある程度決まりを作り、
奴隷制度そのものは残していた。
法を犯した犯罪者を労働力として、
奴隷に墜とす制度が主だったが、
約1000年で制度の法案も変わり、
借金を作り返済できない者は奴隷に墜ちる。
そういう奴隷が今の人間大陸には存在する。
それが正しく行われているのであれば、
それは人間達の話なので、
魔族達には関わりはないだろう。
しかし、魔族を奴隷に墜とすとなれば、
それは魔王ジュリアと交わした盟約の破る事に他ならない。
魔王ジュリアは勇者と盟約を結ぶ際、
『今後、魔族を奴隷にするような事があれば、その国を滅ぼす』
と、人間・魔族の両者に明確に伝えている。
それから約1000年経ち、
人間大陸ではその盟約が守られているかは定かではなく、
また、人間大陸に住む魔族達も確かにいる。
ただ奴隷にできない以上、
犯罪を犯した魔族は、
人間の法で死罪に値するなら死罪に。
刑が軽い者であれば、
投獄後に強制的に魔大陸へと送還させる決まりにもなっている。
それが互いの大陸へ干渉しない、
この世界に生きる人間と魔族のやり方だった。
「そこはジーク坊が気にすんな。それより奴隷商か。魔大陸じゃあ聞いた事はねぇな。南の方も、そもそも奴隷なんてモンを働かせるくらいなら自分でやれって鍛えたからな」
「はは……っ。流石、勇猛だと聞くオーガの王ですね」
「まぁ、ジュリアの奴が消えたって話から500年経ってるからな。俺が行った時も人間同士で戦争やってたくらいだ。そろそろ魔大陸で魔族が何かやろうとしても不思議じゃねぇわな」
「……僕の兄上のように、ですね」
それから、二人はこれ以上の話はやめた。
静かに後ろで聞いていたハイヒも、
ジークが話し終えて露店の方へ視線を向け始めると、
ジークの後ろに控えて移動している。
フォウルは子供達が楽しそうに微笑む姿を見て、
頭を手で掻きつつ、アイリ達と共に歩き出した。
*
「あそこだな。ガキ共が集まってるのは」
露店を眺めながら西地区の広場に訪れたアイリ達は、
フォウルが指す広場の端へと目を向けると、
確かに子供達が集まっていた。
だが、その催し物が終わってしまったのか、
子供達が散り散りに移動し始めていた。
「なんだ、終わっちまってたのか。来るのが遅かったなぁ」
「屋台や露店の物を見ながら来てしまいましたから。何をやってたんでしょうね?」
「……ねぇ、アイリ。みんな何か持ってる。なんだろう?」
リエラが何かに気付いたようで、
アイリも子供達を見ながらソレに気付いた。
串焼きの串より太いものの、
棒状の先に透明なモノが付着したソレを、
魔族の子供達が舐めながら美味しそうにしている光景を、
アイリもリエラも不思議そうに見つめた。
「……ありゃ、もしかして…水飴か?」
「みずあめ?」
フォウルも子供達の持つモノに気付いたようで、
少し眺めてそう言うのを、アイリは聞いた。
アイリは『水飴』というものを知らなかった。
「砂糖と水を合わせて熱して飴にした食いモンだ。あー、そうか。嬢ちゃんは知らんか」
「フォウルさんは、知ってるの?」
「あー、まぁ、ガキの頃には食ってたからな。……だが"この世界"じゃ、初めて見たがな」
そうフォウルは言うと、
子供達が集まっていた場所へと足を向けた。
それに釣られるようにアイリもジーク達も、
後を追うように子供達が集まっている場所へ向かう。
子供達が集まっている場所には、
木材で出来た脚立と枠縁が置かれ、
簡易式の屋台に魔族語で『水飴屋』と書かれた看板が、
その横に置かれている。
水飴を配っている人物は、
一人一人に水飴を渡していくと、
丁度全て散ったところで、
枠縁と脚立を片付けようとしていた時だった。
その人物が、近付いてくるフォウルに気付いたようで、
手を止めてこちらを向いた。
「おや、申し訳無い。そろそろ店を畳もうと思ってまして」
「気にすんな、客じゃねぇよ。それより随分豪勢だな。砂糖ってのは嗜好品としちゃ高級な部類だぜ。水飴なんかで元は取れるかい?」
「いえいえ、砂糖じゃないですよ。砂糖になる前の『粗糖』という奴なので、厳密には純粋な砂糖じゃないです。それに、これはオマケみたいな物ですからね。こっちが終わったら、無料で渡してるんですよ」
そう言うと、木材の枠縁と脚立をポンポンと叩き、
一緒に片付けようとしていた小包に入った紙を見ながら、
その人物は笑っている。
笑いながら答える人物に、
フォウルは怪訝そうな表情を強めた。
後から追ってきたアイリ達が合流すると、
「おやおや」と困ったように苦笑をする人物の姿を、アイリは見た。
キャップ形状の紺色の帽子を被り、
紺色の丈が長いコートを羽織、
皮の服と短いズボンを身に付けた、
タイツに近い物を脚に履く人物は、
身体特徴を見ても間違いなく女性だった。
帽子で目線は隠れているので表情は読めないが、
一同の中で一番驚いて見ているのは、ジークだった。
「……その耳、その肌。もしかして……いや、でも……」
「……ジークさん?」
「ジーク様、まさか、あの者はもしや……」
息を呑むようにジークとハイヒが、その人物に目を向けた。
一歩ずつ歩みを進めるジークは、
フォウルの横へ立つと、
視線は移さずにフォウルへ言葉を向けた。
「フォウル殿、すまない。――……失礼だが君は、もしや……人間か?」
ジークの言葉に驚いたのは、
フォウルを除いた全員だった。
その言葉を聞いた目の前の人物は、
口を微笑ませながら帽子を取り、頭を下げて礼をした。
その瞬間に帽子に収納されていた、
長い髪が姿を現した。
頭を上げたその顔と出で立ちは、
ロングの髪に青みを含んだ黒髪と黒の瞳を持つ、
幼さを顔に残しつつも妖艶な雰囲気を持つ人間の女性だった。
「挨拶が遅れたようで失礼。オーガの王、それにハイエルフの王子。それに――……いや、他の方々も初めまして。『自由商人』をしつつ、世界を旅しています。名前は……そうですね、『道化師』とでも呼んでください」
「!?」
「!!」
『オーガの王』そして『ハイエルフの王子』と呼ぶ、
自らを道化師と名乗る人間の女性の言葉に、
二人は驚きの表情を見せる。
ただ、途中で言い淀んだように言葉を噤んで、
自己紹介に移る直前、
そのクラウンはアイリの方を見ていた事に気付いたのは、
この中ではフォウルだけだった。
先に動揺したように、
クラウンに言葉を投げかけたのはジークだった。
「どうして僕の事を……いや、僕だけじゃない。フォウル殿の事も何故……?」
「私の趣味でして。貴方達のことを知っている。ただそれだけですよ。深い意味は無いので御心配なく」
「!!」
「ですが、やっぱりあなた方には誤魔化すのは無理だったようだ。実は、ちょっと細工をしてましてね。他の皆さんが私を見てもありふれた魔族に見えるはずなんです。けれどあなた方にはバレてしまうようだ。いやー、失敗失敗」
「魔族に、見える……?」
クラウンと名乗る人間の女性の言葉に、
全員が怪訝な表情を強めて見ていた。
しかし、その説明には一定の納得を得られた。
ここに訪れていた魔族の子供達が人間を見ても何も思わずに、
素直に水飴を受け取って食べて散らばっていく姿を見ると、
あの子達には彼女が何かしらの魔族に見えるらしい。
周囲の大人達もそうで、
人間がいても驚かないのではなく、
人間に見えないから驚いてはいないのだろう。
それほど、魔大陸の南東に位置するヴェルズ村に、
人間が訪れ、更に行商をしている光景は、
異端過ぎるものだったのだ。
「そんな事はどうでもいい。それよりも、だ。――……《てめぇ、『前世持ち』か?》」
「!!」
フォウルが突如、魔族語から日本語に切り替えて喋る姿に、
一同は驚くが、一人違う事で驚いている。
喋っている日本語を理解している、アイリが驚いていた。
フォウルは目の前に居る人物を、
『前世持ち』だと思っている。
つまりアイリやフォウルと同じく、
前世の記憶を持った人間という事になるのだ。
この言葉に、アイリは驚かずにはいられない。
「《おや、なんでそうお思いで?》」
笑顔でそう返すクラウンの言葉に、
フォウルは目付きを鋭く睨みつける。
日本語で言葉を返す時点で、
『前世持ち』だという事が確定したからだ。
「《水飴に紙芝居なんて、あからさまに日本人だって言ってるようなモンなんだよ》」
「《はい。そういう意図もあるのでやってましたから》」
「《テメェ…。いったい何者だ?》」
殺気を向けて威嚇し、
フォウルは手を握り筋肉をやや膨張させる。
それに気付いたハイヒやジークは緊張するように冷や汗をかき、
アイリは殺気立っているフォウルを心配そうに見ていた。
「《安心してください。鬼王や勇者、それに魔王が考えるような悪さはするつもりはありません。それに、"この世界"に過度な干渉もする気は無いですよ。ただ私は、この世界を旅して見て回ってるだけです》」
「《……テメェが何を知ってるってんだ?それに、ソレを信じろって言うには、お前さんは怪しすぎるんだよ》」
「《あっはっは、まぁ怪しいですよねー。でも、私には叡智で文明技術を進化させる知識も無いし、戦場で兵士達を問答無用で吹き飛ばす力も、発展し栄えた国を人々ごと消し飛ばすような精神もありませんよ》」
「ッ!!」
そう告げられると、
フォウルは身体に込めた力を徐々に抜いた。
それを確認したように笑顔を一同に向けたクラウンは、
屋台を折り畳み、それ等の荷物にクラウンが触れると一瞬で消えた。
全員がそれに驚いたように目を見開くと、
「ただの『物質転移』ですよ」と、
クラウンは笑顔で言うと、ますます一同は表情を困惑させた。
あれが魔術なのか、それとも人間の身技である、
『精霊技』というものなのか、
一同は分からなかったからだ。
その光景も、どうやら一同にしか見えないらしい。
周りの者達がそれに目撃しても、
何も思わずに祭りを楽しんでいる姿に、
アイリ達は困惑させた。
片付け終わったクラウンが長い髪を纏めて帽子を被りなおし、
「それでは、御機嫌よう」と告げて、
その場から立ち去ろうとした。
「あ、そうだ。君達にもコレをあげよう」
そう思い出した様に振り返ったクラウンは、
アイリの方を見て二つの水飴棒を投げ渡す。
風の魔術を使ったのか、
それともそれに近い精霊技を使ったのかは分からないが、
アイリとリエラの手元に綺麗に届けられた。
そして、クラウンはアイリを見て告げた。
「《――……この先は君の選択次第だ。頑張ってね》」
「え……?」
それだけ告げると、
去っていこうとするクラウンを止めようと、
フォウルに続いてジークとハイヒが同時に動き出した。
けれど、透明化するように足元から消えたクラウンを、
フォウルとジーク達は辺りを探るように探した。
しかしフォウル達は、
道化師と呼ばれる人間の女性を、完全に見失った。
「……消えた?お婆様のような『自己転移』ではない……。いったい、何者なんだ……?」
ジークはそう呟き、
ハイヒは同意しながら頷いていたが、
フォウルも無言で周囲を見渡していた。
片や、リエラとアイリの子供二人は、
投げ渡された水飴を見ながら、
不思議そうに見つめていた。
薄く黄色く着色している水飴は、
透明ながら滑らかにキラキラと輝いて見える水飴を見て、
リエラが鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。
それから水飴を舐めると、
リエラは「アイリ、これ甘くて美味しい!」と伝えた。
消えたクラウンという女性と、
フォウルを気にしていたアイリだったが、
リエラに話し掛けられて意識を渡された水飴に戻すと、
アイリも水飴を舐めた。
「!……甘い、美味しい」
それは、少しだけ懐かしい味がする甘さだった。
アイリの水飴はやや赤み掛かっており、
いちご味のような風味を感じた。
それはアイリが前世でも食べたことが無い、
初めて食べる水飴だった。
*
「結局、あの女は何者だったのでしょう……?」
「……さぁな」
西地区の広場での出来事は、
クラウンと自称する人間の女性の言う通り、
アイリとフォウル達一同以外には騒ぎにもならないまま、
事が過ぎていた。
魔力探知と魔力感知を併用して探していた、
ジークとフォウルの包囲を掻い潜った事で、
道化師と自称する女が村に既に居ないと感じた二人は、
一同を連れて訓練場への道へと戻っている。
その際、フォウルが葡萄酒を扱う出店を見つけたので、
持っていた酒樽いっぱいに汲むと、
それを片手で抱えながら歩いていた。
リエラとアイリは、
渡された水飴をペロペロと美味しそうに舐めながら、
ハイヒが横について他の者にぶつからないようにしている。
「先程の事、お婆様に報告するのは勿論だと思いますが、直接お知らせするほうがいいでしょうね。人間が、しかも『精霊術師』がこの街に侵入していたとなれば、祭りが台無しになるほど大騒ぎになってしまうでしょうし……」
「『精霊術師』、なぁ……。ありゃ、俺が知ってる精霊技に近いが、お前の知ってる精霊術師とは別物かもしれねぇぞ」
「えっ、どういうことですか?」
「精霊術師ってのは、精霊の力と自分の生命力を等価交換として精霊技を使う。……だがな、あの女は"そういうこと"をしている様子が無かった。普通は、俺等が魔術を使う時と同じように、精霊との交わりが出来た瞬間に精霊術師の身体から生命力の迸りを感じるんだ」
フォウルが詳しく精霊術師の事を述べると、
ジークは目を丸くして驚く。
見た目は確実に厳つく粗暴なオーガの様相なのだが、
時に見える知的な言葉に、
ジークの知識で知るオーガとの差異に驚かずにはいられない。
それもフォウルが『前世持ち』という存在に起因するのだが、
アイリを除いてソレに気付く者は、誰もいない。
「初めて聞きました。……いや、そもそも精霊術師のこと自体、王都や中立都市の者でも滅多に目撃例が無い。勇者が使っていたという身技だと聞きますし。……それにしても、フォウル殿は精霊技にも詳しいのですね。そんな記述、王都の書庫でも見た事がありません」
「まぁ、長く生きてるからな。それに、勇者の奴にも聞いた事はある。あの女……勇者みてぇな強い気配は無かったが、少なくとも、精霊術師としちゃあ、勇者並だな」
「そうなのですか―――…って、勇者!?フォウル殿は、勇者と会った事が!?」
何気ないフォウルの発言に、
歩きながらジークはフォウルへと視線を向けた。
フォウルが「あ、やべっ」という表情で頭を掻いてから、
じっと見つめるジークに一度視線を落として話し始めた。
「2000年ぐれぇ前には、勇者とは戦ったこともあるんだ。結局、決着はジュリアの奴が乱入してきて滅茶苦茶にされたままだがな」
「!?……は、初めて聞きました。オーガの王と勇者が戦った事があるなんて。それに、ジュリア様が勇者と戦ったという言い伝えでしたが、まさかソレが……?」
「まぁ、真実だな。あの時のジュリアは糞ガキでな。大人として引いてはみたが、今思うとあん時にぶっ飛ばしときゃ良かったと思うぜ」
「あ、あはは……。僕は、そのジュリア様の孫になるのですが……」
遠慮もせずに子孫の前で祖先の悪口を言うフォウルの態度に、
ジークは苦笑しながら、訓練場へと歩みを進めた。
フォウルも鼻を鳴らして思い出したようにやや怒っていたが、
それもすぐに収まり、子供等の引率者としての務めを果たしたのだった。
訓練場に戻ったアイリとフォウル達は、
場所取りをするように大きな敷き布の上に、
セヴィアとバラスタが座って待っていた。
笑顔で「おかえり」と言って迎えたセヴィアの胸に、
水飴で口周りをベタベタにしたまま飛び込んだリエラと、
ちょっと遠慮がちに敷き布に座ったアイリは、
「ただいま」と言うアイリに、
セヴィアとバラスタは優しく微笑んだ。
その様子を見ていたジークとハイヒの二人は、
微笑んでアイリ達を見送った後、
フォウルと別れて行動しようとした。
「僕はお婆様にさっきの事を伝えます。僕やフォウル殿が探知した限りでは見つからなくても、大魔導師と呼ばれるお婆様なら、広範囲の探知も可能なはずですし」
「それなら大魔導師に伝えとけ。アレには手を出すなってな。ありゃ勇者とは違うが、勇者並の化物には違いねぇ。危険度でそう伝えれば、大魔導師も探しはしても手は出さないだろ。だが、もし戦るようだったら、俺にも伝えろ。ジュリアがいるならともかく、居ないなら勇者みてぇな化物相手は、大魔導師だけじゃ荷が重いからな」
「!!――……驚きました。フォウル殿が、お婆様の事をそこまで気遣って頂けるとは。……分かりました。必ず御伝えします」
そう言うと、ジークはフォウルに一礼し、
ハイヒと共に訓練場を後にして、
警備隊本部のある建物の正面入り口へと向かって行った。
「……そんなつもりは無かったんだがな」
頭をポリポリと掻くフォウルは、
一度鼻で溜息を大きく吐き出すと、
視線を感じてそちらの方を振り向いた。
その視線の先には、フォウルの事をじっと見つめながら、
やや不安そうに、けれど遠慮するように、
フォウルを見つめるアイリの表情が見えた。
その後ろで笑顔で手招きをするセヴィアの様子を見て、
フォウルはまた大きな溜息を吐き出した。
「――……はぁああ…。なんだかなぁ……」
頭を掻く手を止め、
手を降ろしてフォウルはアイリ達の下へと歩き出した。
この数日、特にアイリという少女に、
いつもの調子が崩されている事を自覚しながらも、
それでもアイリという少女を放っておけないフォウルは、
『オーガ』としての自分と、
『人間』としての自分の差異を、再び感じ始めていた。
その差異を感じたのは、
この世界で前世を思い出した時と、
ジュリアの所業に怒り狂った時だけのはずだった。
ジュリアと同じ突然変異体であり、
ジュリア並の魔力を宿し、
ジュリアの子供の頃に似た容姿のアイリ。
けれど、確実にジュリアよりも人間らしく、
ジュリアより人懐っこい少女に、
フォウルの情が動いてしまったのかもしれない。
一度、スカッとスッキリ戦いたい。
そう心の中で思わないでもないフォウルは、
セヴィアに促されるように敷き布の上にドカッと座ると、
敷き布の部分に酒樽は置かずに、
芝生の上で酒樽の蓋を開けると、
木の柄杓を鞄から取り出してゴクゴクと飲み始めた。
*
それから数十分後。昼休憩が終わり、
身体部門の決勝戦が始まった。
『剣』『槍』『斧』『拳』それぞれの代表者達が訓練場中央へ出て、
ミコラーシュの元で色の付いた紙をそれぞれ引き、対戦者が決まった。
一回戦は、『剣』の代表者である牛頭族の大男と、
『斧』の代表者である巨人族の男の戦い。
二回戦は、『槍』の代表者である獅獣族の男性と、
『拳』の代表者である虎獣族の男の戦い。
どの戦いも勝敗が見えず、観客達もどちらが勝ち、
最後に勝者となるのは誰かを盛んに考察しあっている。
その中で、アイリ達と一緒に見ていたフォウルがぼそりと呟いた。
「――…なるほどな。改めて見ると、歴然か」
「え?」
アイリがそう呟くフォウルを見て、セヴィアもバラスタも、
そう呟くフォウルの言葉に疑問符を浮かべた。
そんな中、バラスタが代表するようにフォウルに問い掛けた。
「歴然とは、誰が勝つのか分かるのか?」
「ん?いや、死なせちゃならん競技なら勝敗は分からん。だが『戦い』をさせるなら、歴然だと言っただけだ」
「!……では、この中にオーガ種が認めるほどの強者とは、何者なのだ?」
フォウルの物言いを看過できなかったのは、
バラスタとしては至極当然だった。
今回は同じ警備隊に所属している三名の若者達が残り、
あの四人の内、オーガ種が認めるほどの強者が隠れているのなら、
バラスタは是非に聞きたかった。
魔力感知をしても、四人の代表者達の差異は見つけられない。
だが、やや『斧』の代表者である巨人族の魔力は、
他の者達と比べて小さく見えるように感じる。
ならば、それぞれの種族の中でも若く英気を育てている、
ヴェルズ村の代表者三名の中に居るという可能性を、
バラスタは無意識に思ってのことだった。
だが、フォウルの言葉はバラスタの予想を反したものだった。
「あの巨人族だ」
「……え?」
「鍛え方が生半可じゃねぇな。立ち上る闘気も、普通の巨人族とはワケが違う。少なくとも、あの生っちょろい他の三人に比べたら、遥かに戦いじゃ物の役に立つだろうな」
「た、確かに体格ではあの中で一番、勝っているだろう。だが、戦いは体格だけで行うモノではない。身体魔技を鍛え、それを併用させて扱う魔技を――……」
「だから生っちろいんだよ。あの蜥蜴を見ても思ったが、お前等、鍛えちゃ居るが、『殺す為』の戦いは慣れてはいねぇだろ?」
「!!」
フォウルの言う言葉に、
バラスタは一瞬表情を強張らせる。
リエラは大人達の会話に付いていけず、
アイリも何を言っているかは分かっても、
意味は分かってはいない。
「戦いに術が必要なんてのは当たり前だ。それも鍛えてないようなら勝つ可能性も生まれん。問題は、戦う術を得た先にあるモンだ」
「戦う術の、先にあるモノ…?」
「それが『奮い方』だ。後でお前等にも教えてやる。まぁ、競技で誰が勝つかは分からんが、じっくり見てみようや」
そう言うと、
フォウルは酒樽の葡萄酒を柄杓で掬って飲みながら、
試合の観戦へと視線を戻した。
バラスタとセヴィアは不遜ながらも、
フォウルの物言いに説得力を宿す力強さを感じながら、
同じように試合の観戦へと視線を戻した。
子供達も、大人達の会話を理解できないまま、試合の観戦へと戻った。
第一試合は、『剣』と『斧』の代表者。
フォウルの言う巨人の強者が『斧』として参加する試合だった。
牛頭族の『剣』の代表者が先制し、
特大剣を薙ぐように振り上げて、
『斧』の巨人族へと襲い掛かる。
しかし、真正面からソレを大斧で受けた『斧』の巨人族は、
暫く鍔迫り合うように見合った。
三メートル弱ほどの大きさの牛頭族の大男に対して、
四メートル弱の巨人族。
体格差でいえば、
確実に巨人族の男が有利かと思われたが、
特大剣を一瞬で引いて体制を崩した巨人族に、
『剣』の牛頭族は身体を捻らせて、
片手で特大剣を振って巨人族の胴を薙ごうとした。
「踏み込みが甘ぇな。だから読まれるんだよ」
呟いたフォウルの声を聞いたセヴィアとバラスタは驚いたのは、
まるでそれを予期したように、
牛頭族の剣を持つ手を片腕で掴み止めた巨人族が、
力任せに掴んだまま牛頭族を振り回し、
数メートル近く投げ飛ばしたからだ。
更に飛ばした先へと牛頭族との間を詰めた巨人族は、
特大剣を蹴り飛ばして牛頭族から離し、
大斧を牛頭族に向けた。
そこで審判役となっていた魔族が止め、勝負が着いた。
フォウルの予想した通り、
『剣』の代表者である牛頭族は負け、
『斧』の代表者である巨人族の勝利となった。
「牛の剣の技は悪くねぇ。だが、殺す気で踏み込んでないから剣の速度が鈍くなる。巨人のもソレを承知してるから、余裕で態勢を整えてから剣を止めるんだ」
「……ッ!!」
フォウルの的確な指摘に、
バラスタもセヴィアも戦々恐々とした思いに襲われた。
あの一瞬の攻防を見定め、
更に牛頭族と巨人族の手中の思惑さえ言い当てたのではと、
錯覚してしまうフォウルの言葉に、大人達は冷や汗をかいた。
続いて第二試合は、『槍』と『拳』の代表者。
試合開始後、すぐに動いたのは『槍』の獅獣族。
素早い動きを駆使して左右に大きく動くと、
片手の槍を地面に突き立てて大きく仰け反り、
しなやかに槍の柄が反ると、
それが戻る反動で『槍』の獅獣族が速度を上げて突き立てた槍を、
その勢いを利用して引き抜いて宙へ身体ごと飛び出した。
その瞬間、『拳』の虎獣族が大きく後退すると、
虎獣族が元居た場所に『槍』の獅獣族は飛び降り、
もう片方の槍を地面へと突き立てる。
二メートル強の体格である獅獣族が地に飛び付く様は圧巻で、
着地したと同時に舞う砂埃も相まって、
正に『百獣の王』と呼ぶに相応しいライオンを想起させたアイリは、
小難しい感想もなく「凄い」と呟く。
しかし、『拳』の虎獣族は目の前に降り立った『槍』の獅獣族を畏れず、
突き刺したままの槍が隙だと言わんばかりに、
後方に飛び退いて着地すると同時に、
前へ飛び出て獅獣族へと襲い掛かった。
それを迎撃するように、
獅獣族はもう片方も槍を前へ突き出して牽制し、
動きを止めさせ、突き立てた槍を身体を捻らせて、
その捻った腰と腕の力で引き抜くと、
そのまま身体を回転させて、
両手の槍を交互に虎獣族へと向けて襲い掛かった。
まるで独楽を想起させる動きに、
フォウルも感嘆の声を漏らした。
「あの獅子も悪くはねぇな。武器の扱いに関してなら、あの四人の中じゃ一番だろう」
「彼は獅獣族の長の息子だ。修練に関しては誰よりも欠かさないと聞いてはいたが、ここまでとは……」
「だが、残念だな。攻めに関しちゃ一流でも、守りに関しちゃ二流だ」
そう呟くフォウルの言葉に驚いたバラスタは、
観客達が「おぉ!!」と声を荒げた瞬間に、
試合へと視線を戻した。
『槍』の獅獣族の独楽の動きに対応するように、
虎獣族が身を屈めて足を伸ばし、
獅獣族の回転の軸となっている足を狙って片足を絡めると、
今まで回転していた獅獣族の身体がよろけた瞬間に、
隙を突いた『拳』の虎獣族が、
地面に着いた足を飛び上げて『槍』の獅獣族の顎へと直撃させた。
槍を一つ手放し、後方へ仰け反るように倒れた獅獣族は、
数瞬後に必死に身体を起こそうと身を震わせて腕と足を地に噛ませたが、
それより早く虎獣族が仰向けになった獅獣族へと飛び付き、
もう片方も槍を蹴飛ばして離させると、
獅獣族の鳩尾へと拳を振り下ろした。
『槍』の獅獣族は拳で突かれた瞬間に全ての息を吐き出すと、
そのまま気絶してしまった。
その瞬間に審判が止めに入り、
第二回戦の勝者は『拳』の虎獣族へと決まった。
「虎の方が身軽な分、懐に入りやすかったな。確かに武器の扱いは獅子が上だったが、身体能力を持て余して無駄な動きも目立った。それに比較すりゃ、虎の動きは滑らかなもんだ。ありゃ相当素手の戦いに慣れてるな」
またしても解説するように述べるフォウルの言葉に、
バラスタとセヴィアは指摘する内容に戦々恐々としながらも、
むしろ称賛する思いさえあった。
興味無さそうに見ているはずなのだが、
先ほどの勝敗の本質を、
この中で一番に理解しているフォウルの目利き振りに、
セヴィアとバラスタは驚かされていた。
それから10分の休憩の後に、
最後の戦いである第三試合の決勝戦が行われた。
『斧』の代表者である巨人族と、
『拳』の代表者である虎獣族が同時に訓練場の中央へ立つと、
観客達からは多くの歓声が上がった。
その歓声を尻目に、バラスタはフォウルに再度話し掛けた。
「この戦い、どちらが勝つと思われます?」
「ん?さぁな。さっきの牛は獲物が剣だっただけに、殺しちまわないようにして動きが鈍ったからな。あの虎が素手でやるなら、獲物を持つ分、巨人が不利だろ。遠慮せず叩き斬るってのが無理だからな」
「では、虎獣族の方が勝つ、と?」
「さぁな。俺があの巨人だったら、勝つ方法なんていくらでもあるが……まぁ、それがあの巨人に出来るかって話だ」
またしてもフォウルの意味深な言葉に、
バラスタはゴクリと喉を鳴らして息を呑む。
まるで試合結果を予言するように、
試合の本質を言い当ててきたフォウルを気にかけながら、
バラスタとセヴィアは最後の試合を観戦した。
第三試合が開始された瞬間に仕掛けたのは、
『拳』と『斧』の代表者、両方だった。
虎獣族が突撃するのに合わせるように巨人族も動き出し、
虎獣族の突撃を止めるように大斧を前方へと薙ぐように払った。
そうすると、虎獣族は突撃を中断し、
後方へと飛び下がった瞬間、
巨人族は前方へと飛び出して大斧で追撃を行う。
「あの虎。相手に攻撃されると、まず『下がる』ってのが癖になってるな。巨人もそれに気付いてたんだろ」
フォウルがそう呟くと、
バラスタは顔は向けずに視線だけフォウルに向け、
また戦う訓練場中央へ視線を戻した。
大斧で追撃する巨人が地面へ割るように力を入れ、
大斧を振りかざして地面へと激突させると、
地面から飛び出た石片や土片が虎獣族ぶつけられる。
両手で顔面を覆うように守りながら、
下がる虎獣族が態勢を立て直そうと、
土煙が上がる場所から抜け出た瞬間、
それを狙った様に巨人族も巻き上げられた煙から出て、
大斧を振り上げた。
その瞬間、虎獣族は大斧を振り上げる巨人に合わせて、
勢いを付けて前へと飛び出し、
振り上げた巨人の隙を突いて懐へと入ろうとした。
「甘ぇな。そりゃ誘いだぞ」
フォウルが呟く事が事実だとバラスタが思い知らされたのは、
次の瞬間だった。
振り上げたはずの大斧を振り下ろすのではなく、
巨人族は自分の足元へと潜り込もうとする、
虎獣族を蹴り飛ばしたのだ。
その行動を予期できず、
モロに蹴りを受けた虎獣族は二メートル強の体格ながらも、
数メートルは吹き飛ばされて地面を転がりながら止まった。
なんとか身じろいで立ち上がろうとする虎獣族より先に、
巨人は地を駆けて虎獣族に迫り、
片手で虎獣族の頭を地に押し付けて、
大斧を片手で振り上げた。
その瞬間に、審判が試合を止めた。
勝者は無論、『斧』の代表者である巨人族だった。
周囲はその結果にどよめきながらも、
歓声が上がり、拍手が多いに寄せられた。
近年ではヴェルズ村の出身者が優勝を飾る事が多かったのだ。
珍しく他の村の出場者が優勝した事で、
一瞬の動揺はあったものの、
その戦い振りには称賛すべき部分が遥かに多く、
ヴェルズ村の者達も祝福した。
「結局、あの巨人が勝っちまったか」
「……結局、全て貴方の言う通りになりましたな」
「虎にもチャンスはあったぜ。振り上げ時にじゃなく、振り降ろした瞬間や薙いだ後に攻めりゃ、脇に隙があった。体格がデカい分、懐に潜られると図体がデカけりゃデカいほど、馬鹿力は発揮しにくいからな。発想は合ってた。だが、機転が効かなかったのが敗因だな」
フォウルの語る言葉には、勝者も敗者も関係なく、
勝てる手段があったように思わせる事が語られている。
或いは、それは『思う』などではなく、
そうすれば勝っていたという『事実』だと、
バラスタは思うのだった。
「んで、これが終わったら次はなんだ?子供の遊戯でもあるのか?」
「これが終わった後は、まず身体部門の代表者の授与式が。希望者がいればミコラーシュ殿と手合わせする事になりますが、恐らく時間は掛かりますまい。それが終われば、他の村の警備隊と、我等の村の警備隊で合流して訓練内容を互いに体験しつつ、警備隊長等が引率した子供達に身体魔技を教える時間が設けられます」
「んじゃ、俺等の出番はそん時か。ふぁ~ぁ、ねむっ……」
欠伸をしながら暇そうにするフォウルを見て、
バラスタもセヴィアも一緒に呆れると同時に、
少し可笑しそうに笑う。
毒気を抜かれるようなフォウルの対応に、
次第にセヴィアとバラスタの大人組も、
フォウルに何かしらの信用を持てるようになったのだ。
それは、身体部門の表彰式の時に起こった。
優勝した巨人族が賞品を受け取った後に、
最後に総隊長であるミコラーシュとの対戦を望むかを聞かされた時。
その時の巨人族は、対戦を望むと言った。
そこまでは良かったのだ。
しかし、ミコラーシュとの対戦は望まなかった。
巨人族は指を指して「アレと闘いたい」と告げると、
その人物に皆が注目した。
ヴェルズとミコラーシュは、もちろん驚いた。
その指された人物の傍に居たセヴィアとバラスタ、
リエラとアイリは、無論驚いた。
遠巻きながら一緒に見ていたジークとハイヒも、
指された人物を見て、驚いたのだ。
指定された当の本人は、
酒樽に入れた葡萄酒を酒樽ごと煽って飲み干していて、
何を言われたのか聞いていなかった。
優勝した巨人族が指を示した人物。
それは、オーガのフォウルだった。
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