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一初4

「そこまでっ!」


 常にはない声音で〈銀〉が終了を宣言する。

 宣言を下すのがやや早かったようにも思うが、あれの〈仔〉が戦っているのだから仕方のないことかもしれない。

 左手で握っていたケースからタバコを取り出す。

 自分で思っているよりも緊張をしていたらしい。ケースが汗で濡れていた。珍しいことだ。

 百円ライターで火をつけると、白い煙が二人を祝福するかのようにゆっくりと立ち上った。

 見応えのある戦いだった。

 鬼子の人狼と三日月宗近の戦い。近年稀に見る好勝負だったといえるだろう。

 狭山宗哉も、友里雪花も合格だ。この分ならば、二人とも夜属としてやっていけると思う。

 もっとも、これからの生き方によってケモノに呑み込まれることもある。人狼に刀剣の九十九――共にその可能性が皆無ではない。そうなれば、わたしか、わたしの朋輩に狩られるだけの話だ。


 失った右腕を繋いでいる少年の前に立つ。眠っている人間の身体の新陳代謝が遅くなるのと同じく、人狼の再生能力も意識がなければ遅くなる。

 それは普段であればどうということのない差違でしかないが、こと九十九に斬られたあとではそれも重大な違いではあるだろう。


「あ、あの……結果の方はどうなんでしょう」


 まったく、本当に面白い少年だ。意識を失いそうになりながらわたしに対する第一声がそれだとは。

 隣でしゃがみ込んでいる〈銀〉もわたしのことを見ている。正確には睨んでいる、といった方が正しいだろうか。

 返答次第によっては実力行使に出るつもりなのだろう。到底敵わないとわかっていても。

 ひょいと肩をすくませる。

 それを見て、少年はがっくりとばかりにうなだれた。勘違いさせてしまったらしい。


「合格だよ」


 わずかに笑みを浮かべながら言ってやった。

 それを聞いて意外そうに少年は顔を上げる。


「だって、僕は負けてしまったし……」

「ああ、言ってなかったっけ」


 少年は頭にいくつもの?マークを浮かべているようだった。


「別に勝ち負けが問題じゃないの。大切なのはケモノに呑み込まれずに戦うことができるかということだから。それについては、君は及第」


 少年は苦いものを噛んだような表情をする。


「一言も聞いてませんよ、そんなこと」

「そ。まぁ、結果オーライってことで」

「全然よくなんかありません」


 ぷぅと少年の頬がふくらんだ。

〈銀〉が肩を震わせていた。どうやら少年の拗ねた顔がおかしかったのだろう。


「……先輩だって一言も言ってくれなかったじゃないですか」

「ごめんなさい。てっきり友切から聞いているものだと思っていたから」


〈銀〉の目に涙が浮かんでいた。よほど面白かったとみえる。

 冷然とした姿しか知らなかったわたしにとってその〈銀〉の姿はやや奇異にも映るが、こちらが本来の年相応の表情なのだろう。

 とりあえず、忠告だけはしておくことにする。


「自分でもわかっているだろうけど、まだまだ戦い方がなってないね。人狼が速度に優れることは事実だけど、それは常にいえることではないのを忘れないように。相手に合わせて戦い方を組み替えていかないと、いずれ命を落とすことになるよ」

「それはないわ。だって宗哉くんはわたしが護るもの。絶対に、何があったって死なせはしない」

「ふうん」


 たしかに〈銀〉ほどの力量ならばそれも可能だろう。もっともこの場合、少年の方が顔を赤らめているのが面白い。


「でも、さ。男っていうのは、女を護ってなんぼじゃないの?」


 からかうように言ってやると、今度は〈銀〉が顔を赤らめ、少年は憮然とした顔をした。

 それがおかしくて、少し笑う。

 どうやら〈銀〉もこの少年によって変わりつつあるらしい。それが好ましい結果に繋がるかどうかはわからないが、今しばらくは静観しておくことにしよう。

 タバコをいつも携帯している灰皿に放り込む。


「わたしの役割はここまで。これで去ることにするよ」

「もう行ってしまうんですか。もう少しゆっくりしていってもいいのに」


 その言葉にわたしは苦笑いで応えた。なんというか……つくづく、変わった少年だ。


「狭山宗哉。汝を夜属として迎え入れよう。ようこそ、夜の世界へ。

 汝が踏み込んだ世界は昼の世界とは異なるのりによって縛られている。奇異に思うこともあるだろう。不満に思うこともあるだろう。だが、それこそがこの世界のことわり。それに反することなく生きよ。

 我らは汝の光来を心より歓迎する」


 右手を差し出す。

 少年はわたしの顔と手を見てから、顔をしかめつつ右手を出した。それをしっかりと握ってやる。


「―――っ」

「九十九に斬られたら、人狼の回復力でもしばらくは思うように動かせない。気をつけるんだね」


 少年は目に涙を浮かべてうなずいた。いい勉強になったはずだ。


 宗近の方は乎子のところの女中が二人して面倒を見ている。

 まだ幼いが、力量は十分。額辺家の九十九としての役割を果たすことだろう。

 あいつにはいささか過ぎた九十九ではあるが、それはそれだ。

 さらさらと流れる川に、緩やかな笑みを浮かべたような月が映っている。

 青い月の輝きは、新たに夜の世界へと足を踏み入れた少年と少女を迎え入れる。

 冴え冴えとした光は祝福の色に満ちていた。


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