第001話 今世の始まり
とある女の子の視点から見ていた異世界の町。
『私』の自己紹介は概ね終わったので、
次は『アタシ』の事を話そう。
『私』が『アタシ』を認識する以前の頃の話だ。
自我が目覚めた時、既にアタシは1人だった。
前世の頃がマシに思えるほどの状況だったと思う。
身体はとても汚く、
ところどころ皮膚が裂けたり、
体よりやや大きめの虫食いだらけの黒布を被って、
右足首に鉄の輪と短い鎖が、
地面に着かないくらいの長さで着けられて、
狭い路地裏のような場所で、
誰からも意識されないように生きていた。
生きていたというのも不思議なくらいだった。
町の人々が捨てた砂利まみれの食料が捨てられる、
ゴミ捨て場となっている場所を漁り、
食べられそうなモノはなんでも食べて、
水が無いので裏路地に秘かに溜まる、
汚泥を飲んで生きていた。
綺麗な水を探そうと思った事もあったけれど、
それらしいモノがある場所へ行くには、
路地裏から出て沢山の人影が見える大通りに出るしか無く、
アタシは外の異様な雰囲気を感じて、
一度も出ようとは思えなかった。
井戸の水など飲もうとするものなら、
何をされるか分からず怖くて近づけなかった。
誰の邪魔にもならないようにしていれば、
足蹴にされたり殴られたりもしなかった。
遠めで誰かがアタシを見ても、
逃げるように走っていく。
何度か食べ物を探していて、
武器を持った人達に襲われた事がある。
いや、正確には『人』じゃないのか。
彼等は前世の私が知っているような、
人間と呼べる生き物ではなかった。
体は人間に近い形状をしていても、
頭が馬だったり豚の顔をしていたり、
猫や犬、虎やライオン、トカゲだったり。
人の形では無く大きなタコの姿に近く、
触手を動かしながら地面を移動していたり。
普通の人間だと思ったら耳も尖っていたり、
とても大きな身体で牛の顔をしていて、
白黒模様や黒色・茶色の牛で角が生えていたり、
大きな姿で目が一つだったり三つの巨人だったり。
『アタシ』の周りには、
私の知る『人間』は一人もいなかった。
そして、この化物達……いや、
この地にはそういう者達がいっぱいなので、
敢えて『人』と呼んだほうがいいだろう。
話を戻すと、
アタシはそんな彼等に何度か攻撃された事がある。
その時の彼等は私を居ないモノの様には扱わない。
私を追って路地裏に入ってくると、
槍・剣・弓や、他にも何か不思議な力で、
アタシの事を攻撃してきた。
そして彼等に共通する事は、
アタシの顔を見ると怪訝そうな顔をしたと思ったら、
怯えたように怯んでしまう。
アタシはその隙を突いて、
その場から離れるように逃げ出していた。
その時のアタシの身の回りには、
鏡どころかガラスも見当たらず、
幼いながらに自分の顔は、
よほど醜いのだなと思った。
ある日、アタシはいつものように、
ゴミ漁りをして食べ物を探していた。
できるだけ周りを汚さないように、
そっとゴミを漁って食べられる物を探す。
それが誰にも迷惑をかけないようにする、
最善の方法だと今までの経験で理解していた。
でもその日を含めてずっと、
食べられる物が見つけられなかった。
裏道にも特に何も落ちていなくて、
最近は日照りが強く汚泥も無い。
既に何日食べていないのか考えたが、
そう考えられるほどの思考力も持てないほど、
アタシは切羽詰まった状況だった。
そんな時、とても美味しそうな匂いがした。
その方角には明るく眩しい、表通りがあった。
そっちは幼いながらに、
近づいてはいけない領域だと認識していても、
本能がそちらにヨタヨタと足を運ばせていた。
*
そこには、人がいっぱいだった。
とても人が多く何かワイワイと賑わっていた。
何かお祭りをしていたのだろうか。
表通りには屋台のようなモノが沢山あって、
様々な人々が行き交うように立ち寄っていた。
しかし屋台は並んでいても、
まだ組み立てられていない屋台であったり、
現在まさに組み立てている最中の人達もいる。
その時のアタシは、
目の前にある一つの屋台に視線が釘付けになった。
串に何かを刺して焼く、
食べ物を扱っている屋台だった。
色んな人がその屋台で食べ物を買っていた。
その時に初めて『私』は、
この世界の金銭という物を見たと思う。
けれどアタシは、お金なんて持っているはずがない。
とても手が届かない食べ物。
それが表通りにあるモノだった。
じっと屋台を見ていた時に、それは起こった。
誰かが買った食べ物が串に刺したまま、
地面に落ちたのだ。
落とした食べ物を見ながら買った誰かが何か言って、
そのまま店の亭主と話している。
その時、アタシは動いてしまった。
落とした食べ物は、つまりゴミ。
だから食べてもいい。
幾数十日の経験と、
食べ物を欲する本能が体を動かしてしまった。
アタシは夢中で駆け寄り、
地面に落ちた食べ物を食べた。
砂利がついてザリザリ・ゴリゴリした食感だったけれど、
そんな事も気にしていられないほど、
アタシは夢中で食べた。
周りで叫ぶような喧騒が聞こえた気がしたけど、
そんな事より食べたかった。
けれど何口目か分からない時に、
体に衝撃が走った。
体が少し浮き、
掴んでいたはずの串が手から離れて、
その場から吹き飛んだ。
浮いた体が地面に再度着いた時、
その衝撃と共にゴロゴロと転がって、
転がりが止まると同時に、
何か起こったか理解するより先に、
胸からせり上がるような悪寒を感じた。
その瞬間にアタシは、
今さっきまで食べた物を吐いてしまった。
胃液と共に出てきた串焼きの肉と、
更に続く嘔吐で何かが口から吐き出てきた。
それはとても赤い血だった。
赤い血と出てきた食べ物と胃液を見ながら、
ぐるぐると回る意識の中、
何か大きな声が私に迫ってくる。
掠れた意識でそちらに首と目を動かした。
あの食べ物を扱っていた屋台のおじさんだった。
おじさんと言っても、
肌は緑色で耳も尖っていて、
髪が無く剥げていた。
後で聞いたが、ゴブリンという種族らしい。
身長はそれほど高くないけれど、
今のアタシの倍ほどに見える身長と体躯で、
アタシは力いっぱい蹴られたのだと、
掠れた意識で自覚した。
本当に今にして思えば、
これは当然の結果だろう。
突如として路地裏から出てきた何かが店の前に来て、
落ちた食べ物をムシャムシャと汚く食べているのだ。
驚いたお客は一気に遠のき、
気持ち悪がって近づかない。
怒ったゴブリンの屋台主が、
そんなモノを蹴飛ばすのは当たり前だ。
そんな彼が怒鳴りながら、
汚い黒布を被った何かに近づいていく。
何を蹴ったのかを確認する為に。
近づいたゴブリンの屋台主は、
汚い布切れを足蹴して剥がし、
アタシの顔を見た。
――……そして絶句した。
周りのお客や見物人も、
私の顔を見て気付き、
声を、悲鳴をあげている。
意識を失いつつある中で、
ぼんやりとアタシは思う。
あぁ、そんなにアタシは醜いのか、と。
そして視線を泳がせ変えた先に、
先ほどまでアタシが居た路地裏の道が見えた。
あぁ。アタシはあそこから、
出てきちゃいけなかったんだ。
たとえあそこで死んでも、
その方が良かったんだ。
そう思った。
その時に多分、
『私』と『アタシ』の意識と記憶が初めて交差した。
『私』の前世の記憶が『アタシ』を侵食し、
今の自分と前世の自分が重なり合う。
そうだ。
私はずっと誰かに迷惑をかけて生きていた。
大好きだった家族に迷惑をかけて、
嫌われたくない人に嫌われて。
そんな人生を前世も送っていた。
今もそうだ。
私のせいでこんなにも誰かに迷惑をかけている。
死んでからも、今ここにいてもそれは変わらない。
……あぁ、そうか。
だからお姉ちゃんは、
私も一緒に連れていこうとしたんだ。
私が生きていたら、
また誰かの迷惑になってしまうから。
きっとお姉ちゃんには、
それが分かっていたから。
お姉ちゃん、ごめんなさい。
ちゃんと連れていってくれたのに、
また誰かに迷惑をかけて。
ごめんなさい、ごめんなさい……。
もう何日も汚泥を飲んでいないのに、
私の目からは涙が出ていた。
ずっとこの世界には無い言語で、
ずっと謝っていた。
「ご……なさい、……ごめんな……い、……ごめんな……さい……」
誰に謝っているのか私自身も分からない。
でも、誰かに言わないといけないと思った。
この場にいる人や、
そしてこの場にいない人にも向けて。
それしか私にはできなかった。
そして、意識を失う瞬間。
私の目の視界はぼやけながらも、
大きな人影が見えた。
さっきのゴブリンの人より、
ずっと大きな人だった。
人と言っても、もちろん『人間』じゃない。
でもその姿や顔も見る前に、
私は意識を失った。
―――…それから目が覚めたのは、
何日も後のことだった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




