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『赤瞳の戦姫』~転生したらオークに拾われました~  作者: オオノギ
幼少期 第二章三節:到達者(前編)
118/142

第116話 仮面の擬態


『鬼神』フォウルと『水神』スフィアの戦い。


到達者エンド』同士と思われる者達の戦いは、

唐突に始まってしまった為か、

それを目撃した者は極少数のみ。


その極少数の中に含まれるのは、

突然変異体アルビノの少女アイリ。

そのアイリと契約した天使シルヴァリウス。


そしてその外枠から、

秘かに監視する者の目も存在する。


それに気付いているのは『水神』スフィアのみ。


そして二名の『到達者エンド』の戦いを見る中でも、

その人物の瞳には、一人の少女の姿が写っていた。


突然変異体アルビノの少女アイリ。


その視線にアイリは気付かない。

シルヴァリウスの治療で傷が塞がるセヴィアの様子を見ながら、

そちらに集中しているからというのもあるのだろう。


しかしそれ以上に、

その人物の気配を消す練度が高すぎるのだ。

天使族のシルヴァリウスでさえ、

その気配と魔力の消し方で察知さえできていない。





その人物は待っていた。

鬼神フォウル』と『水神スフィア』の戦いの決着を。





*





『水神』スフィアが持つ右手の聖剣が、

『鬼神』フォウルに向けて突かれる。


フォウルはそれに対して、

予想外にも地肌が晒される右拳で迎撃した。


聖剣は魔力を持つ無機物・有機物を、

砕くように破壊する効果を持つ。


そんな聖剣という武器を相手に、

例え鋼鉄並の硬さを持つフォウルの皮膚でも、

魔力が細胞まで浸透しきった魔族の肉体では、

例外も無く斬れると同時に砕かれてしまう。


聖剣を効果を知るはずのフォウルが、

まさか自身の拳で迎撃する事が予想外だったのか、

スフィアは僅かに動揺しながらも、

それでも刹那の時間の突きは止めず、

そのままフォウルの右拳と聖剣の剣先がぶつかり合う。



「なッ!?」


「ハッハァーッ!!」



フォウルの拳を砕くかと思われた聖剣の突きは、

予想外にも弾かれた。

逆にそれを予想していたフォウルは、

鬼の笑みで高笑いを上げつつ聖剣を押し退ける。


スフィアは態勢を崩し後ろへ吹き飛ぶ。

そして聖剣を弾いたフォウルの右拳は、

そのまま直接スフィアの身体を目掛けて突き込まれた。


それを防いだのはスフィアの身に纏う魔王ジュリア魔剣マント


スフィアの身を繭のように包み、

凄まじい拳速で放たれた豪腕を防ぎながらも、

その衝撃までは受け流せずに、

魔剣の繭に覆われたスフィアは後方へ吹き飛ばされる。


それを追撃するようにフォウルは走り、

繭形状のスフィアに追いつくと同時に、

更に右脚で放つ飛び蹴りを浴びせた。


魔王の魔剣マントは軋みを上げながらも、

フォウルの凄まじい蹴りを防ぐ。


それと同時に繭形状だった魔剣マントの一部が紐解かれ、

地面に数本の触手となって突き刺さると同時に、

吹き飛ばされたスフィアをその場で停止させ、

また右手で持つ聖剣を振るわせた。


足を地面に噛ませて身体を回転させつつ、

勢いを乗せて振るわれる聖剣の軌道には、

フォウルの胴体が存在する。


今度こそ斬り砕こうとしたスフィアの聖剣だったが、

フォウルが構える左腕で防御された。


そう、防御されたのだ。


地肌が晒されているはずのフォウルの腕に、

聖剣が直撃したにも関わらず、

フォウルの肌に傷一つさえ付けられず、

それによってフォウルの腕を砕けなかった。


聖剣を持つ『水神』スフィアも驚愕だろう。


魔族にも関わらず聖剣を諸ともしない存在が、

目の前に居るなどと信じたくないに違いない。


しかし、そんな存在が確かに目の前に居た。

鬼の笑みを浮かべた、

『鬼神』フォウルという存在が。


更に左脚と右腕を僅差で振るい、

スフィアに目掛けて放つフォウルは、

聖剣の攻撃が通用しない事に動揺を見せるスフィアに、

鬼の笑みを浮かべながら猛追しつつ叫び話した。



「そんな聖剣モンはなぁ!とっくに俺を脅かせる武器モンじゃねぇぞッ!!」


「くっ!!何故だッ!!」


「そうだよなぁ!魔族の身体ってのは生まれながらに魔力が流れてるんだ!細胞一つ一つに魔力が浸透してるせいで、聖剣は脅威でしかねぇよなぁッ!!――……なら、その細胞に浸透した魔力も含めて、全て違う箇所に集めりゃ斬れねぇよなッ!!」


「!!そんな事が――……」


「やりゃあ、何でもできんだよぉ!!」



殴打、そして殴打と繰り返しながら叫ぶフォウルは、

スフィアが持つ聖剣の無意味さを教えた。


そうしなければ動揺から立ち直れず、

戦いにもならないだろうというフォウルの配慮は、

聖剣という武器に頼った戦い方を、

然もつまらないと断じるように嘲笑う鬼の笑みであり、

だから『鬼神』フォウルはその仕組みを教えた。





フォウルは魔技の中でも基礎中の基礎である、

魔力制御を完璧にこなしている。


その完璧という言葉は、

まさに今のフォウルに相応しい言葉だろう。


腕や足という特定の箇所に集める魔力操作。

全身の魔力回路から魔力を放出させる魔力放出。

魔力の流れを故意に緩やかにする魔力抑制。

そして魔力を感覚で察知する魔力感知。


それ等の魔族の基本となる魔技の全てが、

魔力を制御出来て初めて成り立つ事を考えれば、

魔力制御の練度次第で、

その他の魔技や魔術の振り幅も大きく異なる。


それがフォウルがアイリの前で唱えた、

魔力を用いた力の奮い方に起因している。


そんなフォウルが先ほど証明したように、

細胞の一つ一つに魔力制御を作用させ、

細胞に含まれる魔力さえも全て操作して別の箇所に移し、

その部分を魔力を含まない生身に変える芸当など、

この世界でフォウル以外に可能な者などいないだろう。


聖剣という武器が存在するからこそ、

フォウルはそれを想定し、

そして鍛錬し続けて可能にした魔技。


完全魔力制御フルコントロールで行われる、

全ての魔技を合わせた複合魔技セッションで、

フォウルは聖剣の攻撃を無効化させた。


それは魔技を扱いながらも、

魔力を扱わないという矛盾を成立させた、

魔族に生まれた者には到達し得ない、

究極の奥義とも言えるだろう。





聖剣は既に、『鬼神』を脅かす武器ではない。

本当に斬れないだけの鈍らの武器と貸した聖剣に、

もはや刃の付いた鈍器以外の価値など無いだろう。


それを理解しているにも関わらず、

『水神』スフィアは右手から聖剣を離さない。


その事実とは真逆の発想をしているからこそ、

スフィアは聖剣を手放す事が無いのだと、

すぐにフォウルは気付かされる事となった。



「魔力が浸透していない肉体。つまり今の貴方は、生身の身体のまま戦っている!」


「それが、どうしたぁ!!」


「ならば聖剣を取り戻したのは、無駄ではなかったッ!!」



今まで殴打の猛襲を続けていたフォウルに、

為すがまま攻撃され続けていたスフィア側から、

今度は反撃するように仕掛けてきた。


スフィアは右手の聖剣を突きと共に薙ぎ、

殴るフォウルの手足に直撃させる。


その聖剣の直撃はフォウルに致命傷を与えない。


それを理解しながらも聖剣を振るスフィアに、

何が狙いかを敢えて知る為に、

フォウルは殴打の猛襲を続ける。


器用に聖剣を使いフォウルの猛攻を受け止め、

フォウルの猛攻を受け流すスフィアは、

右手の聖剣だけ巧みにフォウルの攻撃を全て受けていく。


しかし、スフィアは左手に持つ武器、

黒い魔剣をフォウルにまだ一度も振るっていない。


それをフォウルは気掛かりにしつつも、

聖剣だけを振るって防ぐスフィアの動向を観察し、

まるで決め手となる瞬間を待つスフィアの戦い方に、

鬼の笑みを浮かべたフォウルは、

その狙いに乗る事を選んだ。


フォウルは敢えて、

自分に対して隙を作った。


左足を大きく地面に踏み締めた後、

右手を大きく振り被って動かし、

体の全体重と腕力を乗せ、

右拳を固めた攻撃をスフィアに対して浴びせた。


今までのように瞬発的な攻撃では無く、

敢えて溜めを必要とし、

更に相手に見え易い攻撃をする事で、

決定的な反撃の機会を自らスフィアに与えたのだ。


さぁ、これでどう出る?


まるでそう言わんばかりの鬼の笑みで、

フォウルは右拳をスフィアに対して放ち撃つ。


それをスフィアは見極めると同時に、

初めて左手の黒い魔剣を動かした。


今まで右手の聖剣で受け止め、

そして受け流す動作を止め、

左手の黒い魔剣を下から流すように上へ振り、

フォウルの右腕を狙うように薙いだ。


フォウルの豪腕は、

例え魔力を通さない生身であっても、

その太さは丸太より太く、

どんなに鍛えた鉄鋼よりも遥かに硬い。


その豪腕を切断するのが魔剣だとしても、

純粋な硬さや切れ味だけでは、

フォウルの腕を斬る事すらできない。


その絶対の自信をフォウルが持つからこそ、

敢えて自分の右腕を差し出す事で、

スフィアが何を狙って左手の黒い魔剣を温存していたか、

それを見極めようとフォウルは攻撃を放った。


フォウルの右手の豪腕と、

スフィアの左手の黒い魔剣が、

まるで切り結ばれるように交差する。





*





次の瞬間、フォウルは目を見開いた。


先ほどまで存在した自分の右腕の肘先が、

黒い魔剣に斬り飛ばされたのだ。


自分の右腕が自分の視界の上部分に存在し、

中空を舞う自分の腕に視線を奪われた瞬間、

その隙を突くようにスフィアが更に左手の魔剣を振った。


フォウルの右腕を斬り飛ばした返しに、

上段からフォウルの正中線を狙うように斬る為に、

黒い魔剣を振り下ろす動作に入る。


それを察知した瞬間に、

フォウルは素早く右肩を引かせ、

左足を飛ばすようにスフィアに命中させた。


その瞬間にはスフィアも魔王の魔剣マントを展開させ、

フォウルの左足の攻撃を防ぐ。


しかしフォウル自体も左足の攻撃は陽動とし、

その防ぐ行動自体を足掛かりとして、

自分の身体を左に捻るように回しながら、

上空に浮かぶ自身の右腕を右足で横に蹴り飛ばした。


そして蹴り込んだ左足は魔王の魔剣マントを踏み台にしつつ、

飛び下がるようにスフィアと距離を取り、

自分の右腕を左手で掴み取った瞬間に、

切断された右腕の肘先と斬り飛ばされた右腕を付け、

四メートル近くある巨体を回転させながら足で着地し、

『水神』スフィアに体の正面を向けた。


フォウルの巨体からは予想もできないほどの、

極めて滑らかで、そして淀みの無い動作。


そして左手で掴み付けた右腕は、

僅かに青い血液を流しながらも、

傷口から流れる血液が止まった。


その直後にフォウルが左手を離すと、

既に右手の肘部分の皮膚と神経が接合され、

右手を強く握り締めるように握った。


恐ろしいまでの回復速度。


例え『到達者』だとしても、

切断された腕を僅か数秒で接合し戻すなど、

到底不可能な芸当だろう。


『鬼神』フォウルが攻守共々優れた戦士だと、

それを証明している所作とも言うべきだった。


それを称賛するように『水神』スフィアが呟いた。



「流石だ、『鬼神』フォウル。噂に違わぬ戦いぶりだ」


「……その黒い方の魔剣。どうやら魔力が宿っていない物質を斬るのが得意みてぇだな。『聖剣』とは逆の、文字通りの『魔剣』っつぅワケだ」


「そうだ。逆に魔力を宿らせたモノは斬れない。魔族に対しては役に立たない武器だが、気絶させる程度の打撃武器としては、良い武器だ」


「……なるほどな。魔獣の猿共が倒れてたのは、そっちの魔剣の仕業か」



自分の右腕を斬り飛ばした代償として、

黒い魔剣の情報をフォウルは得た。


その中でフォウルが自分の右腕を囮にしつつ、

切断された自分の右腕を繋ぎ合わせる最中、

斬られた部分に違和感を覚えた。


その違和感の正体とは、

あっさりと右腕が繋がった事だった。


本来であれば、何かしらの効果を持つ魔剣で、

その右腕が斬られれば、

もっと複雑な状態の傷となって右腕には残る。


生身の皮膚や筋肉、骨や神経系統だけではなく、

血管と同じように腕にも通る魔力回路が、

切断されていなければ不可解なのだ。


しかし、フォウルの右腕は瞬間的に魔力回路が接続され、

同時に右腕の瞬間的な接合と修復を完了した。

まずは切断された魔力回路の接続こそが、

最も難しいというのに。


だからこそ、フォウルが得た答えは、

魔力回路は物理的に切断されつつも、

魔力的に切断されてはいないという事実。


そしてスフィアの持つ黒い魔剣が、

魔力の通らない皮膚や筋肉、

そして骨を綺麗に分断している事実が、

黒い魔剣の効果の真意をフォウルに教えた。


まさに黒い魔剣の効果は、

『聖剣』とは真逆の性質を持つ『魔剣』だった。





そしてスフィアの言う事を信じるのなら、

セヴィアに与えた傷に関しても説明ができる。


黒い魔剣でスフィアがセヴィアを斬った際、

セヴィアは聖剣の傷口付近には、

自身の魔力を帯びないように制御していた。


だからこそセヴィアが斬られた際、

脱力を高める為に魔力を通さなかった右手首や、

ただの鉄鉱石で鍛えられたセヴィアの剣は切断され、

聖剣の傷口にはセヴィアの魔力は浸透せず、

綺麗に傷口をなぞるように斬られた。


セヴィアの皮膚と筋肉や骨は斬られても、

魔力を宿す内臓などが傷付かなかった理由が、

その黒い魔剣の効果だったのだ。





右手に『聖剣』を持ち、

左手に『魔剣』を持つ『水神』スフィアは、

自身の防御を全て魔王のマントに委ね、

二対一刀の武器をそれぞれに持ちながら、

フォウルに改めて構え直した。



「私がこの『聖剣』と『魔剣』を持つ意味は、もう貴方にも分かっただろう。……いくら小細工をしようが、貴方は私には勝てない」


「……」


「今すぐに、この地から去るならば。これ以上の戦いは止めてもいい。到達者エンド同士の戦いは、互いの悲劇になる」


「冗談はよせ」



スフィアの言葉を低い声で拒否し、

右手を慣らすように握り動かしながら、

フォウルはスフィアを睨むように見た。


その睨みに若干の怒気が含まれているのを、

スフィアは感じ取りながら尋ね直した。



「引く気は無いと?」


「たかが腕を斬り飛ばされたくらいで戦意を無くすような鍛え方、俺はされちゃいないんでな」


「……なるほど、貴方なら言いそうな言葉だ」


「逆に聞くがな。お前さん、その聖剣と魔剣を持ってる程度で、俺に勝てる気か」


「なに?」


「たかが強い武器を持った程度で、誰かに勝てるなんぞと甘い考えを持ってるんじゃねぇだろうな?」


「……」


「呆れたな。『水神』がどんな奴かと思えば、強い武器を持てば誰にでも勝てると思ってる、そしてそう思わなきゃ戦えもしねぇ、戦いのド素人とは夢にも思わなかったぜ」


「……『聖剣』と『魔剣』を持ち、それ等を扱う私が、素人だと?」


「他人様に貰った武器や能力に頼って、自分の身体だけで戦えない奴なんざ、全員ド素人だろうが」



持論を上回る極論を平然と口に出し、

まるで呆れた表情と口調で話すフォウルに、

スフィアは驚きを仮面越しでも隠せない。


『聖剣』と『魔剣』を持つスフィアを相手に、

フォウルはあまりにも不利な状況下にいる。


生身のまま戦えば魔剣が、

魔力を帯びた状態で戦えば聖剣が、

そしてフォウルの攻撃は全てマントが防ぐ。


それぞれがフォウルに対して、

致命傷を与えかねない状態にする武器であり、

同時にスフィアの身を守る武器にも関わらず、

まるで自分の状況を不利だとは思わず、

逆に武器頼りの戦い方しかできないスフィアを、

呆れるながら憐れに思う表情を向けるフォウルは、

その戦い方を『素人』だと断じたのだ。


だからこそ、フォウルは回復した右手を突き出し、

人差し指をスフィアに向けて、

その言葉を突きつけた。



「テメェの剣の腕前、それだけ見りゃあ、確かに強いかもしれねぇな。――……だが『戦士』じゃねぇ。強い武器が無きゃ、何にもできねぇド素人だ。まだセヴィアっつぅ女の方がマシだったぜ」


「!!」


「お前さんこそ、俺の前からさっさと失せな。『戦士』以外に、俺は興味ねぇんだよ」



それは、フォウルが他者に向ける最大の侮辱だった。


そしてその言葉は、

向けられるスフィアにとっても、

最大の侮辱だっただろう。


両手に握る武器の柄を、

強く握り締めたスフィアが足を踏み締め、

侮辱を告げるフォウルに対して、

まるで怒りを向けたように飛び掛かった。


右手の聖剣と左手の魔剣を同時に振り、

横這いの上段と下段側から薙ぐように斬って、

侮辱を告げたフォウルを襲った。


仮に魔力を全て制御し生身になろうとも、

逆に魔力を滾らせた肉体で守ろうとも、

聖剣と魔剣の効果でどちらかの剣が直撃すれば、

その部分は斬られてしまう。


この二つの武器を防ぐ手立てなど、

土壇場のこの状況の中で用意できるはずもない。


フォウルにとって、

これは絶体絶命の状態のはずだった。

少なくとも、第三者やスフィアから見れば、

絶体絶命の状況に追い込まれたように見えた。





にもかかわらず、

フォウルは侮辱するように笑った。



「情けねぇなぁッ!!」



そう怒声を上げたフォウルに対し、

スフィアは聖剣と魔剣でフォウルの身体を斬った。


斬ったと、思った。


その思いとは裏腹に、

手に伝わる感触を実感した瞬間に、

その予想と思いは間違いだったと、

スフィアは一瞬の間で悟った。



「!!」



斬ったはずの聖剣と魔剣をスフィアが見た時、

確かにフォウルの身体に接触していた。

フォウルの防ぐように構えた両腕が、

聖剣と魔剣に接触していた。


にも関わらず、どちらも斬れない。

その状態にスフィアは仮面越しに驚愕した。


そのスフィアの驚きを嘲笑うように、

侮辱の笑みを浮かべたフォウルが、

外側に弾くようにそれぞれの剣を腕で弾き、

飛び掛かって中空に浮かぶスフィアに対して、

先ほどより速い溜めを見せつつ、

右拳を構え、そして放った。


それをスフィアは防ぐ為に、

弾かれた聖剣や魔剣の腕を引き戻すより先に、

魔王のマントを使って体の正面を守り覆う。


そしてフォウルの右拳が、

スフィアを守り覆うマントに命中した。


今度も防げると思ったはずの魔王のマントに、

スフィアは無意識に不安を感じた。


あらゆる攻撃を防ぐ事が可能な魔王の魔剣マントが、

軋みとも言える悲鳴を上げる音を聞いた瞬間、

内側からマントがヒビ割れする光景を目にしたスフィアは、

仮面越しに驚愕の表情と声を漏らした。



「――……なッ!?」


「ジジイの失敗作で、俺を倒そうなんてのはなぁ――……」



軋みとヒビを拡げるマントを内側で見ながら、

外側から拳を撃ち放ったフォウルの声をスフィアは聞く。



「ドロドロにあめぇんだよッッ!!」



スフィアが聞いたのは、

自身の絶対的な強さに自信を持ち、

また自分自身の力であれば可能だと信じる、

『戦鬼』と称えられた一匹の鬼が向ける、

最大の侮辱の言葉だった。





そして、守り覆う魔王の魔剣マントが、

フォウルの右拳のみで砕ける瞬間を、

内部からスフィアは見た。


そして突き進むフォウルの右拳が、

砕けたマントから晒されるスフィアの身体、

その正面に直撃した。


仮面の下に隠れたスフィアの素顔から、

声にもならない嗚咽の音が響くと同時に、

仮面の隙間から赤い血液が漏れて飛び出る。


それを見たフォウルは侮辱の笑みのまま、

容赦無く右拳を突き出し中空にスフィアを放ちつつ、

自身も飛んでスフィアの正面に身体を向けた。


地面を背にしたスフィアは、

右拳のダメージが抜けないまま、

意識を戻し正面を取られた事に気付いたが、

それでも対応が間に合わない。


握られたままのスフィアの聖剣と魔剣。

それを握る両手を動かすより先に、

フォウルの手足が動く方が遥かに速かった。



「その程度の武器モンぶら下げなきゃ勝てねぇ実力ちからで――……」


「ゥ………ッ」


いきがってんじゃねぇぞッ!!」



憤怒の感情を含んだフォウルの怒声と同時に、

四メートルの巨体が、

更に巨体に見える程の気を高めつつ、

フォウルの現時点で最高の殴打が繰り出された。


右と左の拳と同時に足が飛び出し、

第三者から見れば目では追いきれないほどの殴打を、

『鬼神』フォウルは『水神』スフィアに繰り出し続ける。


始めの殴打を受けた『水神』スフィアは、

魔王のマントで新たに自分を覆い、

凄まじい勢いで迫るフォウル拳を防御するが、

今度は耐える事さえできずに破壊される。


そのままスフィアが地面へ激突して背を叩き付けられ、

今度はフォウルの右足がスフィアの身体正面を蹴り込み、

地面を大きく陥没させながらスフィアの身体を押し潰した。


何故、聖剣と魔剣の両方を、

フォウルは簡単に防ぐ事が出来たのか。

それは先ほどに話した、

フォウルの完全魔力制御フルコントロールに起因する。


聖剣が当たる腕からは魔力を抜き取り、

魔剣が当たる腕には魔力を満遍なく行き渡らせる。


ただそれだけの種明かしでしかないのだが、

語り伝える程にはこの動作は容易ではない。

やれば分かるとしか言えないのだが、

少なくとも、この動作を自然に行える域まで達するのに、

通常であれば百年単位の魔力制御の修行と、

数百年単位に及ぶ実戦を経て、

初めで成功する程の練度が必要だ。


そうしてた事を平然と行いつつ、

何度もフォウルはスフィアを殴打し続ける。


地面が抉れるほどの衝撃と、

その地面に殴られ続け沈み続ける『水神』スフィアの様子さえ、

まるで無視するように『鬼神』フォウルは殴り続けた。


スフィアは反撃する事すら許されず、

既に両手からは聖剣も魔剣も手放され、

身に纏っていた魔王のマントすら削り取られ、

完全に無防備な状態へ晒されていた。


そんなスフィアを地面に押し潰すように、

自らの手足で殴打を続けるフォウルは、

違和感を感じていた。


『水神』とは、これほど弱いのか。


それはフォウルが殴りながらも思考し、

疑問として思い浮かんだ事柄だった。





『水神』に関する話をフォウルは知らない。


元『火神』であり育て親とも言えたバファルガスも、

『水神』の事を話すのは稀であり、

フォウルが『水神』の存在自体を知ったのも、

約2000年前に行われた人魔大戦の時が初めてだった。


そのバファルガス曰く、

『水神』は強いと聞いている。

そもそも『龍神』に至る属性持ちの『真の到達者(トゥルーエンド)』が、

量産型の到達者より弱いという事自体が在りえない。


そんな『水神』が武器の性能頼りの戦い方をするだろうか。


フォウルは目の前で殴り続ける『水神』を前に、

それを思い出すように考えながら殴打を続けた。





*





数分ほどの時間で『鬼神』フォウルは、

地面に深さ二メートルと幅が十メートル以上の陥没を生み出し、

掘り荒らした地面の土を周囲に撒き散らしながら、

そのクレーターの中に『水神』スフィアを沈めていた。


拳を握り締めたままスフィアを見下ろし、

睨むように見つめるフォウルは、

確かに目の前のスフィアを殺した感触を掴んでいる。


手足はもちろん、胴体や頭骨を殴打し続け、

全身の骨など細かく粉砕されただろう感触を持ち、

反撃が出来ないスフィアに容赦を抱かず殴打し続けた感覚が、

間違い無く自分の勝利を確信させていた。


しかし、その確信をフォウルは疑問にしていた。



「……コイツは、『水神』じゃねぇな」



訝しげに睨みながら呟くフォウルは、

地面に沈む細切れの黒い布に被われた相手を見て、

確かにそう呟いた。


コイツは『水神』ではない。

『水神』と呼ばれる者がこれほど弱いはずがない。

フォウルはそう疑問に思っていた。

しかし何かしらの異様な存在だとは、

フォウルは矛盾するように感じていた。


フォウルは睨む視線を、

『水神』スフィアの顔に向ける。


スフィアの被っていた白い仮面は無傷だ。

あれほどの殴打を繰り返したにも関わらず、

無傷の仮面が不気味でしょうがない。


しかし仮面の下からは血液と思える赤い液体が滴り、

地面に沈む身体も手足も形状は原型を要しておらず、

呼吸さえ止まっているスフィアの姿は、

間違いなく死んでいるように感じる。



「誰だ、コイツ……」



フォウルは疑問の言葉を呟くと同時に、

右手を死体となったスフィアの顔に伸ばし、

その無傷の白い仮面を引き剥がそうとした。


仮面の中身。

ほぼ無傷だろう顔を見る事で、

その正体を知ろうとしたのだ。


それである程度の疑問と不満は解消できるだろうと、

そう信じたフォウルの行動は、

決して間違ってはいなかっただろう。





そうされると予想したからこそ、

『鬼神』フォウルの対策を『水神』スフィアは行っていた。



「!!」



フォウルが右手で白い仮面を掴み剥がそうとした瞬間、

死体だったはずのスフィアが動いた。


それと同時に魔剣ぶきていを失ったマントが動き、

フォウルに手足を突き刺すように地面から布の槍を突き出す。


傷付けられこそしなかったが、

死んだと確信していたはずのスフィアが再び動き、

しかも反撃してきた事を驚いたフォウルは、

その場を大きく飛び退き、

自分が生み出したクレーターから出て様子を観察する。


再び動き出すスフィアの身体は、

羽織るマントに支えられるように立ち上がると、

潰されたはずの手足と身体が元の膨らみと形に成り、

服まで復元するように再構成されると、

先ほどまでと同じ黒い外套を羽織った白い仮面の出で立ちで、

『水神』スフィアは再び自分の足で立ち上がっていた。



「なんだ、コイツ……ッ」



フォウルは訝しげに思う中で、

気持ち悪さを感じていた。


目の前の人の姿をした何かが、

人の姿に戻ろうとする過程を見た事で、

フォウルも理解できたのだろう。



「……生物じゃねぇ」



ハッキリとした声と思考で、

そう確信したフォウルは呟いていた。


フォウルは復活する『水神』スフィアを見る中で、

その復活していく様子を視覚情報と魔力感知の情報で捉え

同時に体内を巡る相手の『気』を量るように改めて見た。


まるで流体の無形物質が、

自然な法則で形状を記憶し姿を戻したような、

およそ生物としては在りえない復活の仕方。


その結論が、生物ではないという結論。


その結論自体にフォウルは納得したが、

同時に新たな疑問を生み出す事になった。


生物じゃなければ、あれは何なのか。


その疑問自体の答えを得る為に、

フォウルは怒鳴るようにスフィアと名乗ったモノに声を掛けた。



「……テメェ、何者だ。俺が知ってる『水神』じゃねぇな」


「……」



完全に人の姿に戻ったスフィアに怒鳴り聞くが、

そのスフィア自体が反応を示さず動く気配が無い。


再び拳を握ったフォウルが、

その正体を暴く為に再び殴打をしようと、

構え飛び出そうとした瞬間。


沈黙し立ち尽くすだけのスフィアから、

その返事とも言える回答が返って来た。


白い仮面の顔を向けつつ、

フォウルに敬礼を示すように手を胸に置き、

そして仮面越しの声で話し始めた。



『――……ワタクシは『製造番号0001(ファーストオーダー)』。マスター・バファルガスに生み出された魔剣の原初、『破邪はじゃ仮面かめん』です』


「!!」


『お会い出来て光栄です。マスター・バファルガスが生み出した最後の完成作、フォウル=ザ=ダカン』


「声と話し方がさっきとちげえ、……それになんだ、バファルガスだと!?」



先ほどまでの仮面越しの声ではなく、

今度はハッキリと聞こえる男性風の声と共に、

どこか機械的な口調に切り替わると、

そうスフィアと名乗っていたはずのモノは話し始めた。


更にその口から語られる予想外の名前に、

フォウルは感情と共に表情と声を驚かせる。


バファルガス。


その名前はフォウルにとって特別であり、

同時に現在の世界では語り草でしかない存在の名を、

この場で聞かされるとは思わなかったのだ。


その驚きを無視するように、

自らをスフィアと名乗っていたはずの存在は、

更に話を続けた。



『マスター・バファルガスは、ワタクシを作り出した創造主。ワタクシはマスター・バファルガスが生み出した全ての武器を記録する役割を担う端末であり、マスター・バファルガスが生み出した全ての武器の管理権限を譲渡されるよう、プログラムされております』


「これは……あの仮面自体が喋ってやがるのか……」


『そうです。ワタクシの本体はこの仮面であり、この仮面もマスター・バファルガスが手掛けた作品。ワタクシが外に出歩く為に使用する外部端末でございます。フォウル=ザ=ダカン』


「……もしかしてコイツは、あれか。AI(エーアイ)ってやつか」


『正確には、自律思考型支援端末。マスター・バファルガスからは『オーテム』と呼称されていました』


「……バファルガスの奴、こんなモンを作ってやがったのか」



自身について機械的ながらも流暢に話す、

通称『オーテム』と呼ばれる存在の言葉を聞きながら、

フォウルは驚きの表情を収められない。


『伝説の鍛冶師』バファルガスは、

その強さ自体も元『火神』で在る為に強く、

更に寡黙ながらも多くの魔剣を生み出した名匠だ。


そのバファルガスが前世では未来的であり、

同時に自律思考できる機械を生み出していたなど、

長くバファルガスを知るはずのフォウルでさえ、

知らない事実だったのだろう。


それを知らなかったフォウルは、

険しい表情を強めながらも、

オーテムと呼ばれる自律思考する仮面に問い掛けた。



「その自律なんたらとかいう機械が、なんで『水神』の野郎に成り済まして、ここに来てやがるッ!!」


『自律思考型支援端末です。呼び難い場合は『オーテム』とお呼びください。現在のマスターに、この姿をかたどるよう命令され、貴方と戦うよう命じられました』


「現在の、マスターだと?誰だ、そいつは」


『貴方が呼称する『水神』と呼ばれる者だと、推測します』


「……テメェ自体でも、そいつが『水神』だとは理解できちゃいねぇのか」


『『水神』。――……入力された情報に記載されていません。詳細を説明頂ければ、その情報は私が記録できます。私は、現在のマスターの命令に従って、命令された行動を行っています』


「……命令された行動を、しているだと?」



最後にオーテムが告げる言葉を聞き、

フォウルは眉をピクリと動かしながら、

内心に疑惑を浮かべた。


今、このオーテムは命令通り動いている。


その部分に引っ掛かりを覚えたフォウルは、

再び問い直すように聞いた。



「命令されて動いてるってのは、俺と戦うこと以外にも、俺とこうして喋る事も含まれてるっつぅことか」


『はい。ワタクシは戦いに敗北した際、擬態を解除し、フォウル=ザ=ダカンの問い掛けに対して返答する事を命令として受けています』


「……セヴィアっつぅ女や、俺と喋っていた事はなんだ。その入力されたっつぅ情報を喋ってただけか」


『現在のマスターに接続している別端末より、マスターの声をお届けしました。身振りなどの動作は、貴方の言動に反応して動き、その声を出力し伝えるよう命令されています』


「つまり、本物は別のとこって事かよッ」


『ワタクシはワタクシの能力ちからで模造した聖剣と邪剣を扱い、皆様に接触するよう命じられています。しかし言葉やワタクシの動作は、マスター・スフィアの下で視覚情報・聴覚情報を共有化している為、ワタクシが自律思考し動く際は、マスター・スフィアの同意と了承を必要とします』


「――……どういう事だ」



オーテムが話す命令された内容を聞き、

徐々に険しい表情が動揺の顔に変化するフォウルは、

最後に呟くように声を漏らした。


今までのオーテムの話を統合すれば、

現在のマスターと呼ばれるスフィアは、

オーテムと共に視覚や聴覚を共有させた上で、

この場所にオーテムを送り出した事になる。


つまり『水神』スフィアの本物は、

現在ではオーテムと別に独自で動いているという事になる。


何故このタイミングで?


そこまで辿り着き悟った瞬間、

フォウルに一瞬だけ過ぎった思考は、

戦いの場から遠ざける為に置いてきた子供の事だった。


突然変異体アルビノの少女アイリ。


フォウルは目の前のオーテムを無視し、

すぐに踵を返して来た場所へと走り出した。


四メートルの体格を大きく素早く動かし、

踏み締めた地面を抉る程の脚力で走る姿とは裏腹に、

フォウルの顔は鬼の怒りを思わせる表情を見せていた。


オーテムという相手を用意したのは、

フォウルを相手にする為の時間稼ぎ。


自分と同じ姿を模したオーテムを囮とした本物が、

別の目的で動いている事を、

すぐにフォウルは察したのだ。






そのフォウルの勘は正しかった。


元の場所に戻って来たフォウルが見たのは、

聖剣を右手に持ちながら屈み、

その聖剣をアイリの首元に突き付けた白い仮面の人物が、

アイリを人質の盾としている光景だった。



「――……テメェッ!!」


「それ以上、首から下を動かすな。指一本でも動けば、この聖剣であの天使を砕いたように、この娘も斬り砕く」


「フォ、フォウルさん……」



怒りの表情と声を向けるフォウルに対して、

冷静に警告する白い仮面の人物の腕の中で、

アイリは涙を流しながら、フォウルの名を呼んでいた。





それは圧倒的に優位だと思われた『鬼神』フォウルが、

アイリという人質を捕られた事で、

形成を逆転された瞬間だった。





『赤瞳の戦姫』ご覧下さりありがとうございます!


誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)


ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ


この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。


https://ncode.syosetu.com/n6157dz/1/

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