第028話 競合訓練
涙を引かせて気を落ち着かせたアイリは、
今は外で息を整えていた。
警備隊本部の建物の外にある井戸の近くでセヴィアの手を借りながら、
泣き腫らした顔を水で濡らした手拭を当てつつ冷やして、
なんとか冷静さを戻していた。
セヴィアはアイリに医療魔術を掛けて、
目の周りに出来た赤い腫れをゆっくりと癒していく。
感情が落ち着くと同時に、
警備隊本部内で泣いてしまった事で、
その場に居た全員に心配されていた事が気恥ずかしくもあり、
建物の中に再び入る時には、
セヴィアの後方に隠れながら入った。
しかし、戻った時に泣いている現場に遭遇したほぼ全員が、
心配そうな表情をアイリに向けたので、
セヴィアを隠れ蓑にするのを止めて、
この場を騒がせてしまった事を頭を下げて謝罪をした。
その時は、全員微笑むように優しく受け入れ、
「気にしなくても良い」とアイリに伝えてた。
一通りの事情は、
アイリとセヴィアが外に出ている間に、
バラスタがその場の皆に話していたらしい。
真摯に受け止めるよりも、
その場は流すように気にしていない事を意思表示してほしいと、
その場の面々にはお願いをしていたようだ。
そんなやり取りをした後、
10分ほど経ってから三つ目巨人のガルデが、
建物奥のドアを開けて現れると、アイリ達を導くようにある場所へと連れて行く。
その場所はアイリが昨日訪れた、
警備隊総隊長であるミコラーシュの自室兼執務室だった。
正確な訓練時間までにはやや早いので、
ミコラーシュに訓練に参加する旨を挨拶する為に、
一度来る必要があったようだ。
しかし部屋の中に居たのは執務机の横に立つ、
一つ目の巨人であるキュプロスだけだったのは、
アイリは首を傾げてしまう。
ミコラーシュが見当たらないままに、
昨日腰掛けたソファーにアイリ達が座らせられると、
キュプロスが「もう少し待て」と言って、
執務室内部の横にある部屋へと目を向けていた。
更に待つこと10分。
流石に何を待っているのか分からないので、
アイリは遠慮しつつも口を開いてキュプロスとガルデに問い掛けた。
「あ、あの。ミコラーシュさんはどうしたんですか?」
「ん?んー……姐御は昨日、ちょっと色々な……」
「ヴェルズ殿に、その……な。もう少ししたら、気を持ち直して出てきてくれると思うのだが……」
苦笑しつつ話すキュプロスとガルデの言葉に、
意味が分からずに首を傾げる事になったのは、
バラスタ・セヴィア・リエラの一家だけで、
アイリはそこまで聞いて色々と察してしまう。
昨日の出来事の後、恐らくミコラーシュは、
ヴェルズにまた着替えさせられて弄ばれたのだろう。
黒い笑顔を浮かべながら、
ミコラーシュに迫るヴェルズの姿が脳裏に浮かんだアイリは、
この件はミコラーシュには触れないようにしようと心に決めた。
分かってしまうのだ。
同じ笑みを浮かべながら着替えを迫られたアイリにも、
ミコラーシュの気持ちが。
だから、そっとしておこうとアイリは決めた。
結局、ミコラーシュがドアを開けて、
成人のダークエルフ姿で現れたのは、
数えて二十分後の事だった。
前回のようなゴシックドレス姿ではなく、
今回は黒い布で編まれた上下きちんと羽織られた外套とズボンに、
外套の内側には防具が着込まれていた。
腰には昨日キュプロスとガルデに投げ渡されていた、
『猟犬』という短剣二本も収められた鞘と一緒に掛けられている。
何故ミコラーシュがそんなに重装備で登場したのか。
アイリはよく分からないまま、
机を挟んだアイリ達の向かいにあるソファーにミコラーシュは座ると、
その後ろに立ったままキュプロスとガルデが控えた。
そしてミコラーシュの表情は昨日とは違い、
目を吊り上げて嫌な表情や怒った表情をしているわけでもなく、
真っ直ぐと澄んだ目で真面目な表情でアイリ達を見据えていた。
ふとバラスタとセヴィアに顔を向けたアイリは、
二人がミコラーシュの空気に当てられたように、
表情を強張らせている事に少し驚く。
リエラはミコラーシュの姿を見て目を輝かせながら、
何か期待を込めた表情で見つめていた。
そんな空気の中、
先に口を開けたのはミコラーシュだった。
「用件はキュプロスから聞いてる。それにしても……セヴィア。お前がここに顔出すのも何十年振りになる?」
「凡そ、二十年になります。ミコラーシュ様」
「そうか。同じ村に居て顔を合わせる事はあっても、訪れない場所ってのは意外とあるものだな」
微笑むように語るセヴィアとミコラーシュの姿に、
アイリは少々疑問を持つ。
どうやらミコラーシュとセヴィアは面識はあるようなのだが、
「二十年振りに警備隊本部に訪れた」などの発言から見ても、
二十年前まで普通に警備隊本部に訪れていたような言い回しに聞こえ、
どういう事なのかとアイリは疑問に思った。
そのアイリの表情に気付いたのか、
セヴィアがアイリの方をチラリと目線を向けると、
一度ミコラーシュに目線を向け直して口を開いた。
「警備隊を辞めてから今日まで、夫であるバラスタの妻として、我が子リエラの母として今でも努めています。それもひとえに、村を守護するミコラーシュ様を始めとした警備隊の者達のおかげです。本当に、ありがとうございます」
「……すっかり母親に顔になったね。魔術師としても一流だったお前が抜けてからは、すっかり警備隊は肉体派が多くなっちまってね。安心して後方を任せとける奴が育たなくて難儀してるよ」
「それも、後を残した者達でなんとかして頂けなければと思います」
「ハッ、相変わらず厳しいな」
セヴィアとミコラーシュの発言で驚いたのはアイリだった。
発言のやり取りを見ても、
セヴィアは二十年前に警備隊に入っていて、
しかもミコラーシュに相当な信用を置いた立場に居たらしい。
数日しかセヴィアを知らないアイリとって、
彼女はリエラの母親で、
とても面倒見が良い優しい人以外の印象が無いのだ。
時々、セヴィアから鬼気迫るものを感じることはあるが、
それはフォウルやミコラーシュ、
ヴェルズといった面々から感じるものとは、また違う。
先ほど、待合室での出来事もそうだった。
セヴィアに問い掛けられると、
まるで自分の中にある何かを見透かされたようにさえ、
アイリは子供ながらに感じていた。
そういう、フォウル達とはまた違う「大人」の雰囲気が、
セヴィアからは感じさせられたのだ。
そんな風に考えていると、
セヴィアとミコラーシュの話はある程度終わったようで、
今日の本題に入るようだった。
「――…で、今日はお前等の息子と、そっちのお嬢を訓練させる為に、か。アイリのお嬢には昨日聞いたから良いが、お前等の息子は訓練させていいのか?」
「私は、問題無いとは思っています。魔術以外であれば、身体系魔技を扱い慣れておくのも良いと思いますし」
「私も、妻がそういうのであれば、と思います」
ミコラーシュの問いに、
セヴィアとバラスタはそう言って息子の訓練参加を承認すると、
ミコラーシュは一度頷いてからリエラの方へ目を向けて問い掛けた。
「おい、狼少年。お前は訓練したいのか?親に『やれ』と言われて嫌々やるようなら、アタシが絶対にやらせないがな」
「……僕は……」
ミコラーシュの問いに、リエラは少し考えて、
隣に座っているアイリへと目を向けた。
*
さっきまで泣いていたアイリの事を、
リエラは思い出していた。
そして泣いているアイリにオロオロするばかりで、
何も出来なかった自分を思い出す。
あの後、バラスタがその場の皆にアイリへの対応を頼んだ後、
椅子に座って外に出たアイリを心配していたリエラの横に父親が座り、
息子に告げていた。
『ヴァリュエィラ、あの子は私達では想像できないほど、辛い目に遭ってきたのだろう。それを自分の内に秘めたまま、今でもそれに苦しんでいる』
『……アイリ、ずっと苦しかったの……?』
『そうだね。あの子はきっと、辛いという事さえも誰にも言えなかったのだろう。それも、あの子の苦しみの一つに違いない……』
父親の言葉を聞きながら、
リエラはまだ小さな思考で考える。
村の者達でアイリの事を知らない者は、
現在では誰も居ないだろう。
あの日、同じ魔族である少女が、
奴隷紋が刻まれた鉄輪を足に着けられ、
ずっと裏道に隠れるように住んでいたという事実。
それは村人達にとって衝撃であり、
悔いるべき事実であり、
悲しみべき出来事であり、
同時に少女を奴隷として扱っていた者へ、
強い憎悪を滾らせた者も少なくはない。
大昔に奴隷として扱われた者達で作られた村の住人達にとって、
『奴隷』という境遇へと追い遣った者達を、
どれ程強く憎むべき対象なのか、想像に難くない。
その反面、奴隷として扱われたであろう少女に対して、
村人達は非常な程に優しかった。
皆が少女に笑顔を向けて優しく接し、
困った事があれば手を差し伸べ少女を慈しんだ。
リエラも、少女がとても辛い境遇だったという事を、
父と母に聞いて優しく接して友達になるように言われた。
そして初めて快復した少女と対面した祭りの一日目。
リエラはそんな父母の言葉さえ忘れてしまうほど、
少女の笑顔に恋をしてしまった。
リエラと同世代の子供は何人か居るが、
エルフ族と狼獣族のハーフであるリエラは、
生まれた時から普通の子供とは魔力素養が桁違いだった為か、
上手く合わせる事を苦手としていた。
幼い年頃は感情的な喧嘩も起こしてしまう可能性もあり、
父親や母親に『魔力制御』を始めとして、
様々な事を既に教わっていた。
そんなリエラが向かい合う初めての同世代の女の子、
しかも母親と違う銀髪の赤い瞳のエルフ族の少女に、
笑顔を向けられるという経験は衝撃的で、
頬を染めてしまうほど嬉しかったのだ。
それからアイリと遊び、一緒に食事を食べ、
一緒に同じ布団で寝て、朝御飯を一緒に食べ、
恋した少女の着替えで可愛らしい姿を見て。
そういう経験は、
リエラの少女への思いを一層強めたものだった。
けれど、初めて恋した少女がポロポロと涙を流す姿を見て、
リエラは胸がキュッと締め付けられるような感覚を感じ、
初めて苦しく感じた。
恋した少女に泣いてほしくないと思った。
また、いつものように笑顔を向けて欲しいと思ったのだ。
『ヴァリュエィラ。あの子を守ってあげなさい』
『え……?』
『あの子は、とてつもない魔力を内に抱え、更に辛いものさえ抱え込んでいる。それは、あの子自身が解決しなくてはならないかもしれない。だが、一人で乗り越えるのは無理だ。誰かがあの子の傍らに居て、あの子を支えなければ……』
『……僕に、できるかな?』
父親の言葉に、リエラはそう聞き返した。
自信が無いとか、そういう事を思ったわけないのだろう。
しかし、泣いている少女に何も出来なかった自分が、
何を出来るのかという疑問は、リエラは子供心に感じていた。
その一言に、父親であるバラスタはこう返した。
『ヴァリュエィラ。あの子、アイリの事は好きか?』
『……うん』
『だったらやるんだ。絶対に好きな女を守るんだ。それが我等、狼獣族の雄としての努めだ』
父親が誇らしく、息子に向けてそう伝えると、
セヴィアと一緒に隠れるように戻ってきたアイリの姿を見て、
リエラは一つの思いを胸に浮かべた。
それは雄として、
恋をした少女を守るだけの決意を欲した瞬間だった。
*
アイリに向けた視線を、
ミコラーシュに向き直したリエラは、
はっきりと言葉を告げた。
「僕、強くなりたい。アイリのこと、守れるくらい強くなりたい」
「えっ」
「ほぉ?」
突拍子も無いリエラの言葉に驚くアイリと、
さっきまで真面目そうな顔だったミコラーシュの顔が、
若干ニヤけながら、今度はアイリに目を向けた。
アイリの動揺する姿と、
リエラの目を輝かせて決意する目を交互に見ながら、
ミコラーシュは何かを納得したように頷いた。
「そういう事なら、この件は承諾した。狼少年とお嬢はアタシに任せな。10を数える歳には、立派に基礎の身体系魔技は全部身に付けさせてやるさ」
「ありがとうございます。ミコラーシュ様」
「我も息子の訓練には付き添いますので、よろしくお願いします。総隊長」
ミコラーシュの承諾宣言に、
セヴィアとバラスタはそう言って頭を下げて感謝の意を表す。
その反面、アイリはまだリエラの宣言に疑問を持ちつつ、
リエラは強くなりたいという思いで頭がいっぱいで、
大人と子供の対照的な場面を見ながら、愉快そうな笑みを浮かべつつ、
ミコラーシュは腰を上げてソファーから立ち上がった。
「それじゃあ、訓練はもう少しで始めるから、厠を済ませて訓練場で待ってな。服は、二人とも動き易い服で来てるな。キュプロス、ガルデ。お前等は今日来てる傭兵共の入隊試験ついでに軽く捻って、見込みありそうなのは残して訓練場に連れてきな」
「了解、姐御!」
「了解、総隊長!」
「あのオーガも、村に入ってこっちに向かってるみたいだ。受付に来たら訓練場に直接向かわせるように伝えておけ」
そう言ってミコラーシュは自分の私室のドアを開けて戻って行き、
キュプロスとガルデに連れられて、
アイリ達は全員ミコラーシュの執務室から退出した。
キュプロスは警備隊本部の大部屋となっている場所へ向かい、
ガルデは受付に向かって歩み出すと、
バラスタはアイリ達を連れて警備隊本部内から訓練場へと通じる道へと、
アイリ達を案内するように向かった。
その通路にもアイリは見覚えがあり、どうやら昨日、
ミコラーシュが昼飯を食べていた休憩場へと通じる場所だったようだ。
休憩場へと入り、
厠がある場所をバラスタが言うと、
二人は順番に厠を済ませて、
休憩場から訓練場へと向かう出入り口の大扉を開けたのだった。
*
訓練場へと赴いたアイリ達は、
人影が少ない訓練場の中の端を使って、
バラスタの指導の下で軽く柔軟体操をしながら、
ミコラーシュ達が来るのを待っていると、
先に訪れたのは軽く地鳴りを起こしながら、
建物を迂回して訓練場へと訪れたフォウルが来た。
フォウルは訓練場を見渡すより先に、
アイリ達が居る場所を見て、
それから周囲を観察しつつアイリ達が居る場所へ進め始めた。
近寄ってくるフォウルに幾許かの警戒心を持って、
子供達の前に立つセヴィアとバラスタだったが、
声を出してフォウルに呼び掛けて歩み寄って行くアイリを見て、
セヴィアとバラスタは驚いた。
「フォウルさん!」
「よぉ、嬢ちゃん。こっちに来いって言われて来たんだが、今日はほとんど誰もいねぇな。それより、そっちの奴等はどうした?付き添いか?」
アイリの後ろにいるセヴィア達を見てフォウルは聞くと、
それを聞いたセヴィアがアイリの側まで歩み寄り、
アイリの両肩に手をそっと置いて話し始めた。
「今日はアイリちゃんが訓練すると聞いて、私達の息子も参加させてほしいと願い出たのよ。アイリちゃんも、同世代の子供と一緒に訓練すれば、自分の成長を顕著に感じられるでしょうから」
「……まぁ、確かに一理ある。比較対象がいれば修行には役立つ。だがなぁ、悪く言うつもりは無いが……お前さん等の息子じゃ、そもそも比較にさえならんだろ。嬢ちゃんの魔力に比べりゃあ、な」
チラッと視線を移動させてリエラに目を移したフォウルは、
そう言いながらポリポリと頭を掻く。
その言葉を聞いたセヴィアは眉をピクリと動かすが、
若干黒い笑顔を浮かべて言葉を返した。
「この子は村の子供の中では一番、高い魔力と潜在能力を持っているわ。魔力は確かにアイリちゃんには敵わないでしょうけれど、魔獣化や身体術に関しては、エルフ族のアイリちゃんより遥かに伸び代があるわ」
「伸び代、ねぇ。まぁいいか。その辺も踏まえて今日は嬢ちゃんとお前等に、俺流の『魔力の奮い方』ってやつを教えてやる」
「魔力の、奮い方?」
『使い方』ではなく『奮い方』と豪語して告げたフォウルは、
芝生が敷かれている訓練場の端へと歩み始めて、アイリ達から離れた。
セヴィアはフォウルの物の言い方が気になりつつも、
アイリをバラスタの元へと戻して、
アイリ達に柔軟の体操を続けさせた。
柔軟体操を行っている間、
訓練場の周囲はやたら賑わいを強め始め、
住民を始めとして旅人や商人達が露店を開き、
移動式の屋台を動かして、
警備隊の訓練場近くで出し始めている事に、
アイリが気付いたのは、およそ十数分後の事だった。
何故こんなにも訓練場近くで人が集まるのか分からないアイリは、
先ほどまでの静寂な状況との差異に戸惑い始める。
セヴィア達も周囲に人が集まり始めている事には気付きながらも、
驚きを見せないところを見ると、
まるでこうなる事を予想していたようだった。
更に十数分後、キュプロスが何名かの屈強そうな魔族達を引き連れて、
訓練場に赴くと同時に、正装したミコラーシュがガルデと共に、
そしてその後ろにはヴェルズが付いて歩いて来るのが見えた。
ミコラーシュ達は分かるのだが、
何故ヴェルズまで?という疑問を浮かべながらも、
アイリは周囲の状況と鑑みて、
隣に居るバラスタとセヴィア達に聞いた。
「もしかして、今日って何か訓練場であるんですか?」
「ん?アイリは何も知らなかったのかい?」
「は、はい」
「お祭りの四日目はね、警備隊が催し物をする事になっているの。日頃の訓練成果や鍛錬を状況を、村の人々や他部族・氏族達に見せて、『私達はこんな訓練をしていますから、このヴェルズ村は安心ですよ』という意味合いも兼ねてね。まずは警備隊の若い衆の訓練成果の披露と、新しい警備隊志願者達や、他部族や氏族から集った若者を交えて基礎訓練を行って、ミコラーシュ様が自ら彼等に手解きもしてくださる、貴重な機会でもあるの」
アイリが知らなかった事を聞くバラスタに続き、
セヴィアの説明してくれる話を聞きながら、
今日行われる警備隊の催し物を、
アイリは把握していく。
ヴェルズ村の生誕祭四日目の今日は、
云わば他部族の若者達を交えた合同訓練も兼ねた交流会らしい。
各村で魔物対策や他種族との諍いを防ぐ為に設けられている、
各村々の警備隊と、この村の警備隊で合同訓練を行い、
互いに実力を高め合いながら良い点を吸収し合うそうだ。
更に訓練で効率が悪そうな点なども指摘して改善するなど、
互いの隊長達と隊員達の意見の交流場にもなって、
比較的真面目な訓練らしい。
アイリはそんな中に、
自分達のような子供も混じって良いのかを聞いてみると、
たまに他部族や氏族の子供達も見に来て、
それに参加する事ができるそうだ。
将来を担う子供達が交流して友となるのも、
各村々としては是非にという事もあり、
何人か参加することになるらしい。
周りを見てみると、
アイリ達の居る周囲に大人に連れられた魔族の子供達も、
グループに分けられるように固まって集まっていて、
ここはどうやら、
今日の訓練の子供部門が集まる場所になっていたようだ。
今朝、バラスタが食卓で紙を見ながら確認していたのは、
今日の合同訓練の内容の告知用紙だったというのも、
後になってアイリは聞いた。
事前に知らされていた人々は、
今日の祭りのメインイベントが訓練場になることを知っていて、
この場に集まっていたのだ。
ヴェルズの家に向かう途中に居た人々が、
露店や屋台の準備をしていたと思っていたアイリだったが、
ここでようやく、移動の準備をしていたのだと気付いた。
それはアイリの最も親しい屋台も、
アイリ達の近くで開く準備をしていたのだから。
串焼き屋であるジャッカスの屋台が、
アイリ達が集まる場所からやや離れながらも、
他の屋台より最も近い位置に準備している姿を見て、
アイリはジャッカスに遠くから手を振って声を掛けた。
「ジャッカスさん!」
「おっ、アイリー!今日はここで俺、串焼いてるからなー!腹減ったら来いよー!」
にこやかに笑って手を振り返しながら、
ジャッカスはアイリに声を返す。
屋台に横には魔族文字で、
『ヴェルズ村名物、ジャッカスの串焼き屋』という木板の看板も置いて、
開店準備をしていた。
その隣では、豚獣族でジャッカスの幼馴染みであるピーグも、
果汁飲料屋を準備する為に移動屋台をここまで持ち込み、
二人共準備に没頭していた。
合同訓練の開催挨拶が始まるまでの間、
ヴェルズ村に住む他の子供達が、
他地区に住む子供も参加はせずとも、
大人達と見学する位置で一緒に腰掛けて、
合同訓練の風景を見にやってきていた。
皆が段差部分に腰掛けたり、
木に登る事を得意とする種族は木に登って特等席にしたり、
年老いた魔族達には椅子などを用意して、
座らせられる場所も警備隊は準備し用意していた。
合同訓練子供部門で参加する子供達は、
それぞれの地区の警備隊長が引率して、
子供の参加者達が集まる場所へとやって来た。
その中にはヴラズも居て、
若干疲れた様子を見せながらも、
威厳ある立ち振る舞いで子供達を率いている。
昨日から寝ずの番を過ごしたまま引率者までやっているらしい。
本当に苦労が耐えないようだ。
そんなヴラズがセヴィア達の近くまで子供達を引率して連れてくると、
セヴィアとバラスタに話し掛けた。
「バラスタ、それにセヴィア殿。今日は御子息も参加させるようですが、本当に宜しいので?」
「ええ。この子も、自分の意思で参加したいと言いましたから」
「本来は、南地区警備隊長のヴラズ殿が子供達の指導も兼ねる事は承知ですが、今回のヴァリュエィラの指導は私に一任して頂きたいのですが、よろしいですか?」
「うむ、合い分かった。バラスタとセヴィア殿なら何の問題も無いだろう。ところで、あのオーガの武人はまだ来ていないのか?」
アイリに目を落としながら周囲を見渡すように探すヴラズは、
オーガの武人と指して呼ぶフォウルを探していた。
セヴィア達はやや後ろに顔と視線を向けると、
それを追うようにヴラズも視線をそちらに向ける。
すると、フォウルが近くの芝生に寝転がったまま大の字で寝ており、
その周囲で集まった子供達が物珍しそうに、
オーガであるフォウルを眺めたり大きな腕をツンツンと突いたりしていた。
そうされても全く起きるような反応を見せないフォウルに、
セヴィア達大人達は若干呆れ、
アイリ達子供達は可笑しくて笑っていた。
そういえば、と思い出したように、
アイリはヴラズに話し掛けた。
「ヴラズさん、昨日は背負って送ってくれたって聞きました。ありがとうございます」
「ははっ、礼を貰うほどではないよ。君には返す義理も残っているからね」
「義理?」
ヴラズのその言葉は、今朝にも聞いた気がした。
そう、今朝のバラスタもヴラズに近い事を言っていた。
『義理』という言葉にアイリは不思議そうに、
けれど理解できずに呟くように聞き返してしまう。
「アイリ。君は恨まないとも、気にしないとも言ってくれた。だが私は……いや、私達はやはり、君への仕打ちを自分自身では許す事はできない。だから少しでも、何かで返せればと思うのだ。ただの自己満足かもしれないが、些細な事でも受け取ってほしい」
「自己、満足……」
そのヴラズの言葉に、
アイリは今朝考えていた事を思い出した。
この村の人々に助けられた事を自分は感謝し、
皆に恩を返したいという気持ちが、
本心からの気持ちなのかという事を。
その思いを考えていくうちに、
フォウルの指摘した『誰かの為の良い子』の考え方なのでは?とも考えた。
しかしヴラズの言葉で、
もう一つの回答をアイリは得る事が出来た。
それは『自己満足』。
誰かの為ではなく、
あくまで自分の為に行う行為。
皆に感謝する事も、
皆に恩を返すという志も、
自分の満足感を得たいからだという答えをアイリは得た事で、
心の霧が一つ晴れたような気がした。
誰かの為にやっているのではない。
自分の為にやりたい事。
それは、フォウルが言う『自分の為に良い事をする子供』になる。
だから自分が考えている事は、
恩を返したいという思いは間違いでは無い。
それが少しだけ嬉しくも思えた。
「私も、いつか返せるように、頑張ります」
「え?あ、あぁ……?」
急なアイリの言葉に、
その意図が分からずに生返事をしてしまうヴラズは、
後ろで騒ぎ出した引率する子供達の面倒へと戻っていく。
その会話のやり取りを静かに聞いていたセヴィアとバラスタは、
警備隊本部の待合室での事と照らし合わせ、
アイリの言葉の意味を理解した。
それは、改めてアイリがこの村に残ってしたい事を人前で表に見せた、
初めての瞬間でもあった。
暫く時間が経ち、
東地区や北地区のドワーフ等の職人達まで来て、
更に屋台も各地区から集り、
祭りの場として最高潮へと達していた。
美味しそうな匂いが周囲から立ち込めて、
またお腹が鳴らないか心配しているアイリだったが、
それが鳴るより先に、
訓練場中心部に設置された木台の近くで、
キュプロスとガルデの間に仁王立ちするミコラーシュが登った所で、
訓練場周りに設置してあった太鼓のようなモノを、
警備隊員が小槌で叩き周囲に響かせた。
その途端に周囲が静かになり、
人々は訓練場中央部に居るミコラーシュに視線を移した。
大きく息を吸ったミコラーシュは、
その場にいる全ての者達に届く声で話し始めた。
「この場に集った者達へ告げる。我が村の長であるヴェルズェリアに代わり、今年の生誕祭も警護の長たる私、ミコーラシュが各村々の兵達の訓練の監督をする。各々、今日まで精進し鍛錬した成果を見せてもらおう。尚、今年も成果を見せた者に対しては、我が村の長から特別な贈り物をさせてもらう。そして望む者が居れば、私への挑戦も受けよう。―――…さぁ、生誕祭四日目、500回目の競合訓練を開始する!!」
『オオオオオオォォォォッ!!!!』
ミコラーシュの競合訓練開催宣言に、
各村々の警備隊一同と、
ヴェルズ村の警備隊一同が雄叫びを挙げる。
同時に、観客達からはパチパチパチと開催祝いの手拍子が送られ、
「ヴェルズ村警備隊、頑張れよー!」
「○○村、今年こそ勝てよー!」など、声が上がっていた。
アイリはその光景を見て、
なんだか前世の運動会を思い出す。
ただアイリの場合は、
両親も他界して姉夫婦や兄も運動会には参加しないことばかりで、
運動会というモノに楽しい思い出はあまり持ってはいなかったが。
それでも人間の運動会と違い、
まるで熱気そのものが違う魔族の競合訓練の雰囲気に、
アイリは緊張しながら息を呑んだ。
そんな緊張しているアイリに気付いたのか、
セヴィアはアイリの両肩に優しく手を置き、
アイリを優しく諭すように宥めた。
「この催しはね、魔術部門と身体部門の二つに分かれていて、それぞれ村の代表の中から各競技に一人を選んで、代表者がそれぞれの魔技を見せて、審判を行うヴェルズ様と各村の村長達、そしてミコラーシュ様が判定を行うの。最も優れている者に高い評価が下されて、それぞれの部門の総合判定で、どの村の者達が優秀だったかを決めてるの。優秀だった者は、その村の警備隊長も任せる事もあるし、希望ならミコラーシュ様に腕比べをしてもらえる。一種の娯楽だけれど、それが競合訓練の趣旨なの」
「へぇー…。……なんだか、オリンピックに似てる…」
「……オリンピック?」
「あ、いえ。何でもないです」
セヴィアからの説明を聞いたアイリが真っ先に想像したのは、
前世の世界で行われていた世界競技だった。
規模からすれば今回の催しよりも、
遥かに前世のオリンピックの方が人数も多いのだろうが、
魔族や魔技の事を考えると、
もしかしたらオリンピックよりも凄いのではと、アイリは思った。
何より、自分が見た事も無い種族の者達や、
知らない様々な魔技を見れるというのが、
アイリの興味を抱かせるに十分だった。
「ハハッ、元とはいえ、流石は競合訓練魔術部門の優勝者。子供への説明も慣れていらっしゃる」
「え、優勝者?セヴィアさんが?」
「そうね。昔はそんな事もした事があったわね。随分と昔のことだから忘れてしまったわ」
ヴラズの言葉に驚いたアイリは、
更に続くセヴィアの肯定の言葉に更に驚く。
優勝者というのは前世で言うところの、
金メダル保持者ということになるのだろうか?
つまりセヴィアさんは、
その年の魔術使いで金メダリストになった事もあるということだ。
今までセヴィアと接していく中で、
そんな様子を微塵も感じなかったセヴィアの真実に、
驚愕のあまり何度もセヴィアと出場している選手達を見比べてしまう。
確かに選手の中にはエルフ族も何人か混じっているので、
魔術が得意なエルフ族なら魔術部門で出場して勝てるのかもしれない。
しかし他の種族がエルフ族よりも強そうな見た目をしているので、
そんな中で勝てるというイメージがとても沸かない。
「確か、バラスタも十数年前に身体部門で優勝したと思うが」
「ははっ、まぐれですよ。運が良かっただけです」
またまた驚いたのが、
バラスタも身体部門で優勝経験を持つ者の一人ということだった。
両親揃って金メダリストという事実に、
今度はその子供であるリエラをアイリは見る。
出場選手達を見ながらワクワクしているリエラを見て、
リエラも大きくなったら出場して優勝したいのかなと、
アイリはそう思った。
それと同時に思い出したのは、
先ほどミコラーシュ達と対面した時にリエラが言った事だった。
『僕、強くなりたい。アイリのこと、守れるくらい強くなりたい』
その言葉を聞いてアイリは驚いたが、
何がどういう事になって、
リエラがそう言うキッカケとなったのかは、
アイリには分からなかった。
先程、リエラには自分が泣かれている場面を見られているので、
同い年で頼りない子供に見られたのかもしれない。
だったら、自分も頼りなく見られないくらいに、
訓練して強くならないと、とアイリは思ったのだった。
全く理由は違うのだが、
その差異がリエラの苦労へと返ってくるのは、まだ先の御話。
*
こうして、訓練場を取り囲むように観客達が各場所を位置取り、
近くの露店でツマミとなりそうな食べ物を買い、
蒸留酒や発泡酒、ワインなどを木製のジョッキで片手に持ち、
大人達は酒盛りをしている。
その中で子供達も、
魔術部門の選手達の競技を見ながら、
ワクワクとドキドキしながら見ていた。
ヴェルズ村を含む村の出場枠は、全部で8枠。
基本的に代表者は種族での出場規制などはなく、
その村に住んでいる若者で、
決まり事を守れば誰でも出場できるらしい。
『水』『火』『風』『土』の基礎四属性を始めとする魔術では、
術者の『操作』『放出』『威力』を判定点として判断した競技を行う。
『水』の魔術であれば、魔力で生み出す水の形状を何処まで変化させ、
更に20・50・100・200メートルの距離から的となる水滴を当て、
当てた後の水しぶきが何処まで抑えられるかの精度を判定する。
『火』の魔術も基本的には『水』の魔術と同じ物だが、
的に当てた後に完全に的を消失させる事が出来るかどうかで、
精度と威力を判断する。
『風』の魔術も基本的には変わらず。
風の魔術は魔力を放出して生み出す擬似的な風なので、
言わば魔力放出の精度と威力を計るモノと言って良い。
『土』の魔術は、その三種の属性とは完全に採点基準が違い、
魔力で生み出した土を利用して何かを作る。
例えば、今回の選手が作っている簡易的な土の家や、
土像、或いは陶器などを作り上げ、自分で火の魔術を使って焼き、
美しい陶器も作っている。
今回の魔術部門での出場者で優勝したのは、以下の者達になる。
『水』は、手足が生えてツルツルとした肌が青いイルカに似た魚人族。
『火』は、リザードマン種でヴラズよりも体格はやや小柄な女性。
『風』は、エルフ族で見た目は15歳前後の女性。
『土』は、筋骨逞しい黒髪黒髭の若々しいドワーフ族。
『水』に関しては、
流石に海魔族の水流操作にエルフ族達の参加者が敵わず、
ヴェルズ村の代表者は負け。
『火』はドワーフ族とリザードマン種の女性が競り合った末、
手の平からしか出せないドワーフに対して、
口からも火の魔術を出したリザードマンの魔術操作が評価され、
ヴェルズ村の代表者の勝ち。
『風』は鳥獣族の男性とエルフ族の二人が圧倒的なセンスを持ち、
その器用さを前面に出して木材の的を何等分にも割ったが、
綺麗な薪の形となってその場に積んだエルフ族の操作術の腕前で、
エルフ族の女性の勝利。
残念ながら、ヴェルズ村の代表者はその二人に届かず負け。
『土』に関しては、代表者全員がドワーフ族という、
物凄いむさ苦しい光景になりつつも、
ヴェルズ村の代表者であるドワーフ族が残った。
全員が素晴らしい魔術使いだと評したのは、
魔術部門代表審査のヴェルズだった。
これからも魔術使いとしての精進をして欲しいと話すと、
ヴェルズがおもむろに審判席から出て訓練場の真ん中に立ち、
代表者達と同じ的をそれぞれに出して、
まるで見本を見せるように魔術を行使した。
『水』の魔術では指を前に突き出して、
ウォーターカッターのような細さと鋭さで、
二百メートル以上ある的の中央を狙い撃ち、
放たれた水弾は一滴も周囲に零さずに、
的を円形に打ち抜き中央を打ち抜いて、
的の中央部分をくり貫くように撃ち終えた。
『火』の魔術では手も翳さずに、
周囲に6つの炎の玉を同時に出し、
それがそれぞれ竜を想起させる形に模すと、
6つの炎の竜が的を射て、
塵さえ残さずに的が消失し、
1つに纏まった竜が天に昇って消えていった。
『風』の魔術では入賞したエルフ族の少女と同じように、
的を切り刻むだけだったが、それは薪にはならず、
なんと串焼き用の串へと全て形を模してその場に積まれた。
全部で100本以上は作ったらしい。
『土』の魔術ではヴェルズの手のひらに、
土で出来たとは思えないミニチュアの家が素早く作られ、
更に中の構造までしっかりと作りこまれ、
まるで玩具のドールハウスのようになった。
後でそれは、観客達も見れるように展覧場へと飾られた。
それを見た出場者・入賞者は、
顎が外れんばかりに口を大きく開けて呆然となり、
観客からは物凄い歓声が上がった。
「まだまだ自分の腕に満足せず、精進してくださいね」
そう出場者達にヴェルズは伝えると、
出場者全員が頭を何度も頷かせた。
上には上がいるという事を若者達に見せる為と、
優勝したからと満足し慢心しないようにという事を伝え、
向上心を持たせようとする為のデモンストレーションだと、
後にヴェルズはアイリに話すのだが、
全員が全員、何か悶々とした気持ちで入賞商品を受け取った。
あれは逆に、自信を喪失し兼ねないのではと、
後にアイリは思ったのだった。
ちなみに、優勝者への賞品は、
ジャッカスの串焼き屋の祭り中の無料券と、
今回の祭りで金貨10枚(日本円で約100万円)までの無料商品券だった。
「私もヴェルズ様にやられたわね。優勝した時に」
「私もミコラーシュ殿にやられたな」
乾いた笑いでその場面を見ていたセヴィアとバラスタは、
懐かしいように見ていた。
何でも、身体部門の方でも同じ事をミコラーシュがやるらしい。
2000歳前後のヴェルズと、
1000歳前後のミコラーシュの行いが、
凄く大人気無いなと、後にアイリは思う。
なんでも出場者は、
基本的に警備隊に10年以内に入った若者達だけ。
中堅以上の実力者達は参加選手には選ばれてはいけないようだ。
何故参加してはいけないかと言えば、
流石に実戦経験者と魔族の中堅以上の者達では、
若者達が出場しても実力差が出てしまうかららしい。
若い芽となる若者に自信を付けさせ、
交流も図るという意図もあるらしいのだが、
明らかに自信を付けさせるという点では、
既に失敗している気がしないでもない。
ただ、お互いに出場者達は相手の素晴らしさを称えて、
交流は深まったようだ。
その点だけは成功したと言っていいのだろう。
ただ、出場者も入賞者も全員涙目なのが、
何か違う交流の仕方になっていないかという懸念も見えたが。
そして次は身体部門の競技へと移行準備が行われる中で、
やっとフォウルが起き上がった。
大きく欠伸をし、
腕を天に伸ばして気伸びする姿は、
上半身だけも圧巻してしまうほど目立っていた。
観客の中には「おい、あれオーガじゃね?」という驚きの声もチラホラ目立ち、
準備の間はフォウルに視線をやる観客も多い。
恐らくだが、あれは他の村の者達で、
フォウルをまだ見ていなかった人達だろう。
そんな事を気にする様子も見せずに、
首を左右に動かしながら辺りの状況を探るように見ていたフォウルは、
前に居るアイリとセヴィア達と声を掛けた。
「――……この祭りみてぇな状況は、なんだぁ?」
「いや、祭りですよ」
そうツッコミを入れたのは、
最近フォウルの使い走りばかりしているヴラズだった。
「そうじゃねぇよ。俺が寝る前はもっと人少なかっただろうって話だ。ん?なんで蜥蜴のがいるんだ?」
「むしろこの状況で今まで寝ていた方がおかしいのよ」
「然り」
「その通り」
セヴィア・バラスタ・ヴラズが振り返って、
フォウルを見ながら呆れたように言うと、
頭をポリポリと掻きながらもう一度欠伸をしたフォウルは、
眠そうに荷物から皮の水筒を出した。
それを飲んで「プハァッ!」と息づくと、
それを再び荷物に締まった。
「しょうがねぇだろ。昨日はドワーフ連中に遅くまで付き合わされちまって寝不足なんだよ。しかもドワーフが飲ませる酒の度数が高いのなんの。俺でもちょいと頭痛が残っちまうぜ」
そう呟きながらも、
辺りを見据えるように視線を送り始めたフォウルは、状況を確認している。
そうして数十秒ほど辺りを見ながら、
「あー、そういえば」と思い出したように、ポンッと手を叩いた。
「そういや、昨日ヴェルズとドワーフ共が言ってたな。今日は何かやるとか」
「競合訓練ですな。先程、魔術部門が終わったばかりです。今からやるのは、身体部門ですな」
「次は戦闘系種族が主だった出場者でしょうね。各村からは強い種族の者達も出されるのだから、オーガの貴方なら多少は興味を持つのではないかしら?」
ヴラズとセヴィアが補足するように言う言葉に、
「ふーん」と興味も無さそうに欠伸を放つフォウルに、
大人一同はやや唖然とした。
その大人達の気持ちを代弁するように、
ヴラズがフォウルに問い掛けた。
「オーガとは戦闘を好み、強者を好むと言われているが、貴方は興味を持たないのですか?以前に来たオーガは、強者と思われる者を見ると、やれ戦えだの騒いだと聞いていましたが」
「まぁ、普通のオーガはそうだわな。強い奴と見れば言葉を交わすよりも、拳を交える方が好きなのは否定せん。だが、生憎と俺はそういうのに疎く育ってな。まぁ、嗜む程度にやれりゃあ十分だな」
嗜む程度という言葉に怪訝そうな表情を見せる大人達だったが、
次の競技である身体部門の代表者達が入場すると、
そちらを注目するように目線を向けた。
身体部門の競技は魔術部門の属性別と同じように、
武器ごとに代表者が用意されたものだった。
『剣』の代表者達は、
片手剣・両手剣・短剣などの両刃の剣を用いた者達。
盾も装備している。
『槍』の代表者達は、片手槍・両手槍を用いる者達。
もちろん、盾も装備している。
『弓』の代表者達は、弓と矢のみ。
この武器の出場者達は、エルフやゴブリンが多いようだ。
『斧』の代表者達は、片手斧・両手斧の他に、
投擲用の鉞に似た形の斧を複数持つ者達が多い。
『拳』の代表者達は、
ナックル・セスタス・バグナウなど装備する者の他に、
グローブだけ着用した素手の者もいる。
これ等の中で、
審判基準と競技内容が魔術部門に近いのは『弓』の競技だけ。
しかも『弓』以外の武器の競技は、
全て対戦形式で行われる事になっていた。
それぞれの専門武器での代表者達で、
まずはクジ引きで引いた紙の先端にある同じ色の者達で戦う。
その後、それぞれの代表者達で勝ち残った中で、
更に『剣』『槍』『斧』『拳』の勝ち残り組で戦い、
最後まで勝ち残った勝者が、
今年の競合訓練身体部門の総合優勝者となる。
優勝後の恩恵としては、
将来の警備隊の隊長格を担う為の隊長訓練の参加許可と、
総隊長訓練の参加許可。
優勝賞品である金貨30枚分の生誕祭における無料商品券。
そして名声という、
実にシンプルだが武を志す者達にとっては誉れ高い恩恵だった。
試合は一試合で砂時計が落ちる間の合計10分。
それ以上続く場合は、判定を務める審判と、
審査を行うミコラーシュ達で行い、判定勝者を決定する。
ルールとしては、
対戦相手を死なせないこと。
故意で観客や審判を傷付けるような攻撃は行わないこと。
この二つを重点を置き、
それ以外は専門武器以外の使用をしないこと(盾は許可)だけで、
相手を戦闘不能にすれば勝利。
この身体部門に関してだけは、
流石に怪我人が出てしまう事もあるので、
ジスタとメイファが審判席に待機して事を見守っている。
まずは専門武器での代表者決定戦。
『剣』の代表者は、巨大な大剣を担いだ牛頭族の男性。
ほとんどの代表者達を大剣の腹で殴り飛ばし気絶させて圧勝した。
ちなみに、ヴェルズ村の代表だ。
『槍』の代表者は、両手に片手槍を持った獅獣族の男性。
変幻自在の動きと身体能力で、他の対戦者を圧倒。
この人も、ヴェルズ村の代表者らしい。
『斧』の代表者は、フォウルの大きさに近い巨人族の男性。
背中に担ぐ大斧と、腰に掛けた二つの小斧を使い分けて、
他の対戦者をこちらも圧倒。
ヴェルズ村代表者は、最後の戦いで負けてしまった。
『拳』の代表者は、全身が黄色と黒の縞々に覆われた虎獣族の男性。
身軽なフットワークで対戦者を翻弄し、
更に重い一撃を浴びせて対戦者を怯ませて、
地べたに這わせて関節技を掛けて勝利していた。
この人物も、ヴェルズ村の代表者。
各々の村の人々が白熱したように代表者達を応援し、
時には自分達の代表者達が負けて落ち込み、
時には自分達の代表者が勝利して歓喜する。
更に、各々が見せる戦い方に参加していない戦闘種族達が、
やや怪しい笑みを浮かべながら高揚感を浮かべ、
彼方此方から何か妙な殺気が見え始めもする。
*
それぞれの代表者達が選出された所で、
日が真上に登り、休憩も兼ねて昼休みの時間が取られた。
白熱した戦いと、この後行われるだろう白熱した戦いを期待する観客達は、
興奮は冷め止むことはなく、各自場所取り要員を残して、
立ち並ぶ露店や屋台で買い物をして昼食を用意したり、
中には優勝者が誰かを賭ける場も儲けられており、
それぞれの村の解説者のような者達が出場者達を紹介し、
優勝者の予想と賭けをする者達に銀貨を受け取って賭け対象の札を渡している。
聞こえる限りでは、
今回の大穴は『斧』の代表者である巨人族の男性。
基本的に出場者で勝ち残るのは、
比較的ヴェルズ村の代表者が多い中で、
彼だけヴェルズ村の代表者ではないから、
というのが理由らしい。
また、一部で彼が自分の村では英雄扱いもされているという話もある。
そして優勝候補として名が多いのが、
『拳』の代表者である虎獣族の男性。
彼の動きを察するに、
まだ全力で戦ってはいないのではないかという意見が多く、
その実力を全て見られるかが勝敗に関わるようだ。
そんな声が聞こえる中で、
アイリ達も昼食を摂ろうという話になり、
ヴラズはフォウルから金貨が入った麻袋をまた受け取り、
「駄賃はやるから、何か酒と食いモン買ってきてくれ」と頼まれていた。
物凄く嫌そうな顔をしているヴラズだったが、
率いていた子供達もそれぞれの親元に移動して食事をしてきているので、
断る理由も無くなってしまい、
そのままトボトボと屋台のある場所へと買い物に向かった。
フォウルは代表者決定戦の戦いを見ている中で、
感想をまとめると、たった一言「つまらんな」と言っていた。
何でも、彼からして見れば、生温い戦いだったらしい。
セヴィアやバラスタ、ヴラズはその物言いに少し眉を顰めていたが、
アイリは昨日のミコラーシュとフォウルの戦いを見ていたので、
そのフォウルの感想はしょうがないのかもしれないと思った。
ミコラーシュとフォウルの戦いに比べたら、
確かに鬼気迫るような何かが無い。
おそらく、『殺す気で攻撃を放っていない』のがつまらないと、
感じてしまったのだろう。
後にアイリは、フォウルの言葉を自分流にして言うと、
『殺気が無い』という言葉で表現している。
確かに、それぞれの獲物を扱う術は素晴らしいのだが、
そういう部分が競技と実戦での差で表れ出ているのだと、
後のアイリは思うのだった。
「それじゃあ、アイリちゃん。ヴァリュエィラ。昼食を食べましょうか」
「うん!」
「は、はい」
セヴィアの言葉で、自分達も昼食の御弁当を食べようという話になり、
バラスタが肩から腰に下げた荷物を外して、
昼食や水が入った皮の水筒を取り出し、
今の位置からやや横で木陰となっている場所で、
下に敷く大布を芝生の上に広げ、手拭と皮の水筒をアイリ達に渡していく。
まずは手拭に水筒の水を垂らして湿らせてから、
手や顔に付着した汚れを拭き取って、
次にセヴィアが用意した五段箱の御弁当を囲んだ四人の中央に置いて開く。
中には、朝食に食べたサンドウィッチや、
リエラの好きな挽肉のハンバーグに、
ピーマンに似た野菜を炒めたもの。
そして、蒸かし芋を潰したマッシュポテトに塩漬けした魚の開き。
目に見えるだけでも豪華なその食事に、
リエラは喜び、アイリやバラスタは驚いてしまう。
やはり、この量を四人で食べてしまうには多すぎるのでは?
という気持ちがアイリに再び浮かび上がった。
それはバラスタも同様のようで、
「少し多いね」と苦笑しながら妻であるセヴィアに聞いていた。
てっきりバラスタが大食いで、
これだけの量を食べるのだと思っていたが、
そうではなかったらしい。
そんな事を考えていると、
セヴィアがフォウルに顔を向け、
買い物を頼んだヴラズの帰りを待っていたフォウルに話し掛けた。
「貴方も、腹が空いているようだったら、一緒に食べない?」
「は?」
「え?」
「え?」
「なに?」
フォウルを筆頭に、アイリとリエラ、
そしてバラスタが、セヴィアの突然の誘いの言葉に、
驚いたのだった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




