第019話 交わる道
アイリが魔力を感じるようになった翌日、
ヴェルズ村は三日目の生誕祭を迎えた。
早朝はいつも通り、
ヴェルズをアイリが起こして、
二人で乾パンと野菜スープと牛乳を朝食にして食べた。
その後、お湯を作り布を湿らせ、
体を拭いてから二人とも着替える。
そしてヴェルズにアイリは、
また可愛らしいフワフワの白い子供服を着せられた。
昨日のセヴィアとの洋服屋での着せ替えで、
ある程度は慣れてしまっていたが。
決して慣れただけであって、
こういう服自体を着るのが好きになったわけではない。
その服を着る前、
食事を片付け終わり食休みをしている最中に、
ヴェルズは昨日教えた魔技の扱い方に関して、
アイリに注意をした。
「アイリ、昨日あなたは魔力を感じた時、動揺して魔力が乱れたわね。魔力は感情によって制御が利かなくなる場合があるの」
「感情で……?」
「怒り・憎しみ・悲しみ。そういう感情は、最も魔力を高め易い。そしてそれは、同時に魔力の暴走を引き起こすの。逆に、常に心の平穏を保ち続ければ、魔力の暴走は起こらないわ」
「魔力の暴走は、魔力を使わないと起こるんじゃないんですか?」
昨日のフォウルの話では、
魔力を溜め込みすぎると起こる事だと聞いていたアイリは、
その相違点をヴェルズに聞いた。
「それも一つね。けれど、感情で生み出す魔力はとても膨大なの。それこそ、肉体が耐え切れないほどに。それが肉体の中にある魔力を司る器官を壊して、魔力の暴走を引き起こすわ。私があなたの器官を麻痺させていた理由の1つが、あなたが幼い故に感情を爆発させて、魔力の暴走を引き起こすんじゃないかと思ったからよ」
「……じゃあ、魔物が魔力の暴走を起こす時も、そういう事が原因になってるんですか?」
「そうね。縄張りに踏み込んだり魔物の群れに手を出すと、数匹は必ずそういう事が起きる魔物が出てしまう。この村付近の山に住む魔物には、危険種と呼ばれる魔物は比較的に少ないけれど、普通の魔物でも暴走すれば狩る以外に止める手立てが無いの。魔族も同じで、魔力の暴走を引き起こしてしまうと、止める手立てが無いわ」
止める手立てが無い。
それはつまり、
魔力の暴走を引き起こした時点で、
殺すしかないということ。
回復魔術や医療魔術も、
相手の魔力が落ち着いた時だからこそ術者は相手の魔力を利用し、
相手の体を癒す事ができる。
その相手が魔力で暴走しているとなれば、
壊れた器官の修復はできない。
故に、手段は一つだけだった。
しかし、殺す以外にも一つだけ手立ては在る。
それが『マナの実』の存在。
入手条件や摂取条件を整え、
高密度の魔力で構成されたマナの実を体内に入れれば、
魔力の暴走は逆に膨大な魔力に掻き消され、
肉体の治癒も同時に行われる。
しかし、マナの実は伝説とも言われる実であり、
その元となるマナの樹自体も、
どこに生えているかすら知られていない存在。
実用的な手段とは言えず、
また事が起こってから対処するまでに、
確実に被害が出てしまう為、
結局は殺す手段しか道がない。
ヴェルズは敢えて口に出して、
その事をアイリには話さない。
例え頭が良くても、
アイリはまだ子供だからだ。
そしてアイリが自分の身体に関して、
その事に気付いているのかも、
ヴェルズには分からない。
「アイリ、幼いあなたには酷かもしれないけれど、感情を高め過ぎるとそういう事が起こるわ。怒るなとか、悲しむなとは言わない。憎むなとも決して言わない。けれど、その感情に飲まれて何もかもどうでもいいと思わないで。お願い」
「は、はい……」
ヴェルズの言葉と内容に、アイリは素直に頷く。
今、自分の中に感じる魔力だけではなく、
感情までも制御していないと、
魔力が暴走してしまうという事実に、
アイリは魔力を感じられるようになった事を、
少しだけ後悔した。
けれど、それだけのリスクを背負って、
自分に初めて力を持つ事ができるのは、
至極当然だとも思っていた。
そして自分の選んだ選択が、
いつか自分の為になるとも考えていた。
フォウルは言っていた。
誰かの為に良い事をするのが良い子じゃない。
自分が目指すものの為に良い事をするのが、良い子なんだと。
もしそれを目指す中で、
自分が魔力を暴走させたら……。
それは自分の為にならない事をしたということ。
つまり、私が悪いんだと割り切れる。
こういう考えの切り替えの仕方は、
前世で誰かがよくしていた気がする。
誰だっただろうか。
お兄ちゃんか、お姉ちゃんのどちらかだと思う。
そういう意味で、
私は兄や姉とは正しく家族だったんだろう。
*
そういう話をアイリとヴェルズは出掛ける前に行い、
服を着替えて二人は祭りの場へと赴いた。
帽子も被って愛らしい姿のアイリと、
村長であり元魔王の大幹部であり、
正妻のヴェルズが手を繋いで歩く姿は、
まるで親子の関係にも見える。
実際この時に、
外部から来た魔族達の中でヴェルズを知る者は、
ある可能性を考えてしまう者もいた。
『あの子はもしや、ヴェルズ様の子供なのでは?』と。
そしてその噂は、
思わぬ形で今後のアイリに関わってくることになる。
「アイリ、大丈夫?」
「大丈夫、です……」
西地区で営まれている食堂に入った二人は、
休憩を取っていた。
ヴェルズには紅茶が出され、
アイリには果実ジュースが机の上に置かれていた。
西地区の食堂は、南地区や東地区とは違い、
外来客用に作られた店が多い。
ヴェルズ村の出入り口が在り、
警備隊の本部とも言える詰め所が設置されている関係から、
外来客の安全性を考慮してこういう店が多く作られている。
他にも、荷を運ぶ為に育てている魔物の厩舎や、
魔物を解体し肉や素材にする素材屋も建てられいる為、
外来から持ち込んだ品は主に西地区で管理されている。
警備隊の宿舎や、宿屋なども西地区に置かれており、
外来客は西地区に主に滞在しているので、
祭りで一番外来の客人や旅人達、
商人達が賑わいを見せているのは、
西地区と中央広場と言っても過言ではない状態だ。
アイリ達が入った店は、
一見では洒落たカフェテラスを装う店で、
軽い食事や飲み物で談話が出来る憩いの場として設けられている。
中に居る人々は、やはり主に外来客達。
商人達が商売の話をしたり、
各地の情報などの情報交換場ともされており、
旅をして来た情報屋や傭兵とも言える魔族達も集まっていた。
傭兵は各近隣の村で魔物退治に雇われた者達や、
ヴェルズ村の警備隊に入る為に訪れた者達もいる。
ただし、そういう者達は警備隊の詰め所へ赴き、
警備総隊長の試練をクリアしなければならない。
「まったく。歩きながら魔力制御をしていたなんて。まだあなたには早いわ。まずは立ちながら一時間。安定して魔力を制御するのを課題にします。良いわね?」
「は、はい」
歩きながら魔力制御を実践していたアイリは、
途中で集中力と体力が尽きて疲れた為、
近くにあったこの店で休憩する事になった。
わずか1時間もしない間に、
額の汗を隠すことも出来ないほどの疲労感に襲われたのだ。
昨日・今日で魔力を感じ始めたアイリでは、
その疲労も当然と言えるだろう。
しかしヴェルズは、その課題さえアイリは、
たった一日で合格してしまう可能性も考えていた。
ヴェルズは昨日の時点で『魔力制御』はできても、
『魔力感知』まで成功させるとは思わなかったからだ。
普通の相手ならともかく、ヴェルズは魔力感知を妨害させ、
相手の魔力の影響を防ぐ為の『魔力障壁』という魔技を、
常日頃から無意識に行っている。
前回、アイリに魔力感知させた時には、
敢えて解かなかったにも関わらず、
アイリはヴェルズの魔力を感知してみせた。
それどころか障壁を反作用させて、
逆にアイリの魔力を乱そうともしたが、
アイリはちゃんと魔力制御をしつつ魔力感知をやってのけたのだ。
それは魔技に関して、
アイリは天技の才を持つ者と、
そう位置付けても過言とはいえない域の話。
五歳にもなっていない子供が、
巨大な魔力を持つとはいえ、
たった数分で『魔力制御』と『魔力感知』をやってのける。
アイリは今の状態を情けないように思っているのだろうが、
正直に大人としては脅威の出来事として感じざるをえない。
この子は『天才』なのだと、ヴェルズは確信していた。
「……あ、あの。ヴェルズ様。みんな、こっちを見てるような気が」
休憩するアイリ達に対して、
店内の人々や外から見ている人々は視線を集めていた。
「あら。きっとアイリが可愛いから、みんな注目しているのかしら」
「え?う、うぅ」
机の上に置いていた帽子を、
アイリは被り直して顔を隠した。
からかうように微笑むヴェルズだが、
天才的な才能を持つと言っても、
子供らしい反応を見せるアイリに、
ヴェルズは少しだけ安心する。
勉学の知識だけで言えば、
アイリは既に魔族の中でも合格を与えられる。
言語の読み書きに、数字の計算。
それができるだけでも立派であるにも拘わらず、
アイリは更にヴェルズが用いる本を全て読んで、
知識を全て吸収する気でいるのだ。
ある意味それは、
天才と言うべきなのか。
それとも狂気と言うべきなのか、
ヴェルズにさえも分からないのだ。
しかし、可愛い服を着せると恥かしがり、
人の視線が集まると同じように恥かしがる。
アイリは間違いなく、
まだまだ子供なのだと安心させられた。
もしそれさえ無かったとしたら、
ヴェルズはアイリを子供扱いにはしなかったかもしれない。
そんな二人を遠巻きに見ている人々は、
こんな話をしていた。
「おい、あれってヴェルズェリア様じゃ……」
「まさか。エルフ族は全員同じ顔に見えるだろ?」
「いや、でも……」
「隣の子供は誰だ?」
「銀の髪……赤い瞳……まさか」
「王アルトマンの他にも、子を産んでいたのか?」
「しかし幼すぎる。魔王ジュリアは勇者と戦って行方不明って話だろ。……もしかして魔王は生きていて第二子を?」
「じゃあ、この村には魔王様がいるのか……?」
そんな話を周囲に偶然居合わせた人々は目撃して、
色々勘繰ってしまう。
突然変異体に関して、
魔族はあまりにも無知な部分が大きい。
生物的な変化は基本的に、
外見と魔力でしか捉えない種族もいるので、
特徴的な見た目であれば、
それが血筋に関係あるものだと考えている者も多いのだ。
そういう話になっているアイリ達を、
店の外から二人組が覗いていた。
一人は若干小柄な背丈で外套を着けた、
身なりの良い金髪碧眼の耳が尖ったエルフ族の少年。
もう一人は、少年よりも高身長で肌の黒い、
壮年の男性だった。
その壮年の男性が、
身なりの良いエルフの少年に話し掛けた。
「ジーク様、もうこれ以上は」
「ダメだ。兄上にこれ以上の強行を許しちゃいけない。それには、お婆様の協力がどうしても必要なんだ」
「しかし、昨日にその話は断られたばかりでは……?」
「……もう一度、お婆様を説得してみせる。すまないが、もうしばらく僕の我侭に付き合ってくれ」
「……承知しました。ジーク様」
少年の言葉を聞き、
従者の男性は頭を下げて頷く。
そして、二人組はアイリ達が居る店の前へと、
歩みを進めていた。
*
店のドアを開く鈴が、静かにチリンチリンと鳴り響く。
店内に新たな客が訪れた音が聞こえ、
店員をしていた兎獣族の娘が対応に出た。
兎獣族とは、
兎のような長い耳を持ち、
ゴブリンほど小柄では無いが、
成人した男でも150cmにも身長は届かない。
特徴的に、肉体派の獣族の中では、
比較的魔力の内包量が優れているものの、
肉体面は他の獣族達にも劣り、
個体の力はゴブリンと同程度。
しかし、女性の兎獣族は見た目が愛らしい。
男性の兎獣族も同じように見た目が愛らしい為、
大昔はその手の奴隷として人間達に弄ばれた経緯を持つ。
現在はそんな事を許す事は無いが、
寿命はゴブリンやドワーフより短く、
100年未満で寿命が来てしまう為、
今のヴェルズ村でそういう屈辱的な過去を持つ、
長寿の兎獣族はもういない。
ただ、現在でも見た目が愛らしい種族なのは変わらないので、
接客関係の仕事はまさに打って付けの職業の1つとも言える。
「いらっしゃいませ~。二名様でよろしいですか~?」
兎獣族の店員の言葉に、
黒い肌の壮年の男性が黙って頷いた。
「それじゃあ、お好きな席に~」
そう言われた二人は真っ直ぐに、
ある席へと向かっていく。
その席は、アイリ達と向かい合うように並べられた、
小さな丸いテーブルの小柄な種族向けの二人用の席。
ヴェルズの事を見て敬遠している周囲は離れているが、
それを無視するように、
その二人はアイリ達の席へ向かい合うように座った。
アイリは、向かいに座った二人に気付いた。
しかしヴェルズは振り向かない。
まるでそれに反応しないようにするかのように。
荷を置いた壮年の従者と少年の二人だったが、
少年だけ立ち上がり、アイリ達の席へと近づく。
そして、少年はアイリ達の目の前へ立った。
「お婆様、昨日ぶりで御座います。貴重なお時間の最中に急にお伺いして、申し訳ありません」
少年がそう言いながら、
ヴェルズの方を見ながら手を胸に置き、頭を下げた。
アイリは『お婆様』という言葉に反応して、
「え?」という顔で少年とヴェルズの両方の顔を見合わせた。
しかし、ヴェルズの方は少年の顔を見ずに、
優雅に紅茶を飲んでいた。
「……お婆様」
「聞こえているわ。あの話なら昨日言ったはずよ。それ以上は私は貴方と話すつもりは無いわ」
ジークと従者に呼ばれていた少年が再度口を開いた瞬間に、
ヴェルズは言葉を切るように告げる。
その言葉に苦々しい表情を見せるジークは、
それでもと更に口を開いた。
「父上は、兄上に対して何もしようとしません。あのままでは兄上は、いつか父上と相対しかねない。父上を動かし、兄さんの強行を止められるのは、お婆様しかいません!どうか、ご助力をお願いします」
深々と頭を下げるジークに対して、
ヴェルズはジークに見向きもしない。
机に置かれている紅茶と、
皿に盛られたクッキーを摘みながら優雅な休息を過ごしている。
紅茶を机に置いたヴェルズは、ジークを見ずに言葉を出した。
「アルトマンは私の手から既に離れました。そして私は、王都とは関係無い身の上。私の言葉で道を変える程度であれば、あの子は王などに決してならなかったわ。あなたの兄の事も、私には関係無い話よ」
「……ッ、なんでですか!父上は、僕達兄弟は、お婆様にとっては家族ではないのですか!?」
ヴェルズの言葉に、
温厚そうに見えるジークも流石に声を荒げた。
その声は、悲痛さを感じさせるものだったのは確かだった。
しかし、ヴェルズの次に出た言葉は、
非常に冷たい言葉だった。
「確かに、貴方は私と同じ血筋だと魔力で分かるわ。幼い頃のアルトマンとも似ている。けれど、孫と言っても貴方と私は昨日会ったばかり。貴方達と、この地に住まう者達。選ぶなら私は、私に付き従ってきた者達を選びます」
「……ッ!!……分かりました。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。……それでは、失礼します」
ジークは苦々しい表情をして頭を下げた。
彼にとっては、ヴェルズの言葉がどれだけ重く、
どれだけ自分達にとっては冷たい言葉なのかを、
ジークは理解せざるをえなかった。
自分の席に戻る前に、
ヴェルズの隣に座る小さな女の子をジークは見た。
ヴェルズとジークの二人の会話を聞いて、
オドオドとしている少女の容姿にジークは驚く。
銀色の髪、赤い瞳。
そしてエルフ特有の長耳。
そして魔力感知で分かる、
少女に内包する凄まじい魔力量。
「……この子は、まさか……お婆様の娘、ですか?」
動揺したように漏らす言葉に、
ジークは自分でも驚きながらヴェルズに目を向けた。
「いいえ、村の子よ。今は私の教え子で、今日は一緒に祭りを周っているだけ」
「そう、ですか」
アイリの魔力に当てられ、
若干の動揺を含みながらジークはアイリ達から離れ、
従者のいる席へと戻った。
従者が注文していた紅茶を飲み干すと、
代金を置いて二人は店を出て行った。
「あの、村長様……」
「ごめんなさい、少々騒がしくしてしまったわね。そろそろ出て祭りに戻りましょうか。アイリ、次は何処を周りたい?」
ヴェルズとエルフの少年の話についていけず、
アイリはただ出て行く少年達と、
優雅に紅茶を楽しむヴェルズの二人を見ながら、
内心ではハラハラしていた。
二人の会話は、
どうやら昨日話した事の延長らしい。
そういえば一日目と二日目は、
話し合いをしていたらしいので、
あの二人もそれに参加していた人達なのだろうか。
けれど、『お婆様』や『孫』という話。
改めて思い出して聞くと、
とんでもない会話だった。
今、目の前にいるヴェルズは見た目は20代前半。
そんな綺麗で若そうな人が、
少なくとも息子と、その息子に孫までいる。
アイリにしてみれば、
驚くべき話と言うべきだろう。
「えっと、知っておいたほうが良い場所とかは?」
行きたい場所と言われても、
アイリはヴェルズ村に何があるのかを理解しきれていない。
なので、ヴェルズに聞いてその場所を案内してもらったほうが、
アイリには分かり易かった。
「そうね。そういえば、警備隊の総隊長はアイリも会った方が良いでしょうね。ドワルゴン様を除けば、この村随一の魔技の使い手でもあるから。それに、あなたの魔力の大きさも、警備隊には把握してもらったほうがいいでしょう」
「は、はい!」
ヴェルズの案にアイリは素直に賛同する。
村随一の魔技の使い手という言葉に、
アイリは興味深々だ。
そして、もう1つ気になる言葉が出た。
先ほどのヴェルズや、
フォウル達の口々から出る、
ある名前にも興味を持った。
『ドワルゴン』
皆の話では、上手くイメージが掴めない。
とにかく凄い人とは分かるけれど、
一体どんな人なのだろうか。
そんなことを考えつつも、
アイリはヴェルズと共に店の会計を済ませ、
警備隊の詰め所へと向かうのだった。
*
ヴェルズから話を断られ、
失意の内に店から出たジークは、
西地区の町の外へと続く道を歩いていく。
気分は重く、最悪とも言えるだろう。
実祖母と呼べる人物と昨日初めて対面し、
昨日と今日含めても悉くあしらわれてしまったのだ。
初めて見る祖母は噂通りとても凛々しく、
英気と力強さを感じる、美しい人物だった。
声は透き通るように美しく、
また力強い魔力を感じる。
父上や兄上に良く似た魔力を。
祖母と対面していく者達も、
この魔大陸に置いては温和な種族だが、
戦えば苦戦を免れない一級の魔族達。
どれも王都に属さない部族の長達であり、
けれどヴェルズ村に帰属する者達。
そんな者達と堂々と対面し会話を交えていく祖母の姿に、
ジークは父と同じ尊敬の念を抱いた。
けれど、ジークは自己紹介をした後、
その尊敬は畏怖へと変貌した。
「私は、王都を司るライアット氏族、父アルトマンの第二子。名はジークヴェルト=フォン=ライアットと申します。ヴェルズェリア大公母殿下には、今回は目通りを叶えて頂き、お礼申し上げます」
「……そう。それで、今日はどのような御用なのかしら」
初めて会う孫への第一声。
そして祖母から貰う第一声が、
その冷たい言葉だった。
ジークが考えていた話の筋書きとは予想が違い困惑した。
もっと暖かく迎えてくれるものだと思ったのだ。
ジークは困惑はしたが、
ここは他の部族長達や氏族達が居る場所。
血の繋がった孫が来たとしても、
気を緩めるのは確かに正しくない。
皆と同じく平等に話すのが、
まずは適切だともジークは納得する。
「500年目の生誕祭、御祝辞を申し上げます。今――……」
「前置きはいいの。用件だけを述べて頂戴。私も忙しいし、後の方達も控えているわ。単刀直入に、用件を」
「回は――……、え……?」
……言葉が詰まった。
それは他の氏族達や部族達とは、
全く違う対応の仕方だった。
他の者達が居るから同じく平等に話をという、
そんな生温い態度ではない。
「話がないなら、もう下がってもらいたいのだけど」
「お、お待ち下さい!」
数秒、放心したように言葉が詰まったジークは、
ヴェルズの言葉に咄嗟に反応して言葉を返した。
とにかく今は、
話だけでもしなければいけない。
そう思ったのだ。
「こ、今回来た理由は、王アルトマンが司る王都の状況の事です。私の兄であり、第一子のラインヴェルト=フォン=ライアットは、現在は王都で他部族達を引き入れ、第一王子派閥の軍備の強大化を図っています。今はまだ事に掛かったばかりですが、いずれ十数年後には軍備を完成させ、兄は父を打倒する為に決起してしまいます。父上はその状況を理解しているにも関わらず、何もしようとしません。どうか、ヴェルズェリア大公母様に父アルトマンを説得して頂き、父に兄の強行を止めて頂きたいのです。何卒、どうか……」
ジークが今回、
生誕祭のヴェルズェリア謁見日に訪れたのは、
それが理由だった。
『力』を主張する兄と、
その強行を止めない父を争わせない為に、
弟であり息子であるジークは懸命に動いていた。
兄の言葉を聞き、
力を見て加担しようとする部族の魔族達を諌め、
なんとか兄の軍備の完成を妨げようと弟は動いていた。
ただ、年が離れた兄と偉大な父。
家族が争うことをどうしても避けたかった。
「……話はそれだけかしら。答えを簡潔に言うわ。お断りさせて頂きます」
「――!!な、なぜ……ッ!!」
「今ここで言う理由も無いわ。次の方が控えています、どうぞお下がりください」
ヴェルズはそれだけ言うと、ジークを下げさせた。
そんな祖母の態度に、
そしてその言葉に唖然としつつ、
追い立てられるように面談で補佐をしていた警備隊に下げられて、
そのまま従者が待つ場所まで戻り、宿に戻った。
ジークはどうしても納得できなかった。
祖母の対応にも、その答えにも。
孫が会いに来たのに、
まるで意にも介さないような態度を。
自分の息子と、
孫となる人物が争おうとしているのに、
それを止める事さえしない事を。
その事実を受け止めきれず、
翌日、祖母の魔力を広範囲の距離から、
魔力感知と魔力探知を用いて、探し出した。
そして、その場所を見つけて、
また祖母に会った。
けれど、それもあっさりとあしらわれた。
その理由は、至ってシンプルだった。
要約するヴェルズの言葉をまとめれば、
初めて会う孫や、とうに親離れした息子よりも、
今はこの町に住む人々が大事だ、という事だった。
それは、町を統治する者としては正しいのかもしれない。
けれど、家族としては?
同じ血の繋がった家族であるはずなのに。
そこの部分で、
ジークは納得ができなかった。
「ジーク様、お帰りになるのですか?」
「……あぁ、そうだな。王都に帰ったら、もう一度、父上を説得して兄上の強行を止めてもらうように言うしかない。兄上を止めるには、もうそれしかない…」
従者と話すジークの今の気分は、朝起きた時より最悪の気分だろう。
この町に来た時は期待と希望を持って訪れたはずだった。
王である父上の話と、
噂や話でしか聞いた事がない偉大なる祖母。
そんな人物と会えさえすれば、
父上と兄の争いを止めてくれる。
そんな事を期待していた。
けれど、現実はご覧の通りだ。
父上も兄上も、
自分の言葉では説得できなかった。
最後の頼りだった祖母もダメだった。
まだ成人していない自分では、
力すら兄達には及ばない。
「……僕はただ、兄上にも父上にも、どちらにも死んでほしくないだけなのに」
目から薄らと涙が溢れてくる。
首を空へ伸ばすように向け、
頭を上げて歯を食い縛って涙を堪えた。
自分の思いが叶わない事が、
こんなにも苦しいものだと初めて知ったのだ。
ただただ、悔しかった。
涙を流すジークに従者は何も言えず、
諌めることも出来ず、
ジーク達が西地区の出入り口付近に差し掛かった、
その時だった。
「なんだ、坊主?何こんなとこで泣いてるだ?」
「……ッ!?」
「な、なんだ貴様!?なっ……で、でかい……」
ジークと従者の前に現れたのは、
四メートルほどの大きさの巨体で、
赤い皮膚が特徴的な大男だった。
額に二本の角を持ち、
鋭い目つきと巨大な荷物を抱える姿。
それをオーガだと従者は察して、
警戒の体勢に入る。
しかし警戒態勢も、
オーガが発した一瞬の殺気で従者が萎縮し、
魔力の高まりが引っ込んでしまうほどだった。
「おいおい、オーガだからってそこまで警戒するこたねぇだろ?まぁ、この町だと慣れちまったからいいが。それより、んなデケェ魔力持ってるくせに泣きベソかいてる坊主はどうした?」
「ち、違う。泣いてるわけじゃ……」
「いやいや、泣いてるって。ん?祭りの日に男が泣くってことは、女にでもフラれたか?ガッハッハッ!!」
「――……ッ」
当たらずも遠からずなオーガの言葉に、
ジークはまた昨晩と先ほどの出来事を思い出す。
自分に冷たい祖母の姿と、
これから起こるだろう兄と父の争いを思い、
ジークは再び涙を流し始めた。
しかも大粒の涙を。
それに慌てふためいたのは、
オーガのほうだった。
「ゲッ、当たってたのかよ。ああ、スマンスマン!ほら、世の中には女なんて腐るほどいるんだしよ。お前さんエルフだし、その年ならまだ30かそこらだろ?出会いなんてこれから先、何百年もあるんだから、そんな泣くなって」
「……っ、ち、が……っ!僕は、フられ、たわけ、っ、ぐ、ぅ……ぅう……」
両手で必死に顔に零れる涙を指で除けながら、
声にもならない声で何か言おうとするジークに、
オーガは少々見当違いながらも励ますように慰める。
しかし、遠巻きで見ていた者達が、
その様子を見てヒソヒソと話し始めた。
「あのオーガ、子供を泣かせてるぞ」
「小さな男の子を泣かせてるなんて……」
「オーガが男の子に乱暴して泣かせたって?」
「やっぱりオーガって最低だな」
周囲がヒソヒソと話す声がオーガにも聞こえたようで、
オーガは周囲の人々を見て威嚇するように大声を上げた。
「お、おい。ちょっと待て。俺は別に泣かせてねぇよ!この坊主が女にフラれて泣いてるだけだろうが!!」
「ぼ、ぼぐば、ぶられでない!!!」
泣きながらダミ声で否定するジークだが、
そういうやり取りをしている間に、
ジーク達とオーガの周辺に警備隊が幾人も集まってきた。
西地区は警備隊の総本部もあるので、
騒ぎを聞きつけて駆け付けるのも、早かったようである。
「そ、そこのオーガ!!大人しくしてその子供を解放しろ!!」
「なんでそうなるんだよ!?」
駈け付けた警備隊の犬獣族の言葉に、
オーガはツッコミを入れた。
何故か子供を泣かせたという話から、
人質事件にまで発展したようだ。
周囲の人々の話では。
「ああ、もうめんどくせぇ!おい、そこの犬っころ!丁度警備隊のとこ行く気だったんだ。一緒に来い!あとお前だ坊主!お前のせいなんだから、警備隊の詰め所で俺の無実を証明しろ!!行くぞ!!」
「ぢょっ、うわっ!?」
首根っこを掴むように、
服の襟首を掴んでオーガはジークを引き上げ、
腰だめに抱えてまるで薪でも運ぶようにジークを運んでいく。
オーガの殺気に当てられた従者は、
やっと動揺から復帰して意識を戻し、
連れて行かれる王子の後を追いかけた。
警備隊も、犬獣族の警備隊員が槍を持ったままオーガに槍を掴まれ、
まるで嫌がる犬の散歩の姿に類似する姿で、
引き摺られながら警備隊の詰め所へ連れて行かれた。
「そういえば坊主、お前さんの名前は!?」
「ぼ、僕は、ジークヴェルト……」
「そうか、俺はフォウルっつぅんだ。ジーク坊、俺の無実を証明しろよな。でないと、俺がドワルゴンに会えなくなっちまうんだからよ!ガッハッハッ!!」
抱えられたジークと、それを運ぶフォウルは、
警備隊の総本部がある詰め所へと足を運ぶ。
それと同時に、ヴェルズとアイリも店から出て、
警備隊の総本部である詰め所へと向かう。
アイリとジークヴェルト。
そして二人に関わるように接点を持ったフォウルの出現は、
物語を交差させていく事となった。
『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/




