第1話 -馬刺しには生姜醤油がよい-
ようやく本編です。
よろしくお付き合い下さいませ。
<第1話 -馬刺しには生姜醤油がよい->
「さて、ここはどこかのう……」
妙に甲高いような気がする自分の呟き声に戸惑いを覚えながらも、村正は油断無く辺りを見回した。
どうやら此処は草原かそれに類する場所であるらしかった。
そよ風に丈の短い草が揺れている。
遠くには山が霞みがかって見え、右手側には林なり森のような緑が。
新緑が目に眩しい。
「少なくとも自然は豊かなようじゃな」
「村正様。その喋り方は直された方がよろしいかと」
深夜の声がする方を向く。
どうやら彼女の見た目は以前の世界のままであるようだ。
「どういうことじゃ?」
「どうもこうもありませぬ」
深夜が懐から折りたたみの鏡を取り出し村正へ向ける。
「ふむ。これは面妖な」
鏡に映っていたのは、黒髪黒瞳の青年であった。
青年というにはいささか年若いようではある。
「17、8といったところかのう。若い肉体をサービスしてくれると言っておったのはこういうことじゃったか」
一人納得してうんうんと頷いている村正。
「そうでございますね。髪の毛の一筋でも頂ければ肉体年齢を測定いたしますが?」
「おお、そんなことも可能であったな。どれ」
髪の毛を一本抜くと深夜に手渡す村正。
それを受け取ると、深夜はぱくりと髪の毛を食べてしまった。
「解析完了。肉体年齢は17歳となっております」
「若返りすぎじゃろう。せめて二十代前半ぐらいにならんかったのか、彼奴め」
若返って文句を付けるとは、実に贅沢な話である。何も赤ん坊まで若返ったわけでもあるまいに……。
「というわけで、その話し方は違和感があるかと」
合法ロリ的な「のじゃーさん」ならともかく、少年から青年に変化しようかという男子がそんな喋り方でも不気味なだけである。
「それはそれでよかろうよ。それも個性の一つじゃて」
「村正様がそれでよいと仰るのであれば是非もありませんが」
それでいいのか深夜よ。
「第一、深夜とて人のことは言えまいが」
確かに。
見た目は7、8歳の幼女である深夜がこのような仰々しい喋り方をしているのも違和感が大きいではないか。
「まあ良いわ。して、此処は一体どのような世界かのう。自然は豊かなようじゃから、SFや近未来サイバーパンクな世界ではあるまい」
「その口調でサイバーパンクとか言われても違和感しか有りませぬ」
「黙らっしゃい」
掛け合い漫才か。
「考えられるのは、文明発達以前の原始的な世界」
「それはつまらんから止めて欲しいのう」
「では、戦国時代のような産業革命以前の中世あたり」
「それはそれで面白そうじゃな」
いくつかの可能性を挙げてはみるものの、結局「分からない」という結論に達するのは仕方の無いところであろうか。
「とりあえず、太陽はあるわけじゃ。方位は分かるか、深夜?」
「はい。あちらに見えます山が北でございます。地磁気は測定できますので」
「では、とりあえず北へ向かうとするかのう」
「理由をお聞きしても?」
「遺跡と言えば山じゃろう?」
徹頭徹尾そこが判断基準なのか、村正よ。
歩きながら、様々な情報を収集して解析していく深夜。
太陽の位置を考えるとまだ昼前。その状態でこの気温と湿度であり、木々の色づき具合から判断するに、今は日本で言うところの五月辺りではないかと深夜は結論づけた。
「どこか人里にぶつかるといいんじゃがのう」
「発見し次第お知らせいたします」
深夜の能力は、現代日本においても明らかにオーバースペックであった。
きっとこの世界でも間違いなくそうだろう。
「村正様。あれを」
深夜が村正の歩みを止め、とある方向を指さす。
「ふむ。馬じゃな」
「ええ、見た目は馬でございます。脚が六本あって、額に角が生えておりますが」
前の世界にはおとぎ話の中にしかいなかった、真っ黒い巨大な馬が何かを食らっている。
草でも食んでいるのだろうか。
「食事中かの」
「そのようです。ただし、地球の馬とは違って肉食のようですが」
「なんじゃと?」
よくよく見れば、その漆黒の馬は地面に横たわる、これまた巨大な兎のような動物の肉を食らっていた。
「この世界の馬は肉食なんじゃなあ」
「そこですか……」
「兎にも角が生えとるぞ?」
「ですね。この世界の動物には角が生えているのが普通なのかもしれませぬ」
諦めたように首を振る深夜。
「一つ明らかになったのう。ここはどうやら幻想の世界、ファンタジー世界じゃな」
「可能性は大でございます。遺伝子操作された怪物でもなければ」
「それはロマンがないから嫌じゃな」
のほほんと状況を分析しながら会話を続ける二人。
遺伝子操作が可能なほどの技術があるならば、こんな牧歌的な風景は見られまいが。
「む、彼奴め。どうやら気付いたようじゃぞ?」
「はい。視線が合いました。襲ってきます」
「して、どうする?」
「決まっております」
そう言うと、深夜はまたしてもいずこからか日本刀を取り出す。
「殺します」
構えた深夜に向かって、黒馬が嘶きながら駆け出した。
みるみるうちに近づいてくる黒馬。
「ふむ。6mはあるのう」
のんびりとした声でそう予想する村正には緊張感など一欠片もない。
それだけ深夜を信頼しているということだろうか。
「ふっ」
鋭く息を吐くと、構えた刀を振り抜く深夜。
その速度たるや、まさに神速。
「さすがじゃのう」
横を駆け抜けた黒馬の身体が、上下にずるりとずれる。
二人の後方で血と臓物をまき散らしながら黒馬は死んだ。
「自分が真っ二つになったことすら気がつくまいよ」
「所詮は畜生でございますれば」
「さてさて」
村正はすたすたと黒馬の死体に向かって近づいていく。
常人であれば耐えられぬだろう血臭もまるで気にした様子もない。
この程度は慣れていると言わんばかりだ。
「これは面妖なものを」
血と臓物の中から何かを掴み挙げる。
それは黒く光る、握り拳大の宝石のような物であった。
「それが体内に?」
「そうじゃ。真珠貝でもあるまいに、体内で宝石を育てる馬とは面妖じゃろう?」
「誠でございますな」
「しかもこの角を見てみい。なかなかのもんじゃぞ」
奇妙にねじれたドリルのような形をした角であったが、非常に堅く、鋭く尖っている。恐らくこれで哀れな獲物を突き刺して仕留めるのだろう。
「確かに。その角は一般的な物質で言うとステンレス鋼よりも堅い物質のようです」
「ほう、そりゃあすごい。十分武器になるな」
「村正様がそのような原始的な武器を使うなど……」
その表情からは不満がありありと見て取れた。
「ははは。深夜に全て片付けてもらうから大丈夫じゃろう」
「できる限りそれで済ませとうございますが、万が一と言うことも。せめてこれを」
先ほど黒馬を真っ二つにした日本刀とは別な刀を、どこからか取り出した鞘に入れ村正に手渡す深夜。
「そうするかのう。ついでにナイフや礫ももらえるか」
「はっ」
ベルトにナイフホルダーを吊す。
礫はいろいろなところに隠し持つことにしたようだ。
「どれ。まっこと久しぶりじゃのう、【無明】よう」
【無明】というのがこの刀の銘らしい。
見る者を吸い込むように妖しく煌めいている。
「ふっ」
小さなかけ声と共に刀を振る村正。
抜き打ちから袈裟懸け、突きへとつなぎそこから横なぎへ変化。
まるでそこに敵が居るかのように、息をつく暇も無くひたすら急所ばかりを狙って攻撃を繰り返す。その姿は鬼気迫るものがあった。
「おうおう、若い肉体はいいのう」
「さすがでございます、村正様」
「思い通りに動く身体とはかくも素晴らしいものであったかと思うぞ」
満足そうな顔で刀を納める村正。
「ところで深夜よ」
「なんでございましょうか」
「この馬、食えると思うか?」
「村正様……」
「いや、腹が減ってしもうてのう。馬肉と言えば美味であろうが?」
言い訳をするように村正が言う。
深夜はといえば諦めたような顔でなにやら黒馬の肉を見聞しているようだ。
「毒は含まれておらぬようです。食することは可能かと」
「では食うてみようではないか。上手いか不味いかは食うてみねば分からぬ」
「かしこまりました」
どこからともなく包丁を取り出すと、黒馬の肉を薄切りに削いでいく。
どこからどう見ても馬刺しであった。
「寄生虫の心配はなさそうです」
「醤油はあったかのう」
「こちらに」
一体どこからこれだけのものが出てくるのか。
その答えはオーバーテクノロジーにあった。
実は、深夜の体内には収納のための亜空間が存在している。いわば某猫型ロボットのポケット的なものがあるのだ。その容量はほぼ無限。
取り出された醤油にチューブ入りのショウガを溶き、それに付けて馬刺しを口に放り込む村正。
「なかなかいけるぞ、深夜よ。お前も食え」
「ありがとうございます」
せっかくだからと馬刺しのあと、軽く火であぶったりして肉肉しい食事を済ませる。
余った生肉は、深夜が収納空間に放り込んだ。
「これでいつでも食えるのう」
「貴重なタンパク源ですね」
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