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66.長く長く語られる物語

 どこか遠くから鐘の音が流れてくる。祭りの鐘は、気ぜわしく短いのだが、遠くまでよく響く。バッセルが螺旋階段を上り終わって、入口に顔を見せた時には、アッフェル・フォルトの後ろにシェルフォードが立ち、穏やかな声をかけていたのだった。

「よかったな」

シェルフォードの声に、「何が」とアッフェル・フォルトは聞かなかった。バッセルが近づいていくと、アーチ形の吹き抜けの向こうに、王都が見えた。その向こうに森が見える。その森には、アッフェル・フォルトの家族がいる、と言うのが分かった。この物悲しかった塔の景色が、アッフェル・フォルトには家族を思う場所に変わったのだと思った。だから、バッセルも、良かったな、と思った。アッフェル・フォルトは、シェルフォードの肩に凭れかかった。頭がこつんと、当たったようだ。


「私が森に飛ばしてしまった人々は、戻って来たくないそうだ。母に、森に住みたいと申し出て、あの森で、時折現れる母や妖精王を待ちながら、共に暮らしているという」


バッセルは、今さらながらに、アッフェル・フォルトが幼いころに森に飛ばした人々の事を思い出した。アッフェル・フォルトは低い声で淡々と言う。


「あの後、あの広場では、母親を探してさまよう子供の姿があった。父親がいなくなって、親戚の家に預けられた子供もいた。親戚の家で苦労したのか、ときどきあの広場に来て、柵の縁に座って通りを見つめ続けていたんだ」


それを見ていたアッフェル・フォルトも、何度も通っていたのだろう。バッセルは切なくなった。アッフェル・フォルトの声は低く聞きづらくなっていった。


「戻ってくればいいのに、と言ったんだ。今だって遅くないと言ってみたんだ。なのに、誰も戻りたがらないそうなんだ。子供がいるというのに」

シェルフォードが、そっとアフェル・フォルトの額に手を置いた。優しく撫でた。

「大人はみんな身勝手だな」

アッフェル・フォルトは小さな子供のように言った。それは、王都に一人置き去りにされてしまったアッフェル・フォルト自身の気持だったのかもしれない。シェルフォードはそんなアッフェル・フォルトを黙って凭れさせていた。バッセルは、その場で、塔の隅で壁にもたれて、二人の様子を見守っていた。


 今日は、老師の命令が無い。連れ帰れという命令もないし、イメージの危機がぼっ発して、二人を引っ張っていかなきゃならない場所も無い。眼下の王都からは、賑やかな警笛やドラムの音が高く低く流れてきて、空は綺麗な青空で、アッフェル・フォルトはとても人間らしくて、そして、その後ろに立つシェルフォードもホッとするくらい優しい空気を纏っている。バッセルは、物悲しさを首を振って払い落した。なんだか、いいな、と心の中で呟いた。悲しい話しを聞いていたのに、暖かい気持になっていった。

 アッフェル・フォルト、唐突に身を起こす。そして、背後のバッセルを振り向くと、

「バッセル、ほら! 風船だ!」

と言って、バッセルを側に呼ぶ。駆けて行くバッセルは、弾むようで、アッフェル・フォルトの脇に立つ。その姿は、溶け込むようで、三人で一つだった。


下の路地の一角では、塔の窓辺に立つ三人を見付けて、騒ぐ娘たちがいたのだが、気づくはずもなく。三人は、賑やかな都の様子を、あれこれ指差しながら、楽しむのだった。


バッセルは、二人の脇に立って、森を眺め、眼下に広がる街を見渡した。目を細めて、こっそり笑う。嬉しかったし、楽しかった。平和だな、としみじみと実感した。そして、アッフェル・フォルトがくすくす笑って、

「言っただろう? 私だって、簡単に、神くらい出せるのさ」

と言った時には、何の事か分からなかった。アッフェル・フォルトが笑いながら、

「自然がもっとも、神的に見えるのさ」

と満足そうに呟くと、バッセルは、アッフェル・フォルトを見上げた。


歌の日の朝日の事だ、と分かった。あの朝、雨が上がり、空が白み、唐突に朝日が昇りだした時、果たして本当に日の出の時間だっただろうか、とバッセルは慌てて思い返していた。そう思えば、と青ざめてくる。日の出にしては早すぎた。そして、雨雲が消えるには、風も無く唐突で、しかし、あれはイメージではない。本物だった。だからこそ、妖精王が喜んで自然が答えたのだと、王弟殿下が言い、誰もが信じた。でも、それが、アッフェル・フォルトの神のような巨大な力で、朝日を登らせたのだ、と考え始めて、神を語る犯罪どころか、巨大すぎる力に、みなが恐怖して固まったのだ。と、思ったところで、バッセルは、アッフェル・フォルトを見上げたまま、固まっていた。あれをやったかと聞かれ、否定しなかったのだ、と今さらながらに思いだす。そして、太陽どころか、時間さえも動かす力に圧倒された。


目の前では、アッフェル・フォルトは笑い転げていた。バッセルは目を開いたまま、笑うアッフェル・フォルトを見つづけていた。すると、シェルフォードの呆れた声がした。


「この季節は、夜に強い雨が降ると、明け方には晴れるんだぞ。祭りの朝には良くあることだ。祭りの日には奇跡が起こると言わせる程にな。何を真に受けている」

と言われ、バッセルはどっと身体の力が抜けた。


 あまりに妖精王の光が強烈だったせいだ。このアッフェル・フォルトなら、本当にできてしまいそうな気がしたのだ。シェルフォードが、アッフェル・フォルトに、

「いい加減、からかうな。老師に知れたら、小言を食らうぞ」

と言うと、アッフェル・フォルトは不貞腐れたような顔をした。


 バッセルが、やっぱり嘘かとホッとする。と、アッフェル・フォルトが、シェルフォードの隙をついて、ウインクをしてみせた。バッセルは、そのウインクを睨みながら、何度も何度も、また、この先、何年も、考え続けるのだった。はたしてあれは、アッフェル・フォルトの力だったのだろうか、それとも、本当に偶然による奇跡だったのだろうか、と。


 アッフェル・フォルトの物語。ルフェン国の大人気作家、バセロン・オーンによって、長く長く語られる物語の始まりには必ずこう書かれていた。

「アッフェル・フォルト、かの妖精王の娘が愛した国の物語をここに記す。彼女の心に叶わぬ物語は、その瞬間に消滅す」

と、謎のような言葉ではじまっていた。


完結です。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

幸せです!

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