第3話 -東の大森林のアイリス-
<第3話 -東の大森林のアイリス->
村正たちが案内されたのは、カウンターの奥の階段を上った二階の部屋であった。
立派な木製のドアには執務室の表札が。
「アリスです。お二方をお連れしました」
「入りなさい」
ノッカーを二度鳴らしアリスが名前を告げると、中から女性の声で返答があった。
アリスはゆっくりとドアを開けると、村正と深夜を室内へと招き入れる。
「ようこそ、アールファ支部へ。私がここの支部長、ヴィヴィアンよ」
立派なデスクの向こう側で優雅に微笑んでいたのは、妖艶な女主人だった。
深緑のドレスに、細身ながらも出るところはしっかり出た均整の取れた体つき。
ぱっと目を惹くのは腰まである長く美しい金髪と、雪のような白い肌に煌めくエメラルドの瞳。
極めつけはやや上向きに伸びた長い耳。
「エルフ?」
思わず呟きが口から漏れる村正。
「正確にはアールヴと言って欲しいところだけど。【東の大森林のアイリス】ヴィヴィアンよ。新人さん」
そういって微笑むヴィヴィアン。
そう、彼女は森の民アールヴであった。いわゆる一つのエルフである。
東の大森林のアイリス。
彼女は名前の前にそう付けたが、これは森の民の名乗りの作法である。
自分がどこの森の出身、つまり氏族なのかを表すわけだ。だから、ヴィヴィアンはアールファの街の東に広がる大森林に住む氏族の出身ということになる。
そしてアイリスであるが、アールヴでは、氏族の中でも特に優秀であったり見目に優れていたりする者に植物の名を贈る習慣があるのだ。これを花名という。たまに花ではない名前も贈られるが、それは言わぬが花。
つまりヴィヴィアンは、「東の大森林出身で、アイリスという名を賜るほど優秀な人物だ」ということがこの名乗りで分かるわけである。
「ご丁寧な名乗り、有り難く頂戴いたす。儂の名は千鳥村正。ついさっきハンターになったばかりの新米じゃよ。此奴は深夜」
「深夜でございます。村正様の従者を務めておりまする」
二人揃って頭を下げる。
ギルドの支部長を務めるほどの人物だ。ここで無用な騒ぎを起こす必要は無いと判断したからである。
「チドリ・ムラマサね。どちらが名前なのかしら?」
「村正が名前になるな。千鳥は姓になるか」
「姓というのは氏族名のようなものだったわね。歓迎するわムラマサ。それで、アリス。このハンターに成り立てのムラマサが黒馬と赤熊の素材を売りたいと?」
「そ、その通りです、支部長」
かちんこちんに畏まっているアリス。
「とりあえず、見せてもらえるかしら?」
「こんな立派な部屋に広げて良いのか?」
「大丈夫よ。この部屋の調度品には汚れ防止の魔法が掛けられているから」
「そんな便利な魔法があるのかよ。そいつは驚いた」
魔法というと火の玉だとか風の刃だとか、とかく攻撃のための魔法を思い浮かべがちだが、実際は色々な魔法が存在するのである。
「じゃあ、出すとするか。深夜よ」
「心得ました」
深夜が収納空間から黒角馬と赤熊の素材を一気に取り出す。
角や毛皮、爪や牙、それに肉などだ。
収納されている間にも深夜が操作を施して、肉は血抜きをした上で小分けにしてパック詰めされたりしている。
深夜の収納空間はただ物をしまっておくだけの場所ではないのだ。
「これはすごいわね」
ヴィヴィアンもさすがに驚いてしまった。
まるっきり嘘をつくことは無いだろう程度に思っていたのだが、この量は取れる物は全て取ってきたレベルである。
ましてや、その素材が収納の魔道具から取り出されたのだから二度驚く。
「その魔道具、凄まじい性能ね?」
「かかっ。他言無用に頼むぞ。余計な騒動は起こしとうないんでなあ」
やはり深夜の収納空間は非常に目立つようだった。
だからといって使うのを控えるつもりはないが、騒動が転がり込んできそうなのは確実であった。
「あまり見せびらかさない方がいいわ。これだけの物をしまっておける魔道具なら、法外な値段で取引されるでしょう。狙ってくる輩がいないとも限らない……いえ、必ずいるはずよ」
「そういう時は、返り討ちにしても法には触れんのじゃろうな?」
「ええ。さすがにそれは無いわ」
「ならば良いわい。相応の報いを受けてもらうだけじゃのう」
にたりと剣呑な笑みを浮かべる村正。
その顔を見たヴィヴィアンは、背筋が凍るような気がした。
「(私ともあろうものが、恐れているというの。この新人を……?)」
見た目は明らかに若いのに、変に年寄りのような喋り方をし、幼い少女奴隷を連れ歩いて、規格外の魔道具をもち、中級の魔物の素材を大量に持ち込む。
こんな型破りな新人は初めて見る。
ヴィヴィアンはそう思った。
「して、買い取ってもらえるんじゃろうな?」
「勿論よ。ただし、これだけの量となると少し時間が欲しいわね」
「構わんよ。別段急いでおるわけではないのでなあ」
「というか、全て買い取っても良いのかしら。中級の素材ともなれば、自分で武器や防具の材料にする方が得よ?」
そうなのだ。
中級の魔物の素材は、長く使える武器防具の素材として丁度良い。
自ら狩った中級の素材で武器防具を作る。
それが熟練の中級ハンターの証と言ってもいいくらいなのだが。
「構わん。儂はすでに武器は持っておるのでなあ」
「そう言うのならばこちらとしても構わないけれど。そうね、明日の昼過ぎにもう一度ギルドへ顔を出しなさい。それまでには査定も終わっているように指示しておくわ」
「承知。よろしく頼む」
「アリス、時間までに終わらせるように手配しなさいね」
「畏まりました、支部長」
アリスに連れられて執務室を出て行く二人。
再び一人になった執務室で自分専用の椅子に腰掛けながら、ヴィヴィアンはついさっきまで話をしていた新人二人のことを考えていた。
「登録したてだから新人というだけで、あの二人の実力はシルバーを越えてゴールドに届いているかもしれない。あの魔道具もそうだけど、従者だと言っていた少女。彼女には得体の知れない何かを感じるわ……」
さすがに花名持ちのアールヴにして、ギルド支部長を任されるほどの才媛である。
深夜の持つ強大な力に僅かなりとも気付いていたようだ。
「とにかく、かなりの実力者であることは間違いない。せっかくだから、ギルドにとって有益な人材となるようにお付き合いしていかなくてはね」
知らず知らずのうちに、ヴィヴィアンの口元には笑みが浮かんでいたのだった。
「では、また明日来るぞい」
「ええ。待ってるわね。期待の新人さん」
「かかっ。何やらこそばゆいのう」
アリスの言葉にニヤリと笑いながら応える村正。
美人にそう言われれば悪い気はしない村正だが、正直中身はジジイだ。勿論、生身の女も悪くないが、どちらかと言えば女より秘宝である。
村正はやはりおかしいのだ。
「おうおう、期待の新人ってのは聞き捨てならねえなあ」
そこに割って入ってきた野太い男の声。
ちらりとそちらを見ると、男ばかりの三人組であった。
「オレらを差し置いて期待の新人扱いはどうなのよ、アリスちゃんよ」
「あら、妬いてるの?」
「今日だってほら、討伐依頼をバッチリこなしてきたんだぜ?」
そう言って男たちが取り出したのは、下級の魔石が3つ。
「それはそれは。じゃあ、達成の手続きをしましょう」
「では、儂らはこれでな。また明日頼むぞい」
「ええ。待ってるわ」
村正は男たちなど丸無視でアリスと挨拶を交わし、ギルドを立ち去ろうとするが、そこに三人組が立ちはだかる。
「なんじゃ?」
「随分若いじゃねえか。連れも若い」
「若いんじゃなくて幼い、だろ」
ガハハと笑う男たち。
「何が面白いのか分からんわい。のう、深夜?」
「全くでございます」
そのやり取りにカチンときたのか、なおも因縁をつけてこようとする男たち。
アリスが面倒事は勘弁という顔で仲裁に入ろうとしたその時。
「止めておけ。これ以上絡んでくるなら、殺すぞ?」
「なっ!?」
「あ、あうっ……」
まるで周囲の温度が数度下がったかのような殺気。
ただその場にいただけのアリスですら膝が震えて失禁しそうなほどだ。
直接その殺気を向けられた男たちは、へなへなとその場に崩れ落ちる。もしかしたら漏らしているのかもしれないが、装備品のお陰で床が小便塗れになるような事態は避けられたようだ。
「村正様。このような愚物に関わったとて、百害あって一利無し。参りましょう」
「おうおう、そうじゃのう。喧嘩は相手を見て売るもんじゃぞ、若造共。命が幾つあっても足らんじゃろうが。全く」
完全に男たちを意識外に追いやると、村正と深夜はギルドを後にした。
後に三人組は述懐する。
「死んだ、そう思ったよ」
「走馬燈って本当に見えるんだなあと場違いな事しか思い浮かばなかった」
「正直ちびってた。真面目に生きていこうと思った」
その後三人は、見違えるように真面目で謙虚に仕事に励むようになり、中級どころの良い兄貴分としてアールファの街で一目置かれるようになるのだが、それは遙か先のこと。
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