プロローグ その1 -畳の上にて死す-
第一部までとりあえず書いてみたので、順次投下していきます。
他作品共々よろしくお願いいたしますm(._.)m
<プロローグ その1 -畳の上にて死す->
窓一つない畳敷きの部屋。
天井に付けられたシーリングライトが煌々と部屋を隅々まで照らす。
扉を除く全ての壁が棚になっており、無数の品物が整然と並べられている。
ここにある、一見がらくたにしか見えない品物が、どれ一つとっても億を下らない品物だと誰が気付こうか。
「儂がまさか布団の上で死ぬことになるとはなあ」
横になった白髪の老人が独りごちる。
老い衰えてはいるが、その痩せて落ち窪んだ眼窩には未だ強固な意志を秘めた瞳がぎらついていた。
否。
意思というよりは執念、妄執だろうか。
置かれた品物を見やるその視線は強烈であった。
「偏に村正様のお力でございます」
その布団の横には、座布団の上できっちりと背筋を伸ばし見事な正座をした小さな和装の少女が一人。
見た感じでは7、8歳といったところであろうか。
黒く長い髪を頭部の高い位置で結い上げた髪型。
まるで高級な磁器を思わせるような、艶のあるつるりとなめらかな肌。
紅を引いたような赤い唇。
そして、その紅よりも赤い深紅の瞳。
「何を言う、深夜。お主の力のお陰であろうよ」
「いえ。私を蘇らせて下さったのは村正様でございます。其れ即ち、私も村正様のお力の一部と言えましょうや」
にこりともせず、高い、鈴が転がるような美声で時代がかった大仰な台詞を吐く。
幼い少女の口から出るには違和感のある台詞だ。
「ふむ……。それにしてもお主を蘇らせてより約50年、儂のためによう働いてくれた。礼を言うぞ」
「何を仰います。土に埋もれ、人知れず朽ち果てる運命の私を蘇らせ、今一度動く意味を与えて下さった村正様には感謝しても感謝しきれませぬ」
「よいよい。お主には幾度も命を救われた。恩を受けたは儂よ」
「村正様……」
ゴホゴホと咳き込む老人、村正。
「口惜しい……。この世にはまだ見ぬ秘宝が無数に眠っていよう!」
カッと目を見開き何かを吐き出すように老人は叫ぶ。
「其れを全て見られぬとは! 其れを全てこの手に収められぬとは!」
狂おしいばかりの執念が言葉に乗り吐き出される。
もはや実態を持たんばかりの妄執が。
「深夜よ」
「はい、村正様」
「儂が死した後は、ここにある全ての秘宝は無に帰せ。決して誰にも見せてはならぬ。渡してはならぬ。此れ等は全て儂のモノよ!!」
「心得ておりますれば」
深く頭を垂れる少女、深夜。
「其方は……」
「私も此れ等と同じく村正様のモノでございます。故に共に参らんと存じまする」
「そうか。好きにするが良いわ。お主の運命よ。自ら選ぶが良い」
「そう致します」
咳き込む老人の口から血が吐き出される。
「神であろうが仏であろうが、儂の宝は渡さぬ」
横たわったまま、その細くなった右腕を上へ伸ばす。
「まだだ。まだ儂は宝を……」
全てを吐き出すように叫ぶ老人。
その伸ばされた腕がぱたりと力なく落ちる。
「村正様……。深夜も直ぐに参ります。あの世で続きと参りましょう」
少女がすっと立ち上がる。
右腕をすいと横に伸ばすと、掌からずず・・・と光る尖った何かが徐々に現れる。
不思議なことにその掌からは血の一滴すら流れ落ちることはない。
果たして現れたのは、妖しく銀に光る一振りの日本刀であった。
刃渡り二尺三寸ほどの打ち刀。
互の目状の美しい刃紋が見る者を感嘆させずにはおられない、日本刀の美を表現している。
「お前達も村正様の後を追いなさい。例えそこが地獄でも」
いっそ滑らかすぎる程の剣閃。
何故か一振りで塵芥と化す秘宝群。
「我ら全て村正様の持ち物なれば」
最後に刀を自分に向ける少女。
「どこまででもお供仕りまする」
少女は、棚に飾られていた品物同様に一瞬で刀ごと塵と化した。
白々とした光に照らされたそこには、年老いた男の死体がぽつんと残るのみであったが、何と不思議なことにか、その死体がまるで長い年月を経て風化したかのようにさらさらと崩れて行くではないか。
げに不可思議事の始まりよ。
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