47.広場を見下ろしたのだった
アッフェル・フォルトはするっと無視して、考え続けた。なぜ、イメージが生まれたのか、読んでいないのに生まれるイメージとは? と思ったところで、バルコニーに飛びだした。ここの様子を見上げながら、読み上げている人間がいるのだろうか、と思って広場を見下ろしたのだった。
煌々と提灯やランプで照らされた広場には、再び人が集まり始めていた。アッフェル・フォルトはぶるっと震えた。
「殿下、なぜ、まだ、歌姫はここにいるのです? バセロン・オーンは、連れ去ろうとはしませんでしたか? 陽炎が出て、気を逸らし、連れ去ろうとしたのではありませんか?」
とアッフェル・フォルトが言うと、王弟は、
「ないな」
と言うのだが、その声をかき消すような勢いで、
「連れ去るなんて、そんなはずないわ!」
と甲高い声で否定が入った。アッフェル・フォルトも、冷静な顔のシェルフォードも驚いて振り返るほどの勢いだった。王弟殿下は愉快そうな顔になった。この甲高い声が、自分から離れたところで話し始めたのが、とても嬉しかったらしい。と、アッフェル・フォルトが気づくより先に、女性は滔々としゃべりはじめた。
「あたしの為に来たんだったら、何で、来てすぐ、あたしのところに来ないの? ここへ招待されたって話してあったし、王弟殿下の所にお世話になるって知ってたんだよ? それが、ここへ来たと思ったら、自分の小説にしか興味が無いんだから。殿下、殿下って追いかけまわして、あの妖精は自分が書いて見せたんです、ですって! あの妖精! あのキラキラさ! あんなの造って見せびらかして! あたしに会いに来るのは口実で、自分の小説を見せびらかしたかっただけなんだから!」
と怒鳴るようにいった。恐ろしくよく通る声で、のびやかに、周囲にびりびりと音の振動を与えるほどの声で、不平不満たっぷりにしゃべりだした。
「だいたい、ここに来るのを進めたのは、あの人なんだよ。それが、来ると決まった途端に、あのふてくされた態度はなに? 最後まであたしを避け通して。出るまで、顔を見せなかったと思ったら、ほんの二週間ほどで帰るって言ったのに、それを待たないで追いかけてきて。しまいに、あたしがここにいるからって訪ねて来たのに、最初っから最後まで、王弟殿下、王弟殿下ってそればっかり! あんまり相手にされないから、せめて陛下へお会いできれば、って言いだして! いくら、王弟殿下がお綺麗だからって、許せるかい!」
と言い放ったのだった。気品やたおやかさは微塵もなく、元気いっぱい、力の溢れた女性の姿がそこにあった。しかも、夫に対して怒り狂っているようだった。しかし、離婚がしたくて、離れている女性の言葉ではなかった。
アッフェル・フォルトは、未だにその女性の腕を掴み続けている、シェルフォードに敬意の視線をちらりと向けた。また、王弟殿下はにやにやしながら、整え終わった上着の袖を気にしつつも、ソファーへ座り直すと、微笑みを浮かべ片手を差し出すようなしぐさで、
「アッフェル・フォルト。で、シェルフォードを私にくれに来たのでしょう? その歌姫と引き換えに」
と言うのだった。嬉しげな顔は、本気の喜びだった。歌姫と引き換えに、と言うあたりが、最大の喜びだったかもしれない。が、アッフェル・フォルトはしれっとした顔で、
「シェルフォードが歌姫を取りかえしているようなので、その必要はなさそうです」
と言うと、再び真面目な顔で、
「で、バセロン・オーンは? どこにいます?」
と聞きなおした。王弟殿下は、シェルフォードへ未練たっぷりな視線を向けながら、上から下まで舐めるような視線を向けつつも、真面目な声で、
「逃げたわよ。陽炎が歌い始めると、驚いたような顔になって、動揺してたわ。小説で妖精は飛ばせても、歌はまずいと思ったのよ」
「驚いたのですか」
とアッフェル・フォルトは言ってから、「知らなかったのか」と口の中で言い足した。アッフェル・フォルトがさらに問いかけようとするた、その前に歌姫が、
「あの人の小説は、こんなだから」
と呟いた。そして、はっきりした声で、
「あの人の小説は、最上の褒め言葉が山のように来る一方、美辞麗句にすぎるっていう批判も同じくるくらい、映像過多のものだから。漠然とした陽炎なんか、読んだってつまんないって言うのに」
と言ったかと思うと、いらいらした声で、
「あんなのばっかり書くから。ちゃんとした人物を書きたくないって言うから、なかなか売れないんだよ。それで、きっと、向こうに嫌気がさして、こっちに戻って来たくなったんだ」
「陽炎の映像を出せば戻ってくれると思っているのか?」
とアッフェル・フォルトが懐疑的に聞くと、歌姫はかっとなって、
「あの人は、なんだってできるって思っているんだよ! 殿下にお願いして駄目だったら、王宮へ行って、同じ事をしようと思ったのさ、きっと。豪華さに目がくらんで、あたしを餌に、何度でも、ここへ来ようって思っていたのさ!」
と叫ぶように言った。目じりに涙が見えた。アッフェル・フォルトが歌姫の真意を探りながら見ていると、歌姫は腕の袖を指でいじって、顔をうっすら赤らめた。そして、軽く咳払いをした。と思うと、シェルフォードに掴まれている二の腕を気にしつつ、ついっと背をのばし顎を引いて視線を伏せた。と思うと、誰がしゃべっているのだろう、と言う気品のある声を出して話しだす。
「ここで、王弟殿下へ、自分の小説のリアルさを証明したかったのではないかと思いますわ。警護の役に立つから、と言って、訴えていましたから。きっと、あの陽炎を出すことで、人々の怒りを弱めて、意気消沈させて、相手の戦意を止めてしまう、と言うのを証明したかったのですわ。広場中の人々が思いのままに動くのを見れば、隣国との戦いで有利になる、と知らしめたかったのだと思います」
と言ったのだった。歌姫は、恐ろしく上品な気品と気概のある美しい女性の姿へ変貌していた。それは、バセロン・オーンの記憶の中で、舞台の上で、人々の歓声を全身に浴びていた女性に通じるものがあった。アッフェル・フォルトはもちろん、腕を掴み続けているシェルフォードも、侍従から差し出されたティーカップを手のひらの甲で避け、グラスをと言うように手を動かしていた王弟殿下も、一瞬、我を忘れてしまった程だ。
「私は、あの人のお話しが大好きですわ。きっと、世界中の人が読むようになると思います。でも、あの人はそれを信じてないのです。ですから、ここへ戻りたくなってしまったんですわ。役に立ちさえすれば、きっと戻って来れると思ったのですわ。きっとそう信じていたのですわ」
と全員の視線を集めながら、軽く悲しげなため息をついた。そして、その直後にがらりと変わって、
「だったら、あたしに、そう言えばいいのに。なんで、あの人は、言わなかったのさ。なんで、あたしを信じなかったのさ! 協力するって思わなかったのさ!」
と今度は、普通に元気な女性に戻って、最後の呟きは、悔しそうだった。アッフェル・フォルトは、ふと、気付いたと言うように、
「病気だったのではないのか?」
と女性に聞いた。女性は、苦笑いして、
「ちょっと。舞台が続いて、体調管理を失敗しちゃって。でも、すぐ直ったから」
と答えた。
「離婚の危機では?」
と聞くと、女性は顔色を替えて、
「あの人がそう言ったのかい! もう、あたしが嫌になったって!」
と声を荒げ、アッフェル・フォルトが首を左右に振りながら、
「ここに一人でいるからだ」
と答えると、歌姫は、
「だから、あの人が勧めたからだって、言ったじゃない。そりゃ。祭りを王家の御客として見てみたいって言うのもあったしさ。でも、すぐここに来たよ。おっかけて!」
と言い返した。




