夕焼下の晩餐会
小説という奥の深いものを、初めて書いてしまいました。少しでも何か感じてくれたら、ありがたいです。あっ!フィクションです。
ここは、都会から離れたとある田舎の牧場。私は、ここに住んでいる。牧場の牛たちの世話を毎日の仕事としている、今の時代には珍しい人間だ。
味付けが一緒のいつもと変わらない食事。朝日と共に小鳥がさえずり、夕焼け共にカラスが鳴く…いつもと変わらない風景。それらを何気に楽しんでいた。
でも、どうしても心がざわつくこと。それは、愛しいあの人の事。毎日会って私を慰めてくれるあの人。すごく母性本能がくすぐられる可愛いあの人。優しい言葉をかけてくれるあの人…
しかし、いくら愛の言葉を叫んでも、あの人ははぐらかすだけ…。私の気持ちが伝わった気配はない。もう一線を超えたいのに…そんな気持ちを焦らすように、今日も彼は私から背を向けてしまった。
ある春の夕暮れ時、私は急にお腹が痛みだした。この感覚は何だろう?痛いのに懐かしくはがゆい感じ……
しばらくして、私は目覚めた。気付くと、小さな牛が私のそばにいて、必死に4本の足で立とうとしている。 あの人が、じっとその子牛を見つめている。目覚めた私に気付き、あの人が優しく声をかける。その言葉に私の心は真っ白になった。
そんな筈はない!私は、今の状況を必死に整理しようとしたけど、全てが1本道に続くばかり。なんとか立って私に寄り添い、乳を求めてくる子牛。喜ぶあの人。しばらく何も考えれなかった。
何かが崩れていく。信じてたものが−…。今まで、胸の中に抑え込んでた出来事、考えが溢れ出す。
気付くと、私は我が子を払いのけていた。『嫌だ!近寄らないで』その声と反芻するように聞こえる牛の鳴き声。
絶対受け入れられない!肯定しちゃだめだ!以前も気付いたことがあったのを思い出す。そうだ。前と同じように否定すればいい。今の自分を否定しちゃえば……。しばらく殻に閉じこもれば………。
ブルーノは、この牧場で働きだして1年になるギリシャ人。初めて世話を一任された何匹かの牛の中で、牛の出産に初めて関わった。親牛が、苦しいのかぐったりとしている中、出てくる生命の息吹き。か弱くも心に響く鳴き声、何度転びながらも必死に立とうとする意志。すべてに感動していた。
両親の影響を受けて、小さい頃から動物が好きで、いろんな動物と戯れてきた。また、いじめられっ子で、友人もほとんど出来なかったせいか、動物と過ごす時間が益々多くなっていった。 人間以上の温かみを感じ、純粋な動物たちを彼はこの上なく愛していた。
特に今回出産したデセラという名の牛には、なぜか今まで感じた事のない親しみを覚え、毎日世話をしながら話しかけていた。
「今日は天気が最高にいいね。あそこに咲いてる桜が見えるかい?」
話しかけたら、いつも鳴くデセラ。
デセラの鳴き声が、話し声に聞こえてくる気がする毎日だった。
ぐったりとしていたデセラが、ゆっくりと立ち上がる。喜びに任せて、
「デセラ!!おめでとう!お前の子供だよ!」
とおもわず大声で叫ぶ僕。一生分の噛み締めた感動が、一斉にはじけたようだった。
牧場主の佐原真は、各牛の報告に目を通す。デセラは出産してから、どうもおかしかった。子供を近寄らせないし、乳を搾ろうとしても、ほとんど出ない。子供が出来てからというのが、引っかかった。
佐原自身がデセラの様子を見に行った時、あることに気付いた。
「またか…」
思わず呟いたのが聞こえたのかブルーノが聞き返しす。
「何か分かりました?」
「お前が来る前にも何回かあったんだが、慢性的なストレス症候群だな」
「慢性?よく分かりませんが…」
「前、獣医さんに診てもらったんだが、ホルモンの分泌量が過度のストレスによって減少するんだ。」
俺は一息つき、続けた。
「ホルモンの分泌が減少して、乳の出る量が減ったってところだな。」
ブルーノは神妙な面もちで聞いている。おそらく自分に責任を感じているのだろう。
「別にお前の世話が、悪かったわけじゃない。前にも何回かあったことだしな。」
「そうじゃないんです。デセラが何にストレスを感じているのか気になって……。」
予想外の答えに俺は、戸惑った。最近ブルーノのことを分かってきたつもりだが、どうも動物に対しての感情移入が激しすぎる気がする。
「まあ他の牛でもたまにあることだ。そんな深く考えんな。」
俺は、そう言って釘を刺すとブルーノに他の牛の世話を指示した。(脂肪率は、今がピークだろうし、そろそろ出荷時期か…)佐原は、牧場を後にした。
ブルーノは他の牛の世話をしながらも、デセラの事を考えていた。責任を感じるなと言われても、心配なものは心配だ。(優しいデセラが、自分の子供を愛さないなんて、余程何かあったに違いない!)
デセラとの日々を思い出しながら、思い当たるものを探していく。デセラの妙な人間らしさが、頭のどこかに引っかかっていた。
「それは、どういう事ですか!!」
怒りに任せた声をあげながら、ブルーノが佐原の部屋に入ってきた。
「明日、デセラを解体するという言葉通りだ。どうもこうもない。」
いたって冷静に俺は答えた。
「ちょっと乳が出なくなったからって、いきなりそんな事…。デセラの気持ちを考えことないんですか?!」
やんやん五月蝿く叫ぶブルーノ。俺は、声を荒げながら応えた。
「牛の気持ちなんか関係ない。最高の状態で出荷出来る時にするのが、俺らの仕事だ。それに、牛の生殺与奪は俺たちが握ってるんだ。そんな事も知らずに仕事していたのか!!」
ブルーノが目を伏せる。俺は、追い討ちをかけるように口を開いた。
「動物愛護精神溢れてるのか知らんが、お前だって豚肉や鶏肉、牛肉を食うだろう。そのために、動物を殺すというのが生きるってことだ。それぐらい子供でも分かるぞ!」
もしかしたら子供よりも、純粋かもしれない青年に留めを刺す。同時にふと俺の胸にも針が刺さる。俺は、何十年も前に割り切ったことだが、何故苦しみが湧いてくるのだろうか?
(ブルーノと話すと調子が狂う)
昔の自分を生き写したように思えたからだとは佐原は気付かなかった。
ブルーノはデセラの処分について聞くと直ぐに、佐原の部屋へと走った。
(大切な友達を失ってたまるか)
その思いだけが、ただ胸中を駆け巡っていた。しかし、佐原さんにつきつけられた言葉、現実。今の自分の仕事と、人間という仕事。どちらの側に立っても、デセラを失うことは明らかだった。
寧ろ今までの自分が甘かったのか…。分かっていた、この仕事が何をするかなんて。でも、直面した途端揺れ動く心。
「頭を冷やせ」
佐原さんの言葉に従い、僕は、茫然自失なまま自分の部屋に戻った。
うちの場合、牛の処分は牧場自ら行っている。
無論薬で殺してから、解体する。一般的に見て嫌な仕事だと思う。いくら牛とはいえ哺乳類というわりかし人間に近い生き物だ。むごいと思う人もいるだろう。しかし、もう自分は割り切ったんだ。初めて世話をした牛を殺した時に…。佐原は煙草をふかしながら、仲介業者への連絡のため受話器を取った。
ブルーノは風呂に入りながら、明日のことを考えていた。思いたくなくても、頭によぎる。今までの自分、デセラとの思い出。
自分に付けられた名前。ルネッサンス時代の異端者ブルーノ。そのことで、よくいじめられたし、動物を人間より愛おしく思い始めたのも、この名前のおかげだろう。でも、いまだにどうしても好きになれないこの名前。言い当てられてる感じがするからか。
ふとデセラと川岸まで散歩に行った時のことを思い出した。川のほうには、水が怖いのか近寄らないデセラだったが、そこで僕のいろんな過去を話した。光が眩しいほどの水面には悲しげなデセラが映っていた。
明くる日、ブルーノは俺の所に、デセラの処分は自分に任せてほしいと願い出た。覚悟を決めた顔に、思わず頷いたが、どこか安心していた自分がいた。
(ブルーノと同じように、俺も何かしらデセラに感じているのだろうか?)
思いを巡らせようとしたが…。いつの間にか眠っていたらしい。日は高く上がり、時間は刻一刻と迫っていた。
どこまでも青い世界が広がっている。何もなく、ただ自分1人だけの世界。此処では、誰とも比較されないから、自分が何であるか考える必要なんてない。
??…何故だろうあの人が遠くに見えてきた。だんだん近づいているようだ。私の名前を呼びながら、謝りながら近づいてくる。
私に触れる愛しい手。口をパクパクさせてるけど、何を言ってるの?何をそんな泣いてるの?
だんだん目がかすれてきた。もう私疲れた。そろそろ寝るね。初めてあの人に寄り添うように眠る私。自分が何者でもいい。とても今幸せ。
周りの青い景色が、だんだんと白くなっていった。
デセラの安らかな顔をかき抱き、僕はしばらく泣いていた。デセラの心の中が伝わってくる気がする。(心持っていたのかお前は?答えてくれ)底しれぬ虚しさ。今までのどの動物を失うよりも大きいものだった。
解体作業も終わり、従業員が早速試食することとなった。ブルーノは食べないと思っていたが、誰よりも一番に食べたいらしい。奴なりのけじめでもあり、愛情表現だろう。佐原は、そう考えながら、デセラとの出逢いを思いお越していた。他の牛とは、何か違う雰囲気。思わず社会の異端者だった自分と重ねていた。
エラスムス(Desiderius Erasmus)ルネッサンス時代にギリシャ語新約聖書を世に広めた、異端者。この人の名前の頭を取って『デセラ』。そして、所持を禁止されたエラスムスの著作を持っていたとされる、同じく異端者のブルーノ。
(キリストもかなりの皮肉野郎だな)
彼ら異端者同士の出逢いを佐原は、デセラとブルーノに感じていた。
目の前のステーキは、ごくありふれた美味しそうな肉。食べるとは、言ったものの、なかなか口に運べない。
ブルーノは今日1日何も食べていない。生きるということを 感じたかったからだ。
意を決して1口。それからは、弾丸の勢いで平らげた。しかし、生きる意味なんて分からない。デセラを失った喪失感と満腹感から、また涙が出てくる。デセラに心があったかどうか分からない。でも、最後に彼女に触れ、彼女は僕の一部になった。
佐原さんがいつのまにか横にいた。
「割りきる必要なんてない。答えを出す必要もない。だから、もう悲しむな。」
僕は鷹揚に頷くと、席を立ち、外に出た。夕焼けが、驚くほど赤く大地を照らしている。
どこからか声が聞こえた気がした。まだ僕は異端者を止めれそうになかった。
駄文読んで頂き有難うございます。