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前編

信号が赤から青に変わると、立ち尽くしていた人々は一斉にそれぞれの始点から終点に向かって歩き出した。

スクランブル交差点の中は人で埋め尽くされているのに、誰一人としてぶつかることも、目を合わせることさえなく通り過ぎていく。

一人の男がその様子を見て感心したように頷くと、人混みを泳ぐように歩き始めた。

ファニという名のその男は漆黒の長い髪を後ろで一つに束ね、痩せた背の高い体に白いシャツと萌黄色のジャケットを羽織っている。

ポケットがたくさんついたジャケットと同色のズボンが歩くたびにかしましく音を立てる。

首から提げたデジタル式の一眼レフを指でなぞるように撫で、時折立ち止まってファインダーを覗く。

その度に数回のシャッター音が響き、また歩き出す。やがて横断歩道の終点に着いた。

さっと道の端に避けて、ファインダーの下にある小さな画面で今撮ったばかりの写真を確認した。

人が歩く姿を撮っていたはずの写真に人の姿はなく、灰色のコンクリートの代わりに緑色の葉と、蔓や茎、ビルばかりの街では目にすることのない色とりどりの花が写りこんでいた。

それは満開だったり、七分咲きだったり、蕾のままだったりと様々である。

ファニは真剣な顔でしばらく眺めていたが、ピントが合っていないもの、蕾ばかりで咲いている花が少ないもののデータは消し、残った写真を数えて呟いた。

「これではタバコ代にもなりませんね。」

小さくため息をついて、ズボンのポケットから金属製のシガレットケースを出し、ほとんど残っていない中身を見て、もう一度ため息をついた。

仕方なく一本を取り出し、安物のライターで火をつける。

燃え始めた先端は白い煙を燻らせて辺りに甘いバニラの香りを漂わせた。

ファニはその香りを深く深く肺の奥まで吸い込んだ。

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