第4話 -迷宮の奥へ進もう-
上手く切れなかったので、ちょっとだけ長め。
<第4話 -迷宮の奥へ進もう->
地下四~七階:
「さて、クレインの言葉通りであれば、地下五階までは彼奴らに任せて良かろう。儂らはそれより下を目指すとするか」
「御意。道中の魔物はどういたしますか?」
「目についたものは狩るが良いさ。わざわざ虱潰しにするような真似はいらぬ」
彼らは「地下5階までで狩れるだけ狩る」と言っていたのだから、その階層まではスルーしていいだろうと村正は考えていた。
どうせ上層階は下級の魔物しか出てこないだろうから戦ってもつまらないし、ましてや大した稼ぎにもならぬだろうと思っていたのも確かだ。
「では、一気に行くとしようかのう」
「記録更新ですね」
道中、二人を襲おうとした魔物達は、自らの愚かさを命という対価を払って教わるハメになってしまったのであった。
地下八階:
「おう、ずいぶんと茂ったもんじゃな」
これまでの最高到達階である八階は、よりいっそう緑の濃い、もはや密林と言って差し支えないほど木々が生い茂り、濃密な緑の気配を漂わせていた。
「地下七階までは中級の魔物にすらほとんど会わんかったからのう。退屈じゃわい」
「記録によれば、地下八階からは中級の魔物がほとんどを占めているとのこと。少しは楽しめるかと存じまする」
「そうであって欲しいのう」
ぐるぐると肩と首を回す村正。
七階までに出てきた魔物はほとんどが下級。たまに遭遇した中級の魔物も、黒角馬や赤熊と比べて弱い個体のみであったため、まともな戦いにすらならなかった。おかげで村正は暇であった。
「八階はまだマッピングが済んでおらんかったの?」
「はい」
「では、地図を作りながら下を目指すとしようか」
迷宮の地図は、ギルドにとって絶対に必要な物である。
故に、高価で買い取ってもらえることはもちろん、経験点や依頼消化数にもボーナスが着く。地図を作らない理由はどこにもない。
まして村正のような人種にとっては、地図は宝である。
自分だけのためにでもマッピングは必須なのだ。
深夜の持つオーバーテクノロジーの数々を駆使して八階を無人の野を行くが如く攻略していく村正。スポナーから産み落とされる魔物はモグラ叩きのように出てくるたびに殺していく。
移動速度一つとっても他のハンターにはないアドバンテージを持つ二人は、異常とも言える速度で攻略を続ける。
本来、迷宮攻略は「一階層一日」が基本である。
迷宮という普段と全く違う空間に対するストレスとそこに巣食う魔物の恐怖。
それに加えて突如出現して魔物を産み落としていくスポナー。
精神的な疲労と戦闘による肉体の疲労を回復するためにも、安全マージンを取りながら進めるのが迷宮攻略なのだ。
「埋まったか?」
「はい。問題ありませぬ」
「では、行くか」
夥しい魔物の死体を積み上げながら、二人は地下九階へ歩を進めた。
地下九階:
この「獣魔の迷宮」が生まれてから初めて九階層へ足を踏み入れたはずの村正たち。
「儂らが初めてというのは違和感がないか?」
「同感です」
少なくともこの九階層までの敵を考えたとき、未踏の地ではあり得ないだろうというのが村正の考えである。
比較的新しく発見された迷宮であるとはいえ、ゴールドやプラチナランクのパーティがこんな手応えのないダンジョンを踏破できないとは思えないのだ。
「可能性としては、ゴールド以上のハンターにこの依頼を回していない」
村正の呟きに深夜は無言の肯定を返す。
おそらくそれが正しいのだろう。
何のためにそんなことをするのか?
まず思いつくのは二つ。
一つは、中級程度のハンターに経験を積ませ、より腕の立つハンターを育成しようとしている可能性。
もう一つは、スポナーという「魔物を無限に生み出す装置」を利用して、魔石と魔物の素材を養殖している可能性。
「そして、本来は踏破済みであるにもかかわらず、その情報を一般には流していない可能性……か」
その裏にどんな理由が隠されているのか。
この迷宮を踏破すればそれは分かるだろう、そう考えると先が楽しみになる村正。
「まあよいわ。先へ進めば自ずと答えも分かろうよ」
地下十~十五階:
べちゃり、と大量の液体がぶちまけられる音がする。
「かかっ、歯ごたえが出てきたではないか」
ひゅんと愛刀無明を一振りして鞘に戻す村正。
獣型上級の魔物に分類される【黒牙猛虎】を居合い切りで一刀のもとに切り伏せたところである。
「素晴らしいお手並みでございます」
「おだてるでないわ。しかし、調子がよいのも事実よ」
村正は、迷宮に潜ってからというもの自らの調子が上向いていることを感じていた。
如何に村正が抜刀術の達人であり、無明の切れ味が素晴らしいとは言え、普段であれば4mはあろうかという上級の魔物の首をすれ違い様の一閃で刎ねられるわけがない。
自分の体の奥底から力が湧いてくるような感覚。
一種の全能感と言ってもいいかもしれない。
「こう、体の奥から力が湧いてくるような感覚じゃ。中国で学んだ気功法やチベットで行者に教わったチャクラを開ける感覚と似ておるのう」
オカルティックな技術を現代に継承する人間というのは意外と多いものである。
科学とは相容れないが故に抹殺されてきた技術達は、世界の裏側でしっかりと生き残っている。
「村正様。そのことに関してお耳に入れておきたいことが」
「なんじゃ?」
深夜は湖底での出来事も含めて、村正の体が外部から【魔素】を取り入れて、何らかの形で自らの肉体を強化する働きに転化している可能性があることを伝えた。
要するに、無意識下で身体強化魔法を行使している可能性があるというのである。
「何か、儂は無意識に魔法を使っているというのか?」
「はい」
深夜は頷く。
同時にもう一つの可能性を頭の中に思い描いていた。
「(この現象は、魔法と言えば聞こえは良いですが、要するに魔物と同じ原理で身体強化を施しているということ。村正様は、比喩でも誇張でもなく「人」をお止めになる……、いえ、「人」を超えようとしている?)」
超越者。
人の身を人でありながら超えた者。
「かかっ!」
村正が歯を剝き出しにして笑った。
若く端正な顔立ちが、一瞬死の間際の老いさばらえた村正の顔と重なった。
「人を超えるか! よい! よいではないか!」
爛々と輝く目を見開き、唾を飛ばしながら狂人のように笑う村正。
人に非ず、兵器として生み出された深夜をして、ぞくりと背筋が凍るような笑い。
「超えられるものなら人など超えてみせようか。彼奴めの、【古き神】の思惑に乗ってやろうではないか!」
大声でひとしきり笑うとぴたりと笑い止む村正。
その間も、深夜は静かに側に控えながら周囲の警戒を続けていたのだが、深夜が敵を感知するのと村正の笑いが止むのはほぼ同時だった。
「来たな」
「はい。敵は一体。魔素の内包量が多いです。おそらく上級かと」
魔物は、内包する魔素の量でおおよその強さを推し量ることが出来る。
近づいてくるのは、間違いなく中級より強い。
「面白い。危険と判断したら援護は頼むぞい」
「御意」
のそりと二人に近づいてきたのは、太くて長い腕を持つ小山のような巨体を持つゴリラに似た魔物であった。
前屈みで両腕も使ってのそのそと歩く姿はいっそユーモラスでもあるが、その状態で地面から頭まで2m以上あることを考えれば、立ち上がれば3mは超えるだろう。
「ゴリラじゃな」
地球のゴリラは争いを好むの種族ではないのだが、この世界の見た目ゴリラは間違いなく好戦的な種族のようだ。
二人の姿を認めると、ぎらりと目を光らせ、口を開けて威嚇してくる。
「かかってこんか、巨大ゴリラめ」
無明の束を軽く握り、居合いの構えのままじりじりと距離を測る村正。
挑発の台詞を理解したわけでは無いだろうが、ゴリラが駆け出す。
「ウホッ!」
「跳んだ!?」
助走から腕も使った踏み切りを見せて、ゴリラがジャンプした。
空中で両腕を振り上げると、落下の勢いもそのままに村正に向かって叩きつける。
ドゴォン!!
凄まじい打撃音が迷宮内に響く。
まるで局地的な地震でも起きたような錯覚すら覚える衝撃。
「威力は凄まじいのう」
素早く回避した村正がせせら笑う。
ゴリラもどきの両腕が叩きつけられた迷宮の地面は、直径6m程度の小さなクレーターのようなすり鉢状の穴があいていた。
そんな威力の攻撃が人体に炸裂したらと思うとぞっとする。
「当たらぬよ。そんな大振りは」
キンっと無明を鞘に収める音と共に、ゴリラもどきの腕から血が噴き出す。回避しながら居合いで斬ったのだ。
魔物の血も赤いんじゃのう……などとどうでも良いことを考えてしまう村正。
初めて感じる痛みと自分が攻撃された事による怒りでゴリラもどきが吠える。
すると、みるみるうちに傷が塞がっていくではないか。
「これが筋肉で傷を塞ぐというやつかのう?」
「違うと思われますが」
「漫画ではよく見たぞい?」
怒りに目をぎらつかせるゴリラもどき。
「腕を切り落とすつもりだったんじゃがなあ。存外丈夫なものよ」
「流石は上級の魔物と言うべきですか」
村正がすうっと息を吸う。
深く。
そして長く。
村正が会得した気功法の基本中の基本。
呼吸により外界の気を自らの内に取り込む呼吸法だ。
それはとりもなおさず、【魔素】を自らの内に取り込むと言うこと。
「これが魔素か。意識してみれば気と変わらぬのう」
自らの内に満ちる魔素が身体の隅々に行き渡るのを感じる。
その気を、自らの意志で動かし、内気として整える。
外気功と内気功を同時に行い、自らの内に自らが望む気を作り出す「練気功」。
それこそが村正の修めた秘伝であった。
さて、この世界には、魔素と呼ばれる目には見えないが確かに存在する「何か」がふんだんにある。
そして迷宮には地上と比べて明らかに濃い魔素が偏在しているのだ。
深夜が言っていたように「変換効率の良いエネルギー」が魔素だとするならば、練気功によって村正の中に練り上げられるパワーはどれほどのものになるのだろうか。
「(こ、これは……。村正様の中に、大量の魔素、いえ魔力が渦巻いています)」
この世界に存在する、魔力を操る事に長けた【術士】が今の状態の村正を見ていたならば、「あれは、もはや人では無い」と断言するであろう。
そして、魔素によって生み出され、魔素によって生きている魔物もそう感じていた。
具体的には目の前のゴリラもどきもだ。
「かかか。そうか、これが魔力かよ。儂が現世で積んできた功夫も無駄では無かったということじゃなあ」
魔力を全身にみなぎらせ、自分の手足の延長であるかのように刀に纏わせる。
極めた達人は、刃に触れずとも剣気で敵を切り裂くというが、きっと今のような状態なのだろう。
「今なれば切れぬものは無かろうなあ」
キンっと一度だけ鋭い音が響く。
何の音も聞こえない、速く、滑らかすぎる動作が最後に納刀した音だけを残したのだ。
「ウゴ……?」
ゴリラもどきがきょとんとした顔をして、声を漏らす。
その瞬間、首に赤い筋が現れて、ずるりと頭部が滑り落ちる。
どしゃっとゴリラもどきの頭が地面に落ちた音がする。
「飛燕刃とでも名付けるかのう」
おそらく魔物は自分が首を落とされて死んだことにも最後まで気がつかなかったに違いない。
それほど滑らかで、静かで、美しい動作だった。
ぞっとするほどに。
「お見事でございます、村正様」
「おうさ。じゃが、まだまだじゃ。この迷宮探索で鍛えねばな。呼吸をするように練気できねば意味が無いわ」
「それは本当に人ではない領域かと」
「構わぬ。むしろ今なればはっきりと分かる。儂はその為にここに来たのだとな」
笑う村正。
自らは、人を超え、超越者に至るためにここにいるのだと断言して。
「何処へでも。何処まででもお供いたしまする。村正様」
「当然じゃ。お主は儂の従者であるからな」
そうして村正は、再度迷宮の奥へと歩み始めるのだった。
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