第029話 三つ巴
思わぬ事態に動揺をしているのは、
セヴィアを除いた狼親子と、アイリとフォウルだった。
セヴィアが作った昼食用の弁当を取り囲むのは、
セヴィアの左右にバラスタとリエラ。
リエラの隣にはアイリが座り、
その隣にフォウルが大きく場所を取りながらも、
胡坐をかいて座っている。
どうしてこういう状況になったのか分からない狼親子は、
隣と正面に座るフォウルをまじまじと見つめ、
アイリは不思議そうにセヴィアを見つつもフォウルを気に掛け、
フォウルは居心地が悪そうにしつつ、
使いを頼んだヴラズの帰りを待ちながら、
屋台が並んだ場所へと視線を向けていた。
この状況を作り出した当人であるセヴィアは、
持ってきていた木皿に全員分の食事を盛り付けながら、
昼の弁当を取り囲む全員に食事を往き届けさせた。
ちなみに、フォウルの皿も何故か用意されており、
大皿に結構な量の弁当箱の中身が盛られている。
弁当箱の中身も、まだまだ量が残っているので、
これならバラスタ達が1~2回は御代わりしても大丈夫だろう。
「それじゃあ、頂きましょうか」
にっこり笑って全員に食べるようにセヴィアが促すと、
バラスタとリエラは手を付け始め、
アイリも手を付け出した二人の様子を見ながら手を伸ばし、
フォウルはまだ来ないヴラズに業を煮やしたのか、
セヴィアに視線を向け、口を開いた。
「あー、なんで俺まで招いたか、そろそろ説明して欲しいわけだが?」
「あら、説明が必要かしら?」
「必要だろ。そもそも俺とお前さん等には接点が無いだろ。確かに坊主にも魔技は教えるとは前に言ったが、あくまで今日限りでだな……」
「そうね、私達には無いでしょうけど。……アイリちゃんとは多少なりとも接点があるのではないかしら?」
セヴィアの言葉にドキッと心臓の高鳴りを早めたのは、
指摘されたアイリとフォウルだった。
『接点がある』という曖昧な言葉だったが、
フォウルとアイリには共通する部分がある。
この世界では『前世持ち』である二人の事を、
セヴィアに知られてしまったのかと、驚いたのだ。
しかし、セヴィアの口から次に出た言葉は、
アイリとフォウルが懸念するような事ではなかった。
「昨日も、そしてさっきも。アイリちゃんは貴方に多少なりとも心を開いているようだから。アイリちゃんは、一緒に居て欲しいと思ってるのではないかしら?ね、アイリちゃん」
微笑んで問い掛けるセヴィアの表情と言葉に、
アイリは驚きつつも、
一度フォウルに顔を向けて目が合うと、
その後に動揺して視線を彷徨わせながらも、素直に頷いた。
その際、若干ながらもフォウルを見て、
頬を染めたアイリの様子に気付いてしまったリエラは、
物凄くショックな顔をしていた様子を、
更に父親であるバラスタも見てしまい、
狼親子が複雑そうな表情を浮かべている。
昨日、夜に食堂に訪れたアイリとフォウルのやり取りを見ていた大人達は、
アイリがフォウルに懐いている事に薄々と気付いていた。
それでもフォウル自身がオーガという事もあり、
普通に警戒は行っていたのだが、
セヴィアとバラスタは今日の訓練場でのやり取りで、
アイリがフォウルに本当に懐いているのだと確信した。
そしてアイリに懐かれていると言われて、
頭をポリポリと掻きながら複雑そうな表情を浮かべているフォウルが、
言葉を濁すように言い淀んだ。
丁度その時に、使い走りに出されていたヴラズが、
大量の食事が入った布袋を両手で抱え、
酒樽を背負って戻ってきた。
「も、戻りましたぞ。いやぁ、屋台も露店も混んでいて、中々買い込めずに……ん、どうかしましたか?」
「…………」
セヴィア以外の全員が疲れて戻ってたヴラズを見ながら、
何か安堵したように溜息を吐き出すと、
ヴラズも招いて昼食を摂ることになった。
木製の食器もまだ多めに用意されていたようで、
ヴラズの分も昼食を取り分けたセヴィアに感謝しながら、
ヴラズも輪に加わって食べた。
エルフが二名、狼獣族が二名、
そしてリザードマンとオーガが囲む食事風景は、
魔族の中でも異色な光景であり、
周囲には中々浮いたものだったことだけは述べておこうと思う。
*
酒樽の酒を木製の柄杓で酌み、
フォウルは中に入った葡萄酒を口に運んで飲み、
喉を鳴らしながら飲み干していく。
その光景に圧巻しているのは周囲の人々で、
酒樽の中にある酒を丸々と飲み干すフォウルの酒豪っぷりに、
驚嘆と感嘆の声をあげている。
昼の休憩中、セヴィアが作った昼食も食べ終わり、
更にヴラズが買って来た食べ物も全て食べ尽くしたフォウルは、
セヴィア一家からやや離れて葡萄酒の酒樽を一気に飲み干している。
流石に子供の側で酒を飲むのもどうかと思ったのか、
フォウルなりの配慮で子供に酒の匂いが届かない範囲で離れているようだ。
ヴラズは警備隊の隊員から呼ばれて、
食事の礼を述べてその場を後にした。
昼食の弁当を片付けて鞄に戻したセヴィア達は、
食休みをしながら座ってフォウルが葡萄酒を飲み干す姿を、
周囲と同じように観察しつつ、
食後の満腹感でうたた寝しているリエラとバラスタを尻目に、
セヴィアとアイリは話をしていた。
「――……朝に話したこと。『私達の家族になって一緒に暮らさない?』という話ね。アイリちゃんは覚えてるかしら?」
「え、あっ……は、はい」
あの時、その言葉を聞いて泣き出してしまった事で、
話の答えが有耶無耶になってしまったが、
その話をアイリは思い出し、やや気まずそうにしていた。
返事もせずにしていたので、
セヴィアとしては返事を聞きたいのだと思って、
その問いの返事を必死に考えようとする前に、
先に口を開いて言葉を掛けたのは、セヴィアの方だった。
「アイリちゃんは、もしかして……あのオーガと一緒に付いて行きたいと思っている?」
「……え?」
セヴィアの言葉の内容に驚いたのは、アイリだった。
予想もしていない質問の内容に、
アイリは動揺しながら言葉を返してしまった。
「え、あの……な、なんで……?」
「……気付いてないかもしれないけど、アイリちゃんはあのオーガの前だと、凄く安心しているのよ。魔力の流れも穏やかだし、表情も私達と居る時より楽しそう」
「そ、そんなこと、は……」
『そんなことは無い』という否定の言葉を、
アイリは強く出せなかった。
無意識ながらも、
フォウルの側だと安心した気持ちになっている自分に、
言われて初めて気付いてしまった。
けれど同時に、セヴィア達と一緒に居る時には、
そんな気持ちを抱けていないというのが、
セヴィアには失礼だと思われているのではないかという不安も、
同時に生まれてしまった。
決してそんな事は無いのだと否定すればいいのか、
それとも肯定すべきなのか悩むより先に、
またセヴィアから口を開いた。
「アイリちゃん、もしかして……この村に来る前、あのオーガと知り合いだった?」
「!?え、ち、違います!」
またも唐突な質問に驚かされ、
動揺したまま否定したアイリの姿に、セヴィアもまた驚いた。
けれどすぐに優しく微笑むように笑い、
セヴィアはアイリと話を戻した。
「そうなの?あのオーガは100年ほど旅をしていたと始めに来た時に言っていたから、あのオーガとアイリちゃんは知り合いなのか、それともあなたの父親か母親と知り合いで、あのオーガがアイリちゃんの事を知っていたのかと思って」
「あ、あの、えっと……」
「……実は昨日、オーガが子供を二人泣かせたという話が流れてね。一人は少年のエルフと、二人目は銀髪の女の子。一人目は分からないけれど、二人目はアイリちゃん、あなたよね?」
「う……っ」
一人目のエルフの少年というのが、
ジークの事だというのもアイリは知っていた。
勿論、その二人目の事が自分の事だという事も、
図星を突かれたようにアイリはギクリとさせていた。
昨日、昼の食堂で泣いていた事が、
食事を運んだ猫獣人の女性から、ある程度は村人の間で広まった。
その話は勿論セヴィア達にも伝わり、
ヴェルズにも伝わっていたのだが、
ヴェルズの一言で事は大きくならずにその事も不問とされていた。
その件をどう説明していいか悩み、
フォウルがまた要らぬ誤解をされないようにと考えるアイリに、
またも先手を取ったのは、セヴィアだった。
「あなた達が話している時、私達が知らない言葉で話していたのを聞いた人も居たそうよ。あなたが始め、私達と違う言語を話しているとは聞いていたから、私はあのオーガがあなたの故郷の言葉を知っていて、何かを伝えて泣いていたのかと思ったのだけれど」
「え……?」
知らない言葉というのが、
恐らく日本語の事だというのはアイリにも分かった。
けれど、後半の部分が事実とは違うことで、
若干ながら動揺は収まった。
「違ったかしら?」
「あ、いえ……。えっと、フォウルさんが、私の故郷の事を知っていて、それで、色んな話をしていたら、懐かしくなって、それで、始めのジークさんの事も……――」
フォウルが自分を泣かせたという誤解を解きつつ、
自分とフォウルが『前世持ち』だという事を、
敢えて伏せながら事実だけを話すアイリは、
セヴィアに昨日あった事を説明していく。
アイリの話を聞きながら、
静かに頷いて聞いてくれるセヴィアは、
話の最後に納得したように頷いた。
「―――……そうなの。そんな事があったのね。あのオーガは、この村に来てから何かしら騒動の中心になっているわね」
「は、はい……」
説明した結果としては、
フォウルは騒ぎの中心にいる台風扱いされる事になったのは、
アイリの説明不足だったのか。
それともセヴィアの理解力の高さだったのかは、
敢えて言わないでおこう。
それでもアイリがフォウルに懐く要素を聞けた事で、
セヴィアは何かを納得したように、
フォウルに視線を向けながらアイリに話し掛けた。
「……アイリちゃんは、故郷に戻りたいと思っている?」
「え……?」
「人間しか居ない場所なら、アイリちゃんの居た場所は人間大陸なのでしょうね。ここから人間大陸までの道中は危険だから、アイリちゃん一人で人間大陸へ戻れる可能性は無いわ。……でも、あのオーガが一緒に人間大陸に行けば、あなたの故郷にも行けるかもしれないわね」
「………」
『故郷に帰る』
セヴィアや他の魔族達は、
人間大陸にアイリの故郷があると思っている。
しかしアイリにとっては事情が異なる。
アイリにとっての故郷というのは、
前世となる日本に戻るという事を指すのだが、
アイリはこの世界に『日本』という国があるのかさえ知らない。
フォウルにそれを聞こうともしたが、
昨日はアイリに質問が投げ掛けられる事が多く、
フォウルからは聞けなかった。
また聞く機会もいつ訪れるか分からない以上、
できるだけフォウルの側でそういう事を聞ければ。
と思っていたアイリだったが、
故郷である日本に戻りたいかと言えば、素直には頷けない。
前世の愛理という人間の少女は既に居らず、
現在はアイリはエルフの少女なのだ。
戻ったところで、
それが受け入れられる存在だとは思ったこともなかった。
例え日本があったとしても、
そこには家族はいないという事も、
アイリは意識的に察していた。
父も母も死に、祖母も相当な年で病気を患い、
兄は意識不明の重体。
姉は自分と共に手首を切って死んだ事を、
アイリは覚えていた。
もう自分の故郷に、
自分の居場所は無いのだということを、
アイリは知っていた。
「……故郷には、帰ろうと考えた事は、ないです」
「どうして?」
呟くように漏らしたアイリの言葉に、
セヴィアは驚く顔を一瞬見せたが、
すぐにいつもの優しい笑顔に戻って聞き返した。
アイリは淡々と、目と顔を伏せながら呟いた。
「……帰っても、きっと私の居場所は、もう無いから……」
「……アイリちゃん」
セヴィアはそれ以上、
アイリからは何も聞こうとはしなかった。
けれど、アイリの体を優しく抱き寄せ、
頭と背中を優しく撫でるセヴィアの暖かさが、
アイリの胸の内が締め付けられるような感覚が訪れ、
身体を少しだけ震わせた。
先程のように、
アイリは声を出しては泣かない。
けれど薄らと目に涙を溜めて、
幾度か涙が頬を伝った。
アイリは抱き寄せられたセヴィアから、
仄かに香る懐かしむような匂いを感じていた。
それは幼い頃に祖母に、母親に、
そして姉に抱き締められた時と、
似た暖かさと匂いを感じたのだった。
*
少しアイリが落ち着いた所で、
酒樽を飲み干したフォウルを周りで見ていた衆目が感嘆の声をあげた。
凡そ、酒豪の魔族であっても、
十名ほどで飲み干すだろう量を一人で飲み干したフォウルの酒豪っぷりに、
全員が驚きを隠せないようだ。
その場の者達がフォウルに話し掛け、
オーガである事を聞いたり何処から来たのかと、
祭り一日目の南地区での他愛もない話をしている光景は、
フォウルを自然とその場に溶け込ませた。
フォウルは100年近く旅を続けていく中で、
こういう事を他の場所でもしていたのだろうか。
周囲は戦闘種族の中でも危険種であるオーガという事も忘れているのか、
それともそうは思わせない何かがフォウルにあるのか分からない。
それでも、祭りを楽しむという姿勢では、
この村の者ではないフォウルが誰よりも楽しんでいるようだった。
「……あのフォウルというオーガは、種族の垣根を超えても、私達を惹き付ける何かがあるのかしら」
フォウルを見ていたセヴィアが何気も無く呟いた言葉を、
アイリも何気も無くそう思った。
巨大な体躯とオーガという種族であるにも関わらず、
フォウルはいつも何気なく笑みを浮かべているのを、
アイリは知っていた。
その柔らかな表情が、
自然と相手に与える警戒心を弱め、
周囲に人を惹き付ける。
非戦闘種族であっても、
オーガのフォウルに驚きはしつつも、
警戒し敵意を持つまでには至らないのは、
その雰囲気を察するからかもしれない。
逆に戦闘種族は、フォウルに内在する巨大な魔力と、
鍛え抜かれた肉体を見て警戒心を強めてしまう為に、
フォウルはそれを察して反射的に殺意を向けて牽制してしまう。
フォウルを初めて見る戦闘種族は、
それぞれ遠目からフォウルを観察して様子を見ていた。
特に、競合訓練出場者の身体部門のそれぞれの代表者達は、
フォウルに気付くと注目するように凝視している。
そんな中で、一人だけ鬼気とした笑みを浮かべ、
フォウルに視線を向ける者が居た。
それに気付いたのか、フォウルは顔を視線を向けたが、
衆目の中に紛れるように気配が消えた。
怪訝そうな表情を浮かべたフォウルに、
周囲に居た人々は「どうした?」と聞いているが、
頭をポリポリと掻いたフォウルは「いや、何でもねぇよ」と生返事を返した。
衆目されるフォウルに、
二つの人影が近付いていく。
一人はまだ少年のエルフ族で、
もう一人は頭に羊の角が生えた肌が黒く、
目が金色の羊獣族と言われる、珍しい種族の男性。
羊獣族は高い山に住む獣族で、
平地での脚力は馬頭族には負けるものの、
険しい山道を脚力のみで駆け上がる身体能力と持久力、
そして高い環境適応能力から、
獣族の中でも珍しい部類に属する種族。
ヴェルズ村や近隣の村には、
羊獣族は居ないので珍しく思われながら視線を向けられている。
昨日は頭を隠す為にフード付きの外套を纏い気付かれなかったが、
今回はフードを外し、エルフの少年と共に素朴な服装に着替えて、
フォウルに近寄って声を掛けた。
「――……フォウル殿、昨日は御世話になりました」
「ん?なんだ、ジーク坊じゃねぇか。隣のは従者の羊か」
フォウルの前に訪れたジークヴェルトが挨拶し、
後ろに控える従者のハイヒは頭を下げて挨拶する。
フォウルは声を掛けてきたジークに目を向けて、
後ろにいる従者のハイヒにも一言そう言うと、
視線をジークヴェルトへと戻した。
「どうした。俺になんか用か?」
「いえ、用と言うほどでは。昨日はフォウル殿にも御世話になりましたから。――…あの後、お婆様とゆっくり話す時間を頂きました。兄や父の事を除けば、王都の城下に住む者達や仕える者達で困っている事があればと、相談できることになりました。……お婆様が普通に接して頂けるようになったのも、フォウル殿のおかげです。本当にありがとうございます」
改めてジークヴェルトは、
胡坐をかいて座ったままのフォウルに向けて、
利き腕である手を胸に付けて上半身を前に傾け、
エルフ族特有の礼で感謝の意を表した。
敢えて『様』付けで呼ばないのは、
フォウルが既にオーガの王を退いた身である事や、
ジークヴェルトが自らの身分に拘らず、
流浪のオーガであるフォウルを敬う姿勢としての配慮だった。
ただ、その『殿』という呼び方自体、
フォウルは何かむず痒い感覚に頭を指で掻きつつ、
ジークヴェルトの頭を上げさせた。
「別に俺は何もやってねぇよ。俺は祭りを楽しめって言っただけだ。それに、あの大魔導師の心を動かしたなら、あっちにいる嬢ちゃんに礼を言いな」
「嬢ちゃん?――……あぁ、あの子ですか」
フォウルが指を向けた先にを見て、
木陰で休んでいるアイリ達の姿を確認し、
静かにジークヴェルトは頷いた。
何故という疑問は抱いていないジークヴェルトの様子から、
アイリに礼を言えというフォウルの言葉の意味を、
素直に理解しているからこそ、ジークヴェルトは頷けたのだ。
「父上が気を病んでいる事は、お婆様も知らなかったようです。……父上と母上の婚姻は、僕はお婆様が反対していたと他の者達から聞いていました。晩年を迎えた母の様子を見て、お婆様を呼ぶべきだという兄の言葉を父も母も承諾しなかったとも聞いています。……ハイエルフと普通のエルフでは寿命が違いますから、その事でお婆様と父との間で思いの相違があり、300年前に二人と母は袂を別れたとも聞いていましたが、どうやら誤解だったようです」
「……そうか。まぁ、そういう理由も無いわけじゃねぇだろうがな」
「……そうですね。僕も立場が違えば、そう言わない自信はありません。実際に、父上は気を病みましたから。でも、母は幸せに最期は逝けました。父も、それはちゃんと知っているはずです。……いつか、『腑抜け』などとは呼ばせない、昔の父上に戻ってくれると信じています」
「そうか。どうせなら五年前に戻ってくれりゃ、俺もガッカリせずに済んだがな。ガッハッハッ!」
高笑うフォウルの物言いにも臆することなく、
ジークヴェルトはにっこり笑顔を向けてそれに返す。
互いに向け合った物言いを皮肉るように話すが、
余裕を戻したジークヴェルトの様子は、
『大魔導師』ヴェルズェリアの血を宿す者なのだと言えるだろう。
ジークヴェルトは促されるように、
フォウルに「嬢ちゃんの方に行って来い」と言われると、
ジークヴェルトと従者ハイヒはアイリの元へと歩み出した。
エルフの少年と珍しい洋獣族が近付く姿に気付いたのは、
セヴィアと耳をピクリと動かしたバラスタ、そしてアイリだった。
ジークヴェルトは近付きながら気付かれた事に気付き、
一度止まって親子達にエルフ式の礼をする。
同時にハイヒも頭を下げる様子に、
近付く二人に敵意が無いことを悟ったセヴィアとバラスタは、
警戒する様子を見せず、
ジークヴェルト達は敷いた大布の手前まで訪れた。
「初めまして。僕はジークと申します。真名は敢えて伏せさせて頂く事をお許しください。後ろの彼は、僕の友人のハイヒです。……君とは昨日振りかな。確か、アイリという名で合っていたかな?」
「あ、はい。えっと、アイリです。正しい名前は、分からなくて……えっと、多分アイリュ……?」
「『アイリュシティア』よ。……初めまして、私はセヴィアリュシア。息子のヴァリュエィラに、夫のバラスタです。真名は言わなくとも分かります。魔力の感じがとても似ているもの。けれど、伏せるのならば敢えて『そういう』対応はしないことにしましょう」
「助かります。同族として、また、この祭りに参加させて頂く身として、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
互いに胸に手を付け上半身を前に倒して礼をし、挨拶を終えた。
セヴィアは気付き言葉を敢えて省いたが、
魔力の流れから目の前にいるジークが、
とある人物の血筋の者だと理解していた。
そして敢えて真名を明かさない事で、
ただ祭りに来た旅人だというジークの意思もセヴィアは汲み取った。
祭りの二日目に、
フォウルが『オーガのフォウルが来ている』と、
ヴラズ達に伝えさせたのも、その意図があった。
『オーガの王ダガン』としてフォウルが来たとなれば、
それ相応の対応をヴェルズはしなければならなかっただろう。
しかし、ただの『オーガのフォウル』が来たと言えば、
フォウルはただのオーガ種の旅人という事でヴェルズは対応できたのだ。
仮にフォウルが『オーガの王ダガン』と名乗り村に来たとしたら、
フォウルは真っ先にヴェルズの前に連れ出されていただろう。
立ったままのジーク達を、
敷いた大布に座らせるようにセヴィアは促すと、
ジークはそれを受けるように頷いて革靴を脱いで座った。
敢えて『友人』と伝えたハイヒにもセヴィアは促したが、
ハイヒは遠慮するように首を振り、
少し離れて周囲を見渡しやすい木の上に登る様子を見て、
アイリは少々驚いた。
「ハイヒは心配性なところがありまして。無礼だと思わないで頂ければ幸いです」
「構いませんわ。それより、何か御用があってこちらへ?」
「いえ。用と言うほどでは。えっと……アイリは、セヴィアリュシア殿の御息女なのですか?」
アイリとセヴィアを交互に見ながら、
ジークは少し悩むように聞いた。
ジークとしては、
魔力の流れや容姿に近しい感覚を感じない二人の関係が、
分からないので聞いたようだ。
「いいえ。アイリは"まだ"私の娘じゃないわ。この子は孤児で、今はヴェルズ様に預けられている子なの」
「そ、そうなのですか。申し訳ない、詮無い事を聞きました」
「え、い、いえ!大丈夫、です」
そう言って、アイリに向けて頭を下げるジークに、
当のアイリは若干慌てながら気にしない事を伝えた。
ヴェルズ村の人々には、
アイリが『奴隷として扱われていた少女』だということを、
村人以外の者達には伝えないようにしていた。
『奴隷』という存在そのものが不本意であり、
『奴隷』という扱われ方をしていたアイリの境遇と、
心身の事を考えての配慮でもあった。
それと同時に、アイリを奴隷として扱っていた者が居る場合、
その輩がアイリを取り戻す為に村へ侵入、
または商品としての返還を求めて来た場合に対応する為に、
今のアイリを守る『立場』として、
アイリはヴェルズ村の孤児という事になっている。
身元を保証するのは、ジャッカスを始めとする南地区の人々。
代表としてジャッカスがアイリの後見人に。
ヴェルズは保護する為の監督役という事になるのだろう。
勿論、例えヴェルズの身内であるジークでも、
ヴェルズ村外部の魔族である以上、
その事実は教えられない。
当の本人であるアイリは、
自分が奴隷として扱われていたという事実を知らない。
この町の裏道で彷徨っていたところを助けられたという、
曖昧な認識しかアイリはしておらず、
自分が奴隷として扱われていたなどと夢にも考えていないので、
傍から聞くと、孤児以外は事実として受け止めていた。
孤児の部分も、人間大陸から来たという自分の話で、
それを他の人物に伝えるとややこしい事になるというのは、
本人も感じていたので、
孤児という誤魔化し方をしているセヴィアの言葉には、
なんの不満も怪しさも感じてはいなかった。
ちなみに、『まだ私の娘じゃない』という、
セヴィアのちゃっかりとした部分に対して、
誰も気付かせないのが恐ろしいと『アタシ』は思う。
「伺った理由は昨日、彼女に迷惑だけではなく、気さえも使ってくれた御礼を言いに来ました。アイリ、ありがとう。御婆様ともあの後、ゆっくり話せる機会ができた。今日から祭りが終わるまで、祭りを楽しむ客人として過ごす事にしたよ。本当に、ありがとう」
「い、いえ。私、何もしてないです、から。フォウルさんの方が、ずっと苦労してたので」
「さっき、フォウル殿にも話して来たよ。彼にも、君にお礼を言いに行けと言われた」
「!そ、そんな……」
お礼を言われてどう対応していいか分からず、
アイリはモジモジと麻布の服を指で弄りながら、
若干頬を染めて顔を俯かせた。
素直に礼を受け取っていいのか、
それとも遠慮すればいいのか。
アイリはそういう場合での判断に慣れていないので、
戸惑ってしまうようだ。
そこで丁度うたた寝から目が覚めたのが、
セヴィアの息子であるリエラだった。
気付くと横に美少年のエルフ族の少年が居て、
更にその少年が何かアイリに告げると、
頬を赤く染めて照れるアイリの姿を見たリエラは、
またもショックの表情を浮かべていた。
息子の様子に父親であるバラスタは溜息を吐き出すと、
ショックの表情で固まったままの息子を抱えて、
アイリの横へと移動させると、その隣にバラスタも座った。
「妻が紹介したと思うが、私はバラスタ。この子は息子のヴァリュエィラだ。我等は魔獣王の血を継ぐ狼獣族の末裔でもある」
「魔獣の血を継ぐ!?では貴方は……伝説の魔獣の王フェンリルの血を引く方達なのですか!」
「……?ふぇんりるって、なんですか?」
自慢気に鼻を鳴らすバラスタや、
驚くジークの姿に疑問を持ちつつ、
アイリは疑問符を浮かべて二人に聞いた。
二人が丁寧に、子供にも分かりやすいように説明したところを、
簡単に抜き出して説明しよう。
『魔獣王フェンリル』と呼ばれる怪物は、
魔大陸の魔族には御伽噺として語られている。
フェンリルは魔族ではなく『魔獣』と呼ばれる存在で、
『魔物』から進化した『魔獣』と呼ばれる生き物だった。
『魔物』が魔大陸に住む生物なのは以前説明したと思うが、
『魔獣』は『魔物』が進化し、
魔物とは比べ物にならない脅威の存在へと変貌した姿とも言える。
『魔獣』は魔族と同じように知恵を持ち、
魔術を操り、強大な魔力を秘める強靭な生物。
危険度で言えば竜種に匹敵する危険度の魔獣も存在し、
遭遇すれば例え戦闘種族であっても生存どころか逃走さえ難しい種類もいる。
一説では『魔獣』は魔力の暴走を自らの意思で抑え、
蓄えた魔力で進化を果たしているとも言われている。
その中でも特に御伽噺として残るのは、
約5000年以上前に魔大陸を棲み家にしていた、
彼のフェンリルと呼ばれる魔獣だった。
全身の体毛は銀色で輝き、瞳が赤色。
魔王ジュリアやアイリと同じ『突然変異体』だったとも伝えられ、
世界三大魔獣と呼ばれている、
『竜』『銀狼』『白亀』として並んでいる。
現在、その魔獣達が何処を住処にしているのかは不明だが、
いまだに生死が確認されていない『魔獣王フェンリル』だけは、
5000年の時が流れても生きているのではと伝えられている。
話では、魔王ジュリアが遭遇した事があるという、
誠しやかな噂も大昔に流れてはいたが、
現在ではその噂を伝え聞いた者も少ない。
「普通の獣族は『魔獣化』は出来ない。しかし、我等が血族はそれが出来る。故に我等のように『魔獣化』が出来る者達には、魔獣王フェンリルの血が流れているのだと言われているのだ。元々、獣族は魔獣が人と交わり出来た種とも言われていてな。故に、『魔獣王』の血を我等は引いている―――……と、思っている」
「……あれ、思っている?」
最後にボソッと付け加えたバラスタの言葉に、
アイリはそう聞いた。
やや横に視線と逸らす様に顔を向けながら、
ガスタは小声で言葉を繋げた。
「……魔獣王様は、御伽噺のような存在なので、な……。実際に見た者もおらず、証明も出来ないので……我等一族が"自称"魔獣王の血族だと馬鹿にする獣族もいてな……。私は無論、信じている。息子にもそう教えているので、出来れば馬鹿にはしないでもらいたい」
本当に申し訳無さそうな声で話すバラスタの様子に、
ジークとアイリは不思議そうにしていた。
何故か不安な面持ちで話すバラスタの理由を教えてくれたのは、
妻であるセヴィアだった。
「バラスタはね、昔はヤンチャな子だったのよ。『僕は魔獣王の子孫だ!』って同年代の子供達や大人達に言い回って、少し同世代の子達から疎遠になっちゃったの。ね?"魔獣の王子様"」
「や、やめてくれ。あれは、その……若かったのだ」
物凄く恥かしそうに顔を覆って消え入りそうな声で、
「勘弁して」と言うバラスタの姿に、
セヴィアは懐かしそうに笑顔で言う姿は、
凄く楽しそうだった。
その父親を擁護するのか、
それとも援護するのか、リエラが言葉を発した。
「でも、父さんの『魔獣化』した姿、凄くカッコイイんだ!!凄く大きくなるし、黒い毛がカッコイイし、牙や爪だって凄く尖っててカッコイイし!!僕等、絶対フェンリル様の血を引いてるよ!ね、父さん!」
「あ、あぁ……そうだ、そうだぞ!我等は魔獣王フェンリル様の血を受け継ぐ、誇り高い狼獣族だ!ヴァリュエィラ、その事実を子々孫々に伝えていくのが、我等の務めだ!いつか、フェンリル様に合間見える時が来るまで!」
「うん!!」
励まされる息子の言葉に、
なんとか気力を取り戻してきたバラスタは、
お互いに拳を重ねて誓い合っている。
その様子を微笑ましく眺める妻であり母であるセヴィアは、
「あっちの姿もとっても可愛いのよ」とコッソリ伝えて、
何か色々と虚しくも悲しい気持ちをジークとアイリは感じたのだった。
*
そんな他愛もない話をしていると、
フォウルが歩み寄って来るのが見えたアイリ達は、
フォウルに注目するように視線を向けた。
空になった酒樽を片手のみで抱えて、
ノソノソと歩くフォウルは、
立ったまま子供達に視線を向けた。
「おい、露店出してる広場にガキ共が集まって騒いでるらしいが、子供向けの催しでもやってるんじゃないか?お前等、行かなくてもいいのか?」
「え?」
「父さん、母さん、何かやってるの?」
フォウルの言葉にアイリが疑問を浮かべ、
リエラは父親と母親に聞いてみる。
セヴィア達も何をやっているか知らないようで、
首を傾げていた。
勿論、ヴェルズ村の住人ではないジークも、
知らないという様子を見せている。
全員が知らない様子を見たフォウルは、
「ふむ」と酒樽を置いてポリポリと頭を掻くと、
今度は大人達に顔を向けて喋りだした。
「他の連中から聞いたが、まだ昼休みは続くみたいだし、腹ごなしに子供連中も行ってみたらどうだ?朝から座りっぱなしじゃ、退屈してるだろ」
「……そうね。アイリちゃんもヴァリュエィラも、ジーク、あなたも一緒に行ってみたらどうかしら?私と夫で、場所取りはしておくから」
「ん、その話だと羊のだけにガキのお守りさせる事になるぞ?」
木の上に上っているハイヒの事を見ながら、
フォウルは「それでいいのか?」という表情で聞き返す。
流石に子供三名に大人一名では、
何か遭った時に不安ではないかという意味合いもあったのだろう。
しかし、それはセヴィアの笑って出した言葉で解決した。
「あら、オーガの貴方も行くのよ。貴方がいれば、アイリちゃんもジークも安心でしょう?ヴァリュエィラは、一緒に付いていかないと、アイリちゃんがジーク君とそのオーガとだけで遊ぶ事になるけど、良い?」
「だ、ダメ!!絶対ダメ!!僕も行く!」
「と、いうわけで。子供達の引率、よろしくお願いしますね」
「いや、俺は酒を追加しに……えぇ……?」
笑顔で頼むセヴィアの圧力の屈しないようにしていたフォウルだが、
靴を履いてアイリが既にフォウルのズボンの裾を掴もうとしている姿と、
それを追ってリエラも急いで靴を履いている姿や、
『祭りを楽しめ』というフォウルの言葉を素直に実行しようとする、
ジークの行く気満々の姿勢に、
フォウルは断りきれずに屈してしまった。
こうして、フォウルの周りに三人の子供達と、
ハイヒが後ろから付いていくように見守りながら、
露店が立ち並ぶ訓練場前の道へと歩み始めたのだった。
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