第2話 (5)
美森は、用事が終わると、仰向けに倒れるようにしてベッドに横になった。
いつもと違う天井が美森の目に映る。
今になっても自分が異世界─エターナルに来たことが信じられない。いや、信じたくなかった。
美森は、ゆっくりとまぶたを閉じた。
(っていうか・・・明日からどうしよ・・)
「!・・・」
突然、誰かがいる気配がした。誰かがベッドの横に立っている気配が確かにする。
(怖いっ・・)
美森は、まぶたを開け確認する勇気が出ず、固くそれを閉じたままでいるしかなかった。
冷や汗が美森の額を湿らせる。
「美森さーん。寝てるの?」
「!」
美森は、瞬間的にまぶたを開けると、体を起こした。
そこには、あの銀色の青年が立っていた。
夜の闇の中では、彼の姿は闇に映えていた。ただ、あのネックレスだけは、闇に溶け込んで見える。
「元気だった?よかったね~。自分を助けることができて」
青年は、にこにこしながら言う。
「・・・―っ!」
美森は、この青年―銀の時の民トワが許せなかった。
トワの言葉なんて聞こえない。彼の姿を目にした途端、美森の心をある感情が支配する。
・・・・美森がこうなったのも、すべてこのトワのせいだ。
「トワッ・・・」
美森はなんとか声を絞り出して言った。
「へー。美森さん、僕の名前分かったんだ~!」
トワは、わざとらしく驚いた顔を作った。
「っ!!」
美森はベッドからすばやく立ち上がると、ついに自分の感情を吐き出した。
「時の民とか何だか知らないけどっ!どうしてっ・・どうしてっ私をこんなめにあわせるの!?私、何にも悪いことしてないのに!」
大声で、叫んで喉が痛い。
いつの間にか目から涙も流れていた。
トワは美森の言葉を聞くと、その顔から笑みを消した。
「僕は美森さんが悪いことをしたからエターナルにつれてきた」
「私っ・・・何にも悪いことしてない!!」
美森が大声で言い返すと、トワは掌で美森の口を押さえつける。
「静かにしないと町の人が起きちゃうよ?」
トワはニッコリと笑った。
「んーんっー」
美森は、いい返そうとしたが言葉を発することができない。
「それに美森さんは、自分で気づかないだけで悪いことをたくさんしてきた。絶対にね」
美森はトワの言葉を無視して、乱暴にトワの手を引き離すと怒鳴った。
「うるさい!!速く私をもとの世界に帰して!」
「それはできないなー」
トワの声は相変わらずお気楽そうにしか聞えない。
「っ・・!!」
美森はその言葉に、思わずトワに手をあげた。
もう自分がどうなっているか分からない。
美森の中で、激しく渦巻く感情は自分自身にも止められなかった。
トワは、美森の手をパシッと片手で受け止めると低い声で言った。
「少しは落ち着きなよ。美森さん」
トワは、険しい目で美森のことを見る。
「それに僕は最初に言ったはずだよ。呪いの印が消えない限り、地球には帰れないと」
美森は、ただ黙って涙を流していた。
トワの言っていることは理解していた。ただ、認めたくなかった。
トワは、受け止めた美森の手を、大切なものを扱うかのようにゆっくりと離す。そして、美森の両肩に手を置くと、軽く美森の肩を押した。
美森は、なせるがままベッドに腰を下ろした。
しかし、トワの顔は見ることが出来ない。
「自分で探そうとしない限り"一番大切なもの"は見つかんないよ」
トワは優しそうに微笑む。
そして、床にひざをつくと美森の涙を丁寧に拭った。
「・・・それじゃーおやすみ。美森さん。よい夢をね!」
トワは陽気な声で、俯いたままの美森にそう言い残すと、その姿を夜の闇の中にかき消した。
朝が来たようだ。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
美森は昨日の夜、トワが去った後いつの間にか眠ってしまったようだ。自分でも驚くぐらいぐっすりと眠れた。やはり疲れていたのだろう。
美森は体を起こして、すぐ横にある窓のカーテンをゆっくりと開く。
強い太陽の日差しが、美森の体を射た。
(まぶしい・・)
こうして太陽の光を浴びていると、地球に戻った気がしてくる。しかし、美森の目に映る景色はいつもの見慣れた自室ではない。窓から見える風景も全く別のものだ。
(ここは"エターナル"なんだ・・・)
美森は、改めてそのことを実感した。
それと同時に、またどうにもできない不安が、美森の心を支配しようとする。が、無視するように努めるしかなかった。
美森は、ベッドからおりた。
(・・・暑い)
やはり、夏の民の町だからだろうか。朝から汗がにじむ気温だ。
美森は、支度が済んでから外へ出た。
すでに家には楓の姿はなく、どうやら美森だけが寝過してしまったらしい。
真っ青な空を仰ぐと、すでに太陽が思っていたよりも高い位置にあり、それはぎらぎらと美森と地面を容赦なく照らし出していた。
(楓君・・・どこ行ったんだろ)
美森は、ひとまずサトの家に行ってみようと思った。楓の居場所として思い当たる節は、そこしかない。
美森は、容赦なく照りつける太陽に嫌気を感じながらサトの家へと続く道を黙々と歩いた。
「・・・!」
サトの家がようやく見えてきた頃、美森はある異変に気づいた。
サトの家の前に数人の人だかりができている。
(・・・あっ)
その中にサトの顔が見えた。楓もサトの隣にいるようだ。
美森は二人を見つけられたことに安心して、その歩みを速め人だかりに近づいた。
するとサトが美森に気付いた。
「おはよう。美森!よく眠れたかの?」
サトの言葉に、楓と他の町人が一斉にこちらに振り向く。
「はっ・・・はい」
美森は自分に皆の視線が集まっていることに恥ずかしさを感じながら、サトの言葉に答えた。
「おはよー。オネーチャン。オネーチャンは、朝もゆっくりなんだな~」
楓はにやにやしながらそう言う。
「・・・・」
サトは楓の言葉に眉間にしわを寄せると、彼の頭をごつんと拳で叩いた。
「少しは口を慎しめ。全くお前はいつになっても・・・」
「はいはい~。分かってるってー」
楓はサトに向かってべーっと舌を出す。
美森は二人の会話を耳に入れながらサトに近づくと、近くにいた人が、サトと美森が話しやすいようにと周りにどけてくれた。
すると、周りにいた人々が突然、静かになった。どうやら、美森とサトの会話に耳を傾けているらしい。
するとサトは、手に持っていたものを美森の前に差し出した。
それは木製の小さな箱だ。
(・・・何だろう?)
サトがその箱のふたをゆっくりと外すと、
そこには一つのネックレスが納められていた。
レトロな雰囲気の漂う紐に通してある、ひし形の飾りが美森の目に留まる。
それは、深い海のような美しい青色をしており、日の光を浴びて、より一層キラキラと輝いて見えた。
美森がそのネックレスに見とれていると、サトが口を開いた。
「これは、昨日わしが言った、この町で一番大切なものじゃ。このネックレスは、夏の民の初代が、つけていたと言われておる。いわば、先祖代々から受け継がれておる宝物じゃ」
「―・・・」
美森は、サトの顔を見た。
「本当は、めったに外にもださないんだぞ!」
サトの隣にいる楓は、ふんと鼻を鳴らす。
「・・・」
美森はまたそのネックレスに視線を落とした。
「・・・何か反応しろよ!あーっ、それじゃ俺が質問するからな!これを見てどう思った?綺麗だろ?もしかして欲しいって思った・・・」
サトは楓の口を素早く掌で押さえつけ、美森を見た。
「それで・・・お前さんの探していたものはこれだったかの?」
「・・・違うと思います」
美森はサトに悪い気がして、俯きながら言った。
美森の呪いの印が消える気配もないし、昨日トワが言っていたことからしても違う気がした。
サトは肩を落とし、楓の口から掌を外す。
「・・・それは残念じゃ」
楓はサトの掌から解放され、大きく息を吐いた。
「・・・」
美森の心にはいろいろな考えが渦を巻いていた。サトはこの大事なネックレスを、美森のために見せてくれたのだ。しかし、結果的にはサトをがっかりさせることしか出来なかった。
本当にこれでいいのだろうか。こんなんでは、“この世界で一番大切なもの”なんて見つけられないかもしれない。いや、絶対に見つけられないだろう。認めたくないが、それが美森に突きつけられた現実だった。
「・・・私、自分で探さなくちゃいけない気がするんです。自分のことは自分でやらなくちゃ・・」
美森はとても怖かったが、必死の思いでそう言った。
サトは美森の言葉に少しばかり目を見開く。
「・・・それでは外に行くのか」
「・・・」
サトと楓と他の町の人は、黙った美森を食い入るように見つめる
美森は視線を落とし、ゆっくと口を開いた。
「・・・はい。行かないと・・・きっと駄目だから・・・」
美森は自分の中にある不安の渦に飲み込まれないよう、必死にもがいた。
いくら不安でも、美森が地球に帰る方法と言ったらそれしかない。
「町の外はお前さんにとって、未知の世界じゃ。・・・それでも行けるのか?」
「・・・はい。自分のためですから」
美森は、とうとう決心した。
楓と町の人々は、不安の渦と闘っている美森を、沈黙を守って見ている。
「楓」
楓は、サトに急に話しかけられて驚いたらしく目を見開いた。
「お前も一緒に行ってやれ」
「なっ何で俺がっ!!」
「見送り程度でいいんじゃ。最初から一人じゃ、美森も気の毒じゃろ」
「・・・」
美森はその会話を聞いて楓には悪いが、少しだけうれしかった。
少なくとも、最初は一人じゃなくてすむ。
サトは美森に向き直って言った。
「外に行く前に、お前さんに忠告しておきたいことがある。それはレストの民のことじゃ」
「!・・・」
美森は、その言葉に聞き覚えがあった。
この町(サマの町)に来たとき、そのレストの民と間違えられてひどい目にあった。
その元凶が美森のすぐ目の前にいるのだが・・・。
「レストの民は、闇色の瞳を持つ者のことじゃ。そして、それと同じ色の心を持ち合わせてると言われておる・・・」
「言われているんじゃなくて、そうなんだよ」
楓の声には明らかに苛立ちが混じっているように聞こえた。楓は言葉を続ける。
「あいつらは、“パーツ”を集めるためなら手段を選ばない。どんなてを使ってでも、パーツをあつめようとするっ・・・」
サトはそんな楓の様子を見ると、美森に向き直り、ゆっくりと口を開いた。
「・・・パーツというのは、それぞれの民で特別に強い魔力を持って生まれてきた子のことじゃ。パーツの魔力には、大の大人であっても決してかなわないな。
レストの民は、春、夏、秋、冬のどの能力も持っておらん。ただあるのは、強すぎる魔力だけじゃ。だから気をつけるんじゃよ」
「・・・・」
美森の心臓は一気に早鐘のようになる。
そのような恐ろしい人たちが、エターナルにはいるのだ。
「レストの民の人はどうしてパーツ・・を集めてるんですか・・・?楓君は危なくないんですか・・・?」
そう、パーツがすべて集まってしまったら何か恐ろしいことになりそうで美森は怖かった。それに、たしか楓は夏の民のパーツだ。もし、楓がレストの民たちに見つかってしまったら・・・。
「そんなこと知るわけない!まぁ、俺たちにとっては、間違いなくマイナスのことだろうなっ。それに、俺はレストの民なんかに負けるつもりはない!」
楓は得意そうにそう言うと、にやっと笑う。
と、隣のサトが力いっぱい楓の頭を拳で殴った。
「いってー!!」
「楓!あまり調子にのるんじゃない!」
楓は表情を歪め、サトを見上げる。
サトは怒りの表情で楓を見下ろした。
美森は思った。
サトは楓のことを心配しているのだ。そして美森も、楓のことが心配だった。
いくら強い魔力を持っているからと言って、まだ子どもの楓がレストの民にかなうとは言い切れない。
「・・・はいはい~」
楓はサトから視線を外して、そう言った。
「・・・それじゃ、行くか!まぁ、俺は少しの間だけだけど」
「・・・うん。宜しくね。楓・・・君」
美森は弱弱しく微笑んだ。
「・・・・」
「それでは・・・気をつけて行くんじゃよ。二人とも」
サトは、二人の顔を交互に見た。
「・・・はい」
美森はサトの目を改めて見て、周りにいる町人たちのことも視線だけで見渡した。
(あっ・・・)
町人たち全員の瞳の色が、微かに青色がかっていることに美森は初めて気付いた。
(・・・きれいな色だな)
美森は、町人たちに軽く頭を下げる。
楓はサトの隣から離れ、先頭を切って歩きだす。
美森もそれに続いた。
美森は、サマの町の人に感謝した。
そして、これからの自分の冒険がうまくいくように心の底から願った。