プロローグ その2 -千鳥村正という男-
<プロローグ その2 -千鳥村正という男->
さて、ここで少し語らせてもらおう。
先ほど死した男の名は「千鳥村正」という。
考古学者の父と母を持ち、幼き頃から「神童」と呼ばれて育った天才肌の男であった。
さて、その父と母。
自らの研究の為であった調査発掘が高じて宝に取り憑かれたのは運命であったか。
幼い村正少年を連れて世界中を股に掛ける日々。
そのような境遇であったのだから、畢竟、村正少年も同じ道を歩むことになるのは自明の理であった。
もとより聡明で全てが人並み外れていた村正少年は、そのような世間一般から見れば非常識で危険な生活を全く苦にもせず、立派に成長していった。
その彼が、父と母と死に別れたのは15の時であった。
「父も母も、発掘の最中に死ぬのは本望であったことでしょう。その為だけに生きている人たちでしたから」
葬儀の際、彼は一粒の涙も見せずにそう言ったという。
あまりに落ち着き払った態度に、葬儀に参列した人々は違和感を覚えたという。
「幸い、無一文というわけでもありません。ですが、残念ながらこのまま自分一人で秘宝を追い求めるのは難しい。ままならないものですね」
そう言って肩をすくめた彼は、その後両親の知己を頼り、僅かな援助を受けて英国の有名大学に飛び級で入学を果たし、齢十七にして圧倒的なまでの頭脳と身体能力を見せつけて卒業する。
在学中に手がけた論文は全てが世界を驚愕される新説ばかり。
調査に関しても、ヨーロッパのとある地方の小遺跡群から新たな説を裏付ける出土品を幾つも持ち帰るなどおよそ信じられない成果を上げていた。
『過去を見通すもの』
『神の手』
そんな異名すら囁かれていたほどであった。
卒業を控えた時期には大学へ残るよう強く慰留されていた彼であったが、結局その誘いを断り野へ下る。
「僕は、研究がしたいんじゃありません。宝探しがしたいだけなんですよ」
そういって熱っぽい顔で笑う彼もまた、両親と同じく、まだ見ぬ秘宝に取り憑かれていたのだった。
数々の名声を得ていた彼はスポンサーを募り、隠し持っていた父母の研究ノートをもとに世界中を渡り歩き、数々の貴重な遺物を次々と発見していった。
「何故彼だけがこれほどの発見を成し遂げるのか」
「まさに過去を見通すもの。遺物に愛されているとしか思えん」
世界中の研究者たちがそう囁きあった。
だが、それにはもちろん理由があった。
父母と共に密かに掘り出した不可思議な遺物がそれだ。
『異界の瞳』
父母は「それ」をそう呼んでいた。
直径3cm程の球体で、中央に猫の瞳のような模様がある「それ」はある一つの性質があった。
それは「人知を越えた不可思議を指し示す」性質。
つまり、方位を指し示すコンパスのような働きをするものだったのだ。
これが手元にあったが故に、彼のみならず父母も、秘宝に取り憑かれてしまった訳だ。
一体何者がこれを生み出したのか。
現代の科学力では説明も再現も出来ない超技術。
「これに匹敵するような宝が見つかるかもしれない」
「世界を変革するような発見が出来るかもしれない」
そんな誘惑に抗える人間などいるのだろうか。
そして、彼にとって大きな転機が訪れる。
24歳の夏であった。
ヨーロッパは地中海の小さな島。
彼によって新たに発見された遺跡調査の最中に大規模な事故が起こり、彼ともう一人、案内役の現地の少女を残して調査隊が全滅してしまったのである。
彼も崩落に巻き込まれ生き埋めとなってしまっていたが、幸運にも救助隊によって
発見され一命を取り留めた。
世界中で大きく報道されたその事故以来、彼は表舞台から姿を消したのだった。
「神罰でしょう。この世界には触れてはいけない事があるのだということが骨身に沁みましたよ」
そう言って。
もちろん、それはポーズに過ぎなかったのだが。
懸命な読者諸氏はお分かりであろうが、このとき一緒に救助された「現地の少女」こそが「深夜」であり、遺跡から発掘された秘宝なのであった。
彼はその発見を世の中から隠すために、深夜の力により遺跡ごと調査隊を葬り去ったのだ。
深夜は自らを「戦闘人形三十八号」と名乗った。
遙か遙か遠い昔にこの惑星に存在した【大いなるもの】に、敵と戦い、殺すために生み出された紛い物の命であると。
彼女は、自分が人類誕生以前に存在した超古代文明の遺物であるとそう言ったのだ。
「私を再起動して頂いた貴方に忠誠を捧げます」
彼女はそう言って村正に跪いた。
主人と認められ、彼女に関するデータを把握した彼が最初にしたことは「全てを隠蔽する」ことだったわけだ。
例えそれが、その場にいた者全ての命を奪うことになっても。
宝に取り憑かれた彼にとって、人の命など二の次三の次であったから。
表舞台から姿を消した彼は、故郷である日本へ帰り古物商を営み始める。
それまでの未知の物に触れ続けた人生経験は、彼に直感的に物の価値を計る「目利き」の力を培っていたのだ。
そして彼は、「古物商の店主」という肩書きを隠れ蓑に、世界中に存在する超古代文明の秘宝を探して歩くトレジャーハンターになったのだった。
そして、話は冒頭へと繋がる。
つまり、あの部屋に存在した品物は、全てが超古代文明の遺物なのである。
中にはコミックや小説にあるように近代兵器を凌駕するような危険な代物もあったし、世界の文明を数世代は先に進めてしまえるようなオーバーテクノロジーも存在した。
だが、彼はそれを世間に公開するのを良しとしなかった。
もちろん、深謀遠慮あってのことではない。
「自分のものは自分のもの。なぜ世に知らしめねばならぬのか」
それは、ただの我が儘であった。
だが、彼は死んだ。
死んでしまったのだ。
遺物達も深夜の手によってこの世から消滅させられた。
そのはずだった。
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